第十二話 防戦と反撃
倒れている兵士とクリムギアとの間に割って入った俺は、兵士に声掛けた。返事がなかったため、駄目だったかと思ったが、微かに兵士のうめき声が聞こえる。良かった、まだ生きているようだけど・・・。
すぐにでも回復をしてあげたいがそんな隙を見せたら襲い掛かってくるだろう。俺は、腰に付けていた木剣を手に取ってクリムギアと対峙する。
クリムギアはこちらを伺うように少し距離をとっていたので、俺は今のうちにと思い補助魔法で身体能力を上げておく。身体能力を引き上げた後、牽制の意味を込めて魔法で火球を放った。正直、素早い相手に当たると思っていなかったのに火球はクリムギアに直撃した。「お、やったか?」と自らフラグを立て、全然、ビクともしない相手を見て「やってない」と即回収するのであった。・・・まあ、はなっからどうこう出来るとは思ってなかったけど。
クリムギアは「今、何かしたか?」と言わんばかりの涼しげな顔をしている。野生の動物なら火を怖がったりするかな?と少し思っていたのだが考えが甘かったようだ。もしかしたら、火属性に強いのかもしれないな。
火球自体は全く効果がなかったが、俺に意識を惹き付けることには成功したようでクリムギアの鋭い視線は後ろに倒れている兵士ではなく、俺を完全に捉えている。よし、これで少しずつこの場から引き離してと思った矢先、クリムギアが突っ込んできた。
「グルゥ、ガアァ」
「くそっ!速い」
俺は再度、魔法障壁を張って攻撃を防いだが、クリムギアは魔法障壁にぶつかったまま、今度は力任せに打ち破ろうとしてくる。俺は、魔法障壁が破られないように魔力を注ぐ。魔力が続く限りは、攻撃を防ぐことは出来そうだが、このまま、どんどんと魔力を消費させられるのはまずい。
このままではまずいと考えた俺は、土属性の魔法を使い、クリムギアの足元の土を鋭く隆起させるが、危険を察知したのか、クリムギアは土が隆起する直前に後ろへとジャンプした。当たりはしなかったが、距離が出来たから良しとしよう。
とりあえず、直接、攻撃を魔法障壁で防ぎ続けるのはまずい。魔力が枯渇した時点でアウトだ。なるべく、最大まで身体能力を上げて、攻撃を避けるか木剣でいなすかして魔力を温存しなければいけない。どうしても避けれない攻撃は魔法障壁で防いで、ソフィアたちが戻ってくる時間を稼ぐしかない。・・・身体能力の上げ過ぎは、後で身体への反動がきついんだが今は泣き言を言ってる場合じゃないな。
それから俺の防戦が始まる。体当たりのような直線的な攻撃は避ける。引っ掻き攻撃がきたら木剣で軌道をそらす。今までの修行には意味があったようで、うまくさばくことが出来てきていた。・・・剣舞を習っておいて良かった、姉様ありがとう。
だが、連続攻撃を受けるとあいつの方が力も速さも上のため、どうしてもさばききれなくなる。そして、対応しきれずに攻撃をくらいそうになったら魔法障壁を張り、すぐに魔法攻撃を仕掛けて距離をとらせた。同じような防戦が何度も繰り返される。・・・なんとか攻撃を防いでいるけど正直、ギリギリだ。
少しでもミスをすれば一気に窮地へ追い込まれるのが分かる。ウィスピに付き合ってもらって修行をしてきたが、それとは全然違う。向けられた殺気に息が詰まりそうな感覚になる。それでも、今までの修行はこういう時のためだろと考えて自分を鼓舞する。
それにしてもあいつ元気だな。ずっと激しく動いているのにバテたりしないのだろうか。まあ、魔獣にそんな常識が通じるとは思わないけど。かく言う俺はちょっとバテてきた。むぅ、体力強化ももう少ししておかねば。
どれだけの時間が経ったが分からないが、なんとか相手の攻撃をうまくさばき、バランスを保って攻撃を防げていた。だが、突如、その均衡が崩れてしまう。引っ掻き攻撃を木剣でいなそうとした時、度重なる攻撃を受けていた木剣がついに折れてしまったのである。攻撃をいなしきれなかった俺は体勢を崩してしまい、その隙を見逃さなかったクリムギアは、顔を思いっきり振り上げて鼻先を俺にぶつけてくる。俺は、その攻撃を防ぐこと出来ずに後方へと吹き飛ばされ、建物の外壁に身体を強く打ちつけた。
「グッ、かはっ」
骨が軋む鈍い音がする。強く背中を打ちつけた俺は、一瞬息が出来なくなった。補助魔法で防御力をしっかりと上げて打たれ強くなっているはずなのだが、それでもこれか。ものすごく痛い。俺がしばらく痛みでその場で動けないでいると遠くから声が掛かる。
「ルゥ兄様ぁ!」
動かない様子を見たリリが大きな声を上げてこちらに駆け寄ってこようとしていた。
俺はハッと顔を上げ「リリ、こっちに来ちゃ駄目だ!」と叫んだが、それでもリリはこっちに走ってくる。
そんな様子を見ていたクリムギアが今度は、リリを標的として動き始めていた。まずい、このままではリリが危ない。俺はすぐにリリの方へ駆け出した。
クリムギアの方が動き出しが早かった分、このままだと先にリリの元にたどり着いてしまう。俺は、やらせるものかとさらに補助魔法で素早さを上げて走った。しかし、それでもあいつの方が早い。形振り構っていられないと思った俺は、魔法で自分の背後から強風を起こして、自分自身を吹き飛ばした。
吹き飛ばしたことでリリの目の前まで迫ろうとしていたクリムギアの顔に衝突した。クリムギアが少し怯んだ隙に俺は、リリに覆い被さるようにして身体を張った。
次の瞬間、背中に激痛が走った。クリムギアの引っ掻き攻撃が背中をえぐったのである。
「っ。・・・あああああぁぁぁぁ!!」
俺は痛みで意識が飛びそうなのを思いっきり叫んで意識を保つと同時に何かが吹っ切れた。いや、吹っ切れたというかキレた。俺は叫びながら反転する。クリムギアは噛み付こうとしていたが、俺はまだ手に持っていた折れた木剣を噛み付こうとして近づいてくる鼻先に突き刺して力任せにねじ込んだ。
思わぬ反撃を受けたクリムギアは、少し後方に距離を取った後、痛いのだろう、のたうち回っていた。どうだ、見たかとその様子見ながら俺は膝から崩れ落ちたが、倒れそうになるところをリリが支えてくれた。
「ルゥ兄様。私のせいでひどい怪我・・・」
「リリのせいじゃない。それにすぐに魔法で回復するさ」
青ざめて泣きそうな顔をしているリリに笑顔を見せながら大丈夫だということをアピールする。当然、やせ我慢だ。
俺はすぐに光属性の治癒魔法で回復を使った。・・・・遅い!今は一分一秒でも時間が惜しいのに回復が遅すぎる!あいつがいつ立ち直るか分からないのに回復なんかで時間を掛けてられない!
普段であれば、さほど気にすることもなかった回復する時間に憤りを感じた俺は魔力を解放し、光属性以外の属性の治癒魔法も使用する。多重属性の重ね掛けをすればちょっとでも早く回復するんじゃないかと思ったのである。俺の身体に色々な色の光が集まってくる。そして、身体が光につつまれたかと思った瞬間、カッと一瞬まぶしく光り、それとともに背中の痛みが完全に消えていた。
「これはいったい?けど、詮索は後だ!」
動けるようになった俺は、リリをお姫様だっこで抱きかかえて、冒険者ギルドの前で心配そうにこちらを見ているミーアの元へ走った。
「ミーアさん!リリを頼みます」
「ええ、ごめなさい。リリちゃんを止められなくて。それよりも怪我は大丈夫なの?」
「怪我は魔法で回復出来たので大丈夫です。けど、今のでかなり魔力を消費しました・・・だから」
無理矢理行った治癒魔法でかなりの魔力を消費していた。これではもう、さっきのような防戦をしてもすぐに魔力切れになって時間稼ぎどころではないだろう。でも、俺はすでに、時間を稼ぐのはやめだと思っていた。なぜかって?さっきも言ったとおり、俺はキレている。
「残りの魔力であいつをぶっ倒します」と宣言した。ストレスの溜まる防戦をしていた俺は、今、凄くいい笑顔をしてるだろう。・・・ちょっと、ミーアが引いてるような気がするけど見なかったことにしておこう。
さて、倒すと宣言したものの、どうやって?と考える。あいつは恐らく、水属性に弱いはずだ。火球は避けることもなく受けていたが、他の風、土、水の三属性の魔法は避けていた。ということは、三属性であればダメージが通るということだ。そして、火に強いことを考えれば、三属性の中で一番ダメージを与えられるのは水のはず。だが、困ったことに魔法で水球をぶつけるだけで倒せるとは思えないし、当てるのも難しいだろう。せめて、凍らせることが出来れば。・・・くそ、出来ないことを考えても仕方ない。
俺は、どんな水属性の魔法をクリムギアに当てるかを考えてながら視線を彷徨わせていた。
辺りを何気なく見渡して、あるものが目に入る。冒険者ギルドの建物に寄り掛かって気絶しているフリット。その傍らに落ちている剣に目が留まった。
「剣、剣・・・そうか。あれが出来れば」
俺はフリットに駆け寄りながら「後で返しますからちょっと借ります」と言って、傍らに落ちてる剣を拾った。・・・まあ、気絶してるから許可もらえてないんだけど。勝手に拝借します。
俺は拾った剣に水属性を纏わせることをイメージしながら魔力を消費した。すると剣が青い光を帯び始める。そう、俺が思い付いたのは魔法剣だ。斬撃に属性を持たせて攻撃すればいけるんじゃないかと思ったのである。完全にぶっつけ本番なのだが、やってやる。後は、どうやって攻撃を当てるかだが、これはすでに思いついていた。
俺は、クリムギアのいる方へ向いて剣を突き出しながら「さあ、これで終わりにしようぜ」と挑発する。クリムギアは痛みが引いたのかこちらを鋭い視線で睨んでいる。その目には怒りが宿っているように見えた。いいぜ、それでいい。かかってこいよ。
少しの間睨み合った後、お互いに動き出した。クリムギアは突進して体当たりをしてきたのでそれを避けて、すかさず距離を詰めた。クリムギアはこちらに振り向きざまに引っ掻き攻撃をしてきたので剣で受け流す。だが、怒りがこもっているからだろうか、先程とは威力が違い俺は体勢を崩してしまった。
体勢が崩れた俺はバランスを取ろうとして左半身が前のめりになる。その前のめりになった身体に噛み付こうとクリムギアの大きな口を近づいてきた。俺は避けるのではなく左腕を突き出し、クリムギアに噛み付かせてニヤリと笑う。俺の左腕に噛み付いて無防備な状態で目に前にあるクリムギアの首もとを目掛けて、下から突き上げるように水属性を帯びた剣を突き刺した。そして、突き刺すと同時に残りの魔力を全て消費して水属性の威力を上げた。クリムギアの背中の方に青い光の筋が飛び出しているのが見えた。
これでどうだと思いながら様子を伺うと噛み付く力がだんだんと弱くなっていくのに気が付いた。そして、噛み付いていた口が左腕から外れるとともにクリムギアがその場に崩れた。どうやら、肉を切らせて骨を断つ作成は成功したようだ。
俺は、噛み付かれてひどく傷む左腕を庇いながら、ミーアとリリの元へと歩いた。左腕は、噛み付かれる瞬間に軽く魔法障壁を張っていたおかげで、食いちぎられることなく、なんとか繋がっている。まあ、動かすことが出来ないんだけど。・・・ソフィアが来たら治してもらいたいけど怒られるかな?
俺がミーアとリリに近づくにつれ、先ほどまで安堵の顔をしていた二人の顔が焦りの顔へと変わっていくのに気が付く。
「ルート君、うしろ!」
「ルゥ兄様」
二人の声にハッと後ろに振り返る。くそ、あいつまだ動けるのかよ。
クリムギアが立ち上がって、俺に迫ろうとしていた。動きは鈍いが、確実に近づいてくる。俺は既に満身創痍で逃げること出来ないし、魔力の使い過ぎでいつ意識が飛んでもおかしくない。万事休すかと天を仰いだ。
「・・・ルゥ」
どこかから俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。・・・誰だ?意識が朦朧としていたので幻聴かとも思った。だが、その声は、だんだんと大きくはっきりと聞こえてくる。
「私のルゥから離れなさい!!」
声がする方を見るとソフィアが凄い速さで走っていた。その後ろにはエリオットとアルの姿も見えた。
戻ってきたソフィアたちの姿を見た俺は、安心して意識を手放した。