第13話:事情説明 前編
王が目覚めた時、すでに氷魚は目を覚ましていた。
召喚器に腰かけ、鳥居から羽織る物を肩に掛けられ、さらに天馬からは何か飲み物を受け取っている氷魚の顔色は、最後に見たときより格段に良くなっているようで、彼は人知れず息を吐いた。
「あ、気付かれましたか?」
「ああ……戻って来れたのだな」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
苦笑する氷魚の表情と言葉にどこか距離感を感じ、王は落ち着かない気分になった。
「いや……顔色も悪くなさそうだな」
「はい、おかげさまで。みんなのおかげです」
カップを両手で持ったまま氷魚がはにかむと、周囲から(主に野郎共の)手が伸びてきて氷魚の頭をぐしゃぐしゃにする。
気心が知れている分、こういった直球の感謝はやはり照れ臭いのだろう。
「ぐっさんも大丈夫か?気分は?体調は?」
真剣だったあの時の表情はすっかり消え失せ、いつも通りの豪放磊落な姿のリュウヤがそこにはいた。
王はその言葉に、自身の手を握ったり開いたりして感触を確かめ――――――
「いや、特に問題は無さそうだな」
次に静かに立ち上がり、やはり感覚を確かめた後、氷魚の元へと足を進めた。
「無事で何よりだ」
「……ありがとうございます」
あの混沌の中で衰弱したのだろうか、氷魚の言葉にはいつもの元気が無いように見受けられた。
「子供達は?」
肩かけを羽織り、まるで病人のような氷魚から視線をそらした王は、周囲をぐるりと見回す。
潜る前に散々心配して騒いでいた彼らの姿は、一体どこへ行ったのだろうか。
「心配無いぜ、氷魚が目を覚ましてから家に帰したからな」
『ちゃんと大人の人に迎えに来てもらったから大丈夫!』
突如現れたナビィにも驚く様子を見せず、王はただ「そうか」と言っただけだった。
「それで、事情というのはどうするのだ?」
子供達がいない今、おそらく詳しい話など話しても意味が無いのだろう。
当人としては、聞きたいのは山々であったのだが。
だが、そんな気分は次の言葉で吹っ飛んで行ってしまった。
「あんま時間の感覚ねーかもだけど、外は今、夜だぜ」
「何!?」
肩をすくめたリュウヤのセリフに、さすがの王も絶句する。
「1日仕事になっちまったから、事情の説明は明日でいいかなって話してたんだ」
「僕らにも休息は必要だしね」
ツバサと天馬の言葉や表情には、隠しきれない疲労がにじんでいた。
それを見てとった王は「遅くまですまない」と素直に頭を下げようとし―――
「ああ、いいのいいの!こっちが巻き込んだんだから!」
『そうだよそうだよ!ほんとはもっとスマートにできればよかったんだろうけどさ、迷惑掛けてごめんなさい!』
逆に鳥居やナビィの方から、申し訳なさそうに謝られてしまった。
「ま、ここにいりゃ、そう簡単には面倒な連中には見つからんだろ」
リュウヤがカシカシと後頭部を掻きながら思案すると、その言葉に若衆達は各々頷いた。
彼らの表情がどことなく気が抜けているのを見、今夜はこれ以上の襲撃や事件は無いと見ていいだろうと王は判断する。
「また明日、ここに来てもらえますか?」
氷魚の真剣な瞳に、王は諾を返した。
翌日、大地達の帰宅を待ち、彼らは再び地下の秘密基地へと集合した。
「さて、じゃあ事情説明と行こうか」
そう言って、集まった子供達やグリフィリオスに視線を合わせた氷魚は、先日のしおらしさがウソだったかの様に、いつもの闊達さを取り戻していた。
一方子供らは、何を言われるのかと全員が緊張している。
あのグリフィリオスも、これから聞く内容が内容の為、真剣な表情だ。
だが……、
「とはいっても大したことじゃない。私達は全員魔道商家の血族で、事情も全部知ってるってだけだからね」
これには全員が脱力した。
「うわ、ばっさりカット」
と、ツバサがあきれた声を出せば、
「うん、見事なまでに省略しきったね」
と、天馬がお見事!と言わんばかりに深く頷いた。
「姉ちゃん……」
一方、地を這うような声を出したのは大地である。
「もっとこう、くわしく!」
ジェスチャー付きで放たれたその言葉に、ロストとクルルも同調するように何度も頷いたものだ。
「ま、今氷魚が言った通り、俺達は魔導商家の一員で、ものすごーく広い意味で言えば、ぐっさん達とも血が繋がっている事になるな。……例えば俺は、かつて炎の国の王族だった者の血を引いているし、鳥居も血縁的には割と俺に近い」
最初に口を開いたのは、リュウヤ。
「それならボクは雷の国かな。もっとも、僕らの始祖がこの世界に根をおろしてから随分経つから、血はかなり混ざり合ってしまったけどね」
そう言ったのは天馬。
「私は水の国らしいよ」
氷魚はひどくあっさりだった。
ただその表情はどこか硬い。
もしかしたら、あまり触れて欲しくないのかもしれなかった。
「そして俺が、現在まで至る魔導商家の総元締め、光砂一族本家の息子……って訳だ」
最後にツバサが、代を継ぐのは俺じゃないけどな、と肩をすくめた。
「お前も俺の家と同じ家系だろ?大地」
「う、うん……」
戸惑う様に大地がおずおずと頷く。
「まあ!そうでしたの?」
びっくりしたのはクルルだ。
「知らなかったのか?」
ロストが問うと、クルルは素直に頷く。
「ええ、……そういうお話はされませんでしたよね?」
「……俺だってそんな、詳しい事情なんかしらねーよ。おんなじ名字って珍しいなって思ってたくらいだったし……」
「魔導商家は、二人にはその話をしなかったのか?」
そう問うたのはグリフィリオス。
「うん」
「そうですわね……」
考え込む二人の頭を、ツバサが撫でた。
「大地は俺の家と同じ家系だが、かなり離れた血縁だ。だから、っていうのもあって、あえて話す必要は無いと思ったんだよ。それに、誰が勇者であろうと、やらなきゃならない事は変わらない」
「だな。それに、ここにいる連中は皆多かれ少なかれ、魔導商家本家とは少し距離を置いているからな」
リュウヤが後を引き継いだ。
「それは、どういう?」
グリフィリオスが怪訝な顔をした。
子供達も似たような表情だ。
「うーん、どこから話すのがいいかな?」
「氷魚の家族の事じゃない?」
「ああ、そっか」
天馬や鳥居が顔を見合わせ、方針が決まると氷魚が語りだした。
「元々、この召喚器と呼ばれる物を研究していたのは、私の両親だったんだよ」
「えっ?そうなのか!?」
「そうだったのか……」
「まあ、それは知りませんでしたわ」
「元々この世界に伝わる……といっても既に大本は失われて文献に残るだけだけど、それを再現しようとしたのがうちの両親。ただそれも、あまり上手くはいっていなかったようだけどね」
そこで少し言葉を区切って苦笑する。
「この世界は、俺達の始祖がやって来た当時に比べて、魔素……エーテルだとかエレメントだとか言われる類の、魔力、魔法の元になる様な物が少なくなっていたからな」
「水村の家と雷都の家は、昔から協力して文献を管理したり研究を重ねたりしていたんだよ。……まあ、たまに行きすぎる事もあったみたいだけど」
そっと天馬が顔をそらした。
「んで、そうこうしている内に――――――例の『アレ』がやって来たっつーか、侵略を始めた訳だ」
「仮称『悪意』は、自分達の行動を阻害する物として『召喚器』に携わる氷魚の両親を殺害。実際には手足となる影の様なモノに襲わせて殺させている。……王様も見ただろ?氷魚の記憶の中で」
「ああ。……“あれ”がその時の記憶というものか」
深い深い水底に揺れる2つの影。折れた首の幼な子。
あれが、あの光景が一番深い場所にあったという事は、氷魚は今でもその時の事に傷つき、囚われ続けているのだろうと王は思った。
「そしてその際、自身を傷つけ消滅させる可能性を有する者――――――いわゆる『勇者』を―――その可能性をもつ者を抹消した」
「え」
リュウヤがあえて感情を込めずに言ったそのセリフに、大地は眼を瞬かせた。
「どちらが先か、どちらを優先していたのかは分からない。だが、こうして水村の―――氷魚の家は壊滅した。彼女一人を残すという形で」
「ちょ、ちょっと待ってよ!勇者って、“勇者”ってまさか!?」
話を続けようとしたツバサをさえぎり、大地が叫ぶ。
「氷魚姉ちゃんの弟って、まさか……!!」
「ああ。氷魚の亡くなった弟は、そのまま生きていれば、大地、お前と同じ“対の勇者の片割れ”になっていたはずなんだ」
単なる説明回の筈が妙に長く……。
ぐぬぬ。




