第十五話 決闘
決闘当日、天気も良く絶好の決闘日和だった。・・・だったのだが。
「ねえ?父様」
「ん?なんだルート」
「今日は決闘の日で良かったですよね?」
「そうだが?なんだ、怖じ気付いたのか?」
「いえ、そうではないのですが」
決闘は、家の前に広がる草原で行うことになっていた。そこに、立会人として、町長のフィリップ、奥さんのセシーリア、執事のデルントがいるのは分かる。だが、なぜこんなにも大勢の人が集まっているんだ!
「ねえ?父様」
「さっきからしつこいぞ?ルート」
「決闘の話って町長の屋敷でしかしてませんよね?」
「ああ、そうだな」
「だったら、なぜこんなにも大勢の人が集まっているのでしょう?」
「なんでだろうな?」
アレックスは澄まし顔で話ながら決して俺と目を合わせようとしない。・・・おい、こら、こっちを見て話せ!
「はあ、父様ったら。仕方がないわルゥ、あきらめましょう」
後ろからソフィアの声が掛かったので振り返るとソフィアはしょうがないって顔をしていた。でも、あきらめるって今日の決闘は見世物じゃないんですが・・・。
「仕方がないですか?」
「ええ、勝手に父様がやったことには違いないとは思うのだけど、町の人たちのためなのよね?」
「・・・やっぱりばれてたか」
やっぱりもなにも広める人に心当たりがあるのは父様ぐらいなんですが?と思ったが空気を読んで口を閉じておく。町の人たちのためとはどういうことだろうか。
アレックスの説明によると半年前の惨劇から徐々に活気を取り戻してきていたのに、今回の魔獣侵入事件のせいでまた、町全体が沈んだ雰囲気になってしまったそうだ。あれだけ賑わっていた市も事件の後は、閑散としてしまったらしい。そこで、町の活気を取り戻すために今回の決闘をお祭り騒ぎにすべく色々と画策したとのことであった。
「はぁ、そういことですか。それならそれで話してくれても良かったと思うんですけど?」
「ん?話してない方がびっくりするだろ?それよりもほら、まだ決闘までには少し時間がある。あっちに屋台もあるか見てきたらどうだ?」
「ええ、確かにびっくりしました。そんなものまで出てるとは。・・・でも、仕方ありませんね。俺も町には活気があった方が良いですし。でも、決闘の時に町の人が立ち入らないようにお願いしますよ?」
「ああ、それならまかしておけ。警備兵を配置することになっているから誰の邪魔も入らないさ」
アレックスの手際の良さにため息を吐きながら、気分転換に屋台の方へと行ってみた。
屋台には観戦しながら食べられるよう、ジャンクフードのようなものがあったりしたが、普通に野菜や肉、装飾品等の小物が売り出されていて、町にあった市がそのまま家の前の草原に来たようであった。町の商人だけじゃないと思うけどその商魂たくましい姿を見て少し安心した。
屋台を順に見ていたら、屋台のある場所の一番端に一際、人だかりが出来ているところがあったので少し気になったので近づいてみる。
「さあ、どちらが勝つか賭けた賭けた」
黒板のような板の前にいるおじさんがそう声を出していた。おいおい、賭け事まであるのかよ!と思った矢先、アレックスがその声を出している男の元へ歩いていくのが見える。お、さすがに止めにいったかと思ったら違っていた。アレックスも賭けようとしていたのだ。だが、すぐにリーゼが来てアレックスの耳を引っ張って連れて行く姿が見えた。・・・母様にこってり怒られろ!
賭け事の対象となっているのはあまりいい気分ではなかったが、賭けの状況がどうなってるのかは気になったので近くまでいった。黒板らしきものを確認すると圧倒的多数でソフィアが勝つ方に賭けられていた。当たり前といえば当たり前なんだけど、「これって賭けになるんだろうか?」と呟いていたら、おじさんから「雰囲気を味わえればいいんだよ。それに一人は坊主に賭けてる人がいるから、坊主が勝てば総取りだな」なんてことを言っていた。・・・誰だろう俺に賭けた人。
「ルゥ兄様!そろそろ始めるからって父様が呼んでるです」
「ああ、分かったよリリ。教えに来てくれてありがとう」
「頑張ってです!」
「ふふ、まかしておきなさい。リリのおかげで秘策があるからね。きっと勝ってみせる!」
決闘の場所にたどり着くとアレックスから剣を渡された。今回、決闘で使用するのは鉄の剣だ。一応、刃は潰れており切れることはないが当たればそれなりに痛いだろう。予めこれで特訓するようにと渡されていたので特訓は鉄の剣で行っていた。最初は、慣れ親しんだ木剣とは違って、少し重く感覚の違いに苦労したが、特訓の甲斐もあって、今は慣れた。もし、今日の決闘で、ソフィアに勝つことが出来たら、本物の剣をやろうとアレックスが言っていたのでちょっと楽しみである。
「これより、我が娘ソフィアと我が息子ルートとの決闘を執り行う。使用出来るのは剣と魔法でそれ以外の武具は使用禁止だ。勝敗はどちらかが戦闘不能となるか、どちらかが負けを認めた時点で相手の勝利とする。二人ともそれで良いな?」
「はい、それで構いません」
「ええ、私もそれで構わないわ」
「よし、では、二人とも向かい合って準備を!」
アレックスの言葉を聞いて、俺とソフィアは少し距離を取って向かい合い、剣を構えた。
「ソフィア姉様、勝負です!」
「全力でかかってきなさい!」
「準備は出来たな?それでは、始めよ!」
開始の合図として、ドンッドンッと太鼓が鳴らされると観客の喧騒がより大きいものとなった。
俺は先手として、風の刃をソフィアの正面、真後ろ、左右の四方向に出して放った。
「あんな子供があれだけの魔法を?」「すごい」と褒めてくれる声も聞こえるが「ずりぃ!」「卑怯ですわ!」「正々堂々やれ!」という声の方が大半だ。・・・いくらなんでもソフィアびいき過ぎる。卑怯も何も剣と魔法は使っていいって初めに確認があったでしょ?と思わず反論したい。
ソフィアは全方位に魔法障壁を張って、風の刃を防いだ。魔法を放ったのは、身体を覆えるほどの魔法障壁を張ることが出来るのか確認をしたかっただけなので防がれて全く問題ない。というか、はなっから効くとは思っていなかった。目的を果たした俺は、ソフィアに詰め寄って剣で切りかかった。
何度も切りかかるが全て簡単に防がれた。だが、ソフィアからは「ちゃんと、修行してきたのね」とお褒めの言葉頂いた。初めて手合せしてもらった時のことを考えたら、大分上達したと思う。せっかく褒めてもらったので、俺もソフィアを褒め返しておく。
「そういえば、ソフィア姉様。いつもと髪型が違いますね」
「ええ、動くときは邪魔になるからまとめているのよ」
ソフィアの髪型は普段と違い、ポニーテールになっていた。普段は、長髪を自然のまま垂らしているが冒険者として活動するときは、ポニーテールにしているそうだ。
「とても、よくに似合ってますよ」
「それは、ありがと。でも、褒めたからって手加減しないわよ!」と言いながら、ソフィアの強打がきた。思わず剣で受けると剣が上に弾かれて、俺の身体は後ろに仰け反った。「隙あり」とソフィアはすかさず、がら空きの胴に切りかかってきたが、俺はそうはさせじと魔法障壁を張った。ソフィアの剣が魔法障壁に阻まれて、キンッと硬質な音が鳴り響いた。
「やっぱり、硬いわね」
「ええ、そう簡単には姉様の攻撃は受けませんよ?」
俺は、すぐに体勢を立て直し、一旦、ソフィアとの距離を離すために、自分とソフィアの間に炎の壁を出した。そして、少し距離を空けたら今度は、ソフィアを取り囲むようにソフィアの身長よりも高めの土の壁を出して、動けない状態にした。さらに、ソフィアの頭上に火球を出してゆっくり迫るように放つ。・・・よし、ソフィアが身動きが取れないうちに身体能力を上げておかないと。
今の俺自身がどこまでソフィアに通用するのか確認したかったので、身体能力は上げていなかった。とりあえず、素では全く歯が立たないことが分かったので素直に身体能力を上げよう。ただし、上げ過ぎには注意だ。アレックスから事前に、「魔法で身体能力を上げるのは良いが上げ過ぎて、後で動けなくなった場合は負けとするからな」と言われている。確かに、勝った後に自分も動けなくなるようでは、それは勝ったとは言えないだろうと俺も思う。
火球がゆっくりとソフィアに目掛けて落ちていくのを見た観客からは「まさかこのまま少年勝つのか?」「そんな、ソフィア様」「やっぱり、卑怯だぞ!」との歓声が上がっていた。・・・いや、これで勝てるなんて絶対にありえないから。それにしても、本当に、ソフィアのこと好きだな町の皆は。ソフィアとのあまりの扱いの差に少し傷ついたのはここだけの話だ。
火球が土の壁の中へ入り、間違いなくソフィアには直撃しただろう。まあ、どう考えても魔法障壁で防いでるだろうけど。少しするとソフィアは、土の壁に手を掛けると一っ跳びで出てきて「もう、危ないじゃない」と言いながら、お返しと言わんばかりに切りかかってきた。全く危なげない様子に一体、どの辺が危なかったのかと突っ込みたい。
切りかかってきたソフィアを今度は俺が剣で迎え撃った。身体能力を上げた分、さっきよりはソフィアの攻撃に対応出来るようになっていた。だが、徐々にソフィアとの戦闘経験の差が如実に出始める。ソフィアの流れるような連続攻撃を防ぐだけで精一杯となっていく。しかも、だんだんと防ぎきれずに、剣が身体をかすめていった。これが刃のついた剣であったら身体中が切り傷だらけになっていただろう。
いくら切れないとはいえ、当たれば痛い。このままでは、まずいと判断した俺は、再度、ソフィアとの間に炎の壁を出した。「また!」と言いながらソフィアが後ろに飛んで回避した。そこからは、お互いに剣で打ち合いつつ、俺は危なくなったら魔法で回避とするといった形となり、どちらも決め手に欠ける膠着状態となっていた。
「なかなか、粘るわね。でも、それでこそ私のルゥだわ」
「頑張って修行しましたから。それに負けるつもりはありませんよ?」
「ええ、私も負けるつもりなんてないわ」
何度も繰り返される攻防にいつしか観客の喧騒は収まり、静かなものになっていた。所々で、「大したものだ」「ここまでやるとは思ってなかった」「すぐに終わると思っていたのに」といった声が耳に入ったから、恐らくは誰もが皆、俺がここまで戦えるとは思っていなかったのだろう。今は、驚きの表情をしながら、固唾をのんでこの決闘を見ていた。
「このままの膠着状態だと、いずれ魔力切れになりそうです」
「あら、あきらめて負けを認めるのかしら?」
「いえいえ、そんなことはしませんよ。勝つために、最後の手段です。決着をつけましょうソフィア姉様!」
「良いわ。かかってきなさい!」
「いきます!」
俺は、風、火、土、水の攻撃魔法をソフィアの周り全方位に展開させた。無数に展開された魔法を見て「こんなにも」とソフィアは驚愕してはいたが、その顔に焦りの色はない。むしろ、余裕で防げると顔が物語っていた。そんな様子を見て、俺は口の端を少し上げながら、魔法を放つ。
展開した魔法が少しずつソフィアを襲う。だが、ソフィアは魔法障壁を張って、難なく防いでいた。俺は徐々に、一度に襲う魔法の数を増やしていった。全て魔法障壁で弾かれてしまっているが、弾けた衝撃でソフィアの周りに砂ぼこりが立ち始めていた。四属性のうち、わざと土属性を多く展開していたのだ。視界が悪くなってきたのを確認した俺は、ソフィアへ向かって駆け出した。
俺は、展開した魔法を全てぶつけ終わったのと同時に、駆け出した勢いのままソフィアの剣を目掛けて剣を振り下ろした。視界の悪くなったソフィアからは俺が剣を振り下ろそうとしている姿しか確認出来ないだろう。
「ルゥ?何を、魔法障壁があるからそんな攻撃・・・・えっ!?」
俺は、ソフィアの魔法障壁を剣で破壊して、その勢いのままソフィアの剣に振り下ろした。駆け出した勢いに、両手による全力の振り下ろしをソフィアの剣に叩きつけたことで、ソフィアは剣をその場に落とした。その隙に俺は、ソフィアの首元に剣先を突きつける。
「・・・はぁ、仕方ないわね。参りました」
「ふぅ、良かった。なんとかうまくいった」
勝敗が決して「そこまで!」とアレックスの声が高々と響いた。その瞬間、静まり返っていた観客がわぁっと一気に騒ぎ始める。「すげえ、本当に勝ちやがった」「そんな、ソフィア様が負けるなんて」「なんてやつだ」と口々に言った後、割れんばかりの拍手が起こった。
「やられたわ。どうやって魔法障壁を?ルゥの力じゃ、どう考えても無理なはずなのに」
「ソフィア姉様の魔法障壁を打ち破ったのはこれです」
俺は、剣に黒色の光を帯びさせてソフィアに見せた。
「まさか、闇属性?」
「正解です姉様」
俺は、リリに手伝ってもらって闇のマナを感じることに成功していた。闇属性の魔法を使えるようになってからは、その特性を把握するために特訓していた。そして、リリの協力の甲斐もあって、光属性の魔法障壁に闇属性の攻撃を当てるといとも簡単に破壊出来ることが分かった。また、闇属性の魔法障壁に光属性の攻撃を当てた場合も簡単に破壊出来た。以前、エリオットから聞いていた光と闇は相反関係にあるとはこのことだと理解した。
簡単に魔法障壁を破壊することが出来る、これはソフィアの意表を突くのに絶好の手段だと考えて俺は、後はどのようにしてこの秘策を使うのかを練っていたのである。
「いつの間に闇属性が使えるようになったの?」
「二週間ほど前でしょうか。リリのおかげで闇のマナを感じることが出来て、それからですね」
「あら、それじゃあ、リリは知っていたのね?」
「そうですね」
「弟と妹が姉に隠し事だなんて、お姉さん悲しい」と茶目っ気たっぷりに言いながら、ソフィアは両手で顔を隠す。
「悲しいって言ってる割に嬉しそうですね」
「ふふ、そうね。弟がここまで成長していたのは嬉しい誤算だわ」
「そう言ってもらえると光栄です。正直なところ、一か八かの賭けではありました」
「それでも、私に勝ったのは事実よ。・・・本当に強くなったのね」と言いながら、ソフィアは頭を優しく撫でてくれた。
少しして、アレックスやリーゼ、リリが近寄ってきた。
「よく戦ったな二人とも。そして、ルート、見事なものだったぞ」
「ありがとうございます父様」
「ソフィア、約束通り、ルートが冒険者になるのを認めるな?」
「ええ、もちろん良いわ。これだけ戦えるんですもの。一緒に冒険者として仕事が出来るのが楽しみよ」
「ソフィア姉様もルゥ兄様もかっこよかったです」
「ありがとうリリ。リリのおかげで姉様に勝てたよ」とリリの頭を撫でると「ふふ、ルゥ兄様の念願が叶って良かったですね」と抱き付いてきた。
「二人とも怪我はしてない?大丈夫?」
「俺は、かすり傷程度なので大丈夫です母様」
「私も、少し火傷したぐらいかしら。・・・あれだけ激しく魔法を使われたのに?もしかしてルゥ、手加減してたわね?」
ジトッとした目でソフィアが俺を見つめてくる。
「ええっと。手加減してたつもりはないんですが。ただ、姉様を傷つけたくはないなぁとは思ってましたので、魔法障壁でダメージが通ってしまうような威力は出してなかったです」
「あら、やっぱり手加減してたんじゃない」とソフィアに両方の頬っぺたをぐにっとつかまれた。
「いらいれふ。れへさふぁ」
「まさか、負けた挙句に手加減までされていたんて。・・・お姉さんは傷つきました」
少し落ち込む素振りを見せた後、今度は、キラッとした目でソフィアが俺を見つめてきた。少し警戒しているとソフィアが「私に勝ったんだから、責任とって私を娶りなさい」と言ってきた。
俺は「え、いやです」と軽く流したら、「ちょっと、ちょっと!もうちょっと、驚いてくれてもいいんじゃない?」とものすごく不満そうだ。・・・一体、俺にどうしろと?
「分かりました。それじゃあ、結婚しましょう」と棒読みで返したら「それじゃあって何なのよ!」と突っ込みが返ってきた。そんな楽しそう?な光景を見ていたリリも「リリもルゥ兄様と結婚するです」と参戦。
俺とソフィアとリリとでトリオ漫才をしているところに、今度は、フィリップ夫妻とデルントが近寄ってきた。
「おめでとう、ルート君。正直に言うと勝てるとは思っていなかったよ。けど、さすがは、一人で上位種の魔獣を追い込んだだけのことはある」
「とても、ハラハラしましたわ。お姉さんに勝ってしまわれるなんてすごいですね。ルートさん」
「フィリップさん、セシーリアさんありがとうございます」
「フィリップさん。こうして、ルートは決闘に勝ちました。だから、約束通り、ルートの冒険者の申請をよろしくお願いします」
「ええ、承りました。これだけ戦える子が冒険者となってくれるのは町としてもありがたい話です」
こうして、俺は十歳を待たずして冒険者になれることが決まった。まずは、冒険者見習いからではあるが、今よりも色々な経験を積むことが出来るに違いない。期待に胸を膨らませながら、ソフィアに無事勝つことが出来た余韻に浸るのであった。
後から聞いた話だが、決闘の賭けで一人だけ俺に賭けている人がいたが、その人はなんとエリオットであった。「ルート君なら何かするんじゃないかな?」と思って賭けたらしい。賭けに一人勝ちであったエリオットは別にお金には困っていないそうで、賭けで獲得したお金は、決闘の後、お祭り騒ぎの延長で行われた宴会のために全額使ったらしい。
イケメンで、勘が鋭く、お金持ちの上に四属性の使える希少な魔法使いだなんて、なんてハイスペックな人なんだ。・・・やっぱりソフィアは、エリオットに娶ってもらえば良いじゃないかな?とつくづく思った。