第百八十話 再会と初会 後編
「ルゥ兄様!」
「リリ!久しぶりだね」
しばらく走ったところで、木陰から妹のリリが元気良く飛び出してきた。ずっとこちらに向かってくる反応を索敵魔法で感じ取っていた俺は、手を広げてリリのことを抱き留める。写真で見ていたとはいえ、俺の記憶にリリよりリリは大きくなっていた。それを何だか寂しく思ってしまうが、どーんとぶつかって抱き付いてくる当たりは昔のままだと俺は小さく笑う。
リリは「ルゥ兄様!ルゥ兄様!」と今までに会えなかった時間を取り戻すかの様にギュッと俺に抱き付いて、グリグリと顔を押し当ててくる。俺もそれに応える様にリリのことを強く抱き締め返してから、背中に回した手でリリの背中をポンポンと優しく叩く。俺は妹との感動的な再会を果たしたことを嬉しく思いつつ、全く別のことで心を揺らしていた。
・・・思ったよりもリリの身長が高い。このままだと俺、リリに身長を抜かされるんじゃないだろうか?兄としての矜持が大ピンチ!?
俺の最後の記憶にあるリリの身長は、リリの頭が丁度、俺のみぞおち辺りにあった。だが、今はリリの頭が俺の胸元辺りにある。ちょっと、身体を丸めたらリリの頭に顎が乗りそうなぐらい、俺とリリとの身長の差が縮まってしまっていた。俺も成長して身長が伸びていたのにも係わらずにだ。
・・・もちろん、妹が健やかに成長してくれているのは、何よりも喜ぶべきこと。喜ぶべきこと何だけど・・・。ハッ!?それを素直に喜べないとか、兄失格じゃね?
そんな馬鹿なことを考えていると、いつの間にか俺の手が止まってしまっていた。それを不思議に思ったリリが、顔を上げながら「どうかしたのですかルゥ兄様?」と聞いてくる。馬鹿正直に「リリに身長を抜かされそうで、兄としての矜持にヒビが入ってました」などとリリに言える訳がない。この葛藤は、墓まで持っていくべき話だ。
「ん?いや、リリも大きくなったなぁって。俺がまだこっちに居た時から可愛かったけど、今は母様似て美人になってきたと思ってさ」
俺はリリにそう答えながら頭を撫でる。別に嘘は吐いてない。美幼女だったリリは、美少女へと成長しつつあるのは間違いないのだ。本気で悪い虫が付かない様に何か対策をしないといけないと思うレベルに、ウチの妹は可愛いし美人だ。兄馬鹿と言われるかもしれないが、これは純然たる事実である。
・・・これは、守るお守りだけじゃなく、相手を撃退出来るだけの反撃のお守りもいるんじゃないだろうか。
「まあ、ルゥ兄様ったら。嬉しいけど、そういうことを言って女性を口説いているの?」
「ん、んん?ちょっと待った。どうしてそんな話に?」
「だって、ルゥ兄様ったら自然に褒めてくれるから。何だか慣れてる感じかします。それに、王都でモテモテだと聞きました。他国から婚約者候補として打診を受けるほどに、と」
リリがジトッとした視線で俺を見つめてくる。感動的な再会のはずが、何やら不穏な空気が立ち込めてきたのは気のせいだろうか。気のせいだと思いたい。気のせいだといってくれ。
・・・話の出所はソフィア姉様だろうな、うん。ソフィア姉様め!
リリからのプレッシャーは、ソフィアに通じるものがある。さすが姉妹と家族の繋がりを感じながら、俺はこの場に居ないソフィアに心の中で文句を言っておく。でも、それで事態が解決する訳ではない。俺はどうもリリにあらぬ誤解を受けている様なので、はっきりとリリに違うと答えておかなければならない。
・・・そう、そんなことをしていたのは俺じゃなくてレクトだよリリ。それに今の俺はそういうのが分からないから・・・。
「そんなことはないよリリ。周りは俺よりも年上の女性ばかりで、どちらかというと子供扱いされたり、遠巻きに可愛いとか言われたり・・・。モテモテという訳ではなかったよリリ」
「でも、婚約者候補として打診を受けたルゥ兄様は、去年の水の季節にロクアートへ行っていたのですよね?」
「あれは、商業国家として俺の魔術具を作る才能に目を付けた結果だよ。リリたちにも色々と魔術具を送っていただろう?あれらが商売になると思われただけで、俺がモテた訳ではないよ」
今の話は若干嘘だ。アーシアからは明確に好意を向けられていたので、モテていなかった訳ではないと言える。だからこそ、俺はアーシアの思いに応えられないことを納得してもらうために、俺は誰にも話していない自分を蝕んでいる呪いの話をアーシアにした。俺の話を聞いて一応アーシアは納得をしてくれてはいたが、当人はまだまだ俺のことを諦めてなさそうである。
「本当にそうでしょうか?」
リリはそう言いながら、俺に身体を預けてつま先立ちになると、俺に顔を近付けてくる。じーっと俺のことを見つめてくる。俺は自分の目が泳いでいないか少し不安に思いながら、真っ直ぐに見つめてくるリリの瞳を見つめ返した。何だかキスをしてしまいそうなぐらいまで顔を近付けてきたリリは「そういうことにしておきます」と言ってニコリと微笑むと、つま先立ちをやめて再びグリグリと顔を俺の胸元に押し付け始めた。どことなく猫っぽい仕草だ。とりあえず可愛い。
・・・ただ、納得はしたと言うよりも、自分の中で折り合いを付けたって感じか?うぅむ。
しばらくの間、リリの気が済むまでしたい様にさせてから、俺たちはリーゼたちが待つ森の奥へと移動した。ウィスピの宿り木があり、ウィスピとよく修行した森の開けた場所にたどり着くと、今のリリと全く同じ姿で緑色のワンピースの様な服を着たウィスピが出迎えてくれる。相変わらず2Pカラーだ。俺の向かってニコリと微笑むウィスピに、俺は駆け出してウィスピのことをギュッと抱き締めた。
「大事な家族を守ってくれてありがとうウィスピ」
「はいはい。どうしたしまして。前にも言ったと思うけど、精霊である私に気安く抱き付いてくるのはルートぐらいなのかしら?」
ウィスピは呆れた口調で返事をするが、俺の背中に手を回して同じ様に抱き締め返してくれる。「全く、来るのが遅いかしらルート?本当に役立たずなのよ」と憎まれ口を叩きながら。
「これでも、ルミールの町が襲われた話を聞いて一夜ぶっ通しで走って来たんだけどなぁ」
「あらそう?一夜で帰ってこれたのなら褒めてあげてもいいかしら?」
「ウィスピが褒めてくれる何て珍しいな」
「それだけのことがあったということかしら」
リリの時とは違って、ウィスピが俺を宥める様に背中をポンポンと優しく叩いてくれる。それを心地よく思いながら、俺は疑問に思っていたことをウィスピに尋ねた。
「そう言えば、王都でフロールライトを使ってウィスピに呼び掛けたんだが、通信が出来なかったんだけど?」
「あぁ、それは私が張った結界のせいかしら。数えるのが馬鹿らしくなるぐらいの多数の魔獣に、力ある人の子が複数人居たので、決してこの森に立ち入れない様に完全拒絶していたかしら。そのせいで、私との繋がりが一時的に切れてしまったのね」
「そうだったのか。確かに協力な結界だったな。まあ、通信出来なかったお陰でいてもたってもいられなくなって王都を抜け出してきたから。ある意味じゃあ、それで良かった言えるんだけどな。その分、滅茶苦茶心配したけど」
「ふふ、あらそう?それは悪いことをしたかしら?」
・・・うん、ウィスピは全く悪いとは思ってないなこれ。ウィスピらしいけど。
口で悪いと言っておきながら、全く悪いと思っていないウィスピの態度にウィスピらしさを感じていると、ふと小さな二つの影がウィスピの後ろに移動したことに気が付いた。ウィスピの肩越しに見下ろすと、淡い栗毛色をした幼子らしいふわふわと柔らかそうな髪質の幼児が二人、ウィスピのスカートに顔を埋める様にしてくっついている姿がそこにあった。その姿がもうとても可愛い。
・・・メルアにメルク!!
俺のテンションがググッと上がった。ここに居る二人組の幼児と言えばメルアとメルクの二人しか居ない。俺は念願の双子の兄妹との対面を果たしたのである。いや、厳密には二人の顔が俺からでは見えないので、対面したとまではまだ言えない。俺は二人が顔を上げてこちらを見ないか、そわそわしながら様子を窺う。だが、二人はウィスピにピッタリとくっついて離れる気配がなかった。視線を落としていた俺だったが、仕方がないので視線を戻して恨みがましい目でウィスピのことをジトッと睨む。
「随分と二人と仲が良いじゃないかウィスピ」
「ふふ、当然のことかしら?赤子の頃から二人を見守ってきたのだもの。ルートよりも二人から慕われていて当たり前でしょう?どう?悔しいかしら?悔しいかしら?」
ウィスピは俺が悔しがることを分かっていて煽ってくる。ウィスピは俺よりも姉として、メルアとメルクに接してきたのだから、二人から慕われているのは当然の結果である。ここで悔しがったらウィスピの思うつぼで、ウィスピを喜ばせるだけなのだが、それでも悔しい決まっている。俺は二人の兄なのだ。
「悔しい。滅茶苦茶悔しい。それはもう血の涙が流せそうなぐらい悔しい」
「ふふ、それは良かったかしら。でも、この子たちが驚くから血の涙なんか絶対に流さないでねルート」
「いやいや、言葉の綾で本当に流せる訳ないじゃないから・・・」
ウィスピにはそう言ったものの、悔しい気持ちは本物であり、その気になれば本気で血の涙を流せることが出来る気がする。とはいえ、自分たちの兄と呼ばれる人物が、突然血の涙を流して始めたら、ハッキリ言って嫌過ぎる。そして、完全にホラーだ。俺はメルアとメルクの二人と仲良くしたいのに、二人に好かれるどころか嫌われる未来しか見えない。
ウィスピは悔しがる俺を見て満足そうに頷いてから「心配しなくても二人はルートのことが大好きかしら。それよりも、あなたが挨拶をすべき者は他にもいるでしょう?」と言って、後ろを振り向いた。ウィスピの視線を追って顔を上げると、そこには椅子に座ってこちらを見守るリーゼの姿がそこにあった。
・・・なるほど、確かに。母様にも挨拶しなければ。悔しがってる場合じゃないな。
リーゼの姿を見て納得した俺は、ウィスピに背中を押される様にしてリーゼに近付く。リーゼは俺が近付くのを見て立ち上がろうとしてくれるが、俺は手を上げて制止させた。少し疲労しているのが見て取れたからだ。俺は椅子に座るリーゼの目の前で片膝を付いて、リーゼに帰還を報告する。
「ただいま戻りました母様。ご無事な姿を見れて安心しました」
「おかえりなさいルート。ふふ、少し見ない間に大きくなりましたね」
リーゼは目を細めて嬉しそうに微笑むと、スッと俺の頬に触れる様に手を伸ばしてくる。だが、俺の頬に触れる寸前でピタリとその手を止めてしまう。それは、俺に対して遠慮する気持ちがあることが見て取れた。俺がアレックスとリーゼの本当の子供でないことを知ったことをリーゼは当然知っている。アレックスは余り顔には出さなかったが、リーゼはそうではない様だ。
それでも、リーゼが俺のことを愛おしく思ってくれていることは、索敵魔法に頼らなくても、リーゼの目を見ていたら分かる。それにこれまでリーゼが俺に注いでくれた愛情が本物であることを俺は十二分に知っている。俺は伸ばし掛けたリーゼの手を取って、そっと俺の頬に当てた。じんわりと温かい久しぶりの母の温もりだ。
「例え俺が本当の子供でなかったとしても、母様は俺を本当の息子として愛してくれたことを俺は知っています。だから、リーゼ母様は誰が何と言おうと俺の母様ですよ」
「ルート・・・。えぇ、あなたは私の自慢の息子よルート。ありがとうね」
リーゼは目に涙を浮かべながら愛おしそうに俺の頬を撫でてくれる。俺の頬に触れるリーゼの手がとても優しい。リーゼが内に抱いていた俺に対してのわだかまりを、少しは解消することが出来た様である。ただ、うれし涙とはいえ、母親が泣いているところは余り見たくない。俺は場を和ませるために、俺の頬を撫でていたリーゼの手を取って自分の頭の上に置いた。
「母様。色々と心配を掛けたと思いますが、これでも色々と頑張ってきました。ですから、久しぶりに褒めて欲しいです」
「まあ、ルートったら。ふふふっ、仕方のない子ね」
リーゼはクスクスと笑いながら俺の要望通りに頭を撫でてくれる。「少し大人びて見えましたが、やっぱりまだまだ子供なのね」とリーゼに子供扱いされてしまったが仕方ない。リーゼに涙を流させてしまったが、それでも笑顔にすることが出来たのだ。その代償と考えたらリーゼに子供扱いされるなど安いものである。
・・・それに、俺は紛れもなくリーゼの子供だしな。
アレックスともそうだったが、リーゼと久しぶりの母子の交流を堪能していると、メルアとメルクが少し覚束ない足取りでトコトコと歩いてリーゼのところへやって来る。二人はリーゼを挟む様にして立つと、リーゼの足に寄り添いながら顔を上げた。仕草や顔を上げるタイミングがピッタリなところに、俺は思わず感心してしまう。
・・・さすが双子。二人とも可愛いなぁ。
「かあしゃま、かなしいの?」
「かあしゃま、いたいの?」
どうやらメルアとメルクの二人は、涙を流していたリーゼのことを見て、何かあったのではないかと心配になって、リーゼのところにやってきたみたいである。心優しいメルアとメルクの姿に、俺はときめかずにはいられなかった。
・・・やっぱり間違いない。天使だ。二人は天使に違いない。
俺が感動に打ち震えているとリーゼがメルアとメルクの頭を優しく撫でながら「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。それよりも、ちゃんとご挨拶をなさい。あなたたちにいつも玩具を送ってくれる大好きなルート兄様ですよ」と言って、二人が俺に向くように背中を押した。リーゼの言葉を聞いたメルアがハッとした表情を見せてくれる。
「るーにいしゃまなの?」
「るーにいしゃま?」
クリクリッとした二人の目が俺のことを捉える。少し驚いた様な声色から察するに、今まで俺が誰なのか二人は分かってなかった様な感じである。俺はぷにぷにっとしたメルアとメルクの頬っぺたを突きたい衝動をグッと抑えながら、まずは自己紹介をすることにした。
「あぁ、そうだよ。初めましてメルア、メルク。俺の名前はルート・エルスタード。メルアとメルクの兄様だ。ずっと会いたかったよ二人とも」
俺が名乗るとメルアが、ぱぁと明るい笑顔を見せながら「るーにいしゃまだぁ!」とはしゃいでくれる。メルクは少し恥ずかしそうにもじもじとしながら控えめに「るーにいしゃま」と俺の名前を呼んだ。二人の性格はソフィアやウィスピに聞いたり、リリの手紙で知ってはいたが、やはりメルアは活発的で、メルクは少し引っ込み思案な様である。
・・・ふふ、やっぱりエルスタード家の家系は女性が強いんだな。
初めて持った妹弟との交流に心を踊らせていると、メルアが俺に近付いてくる。とても好奇心旺盛に目を輝かせながらだ。メルクはメルアの後ろにくっつきながら、ちょっと恥ずかしそうにである。メルアは俺の膝立てをしている膝小僧にちょこんと手を置くと、顔を上げて「るーにいしゃまあそぶぅ?」と嬉しそうに尋ねてきた。メルクも遊んでくれるの?と期待の眼差しを向けてくる。
その時、俺はズキューーーーーンッと胸を拳銃で、いや、散弾銃で打ち抜かれた様な衝撃が走る。俺のテンションは最高潮を軽く超えた。
・・・あそぶううううぅぅぅぅぅぅ!!!!
と言えたら、どれだけ良かっただろうか。今尚、大多数の魔獣と複数名の魔人族がフラウガーデンに向かって侵攻中であり、俺とリリの友人であるヒューが危険に晒されている。俺はそれを黙って見捨てる訳にはいかないのである。だから、残念なことに、本当に残念なことに、俺は二人と遊んであげている時間はない。
・・・あ、まずい。今は本気で血の涙が流せそうだ。
期待に胸を膨らませたメルアとメルクのキラキラとした視線に応えることが出来ない自分に、本気で血の涙が出そうだ。だが、ここで血の涙を流す訳にはいかない。「遊ぶ?」と聞いた相手が突然、血の涙を流し始めるなど、どう考えてもトラウマものだ。そんなことをすれば、妹弟と絆を深めるよりも前に、二人との間に溝が出来て深まってしまう。そんなことになったら、俺は当分の間、立ち直れなくなるのは間違いない。
・・・メルアとメルクの二人に嫌われてしまったら、兄様ショックで寝込んでしまいそうだよ。
俺はググッと感情を押さえ込んでから、二人の頭に手を伸ばす。「ごめんな二人とも。今は二人と遊んであげれる時間がないんだ。今度、時間が出来た時には絶対に遊ぶから今はこれだけで我慢してくれな」と断腸の思いでメルアからの遊びの誘いを断ってから、優しく二人の頭を撫でてから両腕を二人の背中に回す。
俺はメルアとメルクを引き寄せて、両腕にそれぞれを乗せて抱っこしながら立ち上がる。メルアはきゃっきゃと嬉しそうに、メルクは少し恐々としながら、二人は俺の首元にしがみ付いた。俺は二人を抱っこしたまま、遊園地のコーヒーカップの様にクルクルと回る。
「わぁ、すごいすごーい」
「ちょっとこわい。でも、たのしい」
大したことはしてないが、それでも喜んでくれる二人にほっこりしてから、俺はこれからの予定を皆に話す。
「ルミールの町を襲っていた魔獣は倒し、魔人族は無力化したので安全ですが、まだ全ては終わっていません。フラウガーデンに大多数の魔獣と複数名の魔人族が侵攻中なのです。あ、ちなみに父様は無事なので安心してください」
「そう、アレックスは無事なのね本当に良かった・・・」
「ルミールの町の脅威は取り除きましたが、フラウガーデンに移動している魔獣や魔人族が反転しないとも限りません。今しばらくは、安全なこの場所に居てください」
「えぇ、分かったわルート」
リーゼはコクリと頷いてから、優しい声で「他にも何かあるのでしょう?」と聞いてくる。王都を抜け出した話を今、話しておくべきかどうか俺は迷っていた。全く良い話ではないからだ。でも、母親に隠し事をするのは難しいらしい。いとも簡単に言い当てられてしまった。本来は見透かされてしまったことを嫌がるところなのだろうが、今はそれがちょっと嬉しい。俺のことを見てくれているということであり、それだけ思ってくれているということでもあるからだ。
「えっと、父様にもすでに話していますが、母様にもちゃんと話しておきますね。俺はルミールの町が襲われた一報を受けて、王都から抜け出してきました。俺が今、ここに居るのは王命を逆らってのことなのです。だから、その、然るべき時が来たら俺は罰を受けることになるので、余り時間がありません」
リーゼは俺の言葉を聞いて、少し天を仰ぐ様にしてきつく目を瞑った。どうしてそんな真似をしたの、とリーゼに怒られるのを少し覚悟していたが、目を見開いたリーゼの口から出てきたのは「ルートに無理をさせてしまったのね」と優しい言葉だった。夫婦揃ってちょっと息子に甘いんじゃないだろうかと思ってしまうが、正直なところ糾弾されるよりもありがたい。
「限りある時間の中で、これから俺はフラウガーデンの救援に向かいます」
「ヒューを助けに行くのですねルゥ兄様?」
俺が王命に逆らった話を聞いて、リリも痛そうな顔をしていた。何か言いたそうなリリだったが、ふるふると顔を左右に振ると真剣な顔付きで尋ねてくる。俺はリリにニッと笑みを見せながら返事をする。
「あぁ、その通りだリリ。ヒューは俺たちの大切な友人だからな」
「はい。ヒューを助けてくださいルゥ兄様。でも、危ない真似はしないでね。それと、それと、絶対に帰ってきてね」
俺とヒューのことを心配してくれるリリは、胸元でキュッと手を組んだ。俺はリリを安心させるために、大丈夫という意味を込めてコクリと大きく頷いて見せる。俺が危ないことをする側であって、俺に危ないことが及ぶことはほとんどないと思う。あの魔人族の男が、四天王の中でも一番最弱でもない限りは。
・・・自信過剰かな?でも、索敵魔法で感じ取れる反応からすれば、恐れるに足りないな。それに、とっとと終わらせて、俺はメルアとメルクの二人と遊ぶんだ。
「よし!それじゃあ、行ってきます!」
俺の元気一杯の別れの挨拶に、一番に反応したのはウィスピである。ウィスピは巧みにつたを操って、俺の頭をピンポイントにバシッと叩くと「嬉しいのは分かったから、その子たちは置いていくかしら?」と突っ込みを入れてくれる。そう、俺は未だメルアとメルクの二人を抱っこしたままなのだ。
・・・二人に影響しない絶妙な突っ込み。さすがはウィスピ、熟練の技だ。あ、そんなにも恐い顔しなくても二人はちゃんと置いていくってウィスピさん。もう、やだぁ。
これから俺がやることは、とてもじゃないが幼い二人に見せれることは出来ない。年齢制限的にアウトである。俺は名残惜しい気持ちをググッと我慢しながら、メルアとメルクをウィスピの傍に降ろした。
「小気味いい突っ込みありがとうウィスピ」
「はぁ、全くあなたときたら。・・・まあ、この子たちと離れたくない気持ちは分からなくもないけれど」
呆れた表情で腕組みをしていたウィスピだったが、メルアとメルクの頭を愛おしそうに撫でる。メルアとメルクはウィスピに頭を撫でられるのが気持ちいいのか、嬉しいそうに目を細めた。
「さてと、それじゃあウィスピ。ちょっと協力してもらいたいんだけどいいかな?」
「何かしら?」
「一刻も早くフラウガーデンに向かいたいんだ」
「・・・いいわ。任せるかしら」
何をして欲しいのか詳細を聞かなくても、ウィスピは察してくれた。さすが、我が悪友である。そう思っている内に、俺は見る見る内にウィスピのつたでグルグル巻きにされた状態になった。
念願の双子に会えて大歓喜の主人公でした。