第2話:少年達による勇者家業 前編
あれから、しばらくの時が流れた。
丘の上に人がいるとは聞いたものの、周囲は相変わらず静かで、変化はあまり感じられない。
ただ、その丘の上の住人の1人である氷魚だけは時折見かけるようになり、そのたびに布面積の少ない服装と派手なリアクションで少年達をからかって行くので、不本意ながら彼等も少しは慣れた様だった。
それは地面から陽炎が立ち上るほどに暑い、ある真夏の真昼の事。
少年と少女達は大人達からの連絡を受け、指定された場所へ急ぐべく、勢いよく玄関の扉を開けた。
「急ぐぞロスト、クルル!」
「はいですわ!」
「ああ!」
指定された場所というのは自宅からそう遠くない公園だったが、遊びに行くには彼等の目は真剣過ぎた。
まるで、これから何かの試験や試合でも始まるかの様に。
だが、それは後方から聞こえて来た、大きな音によって掻き消されてしまった。
何があったと振り返る彼等の視線の先には、丘の上の大きな家。
その真下にあるガレージのシャッターが、ガラガラと大きな音を立てて開いて行くのが見えた。
「よし、行くぜ!」
「準備は良い?皆!」
「氷魚がまだ来てねーぜ」
「あいつなら良いよ、大丈夫だって」
「エンジンすったーと!」
誰かの言ったスタートの声に合わせて、車庫の中にあった車がぶるるんぶるるんと時代錯誤なうなり声をあげる。
排気ガスを吐き出す車、しかも屋根の無いオープンカーなんて、もうとっくに絶滅したと思っていたのに。
教科書でしか見た覚えのない妙にバカでかい“それ”に、大地は開いた口がふさがらない。
ふと横を見ると、友人2人も似た様な顔をしていた。
多分、その理由は自分とは違うものだろうけど。
車にはどうやら何人かの男女が乗っている様だった。
話には聞いていたけど、本当にあの家に住んでいるんだなあ、と妙な関心をする。
だって、しばらく前に引っ越して来たと言われても全然自分は気付かなかった。
それ位にあの家は静かだったのだ。
まあ、自分のやクルルの場合、学校に通っていたという事もあるのかもしれなかったが。
それにしたって、あの家がこんなに賑やかなのは初めて見た。
大地は、ぼーっとその様子を見ていた。
ぱっぱー
これまたレトロを通り越して化石化するほどに聞き慣れないチープなクラクションが辺りに響き渡り、ようやく大地は、はっと目を覚ます。
ガレージの入り口はこちらを向いている。
つまり車はこちらに向かって来るだろう。
このままでは自分達が轢かれてしまうと思い、大地はいまだにボケっと突っ立っている残りの2人を引っ張った。
「ほら、ぼやぼやすんなって。ひかれるぞ」
「あっ、そ、そうですわね」
「ああ、すまん」
ようやく2人も気付いたようだ。
と同時に坂の上から「いくぞー」と大きな声が聞こえた。
ぶるん、とひときわ大きなエンジン音の後に、ガレージから車が飛び出る。
それとほぼ時を同じくして―――
「ちょっとまってー!」
人影が宙を舞った。
ガレージの上から柵に手を付き、両足を横に浮かせ、そのまま真下へと落下する。
その光景に子供達は息を飲んだ。
しかしその人影―――氷魚はあっさり後部座席に着地する。がり、とかいう音が聞こえた気がしたが大丈夫だろうか?
車は氷魚を受け止め、そのままの速度で止まる事なく走り出して行ってしまった。
氷魚や同乗者が、口をあんぐり開けたままの少年達にちらりと視線を送って来た様な気がしたのは気のせいだったろうか?
「今のは、氷魚殿……か?」
「父上」
「……義兄上」
いつの間にか、クルルの父グリフィリオスが家の中から出て来ていた。
あのうるさい音に、何事かと見に来たらしかった。
「それよりお前たち」
「「「あっ」」」
今のインパクトで、自分達が何の為に出て来たのかをすっかり忘れ去っていた少年達であった。
「うわ、もう出てる!」
「しまった。やはり遅かったか」
「とにかく一掃してしまいましょう」
「おう」「ああ」
彼等が公園に辿り着くと、そこはもう地球上の生物ではありえない生き物……魔物達が徘徊している恐ろしい場所と化していた。
そう広くない公園の中心部には、魔物を吐き出す原因……異世界との繋がりである濃い霧の発生している場所があった。
よく見れば、霧は徐々にその大きさを広げている様だ。
見た所意思の通じそうな者はおらず今は何かを探す様にうろうろしているが、早くどうにかしなければ確実に人が犠牲になってしまうだろう。
大地は腕に固定した召喚器―――ビジョン・アームに触れ、いつものように起動させる。
すでに何度も戦闘を経験した今となっては、この程度の事、造作も無い。
相方のロストもすでに愛剣に魔力を流し込み終わり、準備は整っている様だ。
「ではお2人とも、よろしくお願いいたしますわ」
「がってん!」「承知」
巫女クルルの合図によって、2人の勇者はそれぞれ別方向へと飛び出した。
「暗黒竜エンドラゴン、召喚!」
「白矢の天馬、ユニペガサス召喚」
2人の掛け声に合わせ、周囲の空間がゆがみ、異界の門と同じように濃い霧が現れたと思うとその中から異形の生物が現れた。
大地の目の前には闇色の大きな竜が。
ロストの前には純白の体に同じ色の翼と角を持つペガサスが。
それぞれすでに臨戦態勢である。
確認するまでも無かった。
「GO!」「ゆけ」
2人の合図で被召喚生物達は、目の前をうろつく魔物を片っ端から齧り、跳ね飛ばし、漆黒の炎で焼き、突き刺し轢いては消し飛ばして行く。
少年達が戦闘に嫌悪感を抱かずに済んでいるのは、ひとえに魔物達が“向こう側”からわざわざ“こちら側”に来ているからに他ならない。
彼等を構成する物質にあたるもの……それはかつて“向こう側”には溢れるほどに存在していたという―――魔力。
それは、当然この世界―――この星、地球という場所では望むべくもなかった。
だが彼等はそれを、この世界にある別のもので代用する事によって実体化する。
電気、電流。この世界を巡る電子の流れは、彼等によって支配されつつあった。
それゆえ、魔物達が死ぬ―――もとより破壊するだけしか設定されていない、意思の無い人形の様なものではあったが―――それらがこの世界より消滅する際には、少年達には理解出来ない様な数式らしきものの断片や、おびただしい光の粒となって消えていくのだ。
「やはり数が多いな」
流れる汗を袖口で拭い、ロストがぽつりとそう言った。
いつの間にか周囲を囲まれ、子供達は背中を庇い合うように立っていた。
敵の周りでは、召喚された魔物達が何とか主人の元へと駆けつけようと奮闘しているが、いかんせん狭い中にひしめく数が多すぎた。
「さっきの“あれ”のせいだ。くっそー、あとでねーちゃんに請求してやる!」
出がけのショックで時間をロスしたと大地が憤慨すると、ロストは呆れた様な視線を相棒に寄越した。
「……何を請求するつもりだ、お前」
「え?そーだなー、アイスとか?あー、甘いもん食いてー!ついでに冷たいの!」
暑さの余り、自分の要求を盛大に吐き出した大地に、クルルがまじめにやれと怒った。
「もう、しっかりしてくださいまし!」
「わりぃわりぃ。けど、これだけの量を2人でさばくのはやっぱ厳しいな」
「……お父様も心配してらしたですわ。……不がい無いとも」
救出されたは良いが、敵の首魁に体を乗っ取られた元異世界の国王はそれ相応に肉体や精神にダメージを負っていた為、現在療養中の名の下に戦闘行為を禁じられている。
現在娘や義兄弟という名の被保護者とともにいられるのは、医師や関係上層部による日常生活が何とかできると判断されたがゆえのものであり、また、せっかく揃った家族なのだから一緒にいたいだろうという甘い裁定があったからだ。
そして彼等はその事をちゃんと理解していたので、少女の言葉にすぐに反論する。
「義兄上は仕方ないと思う」
「そうだよ本調子じゃねーんだし。参戦はちゃんと体調が万全に戻ってからのお楽しみ、って事にしておくぜ」
その言葉にほっとし、また勇気づけられた巫女姫は、ついに最終手段に出る。
「そうですわね。ならば、お父さまには無様な姿、見せられませんね。……召喚、永遠の朱き炎、サンダーフレアフェニックス!!」
甲高い声が、周囲に響いた。
「派手にやってくれるぜ、まったく」
「一撃か、相変わらずだな」
「あの、その……申し訳ありません」
魔物達を一掃した燃え盛る炎の鳥は、今は大人しくクルルの隣に立っていた。
呆れた様な他の仲魔達の視線も、どこ吹く風、といった感じで羽根繕いなどしている。
「いいっていいって、おかげで助かったんだからな」
「ああ、その通りだ……む、何か来るぞ」
ロストが何かに気付くと同時に、魔物達も雰囲気を変える。
警戒態勢に入ったのだ。
見れば、異界からの門……あの不自然に密集した濃い霧の中から、何かが出てこようとしているように見受けられた。
そしてそれは、1人の女性の姿を取った。
「やっぱりアンタたちだったのね?毎度毎度邪魔してくれちゃって」
ビキニの様に面積の少ない棘付きの鎧を身に纏う美女。
しかし、普段なら顔を赤らめていた少年達―――特に大地―――は、今日に限って大人しい―――というか、冷めた目線だ。
「何よあんた達、その目は」
「ねーちゃんさ、恥ずかしくないの?その歳でそのカッコ」
「なっ!?」
呆れた様な大地のその言葉に、予想外の攻撃を受けたかの様にのけぞる美女。
「なんですってえ!?このクソガキ!」
「だってそうだろ?お・ば・さ・ん。そういうのはさ、もっと若い人がするもんだぜ?」
「むっきー!!」
「……こういうのを何と言ったか……ああそうだ、これが『ていれべる』というものか?」
大地と美女の不毛なやり取りに、ロストの天然発言が割って入った。
当然だが、美女の機嫌は急降下……どころか血管が切れそうなほどにヒートアップしている。……まあ彼女の場合、血管は存在しないのだが。
「あんた達2人とも、この世から完全に抹殺してあげるわ!感謝する事ね!」
「出来るもんならやってみな!大体そんな露出度、氷魚ねーちゃんで見慣れてんだよ!」
「………」
ただ1人、敵幹部の美女とおなじ性別だったクルルだけがこのノリについて行けていなかったのは、果たして不幸中の幸い……と言っていいのかどうなのか。
かくして、
「この『ギルメディア』様に盛大に喧嘩売った事、後悔しながらあの世へ行くんだね!」
「その喧嘩、かったあああ!!」
「相手にとって不足は無い。行くぞ」
元『情報統括プログラム・メディア』改め、異世界の悪意、その基幹第3幹部『ギルメディア』との戦闘の火ぶたは、切って落とされた。