第九十四話 騎士コースとの戦闘訓練 二年目 前編
新学期が始まって早くも三週間が過ぎた。風の季節一月目は残すところ来週の第五週目で最後だ。そんな来週の初っ端となる風の日に、騎士コースとの戦闘訓練があるということを朝のホームルームでマリクから告げられる。
「来週の風の日、騎士コースとの戦闘訓練がある。去年の苦い思い出を今一度思い返し、今年は善戦出来るように頑張るように!」
「よっし!去年の屈辱を絶対に晴らしてやる!!」
マリクの言葉を聞いたフレンは、グッと握った右手を左手にパンっと打ち付けながら、高らかに宣言した。やる気十分なフレンの目は、今度は絶対に勝つと言わんばかりにメラメラと燃えている。他のクラスメイトもフレンに同意するかのように、一年の成果を見せる機会だと頷き合っている。皆もやる気満々だ。
「皆、良い意気込みですねマリク先生」
「そうだな。というか、ルートは随分と他人事みたいな言い方をするな。お前は楽し・・・あー、聞くまでもないか」
「皆のほどの意気込みはないですが、もちろん俺も楽しみですよ。騎士コースのウィルたちと会えるでしょうし」
・・・新学期になってからウィルたちと会えてないから本当に楽しみだ。
去年と違って新学期が始まってからというもの、騎士コースの剣の稽古に全く参加出来ていない。なぜなら魔法使いコース二年目からは、午後の授業の座学がなくなり、魔法学の授業に変わっている。しかも、週の半数は研究室で授業を受けることになっているので、剣の稽古に顔を出す暇が今のところない。
・・・まあ、俺の場合、研究室では自主勉強なんだけど。今は研究室に置いてある本がとても面白いので、そちらが優先なのだ。
「それにしてもマリク先生。去年よりも戦闘訓練を実施する時期がちょっと早くありませんか?確か、去年は俺が入学してから戦闘訓練があったので、風の季節の二月目でしたよね?」
「ああ、それはだな。一年生の時と違って、二年生にはやってもらうことがあるからな。ちょっと、時期が早いんだ」
マリクの話によると二年目の戦闘訓練では、一番結果の悪かったチームが一年生の戦闘訓練で救護班をやらされるそうだ。人の振り見て我が振り直せと言った意味があるようだが、その話を聞いて「なるほど、罰ゲームみたいなものか」と俺は思った。
・・・そう言えば、確かに先輩と思しき人が救護班をしていたな。あれはそういうことだったのか。
「一年前か、懐かしいですね。そうそう、今年の一年生も去年の出会って間もない頃のフレンみたいなのが多かったですからね。戦闘訓練で思いっきり鼻っ柱をへし折られて、考えを改めると良いですね」
去年の戦闘訓練を思い返した俺は、学園に入学した頃のことを思い出す。今年の実技試験の時に見た、一年生の無駄に高いプライドを持っている様子が、出会って間もない頃のフレンにとてもよく似ているとふと思った。俺は思ったままに、今年の一年生のことを出会った頃のフレンみたいだったと評したら、フレンがしかめっ面で俺のことを見た。
「むっ、ルートは嫌なことをいうな」
「えぇ?でも、出会っていきなり、親の七光りだ、とか言って喧嘩を吹っ掛けてきたのはフレンでしたよね?」
「うぐっ、そのことは悪かったと思ってる。あの時は、ルートがどこからどう見てもただの子供にしか見えなかったからな。なぜこんな子供が格式ある学園に入学出来るだって思ったら、ついカッとなったんだ」
「俺が子供であることは、どうしようもありませんね。紛れもなくフレンよりも年下ですから。そう言えば、確かあの時、実技試験で無様な姿を晒して学園から出ていけ、みたいなことをフレンに言われたような気が・・・」
「本当に悪かったと思ってる。お願いだからもう忘れてくれ!」
フレンは悲鳴のような声を上げて懇願してくる。そのあと、フレンは恥ずかしさがピークに達したのか「ああああぁぁぁぁ!」と叫びながら頭を抱えた。そんな動揺しまくりのフレンに追い討ちを掛けるように、俺は首を横に振って見せる。
「嫌です。クラスメイトとの大切な思い出の一つですからね。忘れてあげません」
フレンは俺の言葉に目を丸くして、処置無しといった感じに肩を落とすとそのまま机に顔をうずめる。そんなフレンの様子をクスッと笑いながら俺は「それに」と話を続ける。フレンは顔を机にベッタリとつけたまま横を向いて「まだ何かあるのか?これ以上は勘弁してくれと」と言わんばかりの顔で俺のことを見る。
「これでも俺はフレンのことを買っているんですよ?」
「それはどういうことなのルートちゃん?」
「ルートがフレンのことを?」
「フレンのどこに、そんなところがあるのかしら?」
俺の言葉を聞いたフレン以外のクラスメイトから矢継ぎ早に突っ込みを受ける。皆からのフレンの評価の低さに俺は苦笑しながら、そう思っている理由を話す。
「そうですね。普通は、あまり言いふらすことではないですが、悪い話ではないので良いでしょう。実はですね、俺はフレンが人一倍努力しているのを知っているのですよ」
「フレンが人一倍努力?本当に?」
俺の言葉に益々、訝しげな顔になったのは、隣に座るエリーゼだ。エリーゼの中では、去年の期末テストの時、勉強が嫌で嫌で仕方がないというフレンの印象が色濃く記憶に残っているせいだろう。確かにフレンは、勉強嫌いなところはある。だが、俺はフレンが努力の人だと言うことを知っている。
「本当ですよエリーゼ。フレンはこの中の誰よりも一番、放課後に残って演習場で攻撃魔法の練習をしていたのですよ。エリーゼたちは知らなかったでしょう?」
「どうしてそれをルートが知っているんだ!?」
俺の話を聞いたフレンはガバッと机から身体を起こすと、俺の方を向いて目を丸しながら叫び声を上げる。隣に座るレクトがちょっとうるさそうに耳を塞いだ。俺はある人の顔を見ながらフレンに返答する。
「マリク先生から依頼されましたからね」
「どうしてそこでマリク先生が出てくるんだ?」
フレンは眉をひそめるとマリクのことを見遣る。その顔には、今の話とマリクにどんな関係があるんだと書いてあるのが分かる。フレンから熱い視線を受けるマリクは、頬をポリポリと掻きながら「まあ、何だ・・・」と口を開く。
「魔法の鍛練に励むのは大変喜ばしいことだ。皆がやってないとは言わないが、フレンの力の入れ具合は、大したものだった。まあ、それぐらい勉強にも力を入れて欲しかったところだったが・・・」
「マリク先生、本題はそこじゃないです」
「ん?いかんいかん、脱線した。ゴホン、フレンが得意なのは火属性だろう?演習場の的となる丸太は、火に弱いからフレンがしっかりと練習すればするほど、丸太を取り換えないといけない頻度が高くなった。それを一体、誰がやるのかという話になってな。それで、ルートに手伝ってもらっていた、という訳だ」
丸太自体は、学園の北側に森があるので、自生するものを取ってくればいいだけだ。だが、丸太を取ってくるのにも、丸太を取り換えるにも人手が居る。しかも、数があるのでそれなりに重たい。そういう訳で、必然と力のある男性がそれを担うことになる。そして、その適任者は誰かと考えたら答えは一つだ。
丸太を駄目にしているフレンの担任教師であり、補助魔法で身体強化して肉弾戦を得意としているマリクに白羽の矢が立った、ということである。マリクもその話を受けて悪い気はしなかった。何せ教え子が頑張っているのだ。
頑張っているフレンに応えるべく、マリクもせっせと丸太を取り換えていた。そのお陰もあって、フレンは徐々に実力を上げていく。ただ、実力が上がれば上がるほど、当然、丸太を取り換える頻度が増すこととなってしまった。
マリクにも教師として仕事があるので、丸太の取り換えに掛かり切りになる訳にもいかない。そういった経緯があって、俺はマリクから依頼を受けた。「お前なら簡単に魔法で直せるだろう?」と。特に断る理由も無かったし、先生に便宜を図っておくのも悪くないと思ったので、俺はその依頼を二つ返事で引き受けていた。
「丸太を取り換えるのも結構大変ですからね。そういう訳で、マリク先生から依頼を受けて、俺が丸太を直してました。樹属性の治癒魔法で」
「そうだったのか。全然知らなかった。随分と早く丸太を入れ替えてくれるなとは思っていたけど」
「まあ、密かにやってましたからね。実は途中から、単に直すだけだったら面白くないので、ちょっと火属性の耐性を丸太に付けていたのは知っていますか?」
「身に覚えがあるぞルート。前日は一撃で丸太をへし折ることが出来たのに、翌日になったらビクともしなくなってびっくりした覚えがな。あれはお前の仕業だったのかよ・・・」
フレンは「練習のし過ぎで、その時は威力が落ちたのかと思ったじゃないか」と肩を落としながら言った。どうやらフレンに要らぬ勘違いをさせてしまったらしい。
「あはは、ごめんなさい。でも、今ではその火属性の耐性付きの丸太でさえ、何度か当てればちゃんと破壊出来るようになったでしょう?しかも詠唱なしで。一年前の詠唱しながら魔法を放って、今ほどの威力は全然ないのに得意げにしていたフレンとは大違いじゃないですか」
「だぁ!分かった。本当に俺が悪かったから、それ以上は勘弁してくれ!」
フレンが頭を抱えながら叫んだのを、皆して笑ったところで、俺はフレンの懇願を聞いておくことにした。
翌週の風の日、朝一番のホームルームで戦闘訓練について軽く説明があった後、フレン、レクト、アーシア、エリーゼの四人は闘技場に移動するように、と別の先生が呼びに来て、四人は勇んで教室を出て行った。去年はわざわざ一人ずつ呼び出されていたが、それは騎士コースには魔法反射という魔法使いに対抗するための裏技がある、という情報が漏れないようにするためであった。
だが、今年はすでに魔法反射のことは知っているので、個別に呼び出す必要がない。というよりも、どうして俺一人だけが呼び出されず、教室に居残りになっているのか、である。俺一人だけ教室に取り残されている理由が分からない。
とりあえず、俺が教室に残っているせいなのかマリクも教室に残っている。俺が不機嫌そうにしていても素知らぬ顔をしているマリクを俺はじっとりとした目で睨む。
「マリク先生?どうして俺は呼ばれないんでしょうか?」
「ん?まあ、何だ。気にすんな」
俺の抗議の視線を受けたマリクは片眉を上げて俺のことを見ると、右手をパタパタとさせて、素っ気なくあしらった。たったそれだけの回答で、俺が納得出来る訳がない。
「あ、はい、分かりました。って言うと思いますかマリク先生?」
「ククッ、全然思わん。それほど心配しなくても、直に呼ばれるからちょっと待て。それよりもルート。お前は戦闘訓練の結果に係わらず救護班をしてもらうからな。今の二年生で治癒魔法がまともに使えるのがお前ぐらいだからな」
「ええ、構いませんよ」
「えらくあっさりと引き受けるんだな」
「一年生の戦闘訓練の救護班として参加出来るんでしょう?ということは、ティアの勇姿を直接見ることが出来るということじゃないですか。授業中に抜け出して見に行く手間が省けますし、むしろ、望むところです!」
俺が乗り気な理由を話すとマリクは口の端を上げてニヤッした笑みを浮かべた。
「ほほぅ、ルートはティアという子を随分と気にかけるじゃないか。もしかしてルートのお気に入りか?」
「お気に入りって、何だか嫌な言い方ですね。でも、好きか嫌いかで問われたらティアのことは好きですよ。俺にとっては数少ない友人の一人であり、冒険者仲間でもありますからね」
俺は胸を張って答えたのに、マリクは俺の回答がお気に召さなかったようだ。マリクは苦い顔をすると「お前にはやっぱりまだ早かったか」と聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でぼそりと呟いた。
・・・変なことを言ったつもりはないのに、どうしてそんな顔をされるのだろうか。解せぬ。
しばらくの間、他愛のない話をマリクとしているうちに、やっと俺にお呼びが掛かった。マリクは直にと言っていたが結構な時間が経ったように思う。
「結局、どうして俺一人だけ後から呼ばれたのでしょうか?俺はクラスメイトの勇姿も見たかったのですけど。マリク先生は当然、知っているのでしょう?」
「闘技場に着いたら全部説明をしてやる。だから今は、きりきりと歩け」
マリクに背中を押されるようにして闘技場の広場までやってくると、広場の中央付近に見を覚えのあるメンバーが固まっているのが見えた。去年、魔法使いコースで同じチームであったBクラスのモニカとキーリエ、Cクラスのアルトとベルドの四人と、騎士コースには去年の対戦相手だったウィル、フェルド、アウラ、ルーファン、ミントの五人が居る。どうやら、去年と全く同じメンバーで戦闘訓練を行うようである。
広場の中央付近に向かいながら、魔法使いコース側の観客席に目を移してみると戦闘訓練を終えたフレンたちを見つけることが出来た。皆、去年と違って良い顔をしているところ見ると結果が良かったことが窺える。それに満足しながら視線を前に戻した俺は、ふとあることに気が付いた。
・・・あれ?去年は重装備だったフェルドとアウラの二人も軽装備?
魔法反射のために全身鎧と大きな盾を装備していた二人が軽装備の姿であることに俺は気が付いた。「魔法反射は必要ないと判断した?どうして?」と俺は首を傾げながら歩いていると、もっとおかしな点に気が付いた。魔法使いコースのメンバーが騎士コースの後ろに控えるようにして、こちら側を向いているのだ。
・・・んん?これは、あれか。だから魔法反射は不要ということか。なるほど、何となく状況が読めてきたぞ。
とりあえず、中央付近までたどり着いた俺は「お待たせしました」と一同にひと声掛ける。そのあと、俺はチラッと後ろを振り返りながら、俺の後ろにくっついてきていたマリクに説明を求めた。
「まあ、見た通りだ。お前は卒業式の時にやり過ぎた。いや、原因はもはやそれだけでもないんだが・・・。とにかく、実力が頭一つも二つも飛び抜けているお前がチームを組んでも機能する訳がない。という訳でルート、お前には魔法使いコースと騎士コースの混合チームと闘ってもらうぞ」
「なるほど、なるほど。それは面白そうですね」
「ただし、それだけでも全くハンデにはならないからな。ルート、お前攻撃魔法禁止な」
ウィルたちはマリクの話を聞いてぎょっとした顔になる。どうやら事前に聞いていた話ではないようで、そんな条件を付けていいのかと言わんばかりの顔をしている。もしかしたらマリクの思い付きではないかと俺は思ったが、とりあえず、攻撃魔法を禁止されたところで、俺にとってそれは大した問題ではない。
俺はコクリと頷きながら「分かりました」と答えて見せた。ウィルたちの「それで良いの?」と言わんばかりの視線を浴びながら、俺はマリクに話し掛ける。
「他に禁止事項はありますか?」
「うん?そうだな・・・。だったら、治癒魔法も禁止だな。治癒魔法ありだとお前、際限なく回復して、いつまで経っても終わりそうにないからな」
「分かりました。治癒魔法も禁止ですね。あと、補助魔法は使っても良いのですか?あと、魔法障壁に魔法剣は?」
マリクは俺の質問に顎を撫でながら難しい顔する。少しの間、逡巡してから何かを振り払うように首を横に振った。
「あー、考えても無駄だな無駄。それらも禁止にしておく、何となくな」
「なら大半の魔法関係の行動は禁止ですね。と言うことは、基本的な闘いは武器になるか・・・。マリク先生、魔法で武器の生成はしてもいいですか?」
「まあ、それぐらいはいいだろう。ただし、魔法で作った武器をそのまま飛ばして相手に攻撃するのは攻撃魔法とみなすからな」
「分かりました。じゃあ、その条件で闘いましょう」
俺とマリクの話し合いを呆然と見ていたウィルたちに俺はウキウキ気分でウィルたちの方へ向き直る。ウィルたちはあまりのハンデの多さに困惑しているように見えた。それでまともな闘いが出来るのかと訝しがる顔をしている者も居る。
俺はそれらを払拭させるべく、道具袋から剣を取り出して、ウィルたちに向けて剣を突き出すように掲げた。
「ウィル、フェルド、アウラ、ルーファン、ミント。そんなにもハンデがあって言いのかと思ってますね?でも、それらが禁止されたぐらいで負けるほど、俺は甘くないですよ?」
俺は騎士コースの面々を見回しながら声を掛ける。ウィルはハッとした顔をすると高らかに剣を掲げて皆を鼓舞し、アウラたち四人がそれに呼応した。
「・・・確かにその通りだ。皆、相手はあのルートだ。呆けている場合じゃないぞ!気を引き締めていこう!」
「「「「おう!!」」」」
・・・さすがウィル、相変わらず立派にリーダーしてるな。
「モニカ、キーリエ、アルト、ベルド。あなた方が、どれだけ魔法の鍛練を積んできたか見せてもらいますよ?」
「言われなくても。やるぞベルド!」
「あぁ、アルト。一年間の成果を見せてやる」
「キーリエ、心していきますわよ」
「分かっていますモニカ。一年前の反省会。あれだけのことを言われて何もしてこなかった訳ではないことを見せてあげましょう!」
騎士コースの後衛に控えている魔法使いコースの四人にも俺は声を掛ける。こちらもやる気十分な様子に俺はニンマリと笑みを浮かべてながら、一度剣を腰に帯剣する。その様子を見ていたマリクは壁際に移動すると、入れ替わるように騎士コースの先生がやってきた。
「では、全員準備は良いな?騎士コースと魔法使いコースの混合チームは、今年はこの形で訓練を行う場もある。コースの垣根を越えて協力し合うことを心掛けるように!そして、ルート。くれぐれも闘技場は壊さないように。以上!」
・・・なぜ、俺に対してだけ注意だけなのか。それに去年と言ってること違いません?闘技場は特殊な結界で守られてるから壊れる心配はないんじゃなかったっけ?・・・まあ、いいけど。
「それでは戦闘訓練を開始する。始め!!」
騎士コースの先生が開始の合図を出すと、ウィルが「陣形!」と叫び、騎士コースが横一列に広がるように並び、騎士と騎士の隙間から顔を出せるように、その後方に魔法使いコースの四人が移動した。すでに打ち合わせが済んでいる様子に、俺は今更ながら「あれ?何だろうこの仲間外れ感は」と思った。
・・・むぅ、最近ちょっと俺の扱いが酷いような気がする。・・・それは一先ず置いておいて。さてと、まずは多勢に無勢。このまま取り囲まれたら為す術がないので、あれを使って人数を削ぐかな。
俺は道具袋をごそごそして、とある魔術具を取り出した。俺はニヤッと口の端を上げながら、俺の手のひらサイズの魔術具のボタンをカチッとを押して、ウィルたちの上空に向かって魔術具を投げる。
「何かを投げてきたぞ!注意するんだ!」
ウィルが注意を飛ばした次の瞬間、闘技場内に目が眩むほどの閃光とドオンッと激しい爆発音が鳴り響く。観客席のあちらこちらで「きゃあ」「うわぁ」という悲鳴が上がっているのが聞こえてくる。その発生源の一番近くに居たウィルたちは目が眩み、爆発音に身を屈める姿になっていた。どこからどう見ても隙だらけである。
・・・まずは魔法剣を使われると少々、厄介なのでっと。
「きゃあ!」
「うぉ!?」
ウィルたちが身動きを取れない中、俺は敵陣に駆け足で近付く。前衛の両端にそれぞれ配されていたフェルドとアウラの二人を俺は斬り付けた。魔法剣を使われた場合に、防ぐ手立てが全くない訳ではないのだが、早めに潰しておくのが吉だと判断した。早々に二人を脱落させた後、ついでに魔法使いコースの人数も減らすかと思った俺は、後衛に目を向ける。
だが、二人の悲鳴を聞き付けたことで攻撃を受けていることを察した四人は魔法障壁を展開させていた。中々、良い判断である。ただの剣では魔法障壁を破ることは難しいので、俺はそそくさと退却する。
ウィルたちと十五、六メートルぐらい距離を離したところで俺は向き直る。そろそろ目が慣れてきたのかウィルがキョロキョロと辺りを見回し状況確認をする。
「今のでフェルドとアウラがやられたのか。まさかこんなにも早く二人を失うとは。それにしてもさっきのは一体何だ?」
「ルート!戦闘訓練中だが、説明を求める!一体何だ!あの危ないものは!?」
壁際で控えていたマリクから怒声が飛んできた。他の面々も説明して欲しいそうな顔付きである。折角、これからが面白くなってくるところなのに、と思いながらも説明せざるを得ない雰囲気に俺は肩を竦めながら口を開く。
「いやだなぁ、マリク先生。危ないというのはこういうもののことですよ」
俺はさっきと同じ形をした魔術具を道具袋から取り出して、誰も居ない場所に向かってそれを投げた。放物線を描いて飛んでいった魔術具が地面に落ちる辺りで、魔術具が爆発してドオンッと激しい音が鳴り響く。さっきと大きく違う点は、爆風により地面の土を舞い上げたことである。砂ぼこりが収まると爆発の衝撃で地面が少しえぐれているのが分かる。
「んな!?」
「初めに投げたのが閃光手榴弾で、今投げたのが手榴弾という魔術具です」
「センコウシュリュウダンにシュリュウダンだぁ?そんな魔術具聞いたこともないぞ!」
「それはそうですよ。俺が魔術具を作る練習として自作したものですから。魔法ギルドにも登録してないものですし」
「全く、何てものを作るんだお前は・・・」
マリクは頭を抱えると「あれでも禁止事項が足りなかったか・・・」と恨めしそうに俺のことを見てくる。俺は戦闘訓練が始まる前に、念入りにマリクに確認しているので、魔術具の使用を禁止しなかったマリクが悪い。
・・・まあ、意図的に禁止させないようにしていた感は、無きにしも非ずだけどね。
「なぁ、ルート。さっきのシュリュウダンと言ったかな?先にあれを投げていれば一発で終わったんじゃないか?」
「さっきの一発では、さすがに範囲が足りませんよ。でも、もう一段階、威力を上げたやつなら、ウィルの言う通り簡単に殲滅は出来たでしょうね」
「あれよりも威力があるのも持っているのか・・・」
マリクと俺のやりとりを見守っていたウィルが、口元に手を当てて考える素振りを見せていたのを止めると疑問を口にした。俺は何事もない顔で、さらに威力の強い魔術具も持っていることを告げると、ウィルは苦笑いである。
闘技場内には特殊な結界が張られており、闘技場が壊れないようにするためという役割の他に、人体に与える全てのダメージが魔力衝撃に変換されるという役割もある。魔力衝撃はどれだけ強くても意識を失うレベルなので、どう考えても死ぬような攻撃でもあっても死ぬことはない。だからこそ、闘技場は全力でぶつかり合える場であると言える。
特殊な結界がどんな仕組みなのか興味があるところだが、手掛かりが無さすぎて今のところはお手上げ状態である。当然、機密事項なので教えてもらえる訳もない。
「確かに持ってはいますが、一発で終わらせてしまうだなんて、そんな面白くもなんともないことをする訳ないじゃないですか。これはあくまで訓練なのですよ?色々なことを想定して、対処するからこその訓練です。簡単に相手を殲滅してしまっては、何の訓練にもなりません。とはいえ、正直に言うと現状、魔法障壁を張ることが出来ませんので、魔法剣を防ぐ手立てがないのです。だから、申し訳ないですがフェルドとアウラの二人には早々に退場して頂きました」
「なるほど、なんというかルートらしい考え方だね。で、そのためのセンコウシュリュウダン、という訳か」
「そうです。さっき違いを見てもらった通り、手榴弾は爆発で相手を攻撃するものですが、閃光手榴弾は光と音で相手の意識を逸らし、隙を作るためのものです」
「そして、フェルドとアウラの二人がまんまとやられてしまったという訳か」
俺の説明を聞いたウィルは「ククッ」と楽しそうに笑ったあと「本当にルートと闘うのは飽きないな」と言った。俺は「それが持ち味ですから」と胸を張って答えて見せる。
「ルート!とりあえず、シュリュウダンも禁止するからな!!もう一段階とかどれだけの規模の爆発が起きるのか分かったものじゃない」
「マリク先生、心配しなくても闘技場が吹き飛ぶような威力はありませんよ?」
「いいや、分からん。分からんのでとにかく、き、ん、し、だ!」
「まあ、元よりそっちは使うつもりは全くなかったですけど、分かりました」
マリクから追加の禁止事項を告げられたので、俺はマリクが心配するような威力はないと答える。だが、心配で心配で仕方がないのか、マリクはとても頭が痛そうな顔をしながら目を三角にするので、大人しく言うことを聞いておくことにした。
マリクとの話を終えて正面に視線を戻すとウィルが「では、続きといこうか?」と剣を俺に向けてくる。ウィルの全く怯むことのない姿勢を嬉しく思いながら、俺はコクリとウィルに向かって頷いて見せた。
・・・さてと、次はどうしようか。折角なのであれも試してみたいと思うのだが・・・。そうなると、距離を保ちながらの戦闘だな。
俺はウィルたちを見据えながら、両手を少し広げて構えた。




