0-3
するりと耳へ入った流暢な音に、最初に我に返ったのは麻音だった。
「あ、え、ワンス……?ええと、もう一度言ってくれる?」
「ワンスモアプリーズ!」
わざとだろうか、明らかにカタカナの音で美桜が言った。
直後、その前に聞き返した麻音はきっと美桜を睨む。
「谷ちゃん、ちょっと黙ってて」
「え、真面目に言ってんのに」
「それで?」
麻音が驚けば、どうやら本当に真面目だったらしく、美桜は「麻音ひどっ」と机に崩れた。
二人の向かいに座る華奈は、くすくすと愉快そうに笑う。
「本当に二人は面白いなぁ」
「一緒にしないで!」
「面白くないから!」
同時に口を開くも、相手が違うことを言ったので麻音と美桜は顔を見合わせる。
その様子がさらに華奈の笑いを引き起こし、二人は少しばつが悪い顔をした。
「ほらほら、そんな顔してないで。Once upon a time there are……っていうように続くんだけどね」
「それが始まりなの?」
気を取り直した麻音は椅子に座り直し、美桜はまた身を乗り出した。
そんな二人を見て、華奈は落ち着いた様に深く座り直した。
「まぁ、そう考えてる」
「なんで?」
「なんでって……まぁ、御伽噺みたいなものだから、かな」
おとぎばなし、と麻音が華奈の言葉を小さく復唱する。
「つまり童話みたいな?グリムみたいのはヤだかんね」
心底嫌そうな顔の美桜に、華奈は苦笑しながら否定する。
「んー、そうじゃなくて……夢物語みたいな、ね」
「ああ、そういうの!」
ようやく合点が行った、というように麻音が声をあげる。
美桜はといえば、華奈の言葉に目を生き生きとさせて、言った。
「なるほど夢ね、夢。それだけで妄想できる」
華奈と麻音から返ってきたのは沈黙だったが。
「ちょ、無視!?」
「あ、もう帰らなきゃなぁ。やっぱ今度改めて時間作ろう」
「だね。平日にいきなりは厳しいもんね」
「さらにスルー…!」
美桜さんは傷付きました、よよよ、と泣き崩れる振りをする美桜に、二人はようやく笑いかけるのだった。