第九話 とある日常
奇妙な生物、動く木ウィスピと魔法の練習をするようになってから早一ヶ月。夏である火の季節も残すところ後一月になっていた。俺は、相変わらず、ウィスピの元を訪れては魔法の練習をしている。いや、最近では剣の練習相手にもなってもらっている。
ウィスピの成長はすごかった。日に日に動きが良くなっていった。「あれ、これ俺の修行のはずなのにウィスピの方が強くなってない?」と思うほどであった。しかも、一週間ぐらい前から、魔法を当てようとするとつたで打ち払おうとしてきた。
「おおぅ、なんて器用なことを。でもこれは、練習するにはちょうど良いな」
ただ単に魔法を当てるから、つたに邪魔されず、いかに魔法を当てるかと練習内容が変化していた。また、魔法を打ち払うのを見て、剣の練習も付き合ってもらったら良いんじゃない?と思い、木剣を手にウィスピに挑む。
練習内容としては、つたで俺に襲い掛かってもらい、それを剣で打ち払ってウィスピに一撃を加えれば勝ちだ。ん、負けた場合は?それは、くすぐりの刑だ。何回かつたに捉えられて、くすぐりの刑を受けたが笑い死にするかと思った。あいつ、的確に俺の弱いところをくすぐってきやがる。だが、それがちょうど良い緊張感を持って練習が出来ているから実に重畳だ。
さて、最近俺は、ただ修行に明け暮れるだけでなく、あることにハマっていた。それは狩猟だ。
元の世界でそんなことをしたこともなかったので、とても新鮮であった。だた、俺は弓なんか使ったことなかったし、元のルートも完全なるインドア派だったから弓を触った記憶もなかった。というわけで、狩猟は基本的に魔法だ。ちょっとずるいような気もしたが、これはこれで魔法の練習にもなっているからまあ、いっか。
それに、ただ狩るのだけが目的ではない。それは、自分で調理するための食材を手に入れるためだ。
そう、近頃、俺は禁断症状が出ていた。
「・・・和食が食べたい」
俺は、和食が恋しくなっていたのである。我が家の食事は基本、主食はパンかパスタだ。これはこのあたりで採れるのが小麦だからだろう。あとは、スープとサラダにメイン料理の肉が定番の内容であった。別に母リーゼの作る料理がまずいわけではない。むしろ、おいしいと思う。けど、ちょっと飽きてきたのだ。
同じような味わいが続くし、おいしくはあったけど何かが物足りないとずっと思っていた。そう、旨みが成分が足りなかったのである。旨みが一番欲しいはスープなのだが、基本、具材を単に煮込んで塩と香草で味付けしただけの塩のスープだ。
まずは、スープから改善することが出来ないものかと思った俺は、リーゼに料理の手伝いを申し出た。
父アレックスからは「男たるものが料理など」みたいなことを言っていたけど無視だ。俺自身にとっては、重大なことなのだから、男がどうこうとか関係ない。まずは、どういう食材があるのかを把握することが大事なのだ。ちなみに、妹リリもたまに料理の手伝いをしているが、姉ソフィアは全く料理が出来なかった。これでは、ますます嫁の貰い手がと思っていたら拳骨を飛んできた。相変わらず、勘が良い。
何度か料理の手伝いをしながらリーゼにどういった食材があるのか教えてもらった俺は、食材の確保に移る。だが、残念なことに先立つものは持ち合わせていなかった。そこで、考えたのが狩猟で捕まえた獲物との物々交換である。幸いにもこのあたりは農業地帯だ。そして、今でも森にはあまり人が入ってこないから、肉には需要があると考えたのである。町の市でも買うことが出来るみたいだけど高いらしいしな。
俺は、森で狩りを行った後、農家へ向かい野菜と交換をしてもらった。やはり、思っていたとおり需要はあった。お陰で色々な野菜を手に入れることに成功する。
「よし、食材は手に入れた。あとは、色々試してみるしかない」と俺は、ウィスピのいる森の開けた場所で調理を開始する。俺が作ろうと考えているのは鶏ガラスープだ。自分の周りで比較的に揃えやすい食材で作れるものと考えた結果がそれであった。ただ、調理するのは、本来、捨ててしまう骨の部分を煮込むことになるので、それをリーゼに受け入れられるか分からなかったので家で作るのは断念した。まずは、森の中で密かに作って完成したら家に持って帰ろうと思ったのである。ちなみに、家の鍋を借りるわけにもいかなかったので魔法で作った土鍋を準備していた。
土鍋作りもなかなか苦労した。とにかく土属性の魔法で、土を鍋の形にした上で、硬く硬くするイメージをして、硬質化させ、火属性の魔法で一気に焼く。すぐに割れたり、水を入れると土が溶け出してしまったりとなかなか完成しなかった。何回も試行錯誤を繰り返して、ようやく水を入れても土が溶け出さずに煮込むこと出来る土鍋を作ることに成功したのである。
土鍋に鶏ガラといくつかの野菜を入れ、魔法で水を出して土鍋の中に満たし、火にかけた。もちろん火も魔法だ。ある程度、煮込めたら灰汁が出てきたので、同じく土から作った小皿ですくう。おたまを土で作るのは難しかったので小皿で代用している。しばらく煮詰めたところで小皿でスープをすくって味見をした。
「ぐっ、渋い。それに、鳥ガラの臭みがひどい」と失敗であった。初めから成功するとは思っていなかったので、「次だ次」と取り掛かかろうとして「あ、作ったこれどうしよう。捨てるしかないんだけど・・・」と考える。
「食材を無駄にするのもあれだしなぁ。そうだ、ウィスピ。お前の養分に出来ない?」
ウィスピは少し間をあけた後、嫌そうにゆっくりと一度揺れた。そして、「仕方ないな」と言うかのように背中をつたでバシッと叩かれた。多分、一度や二度では済まないだろうから「すまないな。多分何度も失敗すると思うからそのつもりでヨロシク!」とウィスピに言っておいた。
結局、その日には出来上がらず全ての食材を消費する。次の日、再度、狩りしてから農家へと持っていった。「昨日の今日で嫌がれるかなぁ」と思ったがそんなことはなかった。昨日交換した肉は、昨日のうちに食べてしまったそうでありがたいと喜ばれる。なぜ?と思ったが「冷蔵庫がないから保存出来ないか」とすぐに答えが分かった。こうして、食材を手に入れた俺は、二日目の調理を開始する。
またもや何度も食材を駄目にしたが最後の最後で「ん、これなら、臭みもないし。鶏ガラの良い出汁が出てる」と納得がいくスープが完成した。俺は、早速出来たスープを持って帰り、リーゼに見せる。
「母様。今日はこのスープを使って、いつものスープを作ってみて下さい」
「え、骨が入ってるけどこれを食べるの?」とリーゼに目を丸くされて驚かれた。
しまった。説明を端折りすぎた。俺は、すでにスープに入っている食材は、食べるのではなく、旨みを出すために煮込んだもので捨てるものだと説明する。説明を聞いたリーゼは、ちょっと不安そうではあったが「確かに、良い香りがしているわね」と言って引き受けてくれた。
その日の晩御飯に出たスープは、家族に大好評であった。鶏ガラスープのレシピはリーゼに教えたので、今後、手間は掛かるが食材さえ揃えば作ってくれるだろう。出来れば色々とアレンジして欲しいともお願いをしておいた。料理上手なリーゼであればきっと色々と作ってくれるに違いない。
ただの塩のスープと鶏ガラの旨みの効いたスープでは段違いであった。俺は「よし、もっともっと食事を向上させてやる」と意気込む。とりあえず、次はサラダに使うドレッシングやマヨネーズでも作ってみるかと画策している。だって、サラダとは言うけど生野菜が出てくるだけなんですもの。俺の食への探求は始まったばかりである。
和食への道はまだまだ遠かったが別のことで日本文化を再現することには成功をしていた。それは、お風呂である。
この世界にもお風呂はあるらしい。でも、お風呂があるのは王都の貴族か高級なホテルにしかないとのこと。いわゆるお金持ちが使う贅沢品だそうだ。まあ、それはそうだろうな。水道がある訳じゃないから、水は好き勝手使えるものではない。それにお風呂を満たすだけのお湯を沸かすのも一苦労だろう。しかし、今の俺には関係のない話だ。何だって、魔法が使えるのだから。
俺は、いつもの修行はしつつも魔力の余力を残した状態で、森のもう少し奥に入る。人の気配がないことを確認して、魔法で土の浴槽を作成する。要は土鍋の応用である。
さらに出来上がった浴槽に魔法で水を張り、その水の中に火球を入れる。普通であれば火は消えてしまうが魔力を供給し続けることで維持出来ることを発見していたのだ。これで簡単にはお湯を沸かせる。実に便利だ。
火の魔法を止めてから手を入れて確認をする。少し、熱いが大丈夫だろう。俺は服を脱いでお風呂に入った。
今は夏だから良く汗をかく。前までは、井戸で水を汲んでの水浴びだった。近頃は魔法で水を出して浴びていた。いずれも、悪くはなかったがやっぱり、お湯に入ってさっぱりしたいという気持ちはずっとあったので、ついに念願が叶う。
「あ~、久しぶりの風呂だ~。ほんと、魔法が使えて良かった」と感慨に浸っていると後ろの方から声が掛かってビクッとする。
「ルゥ何してるの?」
「へ?ソフィア姉様?なぜ、こんな場所に?」
おかしい。人の気配はなかったはずなのに、なぜここにソフィアがいるんだ。
「薬草の採取依頼があったから森に探しに来ていたのよ」
「へぇ~、そうだったんですね。薬草採取ですか」
「それで、ルゥ。それってお風呂よね?どうしてこんなところで入ってるのかしら?」
やっぱり聞かれるか。ソフィアに水浴びよりもお風呂の方がさっぱり出来るんじゃないかと思い、魔法で試行錯誤したこと、場所は森の奥なら誰も来ないと考えたことを説明した。
「器用なことするのね。ここまで魔法を使いこなしてるなんてちょっと、感心しちゃった。ところで、実際お風呂に入ってどう?」
「え?気持ちいいですよ」と答えた俺は、「あ、嫌な予感」と思った。
「ふ~ん、そうなんだ・・・。ねぇ、ルゥ。私も入ってみたいんだけどいいかしら?」
案の定、ソフィアも入りたいと言ってきた。まあ、別に構わないんだけど。でも、一応、本当にいいのか聞いておく。
「それは構いませんが、外で裸になっても良いんですか?」と俺は、淑女としてどうかなのかと問いかけた。ソフィアは、右手を頬に当てながら「そうねぇ」と考え込む。そして、「良いこと思いついたから待ってて」と言って凄い勢いで走り去っていく。
「ふぅ、仕方ないなぁ。もう少しゆっくり入っていたかったけど、今のうちに上がっておくか」
俺はお風呂から出て魔法で風を出して、身体を乾かす。寒くなれば、火の魔法を加えることで温風を出すことも出来る優れものだ。本当、魔法って便利だ。
少し時間が経ってお湯が冷めてしまったので再度、温め直しているうちにソフィアが帰ってきた。
「これで囲えば問題ないわね」と言って、ソフィアは大きな布を広げる。どうやら家にあったカーテンを何枚か持ってきたようだ。これで問題ないわねって問題しかないような気がするんですが。
俺はソフィアを手伝ってお風呂の周りをカーテンで囲う。パッと見た感じ、囲えてはいる。だけど、たまに風が吹いて端がヒラヒラして中が丸見えになっているんだが良いのだろうか。
「じゃあ、私は入るからルゥは見張りしててね」
「・・・はい」
ちょっと不本意ではあるが、ソフィアが無防備な状態になるので放ってわけにはいかないから了承する。
「どうですか?ソフィア姉様」
「ルゥの言うとおり気持ちいいわね」
「そうですか。それは良かったです。ところでソフィア姉様。一つ質問をして良いですか?」
「ん?何かしら」
「姉様たちが普段、水浴びとかしているところを見たことがないんですがいつもどうしてるんですか?」
俺は、家族が水浴びとかしているところを見たことがないなと思いソフィアに質問をしてみた。
「え、知らなかったかしら。光属性の魔法で浄化しているのよ?」
・・・知らなかったかしらって聞いたことないんですけど。
ソフィアの話によると光属性で、浄化効果のある魔法を使うことが出来るらしい。本来は毒や病気といったものに使用するためのものらしいのだが、身体自体を清める効果もあるとのこと。リーゼも光属性を使うことが出来るので、リーゼかソフィアが浄化の魔法を使って家族の身体を清めてるそうだ。
「あの、ソフィア姉様。聞いたことないんですけど。それに使ってもらったことも・・・」
「そっか、ルゥって色々魔法を使えるからてっきり知ってるかと思ってたわ」
「・・・あれ?じゃあ、その魔法があればお風呂に入る必要ってないと思うんですが」
「それはそれね。身体を清めることは出来るけど、さっぱり感はないのよね。それにお風呂は気持ちいいじゃない?」
「・・・なんでしょう。ソフィア姉様の言い方だともしかして、過去にもお風呂に入ったことがあるんですね?」
「え!?そ、そうね。ほら、冒険者として遠出したときに王都とかでね」
ちょっと、しどろもどろとなりながらソフィアが説明をする。なんか怪しいが、ソフィアは腕利きの冒険者なので、きっとそれなりにお金は持っているんだろうと納得しておく。
「とりあえず、後でその浄化の魔法を教えて下さい」
「ええ、もちろんいいわよ。その代わりまた、お風呂に入らせてね?」
「分かりました。作ることはそんなに難しいことではなくなりましたのでいつでもどうぞ。ところでソフィア姉様。お風呂から上がった後、身体を拭くものは持ってきたのですか?」
「・・・持ってきてないわね」
この後、ソフィアの身体を乾かすために、俺は目隠しをしながら風の魔法を使うことになるのであった。