五
五
えらい、目におうた。
とぼとぼと、利助は家へと道を辿っていた。
どうしていいのか、これからを思うと気が重い。
―――高杉様には、何にしても目をつけられたのかのう、…。
情けない想いは、薄暗い刑場近くの森を出ると、嘘のように乾いた空に、己の脅えがまるで情けないものにおもえてきたからだ。
薄闇に、刑場のもつ何ものかに。
のまれて、酷く脅えてみっともない姿を晒したと。
いや、それは構わぬのだが。
「…――わしゃあ、…侍のせがれになるのは、向いとらん」
親父が、百姓であったころの方がよかった、と。がっくりと肩を落としてとぼとぼと歩いている利助である。
向う先は、足軽として働く利助が、おそらくまたすぐどちらかへ供とされるまで、仮にと宿とさせてもらっている城下の役付きの方の屋敷である。いや、屋敷といっても小さな物で、大門を構えた代々の家老といった身分の方々の御屋敷ではなく、身分としてはもとは低いが、いまの城主となった毛利敬親―――その引き立てで実に四十九石という小碌の身から、藩の重役にまで取り立てられたという御方の屋敷と呼ぶにはそれほど広くもないが質素でもどことなく明るい気風をもつ門の前まで辿り着いて。
ほう、と利助は息を吐いていた。
「利助か」
「…む、椋梨様っ」
腰が抜けて家屋の陰から姿を現した背の高い着流しの姿に、慌てて利助が控えようとする。
それを笑って留めて、椋梨――この家の主、椋梨藤太景治――が、袖を捲り上げて後ろにたすきをかけた姿で、利助に手招きをする。
「良い処へきた。こちらへきて、手助けをしてくれぬか」
「…は、その、いくらでも、はい、…なにを、なさろうとしておられたので?」
椋梨の足許にというか。その手許にある薪に額にぴしゃりと手をあてる。
「椋梨様、その、…そういうお仕事は、吾らにおまかせいただかないと困ります」
慌てて、椋梨の手から薪を割る斧をとって、割ろうとしていた薪を手に奪う。
「おいおい、利助」
「だって、そうでございましょう。そうでなくては、吾らの仕事がなくなります。どうして、おとなしく書斎で書でもみておられぬのですか」
立て続けにいって、はっ、しまった、と口許を利助があわてて覆う。
「…す、すみませぬ、どうも、その、そこつでくちばかり先に、いえその、…」
「まあ、よい」
慌てている利助に椋梨が笑む。
「お主は、そうして、確かにくちがすぎることもあるが、憎めぬのがよい。公も、お主のように利発で才覚のあるものをとりあげて学ばせたいと思うてはおられるが、…。明倫館では、中々まだ頭の固いものもおおくてな。お主も、学ばせてやりたいのだが」
穏やかに微笑んでいう椋梨に慌てて薪を割って、次の薪に割る木を拾う。
「いえその、勿体なく、…それにむしろ、勿体ないというか、学問というのはわしにはむいとらんというか、…ありがたいのですが、つまりそのう、――――」
突然、椋梨が背を向けて、傍にある木に拳を置き、笑い始めるのに利助が目を剥く。
「む、椋梨様?」
「…いや、わるい、…。お主を学ばせてやりたいというのも本心だが、…―――そうか、それほど、あの塾はおまえにはあわんか」
笑いを堪えていう椋梨に。
「…――――む、椋梨さまっ!」
怒る利助に振り向いて、笑みを殺せないまま椋梨が頭をさげる。
「…む、椋梨さま、…」
己より身分の高い椋梨に頭を下げられて、もうどうしていいかわからずに利助がつまる。
怒っていいのか、あきれるべきか、あるいは、――――。
恐縮する心持ちと、怒りとあきれがなんとも絶妙に混ざって。
実に珍妙な面持ちになっている利助に、少しばかり笑みを零しそうになりながら、椋梨が謝る。
「すまぬ、利助。笑うつもりはなかったのだが、…―――。お主があまりに妙な顔をするものだからの。すまぬな、処でだ」
「…なんでございましょう、…」
妙な顔、といわれてさらに妙に眉を寄せながら、利助が椋梨に向き合って伺うのに。
手を一振りして、真面目な顔に戻って椋梨が利助をみる。
「は、…椋梨さま」
その椋梨の造る気配に、利助が薪割りの道具を置き、地面に片膝をついてみあげる形をとる。
真面目な顔で見あげる利助に。
「お主に、命を与える。利助、新たにあらためて、―――」
「…――――はっ、」
頭を下げ、利助が新たな命に緊張した面持ちをみせる。
「京への随行を命ずる。励めよ」
「…はっ、…―――椋梨さま、京でございますか?」
面をあげ、明るい顔でいう利助に、椋梨が相好を崩す。
「お主はの、少しは真面目にきいておられぬか」
「はっ、…そ、その、しかし、京でございますか?京といえば、京のおなごはもう華やかで、またその色香は匂わんばかりという」
「――――利助。で、あるからには、わしがお主がおらぬ間、薪を割らずにもすむほど、仕度をしておいてくれ」
あきれながらも苦笑して、椋梨が利助にうながすのに。
「はっ!勿論でございます!もう山程薪をお作りして、それはもう!割りましょう!」
「…―――本当に、お主はのう、…」
あきれながらも、急いで薪を割り始める利助に感心して椋梨が笑んでみて。
苦笑しながらも、さて、と踵を返す。
「頼んだぞ」
「はっ!おまかせください!」
本当に京にいる間も椋梨が薪を割る必要が無いほどに割る勢いで、斧を振るい薪を割り出す利助を背に。
椋梨は苦笑しながらも、袖を戻し、書簡をしたために書斎へと段を上がっていた。




