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蒼歴前夜  作者: 深月 涼
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第8話:始まりは人それぞれ 前編


今回は、少年勇者サイドのそれぞれの視点から。

短編小話集です。




◆夢見る巫女姫


 幼い頃より、わたくしは巫女として育てられて来ました。

 母はわたくしを生んで間もなく亡くなり、父はこの世界のただ一人の王としての責務がありましたゆえ、わたくしは幼くして預けられた神殿の女官を家族として育ちました。

 まれに父がわたくしの様子を見に来た時だけが、わたくしと父とのつかの間の家族としての時間だったのです。

 しかし、それも時が経つにつれ次第に少なくなって行きました。

 後に―――あの災厄の起こった日に知りました。

 父の体に、そしてこの世界全体に、恐ろしい異変が起こっていた事を。

 

 あの日は突然にやって来て、全てを変えてしまいました。

 いつもは穏やかな神殿の女官達が恐ろしい顔をしてやって来て、白魔導師のもとに連れて行くと言ったのです。

 

 かつてこの世界では、大きな災厄が幾度も起こりました。

 けれどその度に、人の世の勇者たる人物が立ち上がり、異変を静めていたのです。

 伝説の界渡りの戦士達もまた、そんな勇者達のお話のひとつでした。

 100年以上前に、大悪魔を倒すため異界に渡った戦士達。

 白魔導師は、その彼等と同じ事を、わたくしにさせようとしていたのですわ。


 とにかく時間がありませんでした。

 わたくしの目的は異世界に渡り、渡った先にある世界の人々に、この世界が闇の者の手に落ちた事を知らせ、そしてかの戦士達の子孫を探し出し、恐らく闇の者達が次に侵攻するであろうその世界を救う為、必要とあらば無理やりにでも力を目覚めさせるという事でした。


 父とも最後に会えぬまま、わたくしはひとり、魔法にかけられ眠りにつきました。

 異世界とこの世界を行き来するための魔法、異界渡りの術を掛けられて。

 この魔法は今や、わたくしが使えるたった一つの魔法となっておりますわ。


 どれほど時が経ったでしょう。

 不安で一杯だった私を迎えてくれたのは、かつての戦士達の御子孫の方々で、わたくしの心配は杞憂に終わりました。

 ロボットと呼ばれる、魔物とも人とも違うイキモノが時間を稼ぐ間、わたくしを保護して下さった方々―――魔導商家と呼ばれる人々は、自身の血筋の中から勇者たる方を選び出しました。

 まさかその方が、わたくしと同じ年頃の殿方であったとは予想もつきませんでしたが。

 少々不安になった、といったら勇者―――ダイチは怒るでしょうか?

 でも、さすがに選ばれるだけの事はあるのです。

 白魔導師に教わった通りに魔法を使い、さっそく元の世界へと戻りました。

 そこでダイチは、自身の守護獣となる黒い竜を従えたのです。


 そこからも次々と敵を倒し、対となるわたくしの世界の勇者を覚醒させ、わたくしの守護獣であるサンダーフレアフェニックスを仲間に迎え―――


 こうして、わたくし達は今も戦い続けているのですわ。




◆深淵を覗き続けた少年


 生まれた頃、オレは自分が何者であるかなど考えた事が無かった。

 ただ息を吸い、知識や食餌を与えられ、偶に運動させられていた。

 そこには何の感情も無く、ただただ時間だけが過ぎて行った。

 知識は与えられていたから、自分が“彼等”と違う事は分かっていた。

 暗い部屋で独りきりなのも、特に不自由を感じた事は無かった。

 だからこの先の事や、自分の事について―――例えば自分が何処にいてどんな生活をしているのか、それが明らかに他の人間の生態と違うなどという事は―――考える事も無く、これまで同様、ぼんやりとした思考のまま過ごしていくのだろうと漠然と思っていた。


 俺はどうやら“悪意”とやらの集う組織にいたのだと、そう知ったのは、あいつと出会ってからだ。

 異世界の人間だという俺と同じ生き物は、俺の事を見て酷く驚いた様だった。

 その時は『驚く』という事が分からなくて、ただ何故そのような動作をするのだろうかとぼんやりと思っただけだったが。


 “悪意”は、俺に対して何かを望んだ事は無かった。

 ただ“そこに在る事”だけを強要された。

 俺は暗い部屋で、ただ独り過ごしていただけだった。

 だが、完全に一人だった訳ではない。

 偶に、“ヒトの姿をしたモノ”がやって来たからだ。

 その“モノ”は、俺に対して色々な言葉を発した。

 今思えば、乱暴とも言えるような事も言われていたのだと思う。

 それは彼らが“ヒト”に作られ、“ヒト”に捨てられたり、“ヒト”に失望したからなのだと――――――そう、教えてくれた“モノ”もいた。

 あの場所を離れた今でも、その“モノ”の事だけは覚えている。

 今思えば、いつも少しだけ寂しそうな表情をしていた、あの“モノ”の事だけは。


 俺を連れ出した俺と同じ生き物は、ダイチと名乗った。

 当時の感覚で言えば―――“ソレ”は、俺が話す事のほとんど全てに一々反応し、最終的にはものすごく怒った。……怒りという感情も、その後の生活で覚えたものだが。

 そして―――俺の手を強く引っ張ったのだ。「ここを出るぞ」と、そう言って。

 “悪意”の下を離れる間、あいつはずっと俺の手を離さなかった。

「いきはよいよい、かえりはこわい……てか!?」

 そう言いながら、手に持った剣を振り回し、向かい来るセキュリティシステムの数々を振り切って、ついに俺は“外”へ出た。

 彼が持っていた剣が、『魔導商家』によって作られたオレ専用の召喚器のレプリカであった事を知るのは、もう少し先の話だ。


 初めて実際に見る“外”は、見える場所全てが石と土に覆われていた。

 派手な音と共に黒い竜がやって来て、あいつは俺と共にその背に乗り込んだ。

 何処に行くのかと尋ねれば、『異世界』へ行くのだという。

 その為に仲間の元へと向かうのだと。

 そうしてしばらく飛行する竜に乗ったまま、ぼんやり景色を眺めていたら、行く先に神殿が見えた。

 破壊された神殿。その奥にいたのが彼女―――クルルだった。

「貴方が、対の勇者様ですね」

 そう言って、口の端を持ち上げた。

 

『こちらへと来るぞ!』

 があ、と大きな唸りを上げた竜の言葉通り、周囲は“モノ”で囲まれていた。

 あいつと自身を巫女だという“クルル(ソレ)”は、ぼんやりとその光景を見つめ続けようとする俺を促し、神殿の奥へと向かった。

 奥の方はまだ無事な部分も多かったが、恐らくこのままでは壊れてしまうのだろう、とぼんやり思った。

 光が溢れたのはその時だ。

 気がつけば、目の前に真っ白な“イキモノ”がいた。

『穢れ無き者よ、汝の名を問おう、汝の意思に従おう――――汝の為に、我が力を振るおう』

 ――――――それが、俺と“ユニペガサス”の出会いだった。


 竜と白馬は共に周囲を薙ぎ払い、そのまま俺は、初めて界を渡る事になった。


 何も知らなかったオレは、そこで多くのものを吸収し、ようやく『人間』としての生活を『人間らしく』送る事が出来たのだと思う。

 ダイチの『親』も、見知らぬ他人にすぎないオレやクルルの世話を焼いてくれていて、オレは初めて『守る』『守られる』という事がどういう事なのかを知ったのだった。


 ……そういえば、俺を生んだ人間というのもどこかにはいるのだろうか……?

 だとしたら、今どうしているのだろう……。

 今もどこかで、生きているのだろうか?




◆全てを奪われた王


 気が付いた時には、全てが手遅れとなっていた。


 “ディアス”という名のこの世界では、度々“悪”とされる勢力が台頭し、人々と争い、そして消えて行った。

 その度にこの世界は―――人々は疲弊し、“力”を失っていった。

 かつては異界渡りと呼ばれる技術でもって、“悪”の勢力を駆逐した戦士達もいた様だったが、全ては過去の事。今となってはもはや、夢物語にすぎなかった。

 だからだろうか、“ディアス(この世界)”が意思を持った時、その意思が“悪”に染まっていたのは。


 “悪の意識”はじわじわと世界の全てを侵食し―――全てを飲み込んでいった。

 それは、この私でさえも例外ではなかった。

 あらゆる手を尽くして抵抗しようとしたが、“世界の意思”などという巨大な“意思の力”に人一人の力で抵抗しようなどと、所詮は無駄なあがきにすぎず、あの日、私はその黒き意思に飲み込まれたのだった。


 人の悲鳴、怒号、怨嗟の声。

 忘れる事など出来ない。

 “意思”に組み込まれた仕組みの一つとなっても、私には“自覚”という機能が残されていた。

 見たくないと心のどこかで思っても、自らの手は“意思”に沿うように動く。


 どれほど経っただろうか、私は私自身の手によって、この世界を―――この世界における人間の社会というものを、完膚なきまでに叩き潰し、そして滅ぼしたのだ。

 この世界を手に入れた“意思”は、次の標的に向けて動き出す。

 それは―――かつて何度もディアスから界渡りをしたという世界―――『地球』だった。


 浸食された意識のまま、界を渡る。

 世界という途方もない概念の前には、界の違いなど些細な事でしかない。

 渡った『そこ』は、機械と人が共存する世界だった。


 そこで行う行為は、意思に支配された時からずっと変わらない行為―――ある時は破壊し、ある時には懐柔する。そんな事をずっと繰り返していた。

 そうしている内に、『地球』の勢力の中からも、自主的に賛同する者が現れる様になった。


 “意思”の下に集う者達も随分と増えたある日、久々に前線に出る事となった。

 だが、そこで見たものは。

 ―――何故忘れていたのだろう。何故思い出しもしなかったのだろう。

 私の目の前に立ちはだかったのは、愛しいわが娘―――クルルフィーアであったのだ。


 我が意思は動かない。

 我が意思は従うのみ。

 我が意思は排除せねばならぬ。

 分かっている、分かっているのだ。だがこれは、堪えられぬ!!


 クルルと共に立つ少年達の、強い光を宿した瞳を見たその瞬間(とき)、神聖なる守護獣の1匹、サンダーフレアフェニックスの浄化の炎が我が身を灼いた。



 そうして、私は自身を取り戻す事が出来た。

 やがてこの身が癒えたその時には、クルル、お前とその仲間達と共に戦おう。


 一つだけ―――心残りがあるとすれば―――いや、あの地に残された民草の事も含め、心残りなどいくらでもあるのではあるが―――

 あの“金色の獣”は無事だろうかという事だ。

 私の守護獣―――黄金の獣。

 あの寂しがり屋で臆病な獣は―――一体今、どうしているのだろうか。




◆傷ついた黒い竜


 あヤツに出会ったのは、さほど昔の事では無い。

 だがそれであったとしても、恐らく我が生を終えるまで、あの時の事は忘れはしまい。

 くくっ……それだけ、強烈だったという事だ。


 我ら幻想の生命は古くからディアスに息づき、ある時は人と敵対し、ある時は人と手を組み、そうして長い時を歩んで来た。

 もっとも一部の連中の血統については、古来よりディアスにて息づくもの共とは少々異なるがな。

 あれらが祖霊は創られしもの。

 『創造級(クエストクラス)

 かつてそう呼ばれ、その力と呪われた血筋がゆえに魔神を倒すべく仲間と共に異界へと渡った、とある魔女によって創られた幻想生物であるのよ。

 異世界『地球』にて生み出されたソレらは、『7代目の解放』とやらの折り、一部がこの世界へと流れついたらしい。他はその時点で大人しく世界へ溶けたとか何だとか。よくは知らぬがな。

 そうさな、今近くにおる奴等だと純粋無垢至上主義のユニペガサスだの、高慢でたかびー?……とかいったか、サンダーフレア……ええい面倒だな、とにかくあの偉ッそうなクソったれフェニックスがその手合いだ。

 かつて人の世の王国が栄えておった頃には、国に守護を与える守護獣とやらもいたらしい。

 まあだからこそ、先祖代々ディアス生まれの我なんぞが『勇者』のお守りをしておるというのが滑稽よ。


 あの小童(わっぱ)が『勇者』なんぞやっとると聞いた時には、それは驚いたものだ。

 だってあヤツ、我の事捕まえる気満々でおったのだぞ。


 『悪意』とやらの侵攻が始まってからどれほど経ったか。我や同胞達は皆、世界の行く末を注視しておった。

 むろん戦端の開かれた当初より、人に与する者がおったのも事実。特にあの、創られしもの共の類など、我先にと戦場へ殴り込んで行きおったわ。

 しかし、『悪意』が人の世の王を手中に収めた後、形成は一気に逆転。

 王の娘でもあった『巫女』も時を同じく隠れてしまい、力無き人々は『悪意』によっていずこへと連れ去られ、消えてしまった。

 だが、それで全てが終わった訳ではなかったのだ。

 『悪意』は次の目標に向かい手駒を増やし、自身の障害となる者を排除して行った。

 障害とはすなわち我らの事よ。

 以前より見境なく襲って来る連中ではあったが、主だった抵抗を見せた者の方に気を取られている内はまだ良かった。

 ……我等は、あなどっておったのだろうな。

 “あれ”が最初から全てを滅ぼそうとしていたのだと、そう気が付くのが遅すぎたという事であろうよ。

 疲れという物を知らぬ連中の猛攻に対し、我らは数を減らしながらも何とか生き延びて来た。何年、何十年、いや、何百年という長い間の事よ。

 ある者は自身を封印し、またある者は最後まで勇敢に戦って散って行った。

 終わりなき侵攻に絶望し、寝返るものもあっただろう。その先に何が待ち受けていたかなぞ、我には知る由も無いがな。

 だから我も―――こうなってしまったのは自身の責任、と半ば諦めておったのだ。

 ――――――あヤツの、未来を見つめ、煌めく瞳を見るまではな。


 さほど前の事ではないが、かつて緑あふれる美しい森だった場所に、こそこそと忍んでいたらうっかり見つかった。うむ、あれは我ながら見事な失策であった。

 ダイチの言う、「1匹見つけたら30匹」という言葉の様に、後から後から湧いて出る“ソレ”に辟易しながら逃げ続け―――いやもう、その日のしつこさといったら我がドラゴンで無かったら小1時間持ったかどうかという所であっただろう。

 いかな頑丈な我が身といえど、疲れというモノからは逃げられぬ。

 決して少なくない手傷を負い、墜落する様に地に倒れ伏したその時であった。


「…………すっげ、ドラゴンだ……」

 目を真ん円に見開く、小さな男の童と出会ったのは。

 恐れゆえか、感動ゆえか、童は小さく震えておった。

 だが、次に発した言葉は「お前、傷だらけの我を目の前にして、今言う言葉がそれか」というものだったがな。

 あヤツはな、片腕に装着した召喚器とやらを見せ、こうのたまったのよ。

「大人しく捕獲されるか大人しく契約するか、どっちがいい?」

 とな。

 ついでに聞こえた「討伐はダメだよな、絶対」という言葉、我は死んでも忘れんぞ。

 

 こうして、我は勇者ダイチと契約し、かの者を守護する事となった。

 少々残念な事に、ダイチの住まう異世界『地球』では、我等が存在出来るだけの魔力が足りておらんのでな、条件にもよるが基本的に話をする事が出来んのよ。

 あヤツのする話は面白い。何せこの世界に無い物の話が多いからな。

 はようこちらへ来ぬものだろうか……。

 まあ次にこちらに来るとしたら、その時は『悪意』との直接対決の時だろうが……。

 それに僅かばかり前の時の事、異界であって異界で無い場所にダイチがいた事もあったな。……あそこならばもしや、話が通じる事もあるのではないか?

 おいナビィ、そこら辺はどうなのだ?おい、返事をしろナビィ。









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