第九十五話 騎士コースとの戦闘訓練 二年目 後編
「ルートがナイフを持ったぞ!最大限の警戒を!!」
俺は鋼属性の魔法でナイフを作り出して、両手にそれぞれ握りしめる。それを見たウィルが警戒するようにと檄を飛ばす。その指示を受けて騎士コースの残りの二人、ルーファンとミントがこちらの動きを注視する姿勢に変わる。
下手に接近されるよりも様子見をしてくれるのは、俺にとって都合が良い。俺はウィルたちと一定の距離を保つように意識しながら移動を開始する。水の季節に開催したエルスタード家武道会。そこでメイド長のエイディが披露してくれたナイフの技を、俺は長いお休みを利用してエイディから教わっていた。その技を早速、見せる場がやってきたのだ。
「はっ!」
「んなっ!?」
俺は相手の急所を狙うように、両手にそれぞれ持ったナイフを投げつける。まだ手が小さいので、エイディみたいに一投で複数本を同時に投げることは出来ない。ナイフの大きさを小さくすれば出来なくもないが、その場合は一撃が軽くなり、攻撃力が落ちてしまう。
それでは、攻撃する意味があまりないので、俺が一度に投げれるナイフは現状、二本止まりだ。だが、俺の場合は手に持っていたナイフを投げたら、それでおしまいとはならないのが味噌である。
ナイフは魔力が続く限り魔法で作り出すことが出来るので、ある意味好きなだけ出せると言っても過言ではない。俺はナイフを投げたあとも、次に投げやすい位置にナイフを新たに生成しながら、休むことなくひっきりなしにウィルたちにナイフを投げ続ける。
「くっ、防ぐことは出来るが思いのほか、厄介だぞウィル!」
「すごいのは的確に急所を狙ってくるところよね。だからこそ防ぎやすくはあるのだけれど・・・」
「的確に急所を狙ってくるから目が離せない上に、近付きたくても常に動き回っているから、近付くにも近付けない。動き回ってナイフを投げてくるルートの体力が切れるのを待つ、というのもあるが・・・」
騎士コースの三人は俺の投げたナイフを容易く剣で弾く。全くダメージを負うことはないが攻撃に転じることも出来ないので、防戦一方となっている状況にウィルは歯痒さを感じているようだった。
「・・・魔法使いコースの皆は大丈夫か?」
「えぇ、こちらはお気になさらずに。ただのナイフ如き魔法障壁で簡単に防げますからね」
「分かった。では、攻撃魔法をお願いしたいのだが良いだろうか?」
「それは構いませんが良いのですか?攻撃魔法が当たると戦闘訓練終わってしまいますよ?」
「個人的には久しぶりにルートと接近戦をしたいところだが、今のままでは少し難しいからね。でも、そう簡単に当たるとは思わない方が良い。ルートはそんなにやわじゃない」
「それもそうですわね。では、モニカ、アルト、ベルド、わたくしに合わせてください」
ウィルが状況を打開すべく、魔法使いコースに攻撃魔法の使用を依頼した。キーリエたち魔法使いコースが全く動かないことを疑問に思っていたのだが、どうやら、ウィルもウィルで簡単に決着がついてしまう方法は取らないつもりでいたらしい。そのことが嬉しくて、俺は小さく笑みをこぼす。
・・・考えることは一緒だったか。では、そろそろ道具袋からあれを準備しておかないと。
俺は相手の動向を注視しながら、ナイフを投げては足を動かし続ける。キーリエたち四人が俺の投擲の脅威にさらされないように、ウィルたち三人が前衛として守備を固めた。俺は左手でナイフを投げながら、右手を道具袋に突っ込んで、中から二つのブレスレットを取り出す。隙を見計らって左右それぞれの手首に付けた。
「いけ、炎!燃えろぉぉぉ!!」
「風よ切り刻め!」
「焼き尽くしなさい!」
「水よ!激流となれ!」
BクラスとCクラスの面々は相変わらず詠唱しているようだ。だが、一年前と比べたら、攻撃魔法の発動までの時間が早く、こちらに飛んでくるスピードも速くなっている。魔法の大きさもそれなりのものだし、何より、全ての攻撃魔法がきちんと俺に目掛けて向かって飛んできている。魔法制御が出来ているところを見る限り、ちゃんと魔法の鍛練を積んできたことが分かる。
・・・うんうん。ちゃんと努力しているようで何よりだ。では、俺も最大限の敬意を込めて見せようではないか。
俺はニヤリと笑みを浮かべながら、手を前に突き出して左右のブレスレットに魔力を流す。さらに俺の前面にも魔力を大量に放出した。俺は額に汗をかくぐらい集中をして、自分の前に半透明の壁を作り出す。
「ルート!魔法障壁は禁止したはずだぞ!」
「いいえ。マリク先生、これは魔法障壁とは違うので禁止事項には当たりません」
キーリエたちの攻撃魔法が半透明の壁にぶつかると攻撃魔法が跳ね返り、前衛で守備を固めていたウィルたちに襲い掛かる。まさか攻撃魔法が攻跳ね返ってくるとは全く予測していなかったウィルたちは、呆気にとられたまま避ける素振りもなく攻撃魔法が直撃する。
「うわぁ!?」
「きゃあ!」
「ふぐ!」
「そんな馬鹿な!あれは魔法反射ではないか!?」
「嘘だろ?鎧も盾もないのにどうして・・・」
「そんな・・・、そんなのってありえますの?」
俺が披露したのは去年、騎士コースが見せてくれた魔法反射である。魔法反射の仕方については、去年の戦闘訓練で色々と試したことで、ある程度の概念を掴んでいたし、早々に目星も付けていた。そして、自分なりに研究を進めて、魔法反射は無属性の魔法であるということをはっきりと掴んでいた。
無属性であることは難なく分かったのだが、実は魔法反射をするのはかなり難しい。以前、無属性の攻撃魔法を使ったことはあったが、あれとは全く勝手が違うのだ。魔力をただ放つだけいい攻撃魔法と違って、魔法反射は無属性の魔力の壁を押し留める必要がある。
ここで一番重要なのが、純粋に無属性であること。放出した魔力がどの属性にも一切染まってはいけないということなのだが、これがひどく難しい。魔力は単に放出していると勝手に色んなマナが魔力を自分の属性に染めてしまう。しかも、俺は複数のマナに愛されているせいか、俺が意識してなくても勝手に浸食してくる始末で、混じり気なしの無属性を維持するのがとにかく難しい。
そこで、マナに干渉されないようにするために開発したのが二つのブレスレットだ。このブレスレットは魔術具で、マナを惹き付ける効果を持たせている。魔術具の補助を受けることで、無属性の魔力の壁を保ち魔法反射を扱うことに成功した。
・・・実戦形式で使ったのは初めてだったけど。まあ、結果は上々といったところかな?
ただ、騎士コースが使っていた魔法反射とそっくりそのままという訳では残念ながらない。騎士コースの魔法反射は、攻撃魔法を自分の意図した相手に返すことが出来るが、俺の魔法反射はただ跳ね返すだけである。だから、飛んできた魔法の軌道から跳ね返したい先を読んで、魔法反射の壁の向きを調整するしかない。気分的にはブロック崩しゲームに近いと言える。
「ふふん。どうですか?自分で言うのも何ですが、これぞ奥の手です!」
「本当に奥の手だなルート!奥の手というのであれば、本当にいざというだけにして欲しいもんだ。どうしてお前はこうもいちいち目立つようなことを・・・。はぁーーーー。もう、知らん。もう、何も言わんし、何も突っ込まんぞ俺は」
俺が胸を張っているとマリクが大声で文句を言ってくる。だが、疲れや呆れやがピークに達したのか、途中からマリクはとても投げやりな言葉を吐き捨てる。見捨てられた気持ちになるので、そういうことを面と向かって言うのはやめて欲しいものだ。
「まだです!まだ終わっていません!まだ騎士コースがやられてただけで、数ではこちらが優位。モニカ!呆けている場合ではありません。アルトとベルドの二人も次の攻撃魔法を!!」
キーリエはモニカたち三人を鼓舞すると自身も攻撃魔法を打つ体勢に入る。どうやら、鍛えたのは魔法の技術だけなく、心も鍛えていたらしい。キーリエの皆を引っ張ろうとする姿に俺は自然と頬が緩むのを感じた。
「でも、キーリエ。私たちが攻撃魔法を放ったところで跳ね返されるだけではないですか?」
「そうだぞ。防がれるどころか跳ね返ってくると分かっていてやるのか?」
「跳ね返されたからといって何だと言うのです!状況だけ見れば去年、騎士コースの魔法反射を相手にした時と全く変わりないではありませんか。それに、魔法反射は鎧や盾といった大掛かりな魔術具があって機能していたのです。いくら魔法に長けているからといって、そうそう何度も使えるようなものではないはずですわ!」
・・・キーリエはなかなか良い分析をするじゃないか。その通り、現状、大量に魔力を放出して魔法反射を維持するので、無制限に作り出る訳じゃないからな。
「だから、まだ終わっていません。諦めるのはまだ早いのです。さあ、行きますわよ皆!」
まだまだ勝つ気満々のキーリエの心意気が嬉しかった俺は出し惜しみをするのをやめた。マリクが投げやりな態度になってしまってはいるが、この際、自重はポイである。
俺は目立たないように一気に魔力を開放し、それぞれが攻撃魔法を放とうとしている始点の近くに魔法反射を張る。さっきよりもさらに高度な魔法制御を必要とするが、慌てず騒がず密かに、でも、素早く取りかかる。その内に、キーリエが「いきますわ!」と合図を出すとキーリエたちが一斉に攻撃魔法を俺に向けて放った。
「へ?うぁ!?」
「んな!?ぐわぁ!」
「え?きゃあ!?」
キーリエたちが放った魔法は、すぐさま魔法反射で跳ね返る。もちろん、自分で放った魔法が自分に当たってもダメージは少ないので、別々の攻撃魔法が当たるように調整してある。キーリエたちは跳ね返ってきた魔法を防ぐのに魔法障壁を張る間もなく攻撃魔法が直撃した。俺に目掛けて飛んでいくはずの味方の攻撃魔法が、予期しない軌道で襲い掛かってきたのだから無理もない。
ただ、さすがに遠隔で魔法反射をするのは、ちょっと難しかったようだ。跳ね返り先の狙い甘かったようで、キーリエだけ攻撃魔法が外れてしまった。モニカたち三人がその場に崩れ落ちて、キーリエ一人だけがぽつんと取り残された。何が起きたのか理解が追い付いていないようで、キーリエは呆然と佇んでいる。
「皆を鼓舞して、すぐさま攻撃に転じたのは良かったですよキーリエ。それに良い分析でした。でも、もう少し工夫が必要でしたね。去年の反省会で見せたように、魔法は自分の目の前から放たなければいけない訳ではありません。ということは、当然、魔法反射も自分の目の前以外にも作り出すことが出来ます。かなり、制御は難しいですけどね」
俺はキーリエに近付きながら賞賛と反省点を述べていると、俯き加減だったキーリエが、グッと両手を握りしめて、全身をわなわなと震わせ始めると、突然、両手を天高く突き上げた。
「んー、もうっ!何なんですの一体!!無理ですわ、こんなの。一体どうしろと言うのですか!?こんなの勝てる訳がありません!」
キーリエは癇癪を起したように叫び声を上げる。そのあと、力が抜けたのかその場にペタリと座り込んでしまう。完全に戦意喪失といった感じのキーリエの姿に俺は内心、少し焦る。
・・・やばい。ちょっとやり過ぎた。
多数のハンデをもらっていたのにも係わらず手も足も出なかったことに、キーリエはただ戦意喪失しただけでなく、心が完全にポッキリと折れてしまっている。今のキーリエの状態を一言で言うなれば、目のハイライトさんが仕事をしていない状態だ。
・・・このまま放置したら、どう考えてもまずいよな、うん。場合によっては、「もう、学園を辞める!」とか言いかねない。
とにかくフォローしなければと思った俺は、素早くキーリエの目の前に移動し、その場に片膝をついてキーリエと視線の高さを合わせた。生気のないキーリエの目が俺を捉えてから、俺はニコリと笑みを見せながら、キーリエの右手を取って両手で優しく包み込む。
「キーリエたちは、よく出来ていましたよ。そのように落ち込む必要はありません」
「どこがですの?何も出来なかったではありませんか。去年の反省会でルート君に言われて、自分がどれだけ未熟だったのかを嫌というほどに味わいました。だからこそ、あれから魔法の鍛練を必死にしてきたというのに。これでは全く意味がありません」
俺の励ましは上辺だけだと取られてしまったのか、キーリエは目に涙を浮かべながら自分の努力は無駄であったと訴えてくる。俺は即座に首を左右に振って見せたあと、キーリエに真剣な眼差しを向ける。
「いいえ、そんなことは決してありません。キーリエだけでなく、モニカもアルトもベルドも、努力をした結果がしっかりと出ています。もしかして、気付いてないのですか?」
「何のことですの?」
「もし、去年の実技試験の時に、キーリエたちが今の実力だったら、キーリエとモニカはAクラスに、アルトとベルドはBクラスになっていたでしょうね。間違いなく去年よりも実力が上がっているのです。それは誇ることであって、卑下することでは全くありません」
俺の説得に心が折れたキーリエの目に少し光が戻ってきたかのように見えたが、キーリエは俯き加減になってしまう。キーリエは唇をギュッときつく結んでから、悔しそうに下唇を噛んで見せた。
「でも、全くあなたには歯が立たなかったではないですか」
「それはそうですよ」
「え?」
キーリエは俺の返答に目を丸くしてから、パチパチと瞬きする。驚愕といった表情だ。もしかしたら、「そんなことない」という返答を期待していたのかもしれないと俺は思いながら、キーリエの手を握る力を少し強くする。
「キーリエたちが努力をしている間、もちろん俺だって努力をしています。自分が十分に強いから、と慢心するつもりなど、俺は毛頭ないのです」
「そんな・・・。それではいつまで経っても追いつけないではないですか」
「キーリエは俺に追いつこうと思ってくれていたのですか?それは光栄なことですね。では、これからも俺に追いつくつもりで魔法の鍛練に励んでください。でも、俺は俺で、それに負けないように益々、努力をしなくてはなりません。俺は強者として、皆から追いつかれないように努力をします。誰にも負けるつもりはありませんからね。それが俺の矜持なのです。それに・・・」
「それに?」
まだ何かあるのかと小首を傾げるキーリエに、俺は一呼吸置いてから話の続きをする。
「それにこれが一番重要なことなのですが、俺は魔法を誰よりも扱うことが出来るからこそ、年齢に係わらず特待生として学園に入学しました。俺からしたら学園は兄や姉と呼べる年代の方しか居ないと言うのに、俺はその中で自分の意義を証明しなくてはなりません。もし、そんな俺から魔法を取ってしまったら、俺はただの子供ですよ?」
俺の話を聞いたキーリエは左手を口元にもってくると「魔法を取ってもルート君がただの子供とは思えませんけれど」と言ってクスクスと笑う。キーリエが楽しそうに笑う姿に俺は少し胸を撫で下ろす。
「それがルート君の矜持、なのですね。わたくしは・・・」
キーリエはそう呟くとまたもや視線を落としてしまう。俺は心の中で「あれ?ちょっと元気になったと思ったのに、やっぱり駄目だった?」と一瞬、焦ったが、次にキーリエが顔を上げた時には、目にしっかりと光を宿していた。何かを心に決意した、そんな目である。
「わたくしは、諦めません。ルート君に追いつけるようにこれからも努力します。別にこの戦闘訓練で勝ちたかった訳ではないのです。わたくしはただ・・・」
「ただ?」
さっきと違って今度は俺が小首を傾げながら、キーリエの言葉を待つ。だが、キーリエはそこまで口にすると口を噤んで、またもや俯き加減になってしまう。俺はキーリエの顔色を窺うが、キーリエは固まってしまって動く気配が全くない。何やらキーリエの顔が少し赤いことだけが分かった。
動かなくなってしまったキーリエにどうしたものかと思っていると突然、マリクから声が掛かる。
「おーいルート!二人の世界に入っているところ悪いが、そういうことは戦闘訓練が完全に終わってからにしてくれるか?」
「え?あ、やっぱり、まだ戦闘訓練は継続中なのですか?」
「そりゃ、一対一で残っている訳だから、継続中に決まってる。終了の合図も出てないだろう?」
「それもそうですね。では、どうしましょうキーリエ。仕切り直しといきますか?」
「・・・いいえ。参りましたを宣言させて頂きます。今のわたくし一人では、どう足掻いても勝ち目はありませんからね。先ほど、勝ちたい訳ではないと申しましたが、やっぱり、勝ちにもこだわりたいと思います」
「ふふ。良いですね。気持ちの良い答えですキーリエ」
俺は立ち上がりながらキーリエの手を引っ張り上げる。立ち上がったキーリエは「ありがとうルート君」とニコリと笑みを浮かべたあと、スッキリとした表情で敗北宣言をした。
「戦闘訓練終了!勝利したのはルート・エルスタード!!」
騎士コースの先生が高らかに勝者宣言をすると、観客席から拍手が起こる。観客席のあちらこちらからキーリエたちに声が掛けられるが「相手が悪すぎた」「化け物みたいな相手によく頑張った」「よくぞ無事に生き残った」といった、何やら俺が悪者みたいな感じの労いの言葉が飛び交う。
・・・むぅ、好き放題言ってくれるじゃないか。まあ、良いけど。
「ふぅ、まさか、一度も剣を交えることなく終わってしまうとは思わなかった。ルートやるのは、久しぶりだったからちょっと楽しみにしてたんだが」
「長いお休みだからといって、俺も剣の稽古をさぼっていた訳ではなかったので、ウィルと剣を交えることが出来なかったのは残念です」
治癒魔法で回復したウィルが俺に近付いてくると「あんなのは想定外だった」と肩を竦めてから、握手を求めてきた。俺は「そうでしょう?」と笑みを浮かべながらその手を取る。ウィルと熱い握手を交わしていると、今度はアウラが肩を落としながらやって来た。
「うぅ、ルート君ひどいです。魔法剣の実力が上がったところを見てもらおうと思っていたのに。まさか初手でやられてしまうだなんて思ってもなかったです」
「あはは、そんなにも気を落とさないでくださいアウラ。魔法剣で放った斬撃ならともかく、魔法剣そのものを魔法反射で跳ね返したところで、相手には全く返りませんからね。魔法障壁が禁止になったからといって、魔法反射で防いで手の内を見せる訳にもいかなかったので、早々に退場して頂きました。今回、アウラとフェルドの二人が一番厄介だったのですよ」
アウラはちょっと涙目で「本当ですか?」と聞いてきたので、俺は「本当に本当です」と言いながら、コクコクと頷いて見せた。それを見てアウラは少しホッとしたような表情になる。
「うーん。その口ぶりだと、ルートはマリク先生から禁止事項を言い渡された時点で、魔法反射を使うことを想定したのかい?」
「そうですね。初めに攻撃魔法を禁止された時点で、それも選択肢の一つとして考えました。実戦で試すのにも丁度良いとも思いましたし。いつもとは同じ手段が取れないのであれば、それでも自分に出来ることを最大限に活かして対応する、といった感じですね」
「やれやれ、さすがというかなんというか。ルートには頭が上がらないなぁ」
ウィルの一言に、いつの間にか俺の周りに集まってきていた騎士コースの他のメンバーから笑い声が漏れる。そのあと、俺はウィルたちとある約束を交わした。すぐには難しいが今年も騎士コースの剣の稽古に参加するという約束である。
ウィルたちと別れると、マリクから「魔法使いコースは集まるように!」と声が掛かる。マリクに一番近い距離に居た俺は早々にマリクの下にたどり着くと、マリクは苦々しい顔をしながら俺のことを見下ろした。眉間のしわがとても深い。
「本当にお前は想定外のことばかりしてくれるな!」
「想定外とはどういうことでしょう?」
俺は首を傾げながらマリクに尋ねるとマリクは深々とため息を吐いてから答えてくれる。マリクの話によると、どうやらマリクの中では、俺の行動に色々と制限を付けたのは、俺にゴーレムを出させて闘わせるつもりだったらしい。攻撃魔法が使えず、メンバーが俺一人しかいない状況であれば、俺がゴーレムを数体作って闘う、というのを想定していたと疲れた口調でマリクが語る。
「だと言うのにお前は、次から次へと・・・」
「えぇ?それで文句を言われるのは、ちょっと納得出来ません。そもそも、訓練が始まるまで変に隠し立てしてたのはマリク先生の方ですよね?それならそれで、初めに言っておいて頂かないと。何せ端から俺はゴーレムを作る気はありませんでしたから」
「うん?それはなぜだ?」
「卒業式の時に懲りたからです。先生も見てたでしょう?全てゴーレムがやってしまって、俺自身は何もせずに終わったのですよ?あんなにも面白くないことはもう二度とやりません」
「そう言えばあの時、暇してゴーレムを椅子代わりに本を読んでいたな」
周りがゴーレムを討ち果たそうと一生懸命に闘ってる最中、一人本を読んでいた俺はとてもシュールに映っていたようだ。その光景を思い浮かべたマリクは苦笑してから「俺のやり方が間違っていた。次からは何をして欲しいか、はっきりと言うことにする」と言って、俺の肩をポンと叩いた。マリクの発言からするとすでに次があるらしい。
・・・何をやらされるんだろう?まあ、その時になってからのお楽しみかな?
マリクと話をしている間に、魔法使いコースの他のメンバーも集まった。マリクの先導の下、魔法使いコース五人で観客席へと向かう。全ての戦闘訓練が終わったので、去年と同様にこれから反省会が行われるためである。観客席に向かう道中、なぜかキーリエがピッタリと俺の横について歩く。
横を歩くキーリエを見上げると、キーリエは戦闘訓練で動きの邪魔にならないように一纏めにした長い紅色の髪が、軽快な動きで上下に弾んでいる。その姿は、随分と機嫌が良さそうに見えた。
・・・とりあえず、フォローした甲斐があったのかな?
別のクラスの同級生と普段、会話する機会はほとんどないため、こういうイベントの時にしか交流がない。折角、キーリエが隣に歩いているので、何か話した方が良いかなと思った俺は、キーリエにフォローついでにアドバイスをしておくにした。俺は改めてキーリエのことを見上げながら話し掛ける。
「キーリエ、ちょっと良いですか?」
「何でしょうかルート君」
キーリエに声を掛けるとニコニコとした笑顔を俺に向けてくる。闘技場で目が死んでいた人と同一人物とは思えないほどに上機嫌なキーリエの様子に、俺は「女の子って分からないなぁ」と思いながら、アドバイスを口にする。
「かなり魔法制御の鍛練を積んできたと思いますが、魔法制御の次の段階として、今度からは詠唱しないで練習してみてください」
「詠唱しない、ですか?」
「詠唱することで相手に何の属性を使うか分かってしまいますし、何より今から攻撃するぞ!と言ってるようなものですからね。無詠唱であれば、攻撃魔法の属性や放つタイミングを気取られることもありません」
「そう、うまく出来るでしょうか」
「そんなに不安そうな顔をしなくても、あれだけの攻撃魔法が使えるのですから、しっかりと頭の中でイメージが出来ているはずです。大丈夫、キーリエなら出来ます」
「・・・分かりましたわ。やってみます」
キーリエは真面目な顔付きをしてコクリと頷いたので、俺も一つ頷いて見せたあと、話の続きをする。
「さらに、それにも慣れたら今度は自分の目の前からではなく、遠隔から攻撃魔法を放てるように練習してみてください」
「一年前にルート君が見せてくれたあの?」
「そうです。それが出来るようになったら、魔法使いとしてかなりの腕前になっていると思います。一年間で、見違えるほど腕を上げたキーリエなら出来るはずです」
「ルート君はわたくしに期待してくれるのですか?」
「もちろんです。それにモニカやアルト、ベルドもしっかりと実力を上げてましたからね。今年は、変則的に対戦相手でしたが、一年前は同じチームとして闘った仲間なのですから、俺は皆のことを期待してますよ」
キーリエの質問に俺がそう答えるとキーリエは「皆ですか・・・」とぼそりと呟く。少し肩を落とすと弾んでいた歩みが緩やかになり、心なしかちょっと元気が無くなったように見える。
・・・あれ?褒めたつもりなんだけど。どうしてそんな反応??
キーリエの反応に首を傾げているとキーリエは意を決したような顔しながら話し掛けてくる。
「ルート君!」
「はい、何でしょう?」
「わたくし、ルート君の期待に応えられるように頑張りますわ!」
「え、えぇ。頑張ってください」
・・・よく分からないけど、頑張ることは良いことだ。
観客席にたどり着くと今年の戦闘訓練の反省会が行われた。といっても、去年ほど悪い結果はなかったようだ。騎士コースは魔法反射だけでなく、数は少ないが魔法剣を習得した者も居たため、魔法使いコースは苦戦を強いられたようだが、今年は魔法使いコースが勝利を収めたそうである。
去年の反省を踏まえて皆が皆、一年間掛けてきっちりと努力してきた結果が出ていた、というのがマリクたち魔法使いコースの教員の総括であった。俺はその話を聞いて、一年前、厳しく皆のことを非難した効果はあったのだと思い、とても満足しながら聞いていた。
ただ、観客席で反省会の話を聞いている間、なぜかエリーゼとアーシアの二人から針で突かれるような視線を終始受けることになったのだけが、謎である。