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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第百十七話 魔法祭 二年目 後編2

「さあ、やってまいりました。記念すべき第一回、魔法祭グランプリ。わたくし司会者兼実況者兼主催者のルート・エルスタードです」

「おい、ルート。一体何を始めようと言うんだ?」

「それでは、出場者の紹介を始めさせて頂きます!」

「聞いてねぇ・・・」


俺は声を増幅させる魔術具を使って、声高々に宣言する。見学に来てくれたフレンが、いきなり観衆の注目が集まる場所に駆り出されたことに、不機嫌そうな顔をしているが無視だ。アーシアは何が始まるのかと興味津々に目を輝かせ、レクトは黄色い声援に応えているし、エリーゼはすでに諦め顔で大人しくしている。フレンも早々に現状を受け入れるが吉である。


・・・さあ、皆で盛り上がろうじゃないか!


「まず第一から第四のコースまでは俺のクラスメイト、魔法使いコース二年生のフレン、レクト、エリーゼ、アーシアの四人です。第五のコースは、何と魔法使いコース一年生を担当するイシュエラ先生。出場者の中で、唯一の成人です。果たしてその実力はいかに?続いて、第六のコースは、騎士コースから参戦、同級生からリーダー的存在として頼られるウィル。魔術具の扱いは果たしてどうか?そして、最後の第七コースは文官コースからの刺客、謎の覆面少女」


学園の制服に黒の覆面姿という異色の格好で現れた覆面少女に観衆がざわざわとする。最後に紹介した覆面少女は言わずと知れたシルフィアである。学園の意向で目立つ行動を控えさせられているシルフィアに、エスタの忍ぶ者としての装束である覆面を借りて被ってもらった。


シルフィアの特徴的なサクラ色の髪も、しっかりと結い上げて覆面の中に隠しているので、髪の毛の色からシルフィアだとばれることもない。覆面をしていることで余計に目立ちまくっているが、ざわざわとしている会場から聞こえてくるのは「誰だ?」という声が多いで問題ないだろう。


・・・ばれなければどうと言うことはない、なのだ。


俺が「よし、大丈夫」と思いながらグッと手を握っていると、エリーゼが笑顔で詰め寄ってくる。目の笑っていないひんやりとした笑顔に、俺の身が大丈夫じゃないことを俺は悟る。


「ねえ、ルート。そろそろ何をするのかちゃんと説明をしてもらっても良いかしら?」

「も、もちろんです。これからご覧の皆様にも説明しようと思っていたところです。コホン、これから、俺が作った魔術具、自動車の模型を使ったレースを行います。あ、レースと言うのは、この自動車を走らせて誰が一番早いのか競わせる競技のことを言います。走るのは、この運動場を改造したご覧のコースです。大きな曲がり角があったり、凸凹道があったりと、単純に走らせるだけでもちょっと難易度が高いコースを三周走ってもらい一番にゴールしたものが優勝です。・・・という訳ですエリーゼ」


観衆に向けた説明を終えてから、チラリとエリーゼの顔を見上げる。エリーゼは手を額に当てながら、頭が痛いと言わんばかりの顔をしている。エリーゼは俺の視線に気が付くと、やれやれといった感じに首を横に振った。


「よく分かる説明をありがとうルート。それで、どうして私たちが出場者なの?」

「え?不満ですか?皆で一緒に遊ぼうと思った結果なのですけど」

「別に不満という訳ではないけれど・・・。一緒に遊ぶと言ってるルートが出場者に入ってないじゃない」

「それはだって、主催者が参加しちゃ駄目でしょう。ちゃんと優勝者には賞品を用意するつもりですし」


俺の言葉にピクリと反応したのは、フレンとアーシアの二人である。二人は目を輝かせながら、エリーゼと俺の間に割って入ってくる。


「ルート、賞品ってなんだ?何をくれるんだ?事と次第では、俺は本気を出さなければならない」

「ルートちゃん、賞品は何を出してくれるの?私も本気を出した方が良い?」

「やる気になってくれて、うれしい限りです。優勝者には、今年の収穫祭の屋台で販売する予定の新作料理を先行で振舞おうかと思っています」

「ルートの新作料理か。なるほど。どうやら、負けられない闘いのようだな」

「えぇ、そうねぇ。私も負けられないわぁ」


俺の説明を聞いたフレンとアーシアの二人は素早く踵を返すと、自動車の魔術具を走らせる練習をし始める。やる気満々で何とも頼もしい姿に、思う存分楽しんでくれたら良いと思う。二人のやる気ある姿を目の当たりにしたエリーゼが、深々とため息を吐きながらジトリとした目で俺のことを見る。


「はぁ、食べ物で二人を釣るだなんて、ルートは悪い子ね」

「では、エリーゼは不参加ですか?」

「いいえ、もちろん私も参加するわ」


・・・しっかりと自分も釣られてるじゃないか。


そうエリーゼにツッコミたいところではあったが、エリーゼの耳がちょっと赤くなっているので、これ以上深追いするのはやめておくことにする。やり過ぎると俺の頬っぺたが犠牲になる可能性が極めて高いからだ。エリーゼが練習しに行く様子を大人しく見送っていると、覆面少女ことシルフィアが俺に近付いて耳元でささやく。


「ふふ、ルート君はクラスメイトと仲良しなのね」

「はい、良き友人に恵まれたと思ってます。もちろんシルフィア先輩もですよ」

「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。それじゃあ、私もルート君の良き友人として、精一杯闘わせてもらうわね」


出場者全員が自動車の魔術具を走らせる練習をする中、一人だけ突出して操作が上手いことに歓声が上がる。謎の覆面少女だ。音属性で知覚しているとはいえ、目が見えないというハンデを背負っていることには違いないので、実は一人だけ先行して練習をしてもらっていた。平然と自動車を走らせる彼女の姿を見て、誰も彼女が目が見えないとは思わないだろう。



「では、そろそろ、練習時間を終わりにしたいと思います。皆、開始位置に自動車を置いてください」


俺は手をパンパンと叩いて注目を集めてから、位置に付くようにと声を掛ける。それぞれ、動かしていた自動車を手に持って、開始位置にセットしていく。最後にイシュエラがシルフィアの分の自動車も一緒にセットしたことで、レースを始める準備が整った。


「それでは皆、準備は良いですね?では、俺が五つ数字を数えて、最後に鐘を鳴らしたらレース開始です。それでは皆様、ご唱和ください!五、四、三、二・・・」


個人的には、本当は銃を使ってパンッと小気味良い音を鳴らしたいところだった。だが、銃という武器を下手に作らないほうが良い。「それは何?」と聞かれて困るのは俺なのだ。もしかしたら、どこかの国では似たようなものがあるかもしれないが、少なくともこの国で見たことないので尚更である。


俺は観衆を煽りながら、一緒にカウントダウンに参加させる。最後に一際大きな声で「いーち!」と叫んでから、予め用意していた小さな鐘を、手に持った木槌で勢いよくカーンと打ち鳴らす。


スタートの合図と同時にいち早く走り出したのは、ここまで目立つ行動が全くなく、大人しくしていたレクトである。スタートダッシュに成功したレクトは、フッと笑みを浮かべる。


「随分、大人しいと思っていたらレクト!狙ってたな!?」

「速さを競うのであれば、沈着冷静さが必要だよフレン」


フレンが「ずるいぞ!」とレクトに文句を言うが、レクトはすまし顔でそれを流す。フレンがぐぬぬ顔をしている内に、一番を走るレクトの自動車が第一のヘアピンカーブへと差し掛かる。レクトは難なくカーブを曲がり切るとこれぐらい何の問題もないといった余裕な顔を浮かべる。どうやら、この短い練習時間の中で、レクトはかなりコツを掴んでいるらしい。


・・・レクトもやる気満々ってことか。これは面白くなってきた。


レースコースは、凸凹道や起伏の激しい坂道、第二、第三のヘヤピンカーブと続く。順位はそのまま一番がレクト、二番がフレンという順位で一周目を終える。コースアウトをしたり、ひっくり返ってしまったりする者は誰一人として居なかったので、今のところ脱落者はいない。


・・・うんうん、中々皆上手に動かすじゃないか。でも、本番はここからだ。


「ん、何だろうあれは。緑色の・・・甲羅?」

「いや、レクト。緑だけじゃない。赤色の甲羅もあるぞ?一体何だ?」

「何だか、嫌な予感しかしないのは私だけかしら?」


レースが二周目に入るとコース脇の地面が所々せり上がる。せり上がった中には亀の甲羅を模した模型が入っている。そのせり上がった場所のすぐ横のコースを通り抜けた自動車に向けて、甲羅が自動車に向けて射出された。


「ちょっ、危な!何だこれは!聞いてないぞルート!」

「もちろん、言ってませんから。追加の障害物です。サプライズがあった方が楽しいでしょう?うまく避けながら走ってください。ちなみに赤色の甲羅は追尾型です」

「何て嬉しくないサプライズなんだ。さすがはルート、思いも寄らないことをしてくれる」

「それは褒め言葉として受け取っておきましょう」


次々と射出される甲羅に、ついにレクトとフレンの二人が当たってしまう。ちなみに甲羅が当たっても自動車の魔術具が壊れることはない。ただただ強制的に自動車がスピンして一時的に止まるだけである。


「ところでどうして甲羅が飛んでくるの?」

「レースに甲羅は付き物なのです。そういうものだというお告げがあったのです」

「そ、そう。ルートが言うならそうなのね。うん、深くは聞かないことにするわ」


甲羅が射出されることに疑問を呈するエリーゼ。誰もが思うであろう最もな疑問に対して、俺はちょっと電波的な答えを返す。俺の「詳しくは聞いてくれるな」という意図はしっかりとエリーゼに伝わったようで、エリーゼは若干引き気味になりながら、聞くのを諦めてくれる。


・・・本当はバナナの皮も用意したかったけど、市場で見たことがないし、代用品もなかった。キノコはあるけど、キノコで加速させるというロジックが難しかったので断念したし、魔法があるとはいえ、中々思い通りにいかないものである。


俺が内心「くっ」と悔しがっている内に、トップに躍り出たのは的確に甲羅をかわしていく謎の覆面少女、続いてエリーゼだ。その後をアーシアとウィルが走り、フレンとレクトがそれを追い掛けている。最下位は一周目も最下位だったイシュエラで変わっていない。


・・・おかしいな。イシュエラ先生もシルフィア先輩と一足先に練習してて、結構上手に操作していたのにな・・・。あ、なるほど。多くの観衆に囲まれて、人見知りを発動させてるっぽい。人が集まるだろうことは分かってたはずなのに、よく出場してくれたなイシュエラ先生。


そうこうしている内にラストラップである三周目に突入する。三周目のギミックは、コースの至る所が隆起する。しかも、何の前触れもなく突然に、である。隆起した地面に当たろうものなら、コース外に弾き出されるか、自動車がひっくり返ってしまうことだろう。そうなってしまったら、その時点で脱落である。


・・・でも、これ、実は魔法使いが有利なんだよな。


見た目は何の前触れもないが、地面を隆起させるのに土のマナに働きかける以上、魔力の流れが必ず生じる。魔力制御を高め、魔力を知覚することが出来る者は、どこが隆起するか分かってしまうだろう。三周目は、ある意味魔法使いとして日頃の鍛練の成果が問われるコースと言える。


そんな地面が隆起する仕掛けに、一番に嵌ってしまったのはやはり魔法が使えない騎士コースのウィルであった。ずっと、三位から四位ぐらいと高順位を維持して走っていたので「残念、ここまでか」とちょっと悔しそうにウィルは呟く。


ウィルは仕掛けに嵌まってしまったが、残る出場者は見事に仕掛けを避けていく。魔法使いコースの先生であるイシュエラは余裕綽々と、クラスメイトも難なく避けることが出来ている。唯一、文官コースであるシルフィアも、さすが日頃から音属性の魔法を使っているだけあって、魔力の流れを感じ取れているようである。


レースはそのままウィル以外の脱落者を一人も出すことなく、皆が最後のコーナーを曲がる。残すところゴールまでの長い一直線だ。一番はアーシアで、二番はフレン。その後ろにエリーゼ、レクトが並ぶように走り、シルフィア、イシュエラと続いている。


最後の一直線にも、もちろん多くの仕掛けを用意してある。だが、ここまで見事に避けてきているので、順位はこのまま変わらないかに思えた。でもレースはこのままの状態で終わることはなかった。予想外の展開が起こって、会場が一気に盛り上がりを見せることになったのだ。


・・・どんな勝負事でもそうだけど、最後の最後まで、何が起こるか分からないから面白い!


一番を行くアーシアが、地面の隆起を避けて安全な道を走ろうとした時である。どこからともなく、緑色の甲羅がアーシアの走らせる自動車の行く先に落ちてきた。どうやら、誰にも当たらずに地面に転がっていた甲羅が、隆起した地面の勢いで飛んできたらしい。


突如として目と鼻の先に現れた甲羅を避けることが出来なかったアーシアの自動車は、その場でスピンして止まってしまう。アーシアのすぐ後ろを二番手で走っていたフレンは「危ないねぇ」と叫びながら、アーシアの自動車を避けようとする。


だが、避けた先には隆起の仕掛けがあり、フレンの自動車はコース外に弾き出されてしまった。そう、アーシアの止まっている場所こそが、唯一何の仕掛けもない正解の道であった。


フレンの惨状を見たレクトとエリーゼは、敢えて止まっているアーシアの自動車にぶつかるようにして止まる。アーシアの自動車が立て直した瞬間に、一緒になって走り出すつもりなのだろう。そんな三台の自動車が団子状態になっているところに、シルフィアの自動車がやってくる。


シルフィアは団子状態のところにそのまま突っ込むように自動車を走らせるが、ぶつかりそうになる前にクルッと器用に自動車を百八十度反転させると、車体の後部をレクトの自動車に乗り上げさせた。驚くほどの器用さである。


俺が驚きに目を見張っていると、シルフィアが観衆には聞こえない小さな声で「今よ姉さん」とイシュエラに呼び掛ける。最後を走っていたイシュエラが、シルフィアの斜めになった自動車をジャンプ台にして、アーシアたちの自動車を飛び越えていくとそのまま一位でゴールした。


「ゴーーーーール!何という大どんでん返し!常に最下位を走っていたイシュエラ先生が、謎の覆面少女との見事なコンビプレーで、優勝を手中に収めたー!」



大歓声に包まれる中、続けて表彰式を執り行う。優勝したイシュエラには、鋼属性の魔法で作ったトロフィーと副賞に後日、収穫祭でお披露目予定の料理を先行試食する権利を授与した。観衆の注目を一身に浴びたことで、ガチガチに緊張した硬い笑顔のイシュエラであったが、そのお陰でちょっと人の視線には慣れたようだ。


イシュエラは、フレンやアーシアから恨みがましい目で見られても、臆することなくスルー出来るようになっていた。素晴らしい成長ぶりと言える。敗者であるフレンたちには、反省会と称して自動車の魔術具で自由に遊んでも良いと解放してあげたので、今は観衆から参加者を募って、新たなレースを楽しんでいる。


皆の注目が新たなレースに向いているその隙に、いつまでも目立つ場所に居させる訳にはいかないシルフィアを連れて、俺は研究棟の中へと移動する。もちろん、イシュエラも一緒にである。


「あー、楽しかったぁ」

「あれだけ大勢の人が居てちょっと心配だったけど、顔を隠すだけで意外と正体がばれないものなのね」

「そうと知っていたら、もっと早くに試してたのに」


覆面をしたままのシルフィアがそう言いながら、覆面にそっと触れる。でも、そんな格好で何度も人前に出たら、間違いなく正体は一体誰なのか突き止めようとする輩が出てくることだろう。それでは全く意味がない。


「さすがに何度もその格好をしていたら、目立って仕方がありませんよシルフィア先輩」

「・・・それもそうね。うーん、それでもちょっと残念」


シルフィアはするりと覆面の布を外すと「エスタさんにお礼を言わなくてはね」と覆面を丁寧に畳む。


「何はともあれお疲れ様でしたシルフィア先輩。それと改めて優勝おめでとうございますイシュエラ先生」

「そうそう、やったね姉さん」

「シルフィア、ルート君もありがとう」


イシュエラは俺が授与したトロフィーを嬉しいそうに抱き締めながら、はにかんだ笑顔を見せてくれる。そんな風に喜んでもらえたら、あげた甲斐があるというものだ。見ているだけで俺も何だか嬉しくなる。


「でも、優勝出来たのはシルフィアのお陰でもあるから。このトロフィーはシルフィアのものでもあるわ」


イシュエラはそう言うとトロフィーをシルフィアに手渡す。シルフィアは「優勝したのは、あくまでも姉さんであって、私じゃないわ」と言いながらも、トロフィーの感触を確かめるようにペタペタとトロフィーを触り倒す。一頻りトロフィーを触ったシルフィアは首を傾げながら尋ねてくる。


「ところでルート君。このトロフィーって何の意味があるの?」

「意味ですか?まあ、余り馴染みのあるものじゃないですよね。改めて聞かれると何と答えたらいいか、ちょっと難しいところなのですが、そうですね・・・。優勝したという実績を称えるための証、記念品、思い出の品、といった所でしょうか」

「思い出の品・・・」


俺がシルフィアの質問に答えると、シルフィアは俺の言葉を反芻しながらトロフィーを撫で始める。トロフィーはあくまでもイシュエラのものだと言っていたシルフィアだったが、何だか今は物欲しそうな感じに見える。ここでもう一つトロフィーを用意することは造作もないことなのだが、優勝者でないシルフィアに渡すのは何か違う気がする。


・・・何か別にシルフィア先輩にあげれそうなものは・・・。あ!丁度良いのがあるじゃないか!


俺は歌姫の二つ名を持つシルフィアへプレゼントするのに、ピッタリな物があることに気付いてポンと手を打った。道具袋に手を伸ばして、中から手のひらサイズの魔術具をいくつか取り出して見比べる。お目当ての魔術具以外は道具袋になおしてから、シルフィアの手を取って魔術具を握らせた。


「シルフィア先輩にはこれを。見事な姉妹のコンビプレーをレースで見せて頂いて、盛大にレースを盛り上げてくれたお礼に差し上げます」

「これは、掲示板にくっ付いていた録音の魔術具?」

「そうです。でも、魔術具の説明が流れる訳ではありません。良かったら、魔術具のボタンを押してみてください」

「・・・もしかして音楽?」


音声ガイドを作った折に、自分の想像した音を音属性の魔法で再現出来ることを知った。その時に思ったのだ。「もしかして、単純な音だけでなく、音楽を再現出来るんじゃないか?」と。思い立ったが吉日、俺はすぐさま行動に出た。ラフィに「作業は終わったと仰っていたのではなかったですか!?」と怒られてしまったが仕方がない。


結果として、俺の考えは正しかった。大好きだったRPGといったゲーム音楽、有名なアーティストの楽曲、昔懐かしい動揺といった、もう二度と聞くことが出来ないと思っていた音楽を再現することが出来た。俺は感動に打ち震えたが、実は残念なこともある。


当り前と言えば当たり前なのだが、再現出来るのは自分が聞いた覚えのある音楽だけである。つまり、記憶が色あせて曖昧であったり、途中から忘れていたりしたら、再現することは出来なかった。時の流れのせいか、ものすごく大好きだったはずなのに、すでに思い出せない音楽が幾つもあることに気が付いて、俺はちょっと寂しい気分になってしまったのはここだけの話だ。


シルフィアにプレゼントしたのは、その内の一つである。光と闇をテーマにしたRPGの主題歌の曲で、しっとりとしているようで、サビはとても力強い曲調なのが特徴的な音楽である。主題歌を歌っていた人も歌姫と呼ばれるほどの実力者だったので、まさにシルフィアにぴったりの曲と言える。


「どうでしょう?気に入って頂けましたか?」

「・・・とても素敵。こんな素敵な音楽、今までに聞いたことがないわ。聞いたこともないような音に溢れていて、一体どんな楽器が使われているのかしら?でも、これは一体どうしたのルート君?ルート君が作曲したの?・・・もしかして、演奏もルート君がしてるの?」

「これも魔法ですよシルフィア先輩。それも音属性の魔法です。シルフィア先輩は俺の命の恩人だけじゃないくて、こうした楽しみまで与えてくれました。本当にシルフィア先輩には感謝してもしきれません」

「これも魔法で?はぁ、さすがルート君ね。私ではこんなこと出来なかったわ。それと、以前も言ったことだけど、命の恩人だなんて思ってもらうほど、私は何もしていないわ。だから、そんなに感謝してもらう必要はないからね?」

「そうですか?では、心の中で密かにシルフィア先輩へ感謝することにしましょう」

「もう、ルート君って意外と頑固よね。全く」


聞き分けない俺のことをシルフィアが頬を膨らませるようにして怒って見せるが、すぐにクスクスと笑い始めた。茶目っ気のある先輩である。


「あ、そうだ。シルフィア先輩。一つ、良かったらお願いがあるのですが・・・」

「何かしら?」

「その曲にシルフィア先輩が歌詞を付けて、歌って頂けませんか?」

「私がこの曲の歌詞を?」


機嫌良さげな雰囲気のシルフィアに俺は図々しくも歌詞を付けて歌って欲しいとお願いする。歌姫と称されるシルフィアの歌は本当に上手い。初めて学園の森で会った時にシルフィアの歌を聞いて以来、俺はシルフィアの歌のファンなのだ。


俺は歌うことが大好きでもあるシルフィアなら喜んで引き受けてくれると思った。だが、俺が思っていた反応と異なり、シルフィアは曲の入った魔術具を両手で持つと胸元でギュッと握りしめて俯き加減になってしまう。急な頼みごとに明らかに困惑している、といった感じである。


・・・困らせるつもりはなかったんだけどな。ちょっと無茶振りが過ぎただろうか。


プレゼントした曲には当然、歌詞がある。だが、日本語をこちらの世界の言語に訳すと語呂が悪くなる上に、訳したところでこちらの世界では、何を言っているのか意味が伝わらないものとなる。だからと言って、自分自身で歌詞を付けるセンスなど皆無なので論外である。


それならと、歌うのが上手で、歌うことが何よりも大好きなシルフィアにお願いしてみてはどうか、と思ったのだが、急すぎる話だったようだ。


「あの、シルフィア先輩。困らせるつもりで言った訳ではありませんので、今の話は聞かなかったことにしてください」

「ううん、ルート君。私、やるわ。だって、今までに聞いたこともない素敵な曲に、自分で歌詞を付けれるなんて夢のようだもの。最後にやってみたい。絶対、ルート君に私の歌を届けてみせるわ」


俺が今の話を無かったことにしようとすると、シルフィアがハッとしたように顔を上げて、力強くそう言った。困っていたように見えたが、嘘のように今はやる気満々な様子である。丸で一大決心して闘いに赴くような様相だが、ここまで意気込んでやってくれたら、きっと、いや、間違いなく素敵な歌が出来上がることだろう。


俺はシルフィアが引き受けてくれたことに満面の笑みで「楽しみにしてますね」とシルフィアに言う。シルフィアが「任せておいて」と笑みを返してくれる。それと同時に、眉間に皺を寄せたイシュエラがこちらを見ているのが視界の端に映った。

ちょっとした思いつきです。


エスタ「これで魔法祭後編が終わったことだし、あたしの出番はもうないわね」

ルート「何言ってるんですかエスタ?これからがメインディッシュに決まってるじゃないですか」

エスタ「え?やるの?」

ルート「無論です。むしろ、俺たちの魔法祭はこれからだ!です」

作者(打ち切り漫画みたいなこと言うのはやめて!)


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