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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第百七話 和解

フラグ通りに忙しくなるとかどういうことなの、と叫ばせてください。

メルギアのせいで身体の内側から引き裂かれるような痛みに耐えに耐えた。やっと痛みが引いた頃には窓の外から太陽の光が部屋の中を明るくしていた。完全に徹夜である。一晩中悶え苦しんだこともあって、冷や汗をびっしょりとかいており、何より寝不足で身体がとてもだるい。


起きるのも億劫な気分だが、そろそろ起きて朝食を取らなければ学園に遅れてしまう。俺はもそりと身体を起こして、部屋の中を見渡した。分かっていたことではあるが、すでにメルギアの姿はなかった。


・・・はぁ、当り前だけどやっぱり居ないか。いや、居たら居たで困るんだけど。


俺は重い身体を反転させて、枕元に置いてある小さな呼び鈴に手を伸ばして力なく鳴らす。すると、ラフィが間髪入れずに部屋の中に入ってきてくれる。


「おはようございますルート様。ベルでお呼びになる何て珍しいですね。・・・あのルート様?ひどい顔をされていらっしゃいますが体調が悪いのではないですか?」

「おはようラフィ。ちょっと色々あって寝不足なだけなので、気にしないでください。それよりも、メルギアとクリューが今、どうしているかラフィは知っていますか?」

「それなのですが、メルギア様とクリュー様はすでに屋敷におられません。使用人総出で屋敷中を探したのですが、どこにもいらっしゃいませんでした」


・・・くそ、メルギアめ!逃げたな。


クリューが人に化けていられるのに制限時間があると聞いていたので、元々、翌朝になったら王都を出ていくという話であった。とはいえ、一言ぐらい挨拶する程度の時間はあったはずだ。けど、早々と居なくなったのは間違いなく俺からの文句を聞きたくないからに違いない。


念のため、俺は索敵魔法で王都周辺を探ってみたが、すでにメルギアとクリューの反応は見当たらない。メルギアに文句を言えなかったことはこの際、どうでも良いとして、クリューとはちゃんとお別れをしたかった。


「はぁ、全く。相変わらず好き放題だなメルギアは・・・」

「ルート様これを。メルギア様とクリュー様が泊まられた部屋に、ルート様宛の手紙が置かれてあったそうで、お預かりしておりました」

「手紙?」


ラフィが差し出してきた紙を二枚受け取り俺は驚いた。メルギアが俺に手紙を残したということに驚いたのもあるが、それよりも使われている紙が植物紙であることにもっと驚いた。俺からメルギアに植物紙を渡した覚えはないので、メルギアがこれを持っているということは、ウィスピに作ってもらったということになる。


・・・まさか、脅して作らせた訳じゃないだろうなメルギア。


そう思ったがすぐに俺は思い直した。あのウィスピがメルギアに言われるがままに言うことを聞く訳がない。多分、俺のためだとメルギアかクリューに言われて、渋々な顔をしながら準備してくれたのではないだろうか。


メルギアが書いたと思われる手紙は流暢な字で書かれてある。以前、メルギアからうろこと一緒に手紙をもらったことがあったが、その手紙はウィスピが代筆をしていたはずだ。いつの間にか、メルギアは文字を書くことが出来るようになったらしい。暇つぶしの一環だろうか。


「えっと、手紙を読んでおるということは、どうやら耐えたようだの。さすがは我が見込んだ人の子じゃ。その力があれば、苦難を乗り越えることも出来るであろう。とはいえ、だからといって慢心して、鍛練を怠ってはならぬぞ?また、しばらくの間はお主に会いに来れぬのは残念じゃが、さらに強くなったお主と次に会う時を楽しみにしておるからの、か。随分と調子の良いことを書いてるな全く、はぁ」


俺は一枚目の手紙に書かれてある内容を読んで思わず苦笑する。あまりにもメルギアらしい手紙であったからだ。心配してくれているようで、でもそれは自分のためで。とことん身勝手ではあるが、どこか憎むことが出来ない。そんな感じだ。


・・・さて、一枚目でメルギアの手紙が完結しているということは、二枚目は?


二枚目の手紙に書かれた字は、メルギアが書いたものと打って変わってとても拙い字である。しかも、一言だけしか書いてない。だが、俺は顔がにやけるのを止めることが出来ない。


「父様大好き、か」


・・・何だろう。ちょっと泣けてきた。


クリューが書いてくれたであろう手紙を読んで目頭を押さえていると、ラフィが「それと手紙の他に、こちらをお預かりしています」と言って、吸い込まれるような漆黒色をした楕円形の平べったい石のようなものを差し出してくる。


すぐにそれがうろこだと分かった俺は、ラフィから奪い取るようにしてうろこを手にした。今度は、ヒクッと頬が吊り上るのを止められない。


「な!うろこじゃないか!しかも、どこからどう見てもクリューの!もしかして、メルギアがクリューからもいだのか!?」


俺はクリューのうろこを手に持ってわなわなした後、「何てことを!クリューに傷が残ったらどうするんだ!」と勢いよく両手を上げて怒りを露わにする。その勢いで、手に持っていた手紙がハラリと床に落ちてしまう。


ラフィが俺の様子に苦笑しながら、落ちた手紙を拾ってくれると「あら?」と声を出して首を傾げる。それから、ふふっとラフィ笑みをこぼすと、俺に手紙を差し出してくる。


「ルート様。どうやら、メルギア様の手紙は裏もあるようですよ」

「裏ですか?えぇっと、お主のことだから、我がクリューのうろこをむしり取ったとでも思っていそうじゃが、それは断じて違うからの。クリュー本人がお主に持っていて欲しいと望んで準備したものじゃからの。大切に身に付けておくが良い。全く愛されておるのお主」


・・・うぐぅ、完全に思考が読まれているじゃないか。


俺がそういう反応をすることを見越して、わざわざ手紙の裏面に続きを書いている辺り、俺はまだまだメルギアの手のひらの上で、コロコロと転がされるような気がして仕方がない。とはいえ、クリューからの色々な意味でサプライズなプレゼントは率直に嬉しい。


身体が怠くてどちらかと言えば鬱々とした気分だったが、自然と気分が上向きになっていく。


・・・あれ?もしかって、俺も相当ちょろい?


以前、俺は姉のソフィアのことをそう評したことがあったが、俺も人のことを言えないらしい。さすが家族、似た者同士ということだろうか。


メルギアとクリューの手紙を読んだ後、俺は浄化魔法で身綺麗にして、寝不足でクタクタな身体を治癒魔法で立て直す。ついでに光属性の補助魔法で体力を強化した。何だかやってることが、朝シャンで身体をさっぱりさせて、栄養ドリンクで無理矢理、体調を維持しようとしていたサラリーマン時代を彷彿とさせる行為に、俺は心の中で「これが、ファンタジー版か」と思わず呟いた。


魔法でどうにか体調を戻したとはいえ、寝不足感が紛れる訳ではない。何より一晩中、激痛に苛まれたので、肉体的な疲労はなくなっていたとしても、精神的な疲労は全く回復していない。そのせいもあってか、学園に行くと隣の席に座るエリーゼから「顔色が悪いけど大丈夫?」と声を掛けられる始末であった。


去年の土の季節に、俺が魔法剣講習と収穫祭の準備に追われて、クタクタに疲れていた時でもエリーゼからそんな声を掛けてもらっていない。どうやら、今の俺はよっぽどひどい顔をしているらしい。俺は心配してくれるエリーゼに「大丈夫なのでお気になさらず」と笑顔を見せるが「そんな顔色で言われてもね」と苦笑されてしまった。


・・・まあ、ひどい顔になっているのは、別の理由もあるから、だろうけど。


実は今日の午前中の授業は、水属性の授業である。つまり、シアンとノクターの二人の授業だ。メルギアから魔力供給の話を聞いてから、二人と会うのは初めてだ。俺はメルギアの話を聞いて、二人には裏切られたという気持ちがある。だから、単純に機嫌が悪いというのも、顔色に出てしまっているようであった。


俺はなるべく平静を保ちながら二人の授業を受ける。二人の授業は、他の先生と比べてとても分かりやすく、いつも新しい発見がある。いつもなら、楽しくて楽しくて仕方がないはずの二人の授業なのだが、授業の内容が全く頭の中に入ってこない。


魔力供給の件を意識しないように意識することに集中し過ぎて、本末転倒な状態に陥ってしまっていた。二人の話がただただ耳を通り抜けて行くだけの時間を過ごしている内に、気が付けば午前中の授業が終わる鐘の音が鳴っていた。


・・・はぁ、こんな調子じゃ駄目だな。ちゃんと頭を切り替えないと。


普段なら授業の内容で大事なことはノートに必ずまとめている。だが、机の上に開いて置いてあるノートが真っ白な状況を見て、俺は項垂れる。勉強するために学園に来ているというのに、これでは全く意味がない。俺は大きくため息を吐きながらノートを閉じて顔を上げる。


すると、シアンとノクターの二人が、俺の目の前に立って見下ろしていることに気が付いた。俺は二人が居ることに驚いて目を丸くする。ついでに変な声が出そうになるが、丹田に力を込めてそれだけは防いだ。


教室の中をキョロキョロと見渡すと、すでに食堂に向かってしまったのかエリーゼたちの姿がない。教室に取り残された俺は、いつの間にかシアンとノクターの三人きりとなってしまっていた。俺はものすごく気まずい気持ちになりながら、早く教室を出ようと腰を上げたところで、シアンに呼び止められた。


「ちょっと待ってルート。少しあなたとお話がしたいのだけれど良いかしら?」

「・・・シアン先生。それは今すぐでないと駄目なお話ですか?」

「そう、ね。出来れば早めに話しておきたいかしら」


神妙な面持ちで話し掛けてくるシアン。いつもと違うシアンの様子に、俺は立ち上がろうとしていた力が抜けて、ストンと椅子に腰を下ろす。俺の知っているシアンは、どちらかと言えば勝気な性格のなのだが、今はどこどなくしおらしく見える。


「・・・えっと、その。メルギアはもう帰ったのかしら?」

「えぇ、もう王都には居ません。別れの挨拶もなしに帰ってしまいましたよ」

「へ、へぇ、そうなの。・・・ま、まだ、王都に居たら、昨日のお返しをしようと思っていたのに残念だわ」


少し口ごもっていたシアンの口から出たのはメルギアの話であった。俺がすでにメルギアが王都に居ないことを告げるとシアンは心底ホッとしたような表情をしてから、腕を組みして口惜しそうに鼻を鳴らす。でも、シアンの声は上擦っているので、それが強がりだと言うことが聞くまでもなく分かる。


・・・相当、メルギアからお灸を据えられたということかな?


何だかんだとメルギアのことを目の敵にしていたシアンだが、どうやら実力的にメルギアの方が上なようだ。この様子からすると今のシアンではメルギアに敵わないらしい。昨日、メルギアから色々な目に遭わされたんだろうなということが容易に想像出来る。そう考えると同じメルギアの被害者同士、ちょっとシアンのことを許せるような気がして俺は小さく笑う。


「ほら、姉さん?そんなことを話すためにルートを呼び止めた訳じゃないだろう?」


横でシアンのことを見守っていたノクターが、シアンのことを咎めるように肘でシアンのわき腹を小突く。シアンは「分かってるわよ」と小声でノクターに言い返した後、俺のことをギラリとした目で見下ろしてくる。ちょっと目が血走っているように見えるその目に、俺は思わず身構えた。


「本当にごめんなさい!」

「・・・ふぇ?」


シアンがびっくりするような勢いで、その場で床に膝を付けて正座をすると深々と頭を下げた。どこからどう見ても見事な土下座である。初めてエスタを捕まえた時に、許しを請うエスタが見せた土下座以来の見事な土下座だ。身構えていた俺は思いもよらないシオンの行動に虚を衝かれてしまい、間抜けな声を出していた。


「え?あの、えっと、え?シアン先生?」

「ルート。僕からもこの通りだ。本当にすまなかった」


シアンの突然の行動に目を白黒させていた俺に、更なる追い打ちが掛かる。ノクターもシアンの隣に並ぶようにして土下座をしながら謝ってきたのだ。俺は椅子に座りながら、土下座する先生二人を静観するという訳の分からない状態に、そのまま何事も無かったように教室を出て行きたいという気持ちにちょっと駆られてしまう。


・・・教師を土下座させる生徒の図。クラスメイトにこんなところを見られたら、何て言われるか分かったもんじゃないなこれ。もう、帰っていいかな?・・・分かってる。このまま収拾をつけずに帰った方が間違いなくめんどうなことになることぐらい。


「シアン先生、ノクター先生。まずは顔を上げてください」

「「ルート?」」

「お二人が一体、何に対して謝っているのか聞いても良いですか?」

「えっと、それはその。私が勝手にルートに魔力供給して、その・・・」

「姉さん?」

「危うくルートを眷属としてしまうところだったということ、です」


俺はニッコリと笑顔を見せながら、シアンとノクターに問い掛ける。シアンは罰の悪い顔をしながら、もごもごと呟くが、ノクターに怒られて、はっきりとした口調でそう答えた。俺はその答えに頷きながら、思いの丈を語る。


「昨日、メルギアからそれを聞かされた時、俺はとてもショックを受けました。色々ときついこともありましたけど、お二人のお陰で俺はさらに強くなれたので、これでもシアン先生とノクター先生のことを信頼していたのです。でも、メルギアからその話を聞いて俺は二人に裏切られたような気分になりました。所詮、人とドラゴン。種族が違うので、相容れぬ存在なのかなって」

「そのようなことは決してありません!種族が違うから相容れないのであれば、初めからこんなところで教師をしていないわ」

「うん、僕たちは人の子のことが大好きだから、ここで教師をすることを選んだんだ。だから、そんなことは決してない、と言いたいところだけど、ルートを傷つけてしまったのは事実。姉さんのあの行為は、許されざる行為だったし、何事もなく終わった後に、僕たちはちゃんとルートに説明をしておくべきだったんだ」


二人は俺の思いの丈に言い募るように言葉を返してくる。最初から人との係わりを持ちたくないのであれば、メルギアみたいに人が立ち入らないような場所で過ごせば良い。それをわざわざ人の街で、しかも、教師と言う立場で人と係わっているのだ。好きでもないのに出来ることじゃない。


・・・やっぱり、悪気があってやったことじゃないんだよな。


二人から真剣な眼差しで見つめられた俺はそっと息を吐く。ここまで見せてくれた二人の真摯な態度を受けて、俺は今回の件に決着をつけることにした。


「シアン先生とノクター先生のお気持ちはよーく分かりました。それでも俺の心が傷ついたという事実は変わりありません」

「そ、そうよね」

「でも、俺は今までと同じような関係で、今後もお二人と付き合っていきたいと思っているのもまた事実です。卒業するまでの間、ずっとぎくしゃくしたままなのは嫌ですし、何より楽しく授業を受けることが出来ませんからね」

「ルート・・・。姉さんと僕を許してくれるのかい?」


俺の突き放すような言葉にシアンは肩を落とす。そのあと、俺が二人のことを許す意思があることを示すと、ノクターが期待の籠ったような顔で俺のことを見上げた。俺はそれを確認してから、心臓の辺りを両手で押さえながら、芝居がかった口調での話す。


「はい、ノクター先生。但し、俺の心の傷はとてもとても深いのです」


それを見たシアンは首を傾げ、ノクターは俺の意図することを察してクスリと笑う。


「それで、ルートのお望みなんだい?」

「さすがノクター先生。話が早くて助かります。俺がお二人を許す条件、それは結界の通り抜け方を俺に教えてください。それを教えてくれたら、俺はお二人のことを許してあげます」

「結界の通り抜け方?ルートは妙なことを知りたがるんだね」

「そうでしょうか?とても高度な技術だと思っているんですけど」


苦笑するノクターに、俺はそんなことはないと首を振って見せる。結界を通り抜けるなんて、どう考えても裏技のようなものである。誰もが知っているような知識ではないので、十分に教えてもらう価値がある。俺とノクターの様子をキョトンとした顔で見ていたシアンが首を傾げながら口を開く。


「ルートに結界の通り抜け方を教えたら、許してくれるってこと?」

「はい、それで今回のことは、綺麗さっぱり水に流すことにします。何なら誠実と誓約を司る光の女神フィーリアスティの名に懸けても良いですよ」

「そう、良かった。メルギアにちゃんとルートと話をして、許しを得ておくことって言われていたから・・・」

「へぇ?つまり、シアン先生はそれがなかったら、謝る気はなかったのですね?」


ホッと胸を撫で下ろすシアンに俺は目を細めてジトリとした視線を向ける。シアンは両手を前に突き出して、手をパタパタと左右に振りながら、慌てた様子で言い繕う。


「そ、そんなことは決してないのよ?勢いだけで行動して、ルートを眷属にしてしまう事態だったことに、後になって私も後悔して・・・。あれからいつも謝らないとって思っていたのだけど、本当のことを話したらルートに嫌われるんじゃないかって思ったら言えなくて・・・」

「ルート。姉さんが今、言ったことは本当だから信じて欲しい。ずっと気にしてたし、後悔をしていた」

「ええ、今までの話で嘘を吐いてないことは分かっています。俺もちょっと悪乗りしてしまったようです。ごめんなさい」


俺が謝って見せると今度こそはという感じに、シアンは安心した顔になる。見守っていたノクターもその様子に胸を撫で下ろした。それからノクターは「良かった」と呟いて、目を一度伏せてから真面目な顔をして俺のことを見上げた。


「ルート。君が望む通り、結界の通り抜け方を教えるのは構わない。でも、人の子である君が結界を通り抜けようと思うと、かなり大変な思いをすると思う。それでもやるかい?」

「えぇ、やります。ノクター先生の言い方だと大変であっても、俺でも出来るということでしょう?初めから出来ないことを教えられても困りますけど、そうでないのなら、俺は頑張って覚えます」


俺がグッと拳を握って意気込みを語るとノクターは「分かったよ」と言って頷いた。こうして、俺はシアンとノクターの二人に結界の抜け方を教えてもらう約束を取り付けて、その代わりに魔力供給の件を許すことにした。この流れを仕組んだのが、メルギアであるこということに若干、釈然としないものは残るが、二人と和解することが出来たことは本当に良かったと思う。


このあと、ずっと正座状態だったシアンとノクターの二人に立ち上がってもらうことにしたのだが、慣れない正座をしていたせいで、二人は足が痺れて立ち上がれなかった。こんなことは初めてだと、痺れた足を庇うような仕草をしながら、ちょっと涙目になっている二人を見て俺は小さく笑う。


シアンとノクターの二人はドラゴンである。とはいえ、人の姿に化けている以上は、本当に人と同じような症状が出るんだなと、人に化ける魔法の精度の高さに俺は感嘆の息を吐いた。


・・・それはそうと、どうして二人は土下座のことを知っているんだろう?少なくともエルグステアでは、存在しない所作のはずなんだけど。


足の痺れから解放されてようやく立ち上がることが出来た二人に俺は尋ねた。


「ところでシアン先生、ノクター先生。一つ良いですか?」

「何かしら?」

「何だい?」

「どうして土下座だったんです?と言いますか、どうして土下座を知ってるんですか?」


俺の質問にシアンとノクターは互いの顔を見合わせてから二人同時に「エルレイン先生から聞いた」と声をハモらせながら答えてくれる。どうやら二人は俺と係わりの深いエルレインに、俺に謝るにはどうしたら良いかという相談をしに、闇属性の研究室を訪れていたらしい。そして、エルレインから土下座の話を聞いたそうだ。


・・・何を教えているんですかエルレイン先生。


約一年前、初めてエスタを取っ捕まえた時、魔術具を盗んだ罪を許して欲しいとエスタが土下座をしたことがある。その行動の意味が分からなかったエルレインに聞かれて、俺は最上位の謝意を示すものだとエルレインに説明していた。どうやらエルレインは、それを二人に話したようだ。


何となくだが、相談を受けたエルレインは、二人にさっさと帰ってもらうために、めんどくさいそうな顔をしながら、その話をしたんじゃないだろうかと思う。その光景がありありと思い浮かべることが出来て、俺は思わず苦笑してしまう。


そんなことを考えているとノクターが一歩俺に近付き、机の上に青色の平べったい楕円形の石のようなものを置いた。朝にも似たような同じもの見ているので、それがドラゴンのうろこであることがすぐに分かる。


「ノクター先生。これってうろこですよね?どうしたんですか?」

「これをルートに。僕たちからの謝罪の証として、受け取ってほしい。本来、うろこを相手に贈るという行為は、親愛や友好といった意味があるんだ。こういう形で渡すのは、ちょっと違うと思うかも知れないけど、僕たちはルートのことを一、生徒である前に、良き友人だと思ってる。だから、その証としてうろこを贈りたい」


ノクターから、ドラゴンは仲の良い相手に自分のうろこを贈る習慣があることを聞かされて俺は納得した。メルギアからもらったうろこについては、本当にそういうことを意図したものか疑わし過ぎて審議する必要があるように思うが、クリューが俺にうろこをくれたのは、紛れもなく今の話通りの行為と言える。


・・・本当の意味を知って、何だか二倍嬉しいな。


「うろこにそんな意味があったのですね。教えて頂いてありがとうございます。それでは、これはありがたく頂いておきますね」

「ちなみにそのうろこは姉さんのものだ。大切にしてくれると嬉しい」

「ちょっと、ノクター!それは言わない約束でしょう!?」


誰のうろこかというのは秘密の話だったようで、ノクターがそれを暴露したことに、シアンが顔を真っ赤にして怒る。「もう!ノクターのバカバカ!」と言いながら、ポカポカとノクターのことを叩いている。うろこを贈る話を聞いた限り、変なことでは全くない。シアンがそこまで取り乱す理由が分からない。


「・・・シアン先生。もしかして、うろこを贈ることは恥ずかしいこと何ですか?」

「えっ!?いえ、決してそういう訳じゃないのよ?ただ、その、あの・・・」


俺が質問するとシアンは耳まで真っ赤にしながら、しどろもどろになってしまう。どうやら、追求しない方がいい類の話らしい。シアンの見たことがない可愛らしい反応に、もう少し弄って遊びたい悪戯心が俺に芽生えるが、やり過ぎると怒りの矛がこちらに向きそうなので、自制することにした。


「聞かない方が良さそうですね。この話はここまでにしましょう」

「そうしてもらえるかな?ほら、姉さんも落ち着いて」

「何を言ってるのかしら?どこからどう見ても、私は落ち着いています」


どこからどう見ても興奮状態にあるシアンは、胸を張って妙な強がりを見せる。俺とノクターはそんなシアンを見てから、互いの視線が合うと思わずクスッと笑ってしまう。


「むー、二人はどうして笑ってるの?全く。・・・それよりもルート。私も一つルートに聞きたいことがあるのだけど良いかしら?」

「シアン先生が俺に?珍しいですね。何でしょうか?」

「その、私が魔力供給した時と比べて、やけにルートの魔力が伸びているように思うのだけど・・・」

「そうだ、聞いてくださいよシアン先生。メルギアったらひどいんですよ!」


シアンからそう尋ねられて俺は心の中でポンと手を打った。ドラゴンから魔力供給を受けた話が出来る相手なんて、本人とクリューを除いたらシアンとノクターぐらいである。俺は好機と言わんばかりに、昨晩のメルギアから受けた仕打ちを愚痴愚痴と語ってシアンに聞いてもらった。


「ええっと?ちょっと待って。ルートはメルギアの魔力供給を受けたと言うの?」

「そうです。しかも有無言わさずに突然にですよ!本当にひどい目に遭いました」

「それでルートは、メルギアの眷属になることなく、耐えたというのかい?」

「耐えたと聞かれたら耐えましたよ。でも、ものすごく大変だったんですから。何せシアン先生の時とくれべてとにかく長かったんです。一晩中ですよ一晩中。何回か意識が飛びそうになりましたし、その度に自分が自分で無くなるよう感覚はするし。それはもう、とにかく大変だったのです」


俺は腕組みをして、むふーと鼻を鳴らしながら二人に愚痴る。シアンとノクターの二人は、いきなり俺の愚痴を聞かされて困惑気味だが、俺は気にせず愚痴を続ける。


「痛みに耐えきった時には朝になっていました。くたくたに疲れていましたが、さすがにそれから寝る訳にはいかなかったので、魔法で無理矢理、体調は整えたのですよ。でも、魔法で肉体的な疲労は取れても精神的な疲労は残るでしょう?何より寝てないから寝不足なのです」


俺の愚痴を聞かされる二人は、相も変わらず目を大きく見開いて唖然とした顔で固まっている。どうしてそんな顔をされるのか分からない俺は、眉をひそめながら二人のことを見る。


「シアン先生、ノクター先生、俺の話聞いてますか?」

「えぇ、聞いてる。聞いてるわ。聞いてるけれど・・・」

「・・・姉さん。やっぱりルートは・・・」


信じられないようなものを目の当たりにしたような顔をしていた二人は、お互いに顔を合わせて頷き合うとひどいことを言い出した。


「そうね。やっぱりルートって異常だわ」

「うん、僕も異常だと思う」

「二人ともひどいです!」


二人のひどい言い草に俺が吼えたところで、お昼休みの終了を告げる鐘の音が鳴った。午後の授業が始まってしまうので、この話はここまでとなってしまう。俺は昼食を摂ることなく、午後の授業を受けることになってしまったので、寝不足に空腹のダブルパンチとなってしまった。

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