忙しいカミサマたち
その日、数年ぶりに図書の家に行くと、妙に司書の機嫌がよかった。
少々不気味に思いながら理由を聞いてみると、常連のひとりが、大抜擢を受けて昇進したらしい。
その常連がこれからここに来るのだという。
「どうです?あなたも一緒にお祝いを仰っては?」
「祝いを言うくらいはかまわんが。…誰が来るんだ?」
「あなたもよくご存じの方ですよ」
ふふ、と司書は笑う。めずらしく裏のない笑い顔なので、なんとなく相手の見当がついた。──たぶん、『あいつ』だろう。母がなにか、あいつに地位を与えてどうこう、と言っていたのを聞いた記憶があるし、だいたい、司書との共通の知り合いで、こんな顔をさせることのできる相手といえば、あいにく1人しか思い当たらない。
「…あれ?ユグ、めずらしいね。何年ぶり?」
そんな言葉とばさばさばさ、という騒々しい音とともに、その「思い当たった1人」がやって来た。とたんに司書の顔が、うさんくさいほどにこやかになる。
気に入っているくせに、本人にはこういう、わざとらしい表情しかしてみせないのはどうなんだ、と思わなくはないが…、まあ、本人同士はうまくいっているようだし、あえて口出しすることでもないか?
「久しぶりだな。今ちょうど、お前の話をしていたんだ」
「わたしの?」
きょとんとして首をかしげながら、羽根を背にしまって館内エントランスに入ってくると、ヤツのやたらときらきらしい髪が照明で輝く。
「ご昇進なさったのでしょう?おめでとうございます」
「…あれ、その話?」
司書から祝いを述べられると、ヤツはふにゃっとした情けない顔で笑った。ちらっとこちらを見るので、バラしたわけではない、との意味でゆるく首をふる。
確かに祝われるようなことではあるから、反応に困っているんだろう。コイツの場合、地位が上がればそれだけ仕事が増えるのだから、素直に喜びたくない心境なのかもしれない。
「今回はなんの称号が増えたんだ?」
「運命神…」
「まためんどくさい称号を…」
聞いて思わず同情した。こいつが有能なのは確かだが、母に変に気に入られたせいで、いろいろと面倒な仕事や称号をまわされてばかりいる。
そして救いようのないことに、有能だからこそ、まわされたそれら厄介ごとをきちんと処理しきれてしまう。
結果、より気に入られて、ますます仕事や称号が増えていく。典型的な堂々巡りだ。
「評価されること自体はありがたいんだけどさ…」
言いながら困り顔でため息をつくこいつを、実はこちらも笑えない。面倒な称号を渡されたのは、こいつだけではないからだ。
「…そういえば、ユグも新しく称号が増えたよね?なんだっけ、…破壊神だったっけ?」
「思い出させるな…」
嫌なことを思い出させられて、こちらまで一緒にげんなりしたくなる。その「新しい称号」について、深く考えたくないから図書の家に避難してきたのに。
二人で目を合わせると、思わず、お互い同時に深いため息が出た。
それを見ていた司書は、いかにも悪意なんてありませんという顔をして、にっこりと笑う。……ああ、殴りたい。
「称号に値する実力があると評価されたからこそのことでしょう?素直にお喜びになったらいいと思いますよ」
「「……」」
この瞬間だけは同じことを考えていただろう。
喜びたくない。
──この世界において、「神」の地位は任命制の「仕事」だ。その「地位」にふさわしい能力がある、と認められれば、次から次へと、称号を与えられ神としての仕事が増えていく。
まわりから見れば、それは名誉なことなんだろう。実際、その地位が欲しくて、あるいはその称号が欲しくて、死に物狂いで努力している者がほとんどだ。
しかし、俺やこいつのように、できるからとなんでもかんでもやらされると、いくら圧倒的大多数にとっては憧れの神位だろうと「もうけっこうです」と言いたくなってくるというものだ。お互い、性格的に仕事に手を抜けないから、なおさら。
そのあたりまでわかった上で、司書はまた、ふふふっ、と笑ってこう言った。
「できないことをやれと言われたならともかく、お出来になるのですから、あまり嫌がっておいでだと、まわりからのやっかみが激しくなりますよ?」
もうなってるよ、と力なく返しながら、目の前のキラキラ頭は、ぐったりとうなだれた。