第1話:少年と姉
今回は主役級人物紹介のみ。
夏の暑い日差しの中、とある住宅街の坂の途中、賑やかに話し込む同い年くらいの少年少女がいた。
「とりあえず出て来たはいいけど、どっか行くか?」
「ロスト君はにぎやかな場所は不なれでしょう?公園などいかがですか?」
「……別に、俺はかまわない」
3人の子供達の中でも、色素の薄い少し大人しそうな少年が静かに言った。
その髪色は時折光の加減か、鮮やかなライトグリーンの色を反射している様にも見え、彼の異国風の顔立ちも相まって、繊細ささえ漂う独特の空気を作り出していた
「公園て言ってもちょっと歩くんだよなー。坂の上の公園がつぶされる前だったら絶対そっち行くんだけど……」
困った様に頭をガシガシかきながら、一番元気そうな少年が言う。
短髪の黒髪にはっきりとした意思を宿した黒い瞳。典型的な日本人と言えるだろう。
一方、ただ一人の女の子―――大人しい方の少年と同じく異国風の顔立ちだが、その表情はキツめで生真面目そうな少年とは違い、穏やかと言う言葉が似合うものだ。やや波打った柔らかそうな髪が特徴で、その髪は時折桃色の光を煌かせる―――も残念そうな表情で溜息をついた。
「大きなお家が建ってしまいましたものね」
坂の上を見ればそこには純和風建築―――――というか、どちらかといえば田舎の農家にでもありそうな家が建っていた。
坂の上からさらに階段を使って上がる家は、ここからでは塀の上の方と屋根くらいしか見えなかったが。
階段下にはガレージが設置されている様である。
「……あそこはさー―――……まあいいか、とりあえず―――……」
元気な筈の少年が、言いにくそうに何かを言おうとして、ふと坂の下から誰かが来るのに気が付いた。
首筋で切り揃えられた黒髪の女性。その手にはいまどき見かけない様なレトロな小さなレジ袋。
中身はどうやら缶らしい。いくつか入っている様だ。
カウボーイハットを被り、タンクトップにホットパンツという少年達にはやや目の毒になりそうな格好をした背の高い女性は、進路に少年達がいる事に気付いた様で、惜しげもなく晒したむっちりした太ももと、その先に続くすらりとした足に履いていたヒールサンダルのカツカツいう歩調を、少しだけゆるめた。
「……あれ」
何か考える様に、少年達と彼等が出て来たであろう家を交互に見やる。
標識を確認してから元気な方の少年を見て――――――女性はいきなり抱きついた。
「もしかしてアンタ大地!?何しばらく見ないうちにでっかくなっちゃって!うわーひさしぶりーげんきー!?」
「うわあああああああっ!?」
豊かな胸にいきなり抱きこまれ、突然の事に呼吸困難に陥りかけた少年に構う事無く、女性はそのままわしゃわしゃと少年の頭をかき混ぜる。
「随分さっぱりした頭してんじゃない!もしやお年頃かあー!?」
「もがっ、もががっ!!」
あはははは、と笑う女性に圧倒され、取り残された少年と少女はその光景をぽかんと見詰めているだけだった。
「いいかげんにしろよー!」
とうとう黒髪の少年―――大地が悲鳴を上げた。
「ああごーめん、ごめん」
「笑いごとじゃねーよちくしょー!こっちは苦しかったんだからなー!」
食ってかかる大地に対し、女性の方はけらけらと笑うばかりだ。
そうこうしている内に、家の中から誰か出て来た。
「どうした?何かあったか?」
ライトブルーの光が目に入る。
背が高くてしっかりした体つきの大人の男性。
どうやら家先で騒いでいたら保護者の方が出て来た様だ。
「ああ、済みません。私この先の家の者なんですが、こちらの―――大地君と友達だったもので」
「ともだちぃ!?」
「あ、ひっどいなー。小さい頃散々一緒に遊んだじゃない」
「姉ちゃんが、オレで、遊んだんだろうがっ!!」
「そうだっけー?」
「そうだよっ、オレ逃げてただろ!?」
「ああそうだったんだ?ぜんっぜん気付かなかったわ」
ごっめーんね☆と全然謝って無い声音で言うのものだから、大地がますます熱くなった。
「あの、ダイチ、その方は大地の姉上さまなのですか?」
立ち直ったもののまだ戸惑っている様子の少女が恐る恐る大地に問う。
「……むかし近所に住んでいたんだよ」
ぶっきらぼうに言ったその言葉に、女性が苦笑する。
「改めまして、水村氷魚です。先月この坂の上にある家に引っ越して来ました。昔も同じ家で暮らしてて、大地の家とはその頃付き合いがあったんですよ」
大地の肩に触れながら脇に寄せ、保護者と思しき男性に向けて挨拶する。
それから少年達に向けて「よろしくね」と笑顔を見せた。
「まさか本気でねーちゃん帰って来てるとは思わなかったぜ」
「ちゃんと引っ越しそばも持ってったんだよ?たまたまちょうどアンタいなかった時でさ」
「うるせーな、……子供だっていろいろ忙しいんだよ」
そっぽ向いた大地の頬をニヤニヤしながら氷魚がつつく。
「なるほど、知り合いという訳か」
その様子を見て、得心が行ったとばかりに男性が頷いた。
「ええとそれで……大地のお家のご親戚の方……ではないですよね?もしかしてホームステイとかですか?」
「……」
その質問には質問者以外の全員が顔を見合わせた。
顔立ちは、3人ともややほりが深いとでもいおうか。
髪色も、染めているにしてもあまり見た事の無い髪色であるし、少なくともどう見たところで3人が典型的な日本人の顔をした大地とは血縁関係がありそうには見えなかった。
だからこその質問だと言うのは分かるのだが。
「まあ、……そんなところだ」
結局、男性がやや濁した形で返答すると、
「そうでしたか。……こんなご時世ですが、ぜひ滞在を楽しんで行って下さいね」
「……ああ」
氷魚は特に触れる事無くそう言った。
「良かったら名前教えてくれないかな」
男性から視線を外し、氷魚はまだ名乗っていない少年達に向け、ややかがむ様に視線を合わせてそう言った。
「あの、クルルフィーアと申します。どうぞクルルとお呼び下さい」
「うんうん、クルルちゃんね。しっかりしてる子じゃない」
にこにこと頷いた後、大地に向かってからかうように言うと、大地がたじろいだように「なんだよ」と小声で言い返す。
「それで?そっちの君は?」
「……ロスト」
「ロスト君?」
「……ああ」
「そっか、よろしくね」
にっこり笑って右手を差し出すと、ロストはどうして良いのか分らないらしく戸惑った。
「ばっか、こういう時は握手するんだよ、こうやって」
大地がロストの右手を引いて氷魚の手と重ねる様にした。
その手はそのまま氷魚の手に包まれる。
「……あねうえ?」
どこかぼんやりした表情でそんな事を言って氷魚を見つめたので、男性は「ロスト」とたしなめるも、
「うんまあいいよ」
氷魚はあっさりそう言った。
ただ、その時彼女の浮かべた非対称の表情は、どこか苦い物を含んでいたのだが。
「わたくしも!」と言ったクルルの言葉に顔を向けた時には、すでにその苦い物はキレイさっぱり無くなっていた。
「で、お父様は?」
「ああ、私の名はグリフィリオスと言う」
「グリフィリオス……さん。お子さん達と同じでちょっと変わったお名前ですね」
言い慣れない名前に氷魚が少し首を傾げた。
一方グリフィリオスの方はいささか引っかかる部分があった様だ。
「いや、正確には彼にとっては父では無い」
「え、そうなんですか?」
ロストを指し示すグリフィリオスに、氷魚が驚いた声を上げた。
「私の子供はここにいるクルルだけだ」
「ああ、そうなんですか。……うーん、クルルちゃんはお母さん似かなー?」
「あの、……母は……」
「え、あれ、ごめん地雷?」
氷魚は微妙な空気に戸惑い大地に視線を送るが、大地は呆れた様子で見返すだけだった。
「この子の母は早くに亡くなっている」
「あー、済みません、ホント申し訳ない」
さっきまでの快活そうな雰囲気が消え、焦った様にぺこぺこと謝る。
……と、どこからかブブー、というビープ音が聞こえて来た。
「あ、しまった忘れてた。うわビールすっかり温くなっちゃったよ」
「昼間っから酒かよねーちゃん」
手提げを覗く氷魚に、大地が呆れたように声をかける。
「うるさい、大人にはこういう癒しが必要な事もあるの!」
まるで年齢差を感じさせない返答をし、氷魚はグリフィリオスに向かってぺこりとお辞儀をした。
「それじゃ、今日はこの辺で失礼します。よかったらいつでも遊びに来て下さい」
「いいのか?」「いいの?」
グリフィリオスと大地の言葉が重なった。
「構わないよ。きっと皆も歓迎すると思うし」
「みんな?」
首を傾げる大地に氷魚が笑う。
「会社やってるんだ、うちの家で。メンバー全員子供好きだから喜ぶと思うよ。庭も広いから何やっても良いし」
「姉ちゃんが会社!?」
「もうこれでももう19だよ、少年」
「その歳で会社、とは」
驚きを隠せない様子の4人に、苦笑する氷魚。
「ゲーム開発やってるんですよ。ドルフィンキックって知らないかな」
その言葉には大地が食いついた。
「ドルフィン!?ウソだろ!?ねーちゃんが!?」
「あはっは、じゃあそろそろ行かないと本気で怒られるから、またねー」
ひらひらと手を振って坂の上を登り始めた氷魚に、キラキラした眼差しを注ぐ大地。
先程まで呆れたり冷たい視線を送っていたのが嘘の様だ。
話題に付いていけなかった2人の友人が大地をつつく。
「姉上の言う『どるふぃん』とやらはそんなにすごいのか?」
「あの、おねえさまは一体何をされている方なんでしょう?」
その2人の言葉に勢い良く振り向く大地。
「ばっか、ドルフィンキックっつったら“こんな状態の世界”の中で、唯一まともなモニターゲーム作ってる会社だぞ!お前ら知っとけよ!これくらい俺たちの年代じゃ常識だかんな!」
「あ、ああ。……すまない」
「まあ……」
だが、その勢いについていけなくて、返事は幾分ぼんやりしたものになってしまう。
その傍らで、
「そうか、氷魚殿は“あの”電脳世界相手に今も戦っている戦士であったのだな」
グリフィリオスは、彼女の背を目で追いながらそう呟いた。
氷魚殿の外見はミス・オ○ル サンデーを想定。