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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第百二十話 魔法祭 後始末 二年目 後編

「すでにいくつもの国から貸し出して欲しいとの要請を受けておる。魔術具の作製は急務であろう。だが、なぜ、魔法ギルドに魔術具の製法を教えぬのだ?そなたが全て作製するのでは大変であろう?」

「それは私も聞きたいと思っていました。何かあれば基本的に何でも報告をしてくれるルート君が、今回の件や、魔術具に関しては何も報告をもらってないからね」


二人並んで不思議そうな顔をするレオンドルとエリオット。二人が俺のことを見下ろすその姿は、同じ緑色の髪も相まって、さすが親子と思えるぐらいによく似ている。そんなことを思いながら、俺はピッと人差し指を立てて質問に答えた。


「簡単なことですよ。あの魔法を使えるようにする魔術具には闇属性の魔法の中でも禁忌と呼ばれる魔法、呪いを使っていますから。おいそれと教えれる訳がありません」

「んな!?今、禁忌の魔法と言ったのか!?」

「あぁ、なるほど、そういうことか。どういう原理かと考えていたけど、それなら得心が行った。呪いの効果で無理矢理魔力を引き出しているという訳か。さすがルート君。まさか禁忌の魔法をそんなことに使うとは。目の付け所違うね」

「何を感心しておるのだエリオット!呪いが危険な魔法だと教えてくれたのはそなたであろう!」


納得したように何度も頷きながら感心するエリオットと違って、レオンドルは見るからに取り乱す。広めようとしている魔術具に禁忌とされる魔法を使っていることを聞かされた二人の反応は、さっきまでと違って正反対の反応だ。俺はどちらかの反応の仕方が正しいのかと思いながら、俺は部屋の中をグルリと見渡した。


魔法ギルドのギルド長であるジェイドは、エリオットと同じく感心するように頷いている。魔術具の貸し出しで動くことになりそうな、商業ギルドのギルド長であるケイフィスは、頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえている。もしかしたら、心労のあまり残り少ない毛が抜けてしまうかもしれない。


リーリアは、あまり関心がないようで、シェリアに入れ直してもらったお茶を優雅に飲んで寛いでいる。シェリアは、こちらの邪魔をしないように、少し柔らかい笑みを浮かべながら静かに佇んでいるだけだ。最後に、いつの間にか部屋の中に戻ってきていたカルスタンはククッと楽しそうに笑っている。


・・・魔法使いかそれに近しい人はどちらかと言えば肯定的って感じかな?


「父上。そのように驚かれなくても、危ないと分かっている以上は、ルート君も何かしら対策をしていることでしょう」

「もちろん、効果があるのは使用者本人だけですので、周りを巻き込むようなことはありません。でも、期待して頂いているところ悪いのですがエリオットさん。使い方を間違ったら、死人が出ますよ?」

「そうなのかい?」

「今のところ使用者の魔力残量を認識する術が無いんですよね。ステータス画面でも見れたら良かったのですが・・・。残念ながら危険域に達した時、自動で止まるような都合良い機能は付いていません。でも、これに関しては注意喚起すれば良いだけの話です。魔法使いですら、魔力枯渇で死に至ってしまう場合もある訳ですし」


俺の説明にエリオットが「なるほど」と納得したように呟くが、眉をひそめた顔をしているので、顔と言動が合っていない。そんなエリオットの様子に首を傾げていると「ところで」と言いながらエリオットが尋ねてくる。俺はそのエリオットの質問に俺は頭を抱えたくなる思いをすることになった。


「すてーたすと言うのは何だいルート君?新しい魔術具か何かかな?」


・・・おぉぅ、痛恨のミス。


RPGのように個人の能力を示すステータス画面でもあれば、魔力の残量が確認出来て便利なのに、と常々思っていた俺は、それを話の流れで思わず口走ってしまっていた。俺は背中に冷や汗をかきながらも笑顔を貼り付けて、とにかく平静を装う。内心、焦っていることをおくびにも出さずに頭をフル回転させた。


「ステータスと言うのはですね。状態を表す意味を指す言葉、のようなのです。・・・えっと、あ、これ!商業ギルドのギルドカードには、商業ギルドに預けてあるお金の残高が自動的に載っているでしょう?それが個人の能力を数値化して見るように・・・、したものと思って頂けたらいいのですが・・・。エリオットさん。このカードの残高ってどのように載せているんでしょうか?」


エリオットの質問に俺は少ししどろもどろになりながら説明をする。焦る俺は何か分かりやすく例となるようなものがあればと思いながら、道具袋から何気なく商業ギルドのギルドカードを取り出した。多分、数字が載っているものと意識していたから、それを道具袋から取り出せたのだと思う。


俺はギルドカードを掲げながら、商業ギルドに預けてある残金を例にして話しているうちにふと思った。もしかして、このギルドカードのハイテク機能を応用すれば、それが可能なんじゃないかと。光明を見出した俺は、いつの間にか質問を質問で返していた。


「つまり、ルート君が言いたいのは、個人の能力を数値化して視覚的に見えるようにしたいということか。それにその商業ギルドのギルドカードの機能に目を付けたという訳だ。なるほど、なるほど。さすが面白い発想をする。でも、それは国家機密の技術だから、ルート君には教えられないな?」

「そう、ですか。それは残念です」

「けど、着眼点は悪くない。という訳で、ジェイド卿。やってくれますか?」

「えぇ、承りましょう。能力の視覚化は何かと応用が利きそうですし、十分に意義のある研究と言えるでしょう。何より面白そうだ」

「本当ですか!?やった!もし、完成したらすぐにでも教えてくださいね」


一時は駄目かと思ったが、エリオットがジェイドに命じて、ジェイドがそれを快く了承してくれた。きっと、魔法ギルドを挙げて研究をしてくれるに違いない。これでもし、魔力の残量を数値化することが出来たら、呪いの効果によって無理矢理魔力を引き出した場合に、セーフティ機能を付けることが出来るだろう。


・・・それに個人としても自身の魔力枯渇寸前まで魔力消費をすることで、効率よく魔力を増やすことが出来るようになるんじゃないだろうか?これはかなり期待だな。


新しい技術が出来るかもしれないことに、嬉々とする俺とエリオットとジェイドの三人を前にして、レオンドルが不満そうに「話が脱線しておるが、禁忌の魔法を使っていることは良いのか?」と腕組みをした腕を人差し指でトントンとさせながら眉を寄せた。話に交ざれなくて面白くない、と顔に書いてあるのがよく分かる。


「え?然程、問題はないですよ?魔術具に付与する呪いの術式を悪用されては困りますので、魔法ギルドには伝えませんし、呪いそのものを認知出来る人は、そうそう居ないでしょう?仮に呪いであることを知り得たとしても、契約魔術で魔術具に関して知り得た知識を悪用したり、勝手に広めたりしないように縛るつもりですし」

「父上、すでに各国の前で、貸し出しすると宣言してしまっている以上、無かったことにすることは出来ません。腹を括って頂くしかありませんよ」

「だが、危険なのだろう?」

「お言葉ですがレオ義伯父様。どんな魔術具でも、使用者の使い方次第で危険になります。要は魔術具の問題ではなく、使用者のモラルの問題ですよ。そして、貸し出しても問題のない相手かどうかということの判断を下すのは、王様であるレオ義伯父様の役目です」


レオンドルは顎を撫でながら「それはそうかもしれぬが」と口を歪ませる。責任を負う立場になるためか、慎重になっているように見える。だが、エリオットが言った通り、既に事は起こしているので、ここでやらないという算段をするのは意味がない。


王様の判断を皆が見守る中、不意に学園長室のドアがコンコンと鳴り、皆の視線がドアに集まる。ドアの前に立っていたカルスタンがドアを引いて、ノックをした誰かと話をすると、誰かを招き入れる仕草をする。ドアの影から姿を現したのは、不安そうに瞳を揺らすエスタの姿であった。


エスタは学園長室に入った途端に、部屋に居る者全員からの視線を一身に浴びて、ビクッと身体を震わせる。強張った笑みを浮かべていたエスタは、俺の姿を発見するとホッとしたような顔をしてから俺に近付いてくる。


「はい、ルート、道具袋」

「ありがとうございますエスタ。でも、どうしてエスタが持ってきたのですか?」


俺が首を傾げながら「取りに行った人がいたでしょう?」とエスタに尋ねると、エスタは得意そうに胸を張る。どことなく誇らしげに見えるのは、気のせいだろうか。


「だって、ルートの道具袋を預かったのはあたしだもの。あたしが持ってくるのは当然でしょう?」

「なるほど。不用意に人の手に渡るのを防いでくれた、という訳ですね」


与えられた使命を全うしようとしてくれるエスタの気持ちが嬉しくて、俺の唇が自然と吊り上がる。俺は改めてエスタにお礼を言ってから、役目を全うしてくれたエスタをお偉いさんが集う居心地の悪い部屋から早く退出をさせてあげようと思った。


だが、俺がエスタに声を掛ける前に、座って寛いでいたはずのリーリアがいつの間にかエスタの背後に立っていた。リーリアは逃がさないと言わんばかりにエスタの両肩に手を置くと、背後からエスタの顔を覗き込むようにして、にっこりと微笑む。


「貴女がエスタですね。その格好、とても興味深いと思っていたのです、ちょっとあちらで詳しく見せて頂いても良いかしら?」

「えっと、あの。ルート、こちらの方は?」

「俺の伯母に当たる方で、レオンドル王のお妃様です。・・・まあ、あれです。頑張って」

「え?」


リーリアの何とも言えない圧力に引き気味になるエスタ。助けを求めるよう視線を俺に向けてくるが、俺は暗にエスタが断れる立場でないことを告げる。お妃様と聞いてピキリと固まるエスタを余所に、リーリアはシェリアに目配せする。


シェリアは無駄のない流れるような動きでエスタの右腕をガシリと抱き込むと「では、こちらへどうぞ」と言って、エスタを引きずるようにして部屋の奥へとつれて行った。エスタは終始助けて欲しそうな顔をしていたが、俺はにっこりと笑顔でエールを送る。


魔法を使えるようにする魔術具の話を促したのはリーリアだったが、その話自体には興味がないようで暇そうにしていた。そんなリーリアが、ウキウキとした感じに楽しそうなのだ。止めれる訳がない。エスタを温かく見送ってから、俺は道具袋の中から資料を取り出してレオンドルに渡す。


「なあ、ルートよ。そなたあの娘を助けなくても良かったのか?」

「別に取って食われる訳ではないでしょう?問題ありません。それよりも話の続きをしましょう」

「まあ、そなたがそれで良いなら構わぬが」


・・・大勢の前で魔法少女をやり遂げたエスタなら、お妃様相手でもきっと大丈夫。・・・多分。


「一先ず、魔術具の製法については分かった。だが、既に打診を幾つも受けておるが、全部ルート一人で作るのは、やはり大変ではないか?」

「確かに一つ作るのにそれなりの時間が掛かります。でも、そこを心配するよりも前に、先に魔術具を貸し出す金額を決めておくべきかと思います。多分、それで借りたいという申し出が半分以上は減るのではないでしょうか」

「それはどういう意味だ?」


片眉を上げるレオンドルに、俺は道具袋から変身ステッキを取り出して手渡す。何を材料としているか見てもらった方が早いと思ったからだ。変身ステッキを受け取ったレオンドルは、興味深そうに変身ステッキをまじまじと見て、ひくっと頬を引きつらせた。


「これは先ほどエスタの使っていた魔術具だな。ふむ、それにしても随分と可愛らしい杖だ、な・・・おい、ルート?まさかとは思うが、ここに装飾された宝石が必要ということか?」

「そうです。それも六属性に合わせて六つ必要です。しかも、効果を上げようと思ったら、それなりの大きさで純度の高い宝石が要ります。という訳で、魔術具を作るためには、高価な宝石が必要となりますので、必然的に値段が上がります」


使いたい属性だけにすれば、必要な宝石が減るので値段を抑えられるかもしれない。だが、要望を一々聞いた上で、オーダーメイドで魔術具を作るのは正直言って面倒くさい。だから、作るなら初めから六属性を前提とした魔術具とすることを、俺は付け加えて説明する。


「一つ聞いてもいいかい?」

「何でしょうかエリオットさん?」

「宝石ではなく、魔石では駄目なのかい?魔石ならもっと安く作ることが出来るだろう?」

「エリオットさんの言う通り魔石の方が安くなりますが、魔石では効率が悪いので駄目です」


俺は左右の人差し指を交差させてバツを作って見せながら、エリオットの提案をスパッと切り捨てる。「どういうことだい?」と首を傾げるエリオットに俺は魔石では駄目な理由を説明した。


実は宝石と魔石は同じような効果を持っている。魔力を溜め込むことが出来ること、その魔力を放出し魔法に転じることが出来ることの二つである。市場に出回っている魔術具に使用されているのはそのほとんどが魔石だ。


宝石はそれ単体が高価なのものなので、それでなくても高価な魔術具がより高価になってしまう。魔術具に魔石が使われるのは当たり前と言えるだろう。そんな宝石は、専ら守りの魔方陣を付与して、お守りとして大切な人に贈られることが多い。


でも、俺はある時ふと思ったのだ。本当に二つは同じ効果をなのか、何か違いはないのか。はたまた、同じなら同じで、それだったら一体どちらが有能なのかと。


「エリオットさんは、宝石と魔石に違いがあるのをご存じですか?」

「いいや。どちらも魔力を溜め込み、放出するというのという認識しかないけど・・・。まさか、あるのかい!?」


目を丸くして驚くエリオットに俺は頷いて見せる。ジェイドも詳しく聞きたいと目を輝かせて俺のことを見下ろしている。


「確かにどちらも同じ効果を持っていますが、宝石の方がよりマナに効率良く魔力を捧げることが出来ることが分かっています。それは、魔法を使う上で大切な要素なのですよね?だから、魔石では駄目なのです」

「宝石の方がマナに魔力を伝えやすいということかい?そんな違いがあった何て知らなかった。でも、どうしてルート君はそんなことを知ってるんだい?」

「もちろん、実験をしたからに決まっています。何の根拠もなく、こんな話はしませんよ」


俺は道具袋から宝石と魔石の違いについてまとめた資料を取り出して、エリオットに手渡す。さっと資料に目を通したエリオットは、感心したとも、呆れたとも取れるような声で「ルート君はこんなこともしていたのか」と呟いてから、私も見たいと興味深々な顔をしていたジェイドに資料を渡す。ジェイドは食い入るように資料を目を通すや否や、ほぅと息を漏らした。


その資料には、同じ量の魔力を込めた宝石と魔石を使って、一つの魔術具を動かした場合の実験結果と、そこから導き出した答えを基に、宝石の方が効率良くマナに魔力を捧げることが出来ることを実証するための実験結果が載っている。


後者の実験には、エルスタード家の使用人たちにも協力してもらっている。全ての使用人が、とまではいかないが、自身の魔力で魔法を発動出来るようになった者は何人も居る。俺の御付きのメイドであるラフィもその内の一人だ。彼女はお風呂好きか高じてか、水属性の魔法を使えるようになっている。


・・・と言っても、まだ握り拳ぐらいの水を出すのが精一杯ってところだけどね。最終的には、自分でお湯を出したいと言っていた。お風呂を俺に禁止されても良いようにと、考えているらしい。


「マナに愛されていない人が、マナに魔力を捧げることを考えると宝石である必要があるということは、分かってもらえましたか?」

「とても個人で行えるような金額の実験じゃないところが、何ともルート君らしい。まさか、魔石だと魔力の伝達が悪いとは思いもしなかったよ」


複数人まとめて実験を行うのに、人数分の純度の高い宝石を買い漁ったので、実験をするのに結構な金額を消費している。そのことを察したエリオットが苦笑しているが、その金額に十分見合うだけの成果は得られたと思っているので、俺としては何も問題ない。


「まあ、伝達は悪いですが、それ自体が悪いという訳ではないですからね。魔術具を扱うことに関して言えば、魔石の方が長く細く使えます。特にランプの魔術具といった日用で使うようなものは、むしろ、魔石でないと効率が悪くなるでしょうね」

「ふむ、今の魔術具が魔石で動かすことに問題ないということは分かったが、やはりこちらの魔術具は宝石でないと駄目か?魔術具そのものがかなり高価になる故、安易に安く貸し出す訳にもいかぬぞ?」


レオンドルは険しい顔をしながら俺に変身ステッキを返してくれる。「各国から不満の声が出るのではないか?」と不安の声を上げた。そんなレオンドルの肩にエリオットが手を置きながら「心配いらないかと思いますよ父上」と声を掛ける。


「む、それはどういう意味だエリオット?」

「魔術具が高価になるため、安価では貸し出せない。そのせいで、借りたいと思っていても借りることが出来ない国が出てくるということは、ルート君は端から分かっていた。と言うことは、そういう不満の声が上がることは、初めから想定していたことでしょう。ならば、その対策についても何か考えると思います」

「さすがエリオットさん。俺のことをよく分かってくれていて嬉しい限りですね」

「ほぉ、ならば、ルートには何か妙案があるというのだな?」


レオンドルから期待のこもった目を向けられて、俺は頷いて見せる。妙案と言えるかどうかは分からないが、やりたいと思っていることならある。それが、今回の忍ぶ者イメージアップキャンペーンの裏の目的だと言える。


「改めて各国に向けて、魔法を使えるようになる方法について、講義をしてはどうかと思っています」

「講義?だが、魔術具の製法は教えるつもりはないのであろう?」

「もちろん、呪いを使用している魔術具の作り方を教えるつもりはありません。講義で行うのは、今見て頂いた研究の成果を順を追って説明し、魔法が使えない者が使えるようになるための仕組みを伝授します」

「仕組みを教える、か。確かに興味深いものではあると俺も思うが、それで本当に不満を解消することに繋がるのか?」

「それは話の持って行き方次第でしょうね」


ニヤッとした笑みを浮かべながら俺はレオンドルの質問に答える。俺の回答にレオンドルは、頭の上に疑問符が浮かんでいるような顔になった。エリオットも考え込むように、顎に手を添えていたが、何かに気が付くと面白がるように笑う。


「フフッ、なるほど。ルート君は国を越えて研究をさせる気のようだね」

「国を越えて研究をさせる?どういう意味だ?」

「その言葉通りの意味ですよレオ義伯父様。魔法を使えるようになるための道筋は示すのです。そこまでのことが分かっているなら、普通は自国で何か手立てがないか探すでしょうし、試すでしょう?そうでなければ他国に後れを取る訳ですからね」

「ふむ、魔術具が高価すぎて借りれないと不満を漏らしている時間があるなら、自国で研究するように仕向けるという訳か。それで国を越えて研究をさせるか。ククッ、なるほど言い得て妙だ」


エルグステアに訪れる国は、大小合わせて軽く十は超えるそうだ。それだけの国があるということは、それだけの数の文化があるはずだ。その中で、呪いではなく何か別の方法で、魔力を引き出すことが出来る方法があるかもしない。


それだけでなく、宝石よりももっと優れた触媒が見つかったりするかもしれないことを期待している。俺一人がエルグステアの王都という狭い世界で研究するよりも、よっぽど建設的と言えるだろう。


「それにしても、そこまでのことを考えて起こした騒動とは恐れ入るな。とても十歳の子供が考え付くようなことではない。そなた、本当に十歳なのか?」


からかっていることが分かる表情でレオンドルがそう言った。俺は腰に手を当てながらフフンと胸を張って答えて見せる。


「十歳になったら、もう成人一歩手前なのでしょう?だったら、年相応だと思います」


俺が言外に大人だと主張するとレオンドルは目を丸くしてから、楽しそうに大きな声でカラカラと笑う。


「あっはっはっは。なるほど、なるほど。確かに子供扱いするのは良くなかったな。では、そんな成人一歩手前のルートに命じる。今回の件、全面的にルートの案を採用することとする。次いでは、魔術具の製作及び講師役に任じる」


・・・まあ、やっぱりそう言われるよな。


「魔術具の製作は元よりそのつもりなので良いのですが、講師役もやらないと駄目ですか?」

「無論だ。発端であり、一番理解している者がやらなくてどうする?」

「ですが、レオ義伯父様たちは俺のことを良く知っているから、問題ないと思うかもしれませんが、他国からしたら、俺みたいな子供が講師をするとなると反発を買いませんか?」


俺はどうにかして講師役を辞退しようと試みる。言い出しっぺあることは分かっているが、去年、魔法剣の講師をした経験から言うと講師役は何かと面倒くさいことを知っている。だから、可能な限りやりたくない。だが、俺の考えはエリオットの爽やかな笑顔で見事に打ち砕かれてしまう。


「心配しなくても大丈夫だよ。ルート君が展示していた魔術具、そこに掲示されていたまとまっていた資料。さらに小型化された録音の魔術具に声を吹き込んで、本人の代わりに説明させるという手法。それを目にした各国の反応は、軒並みに高い評価だった。そして何より、今日の演習を見てルート君が講師役であることを不満に思う者は居ないよ」


エリオットに他国から俺が高評価を受けていること告げられる。不思議と自分が評価されている話を表立って聞いたことが無かったので、俺は「へぇ、そうなんだ」と心の中で呟く。褒められているのは率直に嬉しいが、今はとても複雑な気分である。最後にエリオットから「学園長として鼻が高いよ」と言われてしまっては、講師役を引き受けるしか道が残されていなかった。



「疲れましたねエスタ」

「えぇ、本当に。ルートったら助けてくれないんだもん」


話すべきことを話し終えて解放された俺は、リーリアに衣装のことを根掘り葉掘り聞かれていたエスタを引き連れて研究室に戻ることにした。一応、リーリアから解放してあげたというのに、エスタが不満そうに口を尖らせる。


「でも、エルレイン先生ほど大変ではなかったでしょう?」

「確かにとても優しい方ではあったけど。でも、リーリア様もリーリア様で大変だったわ。その、威厳というか、高貴なオーラというか。あたしとは違う世界の方なんだなって」

「まあ、王族の方に慣れる良い機会だったと思えば良いでしょう。忍ぶ者は王族直属となった訳ですから」

「そこから引き剥がしたのはルートだったと思うのだけど?」


エスタがジトッとした目を向けてくるので、俺はスイッと視線を逸らす。じっと俺を睨んで動かないエスタを余所に俺は「さあ、早く戻りましょう」と駆け出した。エスタが「あ、こら。待ちなさい」と追い掛けてきたので、ちょっとした鬼ごっこをしながら、研究室まで戻ることになった。


「あれ~、ルートしゃま。おそいじゃないっすかぁ」


研究室のドアを開けて中に入ると、頬を赤くして明らかに酔った様子のティッタが出迎えてくれる。ティッタは「エスタしゃんもっすよぉ」と言いながら、千鳥足でよろよろと近付いてくる。傍まで寄ってきたティッタは突然、俺とエスタに抱き付いてくると二人まとめて頬ずりをしてくる。今ままでに見たことがないくらいに上機嫌だ。


ちょっと鬱陶しいことになっているティッタの様子に、俺は目をパチパチとさせてから、ティッタの腕から素早く抜け出す。椅子に座って優雅にワインを飲んでいるエルレインに近付いた。


「エルレイン先生。まさか、ティッタにお酒を飲ませたのですか?そもそも、どうしてワインを持ってきているんです?」

「ティッタはうっかり間違って飲んだだけなので、私は何もしていませんよ。それよりも、このワインはルートが用意していたものでしょう?」

「俺がですか?」


打上げ用に色々と飲み物は用意したがお酒を用意した覚えはない。成人するまで飲酒は禁止、といった法律は特に存在しないが、世間一般の常識、暗黙の了解でお酒は成人になってからとされている。だから、成人前が多く、かつ、学舎であるこの場所で、俺がお酒を用意するはずがないのだ。


・・・いや、待てよ?


「あー、それは打上げ用に用意していたものではなくて、調理用として道具袋に入れていたものですね。それを出しちゃったんですね」

「あら、そうなのですか?ルートは背伸びして飲酒している訳ではなかったのですね。ちょっと安心しました。それよりも中々、上物のワインのようですけど、料理に使うのですか?」

「むぅ、確かにまだお酒の味の良し悪しは分かりませんけど・・・。まあ、料理に使うことで、味に深みを出したり、味を引き締めたり、肉の臭みを消したりと色々と出来るです」


・・・お酒を美味しく思えないのは、味覚が幼くなってしまったからなのだ。


子供扱いするエルレインに不貞腐れながら答えていると「ルート、ティッタをどうにかして~」とエスタの助けを呼ぶ声が聞こえてくる。振り返るとティッタがエスタのことをギュッと抱き締めた状態で「エスタしゃんは小さくてかわいいっすよねぇ。私の妹にするっす~」と幸せそうだ。見ている分には微笑ましいが、ひどい絡み酒である。


こういう時こそ彼氏の出番ではないか?と思ったその時、俺ははたと気付いた。ムートの姿が見当たらないと。俺はキョロキョロと研究室内を見渡すがやはりムートの姿が見当たらない。俺はエルレインに「ムートはどこですか?」と尋ねると、エルレインは研究室にある二つの大きな机の内、エルレインから遠い机の奥側を無言で指差した。


エルレインの指差した先に移動してみると、うつ伏せで床にぶっ倒れてるムートを発見する。俺は内心で「殺人事件か!?」と叫びながら、しゃがんでムートの様子を探る。どうやら寝ているだけのようだ。ムートからも仄かにアルコールの臭いがするので、酔い潰れたのではないかと思われる。


「それで、エルレイン先生。ムートはティッタと違ってうっかりでお酒は飲まないでしょう?」

「ご覧の通りのティッタがムートに絡んで、無理矢理飲ませたのですよ。私の酒が飲めないのかーっとね。ふふっ、変わった子には変わったお友達が出来るのですね」


・・・何それ、どこのパワハラ上司ですか。


「ところで、二人はどれだけ飲んだのですか?」

「ムートはコップ一杯で、ティッタは一口です」


・・・今後、アルコール入りのお菓子を作っても、二人に食べさせるのは絶対にやめておこう。


お酒に劇的なほど弱いティッタとムートの二人に驚いたが、すでに何本ものワインの瓶を空けているのに平然としているエルレインにも驚愕である。不慮の事故に近いものはあるが、それぞれの知らない一面を垣間見ることが出来たことに、俺はこれはこれで悪くないかと息を吐く。


このあと俺は、ティッタとムートに浄化魔法で掛けてあげた。ティッタは酔っぱらっていた時の記憶が残るタイプのようで、酔いはすっかり醒めたはずだが、見る見るうちに再び顔を真っ赤にすると絡みに絡みまくっていたエスタに深々と土下座をする。最大級の謝意示すのに、当り前のように土下座をする姿に俺は思わず笑ってしまう。


エスタが小さな身体とは裏腹に寛大な心を見せて、ティッタの絡み酒を不問とした。「さあ、ルートも来たことだし、仕切り直して打上げを再開しましょう」と言いながらティッタを立たせてから、皆揃ってジュースで乾杯した。エルレインが「私はワインのままで良いのに」と愚痴をこぼしているが無視だ。


色々なことがあった魔法祭。去年と比べて実に充実した毎日を過ごすことが出来て、とても満足のいく結果だ。こうして最後は、仲間内で楽しく過ごして二年目の魔法祭の幕が閉じた。

ようやく魔法祭終了です。思いのほか長かった・・・。

これでやっと次に進めれる、というのに今度は風邪をひいて話が進まない・・・。

なかなか儘ならないものです。

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