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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第百二十五話 船旅 前編

「おはようございますロンドさん」

「あぁ、おはようルート、良い朝だな。・・・じゃねぇ!これは一体、どういうことか説明しろ!」


折角、朝の挨拶をしたというのにつれない態度のロンド。ロンドは俺の頭を鷲掴みしたまま、ぐりんぐりんと頭を回す。俺の立場上、ここまで気安く接してくれる人は非常に少ない。冒険者のノースかこのロンドぐらいのものである。


二人とも俺よりもちょっと歳の離れた年上で、兄貴肌なところがある。どちらかと言えば、周りに年上の女性が多い俺にとって貴重な存在であり、個人的にもとても気に入っている。でも、目が回るので頭を回すのはやめて欲しい。


「説明をしろと言われても、馬車に乗せられた時に何も聞いてないのですか?」

「いきなりパン工房に現れたフリードさんから、休暇と言われて連れ出され、馬車に無理矢理乗せられた時に、今から旅行だと言われたぞ!」

「何だ。ちゃんと聞いているではないですか。そのままの通りです」

「はぁ?そのまま通りって、訳が分からん。ちゃんと俺に分かるように説明しろ!」


やっとロンドが頭から手を離してくれたので、俺はロンドに質問をしながら後ろに振り返る。ロンドは腕組みをしながら、くっきりと眉間にしわを寄せた顔を俺に近付けて凄んでくる。


「ほらだって、ロンドさんってパン工房に働き詰めで全然、お休みがなかったでしょう?」

「あぁ、誰かさんのお陰で、くそ忙しい毎日だったからな」


ロンドがお前のせいだろう?と言わんばかりに、ジトッとした目で俺のことを見てくる。切っ掛けを作ったのは、確かに俺だ。だが、パン工房を起ち上げて、ふわふわパンを広めることを選択したのはロンド自身であって、俺に全ての非がある訳ではない。だから、今回のことは切っ掛けを作った分の責任を取るための提案である。


「でも、最近、孤児院の子供たちが戦力に加わったことで、ようやく余裕が出来ました。そして、ロンドさんはそれを機に結婚しましたよね?今までのロンドさんの働きに対する労い、仕事のせいで相手の方を待たせてしまっていたということへの償い、という意味を込めて、ロンドさんには長期休暇と新婚旅行をプレゼントすることにしました」

「そういうことか。だから、俺の家に寄ってコーリンも馬車に乗せられたという訳か」


俺の説明を聞いたロンドは、額に手を当てながら大きくため息を吐くと「お前のやることは一々、大業過ぎる」と疲れたように首を左右に振る。ちなみにコーリンというのがロンドの嫁の名前である。聞いた話によれば、ロンドとは幼馴染みなのだそうだ。


「納得してもらえましたでしょうか?」

「俺とコーリンが馬車に乗せられて、バーサウスに連れてこられた理由は理解した。が、納得はしてねぇ」


ロンドはフンと鼻を鳴らしながら、そっぽを向いてしまう。新婚旅行のプレゼントは、お気に召さないようだ。というよりも、旅行に行くということに、あまり現実味がないのかもしれない。俺はロンドが旅行に嫌でも行きたくなるように説得することにする。


・・・それに、俺のためにもここでロンドを帰す訳にはいかないしな。


「愛する人と一緒に旅行へ行くのが、そんなにも嫌ですか?」

「むぐ、それは・・・、嫌ってことはないが」

「折角、ロクアートへ行ける手立てがあるのです。こういう機会でもなければ、他国へ行くような機会はないでしょう?それをコーリンさんと一緒に過ごすのは楽しくないですか?」

「・・・楽しいだろうな、それは」

「ずっと、働いていたせいで、コーリンさんを待たせてしまっていたのですよね?そのコーリンさんに何か特別なことをプレゼントしたいと思いませんか?」


唸るような声を出して返事をしていたロンドは、俺の度重なる質問に苦虫を潰したかのような顔付きになっていく。でも、俺はロンドがどれだけ顔を歪めようとも、語りかけるのをやめるつもりは微塵もない。


「ぐっ、ルート。さっきから卑怯だぞ」

「ロンドさんはお嫁さんを大切に思っていないのですか?」

「・・・あぁ、もう、くそ!分かった分かった。これ以上は勘弁してくれ!・・・普通、俺のような平民が他国に行く機会なんざ、一生掛かってもないことなんだよ。それなのに、いきなり国外へ旅行だと聞かされて、ちょっと気後れしていただけだ」


俺の嫁押しの説得にロンドがついに折れた。ロンドは頭をガシガシと掻きながら、旅行へ行くことに否定的だった理由を話してくれる。ロンドは見た目がヤンキーで、その見た目通りに不遜な態度は取っているけど、どこか気が小さい。否定的だった理由が実にロンドらしくて、俺は思わず小さく笑う。ロンドはそんな俺を見て、不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。


「まあ、連れて行ってくれるというなら連れて行ってもらってやる。だがな、ルート。建前は理解した。が、お前はまだ本当のことを話してないな?一体何を企んでやがる?」


ロンドは人差し指で俺をビシッと指しながら、隠している事は全て話せと要求してくる。実に失礼な物言いだが、間違っていない。長くはないが短くもない付き合いの中で、どうやらロンドは俺という人となりを分かってくれているようだ。俺は正解と言わんばかりにニヤッと笑みを作りながら、ロンドの質問に答える。


「これから三ヶ月はエルグステアを離れてしまうでしょう?その間、ロンドさんのふわふわパンが一切食べられないなんて、俺は耐えられません。ロンドさんのふわふわパンは最高ですからね。だから、一緒にロクアートへ行くついでに、たまにで構いませんので、パンを焼きに来てください。ロンドさんのふわふわパンは俺の大好物の一つですから」

「・・・はぁ、ったく、それが本音か。全くお前らしいというかなんというか・・・。まあ、仕方ねぇなぁ」


ロンドは目を見張ってから深々とため息を吐くと、唇の端を上げながら俺の頭をわしゃわしゃと強めに撫でる。それが、ロンドの照れ隠しであることは、俺の頭を撫でる力の入れ具合で分かる。ちなみに少し離れたところで見守っていたソフィアが、アーシアに向かって「ほらね」と言って肩を竦めている様子が目の端に映る。


・・・昨日私が言った通りでしょう?とでも言ってそうだなぁ。


「ふふふ、本当にロンドはルート様と仲良しなのね」

「コーリン、これが本当に仲が良いように見えるのか?」

「えぇ、十分に」


ふんわりとウェーブが掛かったクリーム色の長髪を揺らしながら、女性が俺たち二人に近付いてくる。片眉を上げて見せるロンドの様子に、クスクスと楽しげに笑う彼女がコーリンのようだ。話に聞いていた通り、優しそうな雰囲気が漂っている。俺はロンドの手をペイっと払い除けてから、コーリンに初対面の挨拶をする。


「初めましてコーリンさん。すでにご存知のようですが改めて、俺がルートです。俺のせいで、ロンドさんとの結婚が遅くなってしまって本当に申し訳ありません」

「ご丁寧ありがとうございますルート様。でも、そのことはルート様のせいでないので、気にしないでください。ロンドが優柔不断なのは、昔っからの悪い性格なのです」

「そうなのですか?では、そういうことにさせて頂きますね。あ、それと、公式の場では不味いのですが、こういう時は、ロンドさんと同じく様付けでなくて問題ありません。むしろ、その方が喜びます」

「ふふふ、分かりました。でしたら、ルート君、とお呼びしても大丈夫ですか?」

「えぇ、もちろんです」


・・・真面目な人とも聞いていたけど、結構、話の分かる人だな。さすが、ロンドさんが選んだ人だけのことはある。


俺とコーリンの初対面の挨拶が終わるのを見計らって、ロンドがコーリンの側に近付く。コーリンはロンドが隣に立つと自然な仕草でロンドの腕に抱き付いて寄り添った。顔が近付いて見つめ合う二人の姿は、目を覆いたくなるほどのアツアツぶりである。


「さて、ロンドさん」

「あん?何だルート?」


ロンドはコーリンから視線を外すと、邪魔をするなとも、警戒しているとも取れるような視線を俺に向けてくる。俺はそんなロンドに、二本指を立てて見せた。


「旅行とは言いましたが、三ヶ月間もの間、ずっと遊びっぱなしというのも、中々、大変なことだと思います。だから、パン工房の経営者の一人として、ちょっとした指令を出しておきたいと思います。一つはさっき言った通り、時折、俺のためにふわふわパンを焼きに来てください。基本的に俺は領主のお屋敷に滞在しますので」

「おう、それぐらいのことなら朝飯前だ。任せておけ」


ロンドはドンと胸を叩いてふわふわパンを焼くことを請け負ってくれる。偉い人を前にすると緊張するロンドは、ロクアートの領主を眼前にする可能性があることに全く気が付いてない。でも、ロンドは快く引き受けてくれたし、俺はそういう可能性があるというヒントはあげたので、これ以上は何も言わないことにする。俺はロンドの返事にコクりと頷いてから二つ目の指令を話す。


「もう一つは、折角の他国、しかも商業国家と呼ばれるロクアートに行きます。きっと今までに見たことがないパンや食材があると思うのです。だから、何か新しいパンを考えてみてください」

「それはあれか?クートやクアンに作らせていた、ソウザイパンとやらのことか?」

「そうですね。それでも良いですし、パンそのものの焼き方、作り方を工夫して、新たなパンを産み出してくれても構いません。その辺りは、コーリンさんと仲良く考えてみてください。コーリンさんが料理上手だと言うことは知ってますので」

「どうしてそんなことをルートが知っている!?って、クアンたちから聞いたな?」

「はい、パン工房では随分と嫁自慢をしているようですね」

「あら、そうなの?どんなことを話しているのか今度聞かせてねロンド」

「そんなもん小っ恥ずかしくて言えるか!」


ムスッとした態度になるロンドを見て、俺とコーリンは顔を見合わせてから小さく笑う。ロンドは「新しいパンを考えみる」と口をへの字にしながら、請け負ってくれた。


このあと、お願いと称して、新婚旅行の間に跡取りを作るように言ってロンドが怒ったり、結婚祝いと旅の資金としてパンパンなるまで銀貨を入れた皮袋を渡してロンドが驚いたりと、ロンドがギャーギャーと騒いでから、アーシアの案内の下、ロクアートへ向かうための貨物船が停泊している場所へと向かう。



・・・うわぁ、今からこれに乗るのか。すごい。


港ということだけあって、大小さまざまな大きさの木で出来た船が停泊していた。その中でも、一際大きな帆船がユーニルクス商会が所有する貨物船らしい。帆を張るために空高くそびえ立つ木柱が三つもあり、実物を見たことはないが、漫画や映画で見るような軍艦みたいな大きさだと、俺は思わず感嘆の息を吐く。


「お嬢、思ったよりも早かったんですね」

「えぇ、ルートちゃんの魔法のお陰で予定よりも。それで、出航の準備はどうですか?」

「すぐにでも。いつでも出発できやすぜお嬢」

「さすがゴードフですね。仕事が早くて助かります」


俺がほへぇと感動しながら船を見上げていると、アーシアが誰かと話し始める声が聞こえてくる。見上げていた視線を落とすと、アーシアはこげ茶色の髪をした随分と恰幅の良い男性と話し込んでいる姿があった。男性のことをよく見るとたっぷりとした髭を蓄えていることが分かる。俺の視線に気が付いたアーシアは、俺のことを手招きして呼んだ。


「ルートちゃん。この者は貨物船の船長をしているゴードフよ。長年、ユーニルクス商会で働いてくれているの」

「噂はお嬢からかねがね聞かせてもらっているぜ坊っちゃん。俺はゴードフだ。宜しく頼むぜ!」


ゴードフはニカッと笑みを浮かべながら握手を求めるようにして手を前に差し出してくる。ごつごつとした大きな手だ。自分の手と見比べてからゴードフの手を取ると「坊っちゃんはちっちぇえなぁ」とオブラートに何一つ包むことなく、人が気にしていることをズバッと言い放つ。


・・・海の男だけに豪快な人?見た感じ海賊の船長と言われた方が納得出来るかも。


俺がそんなことを考えていると、ゴードフは「何にせよ、宜しく頼むな坊っちゃん!」と言いながら、俺の背中をバンバンと叩く。絵に描いたような体育会系のノリに、俺はちょっとたじたじだ。


・・・騎士コースの先生でも、ここまでのノリは無かったなぁ。


久しぶりの体育会系のノリに俺が若干、ついていけてないことを察したアーシアが、苦笑しながら「ルートちゃんたちは先に乗っていてね」と言って、桟橋から帆船の甲板に上がるために架けられた木製の橋を指さした。俺はアーシアの助け舟に乗って、これ幸いにと甲板へそそくさと上がった。


甲板に上がると、船体で隠れていた海が眼前に広がる。俺は思わず海側に駆け出して船の縁から身を乗り出すようにして、景色を眺める。さっき地上から眺めはしたが、少し高い位置から眺める海は、さっきまで眺めていた風景とは、また別の風景を見ているような感覚になる。それだけで、俺の気分が高揚していくのが分かった。


俺は大きく深呼吸をして潮の香りを堪能してから、船の縁を下りる。後ろの振り返ると俺のことを微笑ましそうに見ているソフィアの姿はあったが、アーシアの姿が見当たらない。甲板をキョロキョロと見渡すが、ロンド夫婦や忙しそうにしている船員の姿は見えるが、やはりアーシアの姿がない。


「あれ?アーシアはどこへ行ったのでしょうか?」

「え?さあ?さっきまでそこに居たと思うけど・・・」


ソフィアがどこからどう見えても演技だと分かる仕草で、辺りをキョロキョロと見渡した。指摘する気すら起きないほどの大根役者ぶりである。でも、隠し事をされているのは面白くない。俺は腕組みをしてソフィアを真正面に捉えながら問い質す。


「それで、一体何を隠しているのですか?」

「うっ、どうしてわかったの?」

「むしろこちらが聞きたいです。どうしてそれで隠せると思ったのかを。ソフィア姉様に演技は向いてませんよ」


ソフィアの話によると、アーシアは今、俺のために市場へ魚を買いに行ってくれているそうだ。俺にその話をすると、出航そっちのけで市場に入り浸ってしまうかもしれないこと、市場の魚を買い漁って市場を混乱させるかもしれないことを考慮して、俺に魚を買いに行くのを黙って行くことにしたらしい。


・・・むぅ、いつの間にそんな話を二人はしたんだろうか。でも、絶対にしないとは言えないので、二人の判断は間違いじゃないところがツライ。


ソフィアから聞いた話に俺は項垂れるしかなかった。しばらくするとアーシアがゴードフを引き連れて戻ってきた。ゴードフは大き目の木箱を抱えており、中には魚が一杯詰まっているとのことだ。ゴードフが目利きをして、魚を厳選してくれたらしいので、今からとても楽しみである。


乗船する者が全員揃ったことで出航することになる。ゴードフが大きな声を出して「錨を上げて、帆を張れ!!」と命令を出す。船員たちの「ハッ!!」という歯切れのいい返事と共に、慌ただしく甲板を船員が行き来する。


俺たちは邪魔にならない隅っこでその光景を眺めていると、畳んであった帆がバサリと音を立てながら次々と広がっていく。その壮大な光景は目を奪われるものがあった。海に着いてからというもの、俺は感動しっ放しである。俺は親善大使の話を受けて本当に良かったと、改めてそう思った。


錨が上がり、全ての帆が張り終わると風を受け始めたのか、ギシリという鈍い音を立てながら貨物船が動き出す。これから約一週間は船の旅を満喫することになる。


・・・はずだったのに。


「うぅ、気持ち悪いようルゥ」


船に乗って一時間もしない内に、ソフィアが気持ち悪いと言い出した。冒険者をしているソフィアは、あちらこちらへと出かけているが、それはあくまで陸の上だけ。意外にもソフィアも船に乗るのは初めてのようで、グラグラと波で揺れる船に早くも船酔いでダウンした。ソフィアの意外な弱点が判明である。


初めの内は、浄化魔法で体調を治してあげてみたものの、すぐに船酔いを再発してしまうので、魔法の効果が薄い。「こればかりは慣れるしかねぇなぁ」というゴードフの忠告を受けて、今はソフィアが寝泊まりする船室のベッドにソフィアを寝かせている。


死にそうな声を出してベッドに横たわるソフィアの手を握りながら、俺は「頑張ってください。今、アーシアが船酔いに効く薬草を持ってきてくれるそうなので」とソフィアのことを励ます。


・・・ここまで、甘えた感じになるソフィア姉様も珍しい。本当にかなり調子が悪いようだ。


「ルゥ、ルゥ」と何度も俺の名前を呼ぶソフィアに、俺はソフィアの手を左手で握り締めつつ、右手を伸ばして頭を撫でる。一思いに浄化魔法の領域を作ってしまえば早いかもしれないが、それではソフィアが船酔いを克服することが出来ない。当たり前だが帰りも船旅である。帰りも一週間掛けて船で帰ることになることを考えたら、今の内に克服しておいた方が良い。


・・・ロクアートの首都ノクトゥアでの移動手段が、基本的にゴンドラという話らしいしな。


しばらくすると部屋のドアを誰かがノックすると「薬を持ってきたわルートちゃん」とアーシアの声が聞こえてくる。俺はソフィアに「ちょっと待っていてくださいね」と一声掛けてから部屋の外へと出た。アーシアを部屋の中に招き入れないのは、弱ったソフィアの姿をあまり人に見せたくないという俺の判断だ。


俺が部屋の外に出るとアーシアが手にしていた小瓶を「はい、ルートちゃん」と言って差し出してくれる。アーシアは船酔いに効くという薬草をすぐに飲めるように煎じた状態にして持ってきてくれたようだ。小瓶の中には、紫色の液体が入っている。


アーシアは薬を俺に手渡すと薬の飲み方を教えてくれる。薬は一度に全て飲み干した方が効果が高いようだが、飲みづらいため時間を置かずに複数回に分けて服用するようである。俺は、すぐにでも飲めるようにしてくれたアーシアの気遣いにお礼を言ってから、部屋の中へとすぐに戻る。


「ほら、ソフィア姉様。薬です。アーシアがすぐに飲めるようにして持ってきてくれましたよ」

「うぅ、気持ちが悪くて動けない。ルゥが飲ませて・・・」


本当にここぞとばかりに甘えてくるソフィアに俺は小さくため息を吐いてから、ソフィアのベッドによじ登る。ソフィアを背中に手を回して、ソフィアの身体を少し起こしてから、その隙間に俺の身体を滑り込ませるようにして入れた。


俺が背もたれになる形でソフィアの上半身が支えてから「ソフィア姉様、口を開けてください」と声を掛ける。ソフィアは青い顔をしながらも満足そうな笑みを浮かべてから、口を大きくあーんと開けた。俺はその光景にニヤリとした笑みを浮かべながら、アーシアからもらった薬をソフィアの口の中に少し垂らす。


「ん、ん!?んんんんんん!?」


小瓶からドロリとした薬がソフィアの口の中に入った瞬間、ソフィアが目を大きく見開いた。素早い動きで手で口元を押さえると、悶えながら唸り声を上げて足をバタバタとさせ始める。ソフィアは俺のことを背もたりにしたまま、しばらく間のたうち回ると急に電池が切れた玩具のようにパタリと動かなくなる。俺は身体をずらしてソフィアの顔を見に行くと、目にいっぱいの涙を浮かべたソフィアの顔がそこにはあった。


「何これルゥ!びっくりするほど苦い!こんな苦いのは初めてって言うぐらい苦い!」

「えぇ、知ってます。さっき、毒見してみましたから」


アーシアがソフィアに危害を加えるようなことをするとは全く思っていないが、何かの間違いが起こってしまってはいけない。だから、俺は先にアーシアからもらった薬を毒見として少し舐めていた。毒はないようだが、今までに感じたことがないぐらいの苦さとえぐみが口の中を襲うという恐ろしい薬であった。


・・・ゴーヤをベースして、灰汁が強い野菜をミキサーにかけて飲んだらこんな味だろうか。


多分、その苦味とえぐみが船酔いに効く成分なのではないかと思われるが、むしろ、その酷過ぎる味で船酔いをしていることを忘れさせる、一種のショック療法じゃないか?と個人的に思うほどに酷い味だ。


・・・複数回に分けて飲ませるっていうのも、そういうことなんじゃないだろうか。


「さあ、ソフィア姉様。まだまだ、薬は残ってますから、ほら、口を開けてください」

「ふぇ?あ、ちょ、ちょっと待ってルゥ。・・・ほら、船酔いはもう平気、平気だから・・・」


俺がさらに薬を飲ませようとすると、ソフィアが手足をパタパタとさせながら抵抗してくる。もう船酔いは治ったというが、ソフィアの顔はまだまだ青い。分かりやすい嘘を付いてまでのソフィアの抵抗に、俺は眉間にしわを作りながら、ソフィアに首を横に振って見せた。


「ソフィア姉様。俺に嘘を付いても意味がないことは知っているでしょう?それに何のために俺がソフィア姉様の背後を取っていると思っているのですか?」

「えっと・・・、私を優しく看護してくれる、ため?」

「違います。ソフィア姉様が薬から逃げられないようにするためです。口を開けないなら無理やりにでも口をこじ開けますよ?」

「そんな、ルゥひどい!」

「全くひどくありません。むしろ、ソフィア姉様のことを思ってのことです。そんな青い顔をしてどれだけ俺が心配していると思っているんです?そんなにも弟に心配をさせたいのですか?」


俺が捲くし立てるようにそう言うとソフィアが「うっ」と言って胸元を押さえる。それから観念したように身体の力を抜いて上半身を俺の身体に預けた。俺は「ソフィア姉様は良い子ですね」と言いながら頭を撫でる。


甘えたことを言うソフィアのことを子供扱いしてから、俺はソフィアの口に薬を流し込みやすい体勢を取って、再度、薬を口の中に流し込む。


船酔いの薬を全て飲み切るのに、四回に分けてソフィアに飲ませることになった。薬を飲ませる度にソフィアがのたうち回るので、全部飲ませるのに結構な時間が掛かってしまった。だが、それだけの甲斐はあった。「口の中がずっと苦い」と涙目で俺のことを睨むソフィアの顔色は、気持ちが悪いと言っていた時と比べて格段に良くなったのだ。


「うぅ、ルゥにいじめられた」

「いじめてません。とりあえず、顔色が良くなって良かったですソフィア姉様。ちなみにまた気分が悪くなったら言ってくださいね?既に魔法で薬草を復元してますから。いくらでもソフィア姉様のために薬を作ってあげますから」

「・・・苦くないのでお願いします」


ソフィアはハシッと俺の服の袖を掴むと、心底嫌そうな顔でそう言った。俺は思わず苦笑する。余程、堪えたようである。さすがにちょっと可哀想になってきたので、どうにかしてあげようと思う。でも、勝手に薬の改良をして良いものかどうか、俺には判断がつかないので、後でアーシアに尋ねてみることにする。


ソフィアには「考えておきます」と答えておいて、頭を優しくポンポンとしていると、暴れ疲れたのかソフィアがすぅと寝入った。その姿に俺はホッと息を吐くと、安心したことでお腹がぐぅと音を立てる。ずっと、ソフィアに付きっきりだったので、俺はお昼ご飯を食べ損ねていた。


俺はお腹空いたなと思いながらお腹を撫でていると、ドアをノックする音とアーシアの声が聞こえてくる。ソフィアを起こさないように、そっと部屋の外に出るとアーシアが「ルートちゃん、夕食の準備が出来たから呼びに来たの。お腹空いたでしょう?」とニコリと微笑む。


・・・いつの間にか、夕方になっていたか。通りでお腹すごく空いてる訳だ。


アーシアの呼びに来るタイミングの良さに少し驚きつつ、俺は「お腹空きました」とアーシアに返事する。アーシアは嬉しそうに頷くと「それじゃあ、食堂に行きましょう」と言って、俺を食堂に案内してくれる。


夕食は朝、アーシアとゴードフが買い付けてくれた魚を使った魚料理だ。トマトのような野菜であるカチュをたっぷり使って、魚丸ごと一匹を煮込んだ料理で、見た目の感じは洋風料理だ。和食を追い求めていた部分があるので、ちょっと違う、と一瞬目を張ってしまったが、それでも待ちに待った念願のお魚である。


アーシアが丁寧な手付きで魚料理を取り分けてくれると、「どうぞ」と言いながらコトリと俺の目の前にお皿を置いてくれる。ふわっと湯気が立ち上り、カチュの香りが鼻を抜ける。俺はフォークで一口サイズに魚を切り分けて、ドキドキしながら口へと運んだ。


たんぱくな白身にカチュの甘酸っぱさと絶妙な塩加減が口の中に広がって、俺はすぐさま「美味しい!」と声を上げた。


「ふふ、そこまで嬉しそうに食べてくれると作った甲斐があるわぁ」

「むぐ、むぐ、んー。シンプルな味付けですが本当に美味しいです。・・・ところで、その言い方だと、丸でアーシアが料理したような言い方ですね」

「丸で、ではなく、私が料理したものよ?」

「・・・ん?え?アーシアって料理出来たのですか?」


俺は次を口に運ぼうとしていたフォークを置いて、目を丸くしながらアーシアに尋ねる。アーシアはクスクスと笑ってから、首をコテリと傾げてから悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「あら、私だって料理ぐらい出来るわぁ。ルートちゃんは私のことをどう思ってたのかしら?」

「ソフィア姉様と同じく、自分の興味があることに一辺倒、だからこういうことは二の次三の次、みたいな感じでしょうか」

「へぇ~、ルートちゃんはそんな風に思っていたのねぇ。ふふ、強ち間違ってないけれど、商人である以上、興味の対象はルートちゃんが思っているよりも幅広いのよ」


・・・どうやら俺はアーシアの商人としての実力を見誤っていたようだ。


「なるほど、料理をするのは、食材の善し悪しを判断する目を養うため、というところでしょうか?さすがアーシア。根っからの商人ですね。その意識の高さは、俺も見習わないといけないところです」


俺は素直な気持ちでアーシアを褒める。だが、アーシアは今までに見たこともないような複雑な笑みを浮かべると、なぜか小さくため息を吐く。近くのテーブルに座って食事をしていたゴードフが「こりゃぁ、大変そうですなお嬢」と言って、カラカラと笑った。どうして、そんな反応をされるのか分からない俺は、首を傾げるしかなかった。


「ところでアーシア、この魚はまだ残ってますか?」

「まだあるけど、どうしたの?」

「俺も魚を料理してみたいなっと思いまして」


・・・たんぱくな白身なので、単純に塩焼きをして柑橘系のレコットをキュッと搾って食べたい。さっぱりしてるから、船酔い明けのソフィア姉様でも食べれると思うし。


「それは良いけれど、ルートちゃんは魚料理を作ったことはないのよね?」

「フフフ、愚問ですねアーシア。やったことがないからは、やらない理由にはなりませんよ?ただ、食材を駄目にしてしまう可能性が高いことは、予め謝っておきます」

「ふふ、ルートちゃんらしいわぁ。そうやって、ルートちゃんは新しい料理を考え出しているのね」


ついでに、アーシアに魚料理の作り方を教えてもらう約束を取り付けて、船旅の一日目が終わった。

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