ヒロインは誰?
貴族令息・令嬢のの婚約って、ほとんどが家の都合なんですよね。
そんな中での、とある婚約破棄騒動。
当事者ではないけど関係者な私、やるべきことはやります!
改訂版を別途投稿しました。 わかりやすくなってればいいなと思います。
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「リリシア、お前との婚約は解消する。 私の相手はアンだけだ。」
「ごめんなさい。 お願いだから、もう、ギル様と私の邪魔はしないで。」
「そんな・・・・・・。」
アルクメデア王立学園高等部の卒業式直後の講堂で、突然の婚約破棄宣言。
宣言したのはワイアット公爵令息ギルフォード(ギル)、言葉を向けられたのは婚約者のロゼウム侯爵令嬢リリシア(リル)。
ギルフォードの横には、彼の腕に縋るように自らの腕を絡めたヤクシャム伯爵令嬢アネス(アン)。
彼らの周りには数人の男子生徒。
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ことの発端は、ヤクシャム伯爵令嬢アネスの編入。
ここは、アルクメデア王立学園。
アルクメデア王国の王立学園で、初等部・中等部・高等部で構成されています。
貴族専用の学校で、市井では『貴族学園』とも呼ばれています。 え? 私(侯爵令嬢)がなぜ市井での呼び名を知っているかって? ふふっ、市井に出ずに市井のことが分かるとでも?
話を戻して・・・ここの中等部と高等部には伯爵位以上の家の令息・令嬢は必ず入学して勉強することが義務付けられていて、当然、私(侯爵令嬢)もここの生徒の1人。
そして、かの伯爵令嬢は高等部3年からの編入者。 中等部から義務である以上、中途での編入なんて本来は有り得ないんです。 有るとしたら留学・病気・重度の怪我だけど、彼女はそのどれにも該当しない、ごく稀に有る家庭の事情による特例の1つ。
ヤクシャム伯爵令嬢アネスはつい最近までは貴族令嬢ではなかったんです。
彼女の母は、ヤクシャム伯爵家御用達の商人の娘で、見初めた伯爵が手を出した結果、生まれたのが彼女だとか・・・。 伯爵は数年前に奥様を病気で亡くされてるので不倫とかではないけど、母親が伯爵家に入ることも彼女を手放すことも拒んだので、祖父(母親の父)とともに市井で生まれ育ったわけです。 そして祖父の仕事の際に母娘は連れられて伯爵家に赴き、伯爵に可愛がってもらっていたらしいんです。 ところが、その母親が最近、馬車の事故で亡くなり、同じ事故で祖父も怪我を負って仕事を部下に任せるようになったことで状況が変わります。 彼女に会えなくなると考えた伯爵は、祖父を説得して彼女を引き取り、彼女は伯爵令嬢に・・・。
伯爵令嬢になって暫くして、彼女は王立学園高等部に編入。 歳の近い友人と将来のための人脈と出来れば婚約者候補を作るのが伯爵の目的でしょうね。
「ヤクシャム伯爵家のアネスと申します。 アンと呼んでくださいませ。」
彼女が最初に声を掛けたのは、同じクラスの第2王子ユアン殿下。
身分の高い順に挨拶をするのは常識だから、学園で唯一の王族である殿下から、というのは間違ってはいません。 ただし、身分が下の者から話しかけるのはマナー違反とされます。 学園内では身分の差は無いという方針だから学園内だから周りは何も言わなかったけれど・・・。 方針は建前であり貴族なら気を遣うべきだと考える生徒がほとんどなので、印象は良くなかったようです。
周りの微妙な空気を無視し、彼女は挨拶を続けました。
相手は、ワイアット公爵家3男、ルクス侯爵家2男、ユークリッド伯爵家長男、メイラー男爵家長男、ノルム神官長令息・・・彼らについては身分からは順番は正しいんです。 王族の下に公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵と続くのがアルクメデア王国の身分制度ですから。
ただし、彼らの間に入るべき侯爵家・伯爵家などの面々が後回しになっているので、彼女の思惑が見えてしまって・・・。
さらには、個々の令嬢達への挨拶は無いって、『ヤクシャム伯爵の目的には友人作りも入っていたのでは?』 と疑問に思ったのを覚えています。
なにはともあれ、彼女は明るく溌剌としてました。 商人の家で育っただけあって、人当たりは良く、話題は豊富で、話術も上手で・・・特に気安い雰囲気は令息たちの興味を引いたようでした。 令嬢たちより令息たちを優先するとはいえ、令嬢相手でも人当たりは良かったから問題にはならなかったんです、最初は・・・。
いつからか、令息たちの彼女への傾倒ぶりがひどくなっていって・・・。 彼女の取り巻き同然になっているメンバーなんて、最近はもはや崇拝と言えるほどの状態で、その異様さに周りは遠巻きにするのみ。 結果、自分たちの世界を形成し症状は悪化し・・・それだけならまだしも、とうとう他者に強制したり排他的な言動をするようになったんです。
「私以外と結婚なんてしませんよね?」
「あたりまえだろう?」
「じゃぁ、私と婚約してください。」
「家の決めた婚約が有るから少し待て。」
ヤクシャム伯爵令嬢アネスを取り巻く令息の中には、婚約者や婚約者候補の居る人たちもかなり居ました。 彼女が来るまでは、お互いに立場を理解し、相手のことを知ろうとそれなりに努力してたんです。顔も知らない相手といきなり結婚、ということも有り得る貴族社会において、学園生活の中で相手を知る機会が有るのは恵まれていることも分かっていたんです。
それなのに、彼女に魅せられてからの彼らは、本来の相手を邪険にし、『不満なら解消すればいい』と行動を押し付ける。
たいていは令嬢側のほうが身分が低いので、彼女達からは動けないのを承知で言って嘲笑うんです。
身分が同じだったりして令嬢が動く場合も有りました。 すると、普段は相手が近づくのも拒否するくせに、『俺に恥をかかせる気か』と詰め寄る者まで出る始末。
なんとか学園内で収めたいんですけど・・・。
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ワイアット公爵令息ギルフォード(ギル)と婚約者のロゼウム侯爵令嬢リリシア(リル)。 この2人も、それなりに上手くやっていました。 それなのにヤクシャム伯爵令嬢アネス(アン)の登場から、会話どころか近づくことも無く、合った視線さえ逸らすのが常になってしまって・・・。
最初はリルも、ギルを説得しようとしてました。 彼女もこの婚約の意味は分かってましたし、ギルは3男だからか少しばかり気ままなところは有ったものの特に傲慢だったりはしませんでしたから、なんとか上手くやっていけると思っていたんです。 彼も、婚約についても心の折り合いはつけているようでした。
だから、リルの親友として、私も2人を見守っていましたし、さすがに男女2人では外聞が悪いので、私も同席して学園のサロンでお茶を楽しんだりもしていました。 リルは、普段はおっとりしてますが芯は強い娘です。 ギルは、少し甘えたがりなところを必死で隠して男らしくあろうとしてて、そんな2人のやりとりは穏やかながらも楽しくて見ていて微笑ましいくらいで・・・。
ギルがアンに傾きはじめてからも、話し合いの場を作ったり、双方の話を聞いたりしてました。 でも、ギルはどんどん耳を傾けなくなり、駄々をこねる子供のように怒鳴ることも増えました。
「・・・ギル様、婚約の件は貴方の意思だけでは-・・・」
「うるさい!わかってる。」
「ちゃんと話を-・・・」
「黙れ!わかってる!」
「ギル様はわかってるとおっしゃってるのよ。 さっさと離れなさいよ。」
ギルがアンから離れないと分かった今、なんとか今後の話をしようとするリルと拒絶するギルと追い払おうとするアン、これが日常的な光景になってます。
身分的には、ギルから婚約解消すれば問題無いんです。
ただ、ギルは3男なので、公爵位を継ぐことは出来ず1つ下の侯爵を名乗ることになりますし、身分は有っても領地は無いので将来的に地位は自力で築くしかない立場です。 つまりは、実質的には侯爵令嬢のリルとほぼ同格。
しかも、ワイアット公爵家は先々代の浪費がいまだに財政を苦しめていて、堅実で安定したロゼウム侯爵の資金援助と政策協力を望んで・・・これが婚約の目的なんです。
それが分かるからこそ、ギルは自分からは婚約解消を言い出せず、その事実と自分とに苛立って、リルへの当たりがキツくなる。 そんな自分にも苛立って、という悪循環に陥ってるのは確実で、落ち着かせようとする級友にも素直になれなくなってるようです。
リルは、状況を憂い、彼を心配してるんですが、彼は効く耳を持ちません。 もはや婚約継続は無理と諦めてはいるものの、穏便に話をまとめなくては大きな波紋を呼ぶのがわかっているんです。
私も、ギルのお子様ぶりには呆れてますし、実は他にも考えが有って、今は婚約解消に反対する気は有りません。 ただ、リルと同じく、大きな騒ぎになる前に事態を収めたいんですが・・・。
「アンにつきまとうな。」
「別に私は彼女に-・・・」
「うるさい。」
「アンに迷惑をかけるな。」
「私は彼女じゃなく-・・・」
「アンが嫌がってるだろう?」
最近では、アンの取り巻きからリルへの妨害が増えました。
取り巻きの中でも、ギルは本命とみなされてるようです。 アンがギルとくっつくのは嫌だけど、アンの望みは叶えたい・彼女の邪魔をする者は許せない、ということらしく・・・私に言わせれば『本音は微妙よね?そのくせにたかが取り巻きが口を挟むんじゃないわよ』 って感じなんですけどね。
「アンの邪魔ばかりして、嫉妬か? みっともない。」
「評判の淑女が台無しだぞ?」
「お前がアンに勝てると思ってるのか?」
「貴方たち-・・・」
「お前たち。いいかげんにしろ。」
昨日は、とうとう、リルが取り巻きたちに空き教室に連れ込まれて責められる事態に・・・。
リルの隣に居た私を引きはがすようにして連れて行ったあげくの暴言、追いかけた私が止めるのに被せてきたのは第2王子ユアン殿下。
ユアン殿下は、今の学園で唯一の王族。 『学園内では平等』という方針とはいえ、さすがに取り巻きたちも彼には従います。 渋々という様子を隠しきれないままながらも、彼に退出の礼をして出て行きました。 正直、助かりました。
「間に合ったようだな。」
「ありがとうございます、ユアン殿下。」
「殿下、ありがとうございます。 リル、乱暴はされてない? 怪我とかは?」
「大丈夫よ。 言葉で詰め寄られただけだから。」
「・・・限界か。」
「・・・そのようですね。」
「?」
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そして、翌日、卒業式。
「リリシア、お前との婚約は解消する。 私の相手はアンだけだ。」
「ごめんなさい。 お願いだから、もう、ギル様と私の邪魔はしないで。」
「そんな・・・・・・。」
アルクメデア王立学園高等部の卒業式直後の講堂で、突然の婚約破棄宣言。
とうとう宣言したギル、ギルの横には彼の腕に縋るように自らの腕を絡めたアン、絶句するリル、アンの周りには数人の男子生徒。
「ギルフォード様、アネス嬢、それは真実ですね?」
「もちろん。」
「そうよ。」
「わかりました。」
衝撃で固まるリルの代わりに、2人に意思の確認をしたのは私(侯爵令嬢カメリア)。
さぁ、せっかくの卒業と言うけじめの時期、くだらない茶番も幕を下ろしましょうか。
「まず、上位者である公爵令息で本件当事者ギルフォードからの宣言であり、もう1人の当事者である侯爵令嬢リリシアと、貴方方や私を含む多くの立会人。 これで条件は揃いましたね? 主席書記官セクレタ様。」
「はい。 記録装置にも正式な宣言として記録されてます。」
「では、この瞬間から、侯爵令嬢リリシアは公爵令息ギルフォードとは無関係ですね? 宰相補佐官ハイル様。」
「その通りです。」
講堂の入り口に向かって話しかけると、足音に続いて答える声。
主席書記官セクレタ様は、書記官の制服に主席のバッジを付け、宙に浮かんでいた水晶球を手元の水晶版に乗せて記録を確認した後、顔を上げて答えてくれます。 私は1つ頷く。
宰相補佐官ハイル様は、書き込み終わった書類をひらりと掲げて周りに見せて確認させます。 その返答と書類に、私は内心でホッと息をつきました。 『これでリルは守れる』と。
「これに関する法的対応は?」
「必要有りませんが、こうなった場合における国王陛下からの通達が有ります。」
「それは、今、ここで発表できるものですか?」
「立会人の揃ってる今が最適でしょう。」
「では、お願いします。」
『ワイアット公爵令息ギルフォードは、正式な婚約者を不当に扱った上に学園を騒がせる中心となり、さらには公の場において王家の許可も得ず両家にも通達しないまま正式な婚約を一方的に破棄。 王家その他への侮辱罪およびに騒乱罪によって、当主承認のもと財産及び爵位の継承権の完全放棄、卒業後は子爵としてワイアット公爵領内のワルド子爵領に任ずる。
ヤクシャム伯爵令嬢アネスは、そもそもの騒動の発端であり、学園の趣旨も父親のヤクシャム伯の思いも無下にしたうえ、目的のために薬物を不当使用するなど行動は悪質。 ワイアット公・ロゼウム侯への侮辱罪・騒乱罪・薬物悪用の罪で、ヤクシャム伯との絶縁と爵位剥奪のうえ、卒業後はワルド子爵ギルフォードに付き従い任務を補佐せよ。
ユークリッド伯爵令息クリストフ、メイラー男爵令息セルジュ、ノルム神官長令息フィエロ。 ワイアット公・ロゼウム侯・令嬢たちへの侮辱罪・騒乱罪で、当主承認のもと廃嫡、卒業後は領内で家族の補佐をせよ。
その他、彼らと同様にヤクシャム伯爵令嬢アネスに関与した者は、騒乱罪として、10年間の謹慎とする。』
「・・・貴女、なんなのよ?」
「なんのことです?」
「貴方に何の権限が有ってこんなことしてるのよ!」
「私は代理ですよ?」
「は?」
「遅くなったが、間に合ったな?」
「間に合いましたよ、ユアン殿下。」
せめてもの鬱憤晴らしなのか、彼女は私へと攻撃の矛先を変えてきます。 意外に冷静なのか、質問はまとも。 たかが1生徒、たかが侯爵令嬢、私がこんな役目を担うなんて普通なら有り得ません。 それを認めた時、真打のユアン殿下の登場です。 あまりに良すぎるタイミングに、『狙ってましたね?』 と思わず出た笑みは彼にだけは見えてしまったでしょうけど、問題無し。
「なんで、そんなに気安いのよ? なんで不敬罪じゃないの?」
「協力者だし? 兄の親友の婚約者だし? 俺自身が許可してるし程度もわきまえてるからな。」
「協力者? 兄? 親友? 婚約者?」
「リルに関わる事項と薬についての情報提供とか。」
「そうよ! その薬って何よ! 証拠も無いくせに-・・・」
「そう言うと思った。」
色々と引っ掛かる点があったようですが、『薬』の一言に食い付いてきます。 これで罪が減ると思ったんでしょうね。 殿下が頷くのを確認してから、私が彼女に説明します。
「使ったのは『カルム』。 葉は乾燥させて粉に、花からはエキスを取り出し、根はすり潰して、いずれも所謂『惚れ薬』としての効果を発揮します。 媚薬と違って身体に作用するのではなく、異性限定で精神に作用し使用者に惹き付けるのが特徴。 過去に宮廷で使用されて大問題になり、特定薬用植物として栽培も使用も禁止されています。
貴方は、それを含んだ香水を付け、ユアン殿下とルクス侯爵令息への差し入れには粉末を入れましたね?」
「そんなの私が使ったという-・・・」
「証拠が有ります。」
「そんな・・・。 なぜ、貴方が・・・。」
「ユアン殿下にいれたお茶と差し入れのクッキーから検出されてます。」
「そんなの-・・・」
「俺が持ち込んだ。」
「寮の貴女の部屋から残りも見つかってます。」
「そんなの私が手に-・・・」
「書類が有ります。」
「王命ですよ? ただの商人が拒否できると?」
「・・・?」
私の説明に反論を試みる彼女に、新たな声が答える。 ユアン殿下の横に進み出たルクス侯爵令息キリアンに呆然とする彼女。
そこに掛けられた追い打ちで我に返って足掻くけど、一刀両断。 ただし、相手が誰かは分かってないようで疑問が顔に出ている。
「さっきの話に出た『大問題』以降、王族全員と公爵・侯爵の長男・2男・3男と令夫人・令嬢には、あらゆる薬剤と酒類に関する勉強と耐性訓練が義務付けられている。 だから、香水に侯爵令嬢カメリアが気付いた。 その情報を聞き、元々効かない俺とキリアンには他の手段を使うかもと忠告を受けていたからな。」
「だって、ギルには-・・・」
「やっぱり知らなかったか。」
「え?」
「ギルは3男だが嫡子じゃないから対象外だったんだ。 『ギルフォード・ワイアット』であり、間に嫡子の『イル』が入ってないだろう?」
「他にも侯爵家の-・・・」
「庶子か4男以降だな。」
「そんな・・・。 でも、なんで彼女だけすぐに香水に気付くのよ!」
「立場が、ね?」
「?」
あれは確かに『大問題』だったそうです。 憧れの令息と結婚したい令嬢の1人が使って効果が出ちゃったから、瞬く間に社交界に蔓延。 舞踏会や夜会がメチャクチャになり、倫理も何も無くなり始め、さらにはワインに混ぜて王族に飲?
ある作品で、主人公を裏切った相手に『ざまぁ』を期待したのにと言われ、ちょっとだけ変わった婚約破棄を考えてみました。
いい(女の)子には幸せになってほしい作者です。
領地補佐や10年の謹慎は、男性でも一番の婚期を確実に逃します(笑)。
上記あとがきが、改訂版では一部当てはまらなくなってます。 あしからず。
追記 乙女ゲーでも小説世界でも転生でもないですよ?
それでは成立しない点とか有れば教えてください、今後の参考にします。