第百六話 故郷からの来訪者 後編
「ここが俺が通っている学園です」
「ほう、ここがそうか。ふむ、森の中に中々、面白そうなものがありそうだの」
学園の門までたどり着いてから、俺は学園の校舎を指さしながらメルギアに紹介した。メルギアは立派な校舎に全くの興味を見せず、その裏手の森の中にある遺跡に興味を示した。俺は慌ててメルギアに釘を刺す。
「あ、行くのはやめてくださいね。メルギアが行くと遺跡を壊してしまいそうですから」
「お主、中々ひどいこというの」
「でも、間違ってないでしょう?」
「ふむ、強ち間違ってはおらんの」
「でしょ?」
メルギアと互いに「クッ」と笑ってから、俺は抱っこしていたクリューを地面に降ろす。地面に降ろしたクリューが寂しげな視線を俺に向けてくるので、俺は思わずクリューをぎゅっと抱き締める。
クリューが人に化けていられる時間はまだ短いようで、明日の朝には効果が切れて元の姿に戻ってしまうとメルギアから聞いている。だから、翌朝には王都を出て行かなければ、大変なことになってしまう。俺がクリューと一緒に居られる時間は限られていた。
「さっき約束しただろう?学園が終わったら一緒に過ごすって。だからそんな顔しないでくれ。本当は俺も一緒に居たいけど、さすがにクリューを授業に連れていく訳にはいかないからな」
「ん。クリュー、父様を困らせたくないから我慢する」
「よし、クリューは良い子だな」
「ルートはクリューに激甘だの」
「それはもちろん、俺の可愛い可愛い娘ですから」
俺は抱き締めるのをやめてクリューの背中を押すようにしてメルギアに託す。メルギアは視線を落としてクリューのことを見つめると、クリューの両肩に手を置いて引き寄せ、そのまま抱き留める。何だかんだ言って、メルギアもクリューに甘いような気がするのは気のせいじゃないと思う。
優しい眼差しでクリューのことを見るメルギアのことをそう思っていると、メルギアが不意に顔を上げて、少し険しい顔で校舎の方に顔を向ける。
「どうやら、来たようじゃの」
「え?あぁ、シアン先生とノクター先生ですか。メルギアの魔力を感じ取ったのですね」
「うむ。では、ルートよ。我はシアンとノクターに暇つぶしの相手をしてもらうからの。あと、シアンにはお仕置きだの」
「ほどほどにしてくださいね。クリューも巻き込まれないように気を付けて」
「うん、またあとでね父様」
メルギアがクリューを伴って、シアンとノクターの二人に歩みよると、シアンが剣幕な表情でメルギアに突っかかるのが見えた。三種族のドラゴンが人の姿で揃い踏みという、レアな光景を目の当たりにするが、俺の頭の中では、クリューが去り際に言った「父様を眷属にしようとした奴なんて、クリューがとっちめてやるんだから」というセリフが俺の耳の中で反芻していた。
・・・うん、空耳だな。可愛いクリューがそんなことを言うはずがないな。
可愛いクリューがそんな物騒なこと何か言わない。俺は現実逃避気味に頭を切り替えることにした。それから俺は普段通りに授業を受けた訳なのだが、その日、授業中に何度か校舎を揺るがすほどの地響きが起こる。この国で地震があること自体がとても珍しいので、その度にクラスメイトと先生の視線が俺に集中することとなった。
濡れ衣だと俺は声高に言いたいところではあったが、地響きを起こしている原因を連れてきたのは俺であるため、俺は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
・・・何でも良いけど、異変が起こった時に、必ず疑われるというのはどうなんだろうか。ううむ。
変な注目は集まったものの、全ての授業を無事に終えた。俺はメルギアとクリューの二人との待ち合わせ場所に指定した学園の門の前に駆け足で急ぐ。
「お待たせしましたメルギア。クリューもお待たせ」
「ようやく来たか。クリューが、まだかまだかと煩くしておったぞ?」
「むー。クリューじゃないもん。遅いって文句を言ってたのはメルギアの方だもん」
門の前で佇む二人に近付いて声を掛ける。すると二人して似たようなことを言って、言い争いを始めてしまった。俺はその光景に小さく笑う。
「何だか、そうしていると親子に見えますね二人とも」
「やー。クリューの親は父様だけなの」
「ふむ、振られてしまったようだの。クリューも中々、薄情な奴じゃて」
クリューはメルギアを押し退けるようにして、俺に飛び付いてくる。メルギアは、口ではクリューを悪く言っているが、顔は微笑ましいものを見るような穏やかな顔をしている。
・・・というか、むしろ、つやつやとした顔に見えるのは・・・。シアン先生ご愁傷様です。
「それじゃあ、帰りましょうか。メルギアたちは屋敷でお客様として迎え入れてもらいますので」
「うむ、では、そうさせてもらおうかの」
「父様抱っこー」
「んー。クリューは本当に甘えん坊さんだなぁ」
俺はクリューを抱っこして、メルギアを引き連れて屋敷に帰ることにする。道中、メルギアとクリューに俺が居ない間、どんな風に過ごしていたのか聞いた。
「そんなつもりは全くなかったとシアンの奴、顔を青くしておったの」
「魔力供給の件ですね。それなら、良かったです」
「あとは久しぶりに手合せをして、それから、しっかりとお仕置きしておいてやったぞ」
「父様、父様。クリューも頑張ったの」
あどけない笑顔でクリューがそう言ってのを聞いて、俺は少し頬を引きつらせる。
・・・まさかと思うけど違うよな?
「えっと、クリューは何を頑張ったんだ?」
「メルギアとシアンの闘いが気付かれないように、ノクターが張った結界のお手伝いをしたの」
クリューの答えに俺はホッと胸を撫で下ろす。朝、クリューと別れる際に物騒なことを言っていたことが、現実のものとならなくて良かったと。思考が完全に武闘派寄りなのは、ドラゴンの性質なのだと思うが、なるべくクリューには、荒事に係わらないで欲しいなと思ってしまう。
・・・だから、「でも、本当はクリューがお仕置きしたかったのに」と可愛く頬を膨らませて怒っているのは見なかったことにしよう。
「そういえば、シアンから面白い話を聞いたぞ?お主、ゴーレムを作れるそうだな?」
「え?あぁ、はい。作れますけど。別に面白い話でも何でもないと思いますけど?」
メルギアが目を爛々と輝かせながら俺のことを見下ろしてくる。どうやら、シアンはゴーレムの話をメルギアにしたらしい。恐らくだが、メルギアの気を逸らせるために言ったんじゃないだろうか。
・・・シアン先生、余計なことを!
俺は心の中で悪態をつく。メルギアに向けられた目を見れば分かる。我にも闘わせろと要求しているのが。しかも、思いっきり魔力を込めたゴーレムと闘わせろという圧力を凄く感じる。だが、どれだけ期待されても駄目だ。そんなことをしたら、王都が壊滅してしまう。
「駄目です」
「なぜじゃ!?」
「シアン先生とゴーレムの闘いで、ノクター先生が張った結界が破れそうになったんです。それなのに、メルギアとゴーレムが闘ったら、絶対にとんでもないことになるじゃないですか。今日だって、校舎が何度、揺れたことか。それに、そもそも誰が結界を張るんです?ノクター先生を連れてくるという訳ではないでしょう?」
断られるとは思ってもなかったのか、メルギアはクワッと目を見開いて驚く。そのあと、キッと俺のことを睨んでくるが、俺は毅然とした態度を崩さずに駄目なものは駄目だと突き付ける。だが、メルギアが諦める気配は全くない。
「何だそんなことであれば、結界など我が張る。そうだの、維持はクリューに任せるとするかの」
「えぇ?クリュー、また結界張るのを手伝うの?」
「クリューは頑張っているところをルートに見て欲しくないかの?」
「欲しい!」
右手をビシッと上げてクリューは、嬉しそうにメルギアに宣言する。それを見たメルギアがニタニタとした笑みを浮かべながら、俺に「どうするのかの?」と聞いてくる。
・・・ぐぬぅ!クリューを出汁に使うとは卑怯なりメルギア・・・。
「・・・場所は、俺が屋敷の敷地内に造った地下二階を提供しますので、くれぐれも壊さないでくださいね?」
俺は敢え無くメルギアに敗北した。
「ただいま戻りしたラフィ」
「ルート様、おかえりなさいま・・・」
「ま?」
メルギアとクリューを連れて屋敷へと帰ってきた。玄関のドアを開いてもらって、中に入るとラファが出迎えてくれる。ラフィとただいまの挨拶を交わしていると、顔を上げたラフィが突然、固まってしまう。ラフィは、驚きの表情で口をパクパクとさせながら、視線がメルギアと俺が抱っこしているクリューのことを行ったり来たりしている。
「ラフィ?大丈夫ですか?」
「え?あ、はい。あの私、急な用事が出来ましたので、申し訳ございませんがこれで・・・」
「え、あ、ちょっとラフィ!?」
ラフィにメルギアとクリューを客間に連れて行ってもらおうと思っていたのに、ラフィは逃げるようにして行ってしまった。今までに見たことがないぐらいに素早い動きである。
「ふむ、面白い娘っ子だのルートよ」
「うーん、確かにどちらかと言えば、ラフィは面白い方だとは思いますが。でも、お客様が居る場で、あのような態度をする者ではないのですよ。あんな感じに焦ったラフィを見たのは初めてのように思います。どうしたんでしょうね?」
「ねー?」
クリューが俺の真似をしながら首を傾げる。その仕草が可愛くて仕方がなかった俺は、思わず顔がにやけてしまう。しばらく、クリューの可愛さに当てられて呆けていた俺だったが気を取り直して、側を通り掛かったメイドのキキルを呼び寄せて、二人を客間に案内してもらおうとした。だが、それよりも前に、二階から俺のことを呼ぶ声が降ってくる。
「ルート、ラフィが煩く騒ぎ立てるのですが、何があったのです?」
エントランスに怪訝そうな顔をしたカジィリアがやってきた。その後ろにはラフィが居るのが見える。どうやら、ラフィはカジィリアを呼びに行ったらしい。確かに、客人として持て成すのであれば、カジィリアに紹介しておく必要はある。だが、それほど、急いで行うことでもないように思う。
・・・それに騒ぎ立てるって、そんなにも大げさに騒ぐ必要なんてないんだけど?
俺たちを視界に捉えたカジィリアは、ラフィと同じく固まった。でも、そこはさすが貴婦人。ラフィみたいに取り乱すことなく、少し笑みを浮かべて悠然と佇んでいる。
「あの、お婆様?」
「・・・ルート、そちらの方とその子を連れて、応接間に来なさい」
「え?あ、はい」
カジィリアはそう言うと、ソフィアにも応接間に来るようにとラフィに指示を出して、一足先に応接間に向かってしまう。さっきから皆の行動が妙に不自然だ。今一状況が飲み込めない俺は、一先ずカジィリアに言われた通り、メルギアとクリューを連れて、応接間へと向かう。
応接間に入ると、俺が応接セットとしてこしらえたソファにカジィリアがすでに座っていた。カジィリアは低めの机を挟んだ向かいのソファに座るようにと閉じた扇子で指し示す。俺は指示を出されるがまま、メルギアと並ぶ形でソファに座った。
ちなみに、クリューは当たり前のような顔で、俺の膝の上に座る。後ろを振り返って、エヘヘと笑顔を見せられたら、降ろす気にもならない。
「お婆様、用事があるとラフィから聞きましたけど・・・。あら?あなたはメルギアではないですか。どうしてここに居・・・」
俺たちがソファに腰を下ろしたところで、応接間にソフィアが入ってくる。ソファに腰を下ろすメルギアを見つけたソフィアは、嬉しそうにメルギアに近寄った。ソフィアは一度メルギアと勝負をして負けており、自分よりも強い女性が居るのだとメルギアのことを特別視している。ソフィアにとって、メルギアは憧れの存在である。
だが、そんなソフィアも俺たちを視界に捉えると、途中で固まってしまった。ラフィやカジィリアが見せたそれと全く同じ反応だ。そして、二、三秒ほど固まったのち、感情を見せない表情で、徐にカジィリアの隣に移動して座った。ソフィアが座ると今まで黙っていた、カジィリアが口を開く。
「では、家族会議を始めます」
「はい」
「え?どうして家族会議?」
「ルートは黙ってなさい」
「あ、はい。ごめんなさい」
カジィリアがいきなり家族会議を始めると言い出す。しかも、ソフィアも家族会議を開くのが当たり前だと言わんばかりに大きく首を縦に振って返事をした。いきなりすぎて訳が分からない俺は首を傾げながら尋ねると、口を出すなとカジィリアに怒られた。今までに見たことがないぐらいに怖い表情である。
・・・家族会議のはずなのに、家族の一員であるはずの俺に発言権が無いと言うのは一体・・・。
カジィリアに凄まれた俺は押し黙るとクリューが「父様よしよし」と頭を撫でてくれる。癒しだ。
「さて、まずは自己紹介をしておきます。私はエルスタード家当主のカジィリア、ルートの祖母です」
「これはご丁寧に、ルートの御祖母様。我の名はメルギアだ」
家族会議と言いながら、なぜかカジィリアとメルギアの自己紹介から始まった。カジィリアは鋭い視線をメルギアに送り、メルギアはただただ楽しそうに不敵に笑う。
「メルギアは、ルートとどのようなご関係でしょうか?」
「ふむ、そうだの。ただならぬ関係ではあるかの」
「それはそうでしょうね。その子が居ることが何よりの証拠でしょう」
「ん?ちょっと待ってください」
「良いからルートは黙っていなさい!」
「ア、ハイ」
カジィリアとメルギアのやり取りを聞いて、俺はやっと自分の置かれた状況を把握した。どうやら、カジィリアたち皆から、クリューが俺とメルギアの子供と思われてしまっているということに。俺はすぐさま訂正すべく発言するが、カジィリアに怖い顔で凄まれては口を閉ざすしかなかった。
「メルギア!いつの間にルゥと子供なんか・・・。どういうことですか!」
「出来てしまったものは仕方なかろうソフィアよ。それとも今から無かったことにでもする気かの?」
「そんなこと出来る訳がないわ。そんな、ルゥに良く似た可愛い子を無かったことにするだなんて」
「メルギア、あなたはどうなさるおつもりですか?」
「どうするも何も御祖母様。我はルートに言われた通り、育てるだけだの」
「ルート!?」
「ルゥ!」
メルギアのせいで二人の勘違いが加速していく。俺はメルギアを睨むが、メルギアは完全に面白がっている顔になっている。いい加減に止めないと、本気でクリューが俺とメルギアの子供だということで、カジィリアとソフィアの二人に認定されて決着してしまう。
「お婆様もソフィア姉様も待ってください!」
「ルート、往生際が悪いですよ?」
「ルゥの不埒者!」
俺はカジィリアとソフィアに弁明しようとすると、二人から男らしくないとなじられた。俺は何もしていないと言うのに、ひどい言われ様である。それの様子をメルギアが楽しそうに笑う。
「ククッ、ルートの家族は中々に愉快だの」
「メルギアも楽しんでないで、ちゃんと本当のことを言ってください!」
「良いのかの言ってしまって?」
「これ以上に俺の立場を潰したかったら良いですよ別に・・・」
「そう拗ねるでないルートよ。ちょっと興に乗っただけではないか」
「ちょっとルゥ!それにメルギア!じゃれ合ってる場合じゃないわ!」
・・・えぇ?じゃれ合ってる訳じゃないよソフィア姉様。
「あぁ、もう、ソフィア姉様。この子はクリューですよクリュー」
「何を言っているのルゥ?クリューはドラゴンでしょ?」
「そのクリューだと俺は言っているのです」
俺の言っている意味が分からない、といった感じにソフィアは首を傾げた。その様子を見たクリューが「ソフィアはクリューのこと忘れちゃったの?」と悲しそうな声でソフィアに尋ねる。ソフィアはそれに目を丸くすると「そ、そんなことはないわ。私だってちゃんとクリューのことは覚えてるもの。大切な家族の一員だったのだから」と自信なさげに胸を張った。
「えっと、ルゥ。この子、本当にクリューなの?」
「そうです。クリューが俺に会いに来てくれたんです。メルギアから人に化ける魔法を教わって」
「ちょっと待ってルゥ。どうしてメルギアがそんな魔法を知ってるの?」
「ソフィア姉様ならもう分かっているでしょう?メルギアが尋常じゃないぐらい強いということを。それになぜ俺がメルギアにクリューを託したのかを考えてもらったら、答えは簡単です」
「・・・まさか、メルギアも、ドラゴンなの?」
「うむ、その通りだのソフィアよ。我がドラゴンであると知って騒ぎになってわいかぬとルートに口止めされておったのだ。許せよ」
「そう、だったの。なんだ・・・」
前のめりになっていたソフィアは、力が抜けたようにソファの背もたれに寄りかかると、要らぬ心配をしたと大きなため息を吐く。ソフィアは納得の顔になったが、俺とソフィアの会話を黙って聞いていたカジィリアは、目を閉じて難しい顔をしていた。
いきなり、目の前の人がドラゴンだと聞かされても、普通は納得出来るようなものじゃない。俺はどうやってカジィリアに納得してもらうか考えていると、目を見開いたカジィリアが、俺の膝に座るクリューに視線を向ける。
「つまり、その子はひ孫ではないのですね?」
「え?えぇっと、そう、ですね。人の子ではありませんからお婆様にとって、ひ孫とは言えないと思います。でも、俺にとって、クリューは俺の子供なのです。そこだけは譲りません」
「そう、分かったわ」
「あれ?メルギアとクリューがドラゴンだと信じて頂けるのですかお婆様?」
「そのようなこと、疑う必要もないでしょう?精霊とお友達だと聞かされて、実際に写真で見せてもらったことがあるというのに。今更、ドラゴンが人に化けると聞かされても、私はルートが嘘をついているだなんて思いませんよ」
「そんなこと不思議でも何でもありません」と言い放つカジィリアは、ちょっと俺に毒され過ぎているような気がする。ちょっと心配だ。とはいえ、こうして、緊急に開かれた家族会議は、メルギアとクリューがドラゴンであることを暴露して、幕を閉じた。
家族会議を終えた俺は未だに制服姿であったため、一度、自分の部屋へと戻る。メルギアとクリューは客間に案内されているので別行動中だ。俺は自室で服を着替えながら、脇に控えるラフィに文句を言った。
「全くもう、ラフィのせいですよ?話がややこしくなったのは」
「大変申し訳ございませんでしたルート様」
ラフィの勘違いから始まった騒動に俺が怒ると、ラフィはシュンと肩を落とす。それでも、何か納得がいかないようなといった感じにラフィは顔を上げると「ですが」と口にした。
「メルギア様は大変お美しい方で、クリュー様は本当にルート様そっくりで可愛らしい方でしたので・・・。クリュー様がルート様とメルギア様との間の子だと思っても無理はないと思います。でも、ドラゴンなのですよね?」
「クリューはドラゴンですが、俺の子供で間違ってはいません。だから、俺に似ていると言われて悪い気はしないです。でもラフィ、お婆様もソフィア姉様もそうですが、根本的なことを間違ってます」
「根本的なことですか?」
俺がそう言うとラフィは首を傾げた。クリューのことを俺とメルギアの子供だと、皆が口を揃えて言うが、現実問題として立ちはだかる壁があることを、皆都合よく忘れて閉まっている。
「そうです。もし、クリューが人の子だったとして、見た目からすると四、五歳ぐらいです。ということは、クリューが生まれたのは、四、五年前ということになりますね?そうなると、俺はその当時、まだ五歳か六歳ということになるんですよ?そんな年齢で子供を作るなんてあり得ないでしょう?」
「・・・言われてみたら、ルート様の仰る通りですね」
俺の説明に納得したラフィは何度も頷く。少し考えれば分かることだろうに、と思っているとラフィが突然、ニヨッとした笑みを浮かべて、何やら微笑ましいものを見る目を俺に向けてくる。何だかちょっと腹が立つ。俺はムッとしているとラフィが口元を押さえながら聞いてくる。
「ルート様はどのように子をなすのか、知っておられるのですね」
「ラフィ?俺のことを馬鹿にしてますね?」
「いいえ、そんなことはございません。ただ、ルート様も十歳になられてお年頃なのだと思っただけです」
「はぁ、全く、何を言ってるんだか。とにかく、今度からは人の話を最後まで聞いてから行動すること。良いですね?」
「はい、かしこまりました」
このあと、俺とカジィリアとソフィアの三人にメルギアとクリューを加えたメンバーで食事をした。ドラゴンである二人には、食事は必要のない行為ではある。だが、人の身体になっている以上は、食べれないという訳ではない。それに俺が考案した料理をクリューが食べたいとリクエストしたので、一緒に食事を取ることにした。
でも、恐らくだが、クリューがそう言ったのは、食事を取ることよりも食事の時間も俺と一緒に過ごすためだったのではないかと思う。食事の時もクリューは俺の膝に座って、食べさせて欲しいと甘えてきたのだ。もちろん、断る理由もないので、甘えたがりなクリューを俺は甘々に甘やかした。
食後、メルギアとクリューを連れて別館の地下二階に作った武舞台へと移動した。ゴーレムと闘わせろという、メルギアの望みを叶えるためである。ラフィも地下についてきたがったが、危ないから駄目だと置いてきた。その代わりに、お風呂の準備をしておいて欲しいとお願いしてある。
「ほう、このような空間を作るとは、中々、面白いことを考えるの。さすがはルート」
「身体を思いっきり動かす場所が欲しかったので造りました。それよりも、くれぐれも屋敷に影響が出ないようにお願いしますよ?少しでも危ないと思ったら、問答無用でゴーレムを止めますからね?」
「ルートは心配性だの。だが、案ずるなルートよ。我を誰だと思っておる」
メルギアは腕組みをしながら胸を張って見せた。メルギアの実力は嫌というほど知っているつもりだが、どちらかと言えば攻撃面に関してだ。俺はメルギアが張る結界よりも、メルギアの攻撃力の方が強い気がして仕方がない。
「はぁ、分かりました。それじゃあ、俺はゴーレムを作るので、メルギアは結界をお願いします」
「うむ。任せておけ」
俺は杖を振るって、ゴーレムを作成する。その間にメルギアは武舞台のある地下二階の空間を覆うように結界を張ると、結界の起点となる魔方陣の上にクリューを据えた。クリューは魔方陣に両膝を付いて膝立ちになると、祈りを捧げるように両手を胸元に握る。
・・・さてと、俺も俺の仕事をしないとな。
俺はゴーレムにありったけの魔力を注ぎ込んで、メルギアに向けて解き放つ。一気に魔力を消費した俺は、貧血を起こしたようなに感覚に襲われて、その場に片膝を付く。
その間にゴーレムはメルギアに向かって、目にも止まらぬ速さで駆け寄ると鋭く拳を打ち抜く。それをメルギアはニンマリとした笑顔で悠々と受け止めた。そこからの闘いは、シアンの時と同じく常人の域を遥かに超えた闘いが目の前で繰り広げられる。
・・・本当にどれだけ強いんだドラゴンというのは。はぁ。
俺は道具袋に手を伸ばして、魔力の回復薬を三本取り出して、三本続けて飲み干した。少しでも魔力を回復させて、クリューを手助けするためである。まだ少し頭がくらくらとする中、俺はクリューに近付いて、背後から抱き締めるように腕を回し、クリューの手を包み込むように握る。
「クリュー、俺の魔力も結界の維持に当ててくれ」
「ふふ、父様の魔力、暖かいの」
後ろを振り向いて、可愛いことを言ってくれるクリューに癒されながら、俺はメルギアの闘いを見守る。打、打、打と打撃を打ち合うメルギアとゴーレム。拳が相手に届く度に鈍い音が地下二階に響き渡るのだが、恐ろしいのは、打ち合う音がワンテンポ遅れて聞こえてくることだろう。
・・・要は音速を超えてるってことだよな。もう漫画やアニメの世界だなこれ。
あまりにも現実味のない世界が目の前で繰り広げられるのを見て、俺は口をあんぐりと開けながら呆けてるいると、クリューが身体をもじもじさせて「クリューも闘いたかったな」とぼそりと呟いた。
・・・父さん、クリューにあんな闘いを見せられたら泣くよ?
俺は「魔力を消費し過ぎたからまた今度な」と絞り出すような声でクリューに言い聞かせた。クリューが少ししょんぼりとするが仕方がない。その後、メルギアとゴーレムの闘いは、興が乗ったメルギアが拳に火属性を纏わせてゴーレムを打ち抜き、ゴーレムの上半身が爆散したところで終了した。
「いやー、久々に身体を思いっきり動かしたの。満足満足」
「シアン先生との分は思いっきり身体を動かした訳ではなかったのですね・・・。まあ、その話はいいか。何にしてもゴーレムを作った甲斐がありますね。無残な姿になってしまいましたけど・・・」
「それにしてもお主、思った以上に成長しているようだの。お主があれほど動けるようになっているとは、正直驚いた」
メルギアはニンマリとした笑みを浮かべて、ゴーレムを打ち抜いた右腕をぐるぐると回しながら近付いてくると、その手で俺の頭をわしわしと撫でてくる。メルギアに褒められるのは悪い気はしないが、すごいのはゴーレムであって俺じゃない。俺はメルギアの手から逃れるように身体を翻して、メルギアに首を振って見せる。
「あれはゴーレムの実力であって、俺の実力ではありませんよ。俺はゴーレムに魔力を込めただけなのですから」
「何を言っておるのだ?ゴーレムの強さは、生み出した者の強さなのじゃぞ?知らぬのか?」
「え?そうなのですか?」
「何じゃ、知らずにやっておったのか。ルートもまだまだ勉強不足だの」
「勉強不足と言われても、そんな記述はどこにも無かったですし・・・」
・・・それより、メルギアの言い方だと俺もあんな闘いが出来るってこと?それって人間やめてない?
メルギアが言ったことの真偽を確かめるのが少し怖い気がするので、俺はメルギアが言ったことを話半分で聞いておくことした。
このあと、ラフィに準備をお願いしていた一階のお風呂場でメルギアとクリューの二人に、汗を流してもらおうと思っていた。だが、道中、地下一階に使用人用のために作ったお風呂場があることの話をすると、メルギアがそちらに入りたがった。
断る理由は特になかったので、二人には使用人用のお風呂場を使ってもらうことして、俺は折角なのでラフィが準備してくれた一階のお風呂へと入る。あとで聞いた話になるが、地下一階のお風呂に、いつの間にかカジィリアも参戦したようで、クリューのことを可愛がったらしい。
・・・ひ孫じゃないと分かった時、お婆様の表情は変わらなかったけど、声のトーンがちょっと落ちていたのは、やっぱりがっかりしていたんだな。本物のひ孫じゃないけど、クリューと楽しく過ごしたそうなので、それが慰めになってたらいいな。
真夜中、身体の上に何か重たいものが乗って、金縛りになったように身体が動かないといった夢を見た。俺はハッと目を覚ますと、赤い長髪が月明かりでほのかに光る全裸の女性が、俺に馬乗りで跨っているのが見えた。こんな時間に、一体どうして俺に跨っているのか、しかも真裸で、と俺はジトッとした目で女性のことを睨む。
「何をやってるんですかメルギア?」
「見て分からぬか?夜這いに決まっておろう?」
「メルギアはドラゴンでしょう?何を馬鹿なことを。それじゃあ、おやすみなさい」
「こらこら、寝ようとするでない。全く、可愛げのない奴だの。だが、ルートよ。お主は勘違いをしておる。人の姿に化けているこの身体は、ちゃんと人の子と同じなのじゃぞ?」
「それで?だから何だと言うのです?」
「むぅ、からかい甲斐がない奴じゃのお主」
俺の素っ気ない態度に、メルギアは腕を組むと不貞腐れたように口を尖らせる。人の姿のメルギアは、綺麗な顔立ちにスタイルも良く、妖艶な雰囲気を醸し出している。普通の男なら一目見ただけで落ちるだろう。だが、元がドラゴンであることが分かっているせいか、はたまたメルギアの性格を知っているせいか、残念ながら俺はめんどくさいという気持ちしか湧いてこない。
「要件はそれだけですか?ゴーレムと結界の維持に魔力を消費し過ぎたから、疲れているんです」
「おぉ、我の要件もそこにある。確かにルートは思った以上に強くなっていた。だが、次の相手は中々に手強い。今のお主では五分と五分といったところであろうの」
「メルギア?何の話をしているのですか?」
いきなり訳の分からないことを良い始めたメルギアを止めようと、俺は身体を起こそうとした。だが、メルギアは、そうはさせまいといった感じに、俺の胸辺りに手を添える。ただ手を添えているようにしか見えないというのに、俺はそれだけで起き上がることが出来なかった。とんでもない力である。
「折角、育てたお主を横から掻っ攫われるのは、やはり面白くないからの。だから、我はお主に手を貸してやることにした。なぁに、心配せずともシアンの魔力には耐えたのだ。ルートなら大丈夫じゃ。あ、お礼とかはいいからの。今日楽しませてもらった褒美と思えば良い」
「ちょっ、メルギア!?」
綺麗な笑みを浮かべながら俺を見つめるメルギア。俺は背筋がゾクリとして、嫌な予感しかしない。無理にでも、身体を起こしてメルギアの手を払い除けようとしたが、時すでに遅しだった。
「ふぐぅっ。くっっぐ。メ、ルッ・・・、ギアぁ!」
「ほれ、あまり騒ぐと廊下におる者に気付かれるぞ?こんなところを見られて困るのは、お主であろう?」
・・・くそ!全裸なのはそれが理由か!!
メルギアとクリューがドラゴンであるということは口で説明しただけで、二人が本当にドラゴンである証明は何もしていない。メルギアの強さを知っているソフィアが、メルギアがドラゴンであることに納得したのを見て、カジィリアも二人がドラゴンであると納得したと言える。
それにも係わらず、あられもない姿のメルギアが俺に馬乗りで跨っているところを、誰かに見られでもしたら、誤解を解くどころの話ではなくなってしまう。やっぱり、そういう関係なのだと思われるだけでなく、そのあとメルギアの正体が本当にドラゴンと分かってもらえたとしても、事態は余計にややこしくなるだろう。
苦痛に悶え苦しむ中でも、すぐに頭が痛い結果が思い浮かんだ。最早、俺に残された道はただ一つ。ひたすらに声を押し殺して、身体の内から溢れんとするメルギアの魔力に抗い続けるだけである。俺は薄い掛け布団の中に潜り込んで、息を殺すように身体を丸めた。
「・・・のうルートよ。決して、我の眷属になどになってくれるなよ」
俺のことを心配してくれているのかひどく優しい声で、メルギアがそう言った気がした。だが、俺にはその声に答えるだけの余裕は、一切残されていなかった。




