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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第百七十一話 見えない制裁

「さあ、ルート。どういうことか説明しなさい!」


両手を腰に当てたエリーゼを筆頭に、俺はクラスメイトに取り囲まれた。レオンドルの呼び出しを受けた翌日、朝のホームルームの話である。魔法祭が間近に迫っているため、ホームルームは軽く連絡事項だけで終わり、後は解散して各々所属する属性の研究室に向かうことになる。はずなのだが、なぜか俺は窮地に立たされていた。


「マリク先生ぇ」


今のこの状況を産み出した元凶であるマリクを俺は恨みがましく睨む。こうなったのは、マリクが教室に来た早々に、いきなり「無事に戻って来たと思っていたが、実は死に掛けたそうだなルート?」と皆の前で、俺が昨日レオンドルたちに話した内容を暴露したのが発端なのだ。


それを聞いた途端に、隣の席に座るエリーゼがキッと俺を睨みながら立ち上がって詰め寄ると、眉間に皺を寄せたアーシアが追随し、フレンとレクトは興味津々な様子で俺の回りを囲んだ、という訳である。残念なことに、逃げる隙間もない。


マリクのせいで俺は窮地に立たされてしまった。だから俺はマリクを睨んでいると言うのに、マリクは楽しげに口端を上げて傍観するだけで、助け船を出してくれるつもりはないらしい。その態度に先生とはいえ、ちょっと腹立たしく思ったのは仕方がないことだろう。


・・・ぐっ、本当に楽しそうだな。面白がってないで、どうにかしてよマリク先生!


俺はしつこくマリクを睨んでいると「聞いてるの?」とエリーゼが俺の頭を両手でガシッと掴んで無理矢理正面を向かされた。普通なら首がグキッと逝ってしまうところだが、土を司るイエロードラゴンのダストアにもらったうろこの効果で、防御面が上がっている様で事なきを得た。


でも、そのことにホッとするよりも前に、エリーゼの目に涙が浮かんでいるのが見えて俺は「うっ」と息を飲んだ。


「ルート。これはエリオット学園長命令だ。大人しく何があったのか話すことだな」

「エリオット学園長の命令ですか?どうして昨日の今日でそんなことに。・・・それじゃあ、本当に包み隠さずに、皆に話してしまっていいんですね?」


遺跡に関する話は、貴重な情報も含まれており、誰も彼もに話していいものではない、ということ俺はマリクに確認する。すると、マリクは「そうだ」と首を縦に振って見せた。どうやら、俺はクラスメイトに洗いざらい話さなければならないらしい。そう考えて、何だが胃の辺りがキュッとした様な気がした。


・・・また、怒られそうな気がするから、全く気が進まないんだけど。うぅ、でも、もう手遅れか。エリーゼはすでに怒ってるし。アーシアも恐い顔してるし。


俺は心の中でぼやいてから嘆息する。それからエリーゼたちに椅子に座る様に勧めた。なるべく手短に話すつもりだが、決して短くはない話になるからだ。俺は椅子を百八十度回転させて座って見せると、エリーゼたちは互いの顔を見合ってから自分の椅子を俺の目の前に運んで並んで座る。その並びの壁際にマリクが寄り掛かる様にして立った。間に大きな机がないだけで、昨日と似た様な状況と雰囲気である。


・・・昨日と比べたら平均年齢が若くなったけど。ハッ、悪寒が。


背筋がゾクッとして身震いしていると「どうしたのルート?」とエリーゼが訝しがる様に聞いてくる。俺は「何でもありません」と首をぶるぶると左右に振りながら答えた。ついでに、考えていた余計なことを振り払いながら。


俺は昨日、レオンドルたちにした説明と同じ内容をエリーゼたちに話した。遺跡の最下層で手掛かりを見つけたこと、幻想級から究極魔石を得るために厄災級の魔獣と魔物を狩りまくったこと、満を持して挑んだ幻想級のエヴェンガルに初撃を軽々と防がれた挙げ句、いとも簡単に左腕を切断されたこと、色々な偶然が重なって辛うじて幻想級のエヴェンガルを倒したことを。


話の途中でエリーゼたちは質問をしたそうな顔をしていたが、まずは俺の話を聞いてもらった。質問を受ける度に回答していると、余計に時間が掛かることは昨日経験済みだからだ。色々と言いたいことがありそうな顔をしているエリーゼたちを相手に、俺は一方的に口を動かした。


「以上が今回遺跡に潜って経験したことで、マリク先生が言った死に掛けたと言うのことがどういう意味か分かってもらえたかと思います」


全ての話を終えると皆揃って大きなため息を吐きながら俯き加減なる。昨日のレオンドルたちと全く同じ反応に、俺は思わず一緒だなぁと感心してしまう。そんな中、フレンが一番に顔を上げるとニカッと笑みを浮かべながら「まあ、大変だったみたいだけど、無事に帰ってこれて良かったなルート」と励ましてくれる。だが、すぐにエリーゼが「そういう問題じゃない!」とフレンを睨んだ。


「ちょっと落ち着けって。それともエリーゼは何か?ルートが無事に帰ってきたことが嬉しくないのか?」

「そんっ・・・れはその、別にそういう訳じゃ。それとこれとは話が違う、と言うか。・・・あの、ルートが無事に帰ってきてくれたことは、何よりなことと思っているわ」


エリーゼがフレンに言い返そうと一瞬声を荒げるが、俺の顔を見た瞬間に、目を泳がせながらしどろもどろになった。それは俺が、そんなことはないと思うけどエリーゼが俺のことを全く心配してくれていなかったら、それはちょっと悲しいな、と思っていることを表情で全面的に押し出していたからだ。


エリーゼが言いたいことは分かっているつもりだ。王女として王都が、国が危機的状態だったと聞かされたら、それは怒るだろう。ただ、そのことを今問い詰められても、すでにやらかした後の話になるので、俺が出来ることは反省することだけとなる。でも、それをこの場で証明することはとても難しい。


・・・二度とやりません、と言うつもりはないからなぁ。だからと言って、友人相手にこの場を乗り切るためだけの嘘はつきたくないし。


「それにしても、ルートが腕を切断されたなんて信じられないな。ルートってさ。剣で斬ろうが、槍で突かれ様が怪我一つしそうにないのに」

「ちょっと待ってくださいフレン。それ、もう人間じゃないですよね!?」


とんでもないことを言うフレンに、俺は目を剥きながら反論するが、フレンは「そうか?」と少し首を傾げるだけだ。さすがに魔法で強化していなければ、剣で斬られたら肉は裂けるし、槍で突かれたら矛先は身体を突き抜ける。俺はそうフレンに訴えたがフレンは「えぇ?」と言って片眉を上げる。


「ルートにとったら補助魔法なんか慣れたもの、息をするのと同じ当然の様に出来る行為だろ?」

「それはちょっと言い過ぎです。でもまあ、そう出来る様に努力はしてますけど」

「だったら、間違ってないな」


・・・いやいやいやいや、あるとないのじゃ雲泥の差だよ?慣れてるとか慣れてないとかの問題じゃないよ?


「ルート、今一度聞かせて欲しいんだけどいいかな?」

「へ?あ、はい、何でしょうかレクト?」

「ルートは本当に腕を切断されたのかい?」

「はい、間違いないですよ。信じられませんか?」

「いや、ルートが嘘をついてるとは思ってないよ。ただ・・・」


レクトは考える様に手を顎に添えると「治癒魔法で治したんだよね?」と聞いてくる。治癒魔法で治したことも、さっきの話で説明している。なぜ同じことを改めて聞くのか。レクトが何を聞きたいのか分からない俺は首を傾げるしかなかった。それを見たレクトが苦笑してから理由を話してくれる。


「普通、治癒魔法で切断された断面の傷は癒せても、腕をくっ付けることは出来ないよ。ルートだから何でも出来ちゃうのかもしれないけどね」

「待ってくださいレクト。俺が特別みたいな言い方をしてますが、それは単に治癒魔法で傷口を塞ぐことを優先した結果の話ではないですか?魔法を使うために大事なことはイメージをすること。それが悪いだけの話だと思います。それにやろうと思えば、失った腕を生やすことも出来ると考えています。ちょっと怖いのでやりませんけど」

「イメージが悪い?でも、傷を治すことには違いないだろう?しかも生やすって言ったかい?もう何が何だか・・・」


イメージが出来なかったのかレクトがこめかみを押さえて首を左右に振った。他の皆も何を言ってるのか意味が分からない、といった表情をしているのを見て、俺は少し反省する。腕を切断されて治癒魔法で治すというのは、日常的に目の当たりにする様なことではない。俺だって初めての経験だったぐらいだ。それを想像させるのは、ちょっと酷なことだったと言えるだろう。


「・・・そうですね。ちょっと具体例を見せましょうか。さすがにこの場で腕を切り落とす訳にはいきませんので、これで代用して」


俺はそう言いながら、道具袋の中ならりんごっぽい果物のルルカを取り出して、皆に見える様に掲げた。そのルルカを半分に割り、片割れを太ももの上に置いて、もう半分は左手に持った。手の空いた右手の人差し指でルルカを差しながら説明開始だ。



「太ももに置いたのが左腕、手に持っているのが胴体と想定します。まず、レクトが言っていた話を実践しますね」


俺は樹属性のマナに働き掛けて、樹属性の治癒魔法を行使する。半分に割ったことで果肉が剥き出しになったルルカの表面を治すことをイメージしながら。淡い緑色の光が手に持ったルルカを包み込むと、見る見る内に割れ目が皮に覆われた状態になった。


「こうして傷口は塞ぐことが出来ましたが、この状態で左腕をくっ付けることは出来ないのは当たり前ですよね?」


太ももに置いたもう半分のルルカを手に取って、剥き出しの割れ目と治癒魔法で治して皮に覆われた割れ目をカチカチと合わせて見せる。一方の傷口が完全に塞がってしまっているのだから、くっ付く訳がない、という俺の説明は皆に伝わった様で、皆の顔に納得の色が見えた。そのことに満足しながら、俺は治癒魔法の説明を先に進める。


「治した方のルルカを元の傷口が剥き出しの状態に戻しますね。・・・次に俺がやった方法です。俺がやったのは、こうして傷口同士をくっ付けてから治癒魔法を使ったのです。どちらも自分の身体ですから。それぞれの傷口が治る様にイメージする。そうすれば、ほら、割れ目がくっ付いて元の状態に戻ったでしょう?」


俺は割れ目がくっ付いて元に戻ったルルカを掲げて、左右にクルクルと回して傷口がなくなったことを見せつける。


「なるほど。切断された腕もまた自分の身体の一部には違いない、ということだね。単純なことだけど、思いもよらなかったよ。さすがルート。人が思いつかない様なことを平然とやるね」

「気のせいでしょうか。褒められている様で、褒められていない様な気がするのは」


俺はジトッとした目でレクトを睨むが、レクトは「褒めてる褒めてる」と軽い口調で答えながらキラリと白い歯を光らせた。そういう爽やかな笑顔は、女性にだけ向けていれば言いと思う。これ以上追求しても無駄と悟った俺は、最後の説明に取り掛かることにする。俺はもう一度ルルカを半分に割って、片割れをレクトに投げ渡す。


「レクトに渡したのが左腕で、俺が持っているのが胴体とします」

「ルートの腕を渡されたのか。嫌な役回りだね」

「はいはい、ぼやかない。それよりも、こうしてどちらにも同じ様に治癒魔法で治してやれば・・・。はい、これでどちらも元通りです」


俺はレクトに渡したルルカと手に持ったルルカに同時に治癒魔法を掛ける。どちらのルルカも失われた半分が再生して、元の状態のルルカが二つ出来上がった。植物系の食材や素材を簡単に増やすことが出来るので、俺が日常的によく使う魔法の一つと言える。


「俺が持つルルカは胴体から左腕を再生させたことになり、レクトに渡したルルカは左腕から胴体を再生させたことになります。その場合、果たして本物の俺はどちらになるのでしょうね?」

「どちらも何も、魔法を使った胴体側が本物だろう?いや、でも、左腕もまた自分の身体には違いないのだから・・・。あれ?どうなるんだ?」

「そう考えるとちょっと怖いでしょう?恐らくですが、実際はレクトが言った様に魔法を使う胴体が本物で、左腕から再生させた身体は偽物になるでしょう。なぜなら、俺という魂は一つしかないからです。偽物の身体は魂の宿らない抜け殻の身体になるのではないかと思っています」

「そんなことまで考えているのかいルートは。本当に、ルートには驚かされるね」


レクトは目を丸くしてから唸る様に感嘆の息を吐く。他の皆もレクトに同意するかの様にコクコクと首を縦に振った。


・・・よし、いい感じに話が逸れたんじゃないだろうか。


心の中でグッと手を握ってから、俺は話を切り上げるべく「大分時間を取ってしまいましたね」と言いながら、腰を浮かせる。だが、ずっと黙って聞いていたアーシアが「待ってルートちゃん」と口を開いた。


「相変わらずルートちゃんが凄いことは分かったわぁ。でも、私たちが聞きたいことはそういうことじゃないの。話を逸らして有耶無耶にしようだなんて、悪い子だわルートちゃん」


アーシアに完全に心を読まれていることに、俺はうぐっと息を飲む。「これでも季節一つ分、ルートちゃんと共に過ごしていたのだもの。私にはお見通し、だからね」とアーシアは俺の反応を見て、悪戯っぽい笑みを浮かべた。さすが、生粋の商家の娘。洞察力がずば抜けて高い。


・・・ずっと大人しかったのは、観察されてたってことか。恐るべしアーシア。


「そうよ。アーシアの言う通りだわルート。あなたちゃんと反省しているの?どれだけ自分が危ないことをしたのか分かってる?」

「エリーゼ。それも大切なことだけど、私たちが聞きたいのはそこじゃないでしょう?」


アーシアの言葉が呼び水になって、エリーゼが初めの勢いを取り戻す。だが、それをアーシアが引き留めた。エリーゼはアーシアに見つめられ目を泳がせると、しばらくしてからエリーゼはキュッときつく目を閉じて小刻みに身体を震わせてから、意を決した様に目を見開いた。


「私たちは本当にルートのことを心配していたの。それなのに無事に帰ってきたと思えば、死に掛けたってどういうことなの?馬鹿なの?本当にルートはいつも非常識で、無茶苦茶で、無謀で、自分勝手で、我が儘で、意地っ張りで、突拍子もなくて。私は、私たちは驚かされてばっかりだわ」

「えと、あの、エリーゼ?」


罵詈雑言とまでは言わないが、エリーゼの口から怒涛の勢いで俺の悪口が出てくる。丸で堰を切ったかの様に次々と出てくる悪口に、俺はちょっと涙目だ。


・・・うぅ、何もそこまで言わなくても。ループして何回か同じこと言ってるし・・・。


「私は、私は本当の本当にルートのことを心配していたの!それなのにルートったらそんなことお構いなしみたいで。本当に私に心配を掛けたと思うなら何か言うことかあるでしょう!!」


エリーゼは息を少し切らしながら人差し指をビシッと立てて、俺のことを指差した。色々とエリーゼに言われて、俺はちょっと悲しい気持ちになっていた。でも、それは俺の勘違いの様だ。あの怒涛の悪口の真意は、俺のことを心配していたいうことの裏返しだったのだ。


エリーゼが自分の感情をさらけ出すぐらいに俺の心配をしてくれていた。それが嬉しくて、俺は思わず小さく笑ってしまう。もちろん、エリーゼに「どうしてそこで笑うの!」と怒られた。


「ごめんなさいエリーゼ。それと心配をしてくれてありがとうございます。心からエリーゼが心配をしてくれていたことが分かって、本当に嬉しく思います」


エリーゼに謝意と感謝の気持ちを伝えると、エリーゼは「・・・ん。分かればいいのよ分かれば」とツンと顔を逸らしながら言った。エリーゼの頬が少し赤い気がするが、まだ怒りが収まらなくて怒っている、という訳ではなさそうだ。俺がエリーゼの反応にそっと息を吐いていると、今度はアーシアがあからさまに不満顔になった。


「あらルートちゃん。謝るのはエリーゼだけなの?」

「分かっていますよアーシア。アーシアも心の底から心配してくれたのでしょう?アーシアにも申し訳ないと思っていますし、心配してくれて本当に嬉しく思ってます。もちろん、フレンとレクトの二人もです」

「分かっているなら良いわぁ。今はこれだけで許してあげる。でも、どこかで今回の埋め合わせを期待してもいいかしら?」

「ま、ルートが無茶苦茶なのは今に始まったことじゃないし、俺は無事にルートが帰って来てくれた時点で文句はないな」

「僕もフレンと同意見かな。興味深い話も聞かせてもらえたしね」


アーシア、フレン、レクトの三人もエリーゼと同じ様に心配してくれていたことは明白だ。アーシアの埋め合わせをどうするか考える必要はあるけれど、俺は本当に良い友人に恵まれたと胸が暖かくなる。


「まあ、こんなところか」


壁に寄り掛かって腕組みをしていたマリクは、そう言いながら身体を起こすとパンパンと手を鳴らした。


「さすがのルートも多少はこれで反省しだろう。さあ、話はこれぐらいにして、各自魔法祭の準備に向かえ。今年で最後の魔法祭なんだ。悔いのない様にな」

「「「「はい!」」」」


マリクがニッと笑みを浮かべながら、先生らしいことを言ってエリーゼたちを見送る。どうやら、この仕打ちは俺に自省を促すためのものだったらしい。言われなくても反省点はしてるのに、と少し思ったが、エリーゼたちにどれだけ心配を掛けていたのかは、そこまで想像が出来ていなかった。


そのことは改めて反省すべき点だろう。俺はそのことを心に刻んでから、俺も闇属性の研究室に向かおうと腰を上げたところでマリクに呼び止められた。


「あっと、ルートはこのあと図書室な。ティッタたちが待っている」

「ティッタたちが、ですか?」


俺から呼び出すことはあっても、ティッタたちから呼び出しを受けるのは珍しい。と言うよりも初めてのことじゃないだろうか。強化薬の研究発表についての相談かな?と思いながら、俺はマリクに別れを告げて図書室へと向かう。この時、マリクが面白がる様な顔をしていたことに、俺は全く気が付かないまま。


「失礼致します」

「あぁ、来ましたねルート君。すでにお友達がお待ちかねですよ」


図書室に入ると手元の本に視線を落としていた司書の先生が顔を上げて出迎えてくれる。ティッタたちはすでに来ているらしい。俺はいつものテーブルに足を向けるが、座っているティッタたちの姿が目に入った瞬間、思わず後退りしたくなった。ティッタを中心に右側にムートとヴォルドが座り、左側になぜか騎士コースのウィルとアウラが並んで座っていたからだ。


しかも、いつもニコニコとしているティッタの顔が、明らかに強張っている。怒られる雰囲気がひしひしとすることを俺が感じ取って固まっていると、ティッタがいつもよりも低めの声色で「ルートさま何をしてるっすか?ちょっとここに座るっす」と言って、テーブルの上をポンポンと叩いた。


・・・うぅ、正面に座れと。


俺はティッタの言うことに大人しく従って椅子に座る。俺が席に着くとティッタが「ルートさま!遺跡で死に掛けたってどういうことっすか!?」と大きな声で問い詰めてきた。


「落ち着いてくださいティッタ。そんなに大きな声を出したら、司書の先生に怒られてしまいますよ?」

「そんな心配は不要っすよルートさま。うるさくしても今日は怒らないと司書の先生には言ってもらってるっすから」


ティッタの言葉に俺が後ろを振り向くと司書の先生が「エリオット学園長から事情は聞いてます」と言って、ニコリと笑みを浮かべた。なるほど、お膳立てはすでに済んでしまっている様だ。


・・・つまり、大人しく怒られろと。


「さあ、ルートさま。一体全体どういうことなのか説明をするっす!」

「今回は、ルート様が、悪い」

「ルート様と対立することは望んでいません。でも、申し訳ないですが、今回に限ってはティッタの味方です」


ティッタの問い掛けに次いで、ムートとヴォルドの二人も口を開く。基本的に無表情のムートの眉間に、皺が寄っているところを見ても、ムートも怒っていることが分かる。俺に傾倒しているヴォルドも少し不機嫌そうだ。俺が居心地の悪さに息を飲んでいると、ウィルとアウラの二人も口を開いた。


「魔法祭の打ち合わせがあると呼び出しを受けて来たらこれだったからね。急な呼び出しだったから少し不思議に思っていたけど納得したよ。あのルートが死に掛けただなんて一体どんな相手だったのか、話を聞かせてもらうよ」

「ルート君の友人を大切に思う気持ちは美点です。でも、もう少し自分のことを大事にすべきだと思います」


当たり前のことだが、ここに俺の味方になってくれる者は居ないらしい。少し気が遠くなる様な気分になるが、俺はふるふると首を振った。ここでも皆に心配を掛けてしまったことに俺はきっちりと向き合わなければならない。ティッタたちが怒っているのは、結局のところ俺のためを思ってのことなのだから。



「はふぅ、遅くなりました」

「その様子では方々で、お叱りを受けた様ですね」


ティッタたちにも同じ様に遺跡での出来事を洗いざらい話して、滅茶苦茶ティッタに怒られたが、とにかく反省していることを必死に訴えて解放してもらった。怒っている時のティッタが、とても饒舌になることを初めて知った俺は、二度とティッタを怒らせることはしないと思った。


朝からとても濃密な時間を過ごすことになった。そのことに俺が闇属性の研究室に肩を落としながら入ると、エルレインがクスクスと笑いながら出迎えてくれる。エルレインの口振りからするとエルレインも事情を知っている様である。


「はひ、それはもう、皆から」

「ふふ、でも、それだけルートのことを心配してくれていた人が居たということでしょう?」

「そうですね。怒られはしましたが、全ては俺のことを思ってくれてのことでした。ちょっと不謹慎かもしれませんが、嬉しくなってしまいましたよ」

「そう、エリオット学園長から話を聞いた時は、私からも文句の一つでも言おうかと思いましたが、思った通りの様ですね。私からはこれ以上、何も言うつもりはありませんが、どうしても文句を言いたい人がここにも居るので、ルートは大人しく怒られてくださいね」


エルレインはそう言って視線をちらりと窓際に移した。エルレインの視線を追って俺も視線を窓際に移すと、そこにはエスタが仁王立ちで腕組みをしている姿が見える。ものすごく不機嫌そうな顔付きである。エスタは俺の視線に気が付くと無言で自分の足元を指差した。何を求められているのかすぐに察した俺は、大人しくエスタの目の前で正座した。それからエスタに怒られたのは言うまでもない。


その日の夕食、俺はぐったりとしながらゾーラの美味しい食事を食べていると、カジィリアから「少しは反省をしましたか?」と尋ねられた。それだけで、今日の首謀者がエリオットではなくカジィリアであることを俺は悟った。俺は「それはもう」と項垂れながら、カジィリアに答える。


・・・やっぱりお婆様には敵わないなぁ。


満足げに微笑むカジィリアを見て、お婆様を敵に回してはいけない、とそう心に誓う俺であった。

ルートがほとんど反省していないことを悟った

カジィリアの別の角度からのアプローチでした。

次回は三年目の魔法祭へ突入です。

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