表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

不敗の織江

作者: 壱刻旋次

 クレーンの両脇から出る二本の腕がぬいぐるみを両脇から挟み込んだ。

 その様子を見ていた俺の拳に力が入る。

 クレーンが持ち上がる。ぬいぐるみの頭が浮いた。けれど次の瞬間、ぬいぐるみはアームから外れて落下した。

「ああっ」

 俺の悲鳴が響いた。横向きに倒れたぬいぐるみが俺を見ていた。

「だから言ったじゃない」

 後ろから声がかけられた。振り返る。竹鷹織江が冷たい目で俺を見ていた。

「もう少しだっただろ」

「とれなきゃ一緒よ。お金の無駄」

「無駄ってことはないだろ」

 織江は鼻で笑った。俺は彼女の態度に腹が熱くなった。

「なら自分でやってみろよ」

「はじめからそういえばいいのよ。お願いしますって。あなたは所詮その程度なのだから」

 元はと言えば織江が俺にやってみてと言い出したのだが。

 言いたいことは山ほどある。しかし俺はそれらを飲み込んで彼女に場所を譲った。

 織江は二つの操作ボタンの前に立った。コインを機械に投入する。陽気なメロディーが流れ出した。気分を盛り上げるはずの音楽が寒々しく聞こえた。

 織江はふたつのボタンを順番に操作してクレーンを動かした。二つ目のボタンを離すと、クレーンはアームを開いて下降した。

 アームが閉じてぬいぐるみに触れる。けれど二本の腕はぬいぐるみを掴むことなく、わずかに動かしただけだった。クレーンは待機場所に戻っていった。

「ちっ」

 舌打ちが聞こえた。

「駄目だったな」

 俺は後ろから声をかけた。織江が振り返った。

「ちがう。違うのよ、これは」

「へぇ~」

 頬が勝手ににやけてしまう。俺は手で口を隠した。織江の眉がつり上がった。

「黙って見てなさい」

 織江は機械に向き直ってコインを入れた。陽気なメロディーが鳴りだした。クレーンがスライドして、下降する。今度はぬいぐるみを少し持ち上げてから取り落とした。

 クレーンは待機場所に戻った。

 織江はコインを投入した。

 陽気なメロディーが繰り返される。

 織江は何度も失敗した。何度もやり直した。ぬいぐるみは少しずつ移ポケットに近づいていった。

 そしてついに最後の時が訪れた。

 クレーンはぬいぐるみをがっしりと掴んで持ち上げた。そのまま落とすことなく移動していく。待機場所でアームが開かれた。ぬいぐるみはポケットに落下して取り出し口まで滑り落ちてきた。

「やった」

 織江が屈みこんだ。取り出し口からぬいぐるみを拾いあげる。織江が俺を見上げた。

「だから言ったでしょ。黙って見てなさい、って」

 言いたいことは山ほどあったが、まあいいかと思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ