第百二十三話 親善大使の話
「さあ、ルート。洗いざらい吐いてもらおうか!」
魔法祭の後にある収穫祭でも忙しくしていたらしいレオンドルから久しぶりの呼び出しを受けた。いつもの小会議室に通されて、椅子に座ったらいきなりこれである。レオンドルはドンッとテーブルを叩いて、椅子からお尻を浮かせると、机の上に身を乗り出すようにしての詰問してきた。
丸で刑事が犯人の取り調べをするかのような扱いを受けた俺は、ムッと思いながらここ最近の出来事を思い返す。が、すぐに首を横に振った。ここ最近で、他人様に迷惑を掛けるようなことをした覚えはない。
期末テストは去年と同様、早々に終わらせたし、今年もクラスメイトを巻き込んでフレンを合格に導いた。何より、フレンを教えることでクラス全体の成績が上がっているので、むしろ、褒められても良いぐらいのはずだ。俺はレオンドルを真っ直ぐ見返しながら反論する。
「レオ義伯父様が何を言っているのか分かりませんが、俺は無罪です!冤罪です!」
「いいや、そんなはずはない。何かある時は、大概そなたが係わっておるではないか!」
「そんな。俺みたいな善良な一般市民が何をすると言うのですか」
「そなたのどの辺りが、一般市民だと言うのだ!」
俺が机を挟んでレオンドルと睨み合っていると、俺の隣に座って傍観していたソフィアがコテリと首を傾げながら、俺に尋ねてくる。
「ちなみにルゥ?レオ義伯父様に何のことを言われてるのか分かってる?」
「いいえ、さっぱり分かりません」
「そなた、分からずに答えておったのか!?」
ソフィアの質問に俺が胸を張って明確に答えるとレオンドルが目を剥いて驚いた声を上げる。でも、俺は一番初めにちゃんと「何を言っているのか分からない」と答えているので、そんなに驚かれても困る。
「はぁ、全く。俺が言っておるのは、ミスリルゴーレムの件だ」
「ミスリルゴーレムですか?もう、一月以上も前の話ではないですか。それに、それを俺に聞くのはお門違いです。その件に関しては本当に何もしていませんよ俺は」
レオンドルが俺を呼び出したのは、学園の森の中にある遺跡、リアル不思議のダンジョンにミスリルゴーレムが現れた件らしい。だが、その事件が起こったのは土の季節二月目の初旬で、今は三月目、しかもすでに一週間が経っている。
「なぜ、それを俺に聞くのですか?あのあと、安全確認のために騎士団を投入したでしょう?」
「あぁ、誰かさんの意向が深く働いていたそうだがな」
レオンドルはそう言いながら、俺のことをジトッとした目で睨んでくる。でも、俺はそこまで睨まれるようなことをした覚えはない。俺はただ、ミスリルゴーレム出現のせいで、遺跡調査演習が中止になりそうだったのを全力で阻止しただけである。
予期せぬ強敵の出現により、フレンたちが危機に陥ったのは事実だ。でも、本来であればあのミスリルゴーレムはもっと深い階層にいるはずである。ミスリルゴーレムと直接闘って、その強さを肌で感じた俺は間違いないと断言出来る。
何をしに浅い階層に来ていたのかは不明だが、少なくとも普通は居ないのだ。それはフレンたちより前に、遺跡に入って、何事もなく戻ってきたアーシアたちが居ることで明らかである。だから、俺は「通常では現れるような相手ではない」ということをエリオットに訴えた。
それに付け加えて、遺跡で魔獣や魔物と実戦する機会を失うべきではないことも訴えた。魔獣討伐演習という魔獣と闘う機会は確かにある。だが、あんな用意された魔獣に対して、しっかりと準備を整えた状態で闘うのと、遺跡の中を徘徊する魔獣や魔物と闘うのでは、得られる経験値が違うと俺は熱弁振るった。
どうするか決めかねていたエリオットだったが、俺の説得で心を動かしてくれた。まずは騎士団が遺跡を調査してミスリルゴーレムが居ないことを確認する運びとなった。結果としては、騎士団は地下十五階辺りまでの全フロアを隅から隅まで、調査したがミスリルゴーレムを確認することは出来なかった。
それにより、遺跡調査演習は続けられることになった。但し、遺跡に潜るのは、地下三階から五階まで、討伐対象はその辺りの階層に出現する魔物とかなり難易度が下がり、かつ、引率の教員と騎士団員が複数名一緒に付いていくという、万全を期す手厚い対応だ。その対応に、やや不満はあったものの遺跡調査演習自体が、中止にならなくて良かったと俺はホッと息を吐いていた。
・・・俺だって、純粋に不思議のダンジョンを楽しみたかったからな。
ちなみに俺の出番は当初、マリクに言われていた通り一番最後である。演習における成績が悪かった者を引き連れての挑戦であった。と言っても、俺が遺跡に入った時は、討伐対象の魔物は設定されていない。なぜなら、俺がラスボスだったからだ。
再挑戦者たちが地下五階フロアに居た魔物や魔獣を掃討し、これからどうしたらいいんだ?といった雰囲気になったところで、俺は「地上に戻りたかったら、俺を倒すことです」と唐突に宣言した。当然、何も聞かされていなかった再挑戦者たちは、いきなりの俺の発言に誰もが目をパチパチとさせて、何を言っているんだこいつ?と言わんばかりの顔になる。
そんな呆気にとられる皆の様子を無視して、俺は空気を読まずに戦闘を開始する。もちろん、手加減をしてでだ。戦闘が始まったことに再挑戦者たちは、仕方ないといった感じ動き始めたが動きがとても重い。多分、余興か何かと判断したんだろう。だが、時間が経つにつれて、皆の表情がだんだんと悪くなる。いつまで経っても終わる気配がなかったからだ。
小一時間ほど経って皆がバテ始めた頃に、ようやく自分たちの考えが間違っていたことを悟り始めたようだった。ずっと、その様子を見守っていた引率の教員や騎士団員が口を挟まなかったことに、ようやく自分たちの間違いに気付いたということである。そこで俺はもう一度宣言する。ニッコリと笑みを浮かべながら「俺を倒さなければ地上には戻れませんよ?」と。
このままだと本気で地上に戻れないと悟った再挑戦者たちに、俺は体力と魔力の回復薬を配った。全回復させてからの仕切り直しである。そして、今度は本気の闘いに興じたのであった。
「おい、聞いておるのかルート?」
「はい、聞いてませんでした」
あれはあれで楽しかったなぁと思い返していると、レオンドルが何か話をしていたようだ。もちろん、人の話を全く聞いてなかった俺は、ありのままを答える。レオンドルはやれやれといった感じに首を横に振ってから「ならば今度はちゃんと聞くように」とジトリした目で俺のことを見る。
「そなたそのミスリルゴーレムを本当は倒したのではないか?」
「だから、居なくなったと?それはありません。実際のところ、本当に倒してませんから」
「本当か?そなたミスリルゴーレムを惹き付ける役を買って出て、随分と戻ってくるのが遅かったと聞いておるぞ?」
「それはまあ、そうですね。ちょっと、想定外のことがありまして・・・」
「ちょっと待ってルゥ。それはどういうこと?」
レオンドルの問い掛けに言葉を濁していると、ソフィアが目の笑っていない素敵な笑顔を俺に向けてくる。俺は即座に「しまった!?」と心の中で叫ぶ。あの時、フレンたちを救出したソフィアたちが地上に戻ったのがお昼過ぎ頃だったのだが、俺が地上に戻った時には夕暮れ時となっていた。
俺が戻ってくるのをずっと待っていたソフィアに当然、時間が掛かった理由をその場で聞かれた。とても恐い顔をしながらだ。俺はそこで、しっかりと皆が逃げる時間を確保するためだったと言い張って、それ以上の明言を避けていた。
だが、たった今、レオンドルのせいで口を滑らせてしまった。本当のことを言ったらソフィアに怒られそうだから、言わないでいたのだが、今は言わないと怒られるのは明らかである。
・・・仕方ない。大人しく話すか。
俺は道具袋に手を伸ばして、あるものを取り出して机の上に置く。乳白色に青色を混ぜたような色をした三、四センチぐらいの小石である。
「ルート。もしや、これがミスリルゴーレムの成れの果てか?」
「いいえ、そうではないです。一応の戦利品ではあるのですが、実際のところさっきも言った通り、俺はミスリルゴーレムを倒せていません」
「それじゃあ、ルゥは一体何をしたの?」
ソフィアが目の笑っていない笑顔で凄んでくる。俺はソフィアにコクりと頷いて見せてから、ミスリルゴーレムと闘った時のことを説明する。
「えっとですね。あのミスリルゴーレムは他人の魔力を吸収して、自分の動力として転換出来るゴーレムだったのです」
「そういえば、ルゥの魔法障壁があっさりと破られていたわね」
「はい。それで、俺が攻撃をした結果、ミスリルゴーレムを強化してしまったのです」
俺は愛剣のエルザを魔法でガチガチに硬めて、ミスリルゴーレムに剣撃を打ち込んだ。斬ることは敵わなかったが、ミスリルゴーレムに傷を付けることには成功した。戦利品として拾ったミスリルの欠片は、その時に出来たものである。多少なりとも身体を傷付け、欠けさせることが出来たことに、これならいける!と思っていた俺はさらに攻撃を加え続けた。だが、想定外のことが起こってしまう。
俺がミスリルゴーレムを攻撃すればするほど、ミスリルゴーレムの動きがだんだんと機敏になり、ミスリルゴーレムの攻撃に鋭さが増していったのだ。そう、ミスリルゴーレムは俺がエルザに施した補助魔法の魔力を、俺が攻撃を打ち込む度に吸収していたという訳だ。そのことに気付いたのは、ミスリルゴーレムに結構な攻撃を加えてからのことだった。
「それで、さすがに強くなったミスリルゴーレムを引き連れて地上に戻る訳にも、そのまま放置する訳にもいきませんでしたので、俺はミスリルゴーレムの魔力を消費させるために、魔力を吸収されないように気を付けながら闘って時間が掛かったという訳です」
ミスリルゴーレムに魔力を与えないように、俺はエルザを鞘に戻して遺跡で拾った武器で闘った。エルザにまたもや浮気者と小言を言われてしまうが仕方がない。俺は大切な剣が折れる可能性を見過ごす訳にはいかなかったのだ。
「なるほど、自業自得と言えば自業自得だが、その判断は悪くない。それにしても、ルートが敵わぬ相手がエヴェンガル以外にも居ようとはな」
「俺が敵わない相手は多いですよ。次に闘う機会がある時は、如何に魔力を奪われずに闘うかが、肝でしょう」
「そんなことはどうでも良いわ。ルゥこっちを向きなさい」
「うぐっ、はい。・・・・・・・・・いひゃいでふ、そふぃあねえしゃま」
嘘は決して吐いていなかったが本当のことを話していなかったことに、久しぶりにソフィアから頬っぺたつねりの刑を受ける。怒りが籠っているのか、結構な力で頬っぺたをつねられて、本気でかなり痛い。でも、これが俺への罰なので、大人しく受け入れるしかなかった。
しばらくの間、ソフィアの制裁を受けた俺は、ようやく放してもらった頬っぺたを優しく擦りながら、レオンドルの方に向き直る。
「うぅ、頬っぺたがヒリヒリする。・・・ほら、俺が敵わない相手は多いでしょう?」
「うむ、確かに」
俺の言葉にククッとレオンドルが笑うと、ソフィアが俺とレオンドルのことを睨む。二人してビクッと身体を震わせていると、ソフィアは「全くもう!」と言って、腕組みをしながらそっぽを向いた。
「ゴホン、まあ、何だ。ルートの話は分かった。そうなると、ミスリルゴーレムは傷を癒すために元の場所に戻ったのやも知れぬな」
「そうですね。その可能性はあると思います。・・・ところでレオ義伯父様。どうして今、一月前の話をするのですか?」
「ん?本当は一月前に話を聞きたかったが、誰かさんのお陰でびっくりするほど忙しかったからな。ようやく最近になって、落ち着いてきたのだ。仕方なかろう?」
レオンドルの顔は、お前のせいだろう?と雄弁に語っている。俺はレオンドルからスイッと視線を逸らしながら「皆さん、勉強熱心ですね」と答えておく。レオンドルは「他人事のように言うのだな」と恨めしそうな唸り声を出す。でも、俺は俺の仕事を果たしている。収穫祭で屋台巡りをするという一大イベントを犠牲にしてまで。
・・・しかも、そのせいで、子供先生の二つ名が国外にも浸透してしまったのは、全くもって遺憾だ。
「うーん、レオ義伯父様は王様なのですから、もっとどっしりと構えていたら良いのではないでしょうか?どれもこれもレオ義伯父様が対応するから、忙しいのではないですか?」
「ふむ。そうしたいのも山々だが、そういう訳にもいかんのだ。ルートはこの国の成り立ちと今の現状を知っておるであろう?」
「魔族領と隣接するエルグステアは、他国からしたら魔族領と隔てるための壁、または対抗するための力。魔族領の情勢が不安定な今、尚更、その役目を求められる、と言ったところでしょうか」
レオンドルの問い掛けに俺がそう答えると、レオンドルが顎を撫でてから満足そうに頷いた。
「うむ。そして、我が国はその役目を果たすために魔法使いとなる素質ある者を集めておるし、他国から色々な支援を受けておるのだ。それなのに、無下に扱う訳にはいかんだろう?」
「なるほど。それは、確かに無下にする訳にはいきませんね」
レオンドルの話を聞いて、俺は思ったよりもエルグステアという国は立場が弱い国なんだなと思っていると、レオンドルが「それでだなルート」と話し掛けてくる。さっきまでのレオンドル様子と違って、どことなく余所余所しい感じがするのは気のせいだろうか。
「何でしょうか?」
「そなたに一つ、頼まれて欲しいことがある」
「頼まれて欲しいこと?王命ではなくですか?」
「あぁ、そうだ。命令してやらせるようなことではないからな」
ニッと笑みを浮かべるレオンドルに、俺は話の続きを促すように頷いて見せる。
「今年の水の季節、親善大使としてロクアートに向かってもらいたい」
「ロクアートと言えば確かアーシアの故郷でしたね。・・・ん?ちょっと待ってください。それってつまり、俺を王都から出すということですか?」
「その通りだ。ロクアートに我が国からの親書を持って行って欲しいのだ」
・・・他国に行けるまたとないチャンス?いや、だったらそれよりも・・・。
「王都から出してもらえるなら、俺はルミールの町に一度、帰りたいんですけど?」
「それはならぬ」
「なぜですか?」
「そなたが故郷に帰ったら、妹弟可愛さにいつ戻ってくるか分からぬではないか」
「なるほど、確かに。可愛がるのに忙しくて時間が経つのを忘れてしまう可能性は否定出来ませんね」
俺が腕を組みながら、うんうんと頷いているとレオンドルが呆れたように肩を竦め、ソフィアは「ルゥらしい」と言ってクスクスと笑う。ルミールの町に戻るのは駄目だ、と言われる気はしていたので、そこまでショックは大きくないが、それでも期待してなかったと言えば嘘になる。
「うーん、それでも折角、王都から出ても良いと言うのなら、家族に会いに行くぐらい許してくれても良いと思うのですけど」
「それはならぬ、諦めろ」
「むぅ・・・」
どうしても駄目だと言うレオンドルに俺が口を尖らせていると、レオンドルがソフィアに目配せをする。ソフィアは、レオンドルに分かったという感じに軽く頷いて見せると、身体の向きを俺の方へと向けてニコリと笑う。
「ルゥ、ロクアートに向かうということは、海を渡ることになるわ」
「分かりましたレオ義伯父様。是非、その役目を俺に任せてください」
ソフィアの一言を聞いて、俺はガタッと音を立てながら立ち上がって、すぐさまその場でレオンドルに跪いて従順を示す。海に行けると聞かされて、断る理由があるだろうか。いやない。
・・・ひゃっほう、海だ海!お魚が俺を待ってるぜ!
「だ、そうですよレオ義伯父様。個人的には不服ですが、ルゥはやる気満々です」
「ソフィアに考えがあるとは聞いていたが、ルートがそこまで海に興味があったとはな」
「海に興味があるのは事実ですが、厳密にはそこに居るお魚に、です!」
あからさまに態度が変わった俺の様子にレオンドルが苦笑しながら首を傾げる。
「お魚?魚なら時折、港町バーサウスから運ばれくることがあろう?」
「それぐらいのことは知ってます。ですが、レオ義伯父様はあれが美味しいと言うのですか?」
「いや、全く思わぬな。あれは、新鮮な内に食べねばならんものだろう?」
王都から東の位置にバーサウスという港町があることは、俺が王都に来てから早い段階で知っていた。そして、レオンドルが言う通り、時折、魚が輸送されてくることもだ。もちろん、そのことを聞いた時には、すぐに俺はその話に飛び付いた。
だが、俺はガックシと肩を落とすことになる。鮮度管理らしい管理が全くされずにやってきた魚は、残念過ぎるほどに不味かったのだ。何で王都に運んできたんだ?と思えるほどの不味さに、俺が冷凍庫の魔術具を作る決意をするのは早かった。
・・・でも、それも保留中なんだよなぁ。
魚の鮮度を落とすことなく氷付けにするために、瞬間的に冷凍する必要がある。そのために冷凍の威力を上げた冷凍庫の魔術具は完成させた。だが、高機能過ぎて魔術具を借り受けるだけでも、かなりの保証料が発生してしまう代物になってしまった上に、そのせいで俺が信用を置いているアイオーン商会が、手を出すにはまだ少し難しい。
・・・今の話からすると、俺が未だに美味しい魚介類を口に出来ていないというのに、レオ義伯父様は新鮮な魚を食べたことがあるらしい。ずるい!俺も食べたい!
「まあ、何にせよ。ルートがその気になってくれたようで何よりだ」
「えぇ、お任せてください。その役目、見事に果たしてみせましょう。と、言いたいところなのですが、一つだけ確認を。なぜ俺が親善大使に選ばれたのでしょうか?普通はもっと偉い人が担う役目じゃないのですか?俺みたいな子供が親善大使では、相手の国に失礼でしょう?」
「ふむ、そのまま浮かれていてくれるほど甘くはないか。説明する手間が省けたと思ったのだが残念だ」
レオンドルは口を端を歪めながらそう言った。俺が聞かなかったそのまま話を進める気だったらしい。ひどい話である。ソフィアもすでに事情は知っているようで、さっき今回の件は不服と言っていた。親善大使の話は、行くのを躊躇するような理由があるということなのだろうか。
「では、今度はこちらが聞かせてもらいましょうか」
「うむ、その前に喉が渇いた。お茶を飲みながら話すことにしよう」
レオンドルに話を聞かせてもらう気満々だった俺は、レオンドルの一言に肩透かしを食らう。思わず前のめりにずっこけるようにして、俺は顔をテーブルに突っ伏す。むぅ、と思いながら顔を上げると、レオンドルがしてやったりといった感じの悪い顔をしている。さっきのミスリルゴーレムの時の意趣返しだろうか。
俺の抗議の視線を無視して、レオンドルはテーブルに置かれてあった小さなベルを鳴らす。すると、間髪入れずに誰かが小会議室のドアをノックする。レオンドルが入室の許可を出すと、ワゴンを押したシェリアが小会議室に入ってきた。
いつ呼ばれても良いように、大人しくずっとドアの前で待っていたのを俺は知っているので、騎士なのに相変わらずメイドの鑑のような人だと、俺は心の中でシェリアのことを褒める。以前、直接言ったら、なぜか動揺してお茶をこぼさせてしまったことがあるので口には出さないようにしている。
・・・シェリアの入れてくれるお茶は美味しいしな。それを邪魔する訳にはいかない。
テキパキと仕事をこなすシェリアは人数分のお茶を入れ終えると、邪魔にならないように部屋の隅で控えて立つ。レオンドルがカップを手に取ってコクりとお茶を飲み始めたので、俺もカップに手を伸ばす。
「ルート。そなた精通しているか?」
「ぶふぅぅぅぅぅ」
「ぬわ!?汚い!」
レオンドルから思いもよらない言葉を投げ掛けられて、俺は美味しいお茶を盛大に吹いた。俺の口から霧吹きのようにして飛び出たお茶は正面に座るレオンドルに襲い掛かる。レオンドルは中々の俊敏な動きで、椅子を後ろに倒しながら飛び退いた。
「ゴホッ、ゲホッ、ゴフォ」
「大丈夫ルゥ!?」
「大丈夫ですかルート様!」
お茶が気管に入って俺が激しく咳き込んでいると、ソフィアが優しく背中を擦ってくれる。控えていたシェリアも駆け寄ってきてくれると、その場にしゃがみ込んで俺を見上げるようにして心配してくれる。二人の女性が俺のことで付きっきりになったことを不満に思ったのか、レオンドルが口を尖らせているが無視だ。今の俺はそれどころじゃない。
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ・・・はぁ。ありがとうございますソフィア姉様。シェリアも心配してくれてありがとう。もう大丈夫です」
「ふむ、ルートも動揺することがあるのだな」
「何の脈絡もなく、いきなり変な質問をされたら誰でもこうなると思うのですけど?」
俺はジトッとした目でレオンドルのことを見遣るが、レオンドルは悪びれる様子もなく平然とした顔で「重要なことなのだから仕方あるまい」と言ってから、新しいお茶を入れるようにシェリアに指示を出す。俺が精通しているかどうかという話の一体何が重要だと言うのだろうか。全く意味が分からない。
・・・そう言えば、ソフィア姉様は俺の心配はしてくれたけど、変な質問をしないでレオ義伯父様!とは言わなかったな。となるとソフィア姉様も知っていたということか?・・・うーん?余計に訳が分からない。
考えても頭が痛くなるだけで答えなど出ない、と俺は考えることに見切りをつけて、レオンドルに厳しめの口調で問い掛ける。
「それではお聞かせ願えますか?俺が精通しているかどうかという話と、今回の親善大使の話に一体どんな因果関係があるのかを」
「うむ、仕方あるまいな」
一体何が仕方あるまいなんだ、と心の中で悪態をつきながら、俺はレオンドルの説明を聞く。レオンドルが話してくれたのは、エルグステアを支援する各国が所有する権利、婚約者候補の選定権の話である。
魔族領に対抗するために魔法という力を集約しているエルグステアではあるが、一つの国に力が集まり過ぎるのは、周辺諸国と軋轢を生んでしまう。そこで、力の均衡を保つためという名目で、エルグステアの支援国には婚約者候補を選定する権利が与えられているそうだ。
但し、婚約者候補として指名された者は必ずそれを受けなければならないというものではないらしい。あくまでも当人が、婚約者候補となることを了承することが大前提なのだそうだ。つまり、指名されたとしても当人はそれを蹴ってしまうことが出来る。
だから、選定権を行使した国は、婚約者候補を引き入れようと好条件な生活環境を用意するそうだ。そうして、婚約者候補が不利益を被らないようにしているらしい。
・・・イメージとしては、何となく社員の引き抜きっぽい?でも、この話って・・・。
レオンドルの説明を聞き終えた俺は嫌悪感を隠すことなく、眉をひそめながらレオンドルに尋ねる。
「そういう制度があることは分かりました。随分と聞こえは良いですが、それって要は他国へ人質を出しているってことですよね?」
「むっ、見も蓋もない言い方ではあるが、そういった面がないとは言えぬ。有事があった際には、そういう危険性はあるであろうな。それにしても、今の話でその考えに行き着いてしまうとは、ルートは自分のこと以外のことは本当に鋭いな」
「レオ義伯父様、褒めるのか貶すのかどちらかにして欲しいところですね」
失礼なことを言うレオンドルに、俺は腕組みをしながらプイッと顔を背けて見せる。レオンドルが「褒めておる、褒めておる。そう怒るな」と口元を押さえながら苦笑する。全く褒められた気分にはならない。とりあえず、自分のことに関しては鈍いと言われてしまったので、汚名返上をしておきたいと思う。
「話はだいたい分かりました。つまり、ロクアートが俺を望んているという話でしょう?そうなると相手はアーシアでしょうか?俺のことを高く買ってくれていたのは知ってますから、それ自体は率直に嬉しい話ですね。それで、今回の親善大使の話は、俺をロクアートに呼び寄せて、婚約者として受け入れてもらえるように歓待してくれる、といった感じでしょうか?」
「ほぅ、そこまで分かってしまったのか。話の手間が省けてルートは楽だな」
レオンドルが面白がるような笑みを浮かべながら感嘆の息を吐く。俺はレオンドルに応えて見せるように頷いてから、首を横に振って見せた。
「でも、その話、俺には全く意味がないですよ。だって俺は家族が居るこの国から離れるつもりは微塵もありません。歓待を受けたところで、俺の決意が揺らいで、心変わりするようなことはあり得ません」
婚約者候補の選定権は、支援に応じて行使出来る回数が決められているらしく、選定した結果、その成否に係わらず一回分行使したことになるそうだ。ロクアートがいくら俺を望んでも、元々の身体の持ち主であるルートとの約束を果たすために、俺は家族の居るエルグステアから離れるつもりはない。
ロクアートが俺に対して選定権を行使するということは、ロクアートは無駄に選定権を消費することになる。俺はそうレオンドルに言い切った。
「うむ、そなたならそういうと思っておった。だが、そこでそなたが精通しているかどうかという話になる訳だ」
「ここでその話が出てますか・・・。それで、どういう意味ですか?」
俺が冷めた口調でレオンドルに聞き返すと、レオンドルはあからさまに面白くないといった顔をしながら「今度は動揺せぬのだな」と眉をひそめる。
「何やら、弱点でも見つけたかのような言い方ですが残念でした。隣に座るソフィア姉様と部屋の隅で佇むシェリアには、効果があるようですけど、別に男女の秘め事など動揺する話ではありませんよ」
ソフィアとシェリアの頬が少し赤い。二人ともそう言った話にあまり免疫がないことがすぐに分かる。この世界での常識からすると、二人ならすでに経験していてもおかしくない年齢と言えるだがこの有様だ。二人からしたら大きなお世話だと思うが、ちょっと心配である。
・・・でも、シェリアの場合は王族の近衛騎士だから、結婚は難しいか?ソフィア姉様の場合は、エリオットさんしっかり!早くソフィア姉様を娶って!って感じ?
そんなことを思っていると、ソフィアがいきなり俺の両肩をガシリと掴んでくる。その手には逃がさないと言った感じに力が込められているのが分かる。ぷるぷると震えるソフィアの手は、これ以上の力が入るのを押さえているのか、それとも今以上の力を込める前兆なのか分からないが、とてつもなく俺の身に危険が迫っているということだけは分かる。
「ちょっと待ってルゥ。そんなことを言うってことはまさかもう・・・。いつの間にラフィと!?」
「突然、何を言い出すのですかソフィア姉様は。話を飛躍させ過ぎです。俺はラフィにそのようなことをしたことはありませんし、するつもりもありません」
「そ、そうなの?でも、ルゥもそういう年頃になってきてるし、しないって言う訳にも・・・。あぁ、でもでも・・・」
ソフィアは両手で顔を隠すようにして押さえながら「私は一体どうしたら」と悶えるように身体を揺らす。耳を真っ赤にして一人混乱状態にあるソフィアを横目に、俺はレオンドルに話の続きをするように促す。
「放っておいて良いのか?」
「ソフィア姉様にしては珍しい反応ですが、今はそっとして置いた方が無難でしょう」
「何と言うかそなた、達観しておるな」
クッと小さく笑ったレオンドルは、少し真面目な顔付きをしてから話を続ける。
「そなたが他国へ移住することを望まぬことは、間違いなくロクアート側も情報を掴んでおるだろう。彼の国の情報網は甘く見れんからな」
「そうですね。商売は情報が命ですから。商業国家と呼ばれるロクアートなら得意な分野でしょう」
「では、他国に移住を望まないそなたを得ようと思えばどうすれば良いと思う?」
レオンドルの問い掛けに、俺は俯き加減になりながら、今までの話を頭の中で整理する。話を整理し、繋げていった結果、パッと電球に明かりがついたように閃いた。一つの解を導き出した俺は、顔を上げながらポンと手を打った。
「もしかして、既成事実を作るということですか?」
「そうだ。そなた、子供が出来たと言われたら、性格上、責任を取ろうとするであろう?それに子供が出来たら、それがそなたにとって新たな家族となる。ロクアートに移住せざるを得ない状況になるであろう?」
「あー。そう、ですね。そうなると、確かにそう言いかねないですね。それとアーシアなら、それぐらいのことは必要なことだと言って、割り切ってしそうです。普段はおっとりした人ですが、自分の利に適うものは、人が変わったように全力で得ようと力を尽くしますから」
「で、あろうな。アーシアについて調査してもらった結果でも、そのような報告を受けておる。それでだルートよ。話を元に戻すが実際のところ、どうなのだ?」
「どうなのだと聞かれても、実際に試したことがないで分かりません」
男女の情事は前世の記憶を引き継いでいるので知識としては知っている。だが、今までに欲情するということがない。今まではそれが年齢的なものだと思っていた。中身はどうであれ今の俺の身体は子供なのだ。子供の身体だから性欲を持て余すことはないので、そういったことを試そうと思ったことすらない。
・・・と、最近まで本当にそう思っていたのだが、実は年齢とは別なところに原因があるんだよなぁ。でも、ここで暴露するようなことじゃないな。
「分からないとは情けない。だが、なるほど。したことがなければ確かに知りようはないな。では、シェリアが手解きをするというのはどうか?」
「へぁ!?陛下!?」
レオンドルに俺の相手をしろと命じられたシェリアは、今までに見たことがないぐらいに動揺した姿を見せる。顔と耳が真っ赤で、恥ずかしくて仕方がないと言った感じだ。普段の冷静沈着な様子からかけ離れたその姿は、ちょっと可愛らしい。これがギャップ萌えというやつだろうか。
「レオ義伯父様。やめてあげてください。シェリアが嫌がっているではありませんか。それに、そういうことは命令してやらせるようなものではないでしょう?」
「そうよレオ義伯父様。ルゥの言う通りだわ。シェリア・・・なら相手としては決して悪くはない、のだけれど、でも、まだルゥには早いわ!」
「そうか?」
「そうです。それに、別に試す必要はないでしょう?俺が気を付ければ良いだけの話なのですから」
俺とソフィアからの反対を受けて、レオンドルは片眉を上げながら残念そうに「ふぅーむ、ならば仕方あるまいな」と顎を撫でる。その様子にシェリアがホッとしたように胸を撫で下ろす姿が目端に映る。ただ、その安心した顔の中にちょっと残念そうな顔が混じっているように見えるのは、俺の気のせいだろう。
「それでは、ルートよ。くれぐれも注意するように。親善大使の話、宜しく頼むぞ」
「はい、確かに承りました」
こうして俺は水の季節に親善大使としてロクアートに向かうことになった。




