第百二話 魔剣エルザの誕生
「いやあ、ウチの妹と弟は最高だな。世界一、可愛いんじゃないだろうか。ウィスピもそう思うだろ?」
「はいはい、その通りね。そんな双子は私にべったりと甘えてくるけどね」
「うぅ、くっそ、うらやましいな!本当に!!」
俺は自室の机に座りながら、花が開いて淡く青い光を放つフロールライトに話し掛ける。樹属性の精霊であるウィスピの魔力を込めたフロールライトを、ソフィアが持って帰ってきてくれたものだ。そのフロールライトの横には、写真立てを置いている。写真立てには、妹のリリとウィスピがそれぞれ、双子の姉弟メルアとメルクを抱いた写真が納まっている。
最高品質に高めたカメラを使って、ソフィアが撮ってきてくれた写真で、色写りがかなり鮮明で被写体の姿をハッキリと見ることが出来る。写真はその一枚だけでなく、メルアとメルクが小さなベットで仲良く寝ているところや、不思議そうにカメラに手を伸ばしているところ、何が嬉しかったのか笑顔を見せてくれているところなど色々だ。
その写真の数々を見る限り、ソフィアはメルアとメルクの二人とちゃんと仲良くなれたことが窺えた。ソフィアから写真を撮った場面が、どういう時だったのかを説明してもらった時に、嬉しそうに話してくれた。どうやら、俺がソフィアに持たせた玩具が仲良くなるのに役に立ったようである。
ただ、一つ問題があるとしたら、写真を一枚撮るのに魔力を込めたエメラルドが一ついるのだが、一枚撮るとエメラルドが「俺の役目は終えた!」と言わんばかりに砕け散って使い物にならなくなったらしい。一枚の当たりのコスパがとてつもなく悪いが、商業用じゃないので問題ない。
・・・ちなみに飾っている写真以外は、お婆様に貸している。あんなにキラキラとした笑顔のお婆様は初めて見た。
「何度言っても言い足りないが、本当に可愛いよな。このふわっとした淡い栗毛色の髪に、ぷにぷにと柔らかそうな頬っぺた」
「ええ。頭の撫で心地は良いし、やわらかな頬っぺたは触っていても飽きないものがあるわね」
「くぅ、本当にうらやましい。うらやまし過ぎてちょっと泣けてきた」
「あら?だったら、二人の話をするのはやめましょうか?」
「いや、続けてくれ。直に触れ合えない分、二人がどんな様子か聞いておきたい。何て言っても俺は二人の兄だからな」
「あらそう?じゃあ、仕方がないわね」
俺はウィスピから双子の普段の様子を教えてもらう。はいはいをして家の中を動き回っていること、そのせいで服がドロドロになっていること、おしめを濡らして泣いたことや、リーゼのお乳を二人が取り合ったことなど、些細なことも漏れなくウィスピに話してもらった。
「ところでルート?あなたがどうしてもというから話してあげているのに、さっきから雑音が聞こえるけど、何をしているの?」
「ん?あぁ。うるさくして悪いウィスピ。ちょっと愛剣を改造しているんだ」
「愛剣って、あの?」
「そう、よく鍛練の時に使っていたあの剣。誰でも魔法剣が使えるように、ちょっとした工夫を剣に施そうと思ってな。とりあえず、自分の剣だから六属性全てを対応させるために改造してるところなんだ」
「はぁ、何をしているかは分かったけど、ほどほどにしておきなさいよ?ルートは何かとおかしなことするんだから」
・・・いやいやいや。そんなにおかしなことをした覚えはないよ?それに、それを言うなら・・・。
「その言い草はちょっとひどくない?それに、それだとそのおかしなことの筆頭がウィスピになってしまうと思うけど?」
「・・・んー、それもそうね」
互いにクスッと笑ったあと、俺は手を動かしながら少し話題を変える。
「ところでウィスピ、クリューが元気にしているか知っているか?」
「はぁ、ルートはクリューのことも好きよね全く」
「それはそうだよ。俺が親代わりみたいなものだからな」
「その親代わりを今は、あいつがやってるようだけど?」
「ということは、メルギアはきちんとクリューを見てくれているということだな。安心した」
「まあ、そういうことになるのかしらね。私なら、あんなのは絶対に嫌だけど」
相変わらず、とことんメルギアのことを敵対視しているウィスピに俺は苦笑する。樹属性の性質上、天敵となるのが火属性なので、火を司るドラゴンであるメルギアと仲良くなれないのは仕方がない。それでも、人とドラゴン、人と精霊が仲良く出来ているので、いつかはドラゴンと精霊が仲良く出来ればいいなと思う。
・・・精霊と言えば、聞きたいことがあったな。
「そうだ。ウィスピに一つ聞きたいことがあったんだけど良いか?」
「いやよ」
「うん、じゃあ、そのまま聞くだけ聞いてくれ」
「随分と強引になったわねルート」
「はっはっは。何を今更。ウィスピと俺の仲に遠慮は無用だろ?」
「はぁ、まあいいけど。好きになさい」
「じゃあ、お言葉に甘えて好きにさせてもらうな。ウィスピは、精霊の道って言葉を聞いたことがあるか?」
俺の問い掛けにウィスピからの返答がない。しばらく待ってみてもウィスピは一言も言葉を返してくれなかった。つまりは、無言が答えである。
「そうか。そんなものはないと否定しないということは知っているんだな。・・・でも、言えないことだったか。ごめんなウィスピ。実は王都にある魔法ギルドで今、転移陣の実験をしていて、その転移陣は精霊の道というところを通って転移するらしい、という話を聞いたんだ。精霊と付けられているぐらいだから、精霊であるウィスピに聞いたら何か分かるかなって思っただけなんだ」
「・・・そう、そんなことをしているのね。全くあのマナは・・・。迷惑な話だわ」
「あのマナ?おっと、これも聞くのは駄目だよな。でも、まあ何だ、そう言うのがあるって言うことが分かっただけでも収穫だった。ありがとうなウィスピ」
・・・精霊の道は確かに存在する。それに転移を司るマナか。転移陣の実験で失敗した理由は、属性が足りてないということだったのかもしれない。
「お礼を言われるようなことは何もしていないかしら?でも、もっと感謝してくれてもいいのよ?」
「じゃあ、もっと感謝するから、話を元に戻して、メルアとメルクの話をもっと聞かせてくれ」
「ふふ、仕方がないわね。でも、その代わりに・・・」
「あぁ、分かってる。また、美味しいお菓子を送るよ。それと母様にも作れるレシピを送っておく」
「そう、期待しているわね」
それからしばらくの間、ウィスピから双子の姉弟の話を聞きながら、俺は愛剣を魔改造を進めた。
「・・・・・・・ま」
「・・・あ・・・さ・」
「ある・・・さ・・・・」
「あるじさまおきてください!」
「はい?・・・ん、あれ?いつの間にか寝てた?」
俺はいつの間にか眠っていたようで、机の上に置いた腕を枕にしながら伏していた。俺は身体を起こして、眠気眼で俺を起こした声の主を探して、辺りをキョロキョロと見渡す。だが、広い部屋の中、俺一人しかおらず、誰か居る気配はない。索敵魔法にも引っ掛かる者はなく、一番近くに居るのは不寝番として廊下に居るラフィだけである。
「んー、ん?誰も居ない?でも、確かに女性の声がしたような気が・・・。ウィスピ?いや、ウィスピがわざわざ俺を起こす必要ないよな。それにウィスピの声と違って、もっと大人の女性の声だったような気が」
眠たくてぼんやりとする頭で考えてみるが、特にこれと言った答え出すことが出来ない。これ以上考えても無駄だと悟った俺は「何だ夢か」と片付けようとした時、再度、俺を起こした声が目の前から聞こえてくる。
「あぁ、やっと起きましたね主様。いくら風の季節だからといって、このようなところで寝ては風邪をひいてしまいますよ?」
目の前から妙齢の女性の声が聞こえてくる。フロールライトはその花を閉じてしまっているので、フロールライトから漏れ聞こえる声ではない。俺は目をパチパチとさせてから、きつく目を閉じて目頭を指で押さえた。
「・・・これは、あれか。ついに幻聴が聞こえるようになったというやつか」
「幻聴ではございません主様。寝ぼけてないで、寝るならベットで寝てください」
「・・・あぁ、うん。ごめんなさい」
幻聴に怒られた俺はぺこりと首を下げる。その視線の先に、俺が魔改造していた愛剣が目に入る。愛剣の鍔の辺りに施した六色の宝石が、淡く光を放っていることに気が付いて、俺は一気に目が冴えた。
「え?ん?あれ?ちょっと待った。もしかして喋ってるのはお前か!?」
「お前ではありません主様。私にはエルザと言う名前があります」
「えぇ!?剣なのに名前がついているのか?一体どういうこと?」
「前の主様ですよ主様。前の主様は私に名前を付けて、私を大切にしてくださったのです」
・・・前の主?父様、いや、女性名を付けるぐらいだから母様か?・・・うん、母様なら物に名前を付けて大事にしてそうな気がする。今度、その辺りのことをを詳しく聞くことにしよう。それよりも・・・。
「じゃあ、エルザ」
「何でしょう主様?」
「なぜ、突然喋れるようになったんだ?」
「さあ?」
エルザの簡潔な回答に俺は頭を抱えた。剣が言葉を交わせるようになるなどありえないことだと言うのに、その原因が分からないというのだ。俺は心の中で「ええええ?」と唸るが、よくよく考えると剣に原因を聞く方が間違っているということに思い至った。
こんなことになった原因があるとしたら、六属性を扱えるように六つの宝石を取り付けたこと、それぞれに魔法剣を使うのに必要な術式を組み込んだことが考えられる。それらが何らかの作用を起こして、こんな稀有な状態になったということだろうか。
・・・剣が喋るとかどんだけファンタジーだよ!って、魔法が使えたりや精霊が居たりする時点で十分にファンタジーだけど。
「ところでエルザ、もう一つ聞いていいか?」
「何なりとお聞きくださいませ主様。私にお答え出来ることかどうかは分かりませんが」
「名前といい、聞こえてくる声といい、エルザは女性なのか?」
「主様、私は確かに剣ですが、ちゃんと人のように男女の区別が有るのですよ?どこからどう見ても私は女性ではありませんか」
・・・えぇ?さも当然のように、剣にも男女があると言われても困る。ぬぅ、一体どこをどう見たら、男女の区別がつくんだろうか?
「はぁ、聞きたいことはそれだけですか主様?でしたら、早くお休みくださいませ。明日も学業がありますでしょう?」
「んーー、よし。エルザの言う通りだな。今は考えるのはやめよう」
突然、どうして剣が喋るようになったのか原因を探るのを俺はやめた。今から同じ現象を起こせるか検証するにしても、材料がないし、準備するのもかなりの時間がかかる。何よりこんな真夜中からやるようなことではない。俺はエルザの言う通り、ベットに潜り込んで寝ることにした。
翌朝、深い眠りにつくことが出来なかった俺は、早々と目が覚めた。窓の外に目を遣ると、まだ外が薄暗いのが分かる。二度寝する気分にもならなかった俺は、もそりとベットから這い下りる。目を擦りながら、とぼとぼと机に近付いて、机の上に置きっぱなしの愛剣に視線を落とす。
「あら、お早いですね主様。おはようございます」
「あ、うん、おはようエルザ」
・・・もしかしたら、夢じゃないかと思ったけど、やっぱり、夢じゃなかったのか。
「ルート様?もう、お目覚めになられたのですか?」
「ラフィ、おはよう」
「おはようございますルート様。どなたかとお話していらっしゃるようでしたが、ウィスピ様でしょうか?」
「あぁ、いや。あれは夜限定だから。えっと、はい、これ」
話し声が聞こえたと、ラフィが部屋に入ってきた。以前、ラフィにはウィスピとフロールライトを通して話をしているのを聞かれて、俺を病んでる子扱いした実績がラフィにはある。だから、ちゃんと説明をしておかないと、前みたいにめんどくさいことになりそうな気がした。
だが、説明をしようにも、俺も現状をうまく把握出来ている訳じゃない。でも、だからと言って誤魔化しても仕方がなので、ありのままをラフィに見せることにした。
「これは、ルート様の剣ですね。あら?宝石を装飾されたのですね。とても綺麗です」
「褒めてくださって、ありがとうございますラフィ」
「・・・あ、あの、ルート様。今、剣から女性の声が聞こえてきたような気がしたのですが・・・」
「エルザと言います。話していたのは、彼女とです」
「エルザ、ですか?ルート様の剣が?ええっと、これはどういう」
「エルザはエルザです。俺もそれ以上は分かりません」
目を丸くして驚くラフィに俺は小さく笑う。その気持ちはよく分かる。俺はラフィに剣を返してもらいながら、着替えの準備をしてくれるようにラフィにお願いする。喋る剣に戸惑っていたラフィだったが、俺の指示を聞くとてきぱきと動き始めた。この辺りは、さすがプロのメイドと言える。
・・・若干、顔が引きつってるけどね。
「エルレイン先生、ちょっとお話したことがあります。あぁ、エスタは後で実験に付き合ってください」
「あらルート、まだお昼休みが終わってないというのに早いですね。話を聞くのはいいですが、少し後にしてください」
「はい、分かっています。お気の済むまでどうぞ」
その日の午後、俺は昼食を素早く終えて、まだまだお昼休みの時間が残っている内に、闇属性の研究室に顔を出した。もちろん、エルザのことをエルレインに話すためだ。魔術具製作の第一人者とも言えるエルレインなら何か知っているかもしれない。
研究室に入るとエスタも居て、いつもの光景が広がっていた。何だか、いつもの日常がここにあることに、俺はちょっと安心しながら、エルレインの邪魔をしないように大人しく研究室に置いてある本を読むことにした。
しばらくの間、俺は本に読みふけっていると目の前で物音がして、顔を上げた。そこには、スッキリとした顔のエルレインが机を挟んだ向かい側に椅子を持ってきて腰を下ろしているところだった。どうやら、撮影会は終わったようで、エスタは部屋の奥の方で元の黒装束に着替えているのが見える。
「それで、話とは何です?ルートのことですから、また変わった魔術具を作りたいとか言い出すのでしょう?」
「ええっと。作りたいというよりは、出来てしまったというか。意図しない結果というか。とりあえず、変わってると言えば間違いなく変わってると言えますね。魔術具と言っていいのかどうかは悩ましいところですが」
「どういう意味です?」
「見て頂いた方が早いと思いますので、これを」
何を言いたいのか分からないと首を傾げるエルレインに、俺は愛剣を道具袋から取り出して机の上に置いて見せる。エルレインは俺が置いた剣を見ると、益々、怪訝そうな顔になった。
「これは、ルートの剣ですよね?これが一体、何だと言うのです?」
「昨晩、魔法剣を扱えるように改造したのです」
「・・・ふむ、確かに以前にはなかった宝石が付いていますね。中々、悪くない造形です」
「お褒め頂きありがとうございましすエルレイン先生。主様が夜更かしして仕上げてくれたのですよ」
エルザがエルレインに話し掛けるとエルレインは、時が止まったように固まってしまう。そんな反応になるよなと俺は苦笑していると、エスタが着替えを終えてこちらにやってくる。すると、エルレインがギラリとした目でエスタのことを睨んだ。いきなりエルレインから睨まれたエスタはビクッと身体を震わせる。
「エスタ、あなたですが?」
「え?え?何のことですか?」
「エルレイン先生、エスタはそんな大人の女性の声は出ませんよ」
「それもそうですね。・・・ちょっと待ちなさい。つまりは、この剣が喋ったとルートは言いたいのですか?」
「エルレイン先生、私には前の主様から賜ったエルザという名前があります。どうぞ、エルザとお呼びください」
剣に怒られたエルレインは目をパチパチとさせながら、俺とエルザを交互に見る。いきなりエルレインから疑いをかけられて、ちょっと涙目になっていたエスタも剣が喋っているのを目の当たりにして、驚愕といった表情になる。
「そう言う訳で、魔改造して出来上がった喋る剣のエルザです。他に前例がないかエルレイン先生に聞きたかったのですが、その様子ではなさそうですね」
「ある訳ないでしょう。何がどうしたらこのようなことになるというのですか全く・・・」
エルレインは額に手を当てながら、非常識だと深い深いため息を吐いた。でも、そんなことを俺に言われても困る。俺は剣を喋れるようにするつもりは全くなかっただから。
「それで、このことは他の先生も知っているのですか?」
「いいえ、一先ずエルレイン先生に話をしておこうと思ったのでまだです。如何せん、例の魔法を組み込んでいるので、おいそれと話すことでも出来ないので」
俺は剣を改造した経緯をエルレインに話した。内容としては、人は誰しもが魔力を持っているが、それでも魔法剣を使えない人は使えない。それは自身の体内にある魔力を自身で動かすことが出来ないからである。だから、俺は考えた。魔力を自身で動かすことが出来ないのであれば、強制的に引き出したら良いじゃないかと。
そこで考えたのが、呪いを組み込むことである。呪いの効果の一つとしてある、魔力を吸収するという作用を利用して、無理矢理に魔力を宝石に吸収させる。さらにその魔力を使用して、魔法剣を発動させるというものである。それを六属性分組み込んで出来上がった結果、喋る剣エルザの誕生である。
「そんな感じで、例の魔法を組み込んで、誰でも魔法剣を使えるように改造しました。名付けて魔剣でしょうか」
「名前はどうでもいいとして、そうですか。ふむ、それぞれに組み込まれた術式が相互作用したのか、はたまた、六属性であることが重要なのか。・・・ちなみに精霊の類ではないのですか?」
「どうでもいいって先生ひどい。でも、駄目とは言われなかったので、魔剣ということで。・・・それで、えっと、俺もそう思ったのですが違うようですね。エルザ本人がそう言ってます」
「エルレイン先生、私が精霊だなんて、そのような大それたものではございません。私は剣であって、それ以外の何物でもありません」
「剣が喋れる時点で十分に大それている」と思っていそうな、とても苦い顔付きをするエルレイン。机の上に置いてあるエルザのことを見下ろしながら、エルレインは人差し指で机の上をトントンと叩く。どうしてこうなったのかを考えている様子だ。摩訶不思議な現象に、研究者心がくすぐられたようである。
「ルート、別の剣で同じことが出来ますか?」
「先生もやっぱりそう思いますよね?同じことは出来ますが、準備に時間が掛かります。あと、材料の宝石も買付に行かないと手元にありません」
「そうですか。気になるところではありますが、今すぐに出来ないのでしたら仕方がありませんね。では、ルート。この話は検証が出来るようになってからにしましょう。考えるだけではどうしようもないでしょうから」
今すぐに検証が出来ないことが分かるとエルレインはあっさりと引いた。エルレインの言う通り、考えるだけで、正解が出せるものではないと俺も思っている。俺としては、魔術具の師匠とも言えるエルレインに、剣が意思を持って喋るという現象を知っているか知らないかを確かめたかったので、一先ず欲しい答えは出ている。
「分かりました。では一旦、この話はここまでにしましょう。それでは、当初言ってた通り、エスタをお借りしますね。それじゃあ、エスタ、実験を手伝って・・・って、何か怒ってる?」
「別に、何でもないわ」
エルレインとの話を終えて、俺はエルザを手に取りながらエスタに話し掛ける。なぜかエスタは明らかに不機嫌そうな顔をしていた。俺は首を傾げながらエスタに尋ねるが、エスタは何でもないとムスッとしながら答えてくれる。
・・・その感じは、何でもなくないんだけど。
「そうですか?では、エスタ。これを持ってください」
何でもないと言われてしまったので、これ以上、尋ねても無駄だと思った俺は、実験を進めることにする。俺は手に持ったエルザを、エスタに差し出して握らせた。
「・・・それで?えっと、あたしは結局、何をすればいいのルート?エルザ、さんとお喋りでもしたらいいのかしら?」
「少女(成人)と淑女(剣)が織り成すガールズトークがどんなものになるのか、興味がないと言えば嘘になりますが、それはまた今度ということで」
「エスタ。私のことはどうぞ呼び捨てで、エルザとお呼びください」
「そう?では、そうさせてもらうわねエルザ」
「・・・仲良くなったようで何よりです。エスタにやって欲しいのは、魔法剣が発動するかどうか試して欲しいのです。忍ぶ者は魔法が使えない分、身体能力が高い種族でしょう?そんなエスタが魔剣を使って、魔法剣を発動出来るかどうかの実験です」
「なるほど、そういうことね。面白そうだわ」
エスタは俺の説明に納得して頷くと「それじゃあ」と言いながら、エルザを構える。魔法の類が使えるかもしれないということが嬉しいのか、エスタはちょっとわくわくした顔を見せる。だが、エルザを構えても一向に変化が起きないことに、エスタはムスッとしながら「壊れてるんじゃない?」と言って俺のことを睨む。
「失敬な。壊れている訳ではなくて、条件が足りてないんですよ。最後まで説明を聞いてください」
「そうなの?ちょっと気がはやったみたい。ごめんなさい」
「きちんと自分の非を詫びることが出来るだなんて、エスタは良い子ですね。ねえ、主様」
「若干、一人で空回りしている感はありますが、でも、まあ、そんな素直なところがエスタの美点と言えますね。エスタ、まずは、その鍔に取り付けた宝石を一つずつ、ゆっくりと触れていってくれますか?・・・今度は顔が赤いけど大丈夫?」
「・・・うっ、大丈夫。まずは宝石に触れていくのね?」
エスタは俺の指摘に慌ててコクリと頷いてから、宝石に触れ始める。そのせいか、俺はゆっくりと言ったのにも係わらず、エスタが宝石に触れていく速度がちょっと速い。宝石に触れる時間があまりに短いと呪いが発動する前に終わってしまって、宝石に魔力が流れないため意味がない。
「エスタ、もう少しゆっくり落ち着いて」
「え?あぁ、うん。分かったわ」
「・・・ふむ、どうやらエスタは火と土のマナに愛されていそうですね」
エスタが今度はゆっくりと六つの宝石を触っていく。その内、火属性で取り付けたルビーと土属性で取り付けたシトリンの二つが淡い光を放った。
いくら魔力を動かすことが出来たとしても、もう一段階、突破しなければならないことがある。それはマナに愛されていなければならないというものだ。どうしたらマナからの寵愛を得られるのか、今も解明されていない部分なので、こればっかりはその人の素養に賭けるしかない。
・・・とりあえず、エスタは問題なさそうだ。
「では、エスタ。今度はルビーにもう少し長く触れてください」
「長く触れたらいいのね?分かったわ」
エスタは俺の指示に頷きながら、軽くルビーに指を添える。四、五分ぐらい、何も変化が起きずエスタが俺のことを睨んでくるが、その次の瞬間、剣身が淡く赤い光を帯び始めた。
「ルート!ルート!もしかして、あたし、魔法剣が使えてる?」
「まだですエスタ。淡い光が完全に剣身を覆うまで、ルビーを触っていてください」
「まだ、なのね。分かったわ」
興奮を隠しきれない様子のエスタを微笑ましく思いながら、俺も握り拳を作りながら実験の様子を見守る。
「・・・そこまでです。ではエスタ、試しにこれを斬ってみてください」
「草?そんなもの斬ったところで・・・」
「いえ、エスタ。ルートが出したその草は、クォーコンと言ってとても頑丈な草なのです。その頑丈さは、剣の刃を通さないほどに」
「そうなのですかエルレイン先生?ガオチャに似てますね。とりあえず、分かったわルート」
「ガオチャ?聞いたことがないですね。・・・まあ、それは一先ずどうでもいいか」
俺はクォーコンを束ねたものを両手で持ち、ピンと張ってエスタの目の前に出す。エスタは、上段の構えを取ると縦にエルザを振り下ろす。ただの剣では、力任せに斬り付けても、斬ることが難しいクォーコンをエスタはいとも簡単に斬り裂いた。
エルザを振り下ろしたエスタは、実感が湧かないような顔をしている。本当に自分が魔法剣を使ったのかどうかが判断つかないと言った様子だ。俺は、斬り裂かれたクォーコンの束を樹属性の治癒魔法で回復させて、もう一度、エスタの前にピンと張った。
「エスタ、今度は何もなしで、そのままの状態で斬ってみてください」
「うん、分かったわ。えい!」
俺が言った通り、エスタはもう一度、エルザを振り下ろした。だが、今度はクォーコンを斬ることが出来ず、クォーコンが少ししなるだけで、エルザはクォーコンに阻まれて止まってしまった。その結果に俺は「では、もう一度、ルビーに触って魔法剣を」とエスタに指示を出す。
魔法剣の発動までに時間は掛かるが、エスタは二度目の魔法剣も成功させて、クォーコンを簡単に斬り裂いた。二度目を斬り付け終えたエスタは、ようやく自分が魔法剣を使ったという実感が湧いたようで、満面の笑みを浮かべながら、俺に抱き付いてくる。
「ルートすごい!あたし、産まれて初めて自分で魔法を使ったわ!!」
「エスタが喜んでくれて俺も嬉しいですが、出来ればエルザを置いてもらえますか?危ないです」
「あわわ、そうね。ごめんなさい。嬉し過ぎてつい」
俺はエスタの背中をポンポンと叩きながら、エルザを持ったまま抱き付いてくるは危ないと諭す。エスタは飛び退くように後ろに下がると、エルザを背中に隠すように持った。
「ふふ、どうやら成功のようですねルート」
「はい、先生。ちょっと発動までに時間が掛かっているので、調整が必要ですが実験自体は成功です」
「ねぇ、ルート。あたしもう少し試してみたいのだけれど良いかしら?」
「余程、嬉しかったのですね。良いですよ。でも、危ないので振り回すのは駄目ですよ?」
「分かっているわ。ありがとうルート」
意気揚々とエルザを構え直し、宝石に指を添えたエスタを横目に、俺はエルレインと魔剣について意見を交わす。一先ず、魔法を使えない者が魔法剣を使うという実験は成功した。ということは、次に目指すは変身ステッキに同機能を取り付けて、真の魔法少女を目指すのだ。
まずは攻撃魔法を放つことが出来るように術式を組みたいが、出来れば治癒魔法も補助魔法も発動出来るようにしたいところである。エルレインも変身ステッキで真の魔法少女を誕生させることに乗り気なので、そう言ったことが実現可能か、俺とエルレインは意見を出し合った。
しばらくの間、エルレインと熱く話し合っていると、エスタが気持ち悪そうな顔をしながら声を掛けてきた。
「あの、ルート。そろそろ、エルザを返すね」
「エスタ?顔色が随分と悪いですが、どうしたのですか?」
「うん、分からないけど、ちょっと頭がくらくらする」
「主様、エスタは魔力を使い過ぎたのですよ。調子に乗って、魔法剣を使い過ぎたのです」
体調が悪くなった原因が分からないと首を振るエスタに、エルザが咎めるような声でその理由を話してくれる。俺が所有者だからなのか、魔力に関して妙に知識を持っている気がする。
「なるほど、魔力を消費し過ぎた訳ですか。エルザ、教えてくれてありがとう。これは、嬉しいからといって、調子に乗って使い過ぎたら危ないという忠告が必要だな。とりあえず、新しい発見をくれたエスタにこれを差し上げましょう」
「これは、前にもらったことのある体力の回復薬?」
「いいえ、外見の入れ物は同じですが、中身は魔力の回復薬です」
魔力を回復させるのであれば、直に魔力供給するのが本当は手っ取り早い。だが、その方法は憚られる。なぜなら、新学期に入って早々、ブルードラゴンであるシアンから魔力供給を受けた際、俺は死にそうな目にあったからだ。
それまでに魔力供給を俺自身が受けたことがあるし、逆に与えたこともある。その時は、特に何も起こらなかったし、人間同士なら特に何も起こらないのかもしれない。だが、万が一、あの時と同じ状況が起こってしまったらと考えると、安易に魔力供給するのは危険だと俺は考えるようになっていた。身体の内側から引き裂かれるような感覚は、しっかりと俺にトラウマを植え付けている。
・・・下手に誰かに質問が出来ないから余計に困るんだよなぁ。
「とりあえず、この回復薬を飲んで、身体をゆっくりと休めてください。魔力の枯渇は死ぬ危険性があるのですから」
「そう言えば、そんな話を聞いたことがあるわね。まさか自分がそんな状況に陥るなんて思いもしなかったわ」
「ふむ、そう言う側面からの注意も必要なようですね」
俺は折角なので、道具袋から紙と鉛筆を取り出して、エスタに使用してみた実際の感想を教えてもらうことにした。もちろん、今度は騎士コースの学生で、魔法剣を使えなかったウィルたちに使ってもらうのに活かすためだ。エルレインも興味深そうに俺とエスタの会話を聞いて、時折、エルレインもエスタに質問を投げかけている内に、午後の授業時間が終わった。
学園から屋敷に帰る途中、俺は敢えて人気の少ない道を選んで、エルザと喋りながら帰る。さすがに人目につくところで、剣に向かって話し掛けながら歩いている姿は、ただの危ない人にしか見えない。
「結局、エルザはどうして喋れるようになったんだろうな?」
「主様は、私が喋れるようになったのが、そんなにも気になりますか?」
俺があまりにも喋ることを気にするものだから、エルザは不安そうな声で尋ねてきた。
「そりゃあね。そんなに不安そうな声を出さなくても、エルザのことが嫌という訳じゃないから安心して欲しい。むしろ、面白いと思っているし、エルザと話せて良かったと思ってる。ただ、どうして剣であるエルザが突然、喋れるようになったのかは、やっぱり気になるから。まあ、好奇心ってやつだな」
「そうですか。それは良かったです」
俺がそう言うとエルザはホッとしたような声を出す。エルザは単に喋れるようになっただけでなく、感情の揺れをも持ち合わせていることに、俺は思わず感心してしまう。
・・・物には魂が宿る、というやつだろうか。エルザは付喪神なのかもしれないな。
俺はそんなことを思いながら、エルザと他愛のない話をしながら屋敷に帰った。




