他のものとは比べ物にならない巨大さの
ぴぴぴ、と電子音が鳴り響く。
窓がない上に豆電球以外の明かりを消したこの部屋では、暗すぎて時計なしには今が朝か夜かも分からない。
梢は寝ぼけ眼をこすりながら、のそりと起き上がる。目覚まし時計は7時を指していた。
少し離れたところで寝ている将臣とヴァルテルが、昨日起きたことは夢ではないぞと主張する。
「…ほら、起きてー、あさだよー」
ドアの近くにある電気のスイッチを入れると、ヴァルテルが「うぅん」と間延びした声を出す。
「おはようコズエ。マサオミ、起きてー」
ヴァルテルが将臣の頬をぺちぺちと叩くと、将臣は眉間にシワを寄せ、毛布にくるまって丸くなってしまった。
「叔父さん、朝は弱いから…。もう少し、寝かせた方がいいかも」
梢が困った顔で言う。ヴァルテルは頷き、昨日の食料品の入っているダンボール箱を手繰り寄せた。
「朝ごはん食べよう」
チーズ味とココア味のショートブレッドを食べて、口内の水分があらかた奪われたところで、糖分が十分すぎるほどに入った紅茶で喉を潤す。ショートブレッドは保存食という割には味もしっかりしているし、硬すぎず柔らかすぎない口当たりもいい。なかなかに贅沢な朝ごはんだ。
腹に食べ物が溜まったところで時計を見ると、8時を回っていた。
昨夜、朝起きてあの大きな物体がまだ降りやんでいたら、近くを徘徊してみようという予定をたてた。そろそろ行動し始めたいところなので、将臣を起こすことにした。
「マサオミー、8時だよー!」
ヴァルテルに細やかな気遣いなど無く、バサッと将臣を包んでいた毛布を力ずくで剥がす。日光の届かない地下室は肌寒く、毛布を奪われた将臣ははっと目を開けた。
「…朝か」
寝起き故か、いつもより声が幾分低い。目つきも相当悪く、普段の柔らかい雰囲気もない。梢でも今まで目にしたことがないほどの不機嫌オーラを押し隠さないまま、将臣はゆったりと上半身を起こした。
「…コーヒー」
小さくつぶやくと、傍らにあった自分のリュックを引き寄せて漁り、1リットルのペットボトルに入ったブラックコーヒーを取り出した。
梢は暖房箱の中から紙コップを出して渡そうとしたが、将臣はそのままペットボトルに口をつけて飲み始めた。
なるほど、普段、家ではペットボトルから直接飲んでいるのか。
寝起きの、覚醒しきっていない状況での行動には習慣が出る。案外家では雑だという事実に、梢は頬を緩めた。
「じゃあ行くか」
コーヒーを3分の1ほど飲んでやっと完全に目覚めた将臣が言う。
外に出てすぐに、3人の目に“それ”が飛び込んできた。それは驚くべき光景でもあったし、当たり前の、動じる必要など無い光景でもあった。
遠くにぼんやりと見えるのは、昨夜降ってきた他のものとは比べ物にならない巨大さの、あの物体だった。あの根元の部分が一体どんな惨状になっているのか、考えただけで頭が痛くなる。
3人は言葉を発することもなく、微妙な顔で、遠くの物体をしばらく眺めていた。
「あーあ、ぐちゃぐちゃだねぇ」
ヴァルテルがうんざりした様子で瓦礫の山を前にして言う。
昨日まで生徒が元気に通っていたはずの中学校が崩壊して、ほかの建物と同じ、ただの瓦礫となっていた。緊急避難場所に指定されている学校であれば多少は安全かもしれないと覗きに来たが、安全さは微塵も感じられない惨状だった。
「予想できていたことではあるが…それにしても人っ子ひとり見当たらないな」
「こんな状況なんだし、外出したくないと思うのも当たり前だよ」
「…仕方ない、外に出た一番の目的を果たしに行こう」
将臣は大きく溜め息を吐いた。
外に出た一番の目的とは、食料、飲料、衣服類など、これから必要とされることが考えられる、あらゆる品の調達だ。
しばらく、見慣れたはずの昨日までとは全く違った道を歩いて行くと、最寄りの大型スーパーが見えてくる。とはいえいつものスーパーの風貌を保っているのは傍らに立つ看板だけで、駐車場は例の物体によって抉れたり、ひび割れてしまっているし、肝心のお店自体は見るも無残な有様だ。
しかし、昨日と今日で、崩壊した建物などもはや見慣れてしまっている。問題なのは、ここが“東武”だということだった。
「梢、大丈夫か…?」
将臣が心配そうに声を掛けるが、返事は帰ってこない。緊張で、梢の体がじんわりと汗ばむ。
母親がここで死んだかも知れない。勿論、生きている可能性もあるが、建物は完全に崩れ落ちてしまっている上に、一晩経っているので、期待はできなかった。
「…ごめん、大丈夫…」
汗でじんわりと肌が湿って、その不快感から、我に帰った梢が、弱々しく言葉を漏らす。
「…じゃあ、梢はここで待ってろ」
「待って、私も…」
梢を慮って、この場で待たせようとする将臣に、焦りながら自分も行くと伝えようとしたが、ヴァルテルに止められる。
「まあまあ。瓦礫どかすの結構な力仕事だし、僕らに任せてよ」
笑顔で親指を立てるヴァルテルに負け、しぶしぶ頷く。本当は、今1人になる方がずっと心細いだなんてわがまま、言えるはずもなかった。
2人が行ってしまっても、梢は店の方を見ていた。瓦礫で二人の姿など見えないが、どうしても心細くて、二人の影を探していた。
こういう時の時間の流れというのは、いやに遅く感じられるものだ。まだ20分しか経っていないというのに、気が遠くなるほど待ち続けているような気分になる。多分暇潰しの本でもあれば多少はましな様な気もするけれど、生憎そんな物は持ち合わせて居ない。とはいえ、流石にそろそろ戻ってくると思うが。
「ねえ」
声をかけられて振り向けば、いつの間にか後ろに見覚えのない男が3人立っていた。
「君いま1人?」
見た目で他人を判断するのは良くないことだと分かっているが、明らかに頭の悪い不良、という風貌の彼らは、にやにやと笑いながら梢につめよる。
「いいえ、人を待っているので」
突き放すようにそう言って、目を背ける。早く立ち去るようにと心で願ったが、彼らはそう簡単に引き下がるつもりは無いようで、男の1人が梢の手首を掴んで引き寄せ、顔を覗き込む
「おお、可愛いじゃん」
感心したように言われたが、将臣以外の人間にそんなセリフを吐かれても、梢の心には響かない。それどころか、初対面の男に下心丸出しで言われては、吐き気すらしてくる。
梢は不快感を顔に出して、乱暴に男の手を振り払った。
「私に構わないで頂けませんか」
冷ややかな目で男達を睨むと、腕を振り払われたことに逆上して、「調子に乗るなよ」とか、「ふざけるな」とか、まるで梢が悪いかのようなセリフを叫んで、拳を梢に向かって振り下ろす。
殴られる。
こずえは咄嗟に顔を両手で覆った。が、しかし、その拳が梢に触れる前に、梢は誰かにセーラー服の襟を引っ張られて後退し、腕は宙を空振った。
「お前は阿呆か!!」
梢の耳元で怒号が飛ぶ。あまりに大きな声だったせいで、頭蓋骨にキーンと高い音が響く。鼓膜は破れてやいないか。
「変な奴に絡まれたら、反抗する前にまず逃げろ、馬鹿」
どうやら鼓膜はご健在のようで、梢の耳に弱々しい声が届く。その声でようやっと、自分を助けてくれたのは将臣であるということを認識し、梢の顔はみるみるうちに赤くなる。その胸に、嬉しさと同時に、悔しい気持ちが湧き上がった。
将臣はいつも優しくて、梢に対して怒ったことなどなかった。そんな将臣に怒鳴られたのが、なんだかとても悔しかった。
そんな梢を背中に隠して、将臣が男達を睨みつける。
「梢はお前らみたいなオツムの緩いクソガキが手ぇ出していい女じゃねぇぞ。俺はお前らみたいな欲望に忠実なクズがこの世で一番嫌いなんだよ。とっとと失せろ」
男達を、聞いたこともない低い声で恫喝する。そのあまりの威圧感に、彼らの額に冷や汗が滲む。
「失せろっつってんのが聞こえなかったか?頭だけじゃなくて耳も使い物になんねぇのかよ」
普段の将臣からは考えられない口の悪さの低い声が響くと、先程までの梢に対する態度が嘘かのように、すんなりと走り去っていった。
男達の情けない後ろ姿を眺めていると、キッと目の前に黒い自動車が止まった。何かと思えば、中から出てきたのはヴァルテルだった。
「必要なもの全部人力で持っていくのは辛いから、車持ってきちゃった」
「いや、持ってきちゃったって…」
将臣が困った顔で言うと、ヴァルテルは大丈夫だよ!とピースした。
「これ、うちの車。駐車場でちょうど見つけたんだ~」
「そうなのか…」
車に店から持ってきた必要物資を詰め込んで車に乗り込むと、確かにハンドルが左側に付いていた。ヴァルテルはハンガリー人で、もともとハンガリーに住んでいたが8歳の時に家族で日本へ越してきたと聞いたので、車もその時に持ってきたのであろう。
「運転できたんだね」梢が意外そうに言うと、ヴァルテルは「勿論!」と元気に答えて、エンジンをかけた。
「あとね、飛行機も運転できる」
道のあちこちに落ちている瓦礫の破片を器用に避けながら、ヴァルテルは自慢げに笑う。
「僕のおじいちゃん凄くお金持ちでさ、広—い家に自家用セスナ持ってるの。おじいちゃんに教えて貰って、僕も運転できるようになっちゃったんだよ。あ、おじいちゃんは、ハンガリーにいるんだけど」
ヴァルテルはどうやら、おじいちゃんのことは大好きらしい。両親のことを話していた時とはまったく違う、無邪気な笑顔で祖父について語る。
「奇遇だな、俺も飛行機は運転できるぞ」
将臣が微笑んで言った。
「パイロット育成学校で散々勉強して、免許取ったからな」
将臣が、昔を懐かしむ表情で言った。
「え、じゃあマサオミってパイロットなんだ! すごい、カッコイイ!!」
ヴァルテルは、純粋な尊敬の眼差しを将臣に注ぐ。しかし返ってきた言葉は意外なものだった。
「パイロットには、なれなかったんだ。…免許を取ったすぐあと、事故に遭ってな、左目の視力が随分落ちてしまって。視力が命のパイロットには、復帰できなかった。今じゃ平凡なサラリーマンだよ」
将臣が自嘲的な笑を浮かべて話す。梢はこの経緯を知っているだけに、いたたまれない気持ちになった。さすがのヴァルテルもこの話は気まずかったらしく、申し訳なさそうに眉を下げて黙ったままだった。
「…すまん、暗い話をして」
将臣は苦笑しながら、それにしても、と話を変える。
「随分たくさん持ってきたな」
後部座席に積んである荷物を振り返りながら言う。
「あー、メモにあるものも持ってきたけど、夜は案外寒いから厚手の毛布とか、床じゃ寝心地悪いから枕と…あと食べたいお菓子を少々…」
あはっ、と可愛らしく最後に笑う。梢は呆れて小さく溜め息を吐いた。
「別にいいけど…金は足りたのか?」
将臣は動じずに問う。
こんな、法律が機能しない状況でも、犯罪を犯していい理由にはならない
状況に甘んじて、欲望に任せて行動するのはクズだ、と将臣が言ったために、とってきた商品の分のおおよその代金を、レジのところに置いてくる約束になっていた。もし今日持って行った商品の分にお金が足りなければ、後日お金を起きに来ることにしていた。梢、将臣、ヴァルテルの3人の財布の中身を合わせて10万円とちょっとで、2人がそれぞれ持って言ったのは5万円だったはず。
「ぎりぎりだけど、多分足りてると思うよ」
「ならいい」
こんな状況なのに律儀な性格だよね、とヴァルテルは感心して声を漏らした。
車から地下室に荷物を下ろす。結局、店から持ってきたものは、缶詰類が合計で30個、2リットルペットボトルの天然水が8本、水以外の1リットルペットボトルの飲料が5本、ポータブルラジオ、ラジオに入れるための単三電池が4本、Tシャツが1人2枚ずつで6枚、下着が3枚1パックになっているものを3つ、フェイスタオルとバスタオルが3枚ずつ、風呂桶、毛布3枚、低反発枕3つ、大袋のスナック菓子が5つ、そして2つのりんごとサバイバルナイフだった。
「…なんでりんご?」
ヴァルテルが不思議そうな顔でりんごを手に取る。
「別に。青果コーナーの辺りにはあんまり瓦礫が被ってなくて、、フルーツが結構綺麗な状態で残ってたから」
「りんご好きなの?」
「…俺は好きというほどではないけど、梢がりんごが好きなんだ」
将臣はこともなげに答える。梢は、暗に自分のためであると言っているそのセリフに頬を赤く染める。
「昔はうさぎりんごにすると飛び跳ねて喜んでたよなぁ」
将臣はなんの気無しにそう言ったが、まだ子供扱いされているみたいで、梢は眉を潜めた。
将臣は知らない。
りんごを食べる時に必ず将臣がうさぎ型に切ってくれるからりんごが好きだし、小学校の夏休みに勉強を見てくれたから、国語が好きだ。ピンクが似合うと褒められたからピンク色が好きだし、油絵の展示を一緒に見に行ったから、水彩画よりも油絵が好きだ。
梢の好きなものにはいちいち将臣が関係しているという事を、知らない。だから、いつまでも梢を子供扱いしていられる。
そんなことを考えて、諦めなくちゃいけないのに、なんて往生際が悪いんだろうと溜め息を吐く。
「でも今は取り敢えずお風呂に入ろうよー」
ヴァルテルが駄々っ子のような声で言う。
「風呂っていうか、体を拭くだけだけどな」
将臣は笑いながら、持ってきたものの中から風呂桶、水、タオル類を取り出す。
「じゃあ…梢からどうぞ」
取り出した物をにこにこと梢に渡す。ザ・レディーファーストだ。
「いいの?」
「ああ、でも、悪いけど…」
将臣が歯切れ悪く言う。
「その…Tシャツとパンツは一応女物を持ってきたがサイズが合わないかも知れん。…というか…、俺が持ってきたから…抵抗があるかも知れん…」
将臣は気まずそうにそっぽを向く。梢は恥ずかしさに顔を真っ赤に染めながら、大丈夫と小さく呟いた。
「じゃあ、お先に…」
梢に水の張られた風呂桶とタオルを持たせて、2人は地下室から出てすぐの階段に腰掛けた。
黙っていると物凄く静かで、耳をすませば、お世辞にも厚いとは言えないドアの向こうから、しゅるりと衣擦れの音が聞こえてきて、なんだか罪悪感と多少の羞恥が湧く。
「…ねぇマサオミ」
しばらくの沈黙を置いて、ヴァルテルが話しかける。
「コズエってちょっと変な子だね」
「どうした急に」
「普通なら、女子ってこういう時は『絶対に覗かないでね!』とか言うもんじゃないの?」
「あー、まあ、うん」
微妙な返事を歯切れ悪く返すと、ヴァルテルがにやりと口端をあげた。
「覗いて」
「良いわけねぇだろ」
ヴァルテルが最後まで言い切らないうちに、将臣が冷たい声で返答した。笑顔だが、雰囲気が凄く怒っている。
——この状態でこんなに怖いんだから、マジギレさせちゃったナンパ男達は正直チビっちゃったんじゃないのか。
「ていうかさ」ヴァルテルがが強引に話を変える。
「なんでマサオミとコズエは恋人にならないの?」
ヴァルテルは、それがさも当然の疑問かのように問う。
「なんでって…?」
「だってコズエ、明らかにマサオミのこと好きじゃん」
「それは…叔父としてだよ」
将臣は驚きも慌てもせずに、子供に言い聞かせるような声音で言ったが、すぐさまヴァルテルのきっぱりとした否定が返ってきた。
「あれは違うよ。マサオミも気付いてんでしょ?」
将臣は、まいったなと溜め息を吐きながら、頭を搔く。
「まあ梢は分かりやすいから」
「しかも鈍感、でしょ?」
難しいクイズに答えたみたいに満足気な笑顔で言う。
「俺、結構表情に出ない方なんだけどなぁ」
将臣がやれやれと首を振ると、ヴァルテルはやっぱりね~と、小さくガッツポーズした。
「いつ気づいた?」
「いつっていうか…マサオミってコズエに対してなんか過保護なんだもん。それに僕、勘が良いんだよね。…でも両想いだって分かってるのに、なんでコズエに言わないの?」
ヴァルテルは将臣の顔を覗き込んで問う。
「…ハンガリーではどうか知らんが、日本では叔姪婚は認められてないからな」
「…しゅくてつ…?」
「叔父と姪、もしくは叔母と甥が結婚することだ」
「…ふぅん…」
ヴァルテルは微妙な表情で頷く。なんかごめんね、と小さく頭を下げると、将臣は苦笑した。
「もっとバレないようにしないとな」
一方、梢は下半身にバスタオルを巻き付けてしゃがみこみ、再び顔を赤くしていた。濡らしたタオルで体と髪を一通り拭いて、Tシャツを着た。サイズは少し大きかったが、それは大した問題ではなかった。いま困っているのは、無論、下着のことだ。折角、新品があるのだし、いつまでも同じものを穿いている理由はない。勿論、下着は変えたいに決まっている。だがしかし、これが将臣の買ってきたものだと思うと、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
——でも、同じものをずっと穿いてるのは嫌だし、それに、どうせいずれ変えることになるよね…?
そこまで考えて梢はやっと下着と制服のスカートを穿いて、バスタオルとセーラー、さっき穿いていた下着を水に浸けた。
制服を気に入って選んだ高校だったが、そのセーラーは昨日と今日ですっかり汚れてしまった。本当ならスカートも洗いたいが、パンツ一丁で過ごすわけにも行かないので諦めた。
元々地下室にあった古い物干し竿にタオルとセーラーを掛ける。下着はどこへ干そうかと考えて、スカートのポケットに入っていたアメリカピンでセーラーの中に見えないように留めた。
「あがったよ」
梢がドアから顔を出すと、二人はばつが悪そうに目を逸らした。
「ちょっと待ってね、水捨ててくるから」
「え、いいよ、水もったいないし」
水の張った風呂桶を持って外に出ようとする梢を、ヴァルテルが制止する。梢は困ったように笑った。
「私が嫌かも…」
水は大切な資源だし、しかも今この状況では尚更水は大切で、こんなのはただのわがままだと分かってはいたが、、一応、年頃の女子なのだ。このぐらいのは許して欲しい。
「あー、そうだよね、ごめんね」
何かを察したらしく、ヴァルテルは申し訳なさそうに謝った。水を外に捨てて戻ってくると、どうやら将臣とヴァルテルは一緒に入ってしまうつもりらしく、2人で部屋に入って行った。
梢は1人で階段に座り込む。黙っていると、あることに気付いた。
——結構水の音とか聞こえちゃう…!
そういえば、中にいる時も外から話し声がしていた気もする。それどころじゃなくていまいち覚えていないが。
今更すぎるが恥ずかしくて頭を抱え込む。
——ああ、今日は何回赤くなればいいんだろう。
顔を真っ赤にしながら、ドアの向こうから聞こえてくる音が運ぶ羞恥に耐えながら、早くこの時間が終わってくれと願わずにはいられなかった。