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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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追放された元宮廷魔導士、辺境で国家を作る ――裏切った王都が滅びるまで、あと三年――

掲載日:2026/02/05

数多ある作品の中から、本作を見つけていただきありがとうございます。


「天才が去った後、その組織がどうなるか」 誰もが一度は想像したことがある光景を、魔法と科学の論理ロジックで描いてみたいと思います。


理不尽に捨てられた天才魔導士が、辺境で一から「最適化」された国を創り上げる。 そして、彼を捨てた国が自業自得の結末を迎えるまで。


どうぞ最後までお付き合いいただければ幸いです。

 首が、飛んだ。


 鈍い音と共に血飛沫が玉座の間の白い大理石を汚す。  転がったそれは、ほんの数秒前まで「王の側近」としてアレスの隣に立っていた男の成れの果てだった。


 悲鳴はない。  あるのは、胃の底を冷やすような沈黙だけだ。


「――反逆者は以上だ」


 玉座に深く腰掛けたエルディア王が、事務的な口調で言った。  その双眸には、長年国を支えてきた忠臣への哀惜など微塵も存在しない。


 彼の視線は、次なる獲物――アレス・グレイへと向けられた。


「宮廷魔導士アレス・グレイ。貴様も同罪だ。反逆の首謀者との共謀、および魔法研究費の横領。証拠は既に揃っている」


 突きつけられたのは、捏造された羊皮紙の束だ。  アレスはそれを見ることさえせず、ただ小さく笑った。


 ……ああ、そうか。やっぱり、こうなるか。


「笑うな、不敬者が!」


 周囲の貴族たちが口々に罵声を浴びせる。  その中には、アレスが改良した浄化魔法で流行病から助かったはずの男も、アレスが設計した結界で領地を守ってもらったはずの女もいた。


 彼らの瞳にあるのは、正義感ではない。  自分たちの無能を棚に上げ、一人の天才を「便利すぎる道具」として使い倒し、最後にはその才能を恐れて排除しようとする醜い保身だ。


「アレス、貴様の功績に免じて死罪だけは免じてやる。だが、魔導士としての資格を剥奪し、辺境の地『ザルツ』へ永久追放とする。二度と、この国の土を踏むことは許さん」


 辺境ザルツ。  そこは魔素が枯渇し、土地は痩せ、凶悪な魔獣が跋扈する「棄民の地」だ。


 事実上の死刑宣告に、アレスは静かに頭を下げた。


「……承知いたしました。陛下、そして皆様。どうか健やかにお過ごしください」


 その言葉の裏に隠された「意味」に気づく者は、一人もいなかった。


     *


 三年前、アレスは「前世」の記憶を取り戻した。


 そこは、魔法など存在しないが、論理と科学が支配する世界だった。  事象には必ず原因があり、プロセスを経て結果が導き出される。


 翻って、この世界の魔法はどうだ。


「イメージで祈れ」 「歴史ある呪文を唱えろ」


 あまりにも非効率で、前時代的な代物だった。


 記憶を取り戻してからのアレスは、宮廷魔導士としての仕事を「最適化」することに注力した。


 王都を覆う結界は、数百人の魔導士が交代で維持していたが、アレスはそれを「幾何学的な循環回路」に組み替えることで、一人で維持可能にした。


 食糧難を救うための増産魔法は、土壌の窒素固定と水分吸収率を算出し、最小の魔力で最大の収穫を得られるよう式を書き換えた。


 アレスが一人いれば、国は回った。


 しかし、それは周囲の無能たちを「自分たちは必要ないのではないか?」という恐怖に陥れる結果となった。


「アレスは便利だが、忠誠心が見えぬ。あのような化け物を野放しにしておけば、いつか王座を脅かすだろう」


 そんな噂が貴族の間で定着するのに、時間はかからなかった。  アレスは彼らににとって、あまりにも「正解」を出しすぎる、不気味な計算機だったのだ。


 馬車に揺られながら、アレスは窓の外を眺める。  王都を離れるにつれ、空気中の魔素密度が不安定になっていく。


 だが、アレスに不安はなかった。


「魔法とは、現象の定義だ。環境が悪いなら、環境を定義し直せばいい」


 彼の手元には、一台の「杖」すらない。  すべての魔法式は彼の脳内に保存され、構築され、実行されるのを待っている。


     *


 辺境ザルツは、噂以上の地獄だった。


 空は重く垂れ込め、土からは腐敗した臭いが漂う。  村と呼ぶのも憚られる集落に到着したアレスが最初に見たのは、広場にある枯れ木に縛り付けられた一人の少年だった。


 少年の足元には、小型の魔獣――牙の鋭い「ニードルラット」が群がっている。


「ひっ……助けて、ごめんなさい、もうしないから……!」


 少年の泣き叫ぶ声に対し、周囲の大人たちは冷淡だった。


「黙れ。村の食糧を盗んだ罰だ。お前一人の命で、魔獣の腹が膨れるなら安いもんだ」


 領主の騎士と思われる男が、吐き捨てるように言った。


 アレスは歩み寄った。


「その少年の罪は何だ?」


「あ? 誰だお前は。……ああ、王都から来た流刑人か。こいつは備蓄のジャガイモを盗んだ。この地では食糧泥棒は死罪だ。文句があるならお前が代わりに食われるか?」


 アレスは周囲を見渡した。


 痩せ細った子供たち。  暴力でしか秩序を維持できない大人たち。  そして、彼らから搾取することしか考えていない領主の館。


「……残酷だな」


 アレスが呟くと、騎士が鼻で笑った。


「これが“普通”なんだよ、この地ではな」


「そうか。なら」


 アレスは指先を鳴らした。


「その“普通”ごと、壊してやる」


 瞬間、少年の周りにいた魔獣たちが、音もなく圧殺された。


 物理的な圧力ではない。  アレスがその空間の「重力定数」を書き換えたのだ。


「なっ……何をした!?」


「論理的な解決だよ。食糧がないなら作ればいい。魔獣が邪魔なら消せばいい。それをしないのは、君たちが怠惰で無能だからだ」


 アレスは縛られた少年を解き放ち、怯える彼の手を取った。


「今日から、ここが俺の国だ。従う者は生かし、抗う者は……論理的に排除する」


     *


 アレスの「内政」は、魔法という名の科学だった。


 まず、彼はザルツの地下深くにある魔力の奔流(龍脈)を特定した。  この地の魔素が枯渇していたのは、単に流れが詰まっていただけだった。


 アレスは一晩で巨大な「魔力励起回路」を大地に刻み込んだ。


 翌朝、ザルツの枯れた井戸からは澄んだ水が溢れ出し、地表には青々とした草芽が吹き出した。


 次に、食糧生産だ。


 前世の「品種改良」の知識と、魔法による「時間加速」を組み合わせた。  通常、収穫まで数ヶ月かかる穀物を、アレスはわずか一週間で成熟させる魔法式を構築した。


「そんな馬鹿な……神の業だ……!」


 農民たちは涙を流して地面に跪いたが、アレスは淡々と言った。


「神じゃない。ただの効率化だ。浮いた時間で次は住居を作れ。設計図はこれだ」


 アレスが提示したのは、前世の建築学に基づいた「鉄筋コンクリート構造」を、土系魔法で再現した強固な集合住宅だった。  冬の寒さを凌ぎ、魔獣の襲撃にも耐える。


 噂は瞬く間に広がった。


 王都での重税に苦しむ農民。  人種差別を受けていた亜人の一族。  誇りを失い、食い詰めた元兵士たち。


 彼らは「辺境に楽園がある」という話を信じ、命懸けでザルツへと集まってきた。


「アレス様、また難民が来ました。中には元王立騎士団の分隊も混じっています」


 かつて助けられた少年――今はアレスの秘書官を務めるカイルが報告する。


「受け入れろ。ただし、無条件ではない。この国の法を守り、労働に従事する者だけだ。……カイル、現在の人口は?」


「既に一万人を超えました。もはや一つの都市です」


「そうか。そろそろ『王都』が気づく頃だな」


 アレスは、遥か彼方の空を見据えた。  そこには、かつて彼が守っていたエルディア王国の空がある。


 彼が抜けてから、二年が経過していた。


     *


 その頃、エルディア王国は、文字通りの崩壊に直面していた。


「なぜだ! なぜ結界が維持できん!」


 王座の間で、王が絶叫する。  王都を囲む「絶対守護」の結界に、無数の亀裂が入っていた。


 かつてアレスが一人で維持していたその術式を、現在は五十人の一級魔導士がかりで維持しようとしているが、それでも綻びを止められない。


「陛下……アレスが残した魔導式が、あまりにも複雑すぎて……! 彼の独自の短縮言語で記述されているため、我々では読み解くことすら叶いません。下手に触れれば、術式そのものが暴走してしまいます!」


 魔導士団長が震えながら答える。


 当然だ。  アレスが構築したのは、前世の高度な数学理論を用いた「自己修復型アルゴリズム」である。  それを「精神力」や「祈り」で動かそうとすれば、演算エラーが起きて当然だった。


 災厄は結界だけに留まらない。


 アレスが改良したはずの浄化魔術は、メンテナンスが行われないことで汚染を逆流させ、王都の飲料水に疫病を蔓延させた。


 食糧生産魔法は、魔力配分の計算を間違えた無能な魔導士たちのせいで土壌を枯らし、大飢饉を引き起こした。


「アレスだ……アレスを呼び戻せ! 奴に謝罪し、爵位を与えてやれば戻ってくるはずだ!」


 だが、その命令を受けた使者がザルツへ向かうことはなかった。  なぜなら、エルディア王国と辺境ザルツの間には、もはや「物理的な壁」が存在していたからだ。


     *


 追放から三年。  ザルツは、新国家『アレスティア魔導共和国』として産声を上げた。


 かつての荒野は、魔導式の街灯が立ち並ぶ近代的な都市へと変貌を遂げていた。  国民は皆、教育を受け、魔法を「便利な道具」として正しく利用している。


 そこには王都のような特権階級も、理不尽な搾取も存在しない。


 そこへ、ボロボロの格好をしたエルディア王国の貴族たちが逃げ込んできた。  かつてアレスを罵倒し、追放を冷笑した者たちだ。


「アレス……いや、アレス陛下! 助けてくれ! 王都はもう駄目だ、魔獣に包囲され、食糧も尽きた!」


 アレスは玉座――ではなく、事務机に座り、書類を整理しながら彼らを見下ろした。


「助ける? 何を言っている。君たちは三年前、僕を『不要な反逆者』として捨てたはずだ。論理的に考えて、君たちを救うメリットが我が国には一つもない」


「そんな……慈悲はないのか!」


「慈悲? そんな不確かな感情で国家は運営できない。君たちが持ち込めるのは、無能なプライドと、腐敗した慣習だけだろう? それは我が国にとって『不純物』だ」


 アレスは冷淡に告げ、護衛の元兵士たちに合図を送る。


「門の外まで追い出せ。ただし、武器と食糧は持たせてやれ。エルディア王が滅びる瞬間を、外から眺めてもらう必要があるからな」


 貴族たちが引きずり出されていく。


 アレスは窓の外、遠くに上がる黒い煙を見た。  エルディア王国の王都が燃えている。


 結界が完全に消失し、魔獣の群れが街へと雪崩れ込んだのだ。


 復讐は、剣を振るうことではない。  ただ、「支えるのをやめる」だけでよかった。


 彼らがアレスの才能の上に胡座をかいていたことに気づかせ、その足場を外す。  それが、最も残酷で、最も効率的な報復だった。


     *


 一ヶ月後。  エルディア王国は地図から消滅した。


 生き残った民の多くは、アレスティアへと吸収された。  かつての王は、崩壊する城の中で自害したという。


 アレスはその報告を聞いても、眉一つ動かさなかった。


「アレス様、次の開発計画の承認をお願いします。隣接する未開の森を開拓し、魔導列車の路線を敷く予定です」


 カイルが持ってきた書類を、アレスは受け取る。


「ああ。それと、周辺諸国への親書も準備しておけ。我が国は魔導技術の輸出を開始する。……逆らうなら、エルディアと同じ道を辿ることになると、暗に伝えておけ」


 アレスはペンを走らせる。


 彼の手によって、世界は書き換えられていく。  論理と、知識と、ほんの少しの「復讐心」という名の燃料によって。


 かつて彼を捨てた世界は、今や彼の定義なしでは存続できない。


「さて……次は、何を最適化してやろうか」


 元宮廷魔導士の微笑みは、冬の月のように、冷たく、そして美しかった。

お読みいただきありがとうございました。

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