第十三話 褒美と望むもの
なんだか、意識がもやもやとしてはっきりとしない。それに身体が自由に動かない。なぜだ。・・・ああ、この感覚、これは夢だな。
俺は誰か分からないけど女性に抱きかかえられているのだけは分かった。だって、胸の感触があるからな。それにしても、ひどく懐かしいような、凄く安心するような感覚がするのはなぜだろう。・・・何でもいいけど、この女性は急いでどこに行こうとしているのだろうか。走るのは良いんだけどあまり揺らさないで欲しいものだと思っていたら、急に女性は立ち止った。そして、どこかよく分からない狭いところに俺は押し込められた。
「わ・・・の・・な・・い・・ト。こ・・ら・・・・ちに・・か・・・ず。そ・に・・・げ・・・・て・・・なさい」
え?え?
「で・・・・様な・・・・が・・・・れ・・ず。・・を・・だと・・・は・・・いた・・き・・・・く・・・よね・・様」
何を言ってるのかよく聞き取れなかったが、何かを言い終えた後、その女性は俺を押し込んだ場所を塞いでしまった。暗い・・・真っ暗で何も見えない。真っ暗な場所に一人ぼっちにされてしまい、底知れぬ不安を感じた俺は思わず叫んだ。
「待って!!」
「キャッ、もう、ルゥったら。急に叫んでびっくりしたわ」
「へ、あれ。ソフィア姉様?なんでここにさっきの人は?」
「もう、まだ寝ぼけてるのかしら?まあ、二日も寝ていたものね。ここはルゥの部屋よ」
辺りを見渡して自分の部屋だと確認して、ハッと思い起き上がろうとした。だが、身体が動かない。正確には、身体を動かすと全身が痛い。ああ、やっぱり、過度の身体能力の反動が・・・。
「・・・うぐっ」
「ほらほら、大人しく寝てなきゃ駄目じゃない。まだ、無理しちゃ駄目よ」
「ソフィア姉様、あの後、どうなりましたか?リリやミーアさんは無事ですか?」
「心配しなくても大丈夫。二人とも傷一つないわ」
ソフィアは、俺の頭を優しく撫でながら、俺が意識を失ってしまった後のことを話してくれた。
意識を失った俺が襲われそうになってるのを阻止すべく、エリオットがクリムギアの足元に魔法で水柱を出したそうだ。たが、当てることが目的ではなく、水を嫌うクリムギアに魔法を避けさせて俺との距離を離そうとしたらしい。しかし、そこで予想外のことが起きた。クリムギアに水柱が直撃し、その巨体が空中に舞った。そして、その隙を逃さなかったソフィアが剣で一閃。一撃で倒してしまったそうだ。
「そうですか。姉様が倒してくれたんですね。良かった」
「まさか、一撃で倒せるとは思わなかったわ。アルさんなんか、せっかく急いで戻ってきたのに俺の出番ねえじゃねえかってすごく不満そうな顔していたわ」と言いながらソフィアはクスッと笑った。
「一撃ですか。さすが姉様ですね」
「あら、一撃で倒せたのはルゥが頑張ったからでしょ?リリやミーアさんか聞いたわよ」
「それは・・・。ですが、俺では倒せませんでした」
「確かに今回は、倒せなかったわね。でも、話を聞いた限りだと初めから全力で戦ってたら倒せたんじゃないかしら」
「そうでしょうか?」
「ええ、そうよ。話を一緒に聞いていたエリオットさんも同じ意見だったわ」
「・・・そうですか」
「そんな顔しないでルゥ。今回は、ルゥが頑張って時間を稼いでくれたから、私たちは戻ってこれた。それに、ルゥが襲われそうになっていた兵士を守ってあげたんでしょ?その人も危険な状態ではあったけど幸い助かったのよ。ルゥが守らずにそのまま襲われていたら間違いなく亡くなっていたと思うわ。だから、あなたは胸を張って良いのよ」
俺が自分で決着出来なかったことを悔やんでいるのをソフィアは励ましてくれた。でも、その後、なぜか頬っぺたをつままれた。
「でも、だいぶ無茶な戦い方をしたのね。左腕が大変なことになってたわよ?」
「いらいれふれいさふぁ。・・・ほぉふぇんなふぁい」
「まさか、自分を餌にして攻撃するなんて・・・もう二度としちゃ駄目よ」
「ふぁい」
「よろしい。今回は許してあげるわ。実際のところ、頑張ったんだものね」
ソフィアは、俺の頬っぺたをつまむのをやめ、その手で再度、俺の頭を撫でながら「さあ、まだ身体が万全じゃないでしょう?今はゆっくりと休みなさい」と言って部屋から出ていった。
俺は、ソフィアが出ていったのを見送った後、目を瞑りながら今回のことを考える。
初めから全力を出していれば倒せたか。今回は、リーゼからソフィアたちじゃないと勝てないと聞いていたこともあって時間稼ぎに注力した。けど、相手との実力を推し量ることが出来ていたら、リリを危険な目に合わせることはなかったんじゃないだろうか?修行だけじゃ埋めることが出来ない実戦の経験が明らかに足りてない。・・・どうすればいいだろうと考えながら俺は眠りについた。
それから、三日ほど掛かったが自由に動き回れるまで回復した。なんか、半年前も似たような状態だったなぁと思い感慨に浸る。それにしても、身体能力の過度な向上による反動は、なぜか治癒魔法では回復出来ない。ちょっと不思議だ。死にそうな怪我は治すことが出来るのに。身体を酷使するような場合にはリミッターみたいなものが働いているのだろうか。
「ルート。お前もう身体は平気だな?平気だったら明日、町長の屋敷に行くぞ」
朝食の席で、アレックスからそう話を切り出された。
「はい。もう大丈夫です。でも、町長の屋敷に何しに行くんですか?」
「ん?ああ、今回、お前の活躍が認められ町長から感謝状が贈られることになった」
「感謝状ですか?でも、俺は何も出来ていないのですが・・・」
「何言ってるんだ。お前が頑張らなかったら助からなかった命もあったんだぞ。胸を張っていいルート」
「そうですよルート。あなたが身体を張って守ったこと、母としてあなたを誇らしく思うわ」
「そうです、ルゥ兄様。リリは兄様のおかげで怪我一つなかったです。それに・・・あの時の兄様、ちょっと怖かったけど、でもとってもカッコよかったです」
「ほら、ルゥ。私たち家族は皆、ルゥのことを誇らしく思っているわ。だから、胸を張って。ね?」
おっと、今度は家族全員から励まされてしまった。これはいかんな。・・・よし、頭を切り替えていこう。今回は最善ではなかったかもしれないけど自分が出来ることをしたのだと。
それにしても、感謝状か。この世界にもあるんだなそんなもの。元の世界で、テレビのニュースで犯人逮捕に貢献した人に感謝状が贈られたっていうのを見たことあるけど同じようなものだろうか。
翌日、朝食を終えた後、家族全員で町長の屋敷に行くために家を出た。町長の屋敷は、中央の大通りを北に向かった突き当たりにあるので、町の中央にある噴水から北へ向かった。道中、西門でフリットや他の兵士の人からお礼を言われた。特にフリットからは「君のおかげで結婚が決まったんだ」だそうだ。結婚に関してはどういう意味かよく分からないが、こうして家族以外の人からお礼を言ってもらえて、頑張ったことには意味があったのだと感じさせてくれた。
屋敷の門までたどり着くと執事のような格好をした老齢の人が立っていた。
「皆様、ようこそお出でくださりました。わたくし、フィリップ様の屋敷で執事をしております。デルントと申します。旦那様よりお話はお伺いしております。どうぞ、お入りください。応接間までご案内致します」
執事と名乗ったデルントは、一礼をした後、俺たちを屋敷の中へと案内してくれた。さすがは、町のトップである町長の屋敷で、庭は広いし、建物もでかい。こんなところに住んでるフィリップとはどんな人だろうか。俺は権力者といえば、金に物を言わせるでっぷりとした、いやらしい人物が相場だなと勝手に想像していた。
「ようこそ。アレックス様とご家族の皆様。初めての方のいらっしゃるので改めて自己紹介を。私がルミールの町の町長をしている、フィリップと申します。以後お見知りおきを」
応接間に招かれた俺たちを見た町長が椅子から立ち上がって挨拶をしてくれた。見たところアレックスよりも年は取っていそうだが、そこまでおじさんっていう感じではなかった。それに、背も高くスラッとしていて物腰が柔らかい、灰色の髪がさらに落ち着きを感じさせて、いかにも紳士と言う言葉が似合う人物であった。・・・すみません。ものすごく失礼な想像をしてました。
部屋に案内されて俺たちは、奥からアレックス、リーゼ、俺、ソフィア、リリの順番で座った。俺が真ん中なのは、フィリップさんの正面になるようにである。
「お招き頂きましてありがとうございます、フィリップさん。ルートもこの通り、元気になりましたのでやっと連れてくることが出来ました」
「ええ、ありがとうございます。話を聞いたときは本当に驚きました。まだ、八歳の子供が魔獣、しかも上位種を相手に善戦したと。でも、それがアレックス様のご子息と聞けば納得しました。ルート君、改めて町の長としてお礼を言わせて欲しい。本当にありがとう」
「あ、いえ。えっと、まだまだ力不足でしたが、誰かの役に立てたのであればよかったです」
「君に感謝している人は大勢いる。だから、皆の感謝の気持ち形として表すために感謝状を贈ることになったんだ。それを受け取ってもらうために、今日はここまでご足労頂いたのです」
デルントと一言フィリップが声を掛けた。デルントは豪勢な薄い箱を持ってきてテーブルの上に置き、丁寧に蓋を開けた。中には一枚の羊皮紙が入っていた。フィリップは箱の感謝状を手に取って立ち上がり「では、町の皆の感謝を君に受け取って欲しい」と俺に感謝状を差し出してきたので、俺も立ち上がって両手でそれを受け取った。こういうのって高校で卒業証書を受け取った時以来だったので、ものすごく緊張した。
「ありがとうございます。謹んで頂戴致します」
「あはは、そんなにかしこまらなくてもいいよ、ルート君」
「ところで、ものすごく良い羊皮紙だと思うんですが高かったんじゃないですか?」
俺が受け取った感謝状はものすごく手触り良い。それと色合いが白であった。家にある本や、アレックスがたまに読んでる報告書の羊皮紙は茶色だ。それにここまで手触りは良くない。きっとお高いに違いないと思って思わず聞いてしまった。・・・だって、普段よく見る羊皮紙でさえ、ものすごく高いから気になるじゃない?
「あはは。気にすることはないよ。実は、この感謝状の資金は君の成果によるものだからね」
「えっと。それはどういうことでしょうか?」
この感謝状を作成するのに掛かった資金は、クリムギアの魔石を売却したお金らしい。本来、魔石の所有権は討伐した者が有するが、ソフィアたちはその権利を主張しなかったそうだ。瀕死の状態まで追い込んだのは俺で、自分たちはほとんど何もしてないからと。冒険者としての報酬は、クリムギアから剥ぎ取った素材を自分たちのものとしたらしい。
だから、魔石の所有は俺となったのだが、魔石を売買出来るのは成人した人か冒険者ギルドに所属している人とされており、俺はどちらにも当てはまらない。だから、町として魔石を売却し、その資金で感謝状を作成して贈ることになったということであった。ちなみに、魔石は冒険者ギルドを通して国が買い取るらしい。そこから、魔法ギルドへ送られて、研究や魔術具に生まれ変わるそうだ。それにしても、俺としては別に、ソフィアたちの所有で良かったんだけど、すでに感謝状になってしまっている。だったら遠慮せずに頂いておこう。
「さて、感謝状を贈ることは終わりました。でも、せっかく、ここまでお越し頂いたのですから少しお茶でもしましょうか。色々とお話しをしてみたいですし」
フィリップはデルントに目配せするとデルントが部屋から出ていった。するとすぐにデルントが一人の女性と一緒に戻ってきて、その女性がお茶とお菓子を乗せたワゴンを押して入ってきた。メイドさんかな?と思ったのだが、服装は全くメイドっぽくなかったし、デルントの様子からするとどうも違いそうだ。小声で「奥様、わたくしがやります」といってるのが聞こえた。
「ご紹介致します。私の妻、セシーリアです。今日、ルート君たちをお招きすると聞いてぜひお話しをしてみたいと申しておりまして」
「お初にお目に掛かります。フィリップの妻、セシーリアです。今日は、ルートさんやリリさんとお会いできるのを楽しみにしていました」
セシーリアはとても落ち着いた雰囲気で優しそうな人だ。髪がフィリップと同じ灰色で長い髪をしていた。話によるとフィリップとセシーリアは従兄妹同士なのだそうだ。だが、血縁が近いせいだろうか、セシーリアは子供好きであったが我が子に恵まれなかったらしい。だから、今日、俺やリリと会えるのを本当に楽しみにしていてくれたそうなのだ。
せっかくのお誘いだったので、しばらくの間、お茶とお菓子を頂きながら他愛のない話をした。リリは普段、あまり食べることのないお菓子にご機嫌だ。そんな、嬉しそうなリリを見て、セシーリアも嬉しそうにしていた。本当に子供好きなんだなぁこの人。何だか見てるだけでこっちも嬉しくなってしまう。
ひとしきり話をしてお茶やお菓子もなくなったので、そろそろ終わりにしようかという雰囲気になった頃にフィリップから声が掛かった。
「あっと、一つ大事なことを忘れていました。ルート君、君には感謝状以外にも褒美を与えることになっています。さっき言った通り、その感謝状自体はルート君の成果によるものです。だから、町長として町からも何か褒美を与えることになっています。何か望むものはありますか?」
「え?望むものですか・・・。えっと、それは、何でも良いのでしょうか?」
「何でも用意出来るとは限らないのですが、なるべく要望には応えたいとは思います」
望むものと聞かれて俺は考える。お金は別になくても問題はないし、食べ物は森に行けば自分で確保出来る。正直、今の生活で特別に欲しいものというのはない。う~ん、どうしたものか。・・・あ、そうだ。欲しいものはないけど、なりたいものだったらある。
「だったら、俺、今すぐに冒険者になりたいです」
「冒険者ですか?それは許可を出すことは簡単ですが、そんなことでいいのですか?」
「本当ですか!?俺は、今すぐ冒険者になることを望みます」
「分かりました。では、冒険者ギルドに許可の申請を通しておきましょう」
今回のことで感じた自分の力不足は、実戦を積んで補うしかない。だから、冒険者になって魔獣や魔物の討伐をすればいいのではと考えていたので、褒美の話は渡りに船だった。これで、十歳を待たずに冒険者になれると思っていたら横から待ったの声が掛かった。
「それは駄目よ、ルゥ。冒険者になるなんて!」
「ソフィア姉様、なぜですか!?」
「駄目なものは駄目よ」
「前は、俺が十歳になったら紹介してあげるって言ってくれてましたよね?」
「それはそれよ。まだ、あなたは十歳じゃないでしょう?それに冒険者になるなんて危ないじゃない」
なぜだ。前はルゥも冒険者になったらお揃いねって嬉しそうに言ってたぐらいだったのにどうしてこうも反対されるのだろうか。・・・やっぱり、弱いから危ないということだろうか。・・・だったら。
「・・・分かりました姉様」
「そう、分かってくれたのね」
「俺が弱いから冒険者は危ないということですよね。だったら、姉様。俺と決闘しましょう」
「え?」とソフィアは、俺の思わぬ言葉を聞いて目を白黒させる。
「俺が姉様に決闘で勝って強さを証明したら、冒険者になることを認めてくれますね?」
「へ、へ~。ルゥは私に勝てる気でいるのね?いいでしょう、分かりました。勝負しましょう」
「もちろん、今の俺では剣で勝てるとは微塵にも思ってません。だから、剣と魔法で勝負です」
「良いわ。剣で私が負けるはずないもの。剣と魔法による決闘、受けて立ちましょう」
「そこまでだ!ソフィア、ルート。フィリップさん、娘と息子がお騒がせして申し訳ない」
「いえいえ、お気になさらずに。でもいかがいたしましょうか?」
「ルート、決闘はいつにする?今すぐにするのか?」
「いえ、さすがに今すぐというのは無理です。・・・一月後にお願いしたいです」
「一月で私に勝てようになるとは思えませんけど。ルゥがそういうなら私も一月後で構いません」
「分かった。では、一月後に二人の決闘を行うものとする。フィリップさん申し訳ないがそれまではこの話は保留でお願いします」
「分かりました。でも、決闘なんてよろしいのですか?」
「己が望みを自分で勝ち取る。やはり、私たちの子供ということでしょう。親としては嬉しく思います」
「ええ、そうですね。私も二人を止めるつもりはありません。しっかりとやりなさい二人とも」
こうして俺は自分の望みを叶えるために、一月後、ソフィアと決闘することなった。少なくとも今のままでは、間違いなく勝てない。明日からは、特訓だ!