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蒼歴前夜  作者: 深月 涼
12/17

第11話:緊急事態




いよいよ本格的に始動です。



 それは夏季休暇も終了し、大地が“転校生”クルルフィーアとロストを伴い、学校に復学した矢先のとある日曜。

 地方の湾岸にある貨物港付近にて、現実拡張雲(リアル・クラウト)が発生したとの連絡が入った。

 少年達は、商家関係者である大人達の運転する車に乗せられ、現場へと急行する。

 その中には大地の両親や、クルルの父グリフィリオスも同乗していた。

 果たして波の寄せる船着き場に立っていたのは、一人の精悍な若者だった。

 周囲に立ち込める魔の霧のせいで、どこか妖しげな雰囲気さえ漂わせるその青年は、少年達を見―――主にロストの方に視線を向け、少しだけ痛ましそうな表情を見せた。

「そうか、君は、いや君“も”、感情を手に入れたんだね」

「どういう……?……いや、お前は……あの時の……」

 いつか、『悪意』によって閉じ込められていた彼の目の前に、何度か姿を見せた青年。

 意思を持つ機械の仲間でありながら、珍しく否定的な感情をぶつけて来なかった物静かな人物だったので、ロストの記憶にも残っていたのだ。

 そして彼は、その後ろに彼らを守るように立つ偉丈夫―――グリフィリオスを見ると、やや驚いた表情をした。

「……お前か……。ついにお前まで前線に出てくる様になったのだな」

 見知った顔の様で、グリフィリオス自身も複雑そうな表情をした。

「貴方が抜け、ギルメディアも失われた。残るは、自分だけだ」

 こつり、こつり。

 それは、とても静かな歩みだった。

「つまり、お前を倒せばこのバカげた戦争も終わるって訳だな!」

 大地が召喚器を構えてそう言い放つ。

「大地、一番肝心なのが残っているぞ」

「分ってるよ、けど、これで残るは大将ただ一人って事だ!」

「フッ、実際に手を合わせる前から、もう勝ったつもりか」

「うるせー!こっちにはこの世界を守るって使命があるんだ!負けてなんて、らんねーんだよ!」

 冷笑する青年に大地が吼え、そのまま召喚器を作動させた。

「いでよっ!暗黒竜エンドラゴン、召喚!」

「まったく、だが……。来たれ白矢(びゃくや)の天馬、ユニペガサス、召喚」

 大地に合わせてロストも守護獣を召喚する。

「“最期に”お名前をうかがっても?」

 さいご、という言葉の響きを正確に聞き取って、青年はくつり、と笑った。

「自分の名は、“ヴォイジャー”だ」

「そうですの。わたくしはディアスの巫女姫。巫女姫クルルフィーアですわ。……お覚悟を。永遠の朱き炎、サンダーフレアフェニックス、召喚!」

 巫女姫の強い言葉に応え、赤き炎の鳥が(いかずち)を伴って舞い降りる。

 それを見ながら青年は、ぽつりと寂しそうに呟いた。

「やはり“今の”子供らに私の名は―――“その名の意味”は、届かないのだな」



 こうして、彼等は戦闘を開始した。

 だが、今まで少なくない戦闘経験を積んできたはずの彼らでさえ、ヴォイジャーにはかなわない。

「くそっ、何やってんだよエンドラゴン!」

「大地、エンドラゴンにあたるな」

「けどよっ!!」

 エンドラゴンの吐き出す、魔力のこもった闇色の火球は強力だ。

 だがその分、素早い動きをする敵に対しては、対応しきれない部分がどうしても出てきてしまう。

 元々ドラゴンはいうほど早くは動けないのだから余計に、だ。

 なかなか攻撃を当てられず、召喚主の大地はイライラしている。

 その守護獣のエンドラゴンも、大地のイライラが移ったかのように……あるいはイライラしている大地にさらにイライラして……ただでさえ当たらない攻撃が、だんだん大雑把になって行っている様だった。

「大地!」

「落ち着け大地!」

 子供らを守る盾として残ったグリフィリオスと、対の勇者であるロストが声をかけるが、大地には聞こえていない様だ。

 ヴォイジャーは喚く様に指示を出す大地には目もくれず、その守護獣の繰り出す攻撃も、ろくに視線も送らず回避だけし、逆に無茶をする対をなだめるロストに向けてこう言い放った。

「今まで閉じ込められていただけの籠の中の鳥であった君に、この自分が負ける要素は、0がいくつあっても足りないほどに少ない」

 ユニペガサスは素早さが売りの獣だ。だがその分、どうしても直線的な攻撃になりがちだった。

 彼は早々とそれを見破ると、わざと紙一重でかわす様になっていたのである。

 ―――まるで児戯の様に。

「そんな事はっ、俺に経験が足らんという事は、分りすぎるほどに分っている!!」

 痛い所を突かれ、ロストもまた冷静さを失ってゆく。

「では、これならばどうでしょう」

 クルルが指示をすると背後から炎の鳥が飛び出し、目の前に勢いよく炎の壁が立ち塞がった。

「……これはさすがにマズイ、か。……凍える空間にいようが有害なエネルギーを浴びようが構造上耐えうる仕様ではあるが、高温はあまり得意ではないのでな」

 身軽に後方に飛び去ったヴォイジャーは、近くに積まれたコンテナの上で腕組みをし、少年達を睥睨する。

「この程度か?」

「言ったな!?てっめー!!」

「止せ大地!」

「挑発に乗るな、落ち着け!」

「ダイチ!」

「……では、こちらからも行こう」

 ヴォイジャーの呟きに応える様に、ぐらりと周囲の貨物用大型クレーンが蠢いた。

 仲間達の制止を振り切って、大地がなりふり構わずさらなる攻撃を繰り出そうとした――――――その時だ。



 ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃりりりりりるるるるるっ!!!



 ドリフトをかましながら、戦場となったこの場に1台の車が乱入してきたのは。



「なっ!?」

「何だ!?」

「いけません!」

「危ない!!」

「避けろ!」

 各々緊急事態と判断し、手を止め警戒に当たる。

 ヴォイジャーと子供らとで囲う円のちょうど真ん中に、その見覚えのあるオンボロオープンカーは止まった。

 衝撃で伏せていた車の乗員達が怖々顔を上げ、周囲をきょろきょろと見回せば、衝撃で固まった大地と目が合った。

「氷魚、ねーちゃん……?」

「え?大地?」

「まさか、戦闘中だったのか?」

「うわ、バッドタイミング」

 ツバサの呟きに、天馬が頭を抱えた。

「お前らいったん引け。そしてここから逃げろ」

 いつになく貫禄ある風体で、“その場にいた全員”に向かいそう言い放ったのはリュウヤ。

 リュウヤのその言葉に、巻き込まれ、主導権を握られた形となったヴォイジャーが顔をしかめる。

「どういう事だ。そもそも貴様は何者だ」

「話している時間は無いの。急がないと、“あいつ等”がここに―――」

 焦った様な鳥居の言葉は、結局最後まで言えず――――――


 ばりばりばりばりっっッダダダダダダダダッッ


「皆伏せてっ!!“守護獣達”皆を守って!!」

 何故その存在を知っているのか。

 彼らが氷魚の言葉を考える暇も有らばこそ。

 耳をつんざく激しい音が周囲に響き渡り、そして―――


 きゅるるるるるっっ


 先ほどの氷魚達よりは、よほど小さな音で無駄の無い華麗なドリフトを決め、もう一台車がこの場に現れた。

 驚く少年らの目の前で、すべての窓が完全にスモークされた黒塗りの車から降りて来たのは、黒服に黒眼鏡の男達。そしてその手には――――――

「銃!?」

 ヤバい!と大地が悲鳴を上げた。

 先ほどのつんざく音は、この銃が乱射されたせいなのか。

 見れば、コンテナや周囲の地面には銃弾の当たったらしき痕跡。

 誰にも怪我人が出ていないという事は、威嚇のつもりだったのだろうとは思うが、それでも訳の分らない魔物や機械と戦うよりもっと分かり易い死を連想させる恐怖に、さしもの大地も青ざめる。

 後方からバタバタと音が聞こえるのは、現場からやや離れた場所で戦況を見守っていた大地の両親と、商家の関係者だろうか。

「どういう事だ!?」

「何が起こっている」

 向けられた銃口を前にして、ヴォイジャーとグリフィリオスが若衆に詰め寄った。

「わりぃ」

 リュウヤが短く謝罪する。

 その言葉には、だいぶ苦みが混じっていた。

「巻き込んでごめんな」

「さーて、どうするかなー」

 子供達にやさしく謝るツバサと、黒服を見据えて睨みつける天馬。

「氷魚……っ」

「……うん。こうなったら、『使う』よ」

 鳥居の呼びかけに、氷魚が何かを決意した。

「事情は後から必ず説明するから、今は黙って待ってて」

 不安そうな子供達、そして状況を見ているグリフィリオスに背を向ける。

 まるで庇うように。

 そうして、若き戦士達は顔を見合わせ頷き合った。


「ポーダブルシーケンスプログラム発動!」

「召喚器:スリープボックスXXX、リンク開始!」

「ダイブシステム始動!連携開始!」

「氷魚!行け!!」

 仲間達がそれぞれに自身の端末を操作し、周囲に半透明のモニタがパタパタと展開して行く。

 そうして、氷魚が自らの頭上に高く掲げた腕を交差させ、その手首を―――手首に装着した起動装置の部分を強くぶつけ合った。


「召喚器:スリープボックス・ポータブル、ダイブ・イン!!」


 ばちん、という音と共に火花が散り、そうして――――――氷魚はその場に崩れ落ちた。

「姉ちゃん!?」「氷魚姉さま!」「姉上っ!」

 子供たちの悲鳴を背に、氷魚は鳥居に支えられながらも何とか前を向いた。

 その目はまっすぐ前を向いている様で、“この世界では無いもの”を見ていた。

 瞳に薄っすらかかる緑水色の光の線。それは氷魚の瞳の中で様々に姿を変える。

 時に数値の羅列であり、図形であり、あるいは現在の状況そのものだった。

「もって3分。行くわよ」

 氷魚のその言葉に、仲間達が全員一斉に頷いた。


「召喚器、だと……?まさか……」

「くっ、バカな、ここで新たな召喚者が現れるとは……!」

 氷魚の発した『召喚器』の言葉に反応したのはヴォイジャーであり、グリフィリオスでもあった。

 ヴォイジャーは自身の敵となりうる力を持った若者たちに近づこうとするが、


 だららららららっっ!!

 がこぉっ、ぎいん、ぎいいん!!


 黒服達が容赦無くこちらにも銃口を向け実弾を飛ばし、氷魚本人も若衆達に囲まれているこの状況ではは手も出せない。

 近場にあったクレーンやトラックを操作し、自身の身を守るのが精いっぱいだった。

『氷魚!』

「ナビィ!分ってるわね!」

 意世界の怪物をこちらへと呼び寄せる霧―――現実拡張雲(リアル・クラウト)はいまだ健在。

 ナビィは、ダイブシステムで電脳空間へと強制没入した氷魚を“辿って”現実世界へとやって来たのだった。

『ぽやっとしてないで手伝いなさいよ、ぐず、のろま!わからんちん!!ヴォイジャーの事はいったん置いておいて、あの黒服を追い返すか閉じ込めるかしないと、子供も“王様”も危ないわよ!!』

 ナビィのその言葉に、守護獣達の様子が明らかに変化した。

 乱射を続ける黒服の前に黒竜が現れ視界を塞ぐ。

 あるいは一角天馬が縦横無尽に駆け回り、相手の邪魔をする。

 時には突進でヴォイジャーの操るトラックの進路を変え、子供達を守る場面もあった。

 炎の鳥は銃弾を焼き落とし、銃口に向けて雷を放つ。

 こうして黒服達は、次第に追い詰められて行っているように見えた。

 だが。

「氷魚っ」

「氷魚、しっかりして!」

 時間が経つにつれ、氷魚の様子は刻々と変化して行く。

 苦しそうにもがき、地面や喉をひっかく姿が見られた。

 ……まるで、深い水の中で溺れているかの様に。

「いかんっ!」

 隙をついた黒服の一人が、まっすぐにその銃口を氷魚へと向けた。

 子供らの後ろで見守っていたグリフィリオスが、前へ出ようとしたその時。


 ぐらりと、クレーンが揺れた。

「ヴォイジャー!?」

 はっとしてロストが彼を見やるが、彼もまた、異変をきたしていた。

「っく、……は」

 苦しげに胸を抑えるヴォイジャーに、子供らは何が何だか分からない。

 彼では無いのだろうか。無いのなら、一体……?

 子供達の見つめる目の前で、彼は苦々しげにこう言った。

「ギルメディアを浸食したのは、これか……!!」


 周囲の機械を操り黒服を追い詰めていたのは氷魚であった。

 同じ手口……というか、無作為に手近にある機器物への侵入に巻き込まれたボイジャーが顔をゆがめる。

 ギルメディアの時とは違い、その姿に揺らぎは無い。

 なぜなら彼は元々実体(ボディ)を持っているからだ。

 『悪意』の元で人としての姿を手に入れたのは、ひとえに彼の本体が、速度は出せても細かな移動行動に適さなかったからなのだが。


 そうこうしている内に、溺れるような仕草を繰り返す氷魚が、ついにがふりと何かを吐き出す仕草をし始めた。

「姉ちゃん、姉ちゃん!!」

 げへげへと苦しそうな氷魚に、大地が半泣きで叫ぶ。

「だ、いじょぶ、もうすこし、まって……かならず、まも……っが、はっ、っく、ぐっ、は、ぁっ」

「姉さま!?」「姉上!!」

 叫ぶ事しか出来ないと心のどこかで理解していても、思わず前に出てしまう子供達を、グリフィリオスがしっかりと肩を掴んで押し留める。

 その目は真剣に、目の前の光景を見詰めていた。

「氷魚っ」

 時計を見ていた天馬が鋭く名を呼ぶ。

 その呼びかけに、氷魚は一度ぐっと唇を固く引き結んだ。そして――――

「―――守護獣・ナーガラジャ―――改め『南米産蛇神(ケツァルコアトル)(インフィニティ)』」

 カッ、と閃光が迸り、氷魚の背後からむくむくと巨大な影が立ち昇った。

 影はやがて纏う霧の中からその姿を現し―――

「シャアアアアアアアア」

 かつておどろおどろしい紫の巨大な怪物だった“ソレ”の(からだ)は、今や美しい碧と白の鱗に覆われ、一対の真白き翼を大きく広げ、巨大な口を開き、2本の大きな牙を見せつけながら咆哮を上げた。

 その姿はまさに神話の蛇神そのもので―――

「喰らい、つくせ……っ」

 息も絶え絶えな召喚者氷魚の言うがままに、大きく口を開いた巨大な蛇神は、目の前にいた敵に―――黒服もヴォイジャーも関係なしに―――襲いかかって行く。

「くっ、ナーガがバージョンアップされている、だと!?そんな事が……!」

 身軽な動作でコンテナの間をタンッ、タンッ、と移動して行く。

 一方逃げ切れなかった黒服達は、弾き飛ばされ、あさっての方向へと飛んで行ってしまった。

 さすがに子供のいる前で、飲み込む様な残虐な真似は控えたらしい。

「しゃあああああ」

「……さすがにこれ以上は無理の様だな」

 蛇神と睨み合うヴォイジャーは、表情一つ変える事無くそれだけを言い残し、不意にその場から消え去った。

 そうして、気づけばいつの間にか、あの霧の塊も消えていた。


 全てが終わるまで、3分ジャスト。

 蛇神が蹴散らしたのを見届けた氷魚は、鳥居に完全に体重を預ける形でもたれかかりながらも、くらくらする意識を懸命に繋ぎ止めていたのだが、

「後、まかせた。ごめん、引き上げ(サルベージし)て―――……」

 それだけを言い残し、ついに意識を失った。




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