第十話 町へ遊びに行こう
さらに時は流れ、秋である土の季節となった。夏の暑さが和らぎ徐々に涼しくなってきたのを感じる。
ある日、朝食を終えた俺は、自分の部屋でくつろいでいた。ふと、視線を感じるなと思い部屋の入口を見ると、妹のリリがちょこっと顔を出してこちらを見ていることに気が付いた。
「あれ?どうしたんだいリリ」
「ルゥ兄様。今日も出かけちゃうですか?」
その言葉を聞いた俺はハッとする。そういえば今日は俺とリリ以外は誰もいない。父のアレックスは王都で大事な会議があるとのことで、警備兵の隊長クラスの人たちを連れて二日前から出かけており、母のリーゼはご近所のおば・・・ゲフンゲフン、奥様たちとルミールの町でお茶会あるからとさっき出かけた。姉のソフィアも遺跡調査があるとのことで朝早くに出かけている。だから、今、家にいるのは俺とリリだけだ。
「う~ん、まだ何も決めてないけど。リリ、お兄ちゃんと遊ぶかい?」
「え、良いのですか?」と一瞬パァッと明るい表情をしたがすぐに暗い顔になる。
「でも、ルゥ兄様の修行の邪魔はするわけにはいかないです」
あれ、おかしいな。喜んでくれると思ったのに思わぬ反応に困惑をする。今まできちんと構ってあげてこなかったので良い機会だと思ったのだけど。そういえば、ルートの記憶によると「ルゥ兄様遊んで!」とよく言ってる記憶があるのだがそういった姿を見たことないな。
俺は、リリに近づいて頭を撫でながら「全然、遊んでって言わないね。どうかした?」と聞いてみる。
リリの話によると俺があの惨劇から立ち直るために、修行に打ち込んでいるのだから邪魔をしないようにと両親やソフィアから言われたそうで、ずっと遊んで欲しいのを我慢してきたと聞いた。なんということだ。
まさか、こんな幼い子に気を遣わせていたとは。これでは兄失格である。
俺はリリを抱き上げて目線を合わせて「心配かけてごめんなリリ。よし、今日はお兄ちゃんと遊ぼう!」と言った。リリは再度、明るい顔をして「やったー!」と言いながら抱きついてくる。
さて、遊ぼうとは言ったものの何をしたものかと考える。そういえば、土の季節は実りの季節ということもあり、ルミールの町で大きな市が立って、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていると聞いたことを思い出す。
「ルミールの町で大きな市が立ってるらしいから町に遊びに行こうか?」
「お出かけですね。わ~い!」
早速、俺とリリは出かける準備をすることにした。俺は、外出するために着替えた後、木剣を持っていくか悩む。町に行くだけなので必要ないのだが、いつも、修行のために腰に付けて出かけているので、ないとちょっと落ち着かない。よし、木剣は持っていこう。あとは、お昼用にリーゼが作ってくれたサンドイッチもどきを布に包んでカゴに入れて持っていくことにした。
家を出て手を繋ぎながら町へと向かった。町に向かう道中、今まで、まともにリリと話すことがなかった俺は、前から疑問に思っていたことを聞くことにした。
「リリ。聞きたいことがあるんだけど、たまに一人なのにお喋りしてることがあるけど何とお喋りしているのかな?」
「精霊さんとお喋りしてるです」
「精霊さん?」
「はい、精霊さんです」
精霊さんとは何だろうか。とりあえず、見えてはいけないものが見えている訳ではなさそうなことにちょっと安堵する。まあ、魔法があったりするファンタジーな世界だから普通に幽霊とかいそうだけどね。
「精霊さんってどんな感じかな?」
「どんなですか。精霊さんはちっちゃな光でかわいいです」
「ちっちゃな光?」
「ちっちゃな光がふわふわって飛んでるです。あ、あと色々な色をしてるです」
リリから精霊の詳しい話を聞いた。緑の光は風属性、赤い光は火属性といった感じに色の違いは属性の違いだと教えてくれる。また、リリは六属性全ての精霊とお友達なのだそうだ。なるほど、恐らく精霊はマナが具現化したものではないだろうかと推察する。
「ちなみに精霊さんとはどんなお話をするんだい?」
「う~んと。精霊さんが見たことを色々と教えてくれるですが、最近はルゥ兄様の話が多いです」
「俺の話かい?」
「はいです。風の精霊さんからは、兄様が魔法で木から細長い棒を作ってたとか、土の精霊さんからは、お鍋やお皿作ってたって聞いたです」
おや、それは俺が鶏ガラスープを作るのに腐心していた時の話だな。
「それに、兄様が入れるくらいのおっきなお鍋を作って入ってたっていうお話も聞いたです。そういえば、ソフィア姉様も入ったんですよね?」
ん、ん!?そんなことまでも知っているのか。何かプライベートな情報がだだ漏れなんですが。
リリは俺のお風呂を作っていた話をしたあと、少しもじもじしながら見つめてくる。
「ルゥ兄様。お願いがあるのです」と意を決したようにリリが尋ねてくる。俺はてっきり、リリもお風呂に入ってみたいと言うかなと思ったのだが違っていた。
「リリ。ウィスピに会ってみたいです」
「・・・リリ。どうしてウィスピのことを?」
俺は、家族の誰にもウィスピのことを話してはいなかった。魔物だとかいって討伐されるのは嫌だと思って隠してきたにだが、リリは知っていた。
「最近、新しくお友達になった精霊さんから教えてもらったです」
「新しいお友達?」
「淡い緑の光をした精霊さんです。見たことない子だなぁって思って、話しかけたら仲良くなったです。その時にウィスピの話を聞いたです」
「淡い緑の精霊さん?」
「はい、じゅ属性って聞いたです」
じゅ属性?じゅってなんだ?俺は「じゅ、じゅ?」と何度かブツブツ呟いた後、「あぁ~、樹か」と分かってポンと手を打った。そして、リリの話を聞いて一つ納得をする。ウィスピに光属性の治癒魔法を使うと本来、白い光につつまれるところが、淡い緑の光になっていたがあれは、光属性ではなく樹属性の治癒魔法が発動していたのだと。ということは、元々ただの木だったウィスピが動けるようになったのは樹属性の魔法の影響かな?
それにしても、知らずに六属性以外の属性を使用していたとは驚きである。使用条件は一体何だろうか。それに、他にはどんなことが出来るのだろう。木を魔物化する?というだけでは当然ないのだろう。これもエリオットに聞いてみようかな。あ、でも新しい属性を人に言うのは混乱を招くからって話だったか。どうしようと思考の海に旅立とうとしていた俺は、リリに服の袖を引っ張られてハッする。いかん、リリのこと忘れそうになっていた。
「駄目ですか?」とちょっと悲しそうな顔をして尋ねてくる。俺は少し考えてから「駄目じゃないよ。今度はウィスピのところに遊びに行こうか」と返答した。ウィスピには、ちゃんと説明すれば大丈夫だろう。あいつ、ますます強くなっているけど、悪いやつでは全くないしな。それと、リリだけど、精霊という形でマナを見ることが出来るのであれば魔法使いになる素養が物凄くあるんじゃないだろうか。本人が望むなら魔法を教えてあげるのも良いかもしれない。
リリと精霊の話をしている内に、町の西門のところまでやってきた。ルミールの町は、町の周りを石の塀で囲まれており、町に入るには、西門か東門を通る必要がある。門は基本、開きっぱなしだ。この辺りは約半年前のメルギアの森の惨劇を除いてはものすごく平和なところなのだ。だが一応、門には警備兵が門番として立っている。
門に着いた俺は、見覚えのある人が門番として立っていることに気が付いた。
「フリットさん。ご無沙汰しております」
「やあ、ルート君じゃないか。久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
門番として立っていたのはフリットであった。フリットは半年前の惨劇でソフィア達と一緒に助けに駆けつけてくれた人だ。
「お陰様で元気になりました。その節は本当にありがとうございました」
「改めてお礼を言われるとちょっと照れるな。あの時俺は、特に何もしてないからなぁ」
「いえいえ。そんなことありません。フリットさんがすぐに冒険者ギルドに救援を求めて、ソフィア姉様達と森へ助けに来てくれたから俺や他のみんなが助かったんですから」
「そっか。そう考えれば役に立っていたんだな」
「そうですよ」
「ところで今日は、妹ちゃんとデートかな?」
「はい。今、町に大きな市が立って賑わってるっていう話を聞いたので」
「そうか。市に行くなら町の中央から南に行けばいけるから。人がいっぱいいるから妹ちゃんとはぐれないように気を付けて」
「ご忠告、ありがとうございます」
ルミールの町は、西門と東門が一本の大きな道でつながっている。また、町の中央にも南北に掛けて大きな道があり、ちょうど十字になるようになっている。町の北側には住宅といくつかの商店や冒険者ギルド、警備兵の兵舎と訓練場、あと町長の館があり、南側はその半分が住宅地であとの半分が市が立つ広場になっている。ちなみに大きな道が交差する中央部には噴水がある。意外としゃれたものがあることに驚きだ。
「噴水かぁ。水はどうしてるんだろ?」
「魔術具で出してるそうですよ。ルゥ兄様」
「へぇ。リリは物知りだね」と褒めながら俺はリリの頭を撫でる。リリは「えへへ~」と笑顔だ。うん、凄くほっこりする。
中央の大きな道を南に進みにつれ人が多くなっていくとともに騒がしくなっていった。そして、市の立っている広場にたどり着き、その人の多さに驚いた。
「これは凄い人だな。リリ、はぐれないようにしっかりと手をつないで」
「はい。はぐれないようにルゥ兄様の手は離さないです」と両手でぎゅっと俺の右手をつかむ。「それだと歩きにくいんじゃないかな」と諭して、片手に戻してもらった。なんだかちょっと、残念そうな顔だ。
市は所狭しと屋台が並んでいて、見たこともない野菜や果物が陳列されていた。これだけの食材があれば、和食につながるものがあるんじゃないかと思ったのだが、残念なことにそれほど多くのお金は持っていない。お金は料理の手伝いや森で食材の調達をするようになってから、おこづかいとしてもらったものだ。
また、野菜や果物だけでなく色々なお肉を置いているところもあった。生肉から加工済みとさまざまなものがあっておもしろそうだったが臭いがなかなかのものだったので、俺とリリは顔をしかめながらそそくさと通り過ぎた。
市の半分を見終わったところで、お昼の時間となった。俺とリリは、腰を掛けれそうな場所を探して持ってきたサンドイッチもどきを食べる。パンは、残念だが食パンのように柔らかいものではなくフランスパンみたいに硬いパンだ。それに、野菜やハムを挟んでいるのだが、前までは本当にただ、パンに挟んでいるだけだった。だが今は違う。パンにマヨネーズを塗ったうえで、挟んでいるのだ。それだけで、かなりおいしくなったことにうれしく思う。
お昼を食べた後、少し休憩をしてから残りの半分を見て回った。食材だけでなく、雑貨やちょっとした装飾品、よくわからない人形のようなものがあった。あと、数は少なかったが魔術具も売っていた。だいたいが家にあるものであったがそれにしても、高い。なるほど、普通の家にはないと聞いていたのが頷ける。食材の値段を考えると完全に贅沢品だ。
「あ、ルゥ兄様。リリ、あれが食べたいです」
「あれ?ああ、ルルカだね。じゃあおやつに買っていこうか」
ルルカは、皮も実も黄色の果物で、見た感じは柿っぽいのだが味や食感はリンゴに近い。
「リリ、甘酸っぱくてルルカが大好きです」と満面の笑顔だ。俺は、もっとお金を稼げるようになったら色々と買ってあげようと心に決めるのであった。
一通り市を見たところで、中央の噴水に戻ってきた俺とリリは、噴水のふちに腰を掛ける。
「だいぶ歩いてちょっとお腹が空いてきたね。さっき、買ったルルカを食べようか?」
「リリもちょっとお腹空きました。でも、ルゥ兄様。ナイフがないです」
「ふっふっふ、心配はいらないよ、リリ」
俺は、ルルカを軽く上に投げて魔法で小規模の風の刃を出す。手元に戻ってきたルルカは八つに切れている。
「わぁ、ルゥ兄様凄いです」とリリが、パチパチと手を叩きながら褒めてくれる。
「ふふ、色々と修行をしたからね。これぐらいは朝飯前なのだよ。はい、リリ。どうぞ」
ルルカを食べながらこの後どうしよかと考える。あ、そういえば行きたいところあったの忘れてた。
「リリ、この後ちょっと、行きたいところがあるんだけど良いかな?」
「はい、良いです。どこに行くのですか?」
「冒険者ギルドに行ってみたいだ」
ルルカを食べ終わった後、冒険者ギルドへと向かった。といってもこの噴水の場所からは目と鼻の先の位置にある。噴水がある場所の四角のうち、北西の角に冒険者ギルドの建物があるのだ。
「お邪魔します」
「あら、ずいぶんと可愛らしいお客さんね。どうしたのかしら?・・・あれ、その黒髪、もしかしてルート君かしら。とするとお隣の金髪のお嬢さんはリリちゃんね?」
「確かにそうですが、お姉さんは俺たちのこと知っているんですか?」
「ええ、あなたたちのお姉さん、ソフィアからいつも聞いているわ。自慢の弟や可愛い妹がいてるってね。あっと、私の自己紹介がまだだったわね。私はミーア。冒険者ギルドの受付をしているわ」
「ミーアさんですね。いつも姉様がお世話になっています」
「あらあら、ご丁寧にどうも。それで、お姉さんに会いに来たのかしら?」
「いえ、冒険者についてお話を聞いてみたいなと思ってきました」
「ルート君は冒険者志望なの?」
「まだ、何になりたいか決まっていないので、それで参考にお話を聞きたいなと」
「そうなの?まあ、ルート君が冒険者になるにはちょっとまだ早いものね」
「そうなのですか?」
「えぇ、冒険者になるためには、まずは十歳が条件ね。十歳になったら冒険者見習いになれるの。そして、二年間の経験を積んで、晴れて一人前の冒険者になるのよ」
「十歳ですか。そういえば、姉様も十歳になったらみたいなこと言っていたような。俺は、今、八歳なので確かにちょっと早いですね」
「まあ、十歳と取り決められてはいるけど、実力があれば例外はあるけどね」
冒険者ギルドの受付嬢ミーアと話し込んでいると突然、「カンッカンッカンッ」と何度も金属を叩く音が外から聞こえてくる。
「警鐘だわ」とミーアが一言呟いた。