第百四話 暴れん坊貴族 後編
「さて、ラフィ。この状況をどう思いますか?」
「えぇっと?・・・大変危機的な状況だと思います」
俺は隣に座るラフィを見上げながら、芝居ががったように話し掛ける。そのわざとらしい感じにラフィが少し戸惑いを見せる。でも、俺の意図を察してくれたようで、俺の欲しい返事をしてくれる。最後にラフィが俺にしか聞こえない小さな声で「相手が」と言ったことは無視だ。
「という訳でお婆様。このままだと俺はゲオールドに殺されてしまいます」
「はぁ、あなたという子は。危ない真似はしないように言ったはずですのに全く。そのようなところは、バカ息子と同じですね。人の言うこと聞かないところなど、似なくても良いのですよ?」
「そ、その声は・・・、ま、まさか、カジィリア様だと!?」
テーブルの上に起きっぱなし魔術具は当然ながら通信機としての役割も果たす。というよりも、通信機にフロールライトの種から会話を盗聴する機能とそれを録音する機能を追加したものだ。俺がテーブルの上に魔術具を置いてからの俺とゲオールドの会話は全て、カジィリアに筒抜けである。
「ゲオールド。すでに騎士団には動いてもらっています。大人しく私の孫を返して頂きましょうか!」
「さすがお婆様。仕事が早いですね」
「そんな、そんな馬鹿な。そんな馬鹿なことがあってたまるか!」
「いいえ、あなたはもう終わりです。貴族である俺の殺人未遂、それをエルスタード家当主本人に知られてしまったのです。平民相手なら誤魔化すことも出来たかもしれませんが、貴族相手では誤魔化しようがないでしょう。大人しく騎士団に捕まってください」
「ぐっ・・・」
ゲオールドは俺の言葉を聞いて、悔しそうに顔を歪めながら俯き加減になる。一見すると観念したように見える仕草だったが、俺にはまだ、ゲオールドが諦めていないことが分かる。ゲオールドは再び、気持ちが悪い笑みを浮かべて俺のことを睨みながら立ち上がった。
「くふふ、まだだ。まだ終わりなどではない。騎士団が来る前に逃げてしまえばいい」
「俺がそのまま逃がすと思いますか?」
「はっ。何やら多少は、魔法が使えるらしいな。だが、これだけの忍ぶ者を相手にして、果たして生きていられるかな?おい、そこのお前、私を逃がせ。ゲンド、お前たちでその忌々しいガキとメイドを足留めしろ!殺してしまっても構わん」
「言うに事欠いて、私の可愛い孫を殺すですって?何と愚かな。私が皆を引き連れて、今すぐにそこに向かいます!覚悟なさい!」
「お婆様落ち着いてください・・・。あぁ、駄目だ。通信が切れてる。まあ、仕方ないか」
カジィリアからの通信が途絶えてしまった。多分、あの勢いでカジィリア本人が筆頭に使用人を連れてここに乗り込んでくることだろう。
・・・んー、ちょっと想定外。お婆様の行動力を舐めてたな。とりあえず、邪魔される前に終わらせなくちゃな。
「ではな、私はこれで失礼する」
「ん?本気で逃げれると思っているのですか?」
俺は拍手するように両手でパンと一度鳴らす。俺に皆の注目を集めてから部屋を囲むように魔法障壁を張った。これで、少なくとも俺の魔力が切れるか、俺を倒すか、はたまた俺の魔力を上回る攻撃魔法で魔法障壁を破壊する他には、応接間から出る手段はない。
「・・・駄目です。主様、壁があって外に出ることが出来ません!」
「何をおかしなことを抜かして!・・・ぐっ、何だこれは?どうなっているんだ!」
「魔法障壁を張らせてもらいました。魔法障壁は、何も自分の身を守るだけではないのですよ。そこを通りたかったら、俺をどうにかするしかありません」
「ならばすぐにでも殺せば言い話ではないか。ゲンド!今すぐに殺れ!!」
唾を撒き散らすように叫び声を上げるゲオールドの言葉に呼応して、一人の忍ぶ者が俺に近付いてくる。俺は椅子から立ち上がって、ゲンドと思しき人物と向かい合う。頭巾を被り、口の部分も布で覆って隠しているため、はっきりと顔を見ることは出来ないが、肌が出ている目元を見る限り、お爺さんと呼べる年代のように見える。
「あなたがゲンドですか。忍ぶ者の頭領といったところでしょうか?」
「お初にお目に掛かりますルート殿。如何にも小生が忍ぶ者の頭をしております。ルート殿のことはエスタから良く聞き及んでおります」
「なるほど。一体、どんな話を聞かされているのか気になるところですが、今は置いておきましょう。それで、ゲンドはゲオールドの言う通り、俺を殺す気ですか?」
「主様の命令でございます故・・・」
「ふむ、引く気はないと?」
「・・・・」
年齢を重ねているだけあって、とても落ち着いた雰囲気が漂うゲンド。エスタから俺のことを聞いていると言うことは、俺の実力も聞いているはずである。見たところ状況判断が出来ないほど、愚かな人には思えない。だが、ゲンドは俺から手を引く気はないようで無言を貫いた。
「分かりませんね。あの男のどこに、それだけの忠義を尽くす価値があるというのでしょう?」
「我らの掟を守るため、としか申せませぬ。例えそれがお金だけの繋がりであったとしても」
「生きるとために止む無くといったところでしょうか」
・・・忠義を重んじる心構えは立派だけど、主とすべき人物を大いに間違っている。・・・と言うことぐらいはこの人には分かってそうだなぁ。
「なに無駄口を叩いているのだゲンド!さっさと殺せ!早くしなければ、騎士団が来てしまうではないか!」
「やれやれ、全く往生際が悪い。あれでも尚、忠義を尽くすのですか?」
「如何にも」
「・・・自分たちの家族の命を差し出せと言われていたのにですか?」
「それが命令ならば」
俺は最後の質問として、ゲオールドにエスタの命を差し出せと言われた時のことを聞く。ゲンドはわずかにまぶたをピクリと動かしながら、それでもどんな命令でも受けると言って退けた。
・・・この人。
「・・・なるほど。では、ゲンドはここで散る覚悟があると思っていいのですね?」
「すでに場は整えたつもりでございます」
「分かりました。では、仕方ありません。皆には力づくで大人しくしてもらいましょう」
俺は一度、ゲンドに背を向けてテーブルの方へと戻り、補助魔法で身体能力を上げながらテーブルを片手で掴む。俺はラフィに「避けて」と言いながら、テーブルをゲンドの方へ思いっきりぶん投げた。テーブルはゲンドとその後ろに居た忍ぶ者を巻き込みながら壁際へ飛んでいく。
「と、突然何をするのですかルート様!」
「えぇ?ちゃんと避けてって言ったじゃないですか」
「普通の人は、あれだけでは避けれません!」
「ラフィなら大丈夫。その実力は俺がよく知っています」
「もう、ルート様そのような調子のいいことを言って・・・」
「な、何なんだあの力は?子供の力とは思えん」
ラフィに突然過ぎると怒られたが問題ない。あれぐらい避けれないようでは、そもそもこの場に連れてきてはいないのだから。一先ず、涙目のラフィを宥めていると、部屋の隅に居るゲオールドが驚愕といった声を出す。
「今更なことを言うのですねゲオールド。あなたが相手にしようとしているのは、こういう子供ですよ?エスタから報告を受けていたのではないのですか?一体何を聞いていたのでしょう?・・・まあ、そんなことはどうでも良いですね。これからが本番はこれからです」
「ええい!本当に口の減らぬガキだ!何をしているお前たち。ぼさっと突っ立ってないで、全員でかからんか!!」
俺はゲオールドを馬鹿にするような口調で言うと、ゲオールドは激昂しながら、忍ぶ者へ指示を出す。テーブルと一緒に飛ばされた者以外は、手に持った武器を俺に向けるように構え直した。俺はその様子を見ながら、鋼属性の魔法で刀を作り出す。柄の部分が金属剥き出しではカッコが悪いので、樹属性の魔法で、クォーコンを巻き付けて、柄と刀身の間にはきちんと鍔も付けた。
・・・さあ、始めようじゃないか。一度は時代劇ものをやってみたかったからな。
刀を作り出しことにどよめく忍ぶ者を余所に、俺は刀を揺らしてカチャリと音を立てる。処刑用BGMを頭の中で流しながら、忍ぶ者との戦闘開始だ。
襲い掛かってくる忍ぶ者たちの小刀を刀で軽く弾きながら斬り結ぶ。その度に小気味よい金属音が鳴り響いて、ちょっと心地いい。ただ、俺の刃はぎりぎりのところで小刀に防がれて、中々相手にダメージを負わせることが出来ない。
エスタと一度、試合形式で闘ったことがあるがやはり、大人の忍ぶ者は一段階上の実力だ。決して、成人しているエスタを子供扱いしている訳ではないが、下位属性の補助魔法を最大限に掛けた状態では、大人の忍ぶ者と実力が均衡してしまっているらしい。
・・・これは思った以上に手強い。けど、面白い!!
次々と襲い掛かってくる忍ぶ者を相手にして、嬉々として闘っている俺を見たラフィは呆れたように「ルート様、楽しんでませんか?」と口にする。忍ぶ者にとって、主の命令は絶対なようで、今は俺を殺せという命令に従って、襲われているのは絶賛俺だけである。だから、ラフィはとても暇そうだ。
さっき、ラフィには俺が邪魔をするなとの無言の圧力を送ったこともあり、ラフィは混ざりたくても混ざれないといった感じにそわそわしている。それゆえのクレームであった。そんなラフィは、何かを思い付いた顔をしながら、突然ポンと手を鳴らす。
「あ、もしかして、ルート様が水の季節に多数のゴーレムを一度に相手されていたのは、まさか今日のためですか?」
「よく分かりましたねラフィ。正解です。でも、暇だからといって、闘ってる最中の者に話し掛けてくるのは、いかがなものかと思いますよ?気が散ります」
「それでも随分と余裕なご様子なのですが。・・・あの、ルート様が押され始めたら、私も参戦して宜しいですか?」
「まあ、仕方ありませんね。正解のご褒美に俺が危ないと思ったら、参戦してください」
ラフィと俺の会話を聞いていたゲオールドは、余裕のある俺たちの態度に地団駄を踏みながら大声を上げる。「ええい、どれだけ時間が掛かっているのだ!役立たずどもが!」と忍ぶ者を罵ってから、「おい、後ろでぼさっと突っ立っているお前等、遠巻きから狙え!」と命令を出し始めた。
一斉に襲い掛かると団子状態になって身動きが取れなくなってしまうので、一偏に闘うといってもせいぜい四、五人が限度である。特に俺の身体はまだまだ小さいので余計にだ。だから、俺たちの周りを囲む余った忍ぶ者たちは、順番待ちをしている状態にある。その忍ぶ者たちにゲオールドは遠距離攻撃をさせる気らしい。俺を相手にしている味方諸共という無差別な攻撃を。
・・・はぁ、無粋な奴だな本当に。
敵味方関係なしの手裏剣による攻撃が、ゲオールドの命令の下、放たれた。おびただしいの手裏剣が飛んでくるのを目にしたラフィは、俺を守らんと邪魔な忍ぶ者を押し退けて、俺を包むように抱き付いてくる。
「くふふふ。これだけの攻撃受けて、ただでは済まんだろう?・・・んな!?」
「やれやれ、ゲオールド。味方を巻き込んだ攻撃をするとはどういう了見でしょうか?自分の命令を忠実に果たそうとしてくれている者たちへの酬いがこれですか?」
俺は無差別に襲い掛かる手裏剣が誰一人当たることがないように、俺を襲っている忍ぶ者も含めた全員を囲む形で魔法障壁を展開させる。手裏剣は魔法障壁に阻まれて勢いを失うと、次々と床に落ちてキンッと金属音を立てる。手裏剣の数が多いためか、その音を聞いているとさながらメダルゲームを当てた時のような気分になった。
「何なんだ。何なんだこれは。全く攻撃が当たってないではないか!この愚図どもめ!」
「ははっ、浅はかだったのはゲオールドではないですか。喧嘩を売った相手が悪いといい加減に気付いてはどうですか?なぜ、俺が護衛を一人も付けていないのか考えれば分かることでしょう?まあ、一人、忠誠心の強いお姉さんはついてきてますけど」
「ぐぅぅ、生意気な。何でも良い!早くそいつを殺れ!」
ゲオールドから、とことんひどい扱いを受けている忍ぶ者たちだが、あくまでもゲオールドの命令に従うようで、俺に小刀を向けてくる。本当に大した忠義だと思うが、度が過ぎるように思えてならない。
・・・そうまでしなければならないほど、追い詰められた状態にあった、ということか?っと、もう少し闘いに興じていたかったけど、そろそろ、締めに入らないといけないな。
俺はゲオールドのせいで、闘いを邪魔されたことに一つため息を吐いてから、補助魔法の下位属性から上位属性へと切り替える。その次の瞬間には、まだ闘える忍ぶ者たちを一人一人順番に斬り付ける。瞬く間に、忍ぶ者が地に伏していった。最早、この部屋の中で、俺のスピードに追い付けるものは誰一人として居ない。
目にも止まらぬ速さで忍ぶ者は倒れていき、ついには部屋の中で無事な忍ぶ者は、見覚えのある身長の者一人だけとなった。言わずと知れたエスタである。一応、俺はエスタにも刀を向けるが、エスタは口元の布を取りながら顔を見せると、降参といった感じに後ずさりして尻餅をついた。
全ての忍ぶ者を打ち倒した俺は、部屋の隅でわなわなとしているゲオールドに、ニヤリと笑みを浮かべながらジリジリと詰め寄る。
・・・本当は一思いに悪代官を成敗!って感じにやりたかったけど、その役目は俺じゃないからな。ちょっと残念。
「さて、これで俺を殺す者も、あなたを守る者もいません。そろそろ観念して大人しくする気になりましたか?」
「くふ、くふふ。こんな、こんな馬鹿なことがあってたまるものか・・・。ん?おぉ!ゲンド、無事だったのか?だったら、早くそのガキを殺せ。お前の実力なら殺れるだろう?」
「いいえ、主様。ここまでです」
ゲオールドが悔しそうに顔を歪めたかと思えば、急に光明を得たような顔になる。俺は後ろに振り返ると、ゲオールドの言葉通り、そこにはゲンドが立っていた。ゲオールドはすぐに俺を殺すように命令を出すが、ゲンドはそれに首を振ると流れるような動きでゲオールドの背後を取って、ゲオールドの首を絞めて落とした。鮮やかな手捌きに惚れ惚れとしそうだ。とりあえず、これでようやく静かになる。
「と、頭領?」
「エスタか、情けを掛けてもらったようだな」
「でも、皆が、皆が・・・」
「あぁ、エスタ。言っておきますが、俺は誰一人殺してませからね?そもそもほら、刀に血が出てないでしょう?気が付かなかったのですか?」
「え?」
俺は刀をエスタに良く見えるように突き出す。血のりが全く付いていない刀を見て、エスタが目を丸くした。俺が作った刀は、初めから刃の部分を潰した、見た目が本物そっくりな模擬刀である。とはいえ、魔法で身体能力を上げた状態で、金属の棒で殴ってはいるので、それなりの怪我は負っている。だからこそ、誰一人として起き上がれずにいると言える。
「そう、だったのね。あたし、皆死んだのかと。はぁ、本当に良かった」
「エスタにはもう少し冷静に物事を見る目が必要だな」
ホッと胸を撫で下ろすエスタの頭をゲンドが、孫を見るような目をしながら優しく撫でる。一頻りエスタを撫でたゲンドは真剣な顔付きをして、俺の目の前にやって来る。ゲンドはその場に正座をして、頭巾と顔布を取る。中からは白髪混じりの赤い髪に、今までとても苦労してきたことが分かる彫りの深いシワが刻まれた顔が露わになる。
「・・・覚悟は出来ている、と言った感じですね」
「さすがはルート殿。話が早くて助かりますな」
「頭領?ルート?一体、何の話をしてるの?」
正座をするゲンドは、濁りのない眼で俺のことを見てくる。その真っ直ぐな視線を見返しながら俺はゲンドに笑って見せた。だが、エスタは意味が分からないようで、俺とゲンドを見比べながら首を傾げる。
「誰が責任を取るのか、という話ですよエスタ。命令を出したのはゲオールドですが、実行したのは忍ぶ者たちです。全員が捕まって、ゲオールドと同じく極刑を受けることになるでしょう。つまり、このままではどちらにしても皆殺しになるでしょう」
「そ、そんな・・・。ねえ、ルート。ルートなら何とか出来るじゃない?」
「えぇ、そうですね。もちろん、そのつもりです」
「本当!?それなら良かった。ねぇ、頭領。・・・頭領?」
俺の話を聞いたエスタは、おずおずとしながら助けて欲しいと言ってくる。俺が首を縦に振ると、エスタは胸元でギュッと両手を握りながら嬉しそうに微笑んだ。そんなエスタにゲンドは優しく言い聞かせるように話し掛ける。
「エスタ。当たり前だが、咎人である我らは罰を受けなければならぬ。それは分かるな?」
「それぐらいはもちろん分かるわ」
「いや、お主は分かっておらぬ。今回、我らが犯した罪は重すぎるのだ。本来であれば、一族郎党全てが処分されるほどにだ」
「・・・頭領?一体何を言いたいの?」
エスタは震える声でゲンドに尋ねる。ゲンドが本当の意味で何を言っているのか分かってるけど、頭では分かりたくない、といった感じにエスタは今にも泣きそうな顔をしている。
「さて、話はここまでだエスタ。少し離れていなさい」
「頭領?」
「エスタッ!」
よろよろと力なくゲンドに近付こうとしたエスタをゲンドが怒鳴って止める。エスタは顔を引きつらせながら、後ずさりした。その様子を見守ってからゲンドは再び真剣な目を俺に向ける。
「では、ルート殿。手前勝手ではありますが、我が一族のこと、宜しくお願い申し上げる」
「良いでしょう。今回、忍ぶ者が犯した罪、ゲンドの命を持って償われたことにします。そもそも、あなたたちのような有能な人材を遊ばせていた国も悪いのです。今度の主には、王様になってもらうつもりなので安心してください」
「かたじけない」
ゲンドはそう言って一度頭を垂れると、次に頭を上げた瞬間に、いつの間か手に持った短刀を自分のお腹に突き立てた。一切、躊躇することなく、また、うめき声一つ上げることなく、一瞬の出来事である。短刀が刺さった部分から、黒装束がじわりと血で濡れていく。
・・・忍者と思っていたけど、心根は武士だったか。・・・ここで死んでしまうのは本当におしい人だな。
「・・・さてと、ぼさっとしてる場合じゃないな。こうなると介錯が必要だよな」
潔い姿を見せられて、呆けている場合ではない。いくらうめき声一つ上げなかったからといって、短刀をお腹に突き刺して痛くない訳がない。じわりじわりと苦しめる気など毛頭ないので、俺は手に持ったままの刀を掲げ、刃の部分を指でなぞる。
鋼属性の魔法で、模擬刀から真剣へと作り替えて、俺は上段の構えを取る。苦しまないように、首元を狙って一気に振り下ろす。だが、次の瞬間、エスタが俺の刀を目掛けて斬り付けてくると、俺の刀が弾き飛ばされてしまう。エスタの渾身の力が籠っていたのか、俺の手はビリビリと痺れた。
「エスタはゲンドのことを苦しめたいのですか?」
「殺さないで。お願いだから頭領を殺さないで!」
「・・・それはエスタの願いですか?」
「そんなの当たり前でしょう!?」
涙を流しながら当たり前のことを言うなと俺を睨み付けるエスタ。俺の刀を全身全霊の力で弾いたせいなのか、それとも怒りと悲しみのせいなのか、とても息が荒い。とにかくエスタはゲンドを殺すなと俺に言い募る。
「そうですか・・・」
一度目を伏せた俺はそう呟きながら、弾き飛ばされた刀の代わりに、白く輝く光の剣を作り出す。俺はその光の剣を躊躇うことなくゲンドに向けて振り下ろした。
エスタは俺の行動に驚きに目を見開きながら「駄目!」と言って、刀の時と同じように俺の剣を弾こうとする。だが、エスタが振り抜いた小刀は光の剣をすり抜けて、空振りに終わったエスタは体勢を崩して倒れ込む。俺は振り下ろしたそのままの勢いで、ゲンドを光の剣で斬り付けた。
ゲンドが腹に突き立てていた短刀がぼとりと床に落ちる。やけに静かな応接間に、カシャンという金属音が鳴り響いた。
「あぁ、そんな。・・・よくも、よくも。よくも頭領を殺したわねルート!」
倒れていたエスタは、その光景を目の当たりして、力なく立ち上がる。だが、顔を上げた次の瞬間、ものすごいスピードで俺に襲い掛かる。俺を簡単に押し倒したエスタは、俺に馬乗りになりながら小刀を俺の喉元に突き付けた。あとは、小刀を引きさえすれば、俺の首を掻き斬ることが出来るだろう。
でも、エスタはピタリと動きを止めて俺のことを斬ろうとしない。エスタは身体をだんだんと小刻みに震わすと仕舞いには、大粒の涙をポロポロと流しながら、小刀を静かに床の上に置いた。
「斬らないのですかエスタ?」
「・・・うぅ、どうして、どうして避けるなり防ぐなりしないのぉ」
言外に自分も斬り捨てて欲しかったというエスタに、俺は首を振ってみせる。エスタが俺に攻撃を当てるつもりがないことは、索敵魔法で初めてから分かっていた。それに、エスタが悲嘆に暮れる必要はどこにもないので、俺がエスタに危害を加える理由などどこにもない。
「止めぬか、この馬鹿者めが。何のために私が、命を張ったと思っておるのだ。そなたのせいで、また一族を危険にさらすつもりか?」
「・・・え?え?頭領?」
目元を両手押さえていたエスタは、徐に後ろに振り返る。そこには困惑した顔のゲンドが元気そうな姿で立っている。エスタは立ち上がると、泣きじゃくった顔をしながら、ゲンドに駆けよって飛び付いた。
「頭領、頭領!」
「全くそなたは、何時まで経っても子供だのう」
ゲンドは、少し呆れたような顔をしながら、エスタの頭を宥めるように優しく撫でる。俺はその光景にホッと息を一つ吐く。
・・・さてと、俺は俺でこっちをどうにかしないと。
さっきからラフィが怖い顔で俺のことを睨んでいる。俺が何一つ抵抗をすることなくエスタの攻撃を受けようとしたのに怒っているのだ。俺にはエスタが俺のことを傷付けるつもりがないことが分かっていても、ラフィにはそれが分からない。目の前で俺が殺されそうになって、ラフィは肝を冷やしたことだろう。
俺がラフィを、ゲンドがエスタを宥めて、二人が落ち着きを取り戻したところで、ゲンドは顔を上げて俺に尋ねてくる。
「さて、ルート殿。これは一体、どういうことか。伺ってもよろしいか?」
「エスタがそう望んだ結果です。俺はエスタの願いを叶えただけなのですよ」
俺の回答にゲンドは怪訝そうな顔をしてエスタのことを見下ろす。ゲンドに視線を向けられたエスタはムスッとしながら「確かに殺さないでとは言ったけど」と呟く。暗に俺が光の剣をゲンドに振り下ろしたことを怒っていることが分かる。
「ふむ?これは一体・・・」
「そんなに不思議そうな顔をしなくても、別に泣くじゃくるエスタに絆された訳ではありませんよ?俺はエスタとの約束を守っただけです」
エスタはゲンドから離れると身体の向きを俺に向ける。袖口で涙を拭いながら、意味が分からないといった感じに首を傾げる。
「あたしとルートの約束?」
「おや?エスタは覚えてないのですか?水の季節に俺と勝負してもらった時のことを」
「ルートと勝負?水の季節に・・・・・・あっ!もしかして、勝ったら何でも言うことを一つ聞いてくれるってあの?」
「そうです。あの時、決まらなかったので、保留にしていたでしょう?まさかとは思いますが、忘れていたのですか?」
「えぇ?そんな訳な・・・うっ、ごめんなさい忘れてました」
目を泳がせるエスタのことを俺はジトッと睨み付けると、エスタは正直に謝った。俺は正直なことは良いことだと思いながら、うんうんと頷く。その様子にゲンドは苦笑しながら、改めて俺に尋ねてくる。
「つまりはどういうことですかなルート殿?」
「あぁ、ほったらかしにしてすみません。初めから説明すると、水の季節にエスタと勝負をしてもらったのですが、その勝負にエスタが勝ちました。折角の勝負だったので、負けた方は勝った方の言うことを一つ聞くことにしていたのですが、その時にエスタの願いが決まらなかったのです。だから、エスタが思い付いた時にでも、と保留にしていました。そして、先ほどエスタは願ったのです、ゲンドを殺すな、と」
「そういうことでしたか。だが、宜しいのですかな?これでは責任を取る者が・・・」
「えぇ、居ないのでは困るので必要です。だから、ゲンド。あなたにはやはり死んでもらいます」
「ルート!?」
俺の言葉を聞いたエスタが目を丸くすると、ゲンドを庇うように両手を広げて俺のことを睨む。俺はそんなエスタを無視して、横目に後ろに控えるラフィのことを見る。
「ラフィ、忍ぶ者の頭領であったゲンドは、先ほど自刃して死にました。そうですね?」
「・・・はい、私もしっかりとこの目で、ゲンドが自分のお腹を刺して自決したのを見ました」
「そういう訳です。名も無きご老人。ゲンドと言う男は死にました」
「本当にそれで宜しいので?」
「えぇ、もちろんです。残念なことにゲンドという男は死んでしまいましたが、優秀な人材が残ったことは不幸中の幸いと言えるでしょう。とりあえず、意味が分かってなさそうなエスタに説明してあげてください」
何が何だか分からないと混乱気味のエスタをゲンドに任せていると、屋敷の外がにわかに騒がしくなる。どうやら、カジィリア率いるエルスタード家使用人御一行と騎士団が到着したらしい。少しすると、応接間の出入口に軽装の鎧姿のカジィリアが現れた。ピンクの悪魔以来の姿だ。
「ルート!無事ですかルート!?何ですかこれは、壁のようなものがあって、中に入れないではないですか」
「あぁ、そうでした。もう必要ありませんね」
カジィリアが魔法障壁を叩くの見て、俺は出入口を塞いでいた魔法障壁を解く。応接間に入れるようになったカジィリアは、一直線に俺のところに歩を進める。床に倒れた忍ぶ者を全く気にも留めずに、踏みしめながら。その様子に俺は苦笑していると、カジィリアに力強くギュッと抱き締められた。
・・・うぐっ、ちょっと苦しい。それに鎧の硬い部分が地味に痛い。
「心配しましたよルート」
「申し訳ございませんお婆様。でも、思っていたよりも遅かったですね」
「エイディたちが総出で止めるのですもの。騎士団を待ってからにしてくださいませと」
カジィリアはすぐにでもゲオールドの屋敷に使用人を引き連れて向かおうとしたそうだが、皆に危ないからと止められたそうだ。カジィリアの到着が早かったら、ゲンドと先ほどのような話をしているだけの余裕はなかったことだろう。エイディたち使用人の皆に、俺はグッジョブと言いたい。
「ふむ、カジィリア様はルートに少し甘いのではないですかな?」
「それは今更だと思いますよカルスタン卿。それよりも、カルスタン卿がわざわざ来たのですね」
「それはまあ、カジィリア様に尻を叩かれては、来ずにはな」
カジィリアの抱擁から解放されたところで、カルスタンが騎士団員を引き連れて応接間に入ってくる。俺を見るや否や、苦い顔をしながらカジィリアに来いと言われたとのクレームを受ける。俺としては、騎士団に動いてもらえたらそれでよかったので、わざわざ騎士団長に来てもらうつもりはなかった。
・・・ごめんなさいカルスタン卿。あ、でも、ちょうどいいかも。
「カルスタン卿、これを渡しておきますね」
「これは?」
「今回の処分者リストです。名前の横に丸が付いている人は後で釈放してください」
「うん?王都一の商会とはいえ、平民が貴族に手を出したのだ。一族郎党を処分するのではないのか?」
首を傾げるカルスタンに、俺は首を横に振って、理由を説明する。
「カルスタン卿が言った通り、セイヴェレン商会は王都一の商会です。それが取り潰しともなれば、多くの従業員が職を失いますし、エルグステアの経済に大きな打撃となることでしょう。だから、そうならないように、セイヴェレン家の一部の者には残ってもらいます。今回の件が明るみになれば、多少の混乱はあるでしょうが、それが残された人たちへの罰ですね。あぁ、心配しなくても、ゲオールドのやり方に反発していた者を選んでいますから、真っ当な考えの持ち主ばかりです」
「確かにセイヴェレン商会をただ潰してしまうのは影響が大きいですね。それが頭の痛いところでしたが・・・。ほぅ、ルートはそのようなことまで考えていたのですか?」
「もちろんですよお婆様。今回の件、禍根は全く残らないことはないでしょうが、余計な恨みは買いたくありませんからね」
「ふむ、全ての者を処分した場合の方が、余計な恨みを買う、という訳か。なるほどなるほど、よく考えているようだな。カジィリア様も賛同のようですし、そのように計らおう」
セイヴェレン商会の者達の処分に関して話がまとまったところで、俺はもう一つ書類をカルスタンに渡す。
「もう一つ、カルスタン卿にお願いしたいのですが、こちらをレオンドル王へ渡して頂けませんか?忍ぶ者たちについての報告書です。彼らの取り扱いについても書いてます」
「私が渡すのか?」
「カルスタン卿にも目を通しておいて頂いた方が良いと思いましたので。忍ぶ者は確かに色々と問題のある行為をしてますが、全ては主の命令に従った結果です。それが良いとは言いませんが、彼らの忠義は確かなものがあります。今回の件で、俺はこの目ではっきりとそれを確認しました。それに、そもそも彼らのような優秀な人材を一個人が手中に収めていたのがそもそも悪いのです。忍ぶ者が持つ力は、国のために使ってこそ活きるでしょう」
「ルートは随分と忍ぶ者のことを買っておるのだな」
「はい、彼らの潜在能力は凄いと思います。あ、そうだ、レオンドル王に渡して頂く際には、俺が、優秀な人材を確保したがってましたよね?と言っていたと併せてお願い致します」
「くくっ、分かった。承ろう」
カルスタンと話をしている間に、騎士団員がゲオールドや屋敷に仕える使用人、忍ぶ者を縛っていく。忍ぶ者は気絶者が多いので縛るのに難儀するかと思いきや、縄は魔術具になっているようで、縛ろうとする相手に縄の先っぽを触れさせると、縄が独りでにシュルリと巻き付いて勝手に結び目が出来る。ちょっと面白い。
そのあとカルスタンの依頼で、俺は気絶していた忍ぶ者たちに治癒魔法を掛けて、騎士団員が揺り起こしていく。さすがに五十人近くを気絶したままの状態で運び出すのは大変だからだ。起きた忍ぶ者たちは、抵抗することなく騎士団員に従って応接間を出て行く。最後にエスタとゲンドの二人が、騎士団員に連れられて応接間を出ようとしたところで、俺はゲンドに一つ尋ねた。
「名も無きご老人。一つ聞きたいのですが、どこまでがあなたの思惑通りだったのでしょう?」
ゲンドは俺の質問に目を少し丸くしてから、ニヤッと口の端を上げながら「小生が死ななかったこと以外は」と一言呟いた。
・・・なるほど。食えない爺さんだな。
どうも俺の思惑通りに事がうまく運び過ぎると思っていたが、どうやら、俺も手の平で転がされる側だったようである。少し面白くないと思う気持ちがないと言えば嘘になる。だが、俺が望んだ結果通りに事が運んだと言えるので、それほど悪い気はしない。
何にしても俺は、これにて一件落着、と思った。
・・・が、そうは問屋が卸さなかった。
翌日、パン工房の護衛についていたソフィアから「どうして、ラフィは連れていったのに、私は連れていってくれなかったの!」とラフィを連れてゲオールドの屋敷に乗り込んだことを怒られて、魔剣エルザから「なぜ、私を使ってくださらなかったのですか?主様の浮気者!」と刀を魔法で作り出して、大立回りしたことに拗ねた。
前者はラフィが勝手についてきただけであって俺が連れていった訳ではない。後者はエルザを使うと忍ぶ者を本当に斬ってしまう。どちらも不可抗力な訳であったが、それで納得してくれる一人と一本ではない。
俺は想定外に、一人と一本のご機嫌取りに奔走する羽目となった。




