第16話:ある旅人の話
夢くらい見たっていいじゃないですか……。
異変が起こったのはそのすぐ後。
ぶるぶると、王を振り返った金の獅子がその体を震わせ始めたのである。
「レオン?」
「どうしたんだ?」
「様子がおかしいですわ」
子供らも攻撃の手を休ませいぶかしむ。
『……ちっ』
一方、大よそのところを把握したヴォイジャーは、顔をしかめ、舌打ちした。
「レオン」
優しく響く低い声が、金の獣に呼び掛ける。
「どうした?レオン」
『…………なさ……』
「え?」
問い返したのは誰だったか。
それほどまでに唐突であった。
『……めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!!』
壊れたように繰り返す金獅子に、誰もが戸惑った。
だが、その戸惑いは驚愕へと変わる。
「わあ」
「まあ」
「これは……」
状況も忘れ、思わず感嘆の声を上げたのは子供達。
金色の粒子が獅子から放たれ、揺らめきながら天井に向かって立ち上って行く。
焦ったのは、事態を正確に把握した大人組だった。
『何を考えている、グレートレオンカイザー!!』
「よせ、止めろレオン!!」
『ああもう、何考えてんのよ!!』
『止めさせなきゃ!』
大人たちの動揺に、少年達もこれが異変だという事に気づく。
「えっ、なに!?何が起こってるんだよ!」
「何かまずいのですか!?」
「まさか……」
いち早く気付いたのはロストだった。
「消滅しようとしているのか!?」
その言葉に大地とクルルもはっとする。
この状況、光の色こそ美しい金色だが、魔物やプログラム兵が倒れて消えゆく時と同じではないか、と。
『止めろグレートレオンカイザー!!』
「レオン!!」
周囲の言葉も聞かず、獣を取り巻く金色はさらに密度を増やして行く。
『ボクは……ボクは……許されない……』
『馬鹿ね!自責は状況を考えてからにしなさいよ!』
誰の言葉も届かない、皆がそう感じた。
『いたしかたない……か』
苦渋の決断。
ヴォイジャーはあの金の円盤を掲げると、立ち昇っていた金色は円盤に吸収されるように消えて行き、ついにそこには何もなくなってしまった。
「ヴォイジャー……」
『誤解するな。自分はまだ諦めた訳では無い』
大地のもの言いたげな視線を避けるように、彼はディスクをちらりと見、そうして改めて敵対を宣言する。
『これが“最期”だとしても、自分にはまだ、果たさねばならない使命があるのだ』
そう、決意を吐き出して。
決着はすぐにつくかと思われた。
押し寄せてきていた機械兵士たちはいつの間にか姿を消し、ヴォイジャーはただ一人、孤独な戦いを強いられていたのだから。
金色の獣が使い物にならなくなった今、彼は自身の力のみで勇者の使役する守護獣4体と渡り合わなければならない。
だがヴォイジャーは、なかなか膝を折ろうとはしなかった。
傷つき、体の各所から火花を散らしながらも、視線だけはまっすぐに相対する勇者の子供らを見詰める。
その姿を見ていた子供らのほうが、返って委縮してしまっている程だ。
大地など、戸惑うあまりに攻撃指示が遅れがちで、先ほどからエンドラゴンに『手ぬるい!今が好機なのだぞ!』などと逆に説教を食らいかける始末である。
痛ましそうに見やるクルルや、あのロストでさえも戸惑うばかり。
唯一氷魚の指令を受けたケツァーだけが、瀕死と言っても差し支えなさそうなほどのヴォイジャーの隙を突いて、今や無意味となったこの戦場を離脱しようと試みるが……王と蛇、どちらの攻撃も凌ぎ、逃すまいと必ず前へと出て来る為、それも叶わずにいた。
「もう、もういいだろ、こんなのおかしい、おかしいよ!」
あまりの悲壮さに、ついに大地が悲鳴を上げた。
だが、ヴォイジャーは。
『例え燃料が切れ、自身が動けなくなったとしてもッ、自分はまだ死なぬ!死んでなど、いないのだ……ッ!!』
「そんなっ!」
大地ももう理解していた。
このままヴォイジャーと戦い続け、たとえ滅ぼしたとしても、彼らには何も手に入るものはないのだと。
ただ無為に時間が過ぎ去って行くだけなのだと。
ただの敵だと思っていた、立ちはだかる障害だと思っていたのに、今のヴォイジャーからは無視できない程の信念が……人間である大地にすら共感できてしまうほどの強烈な信念が感じられ、大地は自分の気持ちを上手くコントロール出来ないでいた。
「何がお前をそうまでさせる、ヴォイジャー」
進み出たのは王。
剣を構えはするが、その意図するところは、これ以上守護獣による攻撃をさせないため、だ。
すでに片腕は動かず、関節部分からは火花が散る。
それでも、ヴォイジャーは真っ直ぐに前を向いた。
『認めん』
「何?」
『絶対に認めん』
その強い意志に封じ込められた歪な感情に、気付いたのは果たして誰か。
『自分は、“ゴミくずなどではないのだ――――――ッ!!』
カッ、と周囲に閃光が走る。
「止まれヴォイジャー!」
「ヴォイジャー、もうやめろよーーーッ!!」
恐らくは、何がしかの侵入強制起動による起爆狙いだったのだろう。
だが、今のヴォイジャーでは負荷がかかりすぎる。
『お前に何がわかる!捨てられた、忘れられた人工衛星の“気持ち”など!!ならばせめて、せめて使命だけでも果たし、自分は、自分の存在意義を果たす!!』
ヴォイジャーが抱いていたのは、絶望にも似た不安。
人に創られ送り出された。だがコンタクトは途絶え、やがて見捨てられた事を知る。
託された金の円盤も『相手』に届けられるか分からない。……可能性は、限りなく低い。
だが。
『ヴォイジャー、貴方はもう、自分がどうするべきか知っているんじゃないの?』
語りかけたのは氷魚。
『その円盤は、かつて私達の先祖が託したもの、そうでしょ?』
その言葉に、ヴォイジャーは顔を上げた。
『その金の円盤には地球のありとあらゆる音が録音されている。生物の鳴き声、自然の作りだす環境の音、そして人のもたらす音楽と……伝言。“私達”が今ここに生きているという証明。貴方はそれを、“他の誰か”に送り届ける役目があったのね』
「そんなっ……そんなのっ」
大地はもう半泣きだ。
かつて大望を抱いて宇宙へと飛び立った、小さな人工衛星。
人が生きるには長い時間が過ぎ去り、その目的も、いや存在すらも、送り出した当人達は忘れ去ってしまっていた。
ましてや、その後に続く子供達ならば……。
『役目を果たすべき相手は、今目の前にいるわ。そうでしょ?』
静かに諭す氷魚の声が辺りに響いた。
「そうだよっ、いるじゃん、目の前に!!」
大地が希望を見出したかのように、少しだけ濡れてしまった瞳をきらめかせた。
『それともこれは、“新しい体”をくれた“意思”に背くからダメなの?』
「そりゃ、忘れちゃって探しもしなかった俺達も悪かったけどさ、だからって、何もそんなになるまで頑張らなくてもいいだろ。それとも、そこまでするほど俺達の事恨んでる訳?」
ナビィと大地の言葉に、ヴォイジャーは静かに構えを解いた。
『……いや、もう自分は……』
動けなくなるのも時間の問題。それは誰の目にも明らかだった。
静かになった戦場には、誰が駆け付ける様子もない。
“意思”は恐らく、彼を見殺しにするつもりだろう。
役に立たないと判断し、切り捨てたのかもしれなかった。
『王よ』
静かに、静かに旅人は語りかけた。
『これを』
旅人が差し出したのは、先ほどの金の円盤。
そこには今、たくさんの命が生きている証明と共に、金色の獅子が眠っている筈だった。
『もはやこれは、必要ないものかもしれないが……王よ、じぶんは、あなたにこれをわたすためだけに、ここまで――――――』
再生される自然音、そして、たくさんの言語の『こんにちは』
今この場には多くの音が満ち溢れ、だが静寂もまた満ちていた。
『……じぶんは、にんげんをにくんでいたのでもうらんでいたのでもない・・・・・・ただ、かなしかっただけなのだ』
ジジ、と言葉にノイズが走る。
もう持たないのかもしれない。
先ほどの言葉に続くのは、もしかしたら今の言葉だったのかもしれなかった。
元から、人に対しての恨みつらみがある様には見えなかったのだ。
どこか無理をして、自身の憎しみの感情を心の奥底から捻り出している様に見えたのだから。
「今更ながら聞くが、何故今までこれを?」
『わたすだけならば、そうだな、すぐにできたことだ』
ゆっくりとひざを折ったヴォイジャーは、近づいてきたホログラフのナビィに向かってゆるゆると首を振った。
何か手助けをしようとして、ヴォイジャーが断ったのだろう。
『だが、あのころのアナタは……』
「そうだな。それを渡されたところですぐに処分してしまっていただろう」
王が苦い表情をした。
『ただわたすだけではイミガないのだ。……ジブンがしたかったのは、ニンゲンノ、そんざいショウメイ……ナノだから』
ノイズが酷くなる。
だが、誰も彼を止めようとはしなかった。
恐らくは、“最期”だから。
『グレーとレオンカイザーハ、王が堕チたのをしり、テアタリしだいにしゅういをナキナがらこわしてさまよっていた。きんのディスクにおさまったのは、オソラクぐうぜんダ』
『果たしてそうかなあ』
ヴォイジャーに異を唱えたのはナビィである。
『うーん、さっきちょっとだけ『彼』の心の中を覗いたけど、きっと偶然なんかじゃないと思うわよ』
『ドウイウ、コトダ?』
『貴方に巡り合って、きっと同調しちゃったんだと思う。お互い、悲しかったでしょう?方や主人がいなくなって悲しい、方や主人に見捨てられて悲しい。この“子”は辛い、悲しいって感情には敏感なのよ。……多分だけど』
「さびしがり屋だったからな……。独りでいるよりは、似たような感情を抱いていたお前と一緒にいたかったのだろうよ」
長く付き合ってきた王にそう言われ、ヴォイジャーは口の端に笑みを浮かべた。
『でぃあすのタミは、このさき25ブロックのカクしツウロのおくにイる。ろすと、おまえのおやモ、そこニ』
最初、何を言われているのか誰もが分からなかった。
『いっただろう、ひとをうらんではいない、と』
それが、最期となった。
――――――こうして、ロストの親を含め、異世界ディアスの民の生き残りがいる事を示唆し、使命を果たす事が出来たヴォイジャーは、静かに、静かに、動作を完全に停止させた。
せめて架空の話でくらいは、ね……。
ヴォイジャーお疲れ様。
それと、どうでもいい方の話。
『グレートレオンry』は勇者ロボっぽい名前を……と思ったらこうなりました(笑)
変身(変形?)は……どうでしょう?
元ネタは分かりやすく、オズの魔法使いの臆病ライオンです。




