2.素直になれなんて馬鹿げてる
――――う、そ、……嘘よね?
「嘘だ……」
落ち着こう、あたし!
うん、大丈夫。きっと夢よ。振られて悪酔いして見た、悪夢。
誰か悪夢だと言って!!
明らかな二日酔いの頭痛と吐き気に呻きながら、有希はベッドの中で頭を抱えた。
あたしの体に掛けられているタオルケットは、家ではまだ押し入れの中で出番待ち。そして、このシーツは明らかに家とは違う洗剤の匂いがする。状況が示す証拠は限りなく、灰色だ。
そのまま突っ伏してしまいたくなるのをこらえ、私は頭を押さえながら天井を見上げた。
ここがどこなのかは、もう解っている。
だってあたしは、ビールを土産に幾度となくこの部屋に出入りしていたのだから……。
不毛な現実逃避を諦め、隣を見る。顔は枕に目一杯埋められているので見えない。細身だけど、鍛えられているのが解る背中には、赤い筋。そしてだめ押しに、あたしは腰がだるくて股関節が痛い。なんていうか、もう黒としか言いようがない。
「確かに、少女漫画で勉強しなおそうかとは言ったけど……」
神様、同僚と飲んだら次の日ベットでウフフな展開なんて。
こんなベタベタな展開、漫画でも今時あるわけないと思います。
「あり得ないでしょ……」
―――――あたしが選べる選択肢は3つ。
1つめは、何もなかったことにしてこの場から速やかに立ち去る。
2つめは悠斗を叩き起こして、何があったのかを茶化しながら根掘り葉掘り聞く。
3つめはもう1度眠り、悠斗に起こしてもらいその対応で判断する。
3つめは無理。
まずこの状況で寝られる訳がない。それに同業者相手にタヌキ寝入りしたとして見破られるに決まっている。あたしたちは毎日子どもたちを寝かせながら、タヌキ寝入りをする子どもたちと戦っているのだ。瞼の動きや呼吸のリズム、鼻の動きなどをじっと見られたら見破られてしまうだろう。そして、この状況で臨機応変に対応できるほど大人じゃない。
2つめも無理。
女を28年もやってれば、なかったことにしたい出来ごともある。あるが誓って、こういうことは彼氏以外としたことはない。どんな顔して「あたしたち、ヤッちゃった?」なんて言えばいいのだろう。気まずい顔をされたら…。大切な友達と気まずくなるなんて嫌だ。耐えられない。
これ以上悠斗を見ないようにして、ヘッドボード側にある窓に目を向ける。カーテンの隙間から見える空は紫紺色で、新聞を配達しているであろうバイクの音が聞こえる。ああ、今日は良いお天気になりそうだ。ここ2、3日雨が続いたから洗濯機回さないと。それにシーツも。一人暮らしをしていると、どうしてもシーツとか大きいものは休みの日になっちゃうのよね~。
―――よし、ズラかろう。
自宅のシーツの洗濯をすることを決めると、あたしは頭痛と吐き気を根性で飲み込んだ。シーツを洗濯するためには、まず家に帰らないと。
そして、なかったことにしてしまえばいい。
これは単なるハプニング。
洗濯してお風呂に入って、全てを洗い流してしまえばいい。
有希は床に脱ぎ散らかされた下着と服をかき集めた。急げば急ぐほど膝が笑って、体が言うことを聞かない。悠斗が起きたらまずい。
昨日という日を抹消するためにも、早くこの部屋から出なければ……。
それだけを頭に、あたしは後を振り返りもせず鬼気迫る勢いで逃げ出した。