我輩は猫を被っている。
我輩は猫である。名前はまだ無い。
我らを産んだ彼と彼女と共に
産まれた場所には行ってみたが、目は黒く、こころは白かった。
ただの猫の好奇心である。
小汚ないほこらでセミの脱け殻をとっては彼に無邪気に見せびらかしていたあの頃は、まだ猫だったのだろう。
花に水をやり手を振る彼女も、小さな売店の瓶ラムネを飲む彼女も、帰路に照らされる彼の大きな背中も、今では思い出せないが、あのゆったり進んでいく夕焼け雲と、ゆっくり息を吐きたくなるような懐かしい匂いだけがこびりついている。
猫というものはわがままである。
欲しいものを欲しいときに欲しがり、得てはどこかへ跳んでいく。
本来そうあるべきである。
猫と暮らすのだからそういう気概を持っていろとさえ思った。
彼女には既に猫がいた。
大して気に留めていなかった。
彼は未だに猫だった。
大して気に留めてはいなかった。
天井が変わり、景色が変わり、
彼は猫になってしまった。
猫というものはわがままである。
言いたいことを言いたい時に言い、酒を飲んではたばこを吸い、満足しては寝床につく。
天井が変わり、景色が変わり、
彼女は猫に毒されてしまった。
猫というものはわがままである。
言いたいことを言いたい時に言っていたのに、
彼は酒と夜を共に、どこかへ流れ去ってしまう。
彼も彼女も犬派だったことを随分あとから聞かされた。
今、我輩の目には猫が写っている。
傷つけられている。なじられている。
裁かれ、晒され、壊されている猫がいる。
目は白く、こころは黒い。
我輩を殺し、好奇心を殺し、飼い主は気持ちよくなっているのだろう。
我輩はそんな我輩をじっと見つめながら、飼い主が我輩を傷めつける理由を、される理由を、この先この猫がどうなっていくのかを考えずにはいられないのである。
我輩は猫を被っている。
名前はもう忘れてしまった。
我輩はまだ猫を被っているのだろうか。
被った猫はもう脱いだのだろうか。
ほろ苦い思い出が混じった、ほんのり甘い煙を吐き出す。
好奇心は、殺されようが、潰されようが、
どんな目に合っても、
この猫がこれからどんな人生を送るのかと
こちらを見つめている。
好奇心が消えることはない。




