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蒼歴前夜  作者: 深月 涼
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第12話:氷魚の記憶と白昼夢

 それからすぐに、一同は氷魚の家まで戻って来る事となった。

 駆けつけようとしたが巻き込まれかけ、退避せざるを得なかった大地の両親や魔道導商家の見届け役とも合流し、彼らの乗って来た車に乗せてもらう事になった。

 若衆は自身の車に乗り込む者と、意識を失ったままの氷魚に付き添う者達の二手に分かれる事になり、人員の関係上見届け役とグリフィリオスは、ツバサと天馬と共に若衆の乗って来たオンボロオープンカーに乗り込んだ。

「本当に救急搬送は必要無いんだな?」

「意識が無いだけだからな。とはいえ、余り時間は無いが」

「急ごう!」

「出すぞ」

 見届け役と2人の短いやり取りの後、車は走り出し、すぐにスピードに乗った。

「状況がイマイチ分らないのだが、氷魚殿は無事なのだな?」

 グリフィリオスが戸惑いがちに尋ねた。

「ああ。今は意識を失っているだけで、特に重大な損傷とかを身体に受けた訳じゃない」

 前席(フロント)に座った天馬が後方席のグリフィリオスを振り返ってそう言う。

 その表情に深刻な影は見えなかったので、グリフィリオスは少し胸をなで下ろした。

「ただ、安全の確保出来ていない領域での緊急ダイブだったせいで、“ちょっと”無茶をしただけだ。けど、このまま時間が経てば意識が戻るって訳でもない。……ぐっさんには少し手伝ってもらう様かもしれないな……」

 最後の言葉は小さく、それでいてやけに真剣身を帯びていた。


「何があったのか聞いてもいいのか?」

「後で詳しく説明することになると思うけど、まあ簡単にいえば襲われた、かな。前にも言ったと思うけど、ボクらの敵は異世界の怪物とかじゃない。普通の人間だ」

「それだけに、タチが悪いとも言えるけどな」

 天馬の言葉にツバサが嫌そうな顔をした。

「まずは、氷魚を叩き起こさなきゃ。詳しい話はそれから。それでいい?」

 仲間がこんな状態だ、くどくどと長話をする気にもなれないだろう。

 それに、詳しい説明を聞くならこの様な場で済ませるべきではない。

 グリフィリオスは重々しく頷いた。


 氷魚の家に取って返した一同は、両親や見届け役と別れ、そのまま秘密基地へ直行し、ダイブ装置へと氷魚を寝かせた。

 そのまま各種機材を氷魚の体に取り付けて行く。

「また、ダイブですの……?」

「潜った後に戻ってこないのに、また機械に繋ぐのか……?」

「氷魚ねーちゃん、だいじょうぶなのかよ」

 ダイブして意識を失った氷魚を見詰めながら、子供達が不安な声で大人達に問いかけた。

「大丈夫だ。こいつは氷魚専用の特別仕様だからな」

「召喚器:スリープボックスXXX。こいつを使って、今から氷魚の意識を取り戻す」

 力強く頷いたリュウヤに、子供達は驚きの声を上げた。

「これが……!?」

「あのダイブシステムの装置が、まさか召喚器だったなんて!」

「じゃああの蛇、やっぱ氷魚ねーちゃんの……!?」

 子供達の説明を求める視線に、天馬は首を横に振った。

「悪いけど、詳しい話はもう少しだけ待って」

「車の中でも話したけれど、今は緊急事態なの。突発で“潜った”せいで、電脳空間に移行した氷魚の“心”は、人の脳では処理しきれないほど溢れ返った情報と、空間中に蔓延る悪意によって攻撃され、疲弊している。だから今回の様な、何の準備もしていない状況からのダイブは、もって3分が限度。……下手をすれば、このまま“戻って来れなく”なる」

 眠る氷魚を見詰め、作業を続ける鳥居の声は真剣だった。

 その言葉に少年らは息をのむ。

「今回は直前に外部ネットワークとの接続を切っているが、自身の内側に深く深く潜ったまま自力では帰れない状態だ。誰かが救い(掬い)出す必要がある。そこで、頼みがあるんだが」

 そこでリュウヤが、グリフィリオスを見た。

「……俺か?」


「ぐっさんは、こいつら『勇者』と同じ、『召喚器』を操って魔力だなんだって不思議な物にも左右されない強い心―――精神力の持ち主である『適合者』だ。……そうだろ?」

「本来ならば貴方も、専用の『召喚器』を持って彼らと共に悪意に立ち向かう、そんな使命を持っているんじゃないのかい?」

「……やはり、何か知っている様だな。……商家の関係か?」

 リュウヤ、天馬の言葉に、グリフィリオスの視線が鋭いものになった。

「そんなところさ。で、肝心なのは、そういう強い心を持った人間にしか氷魚は救えないって事なんだ」

「?」

 ツバサの言葉は抽象的で、グリフィリオスはイマイチぴんと来なかった様だ。

「今からこの召喚器スリープボックスと、こっちの一般人用のスリープボックスダイブマシンを繋げて、氷魚の心の中にダイブしてもらおうって事なのさ」

 っし、完成!と天馬が額の汗をぬぐう動作をしながら振り向いた。

「準備できたか」

「うん、オッケーだよ」

「ナビィ、分ってるわね」

『バッチリ任せて!』

 少年達やグリフィリオスを置いて、準備は着々と進んでいる様だ。

「人の心の中ってのは複雑怪奇で、しかも案外攻撃的で排他的だ。それは氷魚の中も変わらない。だから助けに行く役は、氷魚の事をよく知っている人物で、かつまだ彼女の心の中に直接入った事の無い―――抗体反応の起きない人が望ましかったんだ」

「本当はね、ぐっさんより仲の良い――――――心の距離が近いって言うのかな、そういう関係の彼ら―――お子さん達の方が相性はいいんだけどね、でもやっぱりある程度危険を伴うもんだからさ」

「危険なのかっ!?」

 天馬の説明に大地が喰い付いた。

「氷魚もダイブする相手もそれなりに、な」

「はいはい、見学者は下がった下がった」

「静かにしててくれよ、でないと追い出すぞ」

 本来なら、救出(サルベージ)に必要なグリフィリオスだけをこの秘密基地に呼べば良かったのだが、それでも子供達を中に入れたのは、外で不安がらせたまま待たせるよりは、という若衆なりの気遣いだったのだ。


「ぐっさん!氷魚ねーちゃん、絶対ぜったい頼むなっ!!」

「お父様、お気をつけてくださいませ。そして、氷魚姉さまをよろしくお願いいたしますわ!」

「義兄上……頼む……っ」

「ああ、もちろんだ。彼女は絶対に連れて戻ろう。……必ず」

 子供達の必死の声にグリフィリオスは頷き、安心させる様、彼らの頭を順番に撫でた。

「さっきも少し言ったが、同じダイブでも、理解しやすい様に整地された電脳空間とは違い、人の心の中は複雑で混沌としている。今回必要の無い、具体的かつ個人的な情報の分野には干渉できない様設定はするが、見た事がある物、聞いた事がある物、あるいは氷魚自身に惑わされない様気をつけて、ただひたすら最奥を目指せ」

 慌ただしく氷魚の隣のダイブマシンに横にならされ、各種器具を取り付けられて行く。

 リュウヤの忠告を最後に、グリフィリオスは初めて、電子化され可視化された人の心の中へと没入した。



 ごぼりと気泡が上へと昇って行く。

 ゆらゆらと定まらない、不安定な景色。

 まるで水の中から景色を眺めている様で、ああ、だから(・・・)潜る(ダイブ)というのだ、と王は思った。

 薄い様な厚い様な、柔らかい様な固い壁の向こうで、誰かが何かを話しているのが見える。

 はっきりとしない映像に、何を言っているのかはっきりとは聞き取れない音声。

 小さく切り取られた映像があるかと思えば、視界を覆い尽くし下が見えないほどの巨大な映像が写し出されたりもする。

 自身のいるこちら側には何も無く、ただ水に漂ったまま沈んで行く感覚があるだけなのに、やけに不安になった。

 そのとたん、何かが一気に押し寄せて来て、一瞬息が詰まる。

 ごほり、と口の中から気泡が溢れ、一気に上へと昇って行く。

 干渉出来る情報は精査されているはずだが、それでも混沌とした―――混乱しそうなほどの情報の渦。

 『溺れる』と王は思った。

 なるほど、いくら親しくても、これは子供には厳しいかもしれない。

 自身の意思を、意識をはっきり持たねば、この救出作戦は失敗するだろう。

 直前に言われたリュウヤの言葉を、今更ながら実地で理解した。


『―――あんな―――嫌よ』

『何故―――気味が悪い―――』

『一緒に―――くれた方が―――』

『いくら金があったとしても――――――』

 薄壁一枚隔てる感覚で見えるのは、恐らく氷魚の過去の記憶―――の映像だろう。

 断片的に漏れ聞こえてくる音楽と誰かの声は、当時の状況を知らない王にとっては判別が不可能に近い物だった。

『近寄ら―――』

『面倒―――』

『だったら―――!!』

 だが、壁の向こうから伝わる感情は、あまり良い物とはいえない様だ。

 誰かが誰かと言い争う光景が浮かぶ。……何度も、何度も。

 深く潜るにつれ、それは頻繁に現れた。 

『――――どうして!!』

 悲痛な叫び、悲しみ、怒り―――そんな感情の渦が、壁を越えてやって来る。

 激しい感情と情報の渦に巻き込まれると、壁のこちら側でさえ、まるで嵐の海の中の様に荒れ狂い、翻弄されそうになった。

 時折ちらりと氷魚らしき人影が視界を横切る。

 だがそれに意識をやってしまうと、とたんに何か―――恐らく処理しきれないほどの情報―――の渦が襲ってくる。

 王はただ、最下層だけを目指した。



 ふと気がつけば、しんと静まり返った明るい場所にいた。

 足元には白い砂。周囲の空間は闇。

「ここが、『底』……か?」

 まるで深海の海底を思わせるその場所を見回せば、ぽつりと明りの灯った場所があった。

 時折揺らぐ視界の中、難破した船を思わせるその場所は、近寄ってみれば一軒の家――――――氷魚の、家だ。


 表へと回り、玄関に手をかけると、不意に視界がぶれた。

「ッ!?」

 思わず目を擦り、もう一度きちんとしようと目を開けば、そこはもう玄関では無く家の中だった。

「……居間、か?」

 きょろきょろと周囲を見回してしまったが、特に何も―――

「……っ!?」

 息を、呑んだのは、まるでそれに現実味が無かったからだ。

 不意に視界に飛び込んできたのは、暗い室内とは対照的な、開けた縁側から見える季節の花に彩られた明るい夏の庭。

 そして――――――


 ヒトの形をした影の様なナニカと、その伸ばされたウデに首をつかまれた、幼子、だった。


 首はとうに折れている。

 今更の救出は無理だ。

 だが、これは……。


「無駄だよ」

 庭へ出て、ナニカに駆け寄ろうとしたその足は止められた。

 いつの間にか隣に現れた少女の声によって。

「これは過去の記憶、過去の幻影……白昼夢みたいなものだから」

「…………氷魚、殿……か?」

「そうだよ、“おうさま”」

 少女が、こちらを見上げた。

 歳は10代前半頃だろうか。

 白いワンピースに2つに結ったおさげ。

 健康的な露出の多い今の彼女とは少し雰囲気が違うが、よく見ればその眼鼻立ちに面影が合った。


 気がつけば、縁側のすぐそばまで来ていたはずの体は、いつの間にか室内にまで戻されていた。

 自分の意志の利かない現象に、氷魚の言う“白昼夢”の言葉の意味を知る。

 まるで、悪夢を見ている様だった。

 先ほどまでいた縁側には、気がつけばナニカ黒い影がゆっくりと揺れている。


 ぎぃ


 ……ぎぃ


 2つの音が揺れている。



 そう、音、が……




「両親は死んだの。皆は弟が殺されて発狂したって言ってるけど、違うの」



「殺されたのよ。弟と同じヤツらに」



 振り返った氷魚は、ぎり、とこちらにも見えるほどはっきりと歯を食いしばっていた。

 その瞳は、今まで彼女が見せなかった感情―――憎しみに彩られ――――――







 そうして、最後に大きく、景色が揺れた。













少し短いですが、キリがいいので今回はこの辺で。

説明回は次回です。




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