1.私はそんなに弱くないから
あたしは「待つ」という行為が苦手だ。
もっと言うと苦痛である。
待てない女、篠崎 有希26歳。通算、8度目の失恋をしました……。
「………はぁぁっ!
な・に・が、おまえはしっかりしているから大丈夫よっ
な・に・が、おまえは一人でも平気だから、俺なんて……よっ
ふざけんなっっ!!!っていうか、テメェに他に女作ってあたしに責任転換するなっ」
土曜日、19時30分。
休みだったメンバーと勤務を終えたメンバーが、「お疲れ様!!」と乾杯の音頭で杯を触れ合わせた。
園の若手数人が集まって月1回のペースで行っている飲み会。本日の議題は前から問題になっている『巴のスマホ嫌いについて~どうしたら直せるのか~』と先日終わった参観日のお疲れ様会の予定だった。しかし、昨日の夜にあたしが「彼氏に振られた」と怒りのラインを送った為、愚痴会に急遽変更することになった。
「すっごーい!そんな馬鹿男、現実にいるんだ。
そして有希先生も、なんでそんなとこばっかりに行くかな?
本当に、見る目なしですよ。み・る・め・な・し」
「ちょっ、ひろ先生。そんなとどめを刺さなくても…。有希先生、そんな男なんか、こっちからポイですよ、ポイ!!」
今回のメンバーは、園唯一の男性保育士で同期の悠斗、同じクラスの千尋と巴、そして有希の4人である。
バッサリと切り捨てられた有希は、切り捨てた千尋と慰める巴をじろっと一瞥した。千尋の身長は164cmと少し高め。でも真っ直ぐな気性と同じ、長いストレートな黒髪が似合う綺麗系。巴はそれこそあたしが憧れる155cmと女の子らしい身長に、クルリと巻かれた栗色のセミロングが似合う可愛い系。二人とも「彼氏なんて出来たことない」と言っているが、あたしに言わせれば選り好みしているだけ。選り好みしなければすぐに出来るハズだ。
それに比べ、あたしはというと、中学・高校とバレー部だった身長は四捨五入を許さない169cm。可愛いなぁと思う高めのヒールの靴を履けば、男の子の身長を抜かしてしまうなんてこともよくある話で。バレーという団体競技の中で、どっかのキャッチコピーみたいに『勝利・努力・礼節』のスローガンのもと6年間も青春を捧げたおかげで、性格は『上を立て、下を引っ張る』ザ☆体育会系。園では『可愛げって何?イニシャルGだってスリッパがあれば、片づけられますがなにか』な姉御系である。
これまで、少しでも女の子らしく見えるようにと伸ばしていたセミロングだった髪も、なんだか無駄な努力に思えて、午前中に美容室でショートボブまでバッサリ切ってしまった。
「見る目なし……かぁ。千尋先生、先輩に向かって言うわねぇ~」
「だって、オブラートに包んでもしかたがないでしょ。優しさの担当は、別にいるんで。
それで今回の馬鹿男とは、なんで付き合おうと思ったんですか?」
「元彼と付き合ってた理由ねぇ……。
う~ん……、合コンで知り合って、顔がそこそこイケメンだったから?
好みの肉食系っぽかったら?
向こうからアプローチしてきたから?
どう思う巴先生?」
「いや、私に聞かれても…。
えっ、えっと、好きになったからじゃないんですか?」
あぁ、神様。愛読書が少女マンガだとこんなに恋を信じられる乙女でいられるのでしょうか。それなら、今からでも買いに行きます。
巴の斜め45度からの答えに少し癒された気分になりながら、付き合ったいた理由を考える。勿論、好意はあった。あったから付き合おうと言われて嬉しかったし、肉食系と呼ばれる者同士ではあったが、特に喧嘩もなく3ヶ月間楽しかった。
楽しかったのに…、あの男は!!
「自称肉食系男子って言う奴は、落としてヤッたら満足したからわけ?
それとも、過去に8回振られた理由である『可愛げがない』っていうのが敗因なわけ?
ねぇ、悠斗先生。男から見て、あたしってそんなに可愛げがない女?」
「……例えばだけど、ヤッたって言ったり、一杯めから梅酒をロックでいただいちゃってるとこなんじゃない?少し飲んで『酔っちゃった』みたいな女の子に幻想抱いちゃっている男からすれば、ね」
「はぁっ?じゃあ何を注文すればいいのよ?」
「カクテルとかサワー系とか」
「あ、無理!あたしご飯の時に甘い系のお酒って無理なんだよねぇ~」
「有希先生ってそんな感じだよね。
僕は、別に無理しなくてもいいと思う。
今度はそういう所も好きって言ってくれるような相手を見つけなよ」
「悠斗先生~、もぉ好き!愛してる!結婚して」
「いいよ」
いつものあたしの言葉をさらりと流して笑う悠斗先生はあたしより二歳年上の28歳だが、黒髪短髪で大学生に間違われるほど童顔。優しい笑顔と穏やかな低音ボイスが、園のお母様方のハートを鷲掴みにしている。黒縁のおしゃれ眼鏡で、身長はあたしより若干高いが、あたしの倍食べるのに細身。日に焼けていなければ、今流行りの草食系男子にピッタリ当てはまると思う。大学卒の悠斗先生の方が年上ではあるが同期であり、多分給料も同じ。だから男って感じがしなくって、仲は良い。
飲み会は、キツイ仕事だけど低収入と言う苦しい懐事情もわかるから、お互い気を使わないように割り勘にしている。可愛い後輩と女友達のような同僚に時に慰め・励まされ、時に貶され、自然とピッチも上がっていく。
「有希先生?
私たち終電なくなるんで帰ります。本当に、本当に2件目にいくんですか?」
「おぉ!千尋先生~。酔ってないから、大丈夫、大丈夫~。
それより2人とも可愛いんだから、変態に気をつけて夜道を帰るんだよぉ~
ほら、悠斗先生!もう一軒いくよっ」
「はいはい、有希先生。付き合いますよ。
じゃあ、2人とも気をつけてね。危ないと思ったら、タクシーで帰るんだよ」
「はい!」
酔っ払いのテンションで元気に手を上げあう巴と有希の横で、千尋が呆れた顔で悠斗に向く。
「有希先生をお願いします。
……、無事に送り届けてくださいよ?」
「もちろん。ほら、本人も大丈夫と言っているしね」
同じように飲んだのに、悠斗のお母様方をときめかせる優しげな笑顔はいつもと同じで、瞳からも何も読みとることはできない。
千尋は小さくためいきをつくと、酔っ払いの片割れを連れて電車まで急ぐことにした。
だ・る・ま・さ・ん・が・転んだ?
だ・る・ま・さ・ん・も・転んだ?
だ・る・ま・さ・ん・と・転んだ?
ぐるぐると世界が色とりどりにまわる。
さて、転んだのは―――――?