キスまであと少し
宴もたけなわ。
宅飲みで酔いつぶれてしまった友達たちが、部屋の床で不規則な寝息を立てている。
酔い潰れずに残ったのは二人だけ。
「いやー、お酒強いねーキミ。私と同じぐらい飲める子久々だよー」
胡乱な表情をしながらも、滑舌がしっかりしているのは美希さんだ。火照っていて身体が熱いのか、ほとんどランジェリー姿になっているので目のやり場に困ってしまう。
「いいえ、私はそこまで飲んでませんから」
おずおずと俯きながらなんとか応える。友達に無理やり連れてこられた大学の知り合いの集まった小規模の飲み会で、よりにもよって美希さんがくるなんて思わなかった。もしも事前に彼女が来ることを知ってたら、なにを話そうかの覚悟ぐらいできたのに。
「ねえねえ、キミって彼氏とかいるの?」
ずいっと至近距離に寄ってきたので、思わず身構えてしまう。
彼女はボーイッシュに髪を一つに纏めて、ちょっぴり切れ目なのが凄くカッコイイ。体育会系のサークルに所属しているからか身体が引き締まっていて、無駄なぜい肉ひとつないのが羨ましい。
「い、いません。私なんか好きになってくれる人なんて……」
「こらっ、だめだよ、自分でそんなこと言っちゃあ。それにキミってかなりカワイイし、うちのサークルの男子からは結構人気なんだよ」
「いえ、私なんか……」
うわわわわ。
カワイイって言われちゃた。あの美希さんにカワイイって。
嬉し過ぎて首筋からカァーと熱が上がっていく。
お酒の席でよかった。
どんなに顔が赤くなっても、酔っちゃったって誤魔化せるから。
「でもさ」
ゴクリと喉を鳴らしながら、ロックで美希さんは豪快にお酒を飲み干す。
「キミの紹介断ったんだー。なんでか分かる?」
「わ、わかりません」
子どものように無邪気に期待してしまう自分が恥ずかしくて、自戒するようにスカートの裾を握る。
でも、もしかして、もしかすると……。
上目遣いに、足を崩している彼女を見やる。
「あっ、そうだ! まだお菓子残ってたから食べよーよ!」
はぐらかすような声音で、テーブルの上に散乱しているお菓子を物色し始める。
……そうだよね。
やっぱり私なんかが美希さんに相手にされるわけないよね。
「ほら、これ食べよっ! 私これ好きなんだ!」
スティック状のスナック菓子を高らかに取り出すのだが、
「ああ、ごめん。一本しかないや。ちぇ」
拗ねるように顔を思いっきり顰める彼女が可愛くて、ドキンと胸が跳ねる。
ああ、この人は無意識にこうやって魅力を振りまくのがちょっとだけ妬ましい。
いつも遠くから見ていてドキドキしている私の気持ちにもなって欲しい。
「それじゃあ、半分こしよーか!」
パキっと二つに割るのかと思いきや、お菓子の片端を口にくわえると、「んっ」とそのまま私に向かって突き出してきた。
え、えええええ!?
驚愕しているの私だけで、平然と待ち続けている彼女は目をパチリと瞑る。
素早く、友達が熟睡しているのは視認すると、棒状の逆端から口に含む。小刻みに噛みながらどんどん彼女の顔が近づいてくる。
上気している頬はやっぱり酔っているからか、それとも?
あと数センチで互の唇がくっつきそうになったところで、私は止まった。
目をつぶったまま動かない彼女の唇はプルプル震えているだけで、自発的に何かをしようという気配がない。からかわれているのなら、そろそろ何か行動を起こしてもいい頃合だけれど、これからどうしよう。
……もういいか。
どうせ私なんか……。
逡巡したあとにお菓子から口を離そうとすると、いきなり美希さんが見開く。
「あむっ」と、美希さんが全てのお菓子を口に含む。そして掠れるように触れ合う、柔らかな箇所。
うわっ。
わわわわ。
ええー!? うそー!? 私、いま……。
動転しながら、唇に手を当てて刹那の感覚を掘り返す。
「えへへ、ごめん。……キスしちゃった」
「そんなっ! 『ごめん』なんてっ! 凄くよ、よかったですっ!」
「え?」
「ええっ。い、いまのは、なしでっ! なしの方向でっ!! すいません!!」
あわあわあわ、と手をふってさっきの失言を打ち消そうとする。
と、その手をぎゅっと握られる。
「やーだよっ。ぜったい、さっきのやつは忘れないから。どんなに頼まれたってやだね」
真摯に見据える彼女の視線に打ち砕かれたように、全身が痺れる。
なんか、なんか、こういうのって反則だ。
「さっきの質問の答えになるかどうかわからないけどさ――」
髪を掻きながら、彼女はそっぽをむいて言葉を紡ぐ。
「私も、彼氏いないから」
……ああ。
今日ここにきてよかった。
話す前よりも美希さんのこと、もっともっと愛おしく思えるようになれたから。
そして、未だにだめな自分だけど、美希さんのおかげでちょっとだけ自信がもらえた。
――だから、こんどは私からキスできたらいいな。




