1-1
2012/01/20 加筆修正
草の匂いがした。
華奈は美桜と麻音から正面へと顔を戻し、二人も視線を上げる。
豊かな緑が生い茂る庭。
中央にある噴水の水が太陽の光で煌めき、いかにも涼しげだ。
木々の奥にそびえ立つ城は白亜で、庭の緑と空の青さによく映えている。
その姿は遠目に見ても、荘厳でいて美しい。
「ちょっ……と、何、この冗談」
笑えないんですけど、と美桜が呆然と呟いた。
「……冗談は谷ちゃんでしょ。妄想に巻き込まないで」
「いくら私でも風景の妄想なんてしないから。イケメンだけだから」
「うわ、面食い!」
「面食いで何が悪い!ってかこういう建物は私より麻音でしょ」
「確かにそうだけど、こういう現役っぽいお城じゃなくて年季入ってる方が好きだよ」
「ああ、ならこの分野は華奈か」
「華奈ちゃんでしょう。意外とメルヘンチックな」
「―――二人とも」
あ、やばい、くる。
「現実逃避すんな」
にっこりと笑った顔が、背景も合わさってとても素敵です。
そんな風に思っていても、何が変わる訳でもない。
目の前ばかり見ていても仕方がないのは、美桜も麻音も分かっていた。
それでも、後ろを振り返って、あって欲しいものを確かめるのが怖かった。
だって、二人の背後が見えているはずの華奈は、何も言わなかった。
二人は震える心を叱咤して、ぎゅっと目を瞑って視覚が閉ざされ、他の感覚が鋭くなる。
風が頬を撫でていき、耳には何処からか鳥の鳴き声が入り込む。
最初に感じた、あの草の匂いを吸い込み、口から深く息を吐き出す。
美桜と麻音は、ゆっくりと振り返える。
―――そこには、何も無かった。
そして、美桜はすうっと思い切り息を吸って。
「エレベーターが無い事がどうした!」
「いや、問題あるよ」
「というか、問題しかないけどね」
「ですよねー」
遠い目をした美桜の肩を華奈は叩いて慰めた。
「じゃあ、今後について話そうか」