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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第百四十七話 ラフィの願い

カジィリアとの久しぶりの夕食を終えて自分の部屋で戻った俺は、寝間着に着替えながらラフィに俺が留守にしていた間の出来事を聞いた。ロクアートではダストアのせいで大変な目にあったが、エルグステアでは特段の問題はなかったようだ。強いて言えば、エルスタード家の使用人の間でちょっとした性質の悪い風邪が流行ったぐらいとのことであった。


・・・ここにもインフルエンザみたいなのがあるのだろうか。


一応、そういう時のために浄化魔法の効果を魔石に込めた魔術具を準備しておいたのだが、使わなかったらしい。「これしきのこと、自分の力で治さなくてどうします!?」と、メイド長であるエイディからのお達しが出たそうだ。身体の抵抗力を高めるという意味では、エイディの言っているのことの方が正しいが、悪化した人が居なくて良かったと思う。


・・・危ないと思ったら、有無言わさず使う様に言っておいた方が良いかな?根性論だけじゃどうにもならない時もあるだろうし。


便利な魔法があり、それを発動させる魔術具を準備するだけの術も持っている。やり過ぎ注意ではあると思うが、使用ルールでも作っておこうと、ラフィの話を聞きながら俺は思った。それから、一番話を聞きたかった第二回エルスタード家武道会の話をラフィに振ると、待ってましたと言わんばかりにニコッと笑みを浮かべてから、ラフィはわざわざ椅子に座る俺の目の前に、徐に跪いてから説明をしてくれる。


「そう言うことで、ルート様の意地悪を見事に乗り越えて、ゾーラさんに勝利して私が優勝することになりました」

「人聞きの悪いことを言うのはやめて頂きましょうか。意地悪など覚えはありません。出なくても良いと勝手に判断していたラフィが悪いのです。それはともかくして、エイディとロベルトの結果は何だかいつも通りの結果でしたね。ラフィとゾーラは、ラフィがゾーラに勝ちましたか。それは素晴らしいですね」


ラフィがゾーラと対戦した場合に、ラフィが勝つのは五分五分ぐらいだと俺は思っていた。ラフィの剣術のセンスが高いことは知っていたが、腰が万全な状態となったゾーラは、傭兵時代の頃と比べたら遠く及ばないそうだが、それでも使用人の中では群を抜いて強い。勝機があるとすればラフィが身に付けた魔法にあるだろう、と俺は思っていたのだった。


「それでどのようにして勝ったのですか?」


俺がワクワクと弾むような声でラフィに尋ねると、ラフィはニコリと笑みを浮かべてから「実演を致しますので、魔法を使用する許可を頂けますか?」と聞いてきた。もちろん、俺は「どうぞ」と首を縦に振って見せる。ラフィは「ありがとうございます」と言って立ち上がると、俺から二、三メートルの距離を取ってから、クルリと踵を返してこちらを向いた。


ラフィは「では行きます」と手を前にかざすと、ラフィの目の前に握り拳ほどの水球が出来上がる。随分とスムーズに魔法を発現させることが出来ている様子に、ラフィがちゃんと魔法制御の鍛練に励んでいることを感じ取れて、俺は思わず顔が綻ぶ。


・・・それはそれとして、なるほど。ラフィがゾーラにやったこと。つまりは悪戯か。


ラフィが魔法で何をしようとしているのか分かった俺だったが、敢えてそのことには触れずに、ラフィの動向を見守ることにした。


「こうして、魔法で水球を作り出した私は、これをゾーラさんに向けて放ちました」


ラフィはそう説明をしながら、手を前に押し出すような仕草をする。すると、ふよふよと水球が俺の方に飛んでくる。俺は目の前にまでやってきた水球を右手の人差し指で止めて見せてから「その後にこうしたのでですね?」とニッコリとラフィに笑って見せる。


その途端にラフィが「ひゃあ!」と可愛らしい悲鳴を上げると、その場にペタリと座り込んで身体を悶えさせる。何をされたのか察したラフィは涙目で俺のことを見上げた。


「はぅ、せ、背中に何か冷たいものが、ルート様!?」

「ラフィの場合はゾーラの背中に水を忍ばせた、ということですね。それよりも甘いですよラフィ。俺を相手に魔法で悪戯を使用だなんて。自分の目の前に水球を出したのと同時に、俺の後ろにも密かに出していたでしょう?俺が魔力の流れを感じ取れないと思っていたのですか?という訳で、お仕置きとしてラフィの背中に氷を入れておきました」

「うぅ、だからいつまで経っても背中が冷たいのですね」


俺の説明を聞いたラフィは、背中の氷を取るのを諦めて、少し不機嫌そうな顔をしながら恨めしそうに俺のことを見てくる。ラフィにとっては、ゾーラに勝つことが出来た秘策、取って置きだったに違いない。それを俺が悪戯返ししてしまったので、ご機嫌斜めと言ったところだ。


・・・ふふん。悪戯する相手が悪かったのだよラフィ君。もっと精進したまえ。


俺はそんなことを考えながらクスッと小さく笑ってから、ラフィの背中の氷を消す。ついでに魔法で暖かい空気を作り出して、ラフィの背中を暖めて上げる。ラフィは俺の取った行動に目をパチパチさせてから「ルート様?」と首を傾げた。悪戯しようとした罰はもう終わりですか?と言った感じの表情だ。


悪戯をしようとしたとはいえ、ラフィは俺の期待に応えて第二回エルスタード家武道会で優勝した。しかも、前回の武道会では、不戦勝となってしまったゾーラを相手に、今度は実力で勝利を収めたのだ。これはお仕置きをするよりも、ご褒美をあげる必要があるだろう。


「あのゾーラに勝って優勝したことに、俺はラフィのあるじとして、とても誇らしく思います。だから、ラフィに何かご褒美をあげたいと思うのですが、ラフィは何が良いですか?」

「ご褒美ですか?私はルート様に喜んでもらえただけで満足です。それに、すでに優勝した賞金は頂いておりますよ?」


もらう物はもらったと言うラフィに、俺は首を横に振って見せる。


「その賞金はエルスタード家として優勝者のために準備されたものです。そうではなく、俺の期待に応えてくれたラフィに、俺個人として何か贈り物をしたいのですよ」

「賞金はルート様がご準備されていたものはなかったのですか?」

「去年はそうでしたが、今年は違います。エルスタード家のためになる催しの出費を俺個人で負担する必要はありません、とお婆様から言われて、今年の賞金はエルスタード家から出ています」


俺の気まぐれ始まった武道会だったが、第一回目を終えてから使用人たちの鍛練に対する士気が見るからに上がった。それを感じ取ったカジィリアがエルスタード家のためになると判断し、第二回目の武道会に掛かる諸経費はエルスタード家が負担することになっていた。だから、今年の賞金は俺が用意したものではない。


「そうだったのですね」

「そうです。という訳なので、何か欲しいものはありませんか?」

「欲しいもの、ですか・・・」


ラフィは跪いた状態で「欲しいもの」と呟きながら視線を落とす。急に欲しいものがあるかと聞かれて、困惑しているラフィの様子に、俺は俺で何かラフィに贈るに相応しい物を考えることにする。しばらくの間、二人の間に沈黙が続くが、俺は「あ、そうだ」と道具袋に手を入れて、ロクアートで買った物を取り出した。


「これなんかどうでしょう?ロクアートにある村の一つで、ガラス細工が盛んな場所があったのですが、一目見て気に入って買ったものです。水の女神様を模しているガラスの像です」


俺はゴトリと机の上にガラスで出来た像を置く。綺麗に青色で着色されたガラスを使った、高さが三十センチぐらいはある水の女神像だ。女神像は、しなやかな肢体にワンピースような服を纏っており、長い髪が風に吹かれて後ろでになびいている。そして、その手にはなぜか三股に分かれた槍を手に持っており、とても勇ましい姿をしている。


俺は水の女神像のその勇ましい姿を見て、すぐにリューエル使いのベルダたちのことが頭に思い浮かんだのは言うまでもない。ロクアートでも女性は強し、というイメージなのだろう。ちなみに、水の女神が槍を持っているのは海の魔を払うためのもの、だそうだ。


・・・そう考えると、水の女神は、海の女神と言えなくもないか?


「とても素敵な像ですが、それはルート様が気に入って買われてものではありませんか。そのようなものは頂けません。・・・それよりも、そのお願い。どのようなことを望んでも構いませんか?」

「それは、俺の出来る範囲のことであるならば、何でも構いませんが・・・」

「ありがとうございます。それでは、ルート様。この度のロクアートでは経験されてませんでした夜伽、その初めてのお相手を私、ラフィにお任せ頂けませんでしょうか?私がルート様の夜伽の練習相手を務めさせて頂きます」

「・・・はい?」


思わず裏声が出た。なんでもどんと来い、と思っていたのに、予想だにしないお願いがラフィの口から飛び出したのだ。正直言って、ラフィに何をお願いされたのか今も理解が出来ていない。


ただはっきりとしていることは、ラフィの瞳は真っ直ぐに俺のことを捉えており、そのお願いが伊達や酔狂で言ったことではないということだ。ラフィの真剣な様子に、俺は「ちょっと待ってください」と言って、話を止めてから頭の中を整理する。


・・・夜伽?初めての相手?って、つまり、ラフィが求めているのは・・・そういうことだよな。それって、普通、ご褒美として考えたら立場が逆じゃないか?この世界にとっては、そっちの方が当たり前?いやいや、そんな話は聞いたことがないぞ?さすがにそれは違うだろう。


頭の中で独り会議を開くが一向に意見がまとまる気配はない。俺はそれぐらいに動揺していた。


・・・ラフィの御付という立場上、男女の情事も仕事の内と聞いたことはあるけど、まさかその一環?でも、それって普通、仕事でするようなことじゃないよな。いや、でも、それほど真剣に仕事と向き合っていると言えなくもない?


「・・・ラフィが冗談ではなく本気で言っているのは分かりました。それに対して、聞き返すのは愚問だと思いますが、でも、やはり質問をさせてください」

「はい、もちろんです。何なりとお聞きくださいませ」

「その、御付という仕事上、そう言うこともあるじから求められたらすることは、フレンたちから聞いたことがあります。でも、そういうことはもっと、こう、好きな人と望んでするものではないですか?ラフィが少し特殊な事情で、このエルスタード家でメイドをしていることは知っています。だからと言って、好きな人を作ってはいけない、ということはないでしょう?お婆様もそのようなことは強要しないと思います」


ラフィは貴族間の抗争に巻き込まれ、貴族としての身分を落としてしまわなければ、命の危険があったとカジィリアから聞いている。そう、ラフィは何も問題がなければ貴族のご令嬢だったのだ。その話をカジィリアから聞いて、ラフィの容姿が抜群に整っていることに納得したものである。


話の中で、貴族間の抗争があった当時、貴族としてラフィとその家族を手助けできなかったと、カジィリアが後悔の念を口にしていた。カジィリアが珍しく弱気な様子だったので、今でも鮮明に覚えている。


ちなみにその話を聞いて、俺は、相手がどこの誰でラフィたち家族に一体何をしたのか、をカジィリアに尋ねたのだが、教えてもらうことは出来なかった。理由は簡単だ。俺に教えたら報復に行きそうだから、である。


すでにこの時、俺はクアンとクートの二人を襲おうとしたセイヴェレン商会オーナーのゲオールドのことを潰していた。現在、表面上は波風の立っていない貴族の間に、カジィリアは一貴族として、波風を立てる訳にはいかない。カジィリアの判断は、当然の判断と言えるだろう。


・・・やるかやらなかと聞かれたら、今なら間違いなくやるだろう。断言出来る。


俺はラフィに答える隙を与えないぐらいに、質問を並び立ててに、矢継ぎ早に問い質すが、ラフィは少しも動揺することなく、一点の曇りもないの瞳で俺を見据えたまま口を開く。


「ルート様。私は確かにカジィリア様に救われてエルスタード家のメイドとして、働かせて頂いております。ですが、私は一度もそれを苦に思ったことはございません。私はエルスタード家のメイドであることを誇りに思っております」


ラフィはエルスタード家のメイドとして、誇りを持って働いてきたと教えてくれる。ただそれでも、元は貴族のご令嬢と言うこともあり、自分で出来ることはそれほど多くない。エイディやロベルト、使用人の皆から少しずつ仕事の仕方を教えてもらい、ラフィはちょっとずつ出来ることを増やしていった。


だが、ラフィは自分を救ってくれたエルスタード家のために働きたいと思っているのに、満足に働けていないことをずっともどかしく思っていたようだ。そんな時、俺の御付という大役が回ってきたそうだ。


「ルート様の仰った通り、主様のためにその身を捧げることは仕事内の一つです。現に、無理矢理家族と引き離されたルート様の心を慰めて欲しいとカジィリア様からも言われておりました」

「そんなことをお婆様に言われていたのですか?」


俺は、ラフィはお婆様からそんな命令を受けていたのか、と頭が痛い命令に、こめかみの辺りをグリグリと押す。


「・・・ん?あれ?もしかして、幾ら入って来るなと言っても必要にお風呂場に入ってきていたのは、もしかしてそれでですか?」

「ふふ、今頃お気づきになられる辺りがルート様らしいですね」

「むぅ、どうせ俺は鈍いですよ・・・」


幾ら注意してもお風呂に入ってくるラフィのことを、お風呂大好きメイドめ、と俺は思っていたが、どうやら、そうではなかったらしい。俺が膨れて見せるとラフィはクスクスと笑う。とても柔らかい笑みだ。


「でも、ルート様はそのようなことが必要な方ではございませんでした。私の主様となった方は、想像以上にしっかりとした方だったのです。それはもう、私が御付として出来る仕事がないぐらいにしっかりとした方です」

「それは、元々そういう境遇で生きて来ましたからね。全部、自分で出来ることを、いきなり、貴族だと何だと言われて、全てをラフィに任せる、何ていう風にはいきませんでしたよ」

「分かっております。それでも、ルート様は徐々に私の仕事を用意してくださっていましたから。私に任せて頂ける仕事が増える分、私はルート様に受け入れてもらえたのだと、嬉しく思ったものです」


ラフィは恥ずかしげもなく、恥ずかしい台詞を言う。素直な気持ちを真っ直ぐにぶつけられる俺の方が、ちょっと恥ずかしいぐらいだ。でも、ラフィの真っ直ぐな姿勢に、索敵魔法などなくても、本当にそう思ってくれていることが痛いほど分かった。


「ルート様は私に与えてくれるばかりで、私はルート様に何も返せておりません。だからこそ、今回のお願は私の望みを叶えるためのものなのです」

「何も返せてないなんて、そんなことはないですが・・・。ラフィ自身のための望みですか・・・」


何を馬鹿なことを、と言ってラフィのお願いを斬り捨てるのは簡単だろう。それに俺がそれを口にしたら、ラフィは大人しく引き下がるに違いない。でも、俺はそれをしたくないと思う。ラフィはラフィ自身の望みを真っ直ぐに語ってくれた。そして、俺は自分に出来ることなら何でも願いを聞くと言った。


俺はラフィのお願いに真剣に向き合う必要がある。それにラフィの今の望みは、俺が叶えることが出来るお願いの範疇にあると言えるだろう。


・・・呪いがなければ、だけどな。


俺の記憶を蝕む呪いのせいで、俺には恋情というものが湧いてこない。それを理由にロクアートでアプローチを受けたアーシアの誘いを断ったぐらいである。


俺から見たラフィは、王都で出来たちょっと天然ボケの入った姉、つまりは家族枠に入っている。だから、ラフィからのお願いは、今の俺にとっては複雑な心境である。今の状況は、姉弟の関係で、男女の情事を求められているのと同じ感覚という訳だ。


・・・うーん。どうしたものか・・・。どうするのが、どう答えるのが、ラフィにとって最善と言えるか。主としての責任は・・・。


しばらくの間、俺は無言で考える。その間、ラフィは何も言わずに待っていてくれる。ラフィの顔を見れば、どんな答えでも受け入れます、と書いてあるのが分かる。俺は真剣に考えに考えた末、一つの結論を出して、口を開いた。


「分かりましたラフィ。俺が夜伽に供することを望んだ時は、まずはその相手をラフィに任せます」

「本当ですかルート!?」

「俺がこんなことで嘘を吐くような人間だと思っているのですか?」


俺がおどけてラフィに聞くと、ラフィは間髪入れずに「思っておりません」と嬉しそうに微笑む。


「但し、今すぐにという訳ではありません。俺がもう少し大人になって、そう言うことに興味を持った時に、です」

「ありがとうございますルート様。その時が来るのを心待ちにしておりますね」


俺が限定付きではあるがラフィの願いを受け入れると、ラフィは弾けるような笑顔を見せてくれる。喜んでもらえたのなら何よりだが、やっぱり心境としては複雑だ。だから、俺は思わず「心待ちにする必要はないですよ。そういうことは好きな人とすべきことなのですから」と言ってしまう。だが、ラフィは悪戯っぽい笑み浮かべながら口を開く。


「あら?ルート様は、私がルート様のことを嫌っていると思っているのでしょうか?確かに、嫌いな男性に迫られては嫌々、お相手をすることになったかもしれません。ですが、私はルート様のことが大好きですよ?」

「うぐ、それは、それで嬉しいですけど・・・」


ラフィの企んだ悪戯を悪戯返したところまでは俺が主導権を握っていた。だが、いつの間にか主導権が完全にラフィに入れ替わってしまっている。そのことに、今更ながらに気付いた俺は、やっぱり年上の女性に弱いな俺、と弟属性である自分の境遇を恨めしく思った。


「何はともあれ、ラフィのその願いを聞き届けた証として、この水の女神像をラフィに渡しておきます。それと、もし、気が変わったら、いつもでも別のお願いしても良いですからね」

「そのようなことになることは絶対にありえませんが、折角ですので女神像はお預かりさせて頂きますね」


水の女神像を手渡すとラフィが嬉しそうに女神像を胸に抱いた。女神が持つ槍の穂先が若干、ラフィの胸に突き刺さっているように見えるが、本人は嬉しそうにしているので問題はないだろう。それよりも、何だかラフィの良いように転がされた気分がして仕方がなかった俺は、ラフィに意地悪な質問をする。


「ところでラフィ。ラフィもそういうことの経験者ではないと思うのですが、そこのところはどう思っているのでしょう?」

「ルート様の仰る通り、未だ経験はございませんが、大丈夫です。カジィリア様からしっかりと教わりますから。期待していてくださいね」


・・・経験者と言う意味で、お婆様に聞くのは間違ってない。間違ってないんだけど・・・。聞くんじゃなかったな。


最後の最後まで墓穴を掘った俺は、何とも言えない気分になってしまったので、そのあとすぐに不貞寝した。


それからの一週間は、何事もなくのんびりと過ごすことになる。ちょっと想定外だ。と言うのも、実はレオンドルに緊急連絡を入れてから、その後の顛末については連絡出来ていなかったからだ。それは、一回使っただけで、遠距離通信機の魔力が切れてしまったからである。自分の手持ちの通信機にいくら魔力供給したところで、受け手の通信機も魔力供給しなければ意味がないのだ。


レオンドルは残念ながら魔力が自由に動かせないタイプなので、魔術具に魔力を供給することが出来ない。かといって、わざわざ魔力供給のために騎士団の魔法使いを使うまでもない。何より、取り急ぎ伝えなければならないような悪い結果にはならなかったので、完全に後回しにしていたという訳だ。


エルグステアに帰ってきて、すぐにレオンドルに向けたロクアートで起きたことをまとめたレポートを出していた。そのレポートに関して、レオンドルのことだから、いつもの様に呼び出しがあると思っていたのだが、それがない。


城に呼び出しを受ける予定で居た俺は、暇を持て余すのはもったいないので、俺は空いた時間を使って、料理長のゾーラに魚の捌き方と調理方法を仕込み、俺自身は豆腐作りに勤しんだ。


それと言うのも、海のマナに働きかけて、魔法で生み出した海水の水分を飛ばすことで、塩を作ることが出来るのが分かったからだ。魔法で生み出した海水の成分がどうなっているか詳細は不明だが、塩を出すことが出来るのであれば、にがりを作ることが出来るかもしれない、そう思っての豆腐作りである。


・・・豆腐、シンプルに冷奴も良いし、頑張って麻婆豆腐とか目指してみるか?あぁ、期待が膨らむ。


豆腐作りの結果としては成功した。繊細な魔力制御が必要となるが、海水から塩分を除いた海水を作り出し、それを豆乳に混ぜることで、難なく豆乳を固めることが出来たのだ。出来上がった豆腐を食べて、俺は食べ慣れた懐かしい食感とその味に感動して打ち震えたが、益々醤油が欲しくなってしまったのは言うまでもない。


・・・あぁ、醤油。それかポン酢で食べたい。どこかにあったりしないだろうか。しないだろうなぁ。市場は散々見て回ったからなぁ。


ため息を吐く俺にゾーラが「坊っちゃんなら自分で作れるようになるさ」と励ましてくれる。ゾーラの言葉に、俺は「そうですね。今までもそうしてきましたし、これからも変わりません」とグッと拳を握って宣言する。ゾーラが「それでこそ坊っちゃんだ」と言ってくれたことで、気を良くした俺だったが、よくよく考えたら、自分の望みとずれていることに気が付いた。


・・・おかしいな。俺が作るんじゃなくて、誰かに作ってもらったのを美味しく頂きたいのに、結局自分で作ることになってない?ううむ。


そんな感じにのびのびとした一週間を過ごし、今日は風の季節一月目第二週目の風の日。エルグステア学園で卒業式が行われる日だ。去年と同じく俺は卒業式に参加するように、とのお達しを受けている。どうやら、今年も卒業生からご指名があったようである。


・・・ご指名とあらば期待に応えねば。それに、もしかしたらシルフィア先輩に会えるかもしれないし。


俺はウキウキ気分で屋敷を出て、エルグステア学園へと向かった。

学園生活に突入だ!と思っていたら

突入しませんでした!(いつも通り)

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