年下の令嬢に突然求婚された領主様
「今更結婚しろって言われてもなぁ」
カインは先ほど届いた両親からの手紙を読み終えるとボソリとつぶやく。カインは良しと呟くと手紙をさっと魔法を用いて燃やす。
「まあ見なかったことにしよう」
改めてつぶやき、机の上に乱雑に載せられている書類に束に目を通していく。先日起きた領内の魔物の出現による被害報告の取りまとめの書類を眺めながら、カインは領民への補償をどうするかを考える。
カインにとっては自分の結婚のことなど後回しにするべき事案だった。それ以上にやることが盛りだくさんなのだ。カインは次男であったが、7年前の戦場での働きにより小さいながらも領地を持っている。その領地の管理に四苦八苦している。国境付近のこの領地は問題が起こらない時がないほど面倒なところだった。魔物、盗賊の出現、そして隣国との関係。さらに領民たちの質も高くない。全員が悪人というわけではないが、元盗賊や隣国の脱走者など問題を抱える者も多い。誰も欲しがらない土地、それを中途半端に戦果を戦場であげたカインに渡されたのだった。7年、なんとかしてカインは治め続けている。だが、この7年自分のことを省みる時間はなかった。
そんなわけで、カインは32歳、結婚を本来していてもおかしくないが、結婚はできなかった。
カインが書類を眺めながら頭を悩ましていると、ノックの音がする。間髪入れずカインは入室を促す。
「失礼します。カイン様、お客様です」
カインの執事を務めるマークは入室するや否や、要件を簡潔に伝える。いつもの日常である。
「今日は誰だ?村長のマルケ?騎士団長?あのぼったくり商人か?」
「いえ、ミュールズ子爵家のご令嬢ロミア様です」
「・・・誰それ?」
カインは面識のない人物の来客にひどく驚く。ミュールズ子爵家のことは知っているが、その令嬢とは知り合いではない。というか名前も知らない。全貴族強制参加の建国記念パーティーに国王に挨拶してすぐ帰るカインは貴族の事情に詳しくない。全くと言っていいほど詳しくないのだ。
ゆえにカインの頭を占めるのは困惑と驚きであった。
「カイン様もご存知ないのですね。どう対処しましょうか?馬車の装いや従者や本人の装いから騙りではないとは思います。ただカイン様に会いに来たとだけしか伝えておらず」
マークは少し困った様子を見せる。いきなりの訪問で対処に困ったのだろう。マークが対処してもいいが、相手が本物の貴族なら禍根を残すかもしれない。
「あーめんどいが、返すのもなぁ。まあ今後のためにもどういう事情で来たか会ったほうがいいかな。応接室に通してくれ、用意してすぐ向かう」
「かしこまりました」
マークは即座に部屋を出ていく。カインも机の上に乱雑に広がった書類で大事なものは引き出しにしまい、鍵を閉める。そして、すぐに来客用の服装に着替える。といっても上着を羽織るだけではあるが。
「はあ、全くこんな忙しいときに」
カインはため息をつき部屋を出る。といっても忙しくない時などないくらいなのだが。そんなことを内心で自嘲しながら新たな面倒ごとへの対処に向かう。
カインは応接室につくとすぐに中へと入る。そして、応接室のソファに座る一人の令嬢を見つける。
月のない夜かのような真っ黒の髪、まるで夜空に輝く星のように見える金色の目。すらっとした体型で、きちっとした佇まいをしており堂々とした態度をしていた。だが、見た目はまだ幼さを感じ、成人したばかりのようなあどけなさを少し感じ取る。
「バーレイ男爵家のカインです。お待たせいたし申し訳ありません、仕事がありまして」
「いえ、突然の訪問でこちらこそ申し訳ありません。はじめまして、ロミア・ミュールズと申します」
カインの嫌味まじりに対してロミアは申し訳なさを少し見せながらカインの嫌味に気づかなかったような態度で堂々と名乗りを行う。カインはこのわずかの受け答えで、いきなり本題へと入る。余計な話で様子を見ようとも思ったが、それを止める。
「いきなりで申し訳ないが、ご用件は?」
「ふふっいきなりですね」
ロミアは笑顔を見せる。自然な笑顔で少し不覚にも心が動いたカインであった。それをすぐに押し込める。
「お気を害しましたか?」
「いえ、その方がありがたいです。では、簡潔にカイン様へ求婚しに参りました」
「は?!」
ロミアの堂々とした想定外の答えにカインは驚きを隠せなかった。「申し訳ない」と言った後に、ロミアに尋ねる。
「私と結婚したいということですか?」
「ええ、そのためだけに来ました」
ロミアはまっすぐカインを見つめてさっと言い放つ。
「初対面ですよね?」
「ええ」
「私は決して裕福ではなく、領地も問題だらけですが」
「存じております、微力ですがお手伝いをさせていただければと思います」
「うちの親戚も大した力はないですが」
「かまいません」
「結婚適齢期もとうに過ぎていますが?」
「ええ、私のちょうど2倍ですね」
「私との結婚は本気ですか?」
「本気です。でなければここまで来ません」
ロミアはカインの問いに間髪入れずに返していく。その速さに困惑と驚きを覚える。そして、発言の一つにカインは遅れて驚きを覚える。それを嘘だと思いつつ確認の質問を行う。失礼だと思いながらも。
「ロミア嬢、大変失礼ですが年齢は?」
「16です。昨年デビュタントを終えました」
絶句するカイン。あまりの衝撃に固まってしまう。成人したばかりのロミアに大きな驚きを覚える。大人びた態度からそのような年齢だと思いもしていなかった。というか、そんな16歳の令嬢がいきなり倍の年齢のところに押しかける。全く訳がわからない。
「なぜですか?なぜ私に求婚を」
「カイン様はこの問題ばかりのバーレイを7年間立派に治めております。そのような人物と結婚したいと思ったのです」
困惑しながらのカインの問いにロミアはまっすぐとカインを見つめ真摯に答える。嘘を言っているようには見えなかった。
「私はこの領地をなんとか治めているだけです。あなたのいうほどじゃない」
「このバーレイの地は誰もが忌避する土地です。それを7年も若いときから治めている。十分ではないでしょうか?」
ロミアの受け答えにカインは過分に褒められたことを恥ずかしく思う。そして、話を切り替える。
「私を買っているのは分かりましたが、なぜあなた自身がやってきたのです。あなたの親から手紙でも出してもらえれば検討しましたが」
カインは内心でまあ丁重にお断りの手紙を書くと思うがと思いながら。
ロミアは一通の手紙をカインに「こちらに理由があります」とだけ伝えて渡してくる。カインは受け取りすぐにそれを読む。カインの両親からの手紙だった。
『親の手紙を無視している親不孝なバカ息子へ
お前と結婚したいという稀有な人物がいると話が来た。本気のようで、ミュールズ子爵家とつながりができることはうちにとっても都合がいい。だが、お前のことだ。普通に言っても忙しいというだろうから直接行ってもらうことにした。ロミア嬢は良い方である。こちらで調査もして問題なしである。必ず結婚を断らないように、必ず結婚するように。困りごとは相談するように、手伝えることはすぐ手伝う』
手紙を読み終えるとカインは、ロミアの方をみる。ロミアはただにっこりと笑う。
「ロミア嬢、なぜですか?なぜ両親に言われたからと言ってなぜここまでするのです。正直私よりいい人物がいるのではないですか?」
「そうですね、世間一般ではもっとよい人物がいるでしょう。私の家族はあなた以外の結婚相手を強く勧めています。でも私はあなたを知った時あなたしかいないと思ったのです」
ロミアはまっすぐカインを見つめる。その瞳は本気を示していた。
「あなたは、戦場で若くして戦果を挙げ、このバーレイの土地を治めることになった。正直逃げても構わないものだったでしょう?でも、それに逃げずに向き合い、7年間領地のために苦心した。そんなあなたを私は尊敬しているのです。初恋というものをしています」
ロミアの想いに嘘はなかった。それはカインにもはっきりとわかった。だからカインは自らの想いを伝える。
「私は逃げなかったわけじゃない。逃げれなかっただけです。私は戦果を上げたことになっている。実際には何もできずにいただけです。周りのおかげです、私を助けてくれた人たちは死んでしまった。だから、この領地から逃げられなかった。ここから逃げれば彼らの想いを無に帰すと思ったからです。私は何も偉いわけじゃないのです」
カインはあの戦場を思い出す。初の本格的な対外戦争に参加した。父と兄の代わりに部隊を率いた。ただ周りの言うことに従っただけだ。そして、私の周りの助言での指示だとしても自分拙い指示のせいで多くの人が亡くなったのだ。今でもあの時の夢を見る。何もできずにいた自分をなじる声が聞こえるのだ。
「あなたが責任から逃げ出してはいけないという道理はありません。なのに逃げなかった偉い人物です」
「そんなことはない、あのとき私がもっと上手くやれれば」
「あのときのあなたは若かった。それに一人で何かできるなど傲慢です」
「君に何がわかる!!!」
カインは声を荒げて机を叩く。ロミアは動じることもなくカインを見つめる。
「戦場にでたことはないだろう?誰かが傷つき死ぬのを見たか?誰かの痛みにうめく苦痛の声を聞いたことは?先ほどまで笑っていたものが物言わぬ死体になったのを見たか?そのときどんな感情をもったか君にわかるか?戦場を知らない娘に何がわかる!!!!」
カインは続けて声を荒げる。落ち着くつもりだった。だが、堰を切ったかのように言葉がどんどん紡がれていった。7年間孤独に抱えてきた想いが溢れ出していた。
ロミアはじっとカインを見つめていた。動じる様子はなかった。そして、カインに向かって言う。
「私にはカイン様がおっしゃったことは確かに何もわかりません。ただあなたがそれに苦しんでいることはわかります。そして、あなたが優しい人物だとわかります。あなたがとても良い人だとはわかります」
ロミアの落ち着いた嘘などない真心からの言葉にカインは落ち着きを取り戻す。そして、彼女の言葉が身に染みるのを感じる。
ようやく気づく。自分が苦しんでいると。
それに囚われているとも。困難がずっと続くようにと思っている自分を。
みんながみんなを恨んでいないだろう。むしろ周りの多くは励ましてくれていたのを思い出す。『堂々と突っ立っているのが若様の仕事のほとんどです』と。
彼らの言葉をようやく思い出す。
「申し訳ない、自分を見失った」
「いえ、お気になさらず。私の失礼な物言いが悪いのです」
ロミアは頭を下げる。
「ロミア嬢、君はいったい何者なんだ?」
「ただの子爵家の令嬢です、あなたもただの若きご領主様ですよね」
ロミアは笑顔を見せる。カインは笑う。久々に大声で笑う。心の中に隠されて、自分の中で知らなかった重荷を下ろせたように感じていた。ただのという言葉に大きく救われたのだった。しばし笑い落ち着いたカインはロミアにまっすぐ向き直る。
「ロミア嬢、あなたとの結婚。私にまだ幻滅していなければお願いしたい」
「嬉しいです」
ロミアはカインにとって一番の笑顔を見せる。年相応の満面の笑みを見たカインは彼女にさらに強く惹かれるのであった。
カインはロミアと今後の予定を確認して、それが進むと家へと帰っていくのであった。
ロミアは馬車に乗りカインの目がつかないところに来ると、ふうと息を吐く。
「よかったですね、お嬢様」
馬車に一緒に乗ってくれ、今回ここまで連れてきてくれたロミアに幼少期より仕えていたメイドのメリナは声をかける。
「ええ本当に良かった。ただもう少し上手くやれた気がするわ。勢いだけでいってしまったわ」
「お嬢様は恋愛だけは不得手ですからね。いつもの冷静さで救われていましたね」
メリナは笑いながら言う。ロミアは恥ずかしそうに顔を少し赤らめる。
「しょうがないでしょ、いきなり会うことになるとは思ってもいなかったのよ。あんな煽るようなこともしてしまったわ」
「まああれが正解でしたよ。陰鬱そうな表情でしたからね、カイン様」
「ええ、全く変わってしまっていて驚いたわ」
ロミアは目を伏せる。カインが応接室にきたときの顔を思い出す。取り繕ってはいたが、その姿には陰鬱さが滲み出ていた。
「そういえば、お嬢様あの時のことはお伝えしないのですか?今日初対面って言っていましたがお会いしていますよね、カイン様と」
「そうね、そこだけ嘘をついてしまったわ。機会があれば話しましょう。まあきっと覚えていないでしょうけど、私の弱さを知ってもらわないと」
ロミアとカインは8年前王都で会っている。カインがまだ領主になる前の頃に。
ロミアは一部で天才令嬢と呼ばれた。それは貴族の令嬢としての知識と技術をわずか7歳でほとんど体得したのだった。何をやっても少し練習すればできてしまう。ロミアはそれをひけらかすことせず、さも当たり前かのように行うのであった。
ロミアの両親はロミアの才に気付いた時それを隠そうとした。全ては隠すことはできなかったが。有能すぎると周りに疎まれる。それをわかっていたのだった。ロミアもすぐにそれに気付いた。
だが、隠しきれないこともある。それに隠すのは大変である。それによってロミアは周りから少し孤立していた。そんな彼女は多くの知識の吸収をしながらもそれを隠す生活をしていた。知識を集めるのが好きだった。
そんな中ロミアはある日、王都に家族で来た時、王都の別邸を抜け出した。
王都を一人で散策し、治安の悪い場所に行った。それは単なる興味本位の行動であった。貴族と全く違う生活とはどういうことか見てみたいと思ったのであった。
だが、すぐにそれは裏目にでる。
すぐに令嬢だとバレたロミアは誘拐されかける。そこを救ったのがカインだった。偶然そこにいたカインであった。カインはそこで犯罪集団の調査の手伝いを行なっていた。
『大丈夫か?』
カインの問いにロミアは頷くだけであった。ロミアはあの日初めて恐怖を味わった。少し驕っていた自分に気付いた。自分にすべてができるとは限らないと。
『怪我がないなら良かった。俺はカイン・フォーゼル。君を安全なところまで送ろう』
カインは何も詮索しなかった。カインはあの時、ロミアの雰囲気から詮索をしないほうがいいと判断したのだ。そして、名前も聞かないようにした。この子の醜聞になりえるとわかっていたからだった。
『二度とあそこには近づいてはいけない。そして、単独での行動は控えたほうがいい』
ロミアは頷くだけであった。王都の安全な場所に来ると、カインはロミアに告げてその場を去るのであった。
『自分を大事にしなさい。自分のできることをできる限りでやりなさい』
カインは父に言われた言葉をロミアに伝えた。ロミアはカインに小さな声で問う。
『もしできることがたくさんあったら?どうしたらいいの』
カインはその問いにしばし悩み、ニコリと笑いながら答える。
『やりたいことを優先すればいい。なんでもできるなんて傲慢だからね』
その日、ロミアは救われた気がしたのだった。そして、ロミアはその言葉をずっと大事にしてきた。カインは後にロミアにあのことの話をされた時、ものすごく恥ずかしがっていた。カインはついカッコつけて言ってしまったのだとわかっていた。
だが、その言葉が彼女をよい成長へと導いた。今のロミアを構成するのはカインのおかげであったとロミアは思っていた。
だから、両親に頼み込んだ。カインとの結婚を。両親は難色をずっと示していた。カインの立場を考えると、了承することができなかった。だがついに両親は折れた。デビュタントで多くの人と会えば変わると思ったロミアが一切変わらなかったし、カインは調査を陰ながら行なっていい人物だとわかっていたからだった。
そして、彼女はカインの両親に会い、カインと会ったのであった。
「ねえ、カイン様は私を嫌いにならないでいてくれるかしら?」
「さあわかりません、お嬢様次第です。ただし飾らないあなたを見せてください。それが一番大事ですよ
「わかったわ」
ロミアはそのあとボソボソ「今度は何を話すべき?いきなりたくさん話してもおかしいわよね?カイン様は何が好きなのかしら?調査しなきゃ」と楽しそうにしていた。
そんな様子を見ながらメリナは穏やかに笑うのであった。ずっとロミアを見てきたメリナは年頃の女の子のような姿を見せるロミアに嬉しさを覚えていた。カインを陰鬱な様子と言っていたがカインに会う前のロミアもあれに似た雰囲気だったから。そして、内心で「カイン様がお嬢様を不幸にしたらどうしようかしら」という黒い感情も抱いていた。
その頃書類を裁いていたカインはなぜか寒気を感じ、マークを呼び出し温かいものを持って来させるのであった。
そして、ロミアが自分の領地に戻るやいなや彼らの結婚話はすさまじい速度で進んだ。カインの両親はカインが結婚したことをとても喜んだ。ロミアの両親もロミアのために準備を進める。一番準備の足を引っ張ったのはカインであった。結婚式の日取りはカインの領地問題によりどんどんズレていくのであった。あまりにもズレるので普段温厚なカインの母が後にカインとカインの父が死の恐怖を感じたとも言えるほどの怒りを見せたのであった。
そして、一年後カインとロミアは結婚した。
カインは結婚後初めての建国記念パーティの挨拶廻りでロミアを褒めすぎて、ロミアはずっと恥ずかしい気持ちでいることになったのであった。
そして、二人は多くの苦労を抱えながらも仲睦まじく暮らすのであった...
fin




