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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第百八話 嵐

地震のお陰で今週はずっともやもやした気持ちです。

とりあえず、これ以上ひどいことになりませんように。

メルギアとクリューが王都に来てから約三週間が経った。俺の寝込みを襲ったメルギアが魔力供給をする前に、何かが襲ってくる、みたいな感じの物騒なことを言っていたのだが、この三週間、俺は特に何事もなく平和に過ごしていた。


いや、一部、例外がある。メルギアの魔力供給により、俺の魔力総量がアップしたことを受けて、シアンから受けるしごきが一段ときつくなったことは、とても平和な話じゃない。「私にあれだけ怒っておきながらメルギアは!」とちょっと八つ当たりも混じっているのでさらにひどい有り様だ。


とはいえ、ある意味ではいつも通りな日常を過ごしていた俺だったのだが、週の終わりである闇の日の今日、朝のホームルームでマリクから「来週の風の日から嵐がやって来るので、来週の土の日まで、学園は臨時休校となるからな」と告げられた。


どうやって把握しているのかは知らないが、この世界にも天気を予測する方法があるらしい。俺は、ほぅほぅと感心しながらマリクの話を聞いた。


・・・やってきたのは嵐だったか。嵐が相手じゃ、俺の出番はないな。


「やった。これで三日は休めるな」

「フレン?嵐が来るのですから、休み呆けていては駄目よ?」

「分かってるってエリーゼ。そんなこと言われなくても、これが初めてじゃないんだから」

「僕は嵐が来るのをこの目に見るのは始めだから、ちょっと楽しみだ」

「私も嵐の話を聞いたことがあるだけで、体験するのは初めてだわぁ」


嵐がやって来ると言うことで、いつもの日常とは違う特別な状況を目の前にして、フレンたちが浮き足立っているように見える。俺も台風が来た時は、警報が出るのか、休校になるか、といった感じにそわそわした覚えがあるので、皆の気持ちはよく分かる。そんな浮ついた雰囲気を俺が懐かしく思っているとマリクが「静かに」と言って、話の続きを始めた。


「まあ、お前たちは大丈夫だろうが、くれぐれも油断はしないようにな。それとルート。お前はくれぐれも余計なことをしないように」

「えぇ!?どうして俺だけ注意なんですか?何か俺だけひどくありません?」

「ん?いや、ルートのことだから、何かとやらかしそうな気がしてな。折角なので、釘を刺しておこうかと」

「折角って何ですか折角って・・・。嵐が来るだけでしょう?俺が一体何をすると言うんです?」

「うん?ルートの場合は、ぼうけ・・・っと、鐘が鳴ったか。それじゃあ、ホームルームはここまでだ。くれぐれも来週は気を付けるように!」


マリクが何かを言い掛けるが、午前中の授業の開始を告げる鐘の音が鳴ってしまう。マリクは授業を受け持つ担当教員と交替するべく、そそくさと教室を出て行ってしまった。マリクが何を言おうとしていたのかは分からないが、とりあえず、俺が問題児扱いされていることだけは分かった。


・・・今に始まったことじゃないけどちょっとひどくない?


「むぅ。別に嵐が来たぐらいで浮かれたりしませんよ別に・・・」

「まあまあ、落ち着きなさいルート。そんな膨れっ面していると子供っぽいわよ?」


・・・確かに。拗ねてる時点で今の俺、めちゃくちゃ子供っぽい!?


エリーゼからの指摘に衝撃を受けた俺は、「そんなはずはない」とここ最近の自分の行動を顧みる。そしてあることに気が付いてしまった。多分、カジィリアに甘やかされるようになってから、俺の子供化が加速し始めたような気がするのは気のせいではないだろう。


ルートとしての年齢はどうであれ、精神的にはいい年をした大人であり、何よりクリューという子供の居るパパなのだ。俺は「気を付けなければ」とグッと拳を握って決意した。エリーゼに「何しているの?」みたいな顔をされたけど気にしない。


授業が終わって屋敷に帰るまでの道中、街中がいつもとは違う雰囲気となっていた。風で飛ばされてしまいそうな物は片付けられて、動かすには重たい物には大きな布が被せられて、ロープで固定されている。何やら妙にスッキリとした道に、俺はちょっと物寂しさを感じてしまう。


屋敷に戻ると使用人の皆が総出で、嵐対策のために慌ただしく奔走していた。建物に関しては魔術具で小規模な結界を張って、雨風や突風で飛ばされた物から守るそうだ。あとは庭に置いてある飛びそうな物を建物の中に移動させたり、石柱や石像といった重たくて運べない物が倒れないようにロープで固定したりと大変そうだ。


嵐が来るということで、皆が忙しくしているのを横目に見ながら俺は首を傾げる。嵐を前にしてバタバタと忙しいのは理解出来るのだが、一つどうにも分からないことがあったからだ。


・・・何で皆、帯剣してるんだろう?邪魔じゃない?


玄関を入ったエントランスで、ちょうど指示を出し終えて一息ついていたエイディの姿が目に入った。俺は、疑問を解消すべくエイディに近付いて尋ねる。


「あら、お帰りなさいませルート様」

「ただいま戻りました。嵐の対策、忙しそうですねエイディ。ところで、一つ聞きたいことがあるのですが、どうして皆、帯剣しているのですか?」

「ふふ、何を仰っているのですかルート様。もちろん、嵐に備えるために決まっているではないですか。では、引き続き準備がありますので、失礼させて頂きます」

「え、ええ、大変だと思いますが、頑張ってください」


・・・嵐の対策に帯剣が必要とはこれ如何に?


エイディに、さも当然のことをですと言われてしまって俺は頷くしかなかった。エイディが足早に去っていく姿を見送ってから、俺は益々、訳が分からなくなったと首を捻る。ものすごく悶々とした気持ちになってしまうが、忙しく動き回っている誰かを捕まるのは気が引ける。


俺は、一先ず自分の部屋に戻って、着替えることにした。もしかしたら、ラフィに話を聞けるかもと思ったからだ。だが、自室に入ると、いつもなら待ち構えているはずのラフィの姿がなく、ラフィも嵐の対策に駆り出されてしまっていた。


・・・うぅむ。この世界の嵐は、俺が思っている嵐とは、もしかしたら違うのかもしれないなぁ。


俺はそんなことを考えながら着替えを手早く済ませる。それから屋敷の中で絶賛、暇そうにしている人に会いに隣の部屋へと向かう。


「ソフィア姉様、お話を聞きたいことがあるのですが、少しだけお時間を頂けませんか?」

「お帰りなさいルゥ。どうぞ、入ってもいいわよ」


嵐対策に慌ただしく動いてくれている使用人たちのお陰で、主人に当たる俺たちはいつも通りの時間を過ごせている。だから、俺は自室で寛いでいるソフィアを訪ねることにしたという訳である。


「ありがとうございますソフィア姉様」

「うふふ、良いのよ。でも、珍しいわね。ルゥが私の部屋に来るなんて」

「それは、ソフィア姉様が俺の部屋に来ることが多いからじゃないですか?」


ソフィアの部屋に入った俺は、ソフィアに勧められてソファーに腰を掛ける。向かい合うように座ったソフィアに珍しいと言われて、俺はジトッとした視線をソフィアに返しながら答える。ソフィアは「あら、そうだったかしら?」とすまし顔だ。


「はぁ、まあ、それは言いとして。ソフィア姉様、嵐について聞きたいことがあるのですが良いでしょうか?」

「えぇ、良いわよ。何でも聞いて」

「嵐が近付いていると学園で聞いたのですが、当然、強い雨が降りますよね?」

「もちろん、嵐だもの。いつもの雨とは比較出来ないほど、たくさんの雨が降るわ」

「あと、雨だけでなく、とても強い風も吹きますよね?」

「そうね。ルゥの言う通り、強い風も吹くわね。だから今、風で飛ばされそうな物を屋内に避難させたり、倒れそうな物は固定したりしているでしょう?」


・・・ふむ、普通だ。


俺の質問に答えてくれたソフィアは「それがどうしたの?」といった感じの顔になる。俺は俺で、想像していた通りの嵐の内容を聞かされて、目を瞬かせるしかない。


「では、なぜ、使用人の皆は、帯剣しているんでしょう?」

「え?それは、武装してないと困るでしょう?」

「え?何故ですか?」

「それは、魔物が襲ってくるからに決まってるじゃない」

「魔物ですか?」


ソフィアから予期しないワードが出てきた。確かに魔物が出るなら帯剣しておくのは必要なことだと言える。だが、それと嵐の繋がりが分からない。さらに疑問が増えた俺は、頭にいっぱい疑問符を浮かべていると、ソフィアは俺の様子を見て訳知り顔になると「あぁ、そういうことね」と胸元で両手をパンと合わせた。


「そう言えば、ルゥが嵐に遭うのは初めてだったわね」

「そうですね。少なくともルミールの町で、嵐が来たことってないですよね?」

「それはそうよ。だって、通り道じゃないもの」

「通り道じゃない?」

「ふふ、嵐というのはね、エヴェンガルという魔物が起こしているものなの」


ソフィアの話によると、嵐の正体はエヴェンガルという魔物なのだそうだ。常に飛行して移動出来るほど、エヴェンガルは強大な魔力を持っており、自身の身を守るために嵐を自身に取り巻くように発生させており、自身も雲の塊で周りを覆っているらしい。だから、エヴェンガルが近付いた地域は嵐に巻き込まれるという訳だ。


ちなみにエヴェンガルは常に雲に覆われているため、その姿を見た者は居ないそうだ。


・・・浮遊する雲の塊。荒れ狂う天候・・・それって、まさか、天空の城みたいな!?・・・いや、うん、分かってる。そんな訳ないことぐらい。


しかも、エヴェンガルが撒き散らすのは豪雨と強風という災害をだけでなく、エヴェンガルの眷属となった魔物が襲い掛かってくるらしい。なぜ、眷属が襲い掛かってくるのか、詳しいことは分かっていないそうだが、一説によると、眷属に魔力を持つ人や魔物、魔獣を狩らせて、自身の糧にしているのではないかと言われているらしい。


そんなエヴェンガルは、決まって同じところを通るそうだ。この王都には五、六年ぐらい周期で近付いてくるとソフィアは教えてくれる。


「でも、今回はちょっとおかしいのよね。前に来たのが約二年前ぐらいなの。だから、いくらなんでもちょっと早いのよね」

「そうなのですか?通り道が変わったということでしょうか?何にしても、迷惑な魔物が居たものですね」

「いいえ、実はそうでもないのよ?」

「どうしてですか?」


話を聞く限り、雨風と言う災害と共に、眷属をけしかけてくるエヴェンガルという魔物は、迷惑極まりない魔物だと思った。だが、ソフィアは俺の感想に首を振る。不思議そうにする俺のことを見て、ソフィアは少し嬉しそうに笑みを浮かべた。


・・・何だろう。ソフィア姉様から、「やった、勝った」見たいなオーラが出ているような気がするのは気のせいだろうか。まあ、機嫌が良さそうなのは何よりだけど。


「実はね、エヴェンガルの眷属は、一度に襲ってくる数は多いのだけど、一匹当たりの強さはそれほどではないの」

「・・・あぁ、なるほど。つまり、逆にこっちが狩ってしまうという訳ですね?エヴェンガルが通り過ぎるまでの間、王都の結界を強化して、その眷属が通れないようにしたら良いだけの話かと思ったのですが、そういう話ではないのですね」

「さすがルゥね、せーかい!確かに雨や風が強いのは困るけど、大量に魔石を得られる絶好の機会でもあるの。だから、嵐が来る時、腕に覚えがある者は眷属狩りに参戦するって訳なの」

「それで、使用人の皆が帯剣していたという訳ですか」


俺が一番知りたかった、使用人の皆がなぜ帯剣していたのかという理由が分かってすっきりとした。でも、嵐が来るのは来週の風の日からという話なので、少し気が早い気がする。俺は「皆、気合いが入っているんだなぁ」と思いながら内心で苦笑していると、ソフィアが一枚の紙を出してきた。


「ということで、はいこれ。私とルゥ宛よ」

「これは?・・・冒険者ギルドからですか」


ソフィアから受け取った紙には、冒険者ギルドが明日、エヴェンガルの眷属狩りについて説明会を実施する旨が書いてあった。どうやら、嵐がやって来るというのは、王都に集う冒険者が総出で対応するイベントらしい。



翌日、まだ雨は降っていないが空は厚い雲に覆われて、いつもよりも少し風が強い中、ソフィアと一緒に冒険者ギルドへと向かった。冒険者ギルドにたどり着くと「建物を奥へ向かうように」と、普段は受付をしている人たちが、説明会にやってきた冒険者たちを案内しており、俺とソフィアもその流れについていく。


俺が冒険者ギルドに訪れても、入るのは受付のあるエントランスまでなので、冒険者ギルドの建物の奥に行くのは初めてだ。未知の空間に少しワクワクしていると、チラホラと集まった冒険者たちがソフィアの存在に気付き始めた。


これが学園だったら、すでに学生が集まって大変なことになっているだろうが、そこは皆、冒険者としてのプロ意識が高い。気にはしつつも騒ぎ立てない。自分が何をしに、この場所を訪れたのかきちんと分かっているといった感じだ。


受付の人が順に立って、案内してくれた先にあったのは、かなりの人数が入る大部屋である。前を向くように椅子が横並びに置かれて、それが何列も用意されている。ざっと二、三百人ぐらいが座れそうである。座る席は自由らしく、すでに何人もの冒険者が座っている。俺は一目で誰と分かる頭を見つけて、その近くに座ることにした。


・・・やっぱりあのモヒカン頭、目立つな。


「おはようございますノースさん」

「おう、ルート、それにソフィアもおはようさん。やっぱり、二人とも参加か」

「それはそうですよノースさん。これは王都に住まう者、皆で対処しなければならない問題なのですから。何より、人手が多いことに越したことはないでしょう?」

「確かにソフィアの言う通りなんだがなぁ・・・」


ノースの一列後ろの席に俺とソフィアは腰を下ろしながら、ノースと挨拶を交わす。それからノースは顎を撫でながら俺を見ると、口の端を上げてニヤッとした笑みを浮かべた。


「ルートが一人でどうにかしちまいそうだろ?」

「あぁ、それはありそうかも」

「ちょっとソフィア姉様!?それにノースさんも!」


冒険者だけでなく腕に覚えがある者総出で、立ち向かわないといけないと聞いたのに、ソフィアとノースはそれを俺一人でどうにかしそうと言ってくる。王都の空を覆うほどの大規模な攻撃魔法を展開すれば可能かもしれないが、そんなことをしたら街を破壊してしまうかもしれない。そんな怖いこと出来る訳がない。


「くくっ、相変わらずルート様は、元気っすねぇ」

「デオさん、笑いごとじゃないですよ全く」


ノースの隣に座っていた男性が、楽しげに話し掛けてくる。橙色の短髪をした細目の彼の名はデオ。ノースの冒険者仲間であり、俺が護衛依頼で王都に向かっていた時、盗賊役をしていた一人だ。


「あ、そうそう、ルート様。ティッタから話は聞いてるっすよ。誕生パーティーにも呼んでもらったとか。ティッタといつも仲良くしてくれて、ありがとうございますっす」

「いえいえ、こちらこそですね。自分で言うのはちょっと悲しいですが、やっぱり年齢差もあって、俺が学園で交友を持っている人が数少ないですから。ティッタは俺の大切な友達の一人ですよ」


文官コースの学生であるティッタとムートの二人と交友を持ち始めてから、俺はデオの話し方がティッタに似ていることに気が付いた。ある時、冒険者ギルドでたまたま会ったデオにそのことを聞いてみると、デオはティッタの兄であることが判明した。


しかも、デオが冒険者をしているのは、ティッタの学費を稼ぐためだと聞いている。妹のために頑張る兄貴という立場のデオに強い共感を覚えた俺は、デオのことを勝手に心の友と思っている。


「ほら、デオ、ルート。そろそろ始まるぞ」


言外に静かにしろとノースに言われて、俺は口を閉ざして前を向く。俺は思わず目を瞬いた。まだまだ身長が低いせいで、椅子に座ると前が全く見えないことに今更ながら気が付いたのだ。ちょっと泣きそうである。折れそうな心を鼓舞しながら、座っている人の頭の高さから飛び出ないように、俺は椅子の上で膝立ちになる。


「あれ?カルスタン卿?」


一番前でこちらを向いて立ってるのは、騎士団長のカルスタンであった。カルスタンは徐に音声を増幅させる魔術具を手に持つと、エヴェンガルの眷属対策の話をし始めた。俺はストンと椅子に座り直して、隣に座るソフィアにひそひそ声で話し掛ける。


「わざわざ、騎士団長が冒険者の陣頭指揮を執るなんて、カルスタン卿も大変ですね」

「あら?ルゥは知らなかったかしら?カルスタン卿は冒険者ギルドのギルド長も務めているのよ?」

「え?そうなのですか?」

「元々はギルド長をしていたところを、騎士団長をしていた父様が騎士団を抜けて、その代わりが居ないということで、騎士団長を兼任するようになったの」


カルスタンも元は騎士をしており、かなりの実力者であったようだ。そんなカルスタンは生まれ持った貴族としての地位も相まって、順当に役職が上がり、ついには冒険者ギルドのギルド長を務めることとなったようだ。その時点で、一度騎士団を辞めているらしいが、父のアレックスが騎士団長を辞めたことで、その代わりとして騎士団長に抜擢されたそうだ。


「そういうのって、同じ騎士団の中から選ぶような気がするのですが」

「父様とカルスタン卿以外に、上に立って導くことが出来る適任者が居なかったようね」

「・・・へぇ、父様って意外と凄かったんですね」

「あら?ルゥは父様のことをどう思っていたのかしら?」

「普段からどこかに出掛けてあまり家に居ることがない。たまに剣の稽古を付けて頂きましたが、利き手が使えなくても、物凄く剣の腕が立つ。とにかく母様一筋。あとは・・・、お婆様がよくバカ息子と呼んでいるといったところですね。それを総合しても、騎士団長として皆を束ねる立場に適任した人だとはちょっと・・・」

「うふふ、確かにそれだけだと、そうは思えないかもしれないけど。でも、ルゥも知っているでしょう?ルミールの町の警備兵の皆から父様が慕われているのを」

「あぁ、なるほど。それは確かに」


ソフィアにそう言われて俺は腕組みをしながら首を縦に振って納得していると、ノースから「ちゃんと話を聞け!」と小声で怒られてしまう。俺とソフィアは二人して「ごめんなさい」とノースに謝った。


それからはまともにカルスタンの話を聞くことにする。内容としては、エヴェンガルが王都を通り過ぎる約三日間を交代制で対処するというものである。嵐が来ると引っ切り無しに眷属がやって来るそうで、王都のどこを襲ってくるかは、まちまちなのだそうだ。


だから、王都を網羅出来るように冒険者は配置されることになるが、王都の中でも王城と貴族街は騎士団が守りにつき、魔法ギルドとエルグステア王立学園近隣については、所属している魔法使いや教員が担当するので、冒険者の担当範囲外になるようだ。それでも、王都の大半を占める平民街を冒険者たちで守ることになる。


当り前だが三日間も不眠不休でエヴェンガルの眷属の対応が出来る訳がない。そこで、各冒険者には担当地区が割り振られて、交代制で対応することになる。この件における報酬は、獲得した魔石を国が買い取り、参加した冒険者全体で分配するらしい。


場所によっては、全く眷属が襲ってこない場合もあるそうなので、参加した者が不公平にならないようにとの措置であるそうだ。もちろん報酬はそれだけではなく、一番活躍した者、つまりは、一番魔石を獲得した者には特別な褒賞もあるという話であった。なお、冒険者でない勇士の参加は、倒して得た魔石分だけの報酬となるようだ。


説明会が終了すると後ろから順番に退出するようにとの指示が出る。部屋を出るところで、自分が担当する地区の説明と眷属狩りに参加したことを証明するために、冒険者ギルドのギルドカードを提示することになっていた。


ギルドカードを提示すると冒険者ギルドの職員が魔術具をかざしているのが見える。それだけで、誰が参加したのか魔術具に記録が残るらしい。


・・・相変わらず妙なところでハイテクだよな。


エヴェンガルの眷属狩りに参加する冒険者は多いため複数回に分けて説明会をするらしく、部屋を出たら早々に冒険者ギルドの建物から出るように言われる。次の説明会の準備をするためだそうだ。慌ただしくしている冒険者ギルドの職員を横目に見ながら、俺は言われるがまま外に出る。


「俺たちは西地区の端、城壁の上か。中々、場所は悪くない。何せ奴らは北西の方から近付いてくるからな。よし、デオ。ルートたちに負けないように頑張るぞ!」

「うっす、リーダー。それじゃあ、ルート様、ソフィア様。また後日っす」

「討伐数を争うということですね。不謹慎ですが、それはそれで面白そうです。俺も負けませんよノースさん、デオさん」


外に出たところで、ノースとデオの二人と別れた。ノースとは別れ際に、お互いに拳を握って突き合わせ、お互いの健闘を称え合う。こういうことを気軽にしてくれるのがノースの良いところである。ちなみに、俺が担当する場所は、完全に俺に配慮してくれた場所となっていた。


「さてと、ソフィア姉様はどこの担当になったのですか?」

「もちろん、ルゥと同じ場所に決まっているわ」

「決まってるわって。・・・もしかして、もしかしなくても、そうなるように仕向けましたね?まあ、ソフィア姉様が一緒なのは心強いですけど。それじゃあ、明日、俺たちは、パン工房が丁度ある平民街と貴族街を隔てる壁の上でエヴェンガルの眷属を迎え撃ちます」

「えぇ、頑張りましょうルゥ」

「はい、ソフィア姉様」



次の日、目が覚めると部屋の中でも分かるぐらいに雨と風の音が外から聞こえてくる。接近してる嵐を感じながら、俺とソフィアは手早く朝食を済ませて、配置に付くために屋敷を出た。


「それにしてもルゥは、相変わらず便利よね」

「むぅ、便利なのは魔法であって俺じゃないですよソフィア姉様」

「ふふ、ルゥはいつもそこにこだわるわね」

「重要なことですよソフィア姉様」


俺とソフィアは、ひどい雨と強い風が吹き荒れる中、パン工房のすぐ側にある平民街と貴族街を隔てる壁の上に待機する。こんなひどい天候の中、ずっと待機しているのは普通であれば大変なことだろう。だが、雨については、俺とソフィアを勝手に避けていく。


ブルードラゴンであるシアンからもらったうろこのお陰で、水属性の恩恵も受けれるようになった俺は、水属性の扱いが一段と高まった。その結果、それほど魔力を消費することもなく、簡単に水属性を操作出来るようになっていた。


あとは風の問題がある。壁の上は周りの建物よりも一段高い場所になるため、強風が直撃する。強い風に吹かれると補助魔法で身体強化していない俺は軽く飛ばされそうになる。俺はそれも魔法でどうにかしようとしたら、ソフィアに「魔力の無駄な消費はやめておきなさい」と止められた。そして、嬉しそうに俺を支えるようにして抱き締める。


「ソフィア姉様。眷属が襲ってきた時に俺、身動きが取りづらいんですけど?」

「大丈夫、大丈夫」


・・・何が大丈夫なのか分からない。はぁ、まあ、いいか。どうせ例のあれを試す良い機会だし。


しばらくするとあちらこちらで、雨音と風音とは違う音が聞こえるようになる。どうやら、ついにエヴェンガルの眷属がやって来たらしい。そう思っていると、ソフィアが「ルゥ、上よ」と言って空に向けて指を指す。俺は上を見上げると、何十という羽の生えた魔物が、強い風を物ともせずに飛翔してこちらにやって来るのが見えた。


・・・人のような肢体をしているが、人間離れした怪物顔。それにコウモリのような羽が生えてるか。あれだな、何だかガーゴイルっぽい。


闘うべき相手を目視で確認出来るようになり、俺は空を見上げたまま、帯剣しているエルザを手に取った。鞘から抜いたエルザを飛翔する眷属に向けて掲げながら、俺はエルザに話し掛ける。


「さあ、エルザ。これが初陣だ!」

「そうですね。主様が忍ぶ者の時に浮気しなければ、初陣ではありませんでしたけれど・・・」

「えぇ?あれは許してくれたんじゃなかったの?」

「許しはしましたが、根には持ってます」

「その気持ち、よく分かるわエルザ」

「そこ、意気投合しない!」


・・・むぅ、根が深い。これだから女性は難しい。


妙にエルザと仲が良くなったソフィアのことをジトッとした目を向けてから、俺はため息を吐きながら項垂れる。それから首を横に振って、気を取り直してから改めてエルザに話し掛ける。


「だったら、これからもエルザを最優先に使いたくなるように、エルザのカッコいいところを見せてください」

「そう主様に言われてしまっては仕方ありませんね。このエルザ、本気でやらせて頂きます!」


そう言ったエルザの答えに俺は頷きながら、俺はエルザを手放す。エルザは地面に落ちることなく、ふわりと空中に浮くと、眷属に向かって凄いスピードで飛んで行った。


「えっっっと?ルゥ?何だかエルザが飛んで行ったように見えるのだけど?」

「ソフィア姉様。ようにではなく、実際にエルザは自分で飛んでます」


ソフィアは口元に手を当てながら開いた口が塞がらないといった表情で空を見上げる。喋れるようになった俺の愛剣であるエルザは、魔剣と呼ぶに相応しいだけの能力があることを色々と試した結果分かった。今日は、それの初お披露目場となる。折角なので、俺はソフィアのエルザの凄いところを紹介することにした。


「エルザの凄いところその一、エルザは自身の周りを全方位視覚しています」


エルザは全方位を広い範囲で視覚している。それが分かった時、俺は思わず「エルザの一体どこに目があるんだ?」と聞いてしまったのだが、エルザに「剣に目が有る訳ないではございませんか」と言われてしまう。俺はそれはそうだとポンと手を打った。もっと言えば、口もないのに喋っているというのに、最早目があるとか、ないとか、と言う次元の話ではなかったのだ。


「エルザの凄いところその二、見ての通りエルザは自身で空を飛べます」


俺が剣に取り付けた宝石に込めた魔力を使って、エルザは空を自由に飛ぶことが出来る。それも俺は「なぜ飛べるんだ?」とエルザに聞いた。すると、エルザには「主様が魔法を放たれる際、魔法は宙を浮いているではありませんか」と当然のように言われてしまう。


確かにその通りなのだが、俺自身はその理屈で空を飛ぶことは出来ない。そのことから、エルザは魔法物質寄りの存在になったのではないかと思っている。ちなみに空を飛ぶのに結構な魔力を消費することになる。だから、昨日の内に、エルザに取り付けた宝石にはたっぷりと俺の魔力を供給してある。


「エルザの凄いところその三、エルザは宝石の魔力を使用して、自身で魔法剣を発動することが出来ます」


エルザという意識が剣に宿っているから出来る芸当なのかどうかは分からないが、エルザは剣でありながら自分で魔法剣を発動することが出来る。但し、発動出来る魔法剣は魔力を込めた者が愛されているマナとなっている。これはラフィに実験を手伝ってもらって分かったことだ。


一旦、全ての宝石を完全に魔力を抜いた状態にしてから、ラフィに呪い経由で宝石に魔力を籠めてもらう。ラフィが愛されていたのは水のマナだけで、その場合にエルザが使えるのも水属性だけとなった。そんな宝石に俺が魔力を込め直すと、エルザは六属性を使うことが出来るといった感じだ。


ソフィアにエルザの凄いところを説明している内に、上からボトボトと頭と胴体が斬り離された状態の眷属たちが落ちてくる。その後も次々とエルザが眷属たちを斬り捨てて、雨と一緒に眷属たちが落ちてくる。その様子を目の当たりにしたソフィアは「もうエルザだけ居たら十分じゃないかしら?」とボソリと呟いた。


・・・もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな?ですね分かります。


「その気持ちは分からなくはないですが、魔力供給者が居ないとエルザは動けなくなってしまいますので、俺がここを離れる訳にはいきません。それに大事な剣を失う訳にもいきませんし」

「そ、そういうつもりで言った訳じゃないのよルゥ。ただ、このままだと私の出番がなさそうだなって」


俺の言葉にあせあせといった感じに言い訳をするソフィアに俺はクスッと笑う。エルザが上空で眷属を狩ってしまうので、ソフィアの手が届く位置に眷属がやってくることはない。ソフィアは、やる気はあるのに手持ち無沙汰で仕方がないといった感じだ。


俺は「ほら、そろそろエルザの活動限界です。ソフィア姉様の出番ですよ」とソフィアのことを励ましながら、こちらに向かって帰ってくるエルザのことを指さした。


そんな感じに、俺とソフィアは朝から日没までを担当して、夜になったら屋敷に戻るというサイクルを三日間、何事もなく繰り返す。特に大きな問題が起こることもなく一見すると、何の問題もないように思えた。だが、今回の嵐は、今までとは違っていることが、時が経つにつれ分かってくる。


本来、三日もあれば、エヴェンガルは王都を通り過ぎていく。だが、今回は三日だけでは済まなかったのだ。次の日、その次の日もエヴェンガルが王都近郊から離れる気配がない。その間もずっと豪雨と暴風が吹き荒れて、ついには家屋に被害が出始めていた。


何より眷属も引っ切り無しに襲ってくるので、だんだんと警備にあたっていた冒険者たちの疲労の色が濃くなっていく。それはそうだろう。俺やソフィアと違って、他の冒険者たちは、少なくとも半日中は雨と風の中で眷属を相手にしながら過ごすことになるのだから。疲れが溜まらないはずがない。


そして、エヴェンガルが王都近郊に居座って一週間が経とうとした時、ついに一般市民と冒険者に被害者が出てしまう事態が起こってしまった。

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