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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第百十九話 魔法祭 後始末 二年目 前編

さっきまでの歓声とは異なり「なぜだ!」「どういうことだ!」といった批判的な声が多い。ここまで、お手軽に魔法が使える魔術具は他にはない。そんな魔術具を使えるようになるという期待感が強いからこその批判の声である。


・・・でも、だからこそなんだよな。


「批判的な声が多いですが、どれだけの批判を浴びようとも、俺は意見を覆すことはありません。この魔術具は見て頂いた通り、魔法が使えない忍ぶ者ですら、攻撃魔法と治癒魔法を扱えるようになります。しかも、属性に愛されているか否かに係わらずに、です。そう、この魔術具さえあれば、誰でも簡単に魔法を使うことが出来ると言える代物です」


観客席から「まさに夢のような魔術具ではないか!」と叫ぶ声が聞こえてくると、それに追随するように同じような感想があちらこちらで上がる。


「そうですね。まさに魔法が使えない人は喉から手が出るほど欲しい魔術具かもしれません。当然、魔法を扱えるようになるためには、練習する必要はありますが、誰でも比較的簡単に扱うことが出来ると言えます。でも、そこが俺がこの魔術具を広めたくない原因なのです。俺は、人を兵器にするつもりはありません」


魔術具を扱う者全員が善人で有れば全く問題はないだろう。だが、そんなことはありえない。この魔術具さえあれば、魔法使いコースで言えばBクラス程度の実力を持った魔法使い部隊を作ることが出来る。しかも、魔術具に魔力を供給する人さえいれば良いので、簡単に替えの利く部隊が。


・・・人のための魔術具であって、魔術具のための人であっては駄目なのだ。俺はそんな電池のような扱いを受ける人を作り出すつもりは全くない。


「今の演習を見て、果たして、どれだけの人が、人を兵器たらしめる考えを持ったことでしょうか?」


俺は観客席を見渡しながら、観客全員に問い掛けるように話す。批判的な声を上げていた観客からの声が、だんだんと小さくなっていく。ここで「そんなことはない!」と声を大にして、俺の考えを否定する者が居たら良かったのだが、その期待も虚しく誰からも否定の声は上がらなかった。


・・・やっぱり、権力を持つ者が考えることは、誰しも似たようなことを考えたってことか。


「不平不満があることでしょうが、危険な使い方が出来てしまう以上、俺はこの魔術具を広めるつもりは全くありません。まず一番にお伝えしたかったことはそのことです。あぁ、でも、一瞬で服装が変化するあの機能は、別物ですので、興味のある方は開発者である我が師、エルレイン先生にお尋ねください」


意気消沈といった様子で、すっかりと静かになった観客席の様子に、俺はニヤッと口の端を上げた。大体、想定通りの状況である。俺はふっと息を一つ吐いてから、話の続きを開始する。今の話も大事なことだが、俺が本当にしたい話の本題はこれからである。


「さて、ご覧の皆様は、なぜ、広めるつもりのない魔術具を見せつけるような真似をしたのか、という疑問をお持ちのことでしょう。その理由こそが、俺が最もお伝えしたかった内容となります。それじゃあ、出番が終了して、すっかりと油断してるシノブ。ちょっと手伝ってください」

「ふぇ、あたし!?」


俺の傍らで話が終わるのを待っていたエスタは、ぎょっとした顔になる。ぱちくりと目を真ん丸にしていたエスたは、一体何をさせられるのかと言わんばかりに眉間に皺を寄せる。とても不満そうな顔をしているが、すぐにそんな顔ではいられなくなるだろう。俺はエスタに変身ステッキを寄越すように要求しつつ、代わりに俺の杖を渡す。


「ルートこれは?」

「では、シノブ。火属性の魔法を使ってみてください」

「えっと?何を言ってるのルート?変身もしてないのに、あたしが魔法を使える訳ないじゃない」


魔法少女の姿になっていないのに、と不思議そうな顔をするエスタを余所に、俺はエスタの背後に回って、軽く背中を叩く。


「良いから、良いから。ほら、早く。杖を前に構える」

「え?あぁ、うん。それは別に良いけど・・・」

「集中出来ていませんね。ちょっと目を閉じて、一回大きく深呼吸して」

「深呼吸?・・・すぅ・・・はぁ」

「それじゃあ、そのまま目を閉じた状態で、しっかりとイメージして。変身ステッキに魔力を吸いとられる時に感じる、体内の魔力の流れを。その魔力をマナに捧げて、自分の目の前に火の玉を作り出すことを」


俺はエスタに助言をしながら、ゆっくりとエスタの前に移動する。エスタは俺の杖を前に突き出しながら、魔力の流れを必死に感じ取ろうとしているのか、頬が少し赤くなっている。無駄に力が入っているエスタの様子に俺は小さく笑う。そうこうしている内に、観客席が小さくざわつき始めた。


「ねえ、ルート。こんなことをしていて大丈夫なの?・・・え?なに、これ?」


ざわつく観客に不安を覚えたのか、エスタが目を見開く。自分の目の前にゴルフボールぐらいの小さな火の玉が浮いていることに、目をパチパチとさせた。そのせいで、集中が途切れてしまったのか、安定していた火の玉が揺らぎ始めてしまう。


「シノブ、それを先程の演習でやったように放って!」

「え?放つ?わ、分かった。やってみる」


エスタが杖を振るうと、火の玉が徐に動き出す。全くスピードが出ておらず、ヒョロヒョロヒョロと火の玉は飛ぶと二、三メートルぐらい飛んだところで水を掛けられたようにシュッと消えた。攻撃魔法として考えたら、全くもって役に立たないが、大事なのはそこじゃない。


「えっと、ルート。もしかして、今の。あたしが魔法を使ったの?」

「そうですよシノブ。忍ぶ者である貴女が、貴女自身の力で魔法を使ったのです」


驚きに目を張っていたエスタは、俺の言葉を聞いて頬を上気させると、パァと満面の笑みを浮かべながら、嬉しそうに俺に飛び付いてきた。


「何これ、何これ!どうなってるの?うそ、ほんとに?ほんとにあたしが魔法を使ったの!?魔術具の力じゃなくて、あたしの力で!?」


余程、自分の力で魔法が使えたことが嬉しかったのか、エスタは俺に抱き付いたまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、喜びの声を上げる。魔法が使えないという忍ぶ者にとっての呪縛を見事に打ち破ったのだから、その喜びはひとしおだろう。


・・・さっきまで嫌な顔をしていた人と同一人物とは思えないほどの上機嫌だな。


エスタの喜びようはとても微笑ましいものだが、いつまでもこうしている訳にはいかない。エスタは大観衆に見守られていることをすっかりと忘れてしまっているようなので、俺は現実に引き戻すことにする。俺はエスタに落ち着くようにという意味を込めながら、背中を軽くポンポンと叩いて小声で囁く。


「エスタ、嬉しいのは分かりましたから、そろそろ放してもらえますか?淑女がこんな大勢の前で、異性にいつまでも抱き付いている姿を見せつけるのは、あまり褒められた行為ではないでしょう?」

「へ?あ・・・。はぅ~」


俺の囁きにピタリと動きを止めたエスタは、顔を上げて周りをキョロキョロと見渡す。自分の置かれた状況を思い出したのか、正面に戻ってきたエスタの顔は、耳まで真っ赤になっていた。そして、羞恥心に耐えられなくなったエスタは、両手で顔を隠すようにしながら、その場にしゃがみ込んでしまう。エスタの可愛らしい姿に俺はクスッと笑ってから、自分の仕事に戻ることにする。


「さて、一つ勘違いをされている方がいらっしゃるかもしれませんので、訂正しておきます。今、シノブに渡した杖は、魔法使いコースの学生が使用するありふれた杖です。杖自体も一種の魔術具ですが、杖は魔法制御をしやすくするためのものであって、それ単体で魔法が使える代物ではありません。今、弱々しくも火属性の攻撃魔法を放ったのは、紛うことなきシノブ本人の力なのです。そう、魔法を使うことが出来ない忍ぶ者であるシノブが魔法を使った、という訳です」


俺の発言にざわついていた観客席からの声が一段と大きくなる。


「見て頂きたかったのはまさしくこれです。そして、俺はここに新たな可能性を見出だしたことを提言します。人は誰でも魔法を使うことが出来るのではないか、ということを」


まともや観客席が蜂の巣を突ついたような騒ぎにとなる。だが、今回の騒ぎは批判ではなく驚愕、驚嘆といった声が多いのが分かる。


「皆様、ご存知のことかと思いますが、人は誰しもが魔力を持っています。それなのに、魔法を使うことが出来る人は、多くありません。それは、なぜか?魔法を使うためには、一つ、魔力を動かすことが出来る。二つ、マナに愛されている必要がある。と、二つの条件が必要だからです。そして、忍ぶ者はその身体能力の高さと引き換えに、二つの条件、そのどちらも満たすレベルにない種族なのだと思っています」


俺は魔法を使いたければ、その二つを満たせば良いのだと説明をし、その結果が、今のエスタであることを伝える。もちろん、本人が努力しなければ成し遂げることは出来ないことを付け加えながら。


「それを可能にしたのは、あの魔術具です。あの魔術具で魔力を強制的に動かすことで、魔力が身体の中を巡る感覚を掴みます。そして、マナに愛されるですが、何度も何度もあの魔術具で無理矢理マナに自分の魔力を捧げることで、マナに自分の魔力に慣れてもらいます。そこにも向き不向きは当然あるのですが、それでも、腐らずにひたすら繰り返すことで、受け入れてもらえることが証明されました」


俺が説明に一区切りつけると「でも、あの魔術具を広めるつもりはないんだろう?」と誰かの不満そうな声が聞こえてくる。俺はその声に応えるように首を縦に振って見せる。


「そうですね。攻撃魔法を簡単に行使出来てしまう、あの魔術具を広めるつもりはありません。でも、新たな可能性を前にして努力しようと考える者に、手を差し伸べるぐらいのことはしても良いと思っています」


そこまで話をすると「具体的には何をしてくれるんだ?」と言った声があちらこちら聞こえてくる。俺の話はまだ終わっていないんだけなと思いながら、人の話を最後まで聞くのを待てないほどに、せっかちさんが多いことに、俺は肩を竦めてから続きを話す。


「具体的には、と言っても単純な話です。別に使えるのが魔法が攻撃魔法である必要はないのです。大切なのは、体内の魔力を動かし、マナに受け入れてもらうこと。よって、六属性の治癒魔法を行使出来る魔術具を用意しようと思っています」


治癒魔法ならいくら使っても相手を傷付けることはないし、補助魔法のように不必要な重ね掛けで、身体への過剰な負荷を掛けることもない。何度も何度も繰り返して魔法を使うことが肝となるので、治癒魔法は練習するのに打ってつけの魔法と言える。


「但し、条件があります。治癒魔法のみ使えるようにするとはいえ、魔術具に施す技術は、攻撃魔法のものと大差ありません。勝手に技術を盗み転用されては困りますので、やはり魔術具の販売は致しません。貸し出しのみとさせて頂きますが、貸し出しとしたところで、結局のところ悪用されない保証はどこにもありませんので、契約魔術で悪用しないことを誓約して頂きます」


契約魔術と聞いて「それは妥当だと」と頷く者、「やりすぎじゃないか?」と疑問を呈する者と意見が分かれた。否定的な者は、契約魔術のお金が掛かることを渋っているか、悪用を考えている者かのどちらかではないかと思う。


・・・本当はババーンと広めて、誰もが使えるチャンスを与えてあげたいところだけどね。闇属性で禁忌の魔法と呼ばれる呪いを使っている以上、安易に広める訳にはいかないのが残念なところである。


「そういうことで、レオンドル王。契約魔術で誓約してもらう詳しい条件については、詳しく資料を提出させ頂きます。目を通して頂きまして、正式な決定をお願い致します」

「ふむ、確認しよう。だが、ルートよ。そなたが決めるのではないのか?」


俺はいきなりレオンドルに話題を振って渦中に引き込むが、レオンドルは平然とした態度で受け答えをする。さすが、一国の王様なだけはあって、狼狽した姿は見せない。堂々たる態度だ。


・・・俺の知るレオ義伯父様なら内心で、なぜ巻き込んだ!?って思ってそうだけどね。


「考案者として口を挟ませて頂ければと思いますが、このような大事は一個人ではなく、国が行うべきものでしょう?となれば、国の統べるレオンドル王の名の下に行われるべきものであります」

「なるほど。では、この件、一度私が預かろう。それから、正式に諸国へ通知するものとする。これで良いか?」

「はい、それで問題ないかと」


俺はレオンドルに恭順を示すため、その場に片膝をついて頭を垂れて見せる。これで、この件についての責任者がレオンドルとなったことは、誰からの目で見ても明らかになった。


・・・よし、これで面倒事は全て押し付け・・・ゲフンゲフン、もとい、国家レベルでの事業となれば、そう簡単に不正が出ることはないんじゃないかと思う。その辺りは、レオ義伯父様のお手並み拝見だな。


俺は立ち上がってから、改めて全行程が終了したことを告げて「では、これにて退場させて頂きます」と言って踵を返す。振り返ってから、未だに顔を押さえて小動物のように踞っているエスタに「置いていきますよ」と声を掛けた。ハッと顔を上げたエスタは、置いていかないでと言わんばかりに、慌てながら俺の後ろについてくる。



会場から通路に入り、観客の目が届かなくなったところで、エスタがホッと胸を撫で下ろすとそのあと、深々とため息を吐いた。


「はぁ~、やっと終わった」

「本当にお疲れ様でしたエスタ。油断して怪我をしたところを除けば、とても良かったですよ」

「うっ、そのことはもう言わないでください。本当に反省したから」

「それは何よりです。ただ、完全に怪我を治癒出来た訳ではないでしょう?治癒魔法を掛けましょうか?」

「ううん、平気。まだ痛みはあるけど身体は動かせるから大丈夫。・・・それにしても、ルートは凄いね」


エスタが怪我をしたことを俺が蒸し返したことに、エスタはバツの悪い顔するとスタスタと早足で俺よりも前に出る。エスタはクルリと反転して後ろ手に手を組ながら、話を逸らすように俺のことを褒め始める。俺は片眉を上げながらエスタに聞き返した。


「何がですか?」

「だって、あたしは終始、緊張しっぱなしだったのに、ルートはあんなにも大勢の人を前にして、堂々と話していたじゃない?ルートは全く緊張していなかったでしょ?」


エスタにそう言われて、俺は何気なく手の平に視線を落とす。俺の手は何事もなかったようにさらりと乾いている。言わば、いつも通りの状態だ。俺は今更ながら、あれほどの大勢の人を前にして、緊張をしていなかったことに気が付いた。前世の俺なら間違いなくガチガチに緊張していただろう。


・・・寧ろ以前の俺だったら、あんな目立つ場所にわざわざ自ら行かなかっただろうな。何というか、ルートって本当に肝が据わってる。


「しかも、あまつさえ王様にまで話掛けていたし」

「あぁ、そちら方が緊張しませんね」

「えぇ?そうなの?」


・・・王様らしいところよりも親戚の伯父さん、という姿を見ることが多いせいだけどね。


クスクスと笑っていたエスタたっだが、突然、俺に背を向けて「止まって」と言うと、袴に隠した小刀に手を伸ばす仕草をしながら、腰を少し落として身構える。二人で話をしている間に、俺とエスタはいつの間にか見覚えのある鎧姿の人たちに取り囲まれていた。十人は居るので、逃げることは難しいだろう。


・・・思いの外、早かったな。


会場で俺が踵を返している際、レオンドルが側近に何やら話し掛けている姿が目の端に映っていた。何かあるなとは思っていたが、どうやら俺を捕まえる気らしい。ただならぬ状況にエスタが俺を守ろうと殺気を放ち始めたところで、俺は背を向けるエスタの後頭部目掛けて、軽くチョップをする。


「こーら、エスタ」

「あいた!?何するのルート!」

「守ろうとしてくれるのは嬉しいですが、騎士団相手に殺気を放たない。エスタはこの国に雇われているんですから、敵を見誤らない。良いですね?」

「だって、物々しい雰囲気だったんだもん」


口を尖らせるエスタに騎士団から笑い声が漏れる中、騎士団を率いてきたカルスタンが楽しげに近付いてくる。


「ククッ、即座にルートを守ろうとするとは、さすがルートが目をかけているだけのことはあるというところか?」

「わざわざ、そんなことを言うために、カルスタン卿は人数を掛けて来たのですか?」

「無論、そんな訳ない。これは、君を逃すなとの王の命令を受けてのものだからな。さあ、ルートよ。我等が王が、君をお呼びだ。理由は話さなくとも分かるであろう?」

「これから、闇属性の研究室で打ち上げがあるんですけど?」

「それがまかり通る思っておるのか?」


冗談半分、本気半分で王の命令を断ろうとするとカルスタンに怖い顔をされてしまった。どうやら、見逃してもらうことは出来ないらしい。残念である。


「仕方ありませんね。エスタ、これを持って研究室に行ってください。それと、どれぐらいで解放してもらえるか分かりませんので、打ち上げは先に始めておいてください」

「ルート?大事な道具袋をあたしに渡してしまって良いの?」


腰に付けていた道具袋を外してエスタに投げ渡すと、エスタは目をパチパチとさせながら尋ねてくる。確かに道具袋の中には色々な物が入っているので、かなり大事な物である。でも、今更エスタが道具袋を持ち逃げして、悪さを働くなんて俺は微塵も思っていないし、エスタなら誰かに盗まれるという心配をする必要もない。


それに、道具袋の中には打ち上げ用の料理や飲み物が入っている。それがなければエルレインやティッタ、ムートの三人が、いつまで経っても打ち上げを始めることが出来ない。レオンドルとの話は長くなりそうな気がするので、俺が戻るまで待ち惚けになってしまうのは可哀想である。


「えぇ、大事な物ですけどエスタになら安心して渡せますので構いません。道具袋の中に打ち上げ用の料理や飲み物が入ってますから、取り出してくださいね。もし、使い方が分からなかったら、エルレイン先生に渡してください。先生は知ってますから。・・・ちょっと聞いてますかエスタ?」


人が話をしているというのに、エスタはだんだんと締まりのないにやけ顔になっていく。ちょっと上の空のように見えるエスタの様子に、俺は眉をひそめながら尋ねると「大丈夫、ちゃんと聞いてるわ。絶対に、成し遂げてみせるから」と妙な意気込みを見せてくれる。


そこまで、張り切ってもらうようなことじゃないが、とりあえず、やる気だけはあるようなので、エスタに任せておいて大丈夫だろう。・・・多分。


俺からの話が終わると、エスタはスキップをするかのような軽い足取りで去っていく。その後ろ姿を見送ってから、俺はカルスタンに向き直る。カルスタンもエスタのことを目で追っていたようでこちらを向いて居なかった。


「さてと、お待たせいたしました。では行きましょうか」

「ふむ、中々興味深いものを見せてもらった」


俺が声を掛けるとカルスタンは顎を撫でながらこちらに振り向いて、エスタのことをそう評した。エスタの服装はこの国では珍しいものなので、確かに興味深いだろう。


「興味深いもの?あぁ、エスタの衣装は、忍ぶ者の故郷の品のようですからね。この国では珍しいでしょう」


俺はカルスタンに「そうですね」と頷いて見せると、なぜかカルスタンは怪訝そうな顔をされてしまう。しかも、「うーむ。君は思いの外、鈍いのやもしれぬ」と呟くように言われてしまった。どうやら、俺は的外れの回答をしてしまったらしい。


・・・でも、他に興味深いものって何かあったっけ?


思い当たる節がなかった俺は、これ以上の明言を避けることにした。鈍いと言われている以上、これ以上深堀したところで、泥沼にはまるだけのような気がしたからだ。とりあえず、貶されていることは理解出来たので、俺は不満を呈するために、口を尖らせながらカルスタンに尋ねる。


「それでカルスタン卿。俺はどこに行けばいいのですか?」

「おぉ、そうであったな。我等が向かうのは学園長室だ」


カルスタンが俺の隣を歩き、その周りを騎士団が取り囲むようにして学園長室まで移動することになった。周りから見たら、どこからどう見ても俺が騎士団に捕まって、連行されているようにしか見えない。いや、ように、ではなく間違いなく連行されている。


学長室前にたどり着くと、先頭を歩いていた騎士の一人が学園長室のドアを開けてくれる。俺は、カルスタンに先に入るようにと言われながら、背中を軽く押されつつ、学園長室に入った。


「遅いではないかルート!」


学園長室に入ると学園長室に置いてある執務机の前で、腰に手を当てながら仁王立ちをしたレオンドルが待ち構えていた。入って早々、文句を言われるが、そんなことを言われても困る。急に呼び出されて、こちらにも都合というものがあるのだ、と文句を言い返したいところだが相手は一応、王様だ。そんなことが出来る訳がない。


俺はそんな不満をおくびにも出さずに、張り付けた笑顔で「申し訳ございません」と謝りつつ、「ご用命に従い参上致しました」とレオンドルの前に跪く。


「そのような畏まった態度はいらぬ。この部屋に居る者は身内のようなものだからな。態度を崩して構わぬ。それにそんな畏まった話し方では、碌な話が出来ん」


レオンドルの不満そうな言葉に俺は顔を上げて部屋の中を見渡す。レオンドルの傍らに立っているはエリオット。応接用のテーブルの椅子に座っているのが、ケイフィスとジェイド、それに王妃のリーリア。リーリアは優雅にお茶を飲んで寛いでおり、そのお茶を入れたあろう近衛騎士兼メイドのシェリアがリーリアの後ろに佇んでいる。後は、学園長室のドアの前に立つカルスタンだ。


・・・なるほど、確かにいつもの小会議室のメンバーだな。


部屋の中をぐるりと見渡した俺は、レオンドルのお言葉に甘えて態度を崩すことにする。跪いていた俺は、立ち上がって、急な呼び出しを受けたことの不満を隠さない顔をしながら、レオンドルに尋ねる。


「それで、どのようなご用件ですかレオ義伯父様?」

「自分で言っておいて何だが、畏まった態度はいらぬと言って、そこまで露骨に変わるのはそなたぐらいだな」

「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」

「褒めておらん!」


レオンドルと軽い漫才をしているとエリオットが「父上、話が完全にずれています」と冷静なツッコミを入れる。レオンドルはやれやれといった感じに首を横に振ってから、「先ほどの件、洗いざらい話してもらおうか!」とぐにゅっと眉を寄せた怖い顔をしながら、問い質してくる。


「洗いざらい話せと言われても、先ほど闘技場で話した通りです。魔法が使えない人でも、魔法を使えるかもしれない可能性がある。そして、それはエスタが魔法を使ったことで実証もされました。まあ、それには練習用の魔術具が必要になりますが・・・。あぁ、なるほど。契約魔術で誓約してもらう内容についての資料を出せと言うことですね」


話すべきことは闘技場で話したと自分で話しながら、俺はポンと手を打った。レオンドルは一刻も早く契約魔術に関する資料が欲しいのだと理解したからだ。俺は資料の入った道具袋に手を伸ばして「あっ」と声を出す。


「そういえば、道具袋はエスタに預けたのでした。道具袋を取りに闇属性の研究室に行っても良いですか?」

「ふむ、そなたそのまま戻って来ない気だな?それは俺にも打ち上げに参加して欲しいということか?」


・・・なぜ、レオ義伯父様が打ち上げの話を知っているのだろうか。


レオンドルに俺の裏の目的を的確に当てられてしまったことに思わず感嘆の息を吐く。さすが、さぼり癖のある王様だ。俺は、レオンドルも似たようなことをしたことがあるのかもしれないと、肩を竦めながら首を横に振って見せる。


「それはやめて上げてください。ティッタたちが可哀想です」

「打ち上げに行くことは否定せぬのだな。全くそなたときたら・・・、カルスタン。外の者にルートの道具袋を持ってくるように伝えてくれ」


レオンドルの命令を受けたカルスタンが学園長室から出ていくところを見届けてから、レオンドルは片眉を上げながら俺のことを見下ろした。


「そなた、友達のことは大切にするのに、俺には冷たくないか?」

「うーん、レオ義伯父様に優しくした覚えはありませんが、冷たくした覚えもありませんよ?」

「面倒事を押し付けたくせにか?もしかして、ルートよ。本当は俺のことが嫌いか?」


レオンドルは俺のことを探るようなジトッとした目で俺のことを見る。好きか嫌いかと問われたら答えるのは難しかったが、嫌いかどうかと問われたら答えは実に簡単だ。


「王都に留まるようにとの王命を受けた時、全く恨まなかったと言ったら嘘になりますね。でも、今はレオ義伯父様の人となりを知りましたから、嫌いと言うことは決してありません。それに今回のことは、むしろレオ義伯父様なればこそ、なのです」

「どういう意味だ?」

「愚痴愚痴と文句を言う姿を見せたり、呼ばれてもいないのに勝手に人の誕生パーティーに来たりとレオ義伯父様にはお茶目な一面がありますが、いざと言う時は、王としての役目を全うしているでしょう?それに学園が今の平民も貴族も同列に扱うという方針を打ち出したのはレオ義伯父様でしょう?単に王様として固いだけでなく柔軟な発想の持ち主でもある。そんな王様としてのレオ義伯父様を俺は信用しています。だからこそ、どう考えても面倒事になりそうなことを丸投げ出来るのです。そもそも、もし、信用していなかったら、あんな大勢の前で大々的にはやらずに、もっと秘密裏にやってます」


俺が胸を張ってレオンドルの質問に答えると、レオンドルは何とも言えないといった感じの複雑な表情を見せてから、「おいこら、ルート。言いたい放題の上に、本音まで漏れておるではないか」と唸るような声で呟いた。


「えぇ?だって、洗いざらい話せと言ったのはレオ義伯父様ではないですか。だから、ちゃんと包み隠さずに答えました。命令通りでしょう?」


俺はコテリと首を傾げてから、改めてえっへんという感じに胸を張る。「それはそうだが、そうじゃない」と言いたげなレオンドルの様子に、傍らで見守っていたエリオットがクスッと小さく笑ってから「良かったですね父上」と声を掛ける。レオンドルは益々、苦虫を潰したかのような顔付きになった。


「うふふ、駄目よレオ。ルートを言い負かそうなんて、どう考えても貴方には無理だわ」


上品にクスクスと笑ったリーリアが、シェリアに椅子を引いてもらって立ち上がる。コツコツと小気味良く靴を鳴らして、優雅な動きで俺の目の前までやってくる。楽しげな笑みを浮かべているリーリアは目を細めながら、俺の頭を撫でる。


「ルートも考えているように、今日のことは大事になるでしょう。だから、ルートも手伝って下さいね」

「もちろんですリーリア伯母様。丸投げにはしましたが、これで終わり、という訳にはいきませんから。何より、魔術具の製法は、魔法ギルドに伝えてませんし、伝えるつもりもありません。俺が魔術具を作製しなければなりません」


リーリアが俺の回答に満足そうにニコリと頷いてから、レオンドルに目を向ける。どうやら、バトンタッチするようだ。続きをどうぞ、というリーリア視線を受けたレオンドルは、「ルートは女、子供に甘くないか?」とぼやきながら、リーリアに頷いて見せた。


・・・うん、間違ってないな。もっと言えば、妹、弟にはさらに甘い。遠く離れてしまって会えないからこそ余計にね。


「では、ルートよ。まずはその魔術具についてから話をしようか?」


レオンドルは腕組みしてどっしりとした構えたポーズをしながら俺のことを見据えた。

ちょっとした思いつき第二弾。


エスタ「あたしがメインディッシュじゃなかったの?」

ルート「そのはずですが、嫌がっていたけど本当はもっと尺が欲しかったですか?」

エスタ「それはいらない。でも、あたしよりも後の方が長いってどういうこと?」

ルート「文句なら計画性のない作者に言ってください」

作者(あ、はい、すみません(五体投地))

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