第10話:それはまるで、ごくありふれた日常風景の様で
「なあ、今って何作ってんだ?」
それは、ふと覚えた興味だった。
ここ最近の彼等は地上階での作業をしている事が多い。
それは遊びに来てくれる少年達の相手をするという意味でもあるし、地下でしか出来ない様な……あの“ダイブシステム”なるものの作業が中断している事も意味していた。
ならば新しいゲームでも作っているのかと、大地は考えたのだ。
「ん~、ナ・イ・ショ」
「いいじゃん、もったいぶらずに教えろよ~」
秘密~と人差し指を口に当てた天馬に、なあ、なあ、遊ばせろ、と大地がちゃぶ台を揺らす。
微笑ましい物を見る様な目をした天馬は「ウチのリーダーが良いって言ったらな」と、優しく頭を撫でた。
「聞いても良いのか?」
そう問い返したのはロストである。
「ん~、別に構わねーぜ?」
あっさり言ってのけたのはリュウヤだった。
件の質問を真正面からぶつけてみた所、久しぶりに少年達は秘密基地へと招かれた。
「これを、“着る”のですか?」
「そうだよ?」
びら、っと広げて見せたそれは、いくつかの掌に収まる程度の小型の機械に、配線を取り付けた奇妙な物体。
クルルが興味深そうにつついてみる。どうやら触れた程度では反応しない様だ。
「一昔……いや4、5昔位前に一時期流行った、ウェアラブルコンピュータの一種だよ」
「それ分かりにくいけど、多分100年単位で昔だよね?」
「いやあ~?そこまで昔でも無いんじゃないかな~?」
ツバサが苦笑しながら教えてくれたが、その内容に胡乱な眼で大地が見やる。
けらけら笑いながら訂正したのは天馬だ。
「まあ、端末があればある程度は事足りるんだけどさ。今必要としている容量や動作に間に合わなくって。下手に高性能な物作ると、今だと途端に意思持ったりもするしね~」
「かといって手を抜くのもな」
色々と問題なんだよ、とツバサと天馬は2人して頷き合う。
面倒臭そうに見えたのは気のせいだろうか。
だが、少年達にあれこれ聞かれると嬉々として解説に回る辺り、楽しんでやっている部分もあるのだろう。
「何かあった時の為に、外でも秘密基地の機能が使えないかと思ってね」
試しに装着してみると言って、カチャカチャやりながらそう言ったのは氷魚だ。
「何か、とは?」
「何かだよ」
首を傾げたロストに、リュウヤはそれだけしか言わず、にや~っと嫌な感じの笑いを見せるばかりだ。
「まあ、ボクらもこんな商売してるだろ?おまけにVRに代わる新しい技術……“ダイブ”だなんてものも研究してるしさ。世界のどっかにはそれを良くは思わない人や、自分達の方が先にその技術を出すぞ、って息巻いてる人達もいる訳」
「まあ……」
敵対行為に及ぶ人達がいると知り、クルルは胸を痛めた。
世界を食らい尽くさんとする巨大な『意思』が存在するというのに、地球はいまだ一枚岩では無いという事実は、少年達にとっても重く苦しい感情を抱かせた。
「馬鹿じゃねーの?そいつら」
吐き捨てたのは大地。
「協力すべきなのは明らかだと思うのだがな」
理解出来ないといった面持ちなのはロスト。
「だからまあ、保険みたいなものよ」
保険だと彼等は言ったが、必要に迫られての制作であるという事は確かであり、それがどういう意味を持つのか、少年達は今一つ理解していなかったのであった。
もちろん、大人達が余計な心配を掛けない様にと、わざとぼかして伝えたせいではあるのだが。
ぴるるるる、ぴるるるる
『はいはーい、こちら“世界の皆様に愛と勇気と希望と娯楽をお届け!デジタルコンテンツ制作会社ドルフィンキック”窓口担当兼セキュリティナビゲーションのナビィでーす!御用の方はそのままお話し下さいー!』
軽い口調という事は、大手大口の商談相手という訳ではないのだろう。
わざわざこちらに聞こえる様にやり取りを続けるナビィの様子に、大丈夫そうだと向けていた顔を戻す。
目の前には首を傾げた可愛らしい少女……クルルがきょとんとした顔を晒している。
男どもは少年達を引き連れて買い出しへと向かったので、ここにはいない。
少し前まで鳥居がいたのだが、まあなんだ、小用だ。
こちらへと突き出されたままの細い腕に、くるりと巻く。
「どう?痛くない?」
「大丈夫ですわ」
「そっか。これが電源、こっちがキャンセル。使い方は―――」
先日ウェアラブルコンピュータの話をした際に、クルルもロストも個人の端末を持っていないという話になり、それならば、とこちらで勝手に用意したのが今クルルの着けている腕環型端末だ。
ちなみに親であるグリフィリオスと保護者である大地の両親には、一応話は通させて貰っている。
どんな物を贈るのかは、こちらに任せて貰ったが。
さらにいうなら、案の定大地が羨ましがったので、せっかくだからと3人お揃いの物を贈る予定となったが、まだ本人には秘密のままだ。
『くーたん!お父さんからだよ!お話したいってさ!』
スウッと目の前にナビィが現れた。
『繋いでも良いかな~?』
「お姉さま」
「どうぞ~」
同席中の氷魚に確認を取ると、こくりと頷いてくれたが、その直後「あ、やばテキトーな服すぎかも?」と自分自身を見降ろしていた。
相も変わらず、薄い下着の様なミリタリータンクにダメージデニムのホットパンツ。良い歳の殿方相手に、さすがに腹出しはまずかろう。
そうは思った物の、そこら辺の機微はまだ良く分からないクルルとナビィのコンビによって、あっさり回線は繋がってしまった。
『氷魚殿か』
「こんにちは~」
はは、と気を使う様な笑みになってしまったのは仕方ないだろう。
だが気を使われた方は、さして気にならなかった様だ。
『氷魚殿と共にいたのか』
「はいですわ。あの、これをいただいてしまいましたの!」
クルルが自慢げに細い腕環を見せる。
『ほう、良い物を頂いたな。お礼はきちんと申し上げたか?』
「もちろんですわ!お姉さま、あらためてありがとうございますですわ!」
「いいっていいって、大した事してないんだからさ。それよりお父さんに見せたい物、もう一個あるでしょ?」
「あっ、そうでしたわ!ちょっとお待ち下さいな」
「慌てない慌てない。お父さんは今すぐ回線切ったりしないから。ね、そうですよね?」
嬉しそうにはしゃぐクルルに、氷魚も優しい表情を浮かべる。
時折こちらに―――グリフィリオスにも向けて来るその表情は慈愛に溢れている様で、まるで―――
『そうしているとまるで、母と娘の様だな』
気付けばそう漏らしていた。
「まあ!」
「ええっ!?」
嬉しそうなクルルと、本気で意外だったのだろう、珍しくも驚いた表情の氷魚に、何だかグリフィリオスは愉快な気持ちになった。
そこへ、
「ただいまー」
「あっちー、あー水、水ー」
「とか言いながら酒を取り出すの止めろよ!」
「もうリュウヤに言うだけ無駄だって。いい加減学習しなよ大地」
「しかし、飲み過ぎは良くないと聞いたが」
「おいリュウヤ、お子さんの教育上、昼間っからの酒は止めとけ」
「ぶー」
何とも賑やかな声が聞こえて来た。
「おかえりー」
『あ、トリィちゃん!』
同じようなタイミングで鳥居も奥の廊下から出て来た。
どうやら通信中だったのに気を使ったらしい。
「お、何ぐっさん?」
「あれ?お迎え来るの?」
『そうだな。そろそろという事で声を掛けたのだが』
ひょいと覗き込んで来る若衆に、画面の向こうでグリフィリオスが頷いた。
「ならぼちぼち始めるか」
「お子さん達は、ちょっとここで迎えが来るまで大人しくしててなー」
「何?仕事?」
「ああ、まあな」
「実は追い込みかかってんのよ」
さらりと白状したのはリーダーのリュウヤである。
「ええーっ!?仕事しろよおっさん等!」
「うっせえ!人間時には息抜きっつーもんが必要なんだよ!」
「忙しい時に限って、部屋掃除したり犬猫構ったりしたくなるんだよね~」
「そうそう。という訳でお仕置きだな。……2度と“おっさん”なんて言えない様にしてやる」
うっかりおっさんなどと口走った大地は、その場で仕置きコースへと直行するはめになった。
ぎゃあ、という大地の悲鳴をバックに、話し合いは進んで行く。
おろおろしているのはクルル唯一人だけ。
「じゃあ、これから地下に潜るから」
ごめんね、と言い置いて氷魚は(気が済んだ)仲間達と共に地下へと向かい、その場には少年達とナビィが残った。
「ってて、にーちゃん達てかげんってもんを知らねーのかよ」
「今のは自業自得だろう」
「うっせー」
友人達のじゃれあいを見ていたら、まだ繋がっていた父から声を掛けられた。
『どうだ?皆と共にいるのは。楽しいか?』
「はいですわ。もちろんです」
『氷魚殿とは特に仲が良いようだな』
父のその言葉に、クルルはふんわりと微笑んだ。
「氷魚お姉さまは、まるで本当のお姉さまの様ですわ。もちろん、鳥居様もそうなのですけれども。わたくしにもし本当に姉がいたとしたら、こんな風に優しく包み込み導いて下さるのではないかと、一緒にいて、そんな風に思っておりました」
はにかんだクルルに、グリフィリオスは「そうか」とだけ言う。
「だが、嬉しいからといって、余りはしゃぎ過ぎて迷惑をかけてはいけない。そこはきちんと理解しておらねばな」
「はい、もちろんですわ!」
クルルの良い返事に、父も鷹揚に頷く。
「では今から迎えに行くゆえ、その場で待っていろ。大地とロストも良いな?」
「はい、お待ちしてますわ!」
元気なクルルの声の後ろから、「りょーかーい」という軽い大地の返事と、「わかった」とだけの簡素なロストの声が聞こえた。
「っつっても、ぐっさん来るまでヒマだな」
いつの間にか若衆の『ぐっさん』呼びが定着していた大地である。
「もう、ダイチったら。ダメですわよ、今回は冒険も探検もなしですの!」
「待つだけではダメなのか?」
父の為に良い子にしていたいクルルと、待つ事が苦にならないロストに言われ、渋い表情になる大地。
「いや、大人しく待つけどさー」
他の友人ならともかく、この二人の前で時間つぶしに自分一人だけ端末をいじくるのは、何だか嫌だった。
「んー、何かねーかな……」
勝手に物色しようとし始めた大地に、クルルのお説教が飛ぼうとしたその時……。
びーっ!びーっ!
けたたましく警報が鳴った。
「何だ!?」
「ま、まあ……」
「何か起きたのか?」
3人してちゃぶ台の周りで腰を浮かす。
だが状況が分からないので、うかつに動く事も出来ない。
「前に警報が鳴った時は、地下室に行った時だったよな」
「では、誰かが地下に……?」
「いや、それはおかしいだろう。ここにいる全員がすでに地下施設の事を知っている。兄や姉達が地下にいるこの状況で、警報を鳴らす意味は無い」
「誰か外から来た人間がいるって事か?」
「お父様がいらっしゃっているのでしょうか」
「だとしたらここにいるオレ達が、気付かぬはずが無いのではないか?」
「だな」
「……」
3人して警戒態勢に入る。
「まさか、剣だの杖だの召喚器だの、必要になりそうな状況になるとは思わなかったな」
「まったくだ」
少年2人は油断なく周囲を見回している。
そこへ、ナビィが前触れもなく現れた。
『ゴメン、遅くなった!』
「「「ナビィ!?」」さん!?」
プログラムの筈の彼女の表情は、今とても焦っている様に見えた。
『全員ここから動かないで!』
「何があったんだよ!?」
「お姉さま達はご無事なのですか!?」
「兄達は!?周囲の家は無事なのか!?今義兄上がこちらに向かっているんだ!」
『いいから落ち着いて聞いて!』
常に無い様子に釣られ、慌て出した3人の矢継ぎ早な質問に、ナビィは余程焦っているのか珍しく大きな声を出して止めさせた。
『今氷魚が“ダイブ”しているんだけど、外部から侵入があったの』
「「「えっ!?」」」
外部?と疑問に思ったのが2人。その緊急性、危険性に気付いたのが1人。
『私達の行動は今見張られている。“中”からも、“外”からも。この場所が外部に漏れるとまずいの!だからもう少しだけ待ってて!』
落ち着くまでここから出るなと言いたいらしい。
「だが、義兄上が……」
『大丈夫。今案内しているから、一緒に待ってて』
それだけ言って、真剣な表情をしたナビィはそのまま消えてしまった。
後に残された子供達は、顔を見合わせる事しか出来なかった。
「クルル、ロスト、大地。3人とも無事か」
「ああ」
「お父様」
「ぐっさんも無事みてーだな」
その後すぐにグリフィリオスが部屋に入って来た。
「話は聞いている。見た所、外は異常無さそうだ」
「そっか」
「しばらくこのまま待たせて貰おう。いいな、3人とも」
「うース」
「わかった」
「はいですわ」
簡単に情報のすり合わせをすれば、もうすることは特に無く、本当に待つだけになってしまったが。
そこへ再びナビィが現れた。
『悪いけどもう少しかかりそうだよ。ぐっさん、皆のそばにいてあげてね』
「ああ」
言外に含まれているだろう“何かあったら守ってやって”という言葉を正しく感じ取ったグリフィリオスは、重々しく頷く。
胡坐をかき娘を傍に置いたその姿は、まるでかつて日本に存在したという武士の様に凛々しかった。
もっとも、現状そんな風に思えるような余裕など、ここにいる誰もが持ち得なかったが。
「一体何があったんだよ。氷魚ねーちゃん大丈夫なのか?」
大人が来た事で少し落ち着きを取り戻したらしい大地が、先程より少しだけ冷静に問う。
『うん、その事なんだけどね、まあ簡単に言っちゃえば“外部”の人間が様子見に来ただけなの。だけど、それが問題なんだよね……』
「それって……」
「まさか、ディアスの側からの侵攻なのでは?」
何か言いかけた大地より先に、ロストが推測を述べた。が、違う、とナビィは首を横に振った。
『ううん、違うの。これは異世界側からの妨害行為じゃ無くて、本当に“この世界の人間”が起こした事件なの』
ナビィの沈痛な表情に、誰しも口をつぐんだ。
「それって『どこの国』?」
この場にいる唯一の地球人である大地が怒りすら浮かべて問い質すが、ナビィは『それは教えられないの』と申し訳なさそうにそう言った。
『今皆は氷魚のいる空間に、現実側から干渉して情報の漏洩が無い様に防波堤を築いてる。ひと段落したら外に出ても大丈夫だから、そうしたら帰って大丈夫だからね』
説明を終えたナビィは、ふっと消えてしまう。余程切羽詰まっている様だった。
やがて地下からどやどやと若衆が出て来た。
誰も彼もが皆疲労を隠せない様子である。そしてその中に氷魚はいない。
「悪いが今日はこれで解散な。それともしかしたらこの先こんな風に緊急警報鳴るかもしれんから、しばらく余所で遊んでてくれるか」
ごめんなあ、とリュウヤが大地の頭を撫でた。
「“あの”にーちゃん達が顔色悪いって相当だな」
「いつも自信満々なリューヤ様が、何だかちょっと泣きそうな顔をしていらっしゃった様な気がしますの」
「姉上が無事なだけ良かったと思うべきか……」
帰り道、少年達は喧々諤々の議論を展開する。
余程心配なのか、グリフィリオスがいるというのにわざわざ若衆は見送りにまで出てきてくれたのだ。
こんな事は今まで一度も無かった。
「かなり慎重になっている様だな」
グリフィリオスが口を挟んだ。
「もし、俺達の世界の人間の仕業だとしたら、現実世界で襲われる可能性なんて無い……と思う。……普通だったら」
大地がぽつりと呟いた。
「ナビィは“見張られている”と言っていたな。……居場所まで把握されてるという事か」
「可能性はあるな」
「お姉さま達、大丈夫でしょうか……」
少年達と父親の会話に、クルルの不安が増す。
「そこに通う俺達も、もしかしたら危ないって事か」
「だから余所で遊べと言ったのだな」
「……そういうことなら、しょうがないのかな」
「残念だが」
「私達が無理をして、ご迷惑をおかけする訳には参りませんわ」
「そういう事だ。次に会えた時に、また共に遊べばいい」
「おう」
「そうだな」
「ですわ」
大人達の心情に思い至り、彼等はそれを無駄にしない様、意を汲む事にした。
それでも、いつも明るく闊達な兄、姉達の様子がやけに深刻だった分、自分達に出来る事が無いかと考え、何も出来なさそうだという無力感と、これからどうなるのかという不安とがこみ上げて来て、思わず大地が振り返ったその時。
どこからか蛇の威嚇音の様な、どこかの相棒の雄叫びに似た音が聞こえた気がした。
それが彼等にとっての、日常という名の夏休みの最後となった。
夏休み終了のお知らせ。




