第百十二話 事後報告会
エヴェンガルが王都近郊に留まったことによる被害が出てから早一ヶ月近くが経ち、季節は間もなく土の季節に移り替わろうとしていた。エヴェンガルを退けてから、国を挙げての復興が始まり、今ではすっかりと王都に普段通りの日常が戻っていた。
元通りとならなかったことと言えば、俺がエヴェンガルを落とすために魔法で作った鉄の塊である。今尚、王都の北西の街道の近くにそのまま転がっている。その取扱いをどうするのか、お偉いさんたちが集まって話し合ったところ、馬鹿みたいな鉄の量で市場が混乱しないように、少しずつ活用していこうという話になったみたいだ。
だが、いざ鉄を削り取って持ち帰ろうとしたところ、硬すぎてびくともしなかったようだ。物理が駄目ならと、試しに魔法で熱してみたようだが、溶かすことも出来なかったようである。魔法によって生み出したことが原因なのか、実は鉄以外の何か別物に変化しているのか分からないが、不思議物質に魔法ギルドが嬉々として研究しているとのことらしい。
ちなみに変わったものもある。エヴェンガルを押さえるために生み出した巨大ゴーレムの残骸だ。エヴェンガルの攻撃を受けて無惨な姿になったが、木の塊として考えたら何かに加工して使うには十分な大きさがあった。そして、こちらは鉄の塊と違って、木こりが切り分けることが出来たそうである。
ついでに、ゴーレムの残骸も鉄と同じく変な性質があるんじゃないかと魔法ギルドで調べた結果、木なのに燃えない性質があったということだ。それはそうだろう。木のゴーレムの最大の弱点は火である。弱点が分かっているのに、弱点に対する耐性を上げない馬鹿はいない。そんな燃えない木材となったゴーレムの残骸は、その特性を活かして高級家具の素材として使われているそうだ。
・・・家具なら大事にしてもらえそうだし、良かった良かった。
感情移入し過ぎかもしれないが、巨大ゴーレムを使い捨てのように扱ってしまっていた。しかも、ゴーレムを無残な姿にしてしまったのは、俺の不手際である。だから、それなりの供養をしなければと、俺は思っていた。腕の立つ職人の手によって家具として生まれ変わるのなら、それに越したことはないと俺はそっと息を吐く。
「なるほど。でも、レオ義伯父様。教えて頂けるのは大変嬉しいのですが、それぐらいの報告なら文官にでも命じて、書簡でもよくないですか?これでも俺、ソフィア姉様と違って魔法祭の準備で忙しいんですけど?」
「あら、ルゥったら失礼だわ。私だって冒険者として、魔法祭時の要人の護衛や会場の警護につくための打ち合わせがあったりして、レオ義伯父様なんかよりも忙しいんだからね」
「忙しいと言うがルート、そなたサッカーとかいう新しい競技を考えて遊んでいたと、エリオットから聞いたのだが?」
レオンドルがジトッとした目で唸るような声を出す。俺はスイッとレオナルドから視線を外した。別にただ遊んでいた訳じゃないし、やるべきことはやったので、怒られる謂れはない。が、遊んでいたという事実には違いない。レオナルドは視線を合わせようとしない俺を諦めて、ソフィアにターゲットを変えた。
「そなたもだソフィア。打ち合わせで忙しいと言うが、そなたが表立つと騒ぎなるから、初めから目立たない場所での警護と決まっておるではないか。今年もどうやってルートを陰ながら見守ろうか、と息巻いていると聞いたのだが?」
「あら?何のことでしょうかレオ義伯父様」
レオンドルの問い掛けにすまし顔で答えるソフィア。俺はレオンドルの言葉に思わず目を瞬いた。
・・・何をやってるんですかソフィア姉様。
俺は隣に座るソフィアに「どういうことですか?」と言わんばかりの視線を送る。俺の視線に気が付いたソフィアはスイッと俺からの視線を逸らして、目を合せようとしない。
「何と言うか、あれだな。そなたら姉弟揃って失礼だな。ちょっと、俺への敬意が足らないのではないか?」
という訳で、俺はソフィアと一緒に王城に来ている。いつものレオンドルの呼び出しを受けて、いつもの小会議室で来ていた。レオンドルからエヴェンガルが退いてからの事後処理がどうなったのか、という話を聞かされていたという訳だ。
だが、事後報告など、どう考えても一国の王様が自分よりも年下に、ましてや子供にすることではない。だから、俺とソフィアはレオンドルに「もしかして暇なの?」と遠回しに告げた訳だ。
レオンドルはムッと眉に深い溝を作ると俺たち姉弟を睨みつけるように怒る。でも、本気で怒っているという訳ではなく、ちょっとしたやり取りが出来るのが嬉しいといった雰囲気が出ている。どうやら、レオンドルも公務で忙しいようだ。この時間はレオンドルにとって、息抜きの時間といった感じなのだと思われる。
「全くそなたたちときたら、似た者姉弟め。・・・大体だなルートよ。そなたの魔法の後始末の話なのだから、もう少し興味を持っても良いのではないか?」
「えぇ?興味を持てと言われても困ります」
エヴェンガルの退けたその日の内に、俺に与えられていた王都から出る権限を剥奪されてしまった。その時点で、鉄の塊もゴーレムの残骸も俺がどうこう出来る対象ではなくなってしまった。それに興味を持てと言われても、正直なところ好きにしてください、ぐらいの気持ちしかない。
・・・王都から出してくれたら話は別だけど。まあ、ないな。王都に戻って来るや否やだったし。
「そなたがやったことだぞ?後始末する身にもなってもらわんと困る」
「その辺りの話は、緊急会議の時に話しましたよね?俺はレオ義伯父様に覚悟を問うたはずです。その結果、首を縦に振って実行するように、と指示を出したのはレオ義伯父様です」
「それは・・・。そうかもしれんが・・・」
俺の反論に机に頬杖をしながら、ちょっと不貞腐れた態度になるレオンドルをソフィアが宥める。レオンドルは「大変なものは大変なのだ」と空いてる左手の人差し指で机の上を意味もなく擦りながらソフィアに愚痴をこぼし始めた。
レオンドルの今の姿には、緊急会議の時にエヴェンガルを討伐することを決断したあのカッコ良さは微塵も感じられない。ちょっと、いや、かなり残念な状態だ。
・・・まあ、王様という立場で、何かと責任が付きまとって大変なんだろうな。俺には関係ないけど。
ソフィアに愚痴愚痴と話したことで少しすっきりしたのか、レオンドルの機嫌が少し戻る。気を取り直したレオンドルは、少し姿勢を正してから「話を続けても良いか?」と尋ねてくる。「脱線したのはレオンドルの方では?」と率直に思ったが、そんなことはおくびにも出さすに俺は笑顔で「お願いします」と首を縦に振る。
「エヴェンガルの動向の件だ。エリオットから報告を受けて、それをルートが寄こした忍ぶ者たちに調査させた。そして、色々と分かったぞ。それにしても忍ぶ者たちは、想像以上に優秀なのだな。正直驚いた」
「魔法が使えない分、身体能力が優れた種族ですからね。足で稼ぐような情報収集は得意とするところでしょう。レオ義伯父様のお役に立ったと言うのであれば、紹介した甲斐があるというものですね」
「うむ。これが一、個人が所有していたと考えると、もっと早めに手を打っておれば良かったと悔やまれるところではあるな」
レオンドルが後悔の念を言うが過ぎてしまったことは仕方がない。でも、レオンドルが忍ぶ者たちへそういう気持ちを持ってくれたということは、忍ぶ者へのイメージ改善に向けて一歩前進したと言えるだろう。
・・・一先ず、これで忍ぶ者が無下に扱われることはないだろうな。
今後、レオンドルが有効的に忍ぶ者たちを活用してもらえれば良い話であり、忍ぶ者たちも自分たちが有能であることをレオンドルに見せつけることで、自分たちの立場を守っていけるようになればいいと思う。
「それでレオ義伯父様。色々と分かったこと、とは一体どんなことでしょうか?」
「ん?あぁ、そうだったな」
忍ぶ者たちが調べたところによると、周期的に決まった場所を通るエヴェンガルは、今の時期は王都から遠く離れた北西の位置、魔族領にあるゼイヌイコマという大きな山に滞在する時期なのだそうだ。本来であればそこに半年ぐらい滞在してから、エヴェンガルは東へと移動をする運びとなるようだが今回は違った。
・・・確かに凄いな。そんなことまでよく調べ上げたものだ。それにしても魔族領か・・・。
今回、いつも通りにゼイヌイコマまで移動してきたエヴェンガルは、半年も経たずに南東へと移動を開始した。つまり、王都に向けて出発したという訳である。
「・・・なるほど。エヴェンガルがいつもと違う行動を取ったのは子供を奪われたからだった、ということを考えると、そのゼイヌイコマという山は、エヴェンガルが子供を生み育てる場所なのかも知れませんね」
「ルートは、エリオットと同じことを言うのだな。よくそんなことをすぐに思い付くものだ」
「さすがにこれだけの情報が揃っていたら皆、同じようなことを思い付くと思いますよ。ねぇ、ソフィア姉様?」
「そ、そうね。私もそう思うわ」
ソフィアに話を振るとソフィアは目を少し泳がせながら胸を張る。ソフィアの実に分かりやすい反応に俺は思わず小さく笑う。俺はソフィアのことをどちらかと言えば知的な方だと思っていた。実際に頭が悪いということは決してない。だが、実は思ったよりも脳筋よりなのかも知れない。今更ながらソフィアの意外な一面を見たような気がする。
とりあえず、変に姉としての威厳を見せようとするソフィアに、俺はニコッと微笑みを向ける。俺の視線に気が付いたソフィアが、視線から逃れようとそっぽを向いた。
「ソフィア姉様?」
「うっ、ごめんなさい。見栄を張りました」
「素直でよろしい」
「ククッ。姉と弟の立場が完全に逆転しているではないか」
レオンドルは楽しそうに笑みをこぼしてから、スッと真面目な顔付きになる。その様子に俺とソフィアは少し背筋を伸ばして姿勢を正した。
「エヴェンガルの動向はこれである程度掴めたと言える。だが、問題なのはそれを成し遂げた方法なのだ」
「一体誰がエヴェンガルの卵を奪ったのか。そして、奪った卵をどのようにして王城のすぐ外にある広場に埋めることが出来たのか、ですね?」
「そうだ。今のところ、その方法が全く分かっておらぬ。方法が分からねば備えることも出来ん」
レオンドルはこめかみをグリグリと押さえてから首を振ると、疲れたようにため息をついた。レオンドルの言う通り予防をすることは悪くない。だが、今回の件を予め備えるということは、とても難しいことだと俺は思う。しかも、エヴェンガルは人の手には余る魔物だったのだから余計に、である。
「うーん、俺としてはあのエヴェンガルから卵を奪うなんて、どうやったのか不思議で仕方がないのです。ただ、結局、その方法が分かったとしても、元より俺たちが備えることではないですよ。どちらかと言えば、エヴェンガル本人が奪われないように頑張ってもらうことです」
「・・・ふむ、確かにそれはエヴェンガル自身の問題ではあるな。ルートの言うことも一理あると思うのだが、なぁ」
「その問題に俺たちが首を突っ込むことは出来ません。それと卵が地中深くに埋められていたことも、似たようなものです。物理的に誰かが掘って埋めたとは考えられないでしょう?」
「ずっと誰かが見張っていた訳ではないが、あの見通しの良い開けた広場で深い穴など掘っていたら、さすがに誰かが気が付くであろうな」
レオンドルが俺の話を聞いて、顎を撫でながら答える。俺はそれに頷いて見せた。
「そうです。それに、そんな大規模に掘り起こされたら痕跡が残るはずです。でも、少なくともそんな掘り起こされたような痕跡はありませんでした。そうなると、一番可能性があるとしたらやっぱり魔法ということになるでしょう。でも、卵を地中深く埋める魔法なんてあるのでしょうか?俺みたいに土属性の魔法を使って大穴を開けてから埋めることも出来なくはないですが・・・。どう考えても目立ちますからね」
「あぁ、そういえば。王城を守っていた騎士から報告があったな。いきなり、地面がせり上がった、と。目を剥いておったぞ」
「あはは、緊急事態でしたからね。説明する暇はなかったので仕方がなかったのです。まあ、何にせよ分からないことは引き続き調査しつつ、あとは今回みたいに長期戦を強いられるような場合になった時の食糧問題をどうするか、その辺りが今のところ出来ることじゃないでしょうか」
俺が食糧の話をするとレオンドルが「そうだ」と何かを思い出したような顔して俺のことを見る。
「食糧問題で思い出した。そなた、エヴェンガルが三日以上滞在した時点で、セイヴェレン商会に命じて食糧を平民に配らせていたそうだな?」
「セイヴェレン商会の名誉を挽回させるための良い機会だと思いましたので、セイヴェレン商会に動いてもらいました。やはり、王都一の商会は伊達じゃなかったですよ。たくさん荷馬車を持ってましたし、腕の良い御者に優秀な従業員と人材も豊富でした。あ、もしかして、タダで食糧を配ったのではないかと心配していますか?それなら、ちゃんと俺がセイヴェレン商会から買い取った上で配らせましたので、セイヴェレン商会の痛手にはなっていませんよ?食糧の配送も眷属に襲われても大丈夫なようにお守りを配布していましたし、被害は出ていません」
「そなた、それだけのことをセイヴェレン商会のためにやったというのか?」
レオンドルは片眉を上げながら怪訝そうな顔をして尋ねてくる。その顔には、なぜ命を狙われた商会を庇うのかと書いてあるのが分かる。でも、その件はすでにゲオールド本人とそれに連なる考えを持つ者全員が処分されている。最早、終わった話である。
ただ、今回セイヴェレン商会を使ったのは名誉挽回の機会を与えるため、というのは実はおまけだ。本当は食糧を供給したい場所があった。それはスラム街にある教会兼孤児院だ。新しく出来るパン工房の従業員候補として、そこの子供たちを迎え入れたいと思っている。
大人よりも子供の方が扱いやすいというのもあるが、俺が孤児院の子供たちのことを買っているのは、何より貧しさから脱却しようというハングリー精神がとても強いところだ。生活を良くしようと前向きに勉強をする姿勢は見ていてとても心地良いものがある。
・・・決して、そこでは兄と慕われるからでは断じてない。そう、断じてないのだ。
だが、俺が特定の一部の者だけを贔屓にするのは何かと問題がつきまとう。特に相手との身分差があればあるほどだ。俺の庇護下にあることを宣言したようなものであるクートとクアンの二人はともかく、まだ孤児院の子供たちとそこまで深い関係がある訳ではない。
だから、そんな問題を考えなくても良いように、セイヴェレン商会を使って大規模に配らせた。王都一と言われたセイヴェレン商会の物量は、その名に相応しいものがあった。それに加えて、自分たちの汚名を雪ぐためということもあって、セイヴェレン商会の従業員たちの働きはとても素晴らしかった。俺も真の目的を達することも出来て、個人的に大満足であった。
「もちろん、食糧に困る人たちのために、何て言うのは綺麗事ですね。厳密に言えば、俺の我儘です。出会ったばかりの頃のクートとクアンの二人みたいに、ひもじい思いをしている子供が居たら嫌だなと思っただけなのです。ずっと外は嵐で天候が悪く、しかも眷属が襲ってくるという、不安で不安で仕方がないところに、空腹にまで襲われたら、とても辛いですからね」
「そうか。そなたの行動は、民のことを憂いてとのことであったか。その決断力を俺も見習わなければならんな」
・・・そんな大それた話じゃないんだけどな。まあ、嘘は吐いてないので、まあいっか。
エヴェンガルに関する話が一段落つくと、ソフィアが急に「はぁ」とため息を吐いて俺の頭を撫でてくる。
「ルゥは学園に入る前からそうだったけど、学園に入ってからは顕著に賢くなっていくわね。お婆様の血を色濃く引き継いでいるのかしら?」
「さすがにそれは褒め過ぎですよソフィア姉様。でも、ちょっと物覚えが良いという自覚はあるので、そうであれば、俺はお婆様に感謝をしなければなりませんね」
「うむ。アレックスでないことは確かだな。アレックスの悪友である俺が言うのだから間違いない」
レオンドルは悪戯っぽくニヤッと口の端を上げながらそう言うので、俺とソフィアは思わずクスクスと笑ってしまう。レオンドルは俺たちの様子に満足そうに頷いてから、またもや真面目な顔をして俺のことを見てくる。先ほどの真面目な顔よりも、真剣さが増しているような気がする。
「ルートよ。俺は王として一つ、そなたに尋ねておかなければならないことがある」
「何でしょうかレオ義伯父様?」
「エヴェンガルの件で、そなたの強さが他の追随を許さぬほどのものだということが、改めて皆に知れ渡ることとなった。そなたはそんなにも強くなって一体どうするつもりなのだ?」
レオンドルにそう問われて俺は一年前にも似たようなことを聞かれたことを思い出す。確かピンクの悪魔と呼ばれる魔物を討伐した時にカルスタンから聞かれていたはずだ。あの時も今も、俺が強くなる理由は一つしかない。俺は一度瞬きをしてから、鋭さが増すレオンドルの視線を見返しながら口を開く。
「俺が強さを求めるのは無論、家族を守るためにです。今回、俺はエヴェンガルに全く歯が立ちませんでした。まだまだ俺は未熟者だということを痛感した闘いでした。だから次は、エヴェンガルを軽く屠れるぐらいの強さを身に付けなければならないと思っています」
心の中で「本当はドラゴンを倒せるぐらい」と付け加えながら意気込みを語ると「そなたこれ以上の強さを身に付けるつもりなのか」とレオンドルは苦笑する。レオンドルがわざわざそんな質問をするのは、俺がこの国にとって害ある存在かどうかを見極めるためだろう。そんな俺から「もっと強くなるつもりだ」と聞かされたら、そんな反応をするしかないだろう。
「レオ義伯父様。どうしてそんな質問をルゥにするのですか?王都の皆を守るため闘ったルゥに対してひどいと思います」
「うむ、ソフィアの言うことも分かっている。だが、強すぎる力を恐怖する者が居ることもまた事実なのだ」
レオンドルが俺のことを責めていると感じ取ったソフィアが、俺を庇うように口を挟む。俺はいつでも味方をしてくれるソフィアに感謝しつつ、ソフィアの袖を軽く摘んでソフィアを止める。
「ソフィア姉様、それぐらいにしてあげてください。俺もレオ義伯父様が言うことは、その通りだと思います。何だかんだ言っても俺はまだ十歳ですからね。そんな子供が街一つを破壊出来るだけの力を持っていたら、不安に思うのは仕方がないことでしょう」
「クッ、そなた自分のことだというのに他人事のように話すのだな」
俺がそう言うとレオンドルは面白がるような顔をして、ソフィアは納得出来ないといった顔で、「ルゥ」と俺を咎めるように名前を読んだ。
「ソフィア姉様。そんな顔しなくても俺は大丈夫ですよ。レオ義伯父様が言った通り、俺のことを誰が何と思っていようと俺にとっては他人事でしかありません。それに何かあったとしても、幸い降りかかる火の粉を払うだけの力を俺は持っていますから。あ、もちろん、好き勝手に使うつもりはありませんよ?俺の逆鱗に触れなければ、の話になりますけど。まあ、そうでなくても人の迷惑にならない範囲で、好きなようにはさせてもらってますけどね」
「ふむ、そう思っているのなら、もう少し自重してもらえると嬉しいのだがな」
「大丈夫ですレオ義伯父様。これでも十分に自重してるつもりです」
「これでか!?」
レオンドルは俺の回答を聞いて、少し腰を浮かせて前のめりになりながら目を剥いて叫ぶ。その様子にソフィアがクスクスと笑った。「はぁ、そなたは本当にどうなっておるのだ全く」と言いながら、レオンドルは浮かせた腰をドカッと椅子に下ろすと、机を指でトントンと叩きながら尋ねてくる。
「では、自重をしているルートに問う。そなた今年の魔法祭で一体何をやらかすつもりなのだ?」
「やらかすとは失礼ですねレオ義伯父様。俺は悪いことをしようだなんて思ってません」
「まあ、悪いことではないであろうな。そんなものにエリオットが許可を出す訳がないからな。だが、昨年のように新たな魔法技術を大っぴらされて、驚かされるのは困るのだ。エリオットから聞いたところ、最終日に行われる騎士コースと魔法使いコースの魔獣討伐演習が終わった後に、時間が欲しいと申請したらしいではないか」
「あぁ、それのことですか。闇属性の研究室で作製した魔術具と忍ぶ者の悪いイメージを払拭するためのお披露目ですね」
レオンドルが「魔術具と忍ぶ者?」と首を傾げてから、「その忍ぶ者とは、あのそなたのお気に入り娘のことか?」と聞いてくる。レオンドルの言葉にピクッと身体を揺らしたソフィアが「お気に入り?」と呟きながら少し怖い目で俺のことを見下ろしてくる。
「レオ義伯父様。その娘で間違いないですが、その言い方はエスタに失礼ですよ。エスタを諜報部隊ではなく闇属性の研究室に引き抜いたのは、適材適所を考えてのことです」
「そうなのか?まあ、そういうことにしておくか」
「ルゥ?エスタという方は、一体どなたのことかしら?」
ニヤニヤとしているレオンドルのことは置いておいて、今はソフィアをどうにかしないといけない。なぜなら、ニッコリと微笑んでいるのにも係わらず、目が全く笑っていないのでとても怖い。
「ソフィア姉様は昨年の魔法祭で、エスタに会っていますよ?」
「会ってる?でも、そんな名前の人と会った覚えはないわよ?」
そんな人は知らないとソフィアは怪訝そうな顔をしながら首を横に振る。
「それはそうでしょうね。俺が勝手に偽名を付けてシノブと呼んでいましたから」
「シノブ・・・。あ、もしかしてあの小さな女の子こと?」
「そうです。でも、あの時にも言いましたが、エスタはすでに成人済み、ですからね?」
「そうそう。ルゥにそう言われて、すっごく驚いたのを覚えているわ」
ソフィアは手をポンと合わせて俺の説明に納得した顔になる。そのあと「やっぱり年回りが近く見えるからなのかしら」と何やらぶつぶつと呟く。
「ソフィア姉様は一体何を言ってるのですか?」
「え?えっと、何でもないわ、気にしないで。それよりも、どうしてルゥは私に偽名なんか教えたの?」
「あの時はまだ、色々と状況が複雑でしたからね」
俺はソフィアにエスタが俺を監視していた忍ぶ者であったこと、エスタを闇属性の研究室に縛りつつ、俺に探りを入れてきた者を暴くために泳がせていたこと、そして、その一環として立場的に本当の名前が漏れると忍ぶ者として差し障りがあったので、人前では偽名で呼んでいたことを話す。
「そういうことだったの。何と言うか、エスタも大変だったのね」
「そうですね。仕える主が悪かったためにエスタも色々と大変だったと思います」
ソフィアの意見に俺がうんうんと頷いていると、ソフィアは「違うそうじゃない」といった感じの曖昧な笑みを浮かべて俺のことを見てくる。どうしてそんな顔をされるのだろうか。解せぬ。
「エスタとの馴れ初め話はそのぐらいでもう良い。それよりも、そのエスタに一体何をさせようというのだ?」
「馴れ初めって何ですか馴れ初めって・・・。それで、エスタに何をさせるのかですが、エスタには魔法少女になってもらって魔獣と闘ってもらいます」
「は?」
俺はレオンドルの質問に至極真面目に答えたと言うのに、レオンドルは「お前は一体何を言っているんだ?」みたいな顔で固まってしまう。意味は分からないかもしれないが、俺は事実を言っているので、別に嘘を吐いている訳ではない。
「・・・ふむ。どうやら聞き損ねてしまったらしい。すまんがもう一度言ってくれるか?」
「エスタには魔法少女になってもらって魔獣と闘ってもらいます」
「二度聞いても訳が分からぬ」
自分の中で一度折り合いをつけたらしいレオンドルは、さっきの話を無かったことにしてもう一度聞いてくる。俺はさっきと全く同じ説明をすると、レオンドルは目頭を押さえながら唸るように声を出す。
「ルゥ、魔法少女って何?」
「魔法少女は魔法少女です。魔法が使える女の子、という意味です」
「・・・それって、普通のことじゃない?」
ソフィアは目をパチパチと瞬きしながら首を傾げた。魔法を使うのに向き不向きがあるとはいえ、魔法を使うことが出来る女の子は普通に存在している、とソフィアは言いたいのだろう。俺はそんなソフィアに首を振って見せた。
「ソフィア姉様が考えていることとはちょっと違います。魔法少女には前提があるのです。ソフィア姉様はさっき俺が言った忍ぶ者がどういった種族なのか覚えていますか?と言うよりも、忍ぶ者のことを初めに教えてくれたのはソフィア姉様です」
「もちろん、覚えているわ。忍ぶ者は魔法が使えない分、身体能力に優れている・・・。あ、もしかして、魔法が使えない女の子が魔法を使えるようになるのが魔法少女、という訳ね?」
「その通りですソフィア姉様」
「ふむ、魔法少女の意味は分かった。だが、それが何だというのだ?」
魔法少女の意味が分かり、すっきりとした顔になったソフィアとは対照的に、レオンドルは益々、顔を曇らせる。「それに一体何の意味があるんだ」と言いたげにしかめっ面をするレオンドルだが、意味ならちゃんとある。それもかなりちゃんとした意味が。別にエスタの可愛い姿を観衆にさらして、忍ぶ者のイメージをアップさせることだけが目的じゃない。
「新たな可能性を見出すために、といった感じですね」
「新たな可能性?新たな可能性とは一体何だ?」
「それを今ここで言ってしまっては、面白くないでしょう。魔法祭の時のお楽しみですね。まあ、忠告だけしておくと、多分、レオ義伯父様が大変な目に遭うことは間違いないでしょう」
「こんなにも嬉しくとも何ともない忠告は初めてだ」
レオンドルは処置なしといった感じに肩を竦めると頭が痛いと言わんばかりに頭を抱えた。




