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「御霊転生奇譚」  作者: 高領 つかさ(TSUKASA・T)


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三、四


 三



 白砂にすがしく薫る水の流れ、―――――。

 刑場へ続く道をさからえずに曳かれるようにして歩きながら、利助は松下村塾へと一応は学ぶ形となってからのあれこれを思い返し、そっと溜息を吐いていた。

 やはり、高杉様には、真面目に塾に通うてはおらぬことなんぞが、気にさわられたか。

一応、形ばかりは塾生のはしくれとして扱われもする身分となり、相も変わらず軒先に聞きかじるだけのことであっても。そうして、本来なら耳にきくこともかなわぬ身分のものが、目に掛らぬように気をつけているとはいえ、塾の端にあるということ自体が、高杉の気にさわっても仕方がない。

 あるいは、目につかぬように振舞ったが、却って気にさわられたやもしれんものなあ、…。

何とかという流派の免許皆伝とか伝え聞く風聞からは、そうした細かな細工をしている利助が目の端に映るのを、きらう性分があっても、それをこそ、とおもう。

 目立ちたくない、だけのことであるのじゃがの。…

うっかり、それは有り得ることではないが、塾生のように問答を受けさせられることにでもなれば、目も当てられない。

 耳学問というほどにも、学んでなどいない自覚のある利助である。

そして、そのような利助でも、―――同じ足軽身分の中では、やはり、出世頭とでもいうような扱いを受け始めてもいるのだ。

 来原様には頭があがらぬことだがの、…。

それに頭に来る、あるいは煩い輩と、…――――。

 人目に立つ、ということは、それだけでそういうことを引き寄せるものだ。

 だから、…ひっそりとしておりたいのじゃが。

だからといって、ひそりと、しずかにすぎる暗い人気の無い外れになど、いきたい訳ではないのだが。

 情けない顔で、利助が足を遅くもはやくもせぬ高杉の、さっさっと歩むさまをみて、泣きそうになりながらついていく。

 そして、高杉が足を留めたのが。

 白砂に、松風の渡る声がする。

 ―――ああ、やはり、刑場であったか。…

情けない顔でその柵をふりあおぐ。

 刑場には、いまにもその刑が。

 罪人に、いまにも刑が下されようとしていた。――――



 四



 闇に浮き上がる仄白い高杉の口端に、に、と薄い微笑が浮かぶのを。

「…ひっ、」

利助が、己の喉が恐怖に鳴るのを抑えようとして口許を両手で覆う。

薄闇の中、樹々の陰に隠れて、高杉が刑場へと薄い笑みを浮かべて視線を向けて満足気にしているのを、目を見張り恐怖を抑えきれずにみる。

 ―――これは、まるで同じじゃ。

薄闇は木立に冷ややかな風とともに、ぞっとするような湿りを底冷えのするような気配とともに纏っている。

 あれは、…確か。

 松下村塾で、一度だけみた姿を思い返す。

 甲高い声がした。

 それが、唯、書物を読む、素読している声だと気付くのは随分後だ。

薄闇に以前、ちら、と見た姿。

その大気を切り裂く鳥の叫ぶような声が、まるで天狗かなにかの声だと。

一体なにが、と、…。

目をやってしまったのは、一生の不覚であった、と利助はおもう。

…見とう、は、ござらなんだ。

 ぞっとするほどに白い肌が、闇に浮いていた。

 白く闇に光る肌は、あれはなんというものであろうか。

 闇の内に、そして、…――――。

 利助の視線に気づいたものか。

「…――――――っ、」

いまでも、思いだすと鳥肌が立つ。歯の根が合わぬほどに、骨の髄まで染み込むような、恐怖の湿りが。

 ゆっくりと、それ、が。

 ふりむいた。

 黒く虚ろな、…―――――。



「利助殿、どうされた」

揶揄するような愉しげな面持ちで、高杉が話し掛けているのに。

「は、…た、高杉様、…――っ」

至近距離に、いつ詰められたのかもわからぬ己に、目の前に黒々とまるで沼のような底の知れない黒さの異様な高杉の眸があるのに、ひっ、と喉に息を呑み込んで。

「刑は執り行われましたぞ?ようく、みられたか?」

黒眸が沼のようにてらり、と不気味な炯りをみせ、利助をまるで蛇が蛙を呑み込むようにしてみている。

「…あ、その、それがしは、…み、みて、おりませんで」

「ほう、…見ておられぬ、と」

典雅にさえみえる薄い微笑みを、実に愉しげに口端に刷いて。

「では何故、ご覧になられぬ?利助殿」

「ごらん、…い、いえ、その、それがしは、そのう、…お、おそろしくて、そのつまり、」

 ぬ、と目の前にある白い高杉の容貌が。

「…た、高杉様、その、…――」

冷や汗が額から、いや瀧の汗がまるで蛇を前にした蛙か蝦蟇のように、頤から滴り落ちるのがわかる。

 わかるが、瀧の汗を止めることもできない。

「そ、それがしは、…その、お、お、…」

 臆病もので、と。

くちを動かすこと、それだけが、もう出来ぬほどに。

「ほおう、…―――」

すう、と急に高杉が身を遠ざけ、それだけのことに、ようやく息が続く気がして、利助が身動いで。

「う、うわっ、…―――!」

 すてん、と後ろに見事に転んだ利助を前に。

 醒めた眼差しで高杉が、すい、と音も無く背後に流れるように下がり、利助をみる。

 ―――…き、切られる。

「…た、高杉さ、…ま、…ご、後生です、その、高杉さまっ、…!」

みっともなく、恥も何もあるものでなく。

 冷涼とした殺気をしずかに纏う高杉に。

「お、おたすけくださいっ、…―――――!た、高杉さまっ!」

震えながらも何とか声を絞り出して哀願する利助に。

「…――――」

不意に。

興味が失せた、とでもいうように。

高杉が、しずかにその音も立てぬまま。

踵を返し、幽霊でもあるまいに音もなく。

白砂の美しい砂の上に殆ど痕跡さえ残さずに、音も無く去っていくのを。

「…――――――」

 茫然と利助が尻もちを着いたまま、くちをあけて見る前で。

 遠く、高杉の姿が逍遥とした翳のように遠去かるのを。

「たす、かっ、…―――た、…」

力が抜けて、情けない顔になって見える限りからは消えた高杉の姿に泣き笑いのような顔になる。

「な、なんだって、…」

幽霊か、幽鬼か、――――。

 人の気配というものがせなんだ高杉の様に、いまさらのように瘧のように寒さと震えが身に湧き起ってくるのを。

 あれは、そうじゃ、…―――。

 みて、しもうだ、…。

 あれと同じじゃ。

 ―――あれと、…そう。

ぞくり、と寒さと震えに腕をつかむ。

 歯を食い縛り、思い起こしたその光景と重なるいまの。



 ゆるり、とそれは振り向いた。

 最初は、面かなにかであろうかと。

 薄闇に浮かぶ、ひとではあらぬ、――――。

 歪んだ面は、険のある、だが、神がかりとはこれであろう、とでもいうしかないような、名のある彫師が、刻み込んだであろうとおもわれる神楽や能に舞われる人ならぬものを模した面。

 異様な容貌。

 木彫りの面に、これほどの異様さが。

 神であれば、禍つ神、鬼、鬼神、或いは、――――。

 狂いし鬼の、或いは。


薄闇に浮かぶ、蒼白い容貌。

鋭く頬の削げた蒼白い面。

だが、それは、――――。



ぞっとして、利助は腕を強くつかんで、息を殺していた。


 樹々の翳が、さわさわと鳴る。


「松陰殿、…――――」


 ぞっとしたのは。

 その声が呼ばれたとき。

「…―――――」

ふい、と。まるで利助がみていることがわかるかのように。

 おだやかにおそろしげな、笑みながら蛙を呑み込むような、微笑む狂気とともに。

 すい、と薄闇に浮く狂気の面が、人の形にかわったことだった。


 軒陰に身を隠して震えていたときを思い出す。


 呼ぶ声に、まるで薄い肉を身につけたとでもいうように。

 遠くにみたこともある、松陰の痩せた身が。

 痩せた肩に着物をつっかけたような、まるで中身は本当は、木の棒でしかないとでもいうような。

 人の気配のしない、いやだが、確かに仮面が宙に浮くよりは、幾らも文楽人形のようにそれらしく、何かにくぐつと操られる糸と棒さえ、みえるようでも。

 まだ、着物をかけてあるだけひとらしい。

 そして。

 ぞっとしてみる利助をしるように。

「…―――――」

 に、と。

 頬の削られた人形の面が、うすくわれて笑みをつくった。












「…―――なんだって、あんな、」

がたがたと思い出したものに、震えを押さえられぬまま利助が震えて腕をつかむ。


 あれ以来。

 実をいうと、あれをみていらい、塾にいくのがおっくうで仕方ない。恐れと震えが身に染みつくように、骨の裏側にまで、そろりとつめたいものが忍び込みそうで、こわいのだ。

「…――――――っ!」

 ぎゃあ、と。

鴉が樹の梢を渡るのを。腰が抜けたまま情けない顔で利助は、黒く羽ばたくさまを仰いでいた。

「ったく、もう、…わしゃあ、いやじゃあ、…――――」

来原様のくちききでも、もうあの塾にはいきとうはない、と。

 泣きそうな、いやすでに半べその泣き顔で、利助は暮れ行こうとする薄闇に。

 すでにしんと音の無い刑場を背に、情けなく空をみあげていたのだった。…―――――




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