表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
約束を果たすために  作者: 楼霧
147/309

第百三十二話 静かな異変 前編

まずは俺の活動の結果報告をしておきたいと思う。


・・・我大豆ヲ発見セリ!!我大豆ヲ発見セリ!!


炒って乾燥させた大豆が水の季節の貴重な保存食として食べられているのをノクトゥア近隣にある農村で発見した。味噌や醤油といった大豆をさらに発展させたものを発見することが出来なかったのは残念だが、上々の結果と言って良いだろう。それもこれもアーシアが俺の我儘に付き合ってくれたのがとても大きい。


アーシアがノクトゥアに着いた初日に、夜這いを仕掛けてきたことには驚いた。でも、俺の説得の甲斐もあって何とかアーシアに手を出すことなく乗り切ることが出来た。アーシアの行為自体はとても迷惑なものだったが、俺の現状を知ったアーシアが涙を流してくれたことには、率直に嬉しかった。


そんなアーシアとの関係がギクシャクするのは嫌だな、と思った俺は一計を案じた。ソフィアを矢面に立たせたのだ。俺の貞操を守るとキリッとした顔で宣言しておきながら、アーシアの甘言にまんまと引っ掛かったソフィアには、丁度いい役回りである。


俺の怒りの矛先をソフィアに向けることで、当然、ソフィアはアーシアへ怒りを向ける。それを俺が庇うことで、アーシアとの関係が悪くならないように仕向けたという訳だ。もちろん、ソフィアの機嫌は、あまり良くはなかったが、それは自業自得だと言って飲み込ませた。


アーシアはアーシアで、夜這いのことへの償いなのか、俺の商店や市場を見て回りたいという願いを率先して叶えてくれたし、ノクトゥア内の商店や市場を見終えたので、近隣の町や村にも行きたいという俺の我儘にも付き合ってくれた。アーシアとの関係は良好のままだと言えるし、何より和食への道へまた一歩進むことが出来たので、アーシアにはとても感謝している。


・・・まずは味噌や醤油を作りたいが、問題はどうやってかもしたらいいのだろうか?一先ず、酒蔵とかに行ってみるか?ううむ、まあ何にせよ試行錯誤あるのみだな。


こうして半月ほど色々と見て回った俺は新しい食材と、補助魔法の薬の材料となりそうな魔草と呼ばれる素材を手に入れることが出来て大満足である。ただ、派手に動き回ったことで、さすがに案内役を務めていてくれたアーシアの顔に疲れの色が見えるようになってきたことを受けて、ここ最近はノクトゥアを活動拠点としている。


そんな俺が今取り組んでいるのが、リューエル使いへの道だ。ノクトゥアに戻ってきてから程なくして、リューエル使いのベルダのところへ遊びに行ったところ、ベルダから「坊っちゃん、良かったらリューエル使いになってみないかい?」と誘いを受けたのである。話の流れ的からすると冗談混じりの誘いだったが、俺は二つ返事で誘いを受けた。


・・・だって、自分でリューエルを操れるようになるんだよ?面白そうじゃないか。


そうしてリューエル使い見習いとなった俺は、それから毎日のようにベルダのところへと通うようになる。リューエルの生態、リューエルの餌やりと餌となるフワル草の育て方、リューエルを操るための笛の使い方、子供リューエルの育成方法、リューエルに船を引っ張らせる時のルール、といった色々なことを俺は学ぶことになる。


覚えることは随分と多かったが、何かとリューエルと戯れる機会が多くあったので、それほど苦にもならなかったし、リューエルの出産シーンに立ち会うことが出来たのは感動した。雌の大人のリューエルは体長が二メートルぐらいあるが、産まれたばかりのリューエルは一メートルにも満たない大きさで、クリクリとした目が余計に大きく見えてとても可愛かった。


リューエル使いとして学んだことを通して知ったことだが、リューエル使いはとても力仕事が多い。ロクアートでリューエル使いは花形の仕事のようだが、その過酷さ故に成り手が少ないそうである。そのせいなのか、ベルダだけでなくベルダの同僚のお姉様方にも随分と俺は可愛がられることになる。それにはさすがにちょっと疲れたと言える。


ベルダと同僚のお姉様方に三週間ほどの指導を受けた俺は、ついに最終試験を迎えることになる。普通は何ヶ月も掛けてやるのに短期間でよくここまで覚えられたものね、と同僚のお姉様方は驚愕といった表情を浮かべていたが、ベルダだけは「さすがは坊っちゃんだ」と満足そうにニッと笑ってくれる。


・・・アーシアの婿なだけのことはあるって言葉さえなければ、素直に喜べるんだけどなぁ。


「よーし、次で最後だよ。最後は実際に街の水路でリューエルに船を引かせることが出来るかだ」

「はい、宜しくお願いします!」


最終試験はリューエルにゴンドラを引かせて、ノクトゥアの街に張り巡らされた水路を使ってきちんと目的地にたどり着けるか、である。お客様としてゴンドラに乗るのは、ベルダ、アーシア、ソフィアの三人だ。俺はゴンドラの船首に立って、首からぶら下げた笛をくわえて、出発の笛を鳴らす。


訓練されたリューエルは基本的に真っ直ぐ水路を泳いでくれる。そして、突き当りに着いた場合、左右どちらか一方にしか進めない角となっている場合はそのまま道なりに進んでくれる。丁路地の場合、進行方向に対して右に曲がれるようになっている場合は、必ず右に曲がるように訓練されている。


だから、目的地にたどり着くために、状況によって、左に曲がらなければならなかったり、真っ直ぐいかなければならない時は、笛を鳴らして指示を出す必要があるという訳だ。


その他に気を付けなくてはならないのは、水路を航行させるためのルールだ。水路の幅が狭い場合は、他の船と正面から鉢合わせならないように、一方通行になっているところが多い。もちろん、逆走をしたらアウトである。


それ以外にも、水路の幅が広い場合は進行方向に対して左側に寄る、丁路地で他の船と鉢合わせした場合、相手が手漕ぎの船であればリューエル使い側が道を譲る、リューエル使い同士の場合は進行方向に対して右側に居るリューエル使いが優先となる。こういうルールを聞いた時に、自動車の教習所で受ける授業っぽいと思いながら、勉強したものである。


いくつかの指定されたチェックポイントを通り、午前中の目的地である市場の船着き場へとたどり着く。そこで、一旦、昼食を挟んでから、試験の再開となる。


「今のところどうですか?」

「今のところ?どうしても聞きたいかい?」

「教えてもらえるなら聞きたいです。悪いところがあれば、改善しなくてはなりませんから」


午前中の試験結果が気になった俺は食事中ではあるがベルダに現時点までの悪い点を尋ねる。ロクアートに滞在出来る期間が決まっている俺としては、今日試験に合格しておきたいのだ。少しでも駄目なところがあるのなら午後の試験で直したい。ベルダは食べかけていたパンを下ろすと、目を細めながら小さく笑う。


「ふふっ、坊っちゃんは向上心に溢れているねぇ。そういうところがあるからここまでモノにしてくれた、という訳だろうね。心配しなくても良いよ坊っちゃん。今のところ文句の付けようがない」

「本当ですか?」

「あぁ、本当だ。でも、まだ試験は続くからね。ここで油断しちゃ駄目だよ?と言っても、坊っちゃんにはいらぬ心配だろうけどね」

「そんなことはありませんよ。注意してもらえることで、気が引き締まることもあるのですから。午後からの試験も油断なく挑ませてもらいます」

「はぁ、本当に坊っちゃんは偉いねぇ。その言葉、期待させてもらうよ?」


午後の試験中、初の男性リューエル使いが誕生しそうだという話が街に漏れ伝わっているのか、所々で街の人から応援してもらう。「頑張れ!」「応援してるわー」という声と共に手を振ってくれるのだ。


しかもそれだけじゃない。アイフィンが務める学校の近くを通り掛かった時には、授業中のはずなのに商人を目指す子供たちが、橋の手すりに身を乗り出すようにして声援を送ってくれた。どうやら、アイフィンが気を利かせて子供たちを引き連れてくれたらしい。学校の見学をさせてもらった時に仲良くなった子たちなのでとても嬉しい。



「こちらが終点のリベール城ですお嬢様方」


最終目的地であるリベール城のすぐ近くにある船着き場にたどり着いた俺は、殊更丁寧な口調と仕草を付け加えながら、ベルダ、アーシア、ソフィアの三人にゴンドラを降りてもらう。船着き場に降り立ったベルダは何か考え込むように腕組みをして目を閉じる。多分、俺の試験内容を採点しているのだろう。俺はそう思いながらリベール城を見上げた。


・・・リベール城か。亡霊退治は予想以上に収穫があって、面白かったな。


リベール城に俺が初めて入ったのは、観光目的ではなく冒険者ギルドに寄せられた亡霊退治の依頼を受けた時だ。ロクアートはエルグステアと比べて冒険者ギルドの活動が活発ではないそうで、荒事や物騒な依頼がある場合は、魔法使いであるアイフィンのところへ依頼が回ってくることがあるらしい。


たまたまアイフィンのところへ来ていた依頼の話を聞いた俺は、俺とソフィアで解決することにした。アイフィンは荒事が苦手という話であったし、何より俺とソフィアはれっきとした冒険者で、荒事には十分に慣れていると言えたからだ。


・・・その日は、リューエル使いの訓練がなくて暇だったこともあるけどね。


亡霊騒ぎがあるのは夜中なので、リベール城へは夜中に向かう。先に昼間に解決したもう一つの依頼で捕まえた盗賊三人組を引き連れて、だ。そこでかつてリベール城に住んでいたと思われる王妃様と王様の亡霊と俺たち出会った。


その内、王様が「この恨み、晴らさで置くべきか~」とお化け屋敷のお化けみたいな台詞を吐きながら、俺たちに襲い掛かってきたのである。初のアストラル系の魔物はとても興味深かった。当たり前かもしれないが物理攻撃が当たらないのだ。


そんな亡霊に有効だったのは攻撃魔法で、やはり光属性が特に良く効いた。王様も王様で、亡霊であることをしっかりと活かしてなのか、闇属性の禁忌の魔法である呪いを使用してきた。誰かが呪いを使うところを今までに見たことがなかった俺は、盗賊三人組を使ってしっかりと観察させてもらった。


最後は、アストラル系やアンデッド系の魔物が苦手なソフィアの堪忍袋の緒が切れて「いい加減にして!」と特大の浄化魔法で王様を滅し・・・、成仏させた。ちなみに、王妃様の亡霊は王様の亡霊が成仏したことで、一緒に成仏することになった。決して、ソフィアの魔法に巻き込まれた訳ではない。


・・・そう言えばあの時、王妃様が気になることを言っていたな。滅びの時が再び近付いているとかどうとか。何だったんだろう?


俺はそんなことを思い返しながらゴンドラから飛び降りた。俺はベルダに近付いて、ドキドキしながらベルダのことを見上げる。すると、ベルダは深々とため息を吐いてから、ニカッと笑って俺のことを見下ろした。


「はぁ~、まいったねこりゃ。本当に文句の付けようがないほど完璧だったよ」

「ということは、試験の方は?」

「冗談半分で言ったことではあったけど、この短期間でよくぞモノにしてくれた。今日から坊っちゃんも正式にリューエル使いだよ」

「やったわねルートちゃん」

「おめでとうルゥ」


ベルダは俺の頭をポンポンと優しく叩きながら合格をくれる。俺はやったと思いながらグッと拳を握っていると、アーシアとソフィアが俺に詰め寄るにして祝福をしてくれる。俺が二人に「ありがとうございます」とお礼を言っていると、ベルダが「はいはい、まだ私の話は終わっちゃいないよ」と言って、二人の間に割り込むようにして入ってくる。


ベルダは俺の首に掛かっている笛を取って、それを上着のポケットに入れると、別の笛を取り出して手のひらに載せた。その笛が俺によく見えるように差し出してくれる。


「これは練習用の笛とは違って、一人前のリューエル使いであることを示す証となる笛だよ」


練習用の笛は飾り気のない平凡なものだったが、ベルダが用意してくれたリューエル使いの証となる笛は、ベルダが持っている笛のように綺麗な細工が施されたものだ。ベルダは俺に見せるようにして持っていた笛に通されてある紐を持つと、俺の首にゆっくりと掛けてくれる。俺の胸でリューエル使いの証がキラリと光った。


・・・くぅ~、やった!おっと、そうだ。今日の立役者にもお礼を言っておかないとな。


一人前のリューエル使いとして認められたことは、今日の試験に付き合ってくれたリューエルの力添えがあってのことだ。俺は試験に付き合ってくれたリューエルにお礼言うため、船着き場から水面を覗く。俺が水場に近付いたことを察したリューエルが水面から顔を出して、クリクリッとした大きな目を俺に向けてくれる。


俺は首に掛かった笛を持ってリューエルに見せるようにしてから「お前のお陰で、一人前のリューエル使いになれたよ。ありがとうな」と声を掛けながら、目と目の間に手を伸ばして優しく撫でる。リューエルは嬉しそうに「ピィ!ピィ!」と鳴き声を上げると、急に水面から垂直に身体を出す。泳ぐためのひれ状になっている前足で俺のことを掴んだ。


リューエルは俺を掴んだまま仰向けになりながら器用にプカリと水面に浮かぶ。俺は丁度リューエルのお腹の上をベッドにするようにして、うつ伏せ状態で寝転がる形となった。これはリューエルの親愛表現の一つである。雌のリューエルが気に入った雄に親愛を示すために行われることもあるが、どちらかと言えば、子供リューエルを可愛がる時に行われることが多い。


・・・子供のように思われてるってことだろうな。愛でているつもりが、逆に愛でられていたか。まあ、悪い気はしないな。


「それにしても本当に仲が良いねぇ。ちょっと嫉妬しそうだよ。・・・さあ、何にしてもこれでついに男性のリューエル使いの誕生だ。こんなにめでたいことはお祝いをしなくっちゃねぇ」

「お祝いですか?」

「そうさ。実はもう酒場を押さえてあるんだ。今夜は皆で坊っちゃんのお祝いだよ」

「まあ、ベルダ姉ったら。すでに酒場を押さえてあるなんて気が早いんだから」

「ん?でも、アーシアも坊っちゃんが不合格になるなんて露にも思ってなかっただろう?」

「もちろん、全く思ってなかったわぁ」

「当然ね。何と言っても私の自慢の弟なのですから」


・・・どうして、そこでソフィア姉様が誇らしそうにしてるんでしょう?まあ、悪い気はしなくはない、かな?


ソフィアの姉としての弟自慢を聞いて苦笑してから、俺はこのあとの予定を考える。俺はリューエルの身体に手を付いて顔を上げながら、ベルダにあるお願いをした。


「ベルダ。そのお祝いにマルティナたち三人も同行させても良いでしょうか?このあと彼女たちの訓練があるのですが、折角なのでたまには羽目を外させてあげようかと」

「マルティナ?あぁ、確か坊っちゃんたちが捕らえたっていう盗賊の名前だったね?」


冒険者ギルドからアイフィンのところへ来た依頼は亡霊退治だけでなく盗賊退治もあった。その盗賊をしていたのが、少女のように見えなくもないマルティナ、がっちりとした大柄の男ズラール、背が小さくやせ気味の男ボヤードの三人組である。


三人は盗賊と言いながらも、悪意や殺意といった負の感情を一切俺たちに向けてくることがない変な盗賊だった。被害に遭った商船でも、積荷の商品は奪われていても、人的被害は全くない。盗賊であれば、殺して奪うのが一番手っ取り早くて簡単な方法である。そして、マルティナたちにはそれだけの実力があったのにも係わらず、一番な簡単な方法を取っていなかった。


妙な違和感を覚えた俺はマルティナたち三人を捕らえてから、すぐに彼女たちの素性を調べた。そして、彼女たちを捕らえた近郊の廃墟で、彼女たちが血の繋がりがない三人の子供と老婆を養うために盗賊をしていたことを突き止めたのだ。


マルティナたちとって守る者が居たといえ、取った手段は最低なものだ。でも、その心根が腐っている訳ではないことが分かった俺は彼女たちを有効活用することにした。そう、荒事専門の冒険者として働いてもらうことに決めたのだ。


「そうです。今は足をしっかり洗わせて立派な冒険者になるように鍛えているところです」

「話には聞いているよ。随分と派手に坊っちゃんがしごいているそうじゃないか」

「えぇ、もちろんです。マルティナたちには俺が肩代わりした商品代金を返してもらわなければなりませんからね」

「ククッ。坊っちゃんに目を付けられて運が良かったのか悪かったのか。もちろん良いよ。マルティナたちも連れて来な。お祝い事は大勢でしなくっちゃねぇ」

「ベルダ姉は、大勢で騒ぎたいだけでしょう?」

「そうとも言える。さすがアーシアは私のことを分かってるねぇ」


ベルダが嬉しそうにアーシアの肩を持って引き寄せると、ベルダは自分の頬をアーシアの頬に寄せて、うりうりといった感じに頬擦りをし始めた。アーシアは嫌がる様子もなく、ちょっとくすぐったそうにしてから「もう、ベルダ姉ったら」と仕方なさそうに呟いた。髪の色や顔立ちが全く違う二人だが、姉妹のように仲が良い姿は見ていてとても微笑ましい。


そんな光景を眺めているとソフィアが俺の目の前で手をヒラヒラとさせる。視線をソフィアに向けると不満そうな顔をしながら「そろそろ行かないといけないんじゃない?」と言った。別に変な目で二人を見ていた訳じゃないのだから、そんな顔をしなくても良いと思う。


・・・ソフィア姉様が心配するようなことはもう起きないと思うよ。・・・多分。


俺はソフィアに手を引いてもらってリューエルのお腹から船着き場へと降り立つ。じゃれ合うベルダとアーシアに「それじゃあ、俺たちは行きますね。お二人はごゆっくり」と言ってから、その場を後にした。


晴れてリューエル使いになれたが、冒険者ギルドへは走って向かう。理由は簡単だ。その方が早い。リューエル使いになった理由は複数あるが、一番の目的は移動手段を得るためでなく、リューエルと好き勝手に戯れる権利を得るためと言える。


・・・さすがにエルグステアにお持ち帰りする訳にはいかないからな。滞在中に目一杯、満足いくまで戯れてやる!


「お待たせしましたお三方」

「はぁ、来てしまったね。私たちは別に坊やのことは待ってないよ?」

「そんな憎まれ口を叩くぐらい寂しかったのでしょう?さあ、始めますよ」

「今の話でどうしてそんな話になるんだい!?」

「無駄だ、姐さん。ルート様に何を言っても、今日も地獄の特訓が始まるだけだ・・・」

「今日こそ死ぬかもしれない・・・」


目を丸くするマルティナと戦々恐々とするズラールとボヤードを余所に、俺は冒険者ギルドの建物の上へと続く階段として魔法障壁を出す。広場らしい広場がないノクトゥアの街では、しっかりとした戦闘訓練をするのが難しい。そこで、俺は何もない空中に目を付けた。空中に魔法障壁で足場を作って、戦闘訓練をすることにしたのだ。


本当はノクトゥアの街から出て、思いっきり動ける環境で訓練をした方が良いのだが、俺は敢えてノクトゥアの街で訓練することにしている。それはマルティナたちが犯した罪への罰をしっかりと受けていることと、これから冒険者として働くということを、目に見える形で街の住人に周知するためだ。


空中でマルティナたちの戦闘訓練を行っている様子に、被害に遭った商会の者はあまり良い顔をしていなかったが、最近では俺の苛烈な訓練の様子を見て、同情めいた表情をしていうことが多いと聞く。それに最近では、空中で繰り広げられる戦闘訓練という今までに見たことも聞いたこともない様子を一目見ようと、観客が集まることもあり、彼女たちに「頑張れ!」という声援が掛かることもある。


冒険者ギルドの建物を越えたところで、テニスコート二面分ぐらいの広さの足場を魔法障壁作り出して、下に落ちないように周りにも壁を作る。足元が透明に近いので、下を見ればはっきりと自分の居る高さが分かることに、初めの頃はビクビクと怯えていた様子のマルティナたちだったが、今ではすっかりと慣れたもので、渋々といった感じの顔をしながら、自分たちの得物を手に取った。


俺は二体の木で作ったゴーレムを作り出して木剣を握らせ、三人にけしかける。強さはマルティナたちが本気を出せば、勝てるか勝てないかぐらいで、特にマルティナの魔法が鍵となる強さとしている。


「ほら、マルティナ。補助魔法が疎かになってますよ。前衛が崩れたら痛い目を見るのは自分なのですよ?」

「分かってるよもう!坊やがくれた杖が悪いんじゃないのかい?」

「はいはい、道具のせいにしない。杖はあくまでも補助。依存してはなりませんよ?」

「あぁ、もう!分かってるよ!!」


口悪く言っているがマルティナは必至で火属性の補助魔法をズラールとボヤードに二人に掛ける。とても真面目な性格だ。マルティナは打てば響く逸材で、見た目通りの年齢だったら、エルグステアに連れて帰って、学園で学ばせた方が良かったと思えるほどだ。


だが、残念なことに、マルティナはすでに二十代後半だということなので、それはさすがに断念した。でも、磨けば光る原石には違いないので、とても鍛え甲斐がある。それに、マルティナだけじゃなくて、ズラールとボヤードも何だかんだ言いながら必死に食い下がろうと頑張ってくれるので、余計に鍛えたくなる。だから、訓練を緩める気は毛頭ない。


マルティナの補助魔法の制御が上手くいき始めたのか、一方的な防戦から徐々に攻戦へと状況が変わり始めた。どちらかと言えば、攻撃魔法を得意としているマルティナが、ニッと不敵な笑みを浮かべる。その様子に俺もニッと笑みを浮かべて、容赦なく三体目のゴーレムを投入する。


「坊やに慈悲の心はないのかい!?」

「はっはっは。何を今更なことを。俺に慈悲がなかったら、今ここにマルティナたちは居ないでしょう?」

「くぅ~。ああ言えばこう言う坊やだよ本当に!」

「さあ、本気でやらないとひどいことになりますよ?」

「だぁ~、お願いだから姐さん。坊っちゃんを挑発しないでください!」

「姐さん、補助魔法、補助魔法が切れてる!」


そんな感じに賑やかな戦闘訓練が続く。一時はゴーレムの木剣でボコボコに殴られていたズラールとボヤードの二人だったが、それでも時間が経つにつれ、マルティナたちは三体のゴーレムを相手に均衡を保てるようになってくると、ついに戦況を維持出来るところまでやってきた。


「はぁ、はぁ、どうだい坊や?」

「えぇ、素晴らしいです三人とも。特にマルティナ、そうやって確実に腕を上げてくれるから俺も鍛え甲斐があります」


疲れた様子のマルティナだが、自信ありげな顔付きで俺のこと見る。俺は状況に満足しながらマルティナのことを褒めてあげるが、マルティナは嬉しくなかったのか深々とため息を吐いた。


「・・・はぁ、今更だけど、坊やは私のことを気安く呼ぶね」

「貴女たちの犯した罪をお金で解決した俺は、貴女たちの借金を肩代わりしているようなものですからね。借金を俺に返すまでは、俺はマルティナたちのあるじのようなものです。ちゃんと借金を返済してくれたら、さん付けで呼んであげますよ?」

「はん、坊やはエルグステアのお貴族様何だろう?お貴族様にさん付けして呼ばれる何て真っ平御免だね」

「おや?マルティナも元々は貴族なのでしょう?貴族を毛嫌いするのは、自分を否定することになりませんか?」

「どうして坊やがそのことを知ってるんだい!?」


マルティナは襲い掛かるゴーレムをそっちのけで、目を丸くしながら叫び声を上げる。ノクトゥア湖にマルティナの声がこだました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ