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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第百九話 緊急会議

「ソフィア姉様、行かせてください!」

「落ち着いてルゥ。今は駄目よ!」


ついに被害者が出てしまったという一報を屋敷で聞かされて俺は焦っていた。被害者の中に、ティッタの兄であるデオが含まれていたからだ。死んではいないという話だが、ひどい怪我を負って危険な状態らしい。俺はすぐにでも、瀕死の怪我を負ったデオが運び込まれたという冒険者ギルドに向かいたかったが、ソフィアに全力で止められた。


「ルゥ、私とあなたに王城への召喚命令が出ているわ」

「俺に召喚命令?」

「そうよ。深刻化しつつある事態に手を打つため、緊急の会議を開くみたい」

「そんな重要な会議にどうして俺が呼ばれるんですか?ソフィア姉様が行けば十分ではないのですか?」

「ルゥ、これは王命よ。その意味は分かっているわね?」


ソフィアは正面から俺の肩をガシリと掴むと、俺と視線の高さを合わせるように顔を近付けてくる。ソフィアの真剣な眼差しに、俺はうぐっと息を呑む。「王命に逆らうという意味が、分からない訳ないわよね?」という無言の圧力がとても凄い。


どちらかと言えば俺に対しての対応が甘いソフィアの真剣な態度に、俺はきつく目を閉じてから、軽く息を吐く。デオが重体だと聞かされて、気がはやっていた俺はソフィアのお陰で少し冷静さを取り戻す。


・・・まだ、生きる。生きてるのなら・・・。


ソフィアは俺が落ち着いたのを見計らうと「今、ルゥがデオさんのところに向かったら、困るはデオさんなのよ」と少し困った顔をしながら俺の頭を優しく撫でる。


ソフィアは、俺が個人的に交友を持ったデオを優先したら、皆の恨みの矛先はデオに向いてしまうと俺を諭す。なぜなら、怪我を負ったのはデオだけではないし、死者も出ている。助けて欲しいと思う人は他にもたくさんいるし、こうしている間にも、もっと怪我人や死者が増えていくかもしれない。


そんな状況で俺がデオだけを優先させた場合、デオが白い目で見られるのは確実だ。しかも、王命をそっちのけにして向かったとなれば、王様から目を付けられてしまう。助けたいはずの相手を、むしろ窮地に追い込むことになってしまうとソフィアに言われて、俺は奥歯をギリッと噛んだ。ぐうの音も出ないほど、ソフィアの言うことが正しいと思ったからだ。


「分かりました。今は諦めます」

「そう、分かってくれたのね」

「でも、やりたいようにはさせてもらいます。要は、デオさんだけでなければいいのですよね?」

「ルゥ?」

「ラフィ、お願いがあります。これを大至急、冒険者ギルドに持って行ってください。俺が作った体力を回復させる回復薬です。治癒効果を高めてますので、何もしないよりかマシなはずです。これを冒険者ギルドに渡して、怪我を負った者に飲ませるように伝えてください。もし、回復薬に毒が含まれるかもと渋る人が居たら、俺の名の元に回復薬を口にねじ込んでください」


俺はそう言いながら、机の上に回復薬の入った小瓶を道具袋から出してずらりと並べる。俺が取り出した回復薬は三十本近くあった。亡くなってしまった人はどうしようもないが、怪我人であれば何とかなるはずだし、今ならまだ、怪我をした人全員に回復薬が行き渡るはずなので、誰かを贔屓にする形とはならないはずだ。


・・・うぅむ。ただ、あれだな。大勢の怪我人が出た時は、広域に治癒魔法を発動させる魔術具を作った方が良いかもしれない。


「はぁ、ルゥはいつの間にこんなにも大量の回復薬を作ったの?」

「今、回復薬の改良を行っているので、暇な時があればでしょうか?」


呆れるソフィアを余所に、俺は樹属性の魔法を駆使して手提げカゴを作り、回復薬を入れてラフィに託す。


「あっとそうだ、ラフィ。これらの回復薬には番号を振っています。どの程度の怪我の人に何番の回復薬を飲ませたのか、それとどれほどの怪我を癒すことが出来たのか、を控えておいて頂くように冒険者ギルドの職員に伝えてください。特に番号が大きいものほど、効果を高めてますので、重傷な人ほど番号が大きなものを飲ませてください」


ラフィは俺の説明を聞いてコクリと頷いて見せると「かしこまりましたルート様」と空いている左手でスカートの裾を摘みながら軽くお辞儀をして、猛スピードで部屋を出て行った。


相変わらず猛烈な雨が降っているので、雨避けの魔法を掛けようと思っていたが、魔法を掛ける暇もなかった。俺の思いを汲んで、少しでも早く回復薬を届けてようとしてくれるラフィの姿に、俺は心から感謝する。



それから俺はソフィアと一緒に馬車に乗って、王城へと移動する。王城へ着くと待ち構えていた騎士の人に王城の中へと案内された。水の季節に召喚された時と同様に、入れ代わり立ち代わりで案内役が変わっていく。最終的に案内されてたどり着いたのは、レオンドルと初めて会った小会議室であった。


ソフィアが先頭に小会議室へと入った一歩目で「遅くなりまして申し訳ございません」と謝る。すると中から「構わぬ。急に呼び立てたのはこちらだからな。それよりも早く座るが良い」と軽い口調のレオンドルの声が聞こえてくる。


・・・あああぁぁぁ、ごめんなさいソフィア姉様。俺が我儘言ったばかりに・・・。


俺のせいで到着が遅くなり、姉を謝らせてしまったことに頭を抱えているとソフィアがこちらを振り返りながら「さあ、入りましょうルゥ」と優しく俺の頭を撫でる。どうやら、気にするなということらしい。ソフィアの甘さがちょっと心に痛い。


小会議室に入ると俺たちが一番遅かったようで、長机の短辺にはレオンドルが一人座り、長辺の俺たちが座るであろう席以外は埋まっている状態であった。


・・・んん?ちょっと待った。今更だけど、俺一人場違いじゃないか?


俺から見て、左側の長辺には手前からジェイド、カルスタンとあと一人、この中では一番年齢が高いと思われる人が座っている。その隣の短辺に王様であるレオンドルが座っている位置関係から考えても、重鎮の中でも一番の上役に違いない。あとは、レオンドルが座る位置から右側の長辺には、妃であり俺の伯母に当たるリーリア、エリオットの順番で座っていた。


ソフィアがエルスタード家として、カジィリアもしくはアレックスの名代で、この会議に呼ばれているのなら分かる。だが、こんな偉い人が集まった会議に、俺まで呼ばれた理由が分からない。しかも、ソフィアがエリオットの横に座ったので、俺が座れる椅子はレオンドルの真正面の位置にある椅子しか残っていない。


・・・顔見知りが多いとはいえ、場の空気が重い。率直に言えば今すぐ帰りたい。


俺が困惑しながら佇んでいるとレオンドルが「ルートも早く座ったらどうだ?」と言われてしまう。どれだけ場違いであると思っていても、俺に残された選択肢は椅子に座るしか用意されていなかった。


「では、早速、会議を始めたいと思う。が、その前に。ルートはこの者と会うのは初めてであろう?だから、先に紹介しておこうと思う。この者はケイフィス卿だ。商業ギルドのギルド長を務め、この国の財務を担当しておる」

「え?あ、はい。ご丁寧にありがとうございますレオンドル王。お初にお目に掛かりますケイフィス卿。ルートと申します」

「ふむ、アレックスとは違って、礼儀は弁えておるようだ。感心だな。今、陛下から紹介が会った通りだが、私はケイフィスと言う。立場的なものを言えば、そなたの祖母、カジィリア様の上司といったところだ」


レオンドルは畏まった挨拶をする俺とケイフィスを交互に見ながら鼻に皺を寄せる。


「お主たちは本当に固いな。特にルート、前にも言ったと思うがこの場は公ではないのだ。聡明なそなたが忘れた訳ではなかろう?もっと、気を楽にしても良い。だから、この場で俺のことを呼ぶ時は義伯父と呼ぶこと。良いな?」

「はぁ、陛下はまたそのようなことを言って・・・」

「まあ、そう言うなケイフィス。そんな固いことばかり言っておるから、最近、禿げてきているのだぞ?」

「・・・ククッ、あぁ、そうだ。お主のせいでこうなってきたのだ。お主が毎度毎度、私に世話を焼かせるから・・・」


ケイフィスのことを見た時、この世界の人で、頭が薄い人は珍しいなと思っていたが、どうやらレオンドルのせいで苦労している結果らしい。ケイフィスはレオンドルのことを怖い顔をしながら睨みつけてブツブツと文句を言い始めてしまった。


・・・ケイフィス卿に髪の毛の話をするのは地雷か。覚えておこう。


ケイフィスから漏れ聞こえてくる話を聞く限り、ケイフィスはレオンドルの子供時代からずっとお目付け役みたいなことをしてるらしい。レオンドルに振り回されて、さぞ苦労してるんだろうなと他人事のように思っていたら「だが、心配事を増やしたのはお主もだルート!」といきなり俺に飛び火して、俺は目を丸くした。


「えぇ!?俺ですか?」

「ああ、そうだ!」


レオンドル向いていたケイフィスの怖い顔が今度は俺の方を向いた。だが、そんな怖い顔を向けられても困る。ケイフィスと会ったのは今日が初めてなのだ。心配事を増やしたと、ケイフィスに怒られる理由が分からない。身に覚えがない俺は、首を傾げているとケイフィスは「セイヴェレン商会のことだ!」と言った。


「もしかして、ゲオールドの件ですか?」

「あぁ、そうだ。私がゲオールドと誼を結んでいた貴族を調べ上げ、一掃しようと考えていたと言うのに、それを見事に潰してくれたであろう?」


俺はてっきり、ゲオールドが裏で悪事を働いていたことは、国として敢えて見過ごしているのかと思っていた。だが、ケイフィスの口ぶりだとそうではなかったらしい。ケイフィスはゲオールドと繋がりのある貴族を一斉に処分するために動いていたそうだ。


それを俺がゲオールドの屋敷に乗り込んで、強制的に騎士団を動かして捕まえさせたので、その計画がとん挫してしまったとケイフィスは怒る。怒られている理由は理解したが、納得がいかない俺は首を傾げながらケイフィスに尋ねる。


「ケイフィス卿の話は分かりました。でも、もっと早くから動いていれば良かった話ではないのですか?ゲオールドが悪事を働いていたのは、何年も、いえ、下手をしたら何十年も前からの話でしょう?それを放置していた国側の怠慢であって、俺が怒られるのは納得がいきません」

「うぐ、中々、言うではないか。だが、これでゲオールドに加担していた貴族を捕まえるのが、難しくなったのは事実だ」


ケイフィスの言い分に俺は眉をひそめながら椅子から下りて、ケイフィスの隣まで近付く。俺の突然の行動に訝しがるケイフィスに、俺は道具袋から紙の束を取り出してケイフィスに渡した。ケイフィスは「何だこの資料は?」と言いながら紙の束を手に取ると、紙に書かれた内容を読み始める。日頃から資料を読む立場にあるのか、目の動きと紙を捲っていくスピードがとても早い。


「まさか、これは・・・」

「そのまさかです。ゲオールドに加担していた貴族が、ゲオールドに命じていた悪事についてまとめた資料です」

「どうしてこのような資料をお主が持っているのだ?」

「もちろん、調べたからに決まっているではありませんか」


ゲオールドがクアンやクートを襲う計画を立てたのは明らかであったが、誰をどこまで処罰したらいいのかを、俺は徹底的に洗い出していた。ゲオールドと繋がりがある以上は、同じようなことを考えて利を得ようとする貴族が居ないとも限らなかったからだ。


だが、ゲオールドと係わりがある貴族が、ゲオールドに命じていたことと言えば、敵対勢力の暗殺や失脚を狙った謀略といったもので、パン工房に関係するようなものは全くなかった。だから、俺の中では資料価値がないものとして捨て置いていたものだった。


・・・もし、エルスタード家がその対象に含まれいたら話は別だったけど。


「どうですか?お役に立ちそうですか?」

「うぅむ、これは役に立つ。だが、一体どのようにしたらここまで詳しく調べ上げれるというのか?」

「それは秘密ですね。俺独自の方法としか言えません。人に明かすようなことじゃないですので」

「む・・・独自の情報網という訳か?それに、情報をまとめ上げる能力。・・・ルート。お主、カジィリア様と一緒に財務官として私の下で働かぬか?」


ムムッと眉に皺を寄せてからケイフィスはキラリと目を光らせながら、今度は一緒に働かないかと勧誘してくる。俺が出した資料を高く評価してくれているらしい。それ自体は嬉しいことだし、カジィリアと一緒に働くのも悪くないとも思う。だが、俺は王命で受けた三年間の縛りが解けたら、ルミールの町に帰りたいと思っているので、勧誘を受けることは出来ない。


俺はどう言って断ったものかと思っていると、ジェイドがケイフィスを止めるように手を上げながら「ちょっと待ってください!」と声を上げた。


「ルート君の魔法の才能は群を抜いてます。財務官とするぐらいなら、魔法ギルドで研究員としてルート君を頂きたい」

「ジェイド卿。ルートの魔法の才能が長けているのは私もそう思う。だが、そのずば抜けた力は、騎士団でこそ発揮すべきものだと私は思う。何よりルートはエルスタード家の血筋なのだからな」


ケイフィスだけなく、ジェイドとカルスタンもウチに欲しいと言い出して、三人で言い争いが始まってしまう。三者三様に俺の能力を高く買ってくれていることは嬉しいが、俺はどれも選ぶことが出来ないのでもの凄く困る。


俺は三人の様子に呆然と立ち尽くしていると、今まで黙って話を聞いていたリーリアが、机をコンッコンッとノックするように叩いて、皆の注目を集める。皆の視線がリーリアに集まったところで、リーリアは「そのような話をするために集まったのではないでしょう?」ととても綺麗な笑顔で凄み、言い争っていた三人を黙らせる。


・・・あぁ、やっぱり、リーリア伯母様は俺にとって女神様かもしれない。


何かと俺に助け舟を出してくれるリーリアのことを俺は心の中で感謝していると、リーリアが「ルートは席に戻りなさい」と優しく微笑んでくれる。俺はいそいそと自席に戻って座り直した。リーリアは俺が椅子に座るのを見届けると、レオンドルに「早く会議を始めなさい」と言わんばかりに視線を送る。


「ゴホンゴホン。ルートの将来のことはまた今度話し合うことにするということで。話が逸れてしまったので、本題に入りたいと思う。みな、よいな?」


レオンドルの確認にケイフィス、カルスタン、ジェイドの三人が無言で頷く。その様子をエリオットとソフィアは笑いを堪えるように見ていた。


・・・今度にされても俺は困るんですけど?


異議はあったが、ようやく本来の会議が始まろうとしているので、それを口に出来るはずもない。俺は大人しくしているしかなかった。始まった会議の議題はもちろん、王都近郊に居座るエヴェンガルについてである。


「まずは被害状況を」

「平民街においてエヴェンガルの眷属による被害が、冒険者十二名と一般市民五名、その内、三名の死者が出たと冒険者ギルドから報告を受けている」

「その報告を受けて、魔法ギルドとして王都の結界を強化する申請を行っています」


カルスタンが被害状況を報告した後に、ジェイドが続ける。レオンドルはジェイドの報告にコクリと頷くとエリオットに目を向けた。


「エリオット、結界の状況は?」

「はい、父上。魔法ギルドからの申請を受けて、エヴェンガルの眷属が入れないように、結界の出力を上げました。ただ、まもなく夢から覚める時期を迎えることもあって、あまり今の状態を長く維持することは出来ないかと。場合によっては、次の巫女に早めることにもなりそうです」

「そうか、分かった」


エリオットの報告にレオンドルの顔付きがより険しいものになる。王都を守る結界を強化して、エヴェンガルの眷属が入れないようにしたようだが、長くは持たないらしい。やはり、大規模な結界なだけあって、魔力を喰うということなのだろう。


・・・思ったよりも結界って役立たずだな。


「まあ、そう言うなルートよ。国を守るための要であることは違いないのだ」

「本当はもっと細かく結界の効果を設定することが出来るんだけどね。ただ、今は時期が悪すぎたんだ」


レオンドルとエリオットが苦々しい顔をしながら、そう言われて俺はハッとする。どうやら、思っていたことがスルリと口に出してしまったらしい。俺を王都に閉じ込めている結界に対して、俺は良い感情を持っていない。そのためか、心の声がダダ漏れになっていた。


話に水を差してしまった俺は、すぐに「ごめんなさい」と身体を小さくしながら謝った。


「さて、やはりこのままという訳にはいかん、か。三人の意見を聞かせてもらえるか?」


ゆっくりと顎を撫でていたレオンドルは一度目を伏せる。次に目を見開いた時には、何かを決めかねているといった顔になった。そんなレオンドルは、自身の迷いを払拭させたいかのように、ケイフィスたちに問い掛けると、ケイフィスから順番に口を開き始めた。


「すでに一週間、雨風のせいで王都内の商売が成り立たなくなっておる。経済への打撃も痛いが、心配されるのは、市民の間で食糧の問題が起こることだろう。嵐がくるということで多少の備蓄はしていると思うが長くは持たない。それに、結界を強化しているせいで、外部からの食糧の流通が出来ん。まあ、元より嵐のせいで、すでに停滞してしまっておるのだが・・・」

「いつもなら三日で通り過ぎるはずのエヴェンガルが今や一週間。しかも、依然として動く気配がないときた。このままでは肉体的にだけでなく、精神的にも持たないであろうな。これは騎士団や冒険者だけでなく、市民もそうだろう」

「なぜエヴェンガルがこの王都近郊に居座っているのか原因が不明な以上、通り過ぎるのを待つと言う手段はもはや愚策でしょう」

「・・・分かった。もはや、定期的に魔石を得られる手段が失われる、などと言っている次元の話ではないな。俺はここに、エヴェンガルの討伐を宣言する!」


ケイフィスたち三人の意見を聞いたレオンドルは、腹が決まったようである。エヴェンガルが居座ることによる被害の方が、魔石を得られるという利よりも大きいと判断したようだ。レオンドルの宣言にケイフィスたち三人は頷いて恭順を示した。


「さて、そこで問題なのが討伐方法だ」


レオンドルはそう言いながら、机の上に両肘を置いて手を組むと顎を乗せる。一度目を伏せたかと思えば、次に目を見開いた時には俺のことをジロリと見てくる。何だか嫌な予感がして仕方がないが、俺はレオンドルの真正面に座っている以上、その視線から逃れることは出来なかった。


「どうすれば良いと思うルート?」

「どうしてそれを俺に聞くのですかレオ義伯父様?」


いきなり質問を振ってきたレオンドルに俺は質問で返す。質問を質問で返すなと怒られそうだが仕方がない。俺がエヴェンガルという魔物の存在を知ったのはごく最近なのだ。それなのに討伐方法を聞かれても知る訳がない。俺はレオンドルに質問を返しながら、この中で博識と思うジェイドとエリオットとのことを交互に見た。


そんな俺の態度にレオンドルは眉をひそめると、すでに聞いたとでも言いたげな顔で俺のことを見る。そんな様子を見かねたソフィアがレオンドルに話し掛ける。


「レオ義伯父様。実はルゥがエヴェンガルのことを知ったのは最近の話なの」

「そうなのかルート?」

「ソフィア姉様の言う通りです。ルミールの町の周辺にエヴェンガルがやって来ることはありませんでしたし、学園で魔物や魔獣の授業でもまだ習っていません。それにソフィア姉様から教えてもらったのは、そういう魔物が居るということだけです」

「そうだったのか。それでは、父上の質問にルート君が答えれる訳がなかったね」


エリオットは、俺がエヴェンガルのことを知らなかったことに意外そうな顔でそう言った。レオンドルやケイフィスたち、それにリーリアまでもが、同じような顔になる。こことは違う世界の記憶があることで、確かに妙な知識を色々と知っている俺だが、この世界のことはルートの記憶と俺がルートとして生きてきて学んだ知識しかないのだ。


・・・皆してそんな意外そうな顔しなくてもいいのに・・・。


「むぅ、知らないもの知らないのです。ただ、どうして俺がここに呼ばれたのかは分かった気がします。まずは、そこを聞かせて頂けますかエリオットさん?」

「ふふっ、さすがはルート君だ。話が早い」


俺は少し拗ねながらエリオットに尋ねる。この中でソフィアを除けば、一番付き合いが長いのはエリオットである。聞きやすいというのもあるが、エリオットは学園長を務めている。立場的に教え導くことに慣れていると思ったのがエリオットに尋ねた理由である。


それからエリオットはエヴェンガルについて講義をしてくれる。といっても、エリオット自身もその姿を見たことがないという話で、伝承と今までに視認して得た情報を教えてくれるといった感じである。


「なるほど。つまり、並みの魔法使いではそもそも上空に居るエヴェンガルまで魔法が届かないと」

「そう、遠距離になればなるほど、威力を維持するために膨大な魔力が必要となるからね」

「でも、攻撃魔法が届いたとしても、今度は、エヴェンガルを取り巻く大気の壁で防がれてしまう、と」

「エヴェンガルは自身を中心として、その周りを渦巻くように雲を発生させている。豊富な魔力が込められた雲自体が魔法障壁としての役割を果たしているみたいなんだ」

「みたいなんだ、ということは、もしかしてエリオットさん。試したことがありますね?」


俺の質問にエリオットは「あはは」と笑って明言を避けた。エヴェンガルの眷属から大量に魔石を取れるということで、エヴェンガルを討伐するのに王様の一大決心が必要だったというのに、どうやら、エリオットはそのエヴェンガルを相手にしようとしたことがあるようだ。大人しい人のように見えて、意外と行動的である。


・・・その行動的なところを是非、ソフィア姉様に向けて欲しいものだ。


レオンドルが「聞いておらんぞ?」と言いたげな視線をエリオットに送るが、エリオットはその視線を華麗にスルーして、エヴェンガルの話を続けた。


「そう言う訳で、地上からの攻撃魔法は全く役に立たないと言っていいだろうね。そこで、何かと規格外のであるルート君の登場と言う訳だ」

「規格外の話は置いておいて欲しいところですけど。・・・とりあえず、俺に攻撃手段を考えろ、という訳ですね?」

「ご明察」


エリオットはそう言って満足そうに頷く。エリオットのエヴェンガル講座が終わったことで、会議に出席しているメンバーの視線が、自然と俺に集まってくる。そんなに見つめられても、いきなり良い案が思い浮かぶ訳でもないので、俺は少し視線を落として腕組みをする。


・・・この状況を打開出来そうな二人組が学園に居ることは知っているけど、自分たちの正体がばれるようなことは、まずしないだろうな。俺が地上から攻撃魔法をぶっぱなしても良いけど、果たして大気の壁を貫いた上で、エヴェンガルに決定的なダメージを与えられるだろうか?


・・・ううむ。要は、飛んでいるせいで地上からの攻撃魔法が届きづらいという訳なのだから、闘いの舞台を地上にすることが出来れば何とかなるか?でも、空飛ぶエヴェンガルを引き摺り下ろすなんてどうすれば良い?空から・・・、空、そら!


良い案を思い付いた俺はポンと手を打った。その様子にレオンドルが「何か妙案を思い付いたのか?」と期待の籠った声色で聞いてくる。


「ずばり、パワーをメテオに、作戦です」


俺がドヤ顔をしながら思い付いたこと話す。だが、俺の言ったことに反応してくれる人は誰一人としていない。皆が皆、何を言ってるのか分からないといった感じに、口をポカン開けて唖然とした顔になってしまう。


・・・やだなぁ。そこは「いいですとも」って言ってくれないと。まあ、その時点で、俺と同じ世界からの転生者ってことになるけど。


「コホン、まあ、要するにあれです。流れ星を落とそうという訳です」

「流れ星?」

「さっき、エリオットさんが地上からの攻撃魔法は駄目だったと言っていたでしょう?だったら、空から、しかもエヴェンガルが居るであろう上空よりもさらに高い位置から流れ星を落とすのです。きっと、エヴェンガルも、まさか自身よりも上の位置から攻撃されるとは思ってないんじゃないでしょうか?」


俺の話を聞いたレオンドルが、片肘を机について頬杖をしながら俺に聞いてくる。その目には疑いの色が強い。


「なあ、ルート。そなた当たり前のように流れ星を落とすと言っておるが、そんなことが出来るのか?」

「いやだなぁ、レオ義伯父様。さすがの俺も流れ星を呼び寄せることは出来ませんよ」

「出来ぬというのであればどうする気なのだ?」

「流れ星を呼ぶことは出来ませんが、エヴェンガルの居るさらに上空に、魔法で岩の塊を作り出して落とすことは出来るんじゃないかな、と思っています。ただ、岩では確実に、と言うのは難しいかもしれませんが・・・」


エヴェンガルの属性を考えると少なくとも水属性と風属性の二つを持っているのは間違いないだろう。俺はその場合に、土属性で作り出す攻撃魔法は、風属性と相性が悪いので、防がれる可能性があるかもしれないことを告げる。


「ただ、レオ義伯父様が覚悟を決めてくれるなら、俺はもっと本気を出します」


俺の宣言にレオンドルが頬をヒクッとさせる。あまり聞きたくないが、と書いてある顔で、恐る恐るといった感じに「何を覚悟しろと言うのだ?」と聞いてくる。


「地形が変わってしまうかもしれないということですね。鋼属性で巨大な鉄の塊を作り出して、それでエヴェンガルを叩き落とします。その際、エヴェンガルや鉄の塊が地上に落ちて地形が変わってしまうでしょう。それを容認して頂けるなら、俺は全力を出しましょう」

「地形が変わるとな!?それはまた、豪快な話だな・・・」


レオンドルはため息を吐くと頭を抱え始める。すぐには決断出来ないとのご様子だ。俺が言ったことを実行した場合、周辺地図を書き換えなければならない事態が起こる可能性は高い。レオンドルが逡巡を見せるのは仕方がないことである。


「父上、ルート君に全力を出してもらいましょう」

「エリオット!?」

「幸いエヴェンガルが現在、居座る場所に集落はありません。一部街道を失うことになるかもしれませんが、それが何だと言うのですか。大事なのはこれ以上の被害を出さないことです」


エリオットの訴えにレオンドルはハッとした顔になると、その次の瞬間には、口の両端を上げて挑戦的な笑みを浮かべる。


「・・・そうか。そうだな。エリオットの言う通りだ。すでにエヴェンガルのせいで犠牲者が出てしまっている。これ以上の犠牲者を出さぬためにエヴェンガルの討伐を決めたのだ。ルート、そなたには重い仕事を任せてしまうが頼めるか?」

「もちろんですレオンドル王。・・・でも良いのですか?俺みたいな子供に任せても?」


俺は念のため程度の気持ちで、レオンドルに聞き返す。全ては俺が勝手に言っていることなので、実際にどうなるかはやってみなければ分からない。そんな博打みたいなもので問題ないのか、という確認である。


「ククッ、今までの話を聞いて、そなたをただの子供だと思う者はおるまい。それに少なくともここに居る者は全員、賛成のようだからな」

「分かりました。では、パワーをメテオに作戦、承ります」


この後、作戦実行に向けた話をした。作戦の実行は明日の朝。明日、強化された結界を緩めて、エヴェンガル討伐チームが王都から出る。結界を緩めてしまうとすぐには元に戻せないようで、王都に眷属がまたもや入ってくることになる。そのため、今日はこれから王都内の各地へ作戦の伝達を行い、明日の眷属の襲来に備えてもらう手筈となった。


俺はもちろん討伐チームなので一年ぶりに王都から外に出ることになる。ちょっと楽しみだ。


「ところでルートよ。このぱわーをめておに、という珍妙な作戦名。本当にこれで行くのか?」

「もちろんです!」

「そ、そうか」


苦い顔をしながら作戦名に不満を漏らすレオンドルを俺は一言で黙らせる。


・・・イメージ力を高めるためなのだ。譲る気はない。

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