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「―――で、なんで居なくなるかなぁ」
華奈が苦笑したら、隣にいる麻音は遠い目をし、呟くように言った。
「……谷ちゃん、方向音痴だったね」
目的地に着いた二人の側に、美桜の姿は無い。
今目の前にある温室――彼女達の中では決定事項である――へ行く間に、少しばかり木々の間を通った。
その時、先行く麻音と美桜は横に並んでいたため、別々の道を行った。
別々の道とは言っても、木を左右に避けただけなのだが。
後ろに付いていた華奈は、荷物について話をしていた相手の麻音の後ろを行った。
ところで、何故荷物の話になったのかといえば、彼女達三人ともが何も持ってはいなかったからである。
ただ一つ、携帯電話を除いて。
何故携帯だけが手元に残ったのか、その事を中心に麻音と華奈は話していた。
そして、問題の美桜はといえば、話し始めに麻音がゴミを放置してきたかと心配した時、「そこか!」と裏手付きで突っ込んだきりだった。
「谷ちゃんを真ん中に入れるべきだったよね」
「二人が話して一人が聞いているだけなのもいけなかったね」
組み合わせは時によって違うが、華奈の言う様な図式になる事が彼女達にはよくあった。
それでも、今この状況でしてはいけなかったのだ。
気付いても、遅いけれど。
「手分けして探すのは…」
「無理」
真顔で即答する麻音に、そうだろうなぁと華奈は苦笑する。
それから、ちらりとまた周囲へと視線を走らせたところで、麻音に呼ばれた。
「あのさ、華奈ちゃん」
「ん?」
「谷ちゃん……大丈夫かな?」
そう言って俯いてしまった麻音の肩を、華奈は優しく抱いた。
「大丈夫だよ」
華奈が応えても麻音は俯いたままでいるので、肩を抱く手を移し、頭を撫でた。
「平気でいるとは言わない」
美桜は自分の心に真っ直ぐだ。
けれど、不安に思う気持ちや怖がる気持ちを押し込める時がある。
「麻音が谷ちゃんを心配しているのと同じように、心配してるよ」
きっと一人でいる今、そんなふうにして心を強くあろうとしているに違いない。
「でも、じゃあなんで、平気じゃないのに『大丈夫』なの?」
「それはね」
こんな状況なのに、華奈は緩やかに笑った。
それが不快に感じず、不思議だと思うだけに留まるのは、今までの付き合いがあるからだろうか。
言葉を続けようと華奈が口を開いた、その時。
「――!――!」
大声が聞こえ、華奈は顔から笑みを消して、声が聞こえてきた方へと顔を向けた。
「声、男の人だったよね?華奈ちゃん、聞き取れ――」
「麻音」
麻音は華奈を見たけれど、華奈は声が聞こえた方向へと顔を向けたままだった。
「麻音」
華奈はもう一度麻音を呼んだ。
「あたし、二人に言ってない事がある」
風に揺れて擦れる、葉の音がする。
―――華奈ちゃん。
華奈は麻音へと顔を向けない。
「二人に、謝らなきゃいけない」
葉の擦れる音が、耳に付く。
―――ねぇ、華奈ちゃん。
華奈は、まだ麻音を見ない。
「麻音」
葉の擦れる音が、徐々に大きくなっている気がする。
―――なんで、こっち見ないの?
華奈が顔を向ける動きを、やけにゆっくりと感じる。
「麻音」
葉の擦れる音が、止まった。
―――ああ。
華奈の顔がやっとこちらへ向いた、のに。
―――そんな悲しそうに笑わないで。
耳元で、葉の擦れる音。
「ごめんね」
麻音は強い力で後ろへと引きずり込まれた。