第十一話 襲撃
外ではずっと警鐘が鳴り響いていた。いったい何が起きているんだろうか。ただ事ではないのは間違いないだろうが、あまりにも突然のことに不安だけが募っていく。
「今鳴っているのって警鐘ですよね?何があったのでしょうか」
「あなたたちは決して建物から出ないでね。私はちょっと外を見てくるわ」
「分かりました。気をつけください」
「えぇ、それじゃ、行ってくるわね」
ミーアは何が起きているのかを確認しに外へ出て行く。俺とリリは言われたとおりに建物の中でおとなしくしているしかなかった。
「ルゥ兄様。リリ、怖いです」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんがついてるから。何があっても俺が守るよ」
不安そうにしているリリを安心させるためにぎゅっと抱きしめる。たぶん俺自身も何とも言えない不安から逃れるためにというのもあった。
しばらくすると、ミーアがリーゼを連れて戻ってきた。なぜ、リーゼと一緒にいるんだろう?
「母様。どういてここに?」「母様ぁ」
「あら、リリ。それにルートも。あなたたちどうしてここに?いえ、その話は後にしましょう。今は時間が惜しいわ。ミーア、すぐにソフィアたちに緊急連絡を入れてちょうだい。あの魔獣は、今、町に残っている兵士では討伐出来ないわ」
「分かりました。でも、今日は遺跡調査に行ってるからすぐには帰ってはこれないと。もっと近場にいる冒険者に連絡した方が良くないですか?」
「いえ、それは駄目よ。ソフィアたちぐらいのレベルでなければ、あの魔獣に歯が立たないわ。だから、少しでも早く!ソフィアたちが緊急連絡に気付けば、すぐに戻ってきてくれるはずよ。それまでは何とか時間を稼ぐの」
リーゼの指示を聞いたミーアは、すぐさま冒険者ギルドの奥へと入っていった。冒険者に対して緊急連絡をするための魔術具を使用するとのことだ。冒険者たちには、何か緊急事態が発生した場合に、冒険者ギルドと冒険者の間で連絡し合うための魔術具を持たせているそうだ。俺はその話を聞いて、携帯みたいな通信機でもあるのかと思ったのだが、どうやら、会話とかが出来るものではなく、魔術具にはめられた魔石が光るだけだそうだ。・・・ちょっと残念。
「それで、ルートとリリはどうしてここに?」
「俺とリリは、町に大きな市が立っていると話を聞いていたので遊びに来てました。家に帰る前に冒険者ギルドに寄ったら警鐘が鳴って」
「そう、それは運が良かったわ。西門から町の中に魔獣が入ってしまったの。もし、冒険者ギルドに寄らなかったら鉢合わせしていたしれなかったわね」
リーゼは、抱きついてきたリリの頭を優しく撫でながら、警鐘が鳴らされた理由を話してくれる。リーゼは町の北側にあるお店でお茶会をしていたそうで、そろそろ終わりにしようかと話をしていた時に警鐘を聞いたそうだ。警鐘を聞いたリーゼはすぐに警鐘を鳴らしている警備兵の兵舎へと向かった。リーゼがいたお店は比較的、兵舎に近かったこともあり、すぐにたどり着いたそうだ。
「いったい、何が起こっているの?」
「これは、リーゼ様。西門から魔獣の侵入を許しました」
「魔獣が?そう・・・。どんな魔獣が侵入したのか分かっているのかしら?」
「報告によると狼の魔獣クリムではないかと思われます。ただ、普通よりも大きかったとの報告が」
「・・・。状況は分かりました。直ちに、町に残っている警備兵を集めて西門へ向かいなさい。ただし、相手をするのではなく時間を稼ぐの。決して一人ではなく複数人で相手をするように!」
魔獣の話を聞いたリーゼは焦りを感じたそうだ。兵士の話が本当ならば、侵入した魔獣はクリムではなく、その上位種の可能性が高いと。普通のクリムならば、今、町に残っている兵士でも十分に対応出来る。何といってもあのアレックスに毎日のようにしごかれているからだ。だが、上位種となると難しい。よりにもよってアレックスや隊長クラスがいないときにどうしてと思ったそうだ。
「何人か私についてきなさい。先に状況の確認をしに西門へ向かいます」
「ハッ」
リーゼは、準備の出来ていた兵士を三人連れて西門まで向かった。西門にたどり着いたリーゼは、魔獣の姿を見て「やはり」と思ったそうだ。魔獣はクリムの上位種、クリムギアであった。
西門は無惨に破壊され、何人かの兵士が倒れている状況であったそうで、すでに応援に駆けつけていた兵士五人がクリムギアに立ち向かっていたそうだ。リーゼは、連れてきた三人の兵士に倒れている兵士の救護を指示するとともに、その場にいた兵士たちにも、まともに相手をするのではなく時間を稼ぐように指示を出した後、冒険者ギルドへと向かったそうだ。クリムギアに対抗するのにソフィアたちを呼び戻すために。
そして、冒険者ギルドへと向かっている途中で外の様子を見に出ていたミーアと出会い、今に至るとのことであった。
・・・俺が襲われた狼の魔獣クリムの上位種のクリムギアか。どんな魔獣なんだろう。
リーゼの話が終わった頃にミーアが戻ってきた。
「リーゼさん、緊急連絡の魔術具に向こうからの反応が返ってきました」
「そう、ありがと。これでソフィアたちが急いで戻ってきてくれるはず。あとは、時間稼ぎと住民の避難ね」
「・・・母様。行っちゃうのですか?」
「ごめんなさいね、リリ。元騎士として、この状況をただ見過ごす訳にはいかないわ。ミーア、私はこれから町の人の避難状況の確認と逃げ遅れた人がいないか見に行きます。この子たちのことよろしくね」
「分かりました、リーゼさん。こちらは任してください」
「母様、お気をつけて」
「うぅ、母様ぁ」
「ふふ、二人ともそんな不安そうな顔しなくても大丈夫よ。現役を引退してだいぶ時間が経っちゃっているから、戦うことは無理だけど、逃げることぐらいなら出来るわ」
リーゼはそう言いながら俺とリリをまとめて優しく抱きしめた後、キリッとした顔つきになって外へと出ていった。俺はあんな真剣なリーゼを初めて見た。普段のリーゼはおっとりほんわかした雰囲気であるが今はとても勇ましい。母様、超カッコいい。
「母様のあんな真剣な顔、初めて見ました」
「そうね。リーゼさん、普段は取っても優しい方だけど、こういうときは凄く頼りになる方だわ」
「リリは一度だけ見たことあるです。ルゥ兄様が襲われたと聞いた日に・・・」
リリは顔を伏せながら、そう話をしてくれた。たぶん、俺が襲われた時のことを思い出してしまったんじゃないだろうか。俺はリリの側に近寄り、安心させるように優しく頭を撫でるとリリがぎゅっと抱きついてきたので落ち着かせるように、リリの背中をポンポンと叩く。
「ところでミーアさんは母様のこと知っているんですね」
「えぇ。私が王都にいた頃、リーゼさんにお世話になったことがあるの。あの時は、まだ現役の騎士だったのだけどとっても素敵だったわ」
俺とリリは、ミーアから昔のリーゼの話を聞いた。どうやら、リーゼは皆の憧れ的な存在だったようで男性からだけでなく女性からも人気があったそうだ。ミーア自身もリーゼのことを憧れていたんだろうな。目がキラキラとしてるよ。
そんなリーゼの心を射止めたアレックスに避難の嵐が起こったそうで大変な目にあったらしい。同僚の騎士や冒険者から男女問わずに「お前がリーゼ様に相応しいか確かめてやる」と何度も決闘を挑まれたそうだ。それでも、流石はミスリルゴーレムを愛の力で屠っただけのことはあり、アレックスはことごとく相手を打ち負かしたらしい。・・・全くうちの父様は本当にどれだけ強かったんだ?と感嘆のため息をつく。でも、俺もそうありたいなぁ。
その後、二人は結婚をして、しばらくの間もリーゼは騎士をしていたが、ソフィアを身籠ったのを期に引退したそうだ。それから数年後、ミーアはこの町の冒険者ギルドの受付として王都から移り住んだ。ミーアは元々、王都にある冒険者ギルドで勤めていたそうだが、ルミールの町の冒険者ギルドで欠員が出てしまい、その要請で派遣されたらしい。本当は一時的な話で、何年かしたら王都に戻る予定であったそうだがずるずると戻れずにいた。そうしているうちに八年前、アレックスが任務中に受けた怪我で利き腕の右手が不自由になったことに伴い騎士を引退し、この町に移り住んできたリーゼと再会したそうだ。
しばらくの間、ミーアと話をしていたら急に「ドンッ」と冒険者ギルドの建物に何かがぶつかる音がして、俺たちは驚く。思わず俺たちは外に出て何が起こったのか確認をする。
「フリットさん!?」
冒険者ギルドの建物にフリットがめり込んでいた。声を掛けたが返事はなく気絶してしている。
どうしてと思った矢先、「ガルゥ」と低い鳴き声が聞こえる。鳴き声が聞こえたほうを向くと一人の兵士にじりじりと迫る魔獣がいた。
「あれが母様が言っていたクリムの上位種、クリムギアなのか。・・・・でけぇ」
ルートが襲われた時の記憶にある魔獣とは倍の大きさはある。少なくとも二メートルぐらいはあるんじゃないだろうか。あんなのがいるなんて本当にこの世界はファンタジーだなくそっと心の中で悪態をついた。
グリムギアは、兵士に飛び掛かりその勢いで兵士を吹き飛ばす。吹き飛ばされた兵士は、噴水の方へ飛ばされ、噴水の縁の石垣に頭から突っ込んでその場で動かなくなった。そして、その兵士にさらに追い打ちをかけようとグリムギアが迫っていた。
俺は、その兵士の元に、無意識のうちに走っていた。考えるよりも先に身体が動いていた。
「くっ。間に合えぇぇ!」と叫びながらその兵士の前に魔法障壁を張る。追い打ちをかけるために飛び掛かろうとしていたグリムギアは急に出来た魔法障壁に勢いよくぶつかる。何かにぶつかったことに驚いたのかグリムギアは一旦、後ろへと大きくジャンプして引いた。その間に俺は、兵士とグリムギアの間に割って入る。
勢いだけで割って入ったものの正面にいるクリムギアを見て「うぅ、でかい。超怖い」と思い身体が震える。けど、こうなってしまった以上、戦闘は避けられない。なんとかソフィアたちが戻ってくるまでの時間を稼がなければと思うのであった。