第九十話 新学期の始まり
図書室へ向かおうと思った俺は、運動場から研究室のある校舎をグルリと迂回して、学園正面に移動しようとした時である。校舎を曲がるところまでは鼻歌を口ずさみたくなるぐらいの気分であったが、校舎を曲がってすぐのところで、見覚えのある男女二人組が立ちはだかって、その気分は霧散した。
ちなみに、正確に言うと立ちはだかっているのは女性の方で、両手を腰に当てて良い笑顔で俺のことを見ている。俺は思わず後退りしそうになるのをグッと堪えて笑顔を作った。
「シアン先生に、ノクター先生ではないですか。ご無沙汰しております」
シアンとノクターは学園で人気を博する美男美女。双子の姉弟で二人で水属性を担当する先生だ。学生たちからは水の姫と水の王子と呼ばれていたりもする。だが、実は二人とも人間ではない。その正体は俺の知り合いのメルギアと同じドラゴン、水属性を司るブルードラゴンである。どういう経緯で先生をしているのか詳しくは知らないが、人に対して好意的なので特に問題はない。
・・・でも、俺相手の場合はちょっと訳が違うんだよなぁ。
俺が挨拶をするとシアンは何も言わずにクイッと顎を動かした。それだけで、俺は何を要求されたのか察する。何だかヤンキーか何かに絡まれた気分を味わいながら、シアンの後を追うようにして、学園の北側にある森へと歩を進めた。シアンの無言の要求は、水の季節の休みで身体が鈍っていないか確かめるので森へついて来い、である。この時、死亡フラグを盛大に立てていたのは自分自身であったことを思い知る俺であった。
きびきびと歩くシアンの後ろをノクターと一緒に歩いていた俺は、黙って歩いているのも気分が落ち着かないので、話しかけやすかったノクターに声を掛ける。
「それにしても良く俺が来ているって分かりましたね」
「それは分かるよ。あれだけの濃密な魔力を使った攻撃魔法。この学園で使えるのはただの一人だ。だから誰の仕業かすぐに、ね」
・・・つまり俺は、自分でここに居るぞ!と大声で叫んでいたようなものって訳か。
ティアに良いところを見せるために頑張った行為は、自分の首を絞める結果となっていた。どうやら、もっと広い視野で物事を判断出来るようにならなければならないとつくづくそう思った。
「ところでノクター先生。水の季節の間はどうされていたのですか?」
「ん?それはどういう意味だい?」
「お二人とも学園、というか、王都にいらっしゃらないようでしたので」
「・・・索敵魔法か。よく分かったね」
「えぇ。魔力を抑え、人と大差ないように巧妙に擬態させてますが、俺は先生たちの魔力を身近に触れる機会が多かったですからね。さすがに覚えました」
「ルートは本当に魔法のセンスが良いね」
ノクターが驚いた顔をしてから俺のことを褒めてくれる。だが、打って変わってシアンはこちらをチラリと一瞥すると「それぐらい出来て当然です」と言い放つ。
「あのノクター先生?今日のシアン先生、何だか機嫌が悪くありません?」
「あはは。まあ、ルートには話しておいた方が良いかな。ある意味では当事者になる訳だし」
・・・当事者?何の話だろうか。何となく良い話ではなさそうな気がする。
「実は姉さんと二人でドラゴンの集落に帰っていたんだ」
「ドラゴンの集落?それは、ドラゴンの住む街があるということですか?」
「いやいや、人とは違うからね。そういうのではなく、もっと単純にとある場所に気の合うドラゴンが集まってひっそりと暮らしているっていう感じだ。そこが姉さんと僕の故郷なんだよ」
「なるほど、里帰りされていたという訳ですか。だから、王都にいらっしゃらなかったんですね」
「もう、何年も帰ってなかったんだけどね、随分と昔にその集落を出て、消息を絶っていたメルギアのことが分かったからね。一応、報告しに里帰りしたんだ」
「そういえば、先生たちが小さい頃、メルギアにひどい目に遭わされたと言われてましたね。ということは、メルギアとは同郷だったのですね」
とりあえず、シアンとノクターの二人が王都に居ない理由は分かった。ブルードラゴンである二人は言わずもがな水属性である。つまり、水の季節は二人ともその力を遺憾なく発揮出来る季節と言える。そんな季節に「体術の鍛練だ」と付き合わされた日には、命がいくつあっても足りないと思っていた。だが、そんな二人が、いや、一人が王都に居なかったため、俺は平穏無事なお休みを過ごせた訳であった。
・・・何事もなくお休みを過ごせたのはメルギアのお陰か。でも、そもそもこんなことに陥っているのもメルギアのせいなので、素直に感謝出来ないな、これ。
「それで、メルギアのことを報告した時になんだけど、君の話になってね」
「俺の話に、ですか?」
シアンとノクターの二人は、メルギアのことを報告した折、情報源が俺であることを告げて口々に色々と言われたらしい。「あのメルギアと会って人の子が無事なはずがない」「メルギアのうろこを持っている何の冗談だ?」「ドラゴンが人の子にたぶらかされるとは嘆かわしい」と。
「あぁ、つまりは信じてもらえなかった訳ですね?でも、俺は嘘をついてませんよ?」
「それは分かっているさ。何よりメルギアのうろこを僕たちは見せてもらっているんだ。疑う余地なんてないよ」
「それで信じてもらえなかったからシアン先生の機嫌が悪いと?」
「というよりも、そのあとの方が原因かな?」
ノクターの話によると、皆から信じてもらえなかったシアンは俺がどれだけ強いのかを語ったらしい。シアン自身も初めは疑っていた。あのメルギアが焼き殺そうとした火の息を人の子が耐えたという話を。だが、実際に闘ってみて、人の子でありながら信じられないほどの力を秘めているということを肌で感じた。だからこそ、メルギアが興味を持ち生かされているのだ、ということを熱を込めて語ったそうだ。
「なるほどなるほど。当事者という意味が何となく分かってきました。つまり、それでも全く信じてもらえなかったのですね?」
「その通り。ルートは話が早くて助かるね」
「そんな人の子がいるはずがない」とシアンは一蹴されたそうだ。折角、わざわざ報告しに故郷へ帰ったというのに、誰にも信じてもらえず悔しい思いをしたシアンは、王都に戻ってくる途中で「全くこれだから年寄りは頭の固い」とものすごく荒れていたらしい。シアンの怒りの咆哮とともに放たれた水弾が、どこか知らない土地に新たな湖を誕生させたそうだ。
・・・うわぁ、ストレス発散方法が壮大だなぁ。
「そうなると、まさか俺をそのドラゴンの集落に連れて行くとかじゃないですよね?」
「さすがにルートを連れて行く訳にはいかないからそれはないよ。ただ、姉さんは言ったことを証明したいと思っているようだね」
「・・・えぇっと。何だか命の危険を感じるんですが大丈夫でしょうか?」
ノクターの回答に、間近に迫るフラグ回収をひしひしと感じた俺は情けない声でノクターに聞き返す。すると、前を歩いていたシアンがこちらに振り向いて胸を張ると、俺とノクターの会話に割って入る。
「心配しなくても良いですよルート。そう簡単に私が死なせませんわ」
・・・それって死ぬほどの目には遭うっていうことじゃないですかやだー。
森の深い場所、誰にも気取られることがない場所まで移動して、ノクターの張った結界の中でシアンと手合せをした。機嫌が悪いためか、いつもよりも早いタイミングから激しく組手をさせられる。これでも水の季節のお休みにちゃんと鍛練をしていたので、何とかシアンの動きについていくことが出来た。
「悪くない動きです。ちゃんと鍛練をしていたようですね」
そんな俺の動きにシアンは少し満足げに頷くが「でも、これじゃあ、まだまだ足らないわ」とさらにシアンの攻撃の激しさを増した。本気で命の危険を感じるレベルに俺は内心で「ひぃぃ」と悲鳴を上げる。口に出そうものなら、文字通り一蹴されしまうからだ。
「うぐっ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「まあ、今日はこのぐらいにしてあげましょう。よくついて来れましたね。褒めてあげます」
「はぁ、はぁ、それは、どうも。はぁ、ぐ、はぁ、ありがとう、ございます」
シアンからのしごきを命辛々乗り切った。俺は息を切らせながら大の字になって地面に寝転がる。魔法使いも身体を鍛えるべきだという持論を持っているが、これほどきついのはちょっと勘弁して欲しいものである。
「それにしても思っていたよりも良い動きをしてたわね。どのようなことをしていたのかしら?」
シアンに問われた俺は息がまだ整っていないので、途切れ途切れにゴーレムを相手に鍛練していたことを話す。シアンは俺の話に「ゴーレムを作った?まさか・・・」と呟く。俺はシアンの反応に首を傾げているとノクターがその理由を話してくれる。
「昔はゴーレムを作れる人の子も居たけど最近はめっきりと見なくなった。廃れた魔法技術だと思っていたけど、それを本を読んだだけで理解し、作製してしまうとは」
「はぁー。ちょっと、落ち着いてきたかな。えぇっと、研究本が残っていたのですから、誰の目にも留まらなかっただけで、やろうと思えば誰にでも出来るのではないのですか?それほど、特別なことではないように思うのですが?」
ゴーレム作製を大層なことのようにノクターが話すので、俺は恐る恐る反論してみる。だが、ノクターは爽やかな笑顔を浮かべながら首を横に振った。
「そんなことはない。多分、同じことが出来る人はそうは居ないと思うよ?魔法使いコースの学生はもちろん、教員にも居ないんじゃないかな?それほどゴーレムを作ることは難しく、また、かなり魔力が必要になるんだよ」
まさかゴーレムを作ることがそれほど大層なことだとは思っていなかった。ノクターの今の話を聞いて、俺は余り人前ではやらない方が良さそうだなと思った瞬間、ふと、あることに気が付いてポンと手打った。
「あぁ、なるほど。エリオット学園長に季節一つ分で規格外が増した、みたいなことを言われたのは、そういうことか。納得した」
・・・ついでに、今から自重してもかなり手遅れなことにも気が付いてしまった。
俺が「のおおぉぉぉぉ!」と心の中で叫んでいると、シアンが「ルートが嘘を吐いてないか確認してあげるわ」と何やらやる気満々になっている。言外にゴーレムと闘わせろと言うシアンに俺は首をぶるぶると横に振って見せた。
「無理です。シアン先生との闘いで魔力を使い過ぎました」
「そんなことですか。だったら」
息は大分整ったが、未だ大の字で立ち上がれない俺にシアンはスッと近付いてくる。その場にしゃがんで右手を俺の胸元辺りに押し当ててきた。「一体何を?」と思った次の瞬間、シアンの魔力が俺の中に流れてくるのが分かった。何回か人から魔力の供給を受けたことがある俺だったが、今までとは全く違う感覚に襲われる。
「うぐっ!?・・・痛ぅ。あがっ!・・・ぐっ」
シアンから魔力を譲渡された途端、胸の辺りに身体の内側から引き裂かれるような痛みが走る。もしかして、ドラゴンの魔力は人に合わないんじゃないかとシアンに疑問を叩きつけたいところだったが、激痛にそんな余裕は全くない。
俺は身を丸めて、のたうち回りながら悲痛な声を上げているとシアンに「男の子でしょ?我慢なさい」と言われてしまう。何だか、注射を嫌がる子供を言い聞かせるような言い方に俺は涙目で「そんなレベルじゃないんですけど!?」と声にならない声で訴えてみるが、シアンは素知らぬ顔である。
・・・くそ!魔力に身体を食い破られるようだ。とにかく、抑えこまないと本気で死ぬ!!
「んぐぅ、はぁ、はぁ、んく・・・」
「もうそろそろ良いかしら?いい加減馴染んだでしょう?」
「はぁ、はぁ。シアン先生と、はぁ、はぁ、手合せしていた時よりも、んく、命の危険を感じましたよ。今度やる時は、事前にやると言ってからお願いしたいものです。・・・お陰で魔力が異常な回復の仕方をしましたけど」
「そう、だったら早くゴーレムを作ってみせなさい」
俺は命の危険を感じるほどのことだったに、俺の訴えはシアンに軽く流されてしまう。俺は少しムッとしながら、「そんなにもお望みだったら」と、回復してもらった分の魔力をありったけ込めたゴーレムを作ってやることにした。
出来上がったゴーレムを見たノクターには「随分と人の形に近いゴーレムを作ったんだね」と驚かれ、シアンには「これを相手にしていた訳ね」と興味深そうにゴーレムを検分する。
「シアン先生から譲渡された魔力をありったけ込めたので相当強いと思います」
「本当に?まあ、闘ってみれば分かることかしら」
シアンの魔力を込めたゴーレムとシアンの闘いは、常人の域をはるかに超えたものであった。間近で見ているこっちが、とばっちりで命が消し飛びそうなレベルである。現実味のない光景に、俺は我ながら恐ろしいゴーレムを作ったものだと思いながら呆けるしかない。
だが、そんな激しい闘いが繰り広げられているためか、ノクターが「不味いな。このままだと結界が持たないかもしれない」と口にした。焦りを含んだノクターの声に、俺は現実に一気に引き戻される。
・・・結界が持たない?・・・え?それってかなり不味くない?
ノクターの結界で衝撃、音、魔力等の一切を遮断しているというのに、シアンのドラゴンとしての魔力が外にダダ漏れになるのはかなり不味い。それに問題なのはそれだけじゃない。シアンの攻撃で森や学園の校舎が吹き飛ぶかもしれないし、下手したら王都が壊滅しそうだ。
ノクターの呟きを聞いた俺は慌てて、ゴーレムの機能を停止させた。どれだけ強いゴーレムを作ったとしても、ゴーレム作製者が絶対的な支配者となる。自分よりもゴーレムの方が強くて手が付けられない、みたいなことがなくて本当に良かったと俺は安堵の息を吐く。
「ちょっと、どうして止めるの?これからが面白いところなのに!」
「ルート良く止めた。姉さんそこまでだ。これ以上は、結界が持たない」
「くぅ~。面白くなってきたところでしたのに!」
「俺が言うのも何ですか、シアン先生はちょっと自重した方が良いと思います。・・・本当に。正体がばれて二人が学園から居なくなる何てことになったら嫌ですよ俺」
・・・戦闘狂なところはちょっと困るけど、魔法の先生としても、体術の師としても腕は確かだ。強くなりたい俺にとって必要な存在なのだから。
「ルートの言う通りだ姉さん。しばらくの間、大人しくしてもらうよ?」
どちらかと言えばシアンの言うことをならば何でも聞くイメージのあるノクターだが、どうやらちょっと怒っているようだ。ノクターは凄味のある怖い笑顔でシアンに迫ると、シアンはシュンと小さくなって「ごめんなさい」と謝った。俺はいつもと違う様子に、姉と弟の立場が逆転しているなと思ってクスリと笑う。
「何を笑っているのルート?見世物ではないかしら?」
「すみません。何と言うか、本当に仲が良いなと思って」
「そんなことを言っても、何も出ませんよ!」
シアンが頬を赤くして恥ずかしがるという貴重な姿を見たところで、その日はお開きとなった。ティアと一年ぶりに再開するだけのはずの一日が、とんでもない日となってしまった。明日から新学期が始まるというのに、である。俺は疲労を残さないためにも足早に屋敷へ帰って、早めの夕食を取って、さっさと寝ることにした。
「おはようございます皆」
「やあ、おはよう」
「おはようルートちゃん」
「よっ!おはよう」
「おはよう、じゃないわルート。随分とギリギリじゃない。長いお休みだったからって、気が緩んでいるんじゃないの?」
翌日、俺は遅刻ギリギリで教室に滑り込んだ。決して二年生となり教室が二階に移ったことを忘れていた訳ではない。単純に寝坊してしまったのである。普段なら自分で起きるところだが目が覚めなかった。ラフィに起こしもらうことになったのだが、それでも俺は中々起きなかった。原因は一つ、魔力を変則的に使い過ぎたからである。
そういうことで新学期が始まった一日目で、早くもエリーゼからお小言を頂いてしまう。さすが俺の中で委員長ポジのエリーゼだ。仕事熱心で何よりである。
「いやぁ、色々とありまして疲れが出たようで・・・」
「話は聞いてるわよ?一昨日と昨日と、随分とご活躍だったそうね」
「活躍だなんてそんな大したことは・・・あの、とりあえず、怖い顔で睨むのは止めませんかエリーゼ?可愛い顔が台無しですよ?」
俺は怒るエリーゼを宥めようと試みるが、エリーゼはますます眉間のしわを深くしてしまう。お気に召さなかったらしい。
「そう思うなら、そうならないように行動して欲しいものだけど?・・・はぁ、ルートに言っても無駄かしらね」
「何でしょう?そういう風に投げやりな感じで言われると、見捨てられた気がしてちょっと寂しいものがありますね。もしかして俺、エリーゼに嫌われた?」
「・・・そんな顔しなくても、別に嫌ってはないわ」
エリーゼとそんな会話をしているとアーシアがエリーゼに近付いて、首を傾げながらエリーゼに問いかける。
「ねえ、エリーゼ?ルートちゃんの活躍って何の話?」
「あ、僕も聞きたい。ルートが係わってることなら面白そうだからね」
「一昨日と昨日って休みだっただろ?まだ新学期も始まってないのにルートはもう何かしたのか?」
アーシアに続いてレクトとフレンも近付いてくると、同じようにエリーゼに問いかけた。どうやらアーシア、レクト、フレンの三人は、俺が一昨日の卒業式と昨日の入学式後の実技試験でやったことを知らないようだ。
恐らく、アーシアとレクトは母国から、フレンは旅先から戻ってきたばかりだから、国内に居たエリーゼしか俺がやったことを知らないのだろうと俺は思った。
三人からせがまれたエリーゼは俺の顔をチラリと見る。その視線には「自分で説明しなさい」という無言のプレッシャーをひしひしと感じた。エリーゼに「嫌ってない」と言われたとはいえ、これ以上、エリーゼの気分を損ねるのは良くないと思った俺は、大人しく言うことを聞いておくことにする。
だが、俺が「それがですね」と説明し始めた途端に、マリクが教室の中に入ってきて話を遮られてしまう。マリクは固まって喋っていた俺たちの姿を見て「とっくに鐘はなっているぞ。自分の席につけお前ら」と注意した。エリーゼと話し込んでいる内にいつの間にか鐘が鳴っていたらしい。気が付かなかった。
話を遮られたアーシアたちは、不満そうな顔をしてながら席に戻っていくが、アーシアはまだ話を聞くことを諦めていないようで、自分の席に着くや否や、マリクに質問を投げつけた。
「マリク先生は、ルートちゃんが一昨日と昨日、何をしたのかご存じですか?」
「ん?何だ、固まっていたのはその話をしていたのか。もちろん知っている。昨日のは直接、この目で見ていないが、一昨日のは俺も現場に居て、直接見ているからな」
「先生!ルートが一体何をしたのか面白そうなので知りたいです!」
「ふむ、そうだな。今や廃れて誰も使えない古代魔法を見るのも勉強になるか。よし、ルート。前に出てきて実演してくれ!」
俺はいきなりマリクに実演しろと言われたことに驚いたが、それよりも古代魔法というワードが出てきたことにもっと驚く。俺は思わずマリクに聞き返していた。
「古代魔法?マリク先生、もしかして、ゴーレムの作製は古代魔法なのですか?」
「何だ、知らずにやっていたのか?遺跡で産まれるゴーレムを除いて、人の手でゴーレムが作られたのはもう何百、何千年も前の話になるぞ?」
「知りませんでした・・・」
何だかノクターから聞いた話と印象が違うなと感じていた俺だったが、ふとあることを失念していることに気が付いて思わず「あっ」と声を出す。
「どうかしたのかルート?」
「あ、いえ、何でもありません。気にしないでください。では、僭越ながらマリク先生からのご使命なので、皆にも見て頂きましょう」
俺が声を上げたことに訝しがるマリクに対して、俺はすぐさま席を立って、誤魔化しながらマリクを押し退けるようにして教壇の前に立つ。
・・・ドラゴンと人間では、流れる時間の感覚が違うことを忘れてたよ。それにしても古代魔法か。古代とかちょっとロマンを感じるよな。・・・うん、だからこそ、その分目立つ魔法だったということを考えると頭が痛い。
そんなことを思いながら、俺は慣れた手付きで杖を振るって、木で出来たゴーレムを作って見せる。皆から「おぉ」と歓声が上がるが、フレンだけは腕を組んで何やら考え込む顔すると「ゴーレムってこんな感じなのか?」と尋ねてきた。
「フレンがイメージしてるのは多分、鉱物で出来たゴーレムじゃないですか?ロックゴーレムとかミスリルゴーレムとか」
「そう、それだ!だから、ものすごく違和感があったんだよ。それにしても、ルートはどうしてこんな弱そうなゴーレムを作ったんだ?」
「フレンの気持ちは俺も良く分かる。だが、ルートが作ったゴーレムは見た目に反して、卒業生たちを圧倒してたぞ?しかも、一体で多数を相手にして、だ」
「マリク先生?ルートちゃんがゴーレムを作ったことと、卒業生に一体何の関係があるのです?」
興奮気味に語るマリクにアーシアが首を傾げながら尋ねる。そういえば肝心な話がまだである。マリクは「あぁ、そうだったな。まあ、すぐに噂として耳に入る話だと思うが」と前置きを言って、俺が卒業式の日、卒業生たちからのリクエストで闘技場に呼び出された経緯と、そこで、ゴーレムを出して俺が大立ち回りしたという話をした。
「ちょっと待ってくださいマリク先生。大立ち回りをしたのは俺じゃなくてゴーレムたちです。俺は満足に闘いに参戦出来なくて、ちょっと不満だったのですよ?」
「あん?そういう条件を出したのはルートだっただろうに。分かっててやったことだろう?自業自得じゃないか」
「うぐ、その言われ方をすると言い返せないのですが。・・・俺としては先輩たちがもっと善戦すると思ってたのですよ。でも、まあ、結果としては、ゴーレムにちょっと魔力を渡し過ぎた、ということではありましたけど」
卒業生たちは三年間、研鑚と鍛練を積み重ねており、決して弱い訳じゃない。が、それでもゴーレムたちが完勝してしまった。そこから導き出せる答えは、ゴーレムに与えた魔力がただただ多かったということである。
「ルート。その言い方だと、ゴーレムは魔力の量で強さが決まる、ということなの?」
「はい、その通りですエリーゼ。ゴーレムの強さは与える魔力の量で決まります」
「へぇ、そうなのか。でも、魔力の量で強さが決まるなら、やっぱり木で作るよりも鉱物で作った方が良くないか?」
・・・フレンは随分とロックゴーレム推しだな。何か思い入れがあるんだろうか?
「フレンの言う通り、耐久性、特に防御面で言えば、鉱物で作った方が高いです。実際、この木で出来たゴーレムにそこまでの硬さはありません。でも、木にすることで鉱物にはない柔軟性を出し、素早い動きが出来るようになっています。そして、人に模して作った最大の特徴として、ほら、こうやって武器が持てることです。さすがに教室で暴れさせる訳にはいかないので動かしませんが結構、強いのですよ?」
俺は自分のゴーレムの利便性を捲し立てるようにフレンに説明してみたが、フレンの反応は今一悪い。フレンは頭の後ろに手を回して、椅子に仰け反りながら「でもなぁ」と不満そうに口を尖らせる。どうしたら、このゴーレムの凄さをフレンに分かってもらえるかと思っていると、まじまじとゴーレムを見ていたレクトが口を開く。
「なぁ、ルート。折角、ここまで精巧に人に似せているのに、どうして顔を作らないんだい?これだけ精巧な人形なら、顔もあった方が良くないかな?」
「その気持ちは分からなくもないのですが、理由はこれです」
俺はゴーレムに持たせた剣を取って、一太刀でゴーレムの首を飛ばして見せる。ゴーレムの頭は、ゴトリと床に落ちるとレクトの足元へ転がった。
「なっ!?」
「こんな感じで、本気でゴーレムと闘う際に、人に似せすぎるとちょっと後味悪いなって思って。だから、敢えて、です」
俺の説明にレクトはゴーレムの頭を手に取りながら「これが生首だと思うと確かに・・・でも、ちょっと勿体ないなぁ」と呟いた。もしかして、レクトは人形好きなのだろうかと思いながら、俺はレクトからゴーレムの頭を受け取り、ゴーレムに頭を取り付け直す。そこで、ふとあることを思った。今の話の流れには、全く関係のないことを。
・・・あ、何だか無性にあんパンが食べたい。
頭を取り付けながら、頭を取っ替え引っ替え出来るというのを連想したからだろうか。無性にあんパンが食べたくなる。密かに企んでいることだが、実は二つ目のパン工房が出来たら、ロンドたちに頼んで惣菜パンや菓子パンを作ってもらおうと思っている。だから、今決めた。一番に作ってもらうのはあんパンにしようと。
・・・とりあえず、俺がやるべきことはあんこ作りだな。うん、頑張ろう。
そんな感じに意識を違う方向にすっ飛ばしていた俺は、エリーゼに「ちょっと待ってルート」と呼び掛けられて思わず「え?あんパンは駄目ですか!?」と口走っていた。俺の言葉の意味をエリーゼが分かるはずのなく、エリーゼに「何を言ってるの?」と言わんばかりの冷ややかな目線を向けられたのは言うまでもない。
「あ、いえ、失礼しました。ちょっと心の声が漏れて。コホン、で、何でしょうかエリーゼ?」
「はぁ、全くもう。まあ、いいわ。ところで、もしかして、ルートは剣の稽古の相手をさせるためにゴーレムを作ろうと思ったの?」
「それだけ、という訳でもないですが、理由の一つではあります。でも、一番は単純に面白そうだったからですね。だって、図書室でたまたまゴーレムの研究本を見つけて、それにゴーレムの作り方が載ってあったんですよ?普通、試すでしょう?」
俺は同意を求めるようにグルリと皆の顔を見ていくが、誰一人として頷いてくれることはなかった。何とも言えない表情であったり、生暖かい目で俺のことを見ていたりといった反応から察するに、どうやら、普通は試さないものらしい。
・・・えええぇ。普通は挑戦しない?するよね?