第百四十一話 ドラゴンの試し
「さて、小僧。いや、ルートと言ったか?我が同朋と知己であることは相分かった。そんなお前が我に一体何の用だ?話だけは聞いてやろう」
「ありがとうございます。昨日、俺の友人であるアーシアがあなたに嘆願していたことと同じです。あなたが水浴びをしているそのロクヴァリー滝は、下流に住まう者にとっての水源なのです。それなのに土属性を司るイエロードラゴンであるあなたが浴びているせいで、下流に水が流れなくなってしまい、周辺の町や村で深刻な水不足に陥ろうとしています。俺はメルギアと知り合いであるが故、ドラゴンと人では時間の間隔が違うことを知っています。あなたに昨日、すぐに終わると言っていましたが、あなたにとってすぐのことだとしても、俺たち人にとっては死活問題になるのです」
「話は聞くと言ったが、ずらずらと出てくるものだな。しかし、なるほど。つまりは我にここを退けと言いたいのだな?昨日我は言わなかったか?人の子如きに邪魔される謂われないと」
ドラゴンが突き刺さるような鋭い視線を俺に向けてくる。恐らくここが勝負どころだろう。俺は一度、きつく目を閉じてから、唇の両端を上げながら「それでも退いて頂けませんか?」と言って、不敵な笑みを見せる。
「不遜な態度を取るではないかルート。我が同朋と知己だからといって甘く見てもらえると思ったら大間違いだぞ!?・・・と言いたいところだが、我はお前に興味がある。あのメルギアが目を掛けて、シアンとノクターの若造どもにも一目を置かれ、何より我が同朋の親代わりとなれるだけの魔力を持った人の子。そんな面白そうな奴に出会ったのはいつぶりとなるか。ククッ、久々に心が踊るではないか」
「興味を持って頂けたのであれば幸いですね。それで、あなたは俺に一体何をお望みでしょう?そして、どうすれば俺の望みを聞き入れて頂けますか?」
俺の問い掛けにドラゴンは考えるように目を閉じる。
「ふむ、そうだな・・・。よし!やはり、我はお前の実力の程を知りたい。どんな攻撃でも許すので、我に全力で攻撃をして見せよ。それに満足が出来れば、お前の望みを聞き届けてやらなくもない。どうだ?悪くない話であろう?」
「どんな攻撃でも、ですか?そんなことをしても大丈夫なのですか?」
「あぁ、どんな攻撃でも、だ。何でも良いので、我にお前の実力を示せ。なに、気にせずとも、我の身体に傷を付けることは叶わぬであろうから心配は無用だ。何せ我のうろこの硬さは同朋の中でも一番であるからな」
・・・ん?今、何でもって言ったよね?・・・フフフ、もう後悔しても遅いからな。絶対、目に物見せてやる。
ロクアートに厄災をもたらしているドラゴンと交渉した結果、俺の実力をドラゴンに見せつけることになった。いきなり戦闘にならなかったことを考えれば、一先ず上々の結果と言えるだろう。それに余り大っぴらには話せないメルギアたちとの思い出話に花を咲かせたこともあって、俺は少し気分良くソフィアとアーシアの二人の下へと戻る。交渉の結果どうなったか、一度状況を二人に説明するためだ。
俺としては満足のいく交渉結果だったので意気揚々と戻ったのだが、それとは裏腹にソフィアとアーシアの二人は、怖い顔をしながら腕組みをした状態で俺のことを出迎えてくれる。思わず後退りしそうになるのを堪えた俺は、前門の虎、後門の狼とはこのことだろうか、と思いながらポリポリと頬を掻く。
「ルゥ?途中からルゥとドラゴンの話が、まぁっっっっったく聞こえなくなったけど?ルゥの仕業でしょう?」
「ルートちゃん!心配させるようなことはしないで。ドラゴンがルートちゃんに向けて何か衝撃を放った時は交渉が決裂したのかと思ったわ!」
「申し訳ありませんが、二人に聞かれたくない話がありましたので、魔法を使わせて頂きました。あ、別にやましいことを話した訳じゃないですよ?どちらかと言えば個人の私事に係わることなのです。ドラゴンにとっては知られたくない真実というのもあるのですよ。だから、どれだけ二人から問われようとも俺は答える気はありませんので悪しからず」
俺が音属性の魔法を使った経緯とその理由を喋らないことを宣言すると、ソフィアとアーシアは互いの顔を見合わせてから仕方なさそうにため息を吐く。「ルゥは姉である私に隠し事をするのね」「私はルートちゃんの親友じゃないの?」と悲しげな視線を二人は俺に送ってくるが、話せないものは話せない。
・・・どれだけ睨まれようとも、譲れないものは譲れないよ。
ただいつまでもムスッとした不満顔でソフィアとアーシアの二人から睨まれるのは面白くない。俺は自分の眉間を人差し指でトントンと叩いて見せながら口を開く。
「二人ともいつまでも眉間に皺を寄せたそんな恐い顔をしていては、折角の美人が台無しですよ?怖い顔をよりもいつもの素敵な笑顔を見せて欲しいです」
俺がそう言って褒めて見せると「そ、そんなことを言っても駄目なんだからね!」と口では反発しながらも、赤くなった両頬を手で隠すソフィア。狙ってやったことであり、こういう時には有り難い性格だと思うが、相変わらず姉のソフィアがチョロ過ぎて弟としてはとても心配だ。
・・・早くエリオットさんに嫁にもらってもらわないと。
とりあえず、ソフィアはこれで問題ないと思った俺は、アーシアに視線を移す。アーシアは一見すると毅然とした態度のままように見えたが、俺と目が合うや否や、すいっと視線を逸らしてしまった。分かりづらいが、薄らと耳の先が赤くなっているように見えるので、効果がない訳ではなさそうだ。
「さてと、そんなことよりも、これからドラゴンの試しがあります。そのために一度こっちに戻ってきたのです」
「そんなことって・・・。いえ、ちょっと待って。ドラゴンの試し?もしかして闘うことになったのルゥ?」
「闘う訳ではありませんよソフィア姉様。俺の話を聞いたドラゴンが、俺の実力を見たいという話になりました。どんな攻撃でも何でも良いので、全力で攻撃しろと言われてます。一方的に俺の攻撃を受けてくれるそうです。ドラゴンは太っ腹ですね」
ドラゴンとの交渉結果を伝えると、アーシアが困惑したように目を泳がせると眉尻を下げながら聞いてくる。
「ルートちゃんが全力の攻撃をするの?あの、そんなことをしてノーザンドラ山脈が消し飛ばない?」
「いやだなぁ、アーシア。さすがにそんなこと出来ませんよ。・・・多分」
「私、エヴェンガルを退けるために星を降らせたと言う話を聞いて、戦闘のあった場所を見に行ったのだけど。びっくりするぐらい大きな金属の塊が転がっていたのを見たわ。そんなことが出来るのは、エルグステアの中でもルートちゃんだけでしょう?」
・・・エヴェンガルとの闘いは、誰が闘ったか正式に公表された訳じゃないんだけど。さすがアーシア。・・・いや、さすがにエヴェンガルとの闘いの跡を考えれば、学園関係者はだいたい察しがついちゃうかな?
どうやら、アーシアは俺がエヴェンガルとの闘いで使用したような攻撃魔法をするのではないかと危惧しているようである。確かに高高度の上空から巨大な鉄の塊を落とすという攻撃の案は、攻撃手段としては悪くない。エヴェンガルの時は、同じく上空に居たエヴェンガルを叩き落とすためものだったが、地上まで降り注がせることが出来れば破壊力は抜群だろう。
威力という面では十分な威力があると言えるが二つ問題がある。一つは大きな鉄の塊を作り出すのと、それを降り注がせるまでにとても時間が掛かることだ。正直なところ戦闘向きとは言い難い攻撃魔法だが、幸いなことにどんな攻撃でも受けるとドラゴンは言ってくれている。どれだけ時間が掛かっても問題はないので、その点もクリアしていると言えるだろう。
但し、もう一つの問題がある。それは、周りに多大な被害が出てしまうということである。いくらレオンドルやコードネルから許可をもらっているとはいえ、俺自ら進んで環境破壊をするつもりはない。後先のことを考えなければ、攻撃魔法としては悪くないが今回は駄目だ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。アーシアが心配するような攻撃魔法は使いませんよ」
「本当に?でも、全力で攻撃しろとドラゴンに言われているのでしょう?どうするのルートちゃん?」
不安そうに胸元でギュッと手を組むアーシアに、俺はアーシアを安心させるために、全部俺に任せておけ!、と言わんばかりに胸を張って見せる。
「確かにエヴェンガルとの闘いで使った攻撃魔法は、あのドラゴンが満足するような威力がある攻撃かもしれません。でも、あんな攻撃魔法をここで使ったら、この場を破壊してしまうではないですか。ドラゴンの試しに合格しても、ロクヴァリー滝が消失してしまっては、本末転倒でしょう?アーシア、良い機会なので見せてあげますよ。大きな攻撃が必ずしも最大の威力を持った攻撃とは限らない、ということをね」
「ルートちゃん?」
「とは言え、危ないのでここからは動かず、離れて見守ってくださいね。それじゃあ、行ってきますソフィア姉様、アーシア」
「無茶はしないでねルゥ?」
「分かったわルートちゃん。気を付けてね?」
ソフィアとアーシアの二人に現状報告を終えた俺は踵を返す。道具袋から杖を取り出しながら、ドラゴンの方へと戻る。ドラゴンは俺が戻るのを待ってくれている間にロクヴァリー滝の滝壺から出て、平地に移動してくれていた。
元より大規模破壊の魔法を使う気はなかったとはいえ、ロクヴァリー滝に陣取るドラゴンに目掛けて攻撃魔法を放ち、そのせいでロクヴァリー滝を破壊してしまっては目も当てられない。そういう訳で、俺は全力を尽くして攻撃するので、ロクヴァリー滝から出て欲しい、とドラゴンにお願いしていたのだが、ドラゴンはそれを聞き届けてくれたようだ。
・・・これで、心置きなく全力を出せるな。
俺は杖をギュッと握り締めながら、ドラゴンに歩み寄る。ドラゴンは今か今かといった感じに、小刻みに身体を揺らして楽しげである。俺が戻ってくるのに気が付くと「遅いぞ?待ちくたびれてしまうではないか」とドラゴンに軽い口調で怒られて、俺は思わず苦笑する。
・・・本当にこういったことが好きだよなドラゴンって。それにしても・・・。
俺のお願いでドラゴンが平地に移動したことで、薙ぎ倒されてしまった木々が見える。ドラゴンの大きな身体のせいだ。攻撃魔法でロクヴァリー滝を破壊してしまう方が問題となるため、仕方がないことではあるのだが、後でまとめて樹属性の魔法で治すので、今は許して欲しいと思う。
・・・放っておいたらウィスピに怒られてしまう。あいつ、いつの間にかあらゆる植物を介して、変な情報ネットワークを構築しているからな。さすがに海を渡った国までは掌握してないと思うけど、念には念を。
「それで、話は終わったのか?」
「え?あ、はい。お時間を頂いてありがとうございます」
「礼などよい。それよりも、早く見せてもらおうか。我が同朋が気に入ったというお前の実力を」
ドラゴンにそう言われて、俺は挑戦的な笑みを浮かべながら返事をする。
「分かりました。言われた通り、全力で行かせてもらいますので、お覚悟を。満足させて見せますよ」
「ククッ、言いおる。期待させてもらおうではないか」
俺はクルリと反転して、少しドラゴンと間合いを取ってから、もう一度反転してドラゴンと相対する。俺はキッとドラゴンを見据えて杖を構えた。魔力を開放し、放つ攻撃魔法をイメージしながら、俺は静かに目を閉じる。
・・・未だに扱いきれていないこの魔法。魔力制御が難しく発動させるまでに時間が掛かるため、この魔法もまだ戦闘で使えたものじゃない。それに使えたとしても、人に向かって放つのは、かなり危険だと思っていた。でも、今回はどちらの条件クリアしている。ドラゴン相手なら何も問題はない。むしろ、試す相手としては打ってつけだ。シアン先生たちが受けた屈辱や、そのせいで俺が受けた痛みを全て載せて、全力全開で目の前の相手にぶつける!
「死ね!」
カッと目を見開いた俺はそう叫びながら杖を振るう。ドラゴンの大きな身体を優に真っ二つに切り裂くことが出来るだけの大きな風の刃が出現すると、勢いよくドラゴンに向けて飛んでいく。攻撃魔法は見事に発動したが、俺は思わず顔をしかめた。
・・・くっ、分かっていたけど初動がメチャクチャ遅い!
魔法使いコース一年生が実技試験で見せるような攻撃の速さに、俺は頭を抱えたい気分になる。こんな攻撃魔法をメルギアに見せたら「遅すぎる。もっと真面目にやらぬか馬鹿者」と鼻で笑われ、シアンなら「遊びではありませんよ?死にたいのですか?」と叱責を受けることだろう。
俺はメルギアとシアンから言われるであろう幻聴を振り払うために、大きく首を振って左右に振ってから、風の刃に視線を戻す。攻撃の速度に難はあるが、俺がやろうとしていることは実現出来ている。今、ドラゴンを目掛けて飛んでいる風の刃は、黒く禍々しい色合いをしているのだ。
いつぞやに、属性を掛け合わせることにより相乗効果を得られることを俺は本で読んでいた。それを攻撃魔法に取り入れたのが今、ドラゴンに向けて放った魔法である。土の弱点属性である風の攻撃魔法に、命を刈り取ることに特化した闇を付与した風闇の刃だ。
風闇の刃がドラゴンに届く瞬間、それまで余裕そうにしていたドラゴンは、はたと大きく目を見開くと「ぬわ!?」と驚いた声を上げた。ドラゴンはすぐさま翼を羽ばたかせて、上に大きくジャンプするように飛んだ。大きな身体とは思えない俊敏さだ。
ドラゴンの動きに目を奪われている内に、攻撃相手を失った風闇の刃は、そのままロクヴァリー滝の横、岩肌が見えている崖に襲い掛からんとしていた。放っておいたら、大惨事になってしまう。エルスタード家の屋敷の地下に造った武舞台で、闇を付したら攻撃魔法を試して大変なことになったことがあるので知っている。
・・・あの時はいつも俺には甘いお婆様から怒られたからな。今となっては良い思い出だけど。
杖を振るって慌てて魔法を消した俺は、重たそうな身体に見合わず空中をふよふよと飛んでいるドラゴンを睨みながら、大きな声で文句を言った。
「ちょっと!なぜ避けるんですか!?俺にロクヴァリー滝を破壊させるつもりですか!?」
「何を言うか。お主こそ我を殺す気か!死ねとはどういうことだ!」
ドラゴンは唾を飛ばすような勢いで反論しながら、ズシンと大地を揺らして俺の目の前に降り立った。その震動で、木々が軋むように揺れ動き、遠くの方で野鳥が鳴き声を上げているのが聞こえてくる。行動の一々が大仰だ。そんなドラゴンは苛立ち気味にズイッと俺に顔を近付けてくる。
「あれは全力を出すための掛け声です。他意はありません」
「掛け声だと?掛け声であるならば仕方ある・・・。ううん?他意がなければ、やはりそう言うことではないか!お主完全に我を殺す気だったな!?」
ドラゴンは人であれば顔を真っ赤して怒っているぐらいの剣幕だ。だが、俺も負けじと腕組みをしながらドラゴンに詰め寄り「それはどうでしょう」と返事をした。
「生半可な攻撃では、あなたには意味をなさないでしょう?うろこの硬さを自慢してましたし。そんな中で、実力を示せと言ったのはあなたです。ならば、相手を殺すぐらいの気持ちがなければ、どんな攻撃を放っても意味はないでしょう。違いますか?」
「ぐっ、何ださっきの魔法は。ただの風ではなかったぞ!」
「風に闇を合わせただけです。攻撃として特化させたものでしたが、ドラゴンであるあなたに脅威と感じて頂けたのであれば成功と言えるでしょう」
「闇を合わせただと?確かに昔、そんなことをしていた人の子が居たように思うが・・・。ええい、何にせよ、お主は何という危ない攻撃をするのだ!」
「どんな攻撃でも受けると言ったのはあなたの方です。何でも良いと言いましたよね?俺はそれに従ったまでに過ぎません。それとも、あの話は嘘だったのでしょうか?」
だんだんと口げんかの様相を呈してきたが、条件を出したのはドラゴンの方で、それを破ったのもドラゴンの方である。俺がそのことを問い詰めると、ドラゴンは「ぐっ、それは、そうだが・・・」と苦しそうに呟く。中々に往生際が悪い。煮え切らない態度のドラゴンに俺はさらに追い打ちを掛ける。
「誇り高きドラゴンは、下等な生物の相手など出来ない。だから、一度出した条件などあってないようなものだ、とそういうことでしょうか?随分と軽んじられたものですね」
「・・・むぅ、たかが人の子が吼えるではないか」
「そのたかが人の子の攻撃を受けると言って、受けずに避けたのはあなたの方ですよね?そのことについては、一体どういう風に思っているのか、是非とも聞かせて頂きたいものです」
俺がニッコリと笑みを作りながら嫌味たっぷりに聞き返すと、ドラゴンはあからさまに嫌そうな顔をしてから「ダストアだ」と口にした。俺は言われた言葉の意味が分からず、思わず首を傾げてしまう。
「ダストアとは?」
「我の名だ。人の子、いやルートよ。我はイエロードラゴンのダストアだ。我が名を呼ぶことを許す」
・・・なぜ急に名前を?まあ、いいけど。
「お名前でしたか。ではダストアさん」
「待てルート。ダストアだ」
・・・そう言えば、メルギアにもそんな風に言われたけど、ドラゴンには敬称を付けて名前を呼ぶ習慣はないってことかな?
「では、ありがたく。それではダストア。俺の実力を試すというのは一体どうするのですか?俺の願いは聞き届けてもらえるのでしょうか?」
「ふんっ、願いならすでに叶っておろう?我はすでにその滝にはおらぬのだからな」
ダストアは後ろにチラッと振り向くようにして目配せをしてくる。俺もつられて視線を滝に向けるが、ダストアは今、俺の目の前に居るのだから、滝に居ないのは当たり前の話だ。ダストアの物言いに引っ掛かるものを感じながら、俺は視線を正面に戻すと、ダストアが目を細めながら話し掛けてくる。
「ルートよ。我はお主の願いをすでに聞き届けた。だが、我がもう一度水浴びをしたいと思っても、それは我の勝手あろう?お主は我に二度とここで水浴びをするな、とは望まなかった?そうだな?」
「確かに二度とここで水浴びをするなとは望みませんでした。でも俺は言いましたよね?ダストアがこのロクヴァリー滝でちょっと水浴びをするつもりだったとしても、人間にとっては死活問題になると。その意味がダストアに分からないとは言わせませんよ?」
「分からん訳ではないが、それは人の子の都合であって、我には関係のない話だ」
・・・あぁ、そう。やっぱりそうなるのね。まあ、あれだけで済むとは思ってなかったから別に良いけど。元より覚悟はしていたし。
ダストアの突き放すような物言いに、俺はダストアに何を望まれているのか察しがついてしまう。どこぞの戦闘民族のように、闘うことが殊の外大好きなのがドラゴンという種族だ。つまりは、次の展開としてダストアが望むのは、俺との真剣勝負ということである。
「では、二度とこの場所で水浴びをしないとダストアには約束をして欲しいのですが聞き入れて頂けますか?」
「ふむ、その願いを叶えて欲しければ、我と闘えルート。お主の実力は我の命を脅かすほどではないが、あやつらが目に掛けている理由は相分かった。今度は我との闘争の中でその実力を示して見せよ」
ダストアは嬉しそうな明るい声で、自分と闘えと提案してくる。予想通りの返しだが、命を脅かすほどではない、という言葉には少し引っ掛かりを覚える。でも、避けたよね?とツッコミたい気持ちを抑えつつ、俺はダストアにココンと釘を打っておく。
「勝敗はどうするのですか?悪いですが俺は死ぬつもりはないですし、ダストアの命を取るつもりもありませんよ?」
「ククッ、我の命を取るなどと、言いおるではないかルート。だが、まあ、安心せよ。我もお主の命が欲しい訳ではない。ただ闘いたいだけなのだ。こんなにも心躍るのは久方ぶりだからな。それに、お主を殺してメルギアに目を付けられるのは御免だ」
「では、俺にダストアと単に闘えと言うのですね?」
「そうだ。我が満足するまで、とことん付き合ってもらうぞ」
ダストアはそう言って顔をすり寄せてくるように近付けてくると、その次の瞬間、俺の身体がふわりと宙に浮いた。服が背中の方に引っ張られる感覚があることから、どうやら俺はダストアに咥えられているらしい。ダストアは俺を咥えながら「では行くぞ」と器用に喋ると、俺の足がどんどんと地面から離れていく。ダストアが空に向けて飛び始めたようだ。
地面を見下ろしていると慌てた様子でこちらを見上げるソフィアとアーシアが見えたので、俺は口元に手を当てながら大きな声を出す。
「話は聞いていたと思いますが、これからダストアと闘ってきます。これで水の枯渇については、自然と回復していくでしょう。それをコードネルさんに伝えて、安心させてください。あと、ソフィア姉様はくれぐれもアーシアを置いて、俺を追って来ないように。良いですね?後でアーシアに確認しますから。もし、置いて行かれたとアーシアから聞いたら、許しませんからね」
「そんなルゥ!待って!!」
「ルートちゃん!!」
手を空に伸ばしながら俺を呼び止めようとするソフィアとアーシアの二人の呼び掛けに、俺は何も答えずに手を振って別れを告げた。




