第百七十五話 死を振り撒く者 前編
「あの鎌の攻撃に触れるな!命を持っていかれるぞ!!」
「鎌の攻撃を魔法障壁で防いでも効果がありません!」
「一体何がどうなってるんだ。光属性の魔法が使える教師はまだか!?」
「まだです。まだ学生の退避が完了していないのかもしれません」
闘技場北側の通路から会場に入るとサグズジエットを扇状に囲んでいる騎士団が見えた。いや、扇状に騎士団員が倒れていると言った方が正しいかもしれない。どうやら、かなり状況が悪い様だ。地に伏して動かない者たちが、死んでしまったというのであれば、この場に居る騎士団の戦力は半減以下になってしまったということになる。
しかも、聞こえてくる声からすると光属性を扱える者がやられてしまったらしい。すでに学園教師に応援を打診している様だか、未だに到着していないみたいだ。この状況では、王城に控える騎士団の応援を待っている余裕もなさそうだ。アンデットに一番有効である光属性を扱える者がやられてしまったのは、騎士団にとってかなりの痛手だろう。
・・・魔法剣の一件で、騎士団のことは多少なりとも知ってるけど。何だかんだ言って、結構な実力者揃いだぞ?サグズジエットはそんなにも強いのだろうか?でも、魔力量的にはそこまで・・・これだったらよっぽどエヴェンガルの方が。ん?倒れた騎士団員から微弱ながら魔力反応がある、ということは皆死んでないんじゃないか?それにサグズジエットとあれは・・・。
サグズジエットが振りかぶった鎌に黒いもやがまとわりついているのが見える。俺が取り逃がしてしまった少女にサグズジエットが襲い掛かった時にはなかったものだ。進化してから時間が経ったことで、本来の実力を発揮しているということだろうか。
サグズジエットが騎士団目掛けて鎌を横薙ぎに振り回し、騎士団の魔法使い部隊が前面に魔法障壁を出して攻撃を防ぐ。それでも、鎌の刃は防げても、黒いもやは魔法障壁をすり抜けて複数名の騎士団員に降り掛かる。すると、黒いもやが掛かった騎士団員がその場にバタバタと倒れてしまった。俺はその光景を見て確信した。死を振り撒く者と呼ばれているらしいサグズジエットは、呪いを振り撒く者なのだと。
俺は自分の考えが正しいことを確かめるための行動に移ることにした。呪いを掛けられただけなれば、まだ生きている可能性が高いからだ。大半の騎士団員のことを友人と呼べる様な親しい間柄ではないが、見知らぬ仲でもない。助けられる命が目の前にあり、それが出来る力を俺は持っている。俺は道具袋からエルザを取り出し、鞘から抜いてエルザに指示を出す。
「エルザ。今回の相手はあの魔物で、俺は倒れている騎士団員の状態を確認したい。だから、エルザにはそのための時間を稼いで欲しいんだ」
「あれは、もしやサグズジエットではありませんか?おとぎ話に出てくる魔物が実在したのですね。でも、主様の相手にはピッタリかと存じます」
・・・エルザまでも知ってるのか。俺に掛かる呪いは確実に俺を蝕んでいると言えそうだ。むぅ。
「知ってるなら話が早い。あのサグズジエットは、呪いを自在に操る魔物じゃないかと思う。俺はそれを調べたい」
「かしこまりました主様。私にお任せくださいませ」
「ありがとうエルザ。でも、油断は禁物だからな」
剣であるエルザに呪いは基本的には意味がない。でも、唯一、魔力の喪失に繋がる呪いを受けるとエルザにも影響が出てしまうだろう。エルザがエルザたらしめているのは魔力が重要であり、魔力がなければ魔剣としての機能を発揮出来なくなるのは明白だ。
もしかしたら、場合によっては、エルザとしての人格を失う可能性もあるかもしれない。俺はそのことを口を酸っぱくしてエルザに説明しつつ、エルザの刃に光属性を纏わせる。
「エルザのやることは、サグズジエットを牽制して注意を惹くことだ。くれぐれもあの鎌には絶対に触れるない様に。それに気を付けるのは触れることだけじゃなくて、鎌の辿った軌跡にも要注意だ。エルザには見ないだろうけどサグズジエットは、鎌を媒体にして呪いを振り撒くっているからな」
「ふふ、その様に心配して頂けるなんて、私は主様に愛されているのですね」
「その通りだ。エルザもまた俺の家族の一員だからな」
「かしこまりました主様」
やる気に満ちたエルザの返事に俺は「よし」と一つ頷く。すると、エルザが「でも」と否定的な言葉を口にしたので、俺は小首を傾げた。
「サグズジエットを牽制するのは分かりましたが、別にあれを倒してしまっても構わないのでしょう?」
とんでもないこと言い出したエルザに俺は目を剥いた。それは、駄目なフラグにしかならない台詞である。
「何を言い出すんだエルザは!?そんな台詞どこで覚えた!?」
「もちろん主様です」
・・・そうでした。俺でした!
そして、そんな台詞を教えた犯人は、何を隠そう俺だった。フラグとは一体何のか、エルザに尋ねられて教えたことがあったのだ。「場面的に合っていると思ったのですが間違ってましたか?」とエルザに聞かれて、俺は「合ってるし、ぴったりだけど・・・」と怒るに怒れない。
俺はエルザの剣身にコツンと額を当ててから、ジトリとエルザを睨んで「真正面から真面にサグズジエットの相手をするのは絶対に駄目だからな?」と念を押す。エルザは「冗談です主様。私が主様の見せ場を奪う訳には参りませんから」とクスクスと笑った。
・・・あ、これ完全に弄ばれてるやつだ。主を弄ぶとか何て剣だ全く。・・・はぁ、エルザに気を遣わせてしまったかな。
俺を蝕んでいる呪いが、確実に進行していることを目の当たりにして、少し気落ちしていたのをエルザに見透かされた様だ。俺は口の端を吊り上げて小さな笑みをこぼしてから「じゃあ、頼んだぞエルザ」とエルザを手放した。
エルザはふわりと宙を浮いて、剣先をサグズジエットに向けると「期待に添えてみせます」と頼もしい返事をして、勢いよく飛んでいく。俺もぼんやり見ている場合じゃないと、一番近くで倒れている騎士団員の下へ駆け下りた。
騎士団員に近くと黒いもやが身体の至るところに纏わりついているのが見えた。俺はうつ伏せで倒れる騎士団員を仰向けにゆっくりとひっくり返す。それから騎士団員に手をかざし、黒いもやに神経を集中させる。
「・・・・・・はぁ。何て数の呪いだ。でも、それぞれの効果はそれほど強力なものではないみたいだな。このまま放っておいたら死んでしまったかもしれないけど、これならまだ助けられる」
騎士団員は、多重の呪いが掛かった状態になっており、そのせいでピクリとも動けないでいる。だから、一見すると死んでしまった様に見えてしまっていた。でも、すぐ傍で見ればとても浅いが呼吸をしているのが分かる。紛れもなくちゃんと生きている。
自分の考えが間違っていなかったことの確認が取れたところで「どうしてルート殿がここに居るのですか!?」と声が掛かる。俺はグッと顔を上げるとちょっと恐い顔をしたおじさんが、しかめっ面をしながら近付いてきた。
「ロイド隊長、お説教なら後です。倒れている彼らはまだ生きています。サグズジエットとの闘いに巻き込まれる前に今すぐ退避させてください!」
「なっ!?それは本当ですか!?」
ロイドは驚きに目を見張るが、すぐに踵を返してサグズジエットの呪いを受けていない無事な者に指示を出し始めた。魔法剣を俺が騎士団に教えた折りに、顔見知りになった小隊長の一人である。俺の言葉を子供の戯れ言と思わずに信用してくれるだけの関係は築けている様だ。
「あと、レンさんとヨシュアさんは無事ですか?」
「二人なら無事ですが何かありましたか?」
「それは、良かった。二人は闇属性の扱いに長けていましたからね。サグズジエットにやられてしまった騎士団員の救出は二人を起点にしてください」
俺はロイドに死を振り撒く者と呼ばれるサグズジエットは、闇属性で禁忌の魔法と呼ばれる呪いの使い手であることを説明し、呪いへの対抗手段として闇属性の魔法障壁が有効であることを告げる。実は呪いの対抗手段は他にもあるが、それは他の者に言っても意味がないのでこの場では説明しない。
「但し、有効と言っても、呪いの進行をゆっくりにするだけで防ぐことは出来ません。だから、その場に止まらず絶えず動き回ること。そして、サグズジエットが鎌を振り回したあとは、その軌跡の範囲に、呪いが撒き散らされていることを念頭に置いて行動する様にしてください」
「かしこまりましたルート殿。ご助言感謝します。ところで、ルート殿はこれからいかがされるのですか?」
「無論、騎士団員が退避出来るだけの時間を稼ぎますよ。この状況で、派手に攻撃する訳にはいきませんから」
ロイドが早くこの場から離れて欲しそうな顔をしたので、俺もこの場に残ることを告げる。すると、益々顔を強張らせたので、俺は、むしろ闘いの邪魔だからとっとと倒れた者を退避させろ!という意味合いを込めて、にっこりと微笑んで見せた。俺が退く気がないことを悟ったロイドは、額に手を当てて天を仰いでから「くれぐれも無茶はなさらぬ様にお願いしますぞ」と言って、再び命令を飛ばし始めた。
・・・よし。次は時間稼ぎだな。エルザの手助けにいかないと。
ロイドの動向を見守ってから、俺はサグズジエットに向き直る。すると、ギンッと鈍い金属音と共にエルザが吹き飛ばされてるのが見えた。エルザは飛ばされた勢いそのままに地面に触れると縦回転に何度も地面と接触してから転がり、最後は力なく倒れ込む様にして、ガランと地面に転がった。
エルザから僅かに見える黒いもや。微塵も動く気配がないところを見ると、魔力系に作用する呪いを受けてしまい、動けなくなってしまったらしい。あれほど俺が口を酸っぱくして注意したのに、と怒る気持ちよりも、エルザがこのあり様と言うことは、サグズジエットはエルザが後れを取るほどの相手だったということだろう。つまりそれは、俺の判断ミスである。
今すぐにもエルザに駆け寄って、エルザの無事を確認しに行きたい。でも、呪いに掛かって動けない騎士団員の退避は始まったばっかりだ。ここで、俺がサグズジエットを足留めする役を放棄する訳にはいかないだろう。この間にも、サグズジエットは退避を始めた騎士団員に目掛けて鎌を振るおうと動き始めていた。
闇属性の魔法障壁で呪いの進行を遅らせることが出来ることを伝えているが、サグズジエットの呪いは今までよりも飛び散る範囲が広域になっていた。どうやら、エルザに邪魔をされたことがご立腹の様である。闇属性の使い手であるレンとヨシュアの二人で、あの呪いを全て防ぐのは難しいだろう。俺はグッと拳を握ってからサグズジエットに向かって走る。
「やらせるか!」
俺は左腕を天に掲げて、光のマナに働き掛ける。空中に無数の光の槍を作り出して、サグズジエットに向かって飛ばす。サグズジエットにこれ以上好き勝手に攻撃させないためだ。それと同時に、闇のマナにも働き掛けて右手で呪いを紡ぐ。呪いが構成出来たら、そのまま闇属性の攻撃魔法に上乗せして、レンとヨシュアの魔法障壁で防ぎ切れていない呪いに向かって魔法を放つ。
呪いのもう一つの対抗手段は呪いである。物理的にも魔法的にも干渉が難しい呪いだが、唯一、同じ呪いだと干渉することが出来る。つまり、呪いで呪いを弾くことが出来るという訳だ。それを俺はロクアートの首都ノクトゥアにあったリベール城で、王様の亡霊との闘いの中で知った現象である。
・・・光属性の攻撃は・・・、ほとんど効いてなさそうだな。
光の槍はサグズジエットの身体、正確には暗闇の様なローブにザクザクと刺さったが、サグズジエットに痛がる様子はない。そもそも痛がる身体がないと言えなくもないが、骨身に全く当たらなかった訳ではないはずだ。相反関係にある光と闇を同時に使ったことで、光属性の魔法の威力が弱まってしまっていると考えるのが妥当なところだろう。
俺の光属性の攻撃魔法にはピクリとも反応しなかったサグズジエットだったが、もう一つの闇属性の攻撃魔法には反応を示した。俺の呪いがサグズジエットの呪いを弾いて見せると、サグズジエットは鈍く光る赤い目をギロリと俺に向けてきた。どうやら、自分の呪いに干渉されたのが気に食わないご様子だ。
・・・注意を俺に惹くことは成功したみたいだな。
そう思った次の瞬間、ふわふわと空中を漂っていたサグズジエットが、猛スピードで目の前にスライドしてくる。今までにはなかった素早い移動に俺は目を丸くしたが、同時にエルザがこれにやられたのだと理解する。そのお陰で、驚きよりも納得が上回った。
サグズジエットは大きな鎌を右へ、左へと振り回す。真面に鎌が当たったら、身体が真っ二つに切れると言うよりもプチンと粉砕されてしまいそうだ。俺は倒れた騎士団員が少ない方へ、バックステップで鎌を避け続ける。もちろん、鎌を振り回したことで撒き散らされた呪いが、広域に広がるのを抑制するために、闇属性の魔法障壁で呪いを包み込む様に展開させることも忘れない。
・・・よしよし。何とか時間は稼げそうだ。騎士団員の退避が済んだら一転攻勢だな。それにしても、こういう時にこそ居て欲しかったのに、一体どこで何をしているんだあの人は。
サグズジエットの攻撃を避けていると突然、電池が切れた様にサグズジエットがピタリと動きを止めた。どれだけ攻撃しても当たらないから諦めた、という訳ではなさそうである。俺に向けられる敵意は依然として感じられるからだ。
すると、唐突に丸で子供が癇癪を起したかの様にサグズジエットは両腕を高く振り上げて、しばらくの間、バタバタとさせた。サグズジエットがご機嫌斜めなことが索敵魔法でヒシヒシと伝わってくる。
しばらくするとサグズジエットは腕を上げたままピタリと動きを止めた。次はどうするのかと、サグズジエットの動向に身構えていると、サグズジエットが腕を上げたことで、掲げられる形となった鎌の至る所からモクモクと黒いもやが立ち上り始める。
黒いもやはサグズジエットと頭上でどんどんと集まると、大きな雲の様になった。その次の瞬間、黒い雲から無数の黒い手が伸びて、俺に襲い掛かってきた。鎌から飛び散るだけだった呪いの動きとは全くの別もので、呪いの意志ある動きと速さに、俺は避けることに精一杯になる。
・・・くっ、追尾型にしてくるとはやってくれる。ええい、騎士団員の退避はまだか!?
心の中で愚痴っていると「大丈夫、ルート!?」と後方からエスタの声が聞こえてきた。俺は後ろを一瞥するとエスタの姿だけでなくマリクやエルレインといった複数人の学園教師の姿が見える。学生の避難が終わって、騎士団の要請に応じて、応援に駆け付けてくれた様だ。
エスタはサグズジエットと対峙する俺に加勢しようと、いの一番に近付いて来ようとする。俺はすぐに「近付くな!」とエスタに向けて怒鳴った。エスタや他に皆には、俺がサグズジエットを相手に飛んだり跳ねたりしている様にしか見えないだろうが、ここは呪い攻撃の渦中だ。そんなところにエスタを踏み入らせる訳にはいかない。
「エルレイン先生!サグズジエットは呪いの使い手です!」
「・・・そういうことですか。分かったわルート。時間稼ぎは任せましたよ。フォルフィ先生、ベスタ先生、リノックス先生は私と共に闇属性の魔法障壁を。他の先生方は倒れた騎士団員の退避を手伝ってください。エスタあなたも呆けてないで、手伝ってください」
「でも、エルレイン先生」
「ルートを助けたいと思うなら、闘える場を整えてあげることです。分かりましたね?」
「・・・分かりました。直ちに」
・・・さすがエルレイン先生。呪いのことを俺に教えてくれた第一人者だけのことはある。
エルレインは学園教師に的確な指示を出すと自身も素早く行動に移る。俺の近くを通ったマリクが「あれがあのエルレイン先生なのか?」と言って感嘆の息を吐いていた。俺は「そうだろう、そうだろう」と思いながら頷く。そう、俺の師匠はちょっと人と関わることを面倒くさく思っており、研究室に閉じ込もりっきりで研究する研究バカで、可愛いものには滅法目がない人だけど、やる時はやる人なのだ。
動ける人数が増えたことで、呪いで動けない騎士団員の退避が加速する。時折、サグズジエットの呪い攻撃が俺ではなく動ける騎士団員や学園教師に向かうこともあった。でも、エルレインをはじめとした闇属性の使い手によって、黒い雲から伸びる黒い手の進行は、多重の魔法障壁を通過する度に緩やかなものへと変わっていく。呪いへの対処も完璧だ。
見る見る内に倒れた騎士団員が運び出され、最後の一人が通路へと運び出されたところで、観客席の出入り口から「大丈夫ルゥ!?」とソフィアが大きな声を出しながら、飛び込んできた。ヒーローは遅れて登場すると言うが、本当に遅れてやってきた。光のマナに愛され過ぎていると言われるソフィア。対アンデットとしては最高の戦力である。
「遅いですよソフィア姉様!」
「ごめんなさいルゥ。来賓の避難を済ませて応援に向かおうとしたら、どこからともなく多数の魔獣が現れたの」
ソフィアの説明によると、ソフィアが遅れて登場したのは、闘技場外に現れた魔獣を倒すのに時間が掛かってしまったそうだ。しかも、一体や二体と言った数ではなかったらしい。でも、それはおかしい。俺が取り逃してしまった銀髪少女の反応を索敵魔法で確認した時、闘技場外にそんな反応は微塵も感じなかった。
・・・姿形が綺麗さっぱり消えたあの少女とは全く逆の現象か。突如として現れるとか・・・。ん?つまりはあれか?あれを使えるのか?
ソフィアのお陰で一つの解を導き出せそうとしていた矢先、手に持った剣を構えて剣身に白い光を纏わせると、キラリと目を光らせながらソフィアがサグズジエットに向かって駆け出した。一段高い場所になる観客席からソフィアは飛び上がるとサグズジエットの頭上を目掛けて、剣を突き出す構えを取った。
・・・ちょっ、ソフィア姉様ストップストップ!
無作為にサグズジエットに突っ込むソフィア。俺は慌ててソフィアの目の前に魔法障壁を出して、ソフィアの行く手を阻んだ。ソフィアは突如として現れた魔法障壁に顔をベチンと打ち付けてしまった。魔法障壁に阻まれて力なくズルズルとずり落ちるソフィアの足元に、俺は足場となる魔法障壁も展開させる。魔法障壁に足を付いたソフィアは頬を膨らませながら「何をするのルゥ!痛いじゃないの!」と声を上げた。
「あわわ、ごめんなさいソフィア姉様。でも、いきなり突っ込むソフィア姉様が悪いのですよ」
「どうして私が悪いの!?」
「俺がどうして飛び跳ねているのか疑問に思わなかったのですか?ここに来るまでに誰かからサグズジエットの説明は受けなかったのですか?」
「そう言えば呪いがどうとか・・・。そういうこと。ルゥは私を守ってくれたのね」
俺がソフィアを止めなければサグズジエットの作り出した黒い雲にソフィアが突っ込むところだった。黒い雲がソフィアに見えていないということは、黒い雲そのものが呪いの塊ということである。あんな呪いの塊を全身に浴びたとなれば、どうなってしまうかなど考えなくても分かる。
「でも、ひと声ぐらい掛けてくれても良かったんじゃない?お陰で鼻が取っても痛いです」
「それは咄嗟のことだったので。悪いとは思っています。でも、怪我であればソフィア姉様でも簡単に治せるでしょうが、呪いはそうはいきませんから」
「私は鼻が取っても痛いです」
この状況下で、まさかの姉弟喧嘩勃発である。しかも、サグズジエットという強大な敵を間に挟みながらにしてやることでは絶対にない。が、譲る気配の全くないソフィア。空気が読めてないというべきか、空気を和ますためにやっているというべきか。判断に迷うところではあるが、その判断をしている時間が惜しいので、俺が折れることにした。
「・・・分かりました。後でいくらでも俺が治しますから、今は一緒に闘って頂けますか?ソフィア姉様の力が必要なのです」
「仕方ないわね。ルゥがそこまで言うのなら、私の力を貸しましょう」
ソフィアはそう言って魔法障壁から飛び下りて、地面に下り立つと「ルゥ。指示をちょうだい。あなたの目には呪いが見えているんでしょう?」と剣を構えた。さっきまで見せていた不満顔はどこにもない、キリッとしたカッコいい表情だ。ソフィアの変わり身の早いことに苦笑してから、俺は「道筋を付けましょう」と言って、サグズジエットに斬り込むソフィアが呪いを受けない様に、ソフィアに指示を飛ばす。
ソフィアの光属性を纏わせた魔法剣は、サグズジエットに確実にダメージを与える。ソフィアは正に蝶の様に舞い、蜂の様に刺した。ソフィアが剣を振るう度に白い光が軌跡となって、幻想的な光景が広がる。見るからに悪い巨大な魔物を相手に颯爽と挑む女性剣士。一枚の絵に収めて飾っておきたいと思えるほど絵になる光景だ。
・・・こういう時に限って手持ちにカメラを持ってないなんて。くぅ。
ソフィアの度重なる攻撃でダメージを負い過ぎたのか、黒い雲が掻き消えた。これで、俺も逃げ回る必要はなさそうだ。サグズジエットは悔しそうにカタカタと下顎を上下させると、力任せに鎌をソフィアに振り下ろす。だが、そんな単調な攻撃がソフィアに通じる訳もなく、ソフィアはヒラリと鎌を避けて見せると、サグズジエットの手元を叩き斬り、ガゴンとサグズジエットの黒い鎌が地面に落ちた。
スタッと地面に下り立ったソフィアがサグズジエットを見上げながら「これで終わりね」と言う。サグズジエットも悔しそうな反応をしているし、その場で戦況を見守っていた誰もがそう思っただろうし、俺もそう思った。でも、次の瞬間、ソフィアの足元に転がっていた黒い鎌から、大量の黒いもやが噴出してソフィアに襲い掛かった。
真のヒーローは遅れてやってきます。
次回後編です。




