不敗の織江
クレーンの両脇から出る二本の腕がぬいぐるみを両脇から挟み込んだ。
その様子を見ていた俺の拳に力が入る。
クレーンが持ち上がる。ぬいぐるみの頭が浮いた。けれど次の瞬間、ぬいぐるみはアームから外れて落下した。
「ああっ」
俺の悲鳴が響いた。横向きに倒れたぬいぐるみが俺を見ていた。
「だから言ったじゃない」
後ろから声がかけられた。振り返る。竹鷹織江が冷たい目で俺を見ていた。
「もう少しだっただろ」
「とれなきゃ一緒よ。お金の無駄」
「無駄ってことはないだろ」
織江は鼻で笑った。俺は彼女の態度に腹が熱くなった。
「なら自分でやってみろよ」
「はじめからそういえばいいのよ。お願いしますって。あなたは所詮その程度なのだから」
元はと言えば織江が俺にやってみてと言い出したのだが。
言いたいことは山ほどある。しかし俺はそれらを飲み込んで彼女に場所を譲った。
織江は二つの操作ボタンの前に立った。コインを機械に投入する。陽気なメロディーが流れ出した。気分を盛り上げるはずの音楽が寒々しく聞こえた。
織江はふたつのボタンを順番に操作してクレーンを動かした。二つ目のボタンを離すと、クレーンはアームを開いて下降した。
アームが閉じてぬいぐるみに触れる。けれど二本の腕はぬいぐるみを掴むことなく、わずかに動かしただけだった。クレーンは待機場所に戻っていった。
「ちっ」
舌打ちが聞こえた。
「駄目だったな」
俺は後ろから声をかけた。織江が振り返った。
「ちがう。違うのよ、これは」
「へぇ~」
頬が勝手ににやけてしまう。俺は手で口を隠した。織江の眉がつり上がった。
「黙って見てなさい」
織江は機械に向き直ってコインを入れた。陽気なメロディーが鳴りだした。クレーンがスライドして、下降する。今度はぬいぐるみを少し持ち上げてから取り落とした。
クレーンは待機場所に戻った。
織江はコインを投入した。
陽気なメロディーが繰り返される。
織江は何度も失敗した。何度もやり直した。ぬいぐるみは少しずつ移ポケットに近づいていった。
そしてついに最後の時が訪れた。
クレーンはぬいぐるみをがっしりと掴んで持ち上げた。そのまま落とすことなく移動していく。待機場所でアームが開かれた。ぬいぐるみはポケットに落下して取り出し口まで滑り落ちてきた。
「やった」
織江が屈みこんだ。取り出し口からぬいぐるみを拾いあげる。織江が俺を見上げた。
「だから言ったでしょ。黙って見てなさい、って」
言いたいことは山ほどあったが、まあいいかと思った。